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579 :a childie:2011/08/19(金) 10:12:26 ID:cvfXo0Hw
第2話の2。



「あら、二人とも寝てしまったの」
洗濯物の取り込みが終わったのか、
ユキカさんが二階から僕達のいる一階リビングまで下りてきた。
「公園でよく遊んでましたから。疲れたんでしょう」
僕は笑いながらそう言う。

あらあらと言いながらもう一度部屋を出て、タオルケット持ってきた。
「これをチズルに」
スケッチブックを仕舞い、
差し出された一枚のタオルケットを立ちあがって受け取る。
それで丸まっているチズルを包む。
ユキカさんはユリィから本を取り上げて、もう一枚のタオルケットを静かにかけた。

「くぅ……」
気持ちよさそうにチズルが寝息を立てる。
こちらの気が緩むような、
そんな寝息で何となく気を紛らわすように頭を撫でた。
庭に出る大きな窓からの日に当たって暖かくなった、柔らかい髪。
安心しきった寝顔が、陰に光を差し込む。

ふと、見上げるとユキカさんがこちらを見て微笑んでいた。
少し恥ずかしくて、誤魔化すように笑った。

「先程まで何か描いていたの?」
スケッチブックを仕舞ったバックを見ながら聞いてくる。

どうしようか。
見せようか見せまいか迷った。
でも、見せてくれることを疑わない顔でこちらを見ている。
チズルが店前でお菓子を期待している時と、そっくりな顔で。
チズルならどうにかなるんだけどね。

心の底では渋りながら、スケッチブックを取り出した。
この人だと何か、こう、恥ずかしい物を見せる気になる。
ユキカさんはページをめくって今日、描いた絵を見る。
「これ、二人が遊んでいる所を描いたの?」
「ええと…、まぁそうです。
 公園で見守っていた時、良く絵になってたんで。
 何もありませんでしたし」
午前中二人が遊んでいたのを思い出しながら描いたのだ。
ただ、警戒を怠っていたわけではないと暗に言いたかった。
言い訳みたいだけど。
言い訳だけど。

しかし、彼女は僕の言い訳なんて気にして無く、
「良い絵ね、やっぱりあなたが描くのは」
なんて言ってしまう。
「…..ありがとうございます」
何というか、本当にうっとりした顔でそんなことが言える。
それに一欠けらの嫌味を感じないから、余計に質が悪い。
こちらは照れるしかないのだ。

ただ、気に入ったとはいえ居間や食堂に飾るのは止めて欲しい。
しかも額にまで入れて。
最初、この家に来た時自分の絵が飾られていたのを見て
顔がかーと熱くなったのを思い出す。
頼んで描かせた絵をエダさんは家に送っていたのだ。
あの人は何を考えてたんだか。

そのうちに今まで描いた絵まで見始める。
もう何度も見た筈なのに。
よくあきないな、って思っていたら
急に見上げて時計を見て
「あら、こんな時間」
少し、あきれた。

「さて、前の勉強の続きでもしましょうか」
本棚から数学の教科書とノートを取り出し、
食堂のテーブルについてユキカさんが切り出す。

うっ、となるがユキカさんはにこり、と向かいの椅子に手を差し出している。
絵を描くのは好きだが、勉強は少し、苦手だ。
でも、まあこの人の好意を無駄にするわけにはいかない。
わけのわからない覚悟をして彼女の向かいへと座る。

ユキカさんはやさしい人だ。
こうして学校に行けなくなった僕に勉強を教えてくれるんだから。
「昔、教師目指していたから
こうして教え子が持てるの、嬉しいのよ、私」
まったく、まったく。

チズルはこの人によく似ている。
中隊からの知り合いである人達は「父親の血はどこにいったんだか」と
義父のエダさんをからかう。

「不釣り合いな夫婦だ」とも言ったりする。
首都大学卒業のお嬢様と一兵卒出の軍曹殿がどう出会ってこうなったのか、と。

ぴったりの夫婦だと、僕は思うのだけれどなぁ。


580 :a childie:2011/08/19(金) 10:13:15 ID:cvfXo0Hw
******


「ねぇ、シンイチさんはいつ帰ってくるのかしら」
方程式に悪戦苦闘していると、ユキカさんはふと、僕に尋ねる。
ノートから見上げると少し寂しげな顔があった。
「あなたも連れずにもう一月も帰ってきてない。今度のお仕事はそんなに
 時間がかかるものなの?」

僕は一拍を置いてから、表情を笑みで隠して答える。
「たぶん、もうすぐ帰ってくるんじゃないんでしょうか。
今回の仕事はそんなにかからないと思いますから」

嘘だ。
昨日、定時連絡の時に、売る相手と盛大に揉めていると言っていた。
商品である一個小隊分の中古軽戦車を、
予定の現金でなく麻薬で買おうと持ちかけてきたらしい。
それに社長が切れて流血沙汰一歩手前まで来たと。
足が付き易い麻薬売買なんてやってられないだろう。
趣味に合わないというのもあるだろうけど。
あの人、麻薬が嫌いだからなぁ。

「今回は商売する相手を間違えた」
公衆電話の受話器の向こうから、エダさんの嘆きとため息が聞こえた。

「そう、それならいいのだけど。
 そうね、帰ってきたらあの人が好きなものでも作ってあげましょう」
妻として、愛する人を待つ人間として、そう言う。
駄目だ、ばれてる。

この人はやさしくて、少しおっとりしているところがあって、
でも察することは察する。
元先任軍曹のエダさんが、ユリィのお父さんで元中隊長の社長が、少年兵だった僕が
違法に近い商売に携わっていることぐらい、わかっているんだろう。

停戦と一緒にエダさんは軍人を辞めたのに、このご不況の中
前と変わらない生活を送れている。
もしかすると前より良いぐらい。

ある日、いつもの柔らかで、そして切なげな顔で、そんなことを言った。

血が流れている所に武器を、兵器を売って得た財産。

僕達が稼いだ、きれいとは言えないそんなお金で暮らすことに、
共犯めいた罪を感じているのかもしれない。
僕らはもう、軍隊にいたころからやっていることだから
慣れ切っているけれど。

ふぁ~~~ぅ。
大きなあくび。
チズルが眠け眼で起き出した。つられてか、ユリィも。
タオルケットの繭から生まれ出た、寝ぼけ顔の女の子達。
僕とユキカさん、一緒に顔を見合わせて笑った。

「二人も起きましたし、おやつにでもしましょうか」
ユキカさんの提案に僕は一も二も無く賛成する。
「おやつ?おやつ何、何、何?」
さっそく喰らいつくチズル。
対して興味無さげに、ちゃんとタオルケットを畳むユリィ。
でも雰囲気が浮ついているから、喜んでいるんだろう。

平和だなぁ、ここは。
二年前では考え出せないような、そんな午後。

ここには血の匂いも、硝煙の臭いも、何もない。
砲音、銃声、負傷者の嘆きもない
あるのは僕の記憶にだけ。

守らなくちゃ。ずっと、ずっと。


******


581 :a childie:2011/08/19(金) 10:15:06 ID:cvfXo0Hw
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ユリィの父親であり社長兼組長のノナカ・ユキフミ元大尉が率いた
第十四師団第二十七歩兵連隊第一大隊所属第二中隊は、
隷下であった第十四師団が初期の敵機甲軍集団による
戦略奇襲によって文字通り消滅し、
再編成、再補充を受けることなく、ただの書類上の存在になった。
この師団は国境線沿いに配置されていたことが不幸だった。

俺がこの中隊に配属した時いた人員は三十八名と、
中隊と呼ぶに疑問が出た。

社長の声。
「昔は百七十二人いたのさ」
「部隊運営のための運用幕僚やら兵站幕僚なんかもちゃんといた」
「戦時前は立派に仕事を果たしていたのさ、俺も」
「まぁ、大体は死んじまったか、作戦(どっ)行動中(かい)行方(っちま)不明(った)が」

義父の声。
「中隊の半数以上は転戦のうちに拾った奴らだ」
「全員飼い主を無くしたか、捨てられた連中どもだ」
「だからな、二等兵」
「貴様が言われた仕事をこなす力があれば、ここにいても誰も不思議がらない」
「みんなお前と似た存在だからな」

幽霊師団に属する、誰も顧みない部隊。
それが軍法違反も辞さない団結を生み出したのかは知らない。


十二になった俺は大人と混ざって、一つの地方都市で市街戦に参加していた。
正規兵と同部隊にいたのは、
国が条約違反を非難され少年兵の存在を誤魔化すためだったらしい。
後で知った話だ。戦後で、だ。
理由はもう一つあった。
これは簡単で、戦場近隣に再編成するほどの少年兵がいなかった。
いなくなっていた。

相次ぐ転戦、転戦、転戦。
そのたびに部隊を変えられていった。
少年兵だから、足手まといだから、捨てられた。
邪魔、目障り、荷物。
周囲から言われる常套文句。聞きなれていった言葉。
戦場から生きて帰ってくれば舌打ちされた。早く死ね、という願望。
どんなに頑張っても大人からは蔑まされた。
何をしても、何もしなくても蔑まされた。

味方のいない戦場で戦って、
大人が残した残飯を拾って口に押し込んで、
意味もなく蹴られないように隅で寝て、
生き延びた。

戦闘に耐えられなくなった人間は、狂うか、死に開放を求める。
現状から楽になりたいから、とてもそれは甘美に思わせる。
あきらめる。楽になる。放り投げる。
生から。生を。
降りしきる砲弾の中で死に脅えながらも、天秤の片方には憧れもあった。
日常の中でも大きく揺れていた。

両親は死んだ。帰る場所はない。友人は死んだ。一緒に戦ってくれる人間はいない。

理由がない。理由がない。理由がない。

生きる理由がない。

決めればすぐにでも楽になれる。
何せ手元には弾が装填された小銃がある。それを口で咥えて引き金を引けばいい。
一発で全てを終わらせてくれる。でも、出来なかった。
臆病だったから。

ただ呆然とすることで物事に耐え、時間に耐えた。
死人になることが次点で楽だった。
環境に無感覚になる。自分の傷を他人事のように眺める。
無為に日々が流れた。


582 :a childie:2011/08/19(金) 10:18:51 ID:cvfXo0Hw
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そんな中で社長、義父達に出会った。
人数が足りないからと、捨てられた俺を拾ったのだ。
戦場になった、ある地方都市で、だ。

彼等は嘗ての所属、帰結していた場所を無くしていた。
その都市での「警備中隊」という、実態の無い集団だった。

碌な補給も、人員補充もなく、
時に補給所から掠め取り、時に輸送車両から奪い取り、時に敵の装備を流用し。
人員は俺みたいな奴を集めていた。群れからの逸れモノを。

良く、隊として纏まっていたものだ。
どこの馬の骨かわからない奴どころか、
まともな兵士ではない俺まで引き入れていたのだから。

社長、ノナカさんの人徳か何かの故か。野良犬の群れを率いるには十分な人だった。

粗野で、大雑把で、自尊心溢れる人だったけれど、
黙って付いて来い、という有無を言わせない行動力があった。
また、それを裏付けする実績。
この目茶苦茶な部隊を纏めて引き連れて、生き延びさせたという実績。
大いなる決断力。
大局にて俺達に迷いを与えず、進む方向を下した決断。

何より、部下である俺達に対して「まじめ」だった。
優しいとか思いやりがある、ではなく
下の人間を死地に送り込む苛烈さを持ちあわす中、
俺達に真剣だった。どういう人物か、見抜こうという目があった。
中隊の存続を懸けるための目。

俺は必死になった。
社長は俺を目障りなガキではなく、一人の兵士として評価していた。

今までに無かったこと。
本当に、部隊の足を引っ張るのであれば捨てられる。
戦場であったら社長自らに制裁される。銃殺される。
けれど、認められれば。

初めて存在意義を持てた。必要とされたのだ、自分が。

それを失いたくなかった。また虚空な存在になるのが怖かった。
だから貪欲に技術を、兵士としての腕前を教わった。
自分の必要価値を上げるために。

義父、エダ・コウイチさんはそんな俺の教育係だった。
中隊の先任下士官で訓練担当だったエダさんは部隊随一の戦闘経験を有していた。
戦場のイロハを知るのならこの人だった。
毎度の個人訓練の申し入れをきいてくれたので、実質的に教育係になっていた。

苦労性で、面倒見が良くて、独断専行気味な社長をうまく補佐していた。

親以外で信頼できた大人。
気になったのは時折見せる目。無性に何か、申し訳なくなる目。
振り返ればそれは憐憫の目だった。
義父は少年兵が嫌いだった。
義父は俺をガキと呼ばず、二等兵と呼んだ。

戦場には、そこに来ることを選んだ人間が来るべきだ。

俺が大人になってから、聞いた話。
嬉しかったけれど、悲しかった話。

だからこそ、俺はあの銃を受け取った。