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583 :a childie:2011/08/19(金) 10:24:56 ID:cvfXo0Hw
第2話の3。




「帰る」
テレビの映画が終わると唐突にユリィは言いだした。
それこそ終わってすぐに。
余韻に浸っていたので、少し面喰ってしまった。
主人公が水族館から捕まったイルカを逃がしたラストシーンに感動していたのだ。

おやつを食べ終えた後、二人に描き終わった絵を見せた。
チズルは予想を少し上回るぐらい喜んで、ユリィ想像通りだった。
つまり、つまらなそうな顔で、じっくり絵を見てくれた。

で、ユキカさんの「そろそろお腹が空く頃ね」の一言で
喜ばしいことに勉強はその後すぐ終わり、
四人で夕食を作り、食べて、食休みに居間で全員テレビを見ていた。

夕食はカツレツだった。
「四人なら肉に小麦粉を塗すのも、
卵を付けるのも、パン粉をかけるのも苦労じゃないから」というのはユキカさんの話。

「もう九時よ、無理して帰らなくても。今日も泊っていきなさい」
ユキカさんがいう。
僕もユリィは泊っていく予定だと思っていた。
父親がいない日にこの家に泊って行くのは何時ものことだし、
そのためのパジャマやら歯ブラシやら揃っていた。
ベッドも折り畳み式を僕が出せば事足りる。

「いい、もう帰ります」
そう言いながらも既にワンピースに上着を着ていた。
何となく彼女の様子を窺う。
気難しい子だけど、別に拗ねだしたわけではなさそう。
拗ねる理由はないと思うけど。
気まぐれでもあるから、単に帰りたくなっただけかな。

「それじゃあ送りましょう。こんな夜更けですし」
そう言って僕も出る支度を始める。
ついでに見周りと定時連絡をしておこうと思って。
「見送りなんていらない」
不躾な申し送り、迷惑。
そんな言葉まで感じ取れるユリィの口調。
「まぁ、そう言わずに。忘れ物はありませんか?」
僕はそれを流すように笑い、見送りを確定したことへと移す。
断りを聞き入れるつもりはなかった。
やらなくてはいけないことだし。

「本は持ちましたか?家の鍵は忘れていません?」
僕は尋ねる。
ユキカさんは持って行きなさいと、
昼のおやつに食べたドーナッツを包んでいた。
むす、とした表情でユリィはそれらを受け止めていた。
でもどこかあきらめてもいる。
最後に帽子を乗せてぽんぽんと頭を叩く。
さすがに睨まれた。

それじゃ行きましょうかと玄関のドアノブに手をかけた時、
「まって」
チズルが手に何かを持ってやってくる。
それは今日描いた二人の絵。
広げてユリィに差し出す。
「これ、こんどはユリィちゃんの」
にっこりと笑って差し出す。まったくの善意。
横目で僕を見ながらユリィは受け取る。
素直に受け取ってくれれば嬉しいのに。


584 :a childie:2011/08/19(金) 10:27:29 ID:cvfXo0Hw
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外はまだ寒かった。
「夜も暖かくなるまでには、まだ日がかかりそうですね」
そう言ってもユリィは返事をしてくれない。
彼女は二三歩前を歩いている。
強気なお嬢様。
僕は滑稽な執事役でも演じているのかな。

夜の外灯の中、僕らは通りを歩く。
この状況に苦笑いを浮かべながら、
建物と建物の間、光が届かない陰に注意を払い、
腰とベルトの間に挟んだ九ミリの感触を確かめる。

その武器の意味を、威力と契約を知る。

ふと、
僕が被せた方が気に食わなかったのか、
ユリィが帽子を外した。
父親があげた白い帽子。
まとめていた髪が解ける。
夜の闇を照らす照明の中で、銀色の毛先が輝いて踊る。
陰と銀のコントラスト。
日の下で見るのとは、違う。
父が僕にしたように、
見て感じるものを筆で表す代わりに言葉で形容する。
かつて散歩のときに詞で表現したように。

これは、
優美?可憐?幽芳?
あまりくっきりしていない。
それとも、何だろう。

妖美?

馬鹿らしい。
一気に現実へと覚めてしまった。
それを当てはめるにはあまりにも、あまりに、だ。
つまり、年が年。
十歳の娘(こ)には似つかわしいものじゃない。

「何一人芝居をしてるの」
ユリィが白い目で僕を見返していた。
とっさに顔を拭う。
表情でも出ていたのだろうか。
笑い声。
笑っていた、ユリィが。僕の狼狽する所を見て。
短く、小さかったけれど。
露わになった子供っぽさが見られて、嬉しかった。

その銀髪に見とれていたと芝居かかって言おうと思ったけど、止める。
彼女は自分の髪に触れられるのを極端に嫌う。
それとなく社長に聞いたことがあるけど、
どうも居なくなった母親に関連するみたいだ。
お母さんに似た髪色なのだろうか。

ぼんやりと考えているうちに彼女の家に着く。
何も言わずに鍵を開けて家に入る背中に、
「おやすみ」
と、声をかける。
少し見返した顔が、さびしげだったのは気のせいだろう。

家の周囲を歩く。
部屋の一つに明かりがともる。
それを目の端に見ながら、周りを偵察する。
特に注意を払うべき人物も、事柄もない。
もう一度心の中でさようなら、と言ってその場を去った。

電話ボックスの中でダイヤルを回す。
三回コールして一度切る。
もう一回、回す。
今度は二回目で出た。
「定時連絡です。異状は無し」
「そうか、こちらからの連絡だ。
 お前も現場に来い。恐らく衝突が起きる。取引は確定的に失敗だ」
商品の軽戦車は相手も政府との戦争に、絶対に必要にしている。
しかし、現金が用意できず麻薬で取引しようとしている。
こちらはそれに応じないから力ずくに、と言う話。

義父に聞く。
「護衛の方は」
義父と社長、二家族への護衛はどうするのだろう。
「四人、雇った。そいつらが代理になる。
 金に忠誠心をおく奴らだ。契約通り払えば仕事で死んでくれる。」
「わかりました。では、いつ集合で」
「1000までに最寄りの駅まで来い。そこで連絡。お前は別働隊に入る」
「了解」
最後に一息入れて、
「いいか、殲滅戦になる。気を入れて来い」

受話器を戻して、ドアにもたれる。
腰に当たって痛かったから拳銃を抜いた。
暗い明りの下でそれを眺める。
鈍く光るそれを。

武器を持った集団が二つ。互いは絶望的に決裂している。
中途半端な歯止めは利かない。
火が噴けば最終地点まで止まらない。
なら、相手を潰すだけ。

微塵も無くなるまでに。


585 :a childie:2011/08/19(金) 10:30:14 ID:cvfXo0Hw
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武器、兵器の売買に手を染めたのは、他に生活する術を見出せなかったら。
と言えば、非難されるのだろうか。

俺が入隊して二年目に戦争は終わった。
周辺の中小国家を交えた連合同士の対決。
勝利も敗北もなく、両者に残ったのは
経済の破綻と人口が大幅に減った、程度の被害。
国家予算が軍事で消え、生産人口の成り手が消滅したので当然であった。

軍隊も大量の兵士を抱えることが出来ず、解雇していった。
自分達第二中隊の面々も。
大した手当てもなく、その日暮らすのも困難な日々。
社長は大量に残った軍需物資に目を付けた。

国内の治安状況は最悪になった。
職がない元軍人が群れて略奪行為に走り、
それへの自衛で私兵集団と呼ぶべき自警団が出来上がる。
中には革命を唱える武装勢力にまで。
中央政府は戦争責任の擦り付け合い、それに伴う権力闘争で、
この状況への対処能力を失っていた。
国外では、連合内で紛争が頻発。
誰もがこの無意味だった戦争への怒りの矛先を探していた。

簡単にいえば武器、兵器の需要が相変わらずあった。

杜撰になった補給処、駐屯地の管理の下で、
白昼堂々と大量の自動小銃、機関銃等の小火器、対戦車火器を運び出す。
管理責任者には袖を通して。
無くなった分は黙っているか、発注すればいい。
誰も無くなったことに関心を払わない。

時に戦場跡で放棄された拠点から、同じく放棄された火砲、装甲車を取ってきたり。
雨曝しだったから整備する必要はあったが。

とにかく探せば商品になる物はあった。
それらは国内外問わず買い手がいた。
商売を通じて社長は売買ルートの形成に乗り出す。
俺ら中隊全員が商売に加担した。
特にあれこれと合意をしたわけでもなく、これが最良だと感じただけだろう。
抜けたければ、抜けられた。

一人なら無力だが、隊を組めば抗える。
俺個人はそう思っていた。
泥に塗れて一緒に肩を並べた人間なら、さらに。

一定の資金を溜めて、ユキフミ氏は商会を設立する。
社長が社長になった。
輸送業が名目である「ノナカ商会」。
本業はその一部分であることにした。
法的に黒を灰色にする努力。黒みがかった灰色でしかなかったが。

裏でもう一つ、組織を建てた。
「1/2」
第一大隊第二中隊。自分達で受け継ぐ名称。
武装勢力との商談決裂や、同業者との潰し合いで起きる暴力事案への“最終解決”と、
完全に“黒”な契約への担当を賄う組織。裏事専門。
元中隊全員がこちらに所属するか、表と兼任した。
社長が最も信頼する人間達。

全てはこうして始まった。


586 :a childie:2011/08/19(金) 10:32:20 ID:cvfXo0Hw
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気が重くなって、思わず座り込んだ。
心臓が強く鼓動を打つ。
修羅場に立つのは、いつまで経っても慣れそうにないな。
出そうになる溜息を飲みこむ。
選んだ道を、後悔している暇はないんだ。
そうだ。
僕は自分で選んだんだ。

商会が正式に発足する前に、
一回、生まれた街に帰ったことがある。
昔の思い出は全て壊され、街は浮浪者が住まう廃墟になっていた。
記憶を頼りに巡りに巡る。
知り合いとは誰とも会えなかった。

そうして僕の家の前に着く。
空爆で崩されたまま。
焦げた煉瓦と材木の山の下に、父さんと母さんが眠っている筈の所。
その前で二人に祈る。
もう戻ってこれないことを告げるために。

膝をついて、立ち上がる。
大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出す。
意識して呼吸する。
恐怖心からの胸の高鳴りが治まってくる。
振り返っていられない。今は。

受け取ったんだ。
この銃を。
託されたんだ。
家族を守ってくれと。

これは僕がここにいられる証明なんだ。


587 :a childie:2011/08/19(金) 10:34:14 ID:cvfXo0Hw

俺が持っていた銃。
9mm×19拳銃弾使用。
装弾数13発。
世界中の軍で採用されている自動式拳銃。

そんなに珍しい物ではない。
けれど、俺にとっては、
少なくとも受け取ったあの時の俺には、重要な物だった。

「二等兵、お前に頼みがある」
街から帰ってきた俺に社長と義父、二人が言ってきた。
「俺と先任下士官の家族を守ってもらいたい」
頼み?もらいたい?命令ではなく依頼。
二人ともこれが私事であるのを認識していた。
 
軍にいた頃よりも家にいられなくなる両者。
死の商品を扱う業界では優位に立つのにやり方は自由。
狭い上に競争は苛烈。
執行力のある法律は無く、弱者は簡単に殺された。
武器、兵器ありきの世界。
相手の家族を人質に取るぐらい当たり前だった。

混乱した。
命じられたのならsir、の一言で済む。
だが、
「なぁ、俺の養子になる気は無いか」
これを聞いてより、どうすればいいのか分からなくなった。
義父は言う。
「面倒な親切心でしかないだろうが、お前を引き取りたい。
 家に来い」

後で知ったことだ。
ユキカさんが持病を持っていたこと。
チズルを産むのも危うかったこと。
二子目が望めなかったこと。
「皮肉に」と笑って義父は言った。
持病のおかげで二人が結婚できたこと。

戦争中、既にユキカさんは俺を知っていた。
夫から贈られる手紙と俺が描いた絵で。
戦後、二人は話し合った。
その結果に基づいた俺への養子縁組の要請だった。

そんなことはわかる筈もなく、
その時俺が知ることが出来たのは両者の強い懇願だった。

全てを受け入れた俺に、社長は自分の銃を渡した。
軍人時代から使っていた護身用、制裁用。
木製のグリップが磨り減った一品。
娘の守護になれとの祈りと自己の無力さを呪った一品。

これで今までの道筋を刻んでいった。
決めることが出来た。
俺がどういう人間であるか。
目的を持てた。
存在意義として。


588 :a childie:2011/08/19(金) 10:35:41 ID:cvfXo0Hw
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電話ボックスを出た。

最終確認でまた、彼女の家を通る。
部屋の電気は消えていた。
「おやすみ」
口に出して呟く。誰も聞いていないから。

僕の護衛をユリィは嫌っている。
でも僕は気にしない。
だって、これは僕のためだから。

色々な中で最良を選んだ。
僕にとって、ここが一番の居場所。
ここにいられるための努力を惜しむ気なんて、全然ない。

任せてくれたんだ。この僕に。
なら、
何人を殺してでも、肢体が欠けても、これを守る。

だから、守らせてくれ。ユリィ。
僕のために。


589 :a childie:2011/08/19(金) 10:36:57 ID:cvfXo0Hw
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何もかも、自分のため。

これが言い訳に変わったのは、いつからだろう。
分裂が起きた時か。身内殺しを請け負った時か。

誰かのためとは思えなかった。
その「誰か」がこれらを望むとは思えなかった。

けれど、過去の事。
もう、どうでもいい。


590 :a childie:2011/08/19(金) 10:37:34 ID:cvfXo0Hw
第2話終幕。
第3話へ。