789 :ヤンデレの娘さん 転外 3×3=9 part3/3 ◆yepl2GEIow:2011/09/08(木) 20:33:45 ID:fcNgdmpA
こんばんは、ヤンデレの娘さんのモノです。
転外の最終パートを投下させていただきます。
もっとも、物語としては「俺たちの戦いはこれからだ!」という感じですが……。
今回にデカいオチを期待されていた方には申し訳ありません。
それでは、投下させていただきます。
790 :ヤンデレの娘さん 転外 3×3=9 part3/3 ◆yepl2GEIow:2011/09/08(木) 20:34:30 ID:fcNgdmpA
「ホント。まるで、世界中から『意味あるモノ』をかき集めたような場所だねー」
大英博物館に入った少女は、しみじみとそう言った。
「ココは、初めて?」
「うんー。キミはー?」
「軽く見ただけ。無料なのに広いんだもの」
「じゃー、キミが見きれなかった所を中心に見ようか」
そう言って、英語のパンフレットを広げる。
「そう言えば、君はこっちで暮らしてるんだよね。旅行者とかで無く」
パンフレットで行き先を決めながら、カケルは少女に聞いた。
「そだったよー。計半年くらいだったかなー」
「なのに、こことかに来ようとか思わなかったの?」
「んー、あんまり観光とかするような物好きがいなかったからねー」
さらり、と言う少女だが、近所の観光地を見て回ろうと言うのはごく自然な発想ではないだろうか。
あるいは来たくても来れなかったのか。
そんなことを考えながら、ロゼッタストーンを始め、ギリシャやエジプト、諸処様々な場所から場所から集められた展示品を鑑賞するカケルたち。
尤も、少女の方はカケルを連れまわすのがメインだったようだが。
「折角来たんだから、しっかり見てこうよ」
「そうは言ってもカケル、ココの調度品に関してどれだけの知識があるって言うのさ」
暗に馬鹿だと言われた。
いや、実際カケルも世界史の教科書程度の知識しか無いのだが。
「そう言えば知ってるー?この博物館の所蔵品、随分な量が外国から強奪された物だってー」
壁にズラリと並ぶギリシア彫刻(エルギン・マーブル)を眺めながら、少女は言った。
「ああ、世界史でやったね」
「そうまでして、この建物を『意味あるモノ』にしたかったのかなー」
目を細める少女の内心は、カケルには窺い知れない。
「それが良かったのか悪かったのかは分かんないけどさ。こうしてきちんと保管されたお陰で考古学とかの研究が進んだって言う話もあるし」
「まー、良い悪いはボクにも分からないかなー。ただ、浅ましいとは思うよ」
そう、少女は嗤った。
「今の、ボクみたいで」
自嘲するように、小さく呟いた。
そうして、大英博物館の中をカケルと少女は見て周った。
ロゼッタ・ストーン、ネレイデスの祠堂、シルク・ロードから発掘された諸々の品……。
不用意に展示物を触ろうとしたカケルが怒られたり、絵画に見惚れるカケルを少女が置いていこうとしたり。
そして、その周辺の観光地を周っている間に、気が付けば日も傾いていた。
正直、一連の『デート』の中で、観光地よりも少女との会話の方が、カケルの心には印象に残っていた。
「いやー、今日は付き合ってくれてありがとうねー」
今朝方2人が出会った橋の上で、少女は言った。
「それは、むしろこっちのセリフかな。今まで女の子とこう言うことする機会なんて無かったし」
カケルは、それと同時に安心していた。
少女が、もう一度死んでしまうような、自殺するような素振りを見せなかったことに。
そんなカケルの内心を読み取ったかのように、少女は目を細めて苦笑した。
「ま、これっきりだからぶっちゃけちゃうか」
そう、橋の欄干に手をかけて少女は言った。
791 :ヤンデレの娘さん 転外 3×3=9 part3/3 ◆yepl2GEIow:2011/09/08(木) 20:34:50 ID:fcNgdmpA
「今朝、ボクは死ぬつもりでした」
「そっか・・・・・・」
少女の言葉に、カケルは驚かなかった。
むしろ、腑に落ちた想いだった。
「理由は、何なんだろうねー。強いて挙げれば、父親にあたる男からまーた転校しろって言われたからかなー。飽きるほど言われ続けて繰り返し続けて、さすがにもう限界って思って」
転校すれば、改めて人間関係を1から築き直さなくてはいけなくなる。
新しい土地、それも異国でとなればそれは心身ともに大変な労力を必要とするだろう。
その苦労は、経験の無いカケルには想像もつかない。
「それで……」
「うーん、理由というか理由付けっていうのは、ホントに強いて挙げればってカンジなんだよねー」
話しながら考えるように、少女は言葉を紡ぎ、想いを伝える。
「だって、ずっと前から生きるのがしんどかったかしねー。生きてても死んでたようだったしー」
何でも無いことのように、少女は語る。
本当に何でも無いことなのだろう。
生きてるのがしんどいと、生きながらにして死んでいると、感じるのが日常になっていたのだろう。
「生きてても、自分が無意味だと思ってたー。だから、自分を殺すためにこれでも綿密な殺害計画を立ててみたりしてー。あ、それを言うなら自殺計画かなー?」
笑顔のままで、少女は言う。
笑いごとではないのに。
笑えるようなことではないのに。
笑えるなんて、思ってもいないだろうに。
「そんな人殺しの計画を、カケルが阻止した。まるで、推理小説の名探偵みたいに」
つまり、カケルを名探偵とするなら、少女は被害者であり、犯人。
「ま、そんな意味ある人と出会えたのなら、ボクの人生もちょっとは意味があったのかなーなんて、ね」
少女はカケルに向かってにっこりと笑いかけた。
「あった、なんて……悲しい言い方するなよ」
カケルは言葉を絞り出した。
「君の人生は、まだ続いていけるじゃないか!まだ、意味をいくらだって追加していける!何て言うかその……ああ、もう!」
頭をかき、カケルはバッグからペンと、博物館のパンフレットを取り出す。
その大英博物館のパンフレットに、走り書きをする。
「コレ、僕の名前と住所と連絡先!文通するなり何なりすれば形は残る!思い出が残る!意味が絶対残る!だから!」
ずい、と少女に走り書きしたパンフレットを突きだした。
「僕に会って意味を見出したって言うなら!意味が欲しいなら!ここに連絡して!」
カケルのそんな必死の姿に、少女はきょとんと小首を傾げた。
「文通、とかボク長続きできた試し無いけど……それでも良いの?」
「君がしたい時にすれば良い!」
「ウン、分かった」
そうやって、ゆっくりと少女は受け取った。
カケルとの繋がりを。
「僕も、君に出会えてよかったと思う。誰かを助けるなんて、初めてだった。僕も、君のお陰で新しい『意味』って奴を手に入れられた」
ありがとう、とカケルは言った。
「うん、ボクの方こそ、ありが…とう。本当に…ありが、とう」
そう少女は答えた。
その頬には涙がつたっていたけれど、カケルは初めて彼女が心の底からの笑顔を見ることができた。
792 :ヤンデレの娘さん 転外 3×3=9 part3/3 ◆yepl2GEIow:2011/09/08(木) 20:35:09 ID:fcNgdmpA
おまけ
そうして、弐情寺カケルは少女と別れた。
「弐情寺カケル、かぁ」
石畳を歩きながら、改めて少女は彼の名前を反芻した。
無意識に足取りが軽くなる。
自分の中身はむしろ詰まったくらいなのに。
少女は生まれて初めて意味を手に入れた。
弐情寺カケルに意味を与えた、という意味を。
それは、展示物が存在してやっと意味を持つ博物館と同じくらい浅薄な『意味』ではあったが、意味は意味だ。
生まれて初めて、少女がこの世に存在しても良いのだと、思わせるくらいの、意義ある意味だった。
今まで、この世に居ても良いと言ってくれた者が1人だけいたけれど、この世に居ても良いと思わせてくれたのはカケルが初めてだった。
「ずっと誰かとの繋がり続けられなかったボクだけど、彼とは繋がり続けられると、良いな」
フフ、と笑いながら少女は言った。
「……でも」
スゥ、と少女の目つきが細くなる。
否。
鋭くなる。
「千里が、千里がねぇ」
吐き捨てるように、千里と言う名を口にする少女。
「ボクの同類の癖に、誰かとの繋がりを手にして、力にしてるなんて、生意気だよ、ね」
そう語る少女の闇は、病みは、暗く、深く。
深淵になっていくことを理解しながらも、それは無意味なことだった。
彼女は無意味で、そして無力。
そのことを、彼女自身が誰よりも
なぜなら、それが、彼女の両親にあたる2人が唯一行った教育と呼べるものだったからだ。
自分には何もできないことを、少女は産まれたときから17年間ずっと教え込まれてきた。
けれども、何もできないと言うことは、何もしたくないと言うこととイコールでは――――ない。
その気持ちを無意味と切って捨てることは、少女には、少しずつ、できなくなってきていた。
少女の心は、だんだんと、あるいは淵々と、軋み始めていた。
カケルに一度救われながら、否、たからこそ、ばらばらになりはじめていた。
少女―――九重かなえの心は。
弐情寺カケル
九重かなえ
この2人の無意味で有意味な出会い。
光が闇を際立たせるように。
出会いもまた、ヤミを深くする。
これは、それだけの物語。
ここまでは、それだけの物語。
ここまでだけなら、それで終わる物語。
深くなった彼女のヤミが、闇が、病みが、九重かなえを、弐情寺カケルを、御神千里を、そして、緋月三日をどう蝕んでいくのか。
それを語るには、まだ早すぎる。
カケルとかなえ、2人の出会いが、2人の別れが、本当に『意味』を持つのはもう少し先のことなのだから。
だから、この物語/3×3=9は、この始まりの物語/数式は、未だ解け出したばかり。
最終更新:2011年09月23日 18:35