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813 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part1 ◆yepl2GEIow:2011/09/12(月) 22:19:53 ID:3d.1vUmw
 4年前
 「『悪意』って何なんだと思う、九重?」
 「わっはー。千里は相変わらず無駄で無為で無意味なことに頭使ってるね偏屈だね偏狂だね中二病だねー」
 「……」
 「ま、強いて言うなら『悪意とは善意の対義語である(キリ)』ってトコじゃない?まー、そもそも前提として善意ってヤツをボク達は知らないわけだけどー」
 「つまり、説明になって無い」
 「そ、説明になってないし、説明できない。辞書的には、誰かを憎んだりー傷つけようとするキモチらしいけど、その説明じゃぁ何かピンとこないよねー」
 「だな。曖昧模糊としている」
 「模糊もモコモコ、雲を掴もうとするような話だ」
 「ま、『悪』ってやつをしようとする意識ってことでおっけーだとは思うんだけどねー」
 「そもそも、『悪』ってなんなんだろう」
 「単なる『悪』なら、法を逸脱したり、他者を傷つけることってコトになるんだろうけど。よくわかんないけどねー」
 「どうして、その悪をなすのか?」
 「その答えが『悪意』の意味ってコトになるんだろうけどねー。『悪』をなそうというモチベーションみたいな?」
 「それだと、まるで悪人はみんな悪いことが好きで好きでたまらないみたいに聞こえるけど」
 「そんなケースは稀なんじゃない?まぁ、ボクは善人にも悪人にも会ったことは無いけどねー」
 「そうか、悪のために悪をする者はいない」
 「そう、大切なのは目的」
 「法を逸脱してでも成し遂げたい目的があるか、モラルを曲げてでも人を傷つけたい激情があるか」
 「要は手段の問題だよね。そして、ボクたちはソレを定義づける、もっとマシで相応しい言葉を知ってる」
 「そう」

 「「欲望」」

 「だから、悪をなす意思を悪意と呼ぶなら、そんなものはどこにもなくない?」
 「そうだな。それは、単なる欲望。欲しいと思う気持ちに善も悪も無い」
 「そ、悪意なんてどこにもない。善意ってヤツがどこにも無いみたいにねー」
 「悪意なんて、この世界には無い」
 「そ、何年かけて、万年かけて、世界中のどこもかしこもそこかしこを探しても、そんなものなんて無い」
 そして、それは、4年後の今も同じなのだろう。
 勿論、これから語る、明石朱里の物語にも、きっと――――


814 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part1 ◆yepl2GEIow:2011/09/12(月) 22:20:25 ID:3d.1vUmw
 現在
 その日は、気がめいるような雨だった。
 先月の新学期ムードも薄れ切り、生徒会選挙も終わった10月のある朝のことである。
 「明石さん?明石朱里さん?」
 出欠を取る担任の女教師の声が、教室に響いていた。
 「先生。朱里、今日来てません」
 明石の隣の席の生徒が、手をあげて先生に言った。
 「あれ。明石さん、欠席かな?珍しい、って言うか奇跡的だね」
 担任の先生は、そう驚いたように言った。
 「葉山くん、何か聞いてない?」
 「・・・・・・や、何も」
 先生の問いに、珍しくローテンションで被りを振る葉山。
 「って言うか、普通に風邪とかじゃ無いんですかー?」
 と、隣の俺が葉山に代わり、努めて和やかな声音で言った。
 「え、御神君たちは知らないかな?明石さんって少なくとも葉山君が来てる日は、どんな重病でも重症でも学校来てるよ?」
 まるで当然のように先生は言った。
 本気で知らなかった。
 それは葉山も同じようで、隣で目を丸くしている。
 「お陰で水泳部の西堀先生から相談来てウザいんだけどね」
 そんな言い方するなよ、聖職者。
 「連絡とか、来てないんですかー?」
 「先生は聞いてないけど?」
 しれっと答える先生。
 つまり無断欠席。
 それって拙いんじゃないだろうか。
 「ま、いいや、次行こうか。伊能さん、いるー?」
 と、大して気にした様子も無く、先生は出欠を取り続ける。
 けれども、俺はどうにも明石のことが、そして葉山の様子が気になって仕方が無かった。







 「なーんか落ち着くよね、屋上って」
 その日の休み時間、俺は校舎の屋上、には雨なので入れないので、その手前の階段にいた。
 葉山と2人で。
 朝からずっと、葉山の様子はおかしかった。
 ずっと塞ぎこんだ様子で、俺が話しかけても適当に返すだけ。
 こんな葉山は初めてだった。
 「そう思わない?」
 あくまでいつも通り、軽い調子で葉山に話しかける。
 「まぁ、お前は前はよく屋上にいたからな」
 ローテンションで、葉山は答えた。
 「ああ、中等部の頃ね」
 「最近は、大桜の下だがよ」
 「あそこも良い所だよね、静かで」
 「静かなのが、好きなのか?」
 「そういうキブンになるときもある、ってカンジかなー」
 そう言って、俺は葉山に対して笑顔を向けた。
 「で、何かあったの?」
 俺は、単刀直入に言った。
 生憎、回りくどい方策は得意じゃないのだ。
 「何が、って何もねぇよ・・・・・・」
 俺から目を逸らし、葉山は答えた。
 気のせいか、階段の手すりを握る手が強張っているように見えた。
 「じゃあ、言い直そうか。何があったの、明石と」
 俺はそう断じた。
 「・・・・・・分かるのか」
 「分かるよ」
 それまではいつもどおりに見えた葉山のテンションがとみに落ちたのは、明石の話題が出てからだった。
 2人の間に何かあったことは、鈍い俺でも一目瞭然だった。
 「分かりすぎて、正直見てられないよ。今のはやまん」
 「・・・・・・」
 「話してくれないかな、俺に。話すだけでも、楽になるかもしれないし」
 なるべく穏やかに、葉山の目線に合わせて、俺は言った。
 「・・・・・・1つだけ、約束してくれ」
 「約束する、何でも」
 ようやく口を開いた葉山に、俺は即答した。
 「この話は、他言無用で頼む」
 そう言って、葉山は重い口を開いた。


815 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part1 ◆yepl2GEIow:2011/09/12(月) 22:20:59 ID:3d.1vUmw
 こんなやり取りがあったらしい。
 昨日の日曜日、珍しく、久しぶりに葉山は明石の家に呼ばれた。
 特にやることも、遊ぶことも無く、他の友人達も軒並み用事が入っていたので、葉山は明石の誘いにあっさりと乗った。
 「おひさし」
 自宅、ごく普通のマンションの玄関前で、明石はそう言って葉山を迎えたという。
 その日の明石はミニスカートに明るい色のブラウス、それに美脚のラインが目立つロングソックスという出で立ち。
 メイクもバッチリで、そのままティーンズ向けのファッション誌の表紙を飾れそうだった。
 「何だ、明石。出かけるのか?」
 「ううん、何で?」
 「随分とめかしこんでるみたいだったから」
 「べ、別に?コレが普通だけど?」
 そう言ってトボける明石だったが、とても部屋着には見えない格好だと葉山は思った。
 対する葉山はいつもどおりのジーンズなので、逆に気後れするくらいだった。
 いや、今更気後れするような相手でも無いのだが。
 「あ、ひょっとして『今日の朱里ちゃんキレーだな、かわいーな、コクッちゃいたいなー』とかそんな風に思ったり?」
 「思わねーよ」
 いつも以上にテンションの高い明石の冗談に、葉山はツッコミを入れた。
 「じゃあ、二択で答えて。今のアタシ、綺麗?」
 右手の人差し指を一本立てて、上目遣いで聞いてくる明石。
 「それとも、不細工?」
 今度は左手の人差し指を立てる。
 「別に、フツーじゃね?」
 葉山は普通に答えた。
 「二択って言ったじゃーん」
 両手の人差し指を示し、明石が言った。
 「別にどっちでもいーだろ?」
 「二択ッ!」
 「選択肢が極端すぎんだろ!」
 「二択」
 「いや、俺、女子の服には、あんま詳しくねーし」
 「に・た・く」
 最後にドスの効いた声でそう言われて、とうとう葉山も折れた。
 「まぁ、綺麗、って言うか可愛いんじゃねーの?」
 「ホント!」
 葉山の言葉に、明石が今までに見たことも無いほど嬉しそうな笑顔を浮かべた。
 「あんまホンキにすんなよ、俺の評価なんざ。さっきも言ったように女子の服のコトとかわかんねーし」
 なぜか気恥かしくなり、
 「正樹の評価だから良いんじゃない」
 そう言って明石は、足取りも軽く「上がって」と葉山を促した。
 「おじゃましますッス」
 明石の言葉のままに明石の家に上がる葉山。
 「お袋さん達は……あ、共働きだっけか」
 靴を脱いで居間へと移動しながら、葉山が聞いた。
 「そ。父さん母さん今仕事中」
 「だったな」
 そんなやり取りをしながら、居間のドアを開ける。
 「なんてゆーか久々じゃない?正樹があたしンち来るのって」
 「あー、そういやいつぶりだ?」
 「4年と半年、それに一週間と5時間11分14秒だね」
 「正確に覚えすぎだろ!」
 「と、言ってる間にも23秒が過ぎてしまったわね、ゴメンゴメン」
 「お前、実は数学得意だろ」
 と、言いながら、改めて葉山は居間の中を見回した。
 明石が約4年ぶりと言ったように、葉山が明石の家に来たことは多くないかもしれない。
 むしろ、明石とは葉山の家や、外で遊んだりしていた記憶の方が印象深い。
 なので、明石家の居間を見回しても、清潔でスッキリしている、といった程度の感想しか出てこない。


816 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part1 ◆yepl2GEIow:2011/09/12(月) 22:21:36 ID:3d.1vUmw
 「あ、アタシ、ちょっとお茶用意してるから」
 「ウン、良いのか?そこまで手間かけさせちまって」
 「ま、お客さんだし」
 「つーてもなぁ」
 約4年ぶりで、しかもあまり来たことの無い家で待たされてもどうにも居心地が悪い。
 「と、悪い。トイレ借りていいか」
 「良いよ。折角だから、ついでに家の中テキトーに見て回っててよ」
 葉山の言葉に、キッチンでガチャガチャという音を立てながら、朱里が言った。
 「良いのかよ」
 「そこにいたってヒマになるっしょ?」
 「ま、そうだな」
 提案の善しあしはともかく、こうした気遣いはありがたい。
 「それに、正樹に私のこと、もっと知って欲しいし」
 「お前のこと、じゃなくてお前の家のこと、だろ。日本語は正確に使いなよ」
 そんな軽口をたたき、葉山は立ち上がり、幼馴染特有の気安さでリビングを出た。
 「あー、トイレの場所聞くの忘れた」
 出た後に、葉山はそれに気がついた。
 もっとも、さほどあせることではない。
 半分以上、居間で手持ち無沙汰になるのが嫌で出ただけだ。
 明石に勧められたとおり、適当に家の中を見ながらトイレをさがすことにした。
 そう考えて、適当に家の中のドアを開ける。
 「ココは親御さんたちの部屋だな」
 ダブルベッドとテレビ、ちょっとした机のある部屋を覗いて葉山は言った。
 「次は、と。ココは物置か」
 本棚や様々な荷物で手狭になった部屋を見て呟く。
 本棚の中にはアルバムが仕舞われているようだった。
 「見てやって、後で話のネタにしてやるか」
 そう思ってアルバムを開く。
 前半は、明石の両親の写真からだった。
 それから、明石が生まれた後の写真。
 明石の両親は共働きなので、どうしても朱里にかまってやれる時間が少ない。
 そのため、家族旅行の写真があっても近い日付の写真が連続で並んでいることの方が多かった。
 家族旅行の回数自体が少ないのだろう。
 その代わり、葉山の家の旅行に明石も一緒に行った記憶があった。
 あとは、入学式や卒業式の写真。
 「ほとんど全部に俺が一緒に並んでンな。まるでキョーダイみてーだ」
 幼稚園から高校まで同じなのだ。
 家族写真の中に葉山も一緒に写っていた。
 その逆の写真が、葉山の家にもある。
 「腐れ縁にもほどがあるなァ。ったく、やれやれだぜ」
 そうは言いながらも、懐かしさに自然と笑みがこぼれる。
 そんなことを考えている内にあっという間にアルバムを見終わる。
 「まいった。ネタになるような写真が無ぇ。っつーかンなことしてる場合じゃ無ぇ」
 アルバムを仕舞い、物置部屋を後にする。
 そして、無造作に次の扉を開ける。
 「!?」
 扉を開けて、硬直した。


817 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part1 ◆yepl2GEIow:2011/09/12(月) 22:22:17 ID:3d.1vUmw
 その部屋は、とても部屋とは思えなかった。
 いや、確かにクローゼットやベッド、勉強机といった記号が、そこが寝室であることを辛うじて認識させてくれた。
 しかし、その他は何だろう。
 壁一杯に、写真が貼られていた。
 葉山の写真だった。
 通常サイズのものから、引き伸ばしたものまで、様々なタイプの、様々な年代の葉山の写真が壁に隙間無く貼られていた。
 いずれも、視線がカメラの方を向いていない。
 盗撮であることは明らかだった。
 壁だけではない。
 天井、床、果てはクローゼットにまで、葉山の写真がビッシリと貼られていた。
 ベッドの布団にまで、葉山の写真がプリントされている。
 葉山葉山葉山葉山葉山葉山葉山葉山葉山葉山葉山葉山葉山葉山葉山葉山葉山葉山葉山葉山葉山葉山葉山葉山・・・・・・
 どこを向いても葉山の写真がある。
 自分の姿が部屋一面に飾られていることに、言いようも無い嫌悪感、否、恐怖感を感じる。
 「・・・・・・ヒ」
 そこで、ようやく喉が正常な機能を果たし始めた。
 「ヒアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
 恥もプライドも無く、葉山は家中に響かんばかりの悲鳴を上げた。
 「あれ、どうしたの正樹?」
 その悲鳴を聞きつけて、というには平静な声が背後から聞こえた。
 明石だ。
 「あ、朱里・・・・・・」
 振り返った瞬間に、腰が抜けたのか、はたまた気が抜けたのか、葉山は尻餅をついていた。
 自分の姿が写った、床の上に。
 「・・・・・・これ、何?」
 震える手で、部屋の中を指差す。
 「・・・・・・え?」
 対する明石は、何のことだか分かりかねるような声で小首をかしげ、言葉を続けた。
 「ココ、アタシの部屋だけど?」
 ココ、アタシノヘヤダケド
 その発声の意味を掴むまで、葉山は数瞬かかったと言う。
 「お前の・・・・・・部屋?」
 「うん」
 当たり前のようにうなづかれる。
 「お前・・・・・・・こんなところで暮らしてんの?」
 「うん」
 「こんなところで毎日起きんの?」
 「うん」
 「こんなところで毎日寝てんの?」
 「うん」
 「こんなところで毎日勉強してんの?」
 「うん、大体は」
 「こんなところで毎日ケータイで喋ってんの?」
 「うん」
 「お前・・・・・・」
 口が、喉が、何より頭が正常に機能しない。
 「お前、こんなところで二十四時間三百六十五日生き続けてんの?」
 「うん」
 当然という顔の明石と、圧倒的に異様な明石の部屋。
 「なん・・・・・・で・・・・・・」
 「ああ、この写真?」
 抵抗感無く、慣れた様子で部屋の中を見渡して、明石は言った。
 「ああ、ゴメンゴメン。思わず勝手に撮っちゃったり、学級新聞とかに載った奴をパソコンに取り込んでプリントアウトしたり、さ。謝るから、ね」
 「いや、ソレじゃなくて・・・・・・」
 どっちを向いても、葉山の姿しかない。
 「こんな部屋に居て、気ぃ狂わないのか?」
 「え、何で?」
 明石はきょとん、とした。
 思いもよらないことを聞かれたという風に。


818 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part1 ◆yepl2GEIow:2011/09/12(月) 22:22:38 ID:3d.1vUmw
 「むしろ、ちょー落ち着くじゃん」
 「おち・・・・・・つく?」
 理解しがたい言葉が、明石の口から飛び出た。
 いや、理解できるはずなのだが、頭が理解することを拒否している。
 「すっごい落ち着くって言うか、安らぐっていうか。なんかこー、正樹に守られてる感があって良いんだぁ、ココ」
 恍惚とした表情さえ浮かべながら、明石は語る。
 「世界で一番の、私の安全地帯」
 そのおぞましい空間を、明石はそう形容した。
 「なん・・・・・・で・・・・・・」
 葉山には、とても理解しがたかった。
 訳が分からなかった。
 まるで、地獄の只中で天国に居るようなことを言う彼女が。
 言葉や表情だけではなく、明石朱里と言う存在自体が。
 『これは、誰だ?』
 と、葉山は思った。
 『俺の知ってる朱里は、こんなヤツだったのか?』
 例えば、朱里の体をエイリアンが乗っ取っている、そんな与太話のほうがまだ現実味があるように思えた。
 「何で、って言ったよね、正樹。その理由はシンプルだよ」
 腰を抜かしたままの、葉山に顔を近づける明石。
 「正樹が、好きだから」
 葉山の耳元で、明石がそう囁いた。
 おぞましい空間の中で行われるには、とてつもなくアンバランスな告白。
 「正樹になら、頭のてっぺんから足先まで、心臓でも肝臓でも目玉でも何でも、私のどこだってあげる。正樹のためなら、世界中の誰だって殺せる」
 囁きは、続く。
 「世界中が誰一人何一つ無くなっても、正樹さえいてくれるなら、私は幸せ」
 告白は、続く。
 「正直ね、私普通に生きてて何度も何度も何度も死にたくなったよ。普通に生きてたから。普通に、みんなからシカトされたり、暴言を吐かれたり、暴力を振るわれたりしたことも、あったから」
 おぞましい、告白は。
 「でも、正樹がこの世にいてくれてる、それだけを支えに今日まで生きてきたよ?」
 そして、明石は、葉山の耳元から正面に移動する。
 「大好き」
 そう言って、葉山の唇に、自分の唇を重ねた。
 キスをされてる。
 そう思ったときには、体重をかけられ、押し倒されていた。
 「ぅん、ううん・・・・・・」
 「!?」
 唇の柔らかな感触を味わう暇も無く、口内に異物が侵入してくる感覚。
 舌を入れられているのだ。
 葉山の口の中に、明石の舌が。
 「ぁ、あん・・・・・・うむ・・・・・・ン。ちゅぱ・・・・・・」
 葉山の体の上に乗った小さな胸から、ドキドキという鼓動が聞こえる。
 その鼓動が、初めて葉山に、明石が女性であることを感じさせた。
 同時に、口の中で明石の舌が蛇のようにうねる。
 訳が分からなかった。
 意味が分からなかった。
 何もかもが理解不能だった。
 今まで、葉山にとって明石は腐れ縁の幼馴染で、気安い友人で、それ以上の存在では無かった。
 そんな明石が、葉山を異性として見ていたというのだろうか。
 葉山に対して、こんなことをしたかったというのだろうか。
 「フフ・・・・・・」
 それまで、葉山の手に重ねられていた明石の手が移動する。
 葉山のズボンへと。
 『逃げないと』
 ベルトに手をかけられた瞬間、ようやく葉山にその発想が生まれた。
 『逃げないと逃げないと逃げないと逃げないと!』
 自分の口内を蹂躙する明石の唇を強引に振り払い、ベルトを外そうとする明石を突き飛ばした。


819 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part1 ◆yepl2GEIow:2011/09/12(月) 22:23:19 ID:3d.1vUmw
 「まさ・・・・・・き?」
 信じられないという顔をする明石の存在すら視認できず、葉山は脱兎のごとく部屋を逃げ出した。
 「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
 悲鳴を上げ、部屋だけではなく、明石の家からも、走り出る。
 「あああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
 行き先なんて考えていない。
 一分一秒でもあんなおぞましい空間にいたくはなかった。
 走って逃げて走って逃げて走って逃げて走って逃げて走って逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて。
 闇雲に走った先で、葉山は我に帰って足を止めた。
 呼吸が荒いのは、急に走ったからだけではないだろう。
 「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・ウン?」
 ふと気がつくと、懐から振動音が聞こえる。
 ポケットに入れていた携帯電話だ。
 それを取り出そうと手をやって、葉山は遅まきながら自分の全身が震えていることに気がついた。
 そして、震える手で携帯電話を取り出し、
 「ヒアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」
 葉山は、過去最大級の悲鳴を上げた。
 着信者:明石朱里
 そう、携帯電話に表示されていたからだ。
 思わず通話終了ボタンを押すと、着信のお知らせが残る。
 「ヒィ!?」
 着信履歴を覗くと、葉山は携帯電話を取り落とした。
 着信者:明石朱里
 着信者:明石朱里
 着信者:明石朱里
 着信者:明石朱里
 着信者:明石朱里
 着信者:明石朱里
 着信者:明石朱里
 着信者:明石朱里
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 着信者:明石朱里
 着信者:明石朱里
 着信者:明石朱里
 着信者:明石朱里
 着信者:明石朱里
 着信者:明石朱里・・・・・・
 短時間の間に、ビッシリとそう表示されていたからだ。
 「ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
 葉山はそのまま、携帯電話を拾うのも忘れて、家へ逃げ帰った。


820 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part1 ◆yepl2GEIow:2011/09/12(月) 22:23:53 ID:3d.1vUmw








 以上が、俺が葉山から聞いたことの顛末だった。
 話している間中、葉山はガタガタとかわいそうに震えていて。
 なだめながら聞くのがやっとだった。
 正直、最後まで話せたことが奇跡だったかもしれない。
 「そっか・・・・・・」
 俺は、話し終えた葉山の肩をポンポンと叩いて言った。
 「ありがとう、全部話してくれて」
 俺は、出来うる限り最大級に穏やかな笑顔を葉山に向けた。
 「あ、ああ・・・・・・」
 生唾を飲み込みながら、葉山は何とかそう言った。
 正直、俺にとって明石は危険度の高い女子だとは思えない。
 葉山の話を聞いてなお、そう感じられる。
 俺は、ブチ切れた時の生徒会メンバーをはじめとする危ないモードに入ったコたちを数多く見てきたから。
 彼女らに比べれば、誰1人にも危害1つ加えていない明石は極々普通の女子でしかない。
 けれど、葉山は違う。
 葉山が怖いと、恐ろしいと感じたことは事実なのだ。
 今重要なのは、葉山を慰めてやること。
 「安心しなよ、怖いモンはもう無いから。もう去ったから」
 「ああ・・・・・・ああ・・・・・・」
 慰める俺に、ガクガクと頷く葉山。
 「お前が遭ったのは、ひと時の、そう夢みたいなモンだよ。明石だってきっと・・・・・・」
 「アイツの名前を言うな!」
 俺が明石の名前を出すと、葉山は悲鳴のようにそう言った。
 この様子だと、きっと昨日から連絡なんて取ってないんだろうなあ・・・・・・。
 確認したいけど、今の葉山はそれを聞けるような状態には見えない。
 意外と言えば意外だが、納得と言えば納得の状態だった。
 葉山は、本当にごく普通の男子高校生だ。
 当たり前に親や教師の庇護を受けて育ち、人間のドロドロとした部分なんてほとんど体感せずにすくすくと育った奴だ。
 いじめにあったことも、いじめをしたことも無いような、表裏の無いまっすぐな奴だ。
 まっすぐだからこそ、横殴りの衝撃には弱い。
 それも、今回は不意打ちだった。
 葉山も、なんのかんのでイロイロ鈍感な奴だ。
 昨日体験した全てが、葉山にとって『明石の意外すぎる一面』だったのだろう。
 それも初体験。
 初心者には刺激が強すぎる。
 キスのことだけではないので、念のため。
 「まぁ、とにかく、もう大丈夫だから。俺らもついてるしさ」
 「・・・・・・頼りに、していいか?」
 「もちろん」
 「・・・・・・ありがと、な」
 そうして、教室に戻ろうと俺たちは立ち上がる。
 震えていた葉山の足元も、随分しっかりとしてきた。
 そうして、俺たちは階段を下りて、踊り場にさしかかった。
 踊り場には先客がいた。
 と、言うより、倒れていた。
 人が、女の子が1人。
 「三日!!」
 俺は、思わずその大切な女の子の名前を叫んでいた。


821 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part1 ◆yepl2GEIow:2011/09/12(月) 22:25:34 ID:3d.1vUmw
 その後。
 俺は、葉山に先に戻ってもらい、三日を急いで保健室に連れて行った。
 保健室の先生によると、体調に特に問題は無いらしい。
 「ちゅーか元々、良く倒れる奴だかんな」
 と、先生は言った。
 「体、弱いですからね」
 「とりあえずベッドに休ませとくから。御神、お前着いててやれ」
 「はい」
 そんなやり取りをして、先生はベッドから離れた。
 しばらくすると、暢気な寝息が聞こえる。(不良教師だ)
 「・・・千里・・・くん?」
 ベッドの上で、三日が目を開ける。
 「そだよー。お目覚めかな、眠り姫」
 「・・・ねむりひめ?」
 ボンヤリとした顔で辺りを見回す三日。
 こんな軽口にボケるとは、頭がまだ本調子では無いらしい。
 「心配したよー。踊り場で倒れててさー」
 「・・・私、倒れちゃったんですね」
 改めて、三日は辺りを確認し、ここが保健室であることを認識する。
 「・・・ここまで運んでいただき、ありがとうございます」
 「これぐらい軽いもんだよ」
 仕事的にも、体重的にもね。
 「でも、体育の授業でもないのに三日がブッ倒れるなんて久しぶりだね。あの夏以来じゃない?」
 なるたけ軽い調子で、俺は言った。
 今日は最大級の穏やか笑顔の出番が随分多くなりそうだった。
 「・・・私のせい、なんです」
 脈絡も無く、三日は言った。
 「って、どうしたのさ。藪からスティッチに」
 「・・・私のせいだと思うと、胸が苦しくなって、・・・息も荒くなって、・・・気がついたら、倒れてて」
 俺のボケにツッコミも入れず、三日が言葉を続けた。
 気のせいか、小さな胸が上下する間隔が短くなっているようにも見える。
 「と、とにかく、落ち着いて、ね?ね?」
 背中をさすり(俺もパニクッてるのだ)、俺は三日をなだめる。
 「・・・聞いてたんです、さっきの葉山くんの話」
 軽く深呼吸して、落ち着いてから三日は言った。
 聞いていた、というのは、先ほどのやり取りのことだろう。
 「・・・あれは、きっと私のせいなんです」
 そして、三日は話し出した。
 懺悔するように。


822 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part1 ◆yepl2GEIow:2011/09/12(月) 22:25:54 ID:3d.1vUmw
 しばらく前に、こんなやり取りがあったのだそうだ。
 「・・・どうして朱里ちゃんは、葉山くんにストレートに告白してしまわないんです?」
 「!?」
 三日の素朴な疑問に、会話していた明石は言葉を詰まらせたのだという。
 「ええっと、それは何と言うか。まだそのカードを切るのは早いというか最終手段と言うか今はその段階じゃないというか・・・・・・」
 しどろもどろでそう捲くし立てる明石だったが、まっすぐ見つめる三日の眼に嘆息して、
 「自信が無いのよ、正直」
 と、ため息混じりに言った。
 「告白なんかして、もし正樹に振られたり、『キライだ』とか言われたりして、今のぬるま湯みたいな関係が壊れちゃうんじゃないかって思って、怖いのよ」
 明石はそう、本音を吐露した。
 「…大丈夫ですよ、朱里ちゃん」
 三日は静かに首を横に振り、優しく明石の手を取った。
 「…絶対、大丈夫です」
 「何の算段も無いのに、何でそう言い切れるのよ」
 「…良いですか、朱里ちゃん」
 気弱な明石に、三日は諭すように言った。
 「…正直言って朱里ちゃんは美少女なんです」
 「恥ずかしいことを臆面も無く言うわね」
 「…事実ですから。…それも、私が男の子だったらほんのちょっとだけときめいていたかもしれない位の」
 「恥ずかしい台詞の大盤振る舞いね」
 「…ですから、葉山くんなんて美少女の朱里ちゃんが迫りに迫れば陥落するに違いありません!」
 「陥落!?」
 「…葉山くんなんて『チョロい!』ものなんです」
 「私の親友が腹黒くなって生きるのが辛い」
 「…とにかく、自分に自信を持ってください」
 「自分に自信、ね」
 明石は三日の言葉を繰り返し、微笑を浮かべた。
 「会ったばかりはオドオドビクビクだったみっきーの口からそんな言葉が出る日が来るなんて、ね」
 「…出過ぎた言葉、でしたか?」
 「ううん」
 首を横に振る明石。
 「ありがと、みっきー。みっきーに言われて、むしろ自信出て来た」
 そして、明石は決意した。
 「告白するわ、アタシ」
 「…朱里ちゃん」
 三日に頷く。
 「まぁ、ちょっぴりちゃんと準備がいるから、今すぐにってワケにはいかないけどさ」
 「…はい、応援しています!」







 そして、現在
 「…それが、あんな結果に終わるなんて」
 三日は、思いっきり落ち込んでいた。
 我が事のような落ち込みぶりだった。
 俺も似たような経験があるので、三日の気持ちは痛いほど分かる。
 それこそ、我が事のように。
 「…私のせい、ですよね」
 「お前のせいじゃない」
 三日から零れた言葉に、俺は即答した。
 「お前はお前にできることを十分にしただけだ。その結果は残念なことになったけれど、それとこれとは話は別だ」
 ポン、と三日の頭に手をやって、俺は言った。
 「だから、大丈夫だ」
 「…ありがとう、ございます」
 ほんの少しだけ、三日の声に元気が戻った気がした。
 「どういたしまして」
 俺は、笑顔でそう答えた。
 「それにさー、まだ希望はあるかもだよ?今のはやまんはちぃとパニクってるだけだし、さ。落ち着けば、何か変わるかもー」
 半分以上は気休めのような言葉ではあった。
 けれど、それに対して三日は「…はい」と頷いてくれた。


823 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part1 ◆yepl2GEIow:2011/09/12(月) 22:26:36 ID:3d.1vUmw
 おまけ

 ここから先は、俺が知る由も無い出来事だ。
 葉山正樹に告白をした後、明石朱里が何をしていたか。
 彼女は、一晩中街の中をさ迷っていた。
 夜が開けた、その時間、本来なら登校しているその時間帯もまだ。
 激しい雨に打たれながら。
 その一晩、物騒な輩に絡まれなかったことは、ある意味では幸運ではあった。
 そうした輩でさえ、今の明石のことは避けて通ったのかもしれない。
 雨に濡れ、汚れきった衣服。
 憔悴しきった表情。
 虚ろに濁った瞳。
 覚束無い足取り。
 右手には汚れのついた携帯電話が握られていた。
 その携帯電話が葉山のものであることに、彼女の友人ならば気が付いただろう。
 その前に、彼女が明石朱里であることにすら気が付かないかもしれないが。
 そう思わせるほどに、普段の彼女からは考えられない位、憔悴しきっていた。
 「……はは」
 彼女の口からは、時折虚ろな笑いが漏れる。
 「……あはははは」
 笑いが漏れては、虚空に消える。
 フラフラと歩いていた彼女の足は、夜中歩きとおしてとうとう止まった。
 そして、明石の体はコンクリートの上にグラリと倒れた。
 その勢いで、右手の携帯電話が道に転がる。
 「……あ」
 地面に倒れた痛みよりも、手から離れた携帯電話を、明石は目で追った。

 その時、黒猫が現れた。

 「へぇ…ん」
 その黒猫、否、明石が黒猫だと一瞬錯覚した女性は、傘を片手に明石の落とした携帯電話を無造作に拾い上げて、言った。
 「ハードなお仕事終わって、久々の帰宅中にヒトみたいなゴミが落ちてると思ったらゴミみたいなヒト…なんだよ?」
 「かえ……して」
 出会いがしらの暴言より先に、明石は葉山の携帯電話のことに反応した。
 「それ……かえして。たいせつな……ひとのもの……だから」
 途切れ途切れで、そう声を漏らす。
 「良い…よ」
 女性は、明石に近づき、前かがみになって携帯電話を手渡す。
 そして、彼女の顔をまじまじと見る。
 「キミの顔、どっかで見覚えある…なぁ。どこだった…かな?」
 そうして、少し考え込むと言った。
 「分かった、明石朱里さん…でしょ?」
 「……?」
 自分の名前を言い当てたその女性を不思議に思う明石。
 明石にとって、その女性は見覚えの無い相手だ。
 「分かるよ。自分の娘の交友関係くらい…ね」
 そう言って、女性は猫のように笑う。
 「明石朱里…さん。キミはちょっぴり面白い人かも…しれないね?」
 そう彼女―――緋月零日は言った。






 明石朱里と緋月零日

 壊れかけた少女と壊れ果てた女性

 出会ってはいけない2人が、出会ってはいけない時に、出会ってしまった。