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846 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part2 ◆yepl2GEIow:2011/09/22(木) 23:53:53 ID:ajF/t8qI
 4年前
 「人間関係ってコトバ、あるじゃんー?」
 「ああ、ある」
 「でも、人間『関係』って何だろー?」
 「九重も、大概に中二病」
 「って言うか、人間が関係なんてできるのかな?」
 「と、言うと?」
 「人『間』なんて言うけど、結局ボクらは個体でしか無いじゃない。ただそこに在るだけの、ただそこで動いてるだけのモノ」
 「ヒト科ヒト属のホモサピエンス」
 「そんな定義づけも無意味な気がするけどねー。ヒトだろうがヒロだろうが、そこにあるモノでしかないし。あるモノで、あるだけ」
 「ある、だけ」
 「そう。あるだけで、関係なんてできない」
 「関係できない」
 「そ、断絶してる」
 「でも、世間には愛情とか友情とかあるだろ。ある、らしいだろう」
 「どーなんだろうねー、ソレも。そう言うこと言うのも、結局は断絶してるってゲンジツから目逸らしたいだけなんじゃないかなー」
 「現実逃避」
 「そ。『ジブンたちは1人じゃない、繋がってる』っていうユメを見たくてさ。この前の善意と悪意の話もそうだけど、結局全部存在しないナニかに存在して欲しいって言う願望、サンタクロースの実在を夢見る子供みたいな愚行なんじゃない?」
 「サンタクロースって、いないんだ」
 「そだよ。ウチにも来たこと無いし」
 「友情も、愛情も無い」
 「そだね。全て幻。ま、思うだけならタダだしね」
 「そこにいて、そこで話しても、関係できない」
 「そ。言葉だろうが暴力だろうが、コミュニケーションの方法って呼ばれてるものでさえ、ね。そんなの、電車に乗り合わせた無関係な相手にだってできるし」
 「言葉を尽くしても、伝わらないこともあるし」
 「それもある。『親友』とか言ってる相手だって、互いの気まぐれで仲たがいしてそれっきりってこともある。他人らからは愛し合ってるように見える恋人同士が、ハラの内で何考えてるのかなんて分からない。夫婦だって――――言わずもがな。って言うか言いたくないしー」
 「そっか」
 「だからこそ、あっさり変容するよね、人間関係って。変容するように、見える」
 「かも、ね」
 「結局人間関係なんて、夢幻なのにね。夢幻で、無為で、無意味だ」
 「じゃあ、俺達の関係は?」
 「無関係」


847 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part2 ◆yepl2GEIow:2011/09/22(木) 23:55:29 ID:ajF/t8qI
 現代
 というか、前回の一件から翌日。
 明石朱里は大いに驚かせた。
 あまりに当り前に登校して。
 「え、いや、ただの風邪風邪。学校に連絡もできないくらいグッタリしててさー、いや参った参った」
 ケロリとした顔を作り、そう言ってのけたのだ。
 「ま、もー元気莫大になって荒ぶってるからダイジョブなんだけどね!」
 と、言う訳でそれから数日が経ち。
 俺達はいつも通り、普通の学園生活を送っていた。
 表面的には。
 あくまで、表面的には。
 「ねぇねぇねぇまーちゃん。昨日のテレビ観た!?七時半からのロードショーのヤツ!?」
 「お、おお。あ、みかみん・・・・・・」
 「観た!?観たよね!?観たもんね!!いやー面白かったよねー!ヒロインが死んじゃうシーンなんてマジ感動だったし!!」
 「あ、ああ。あの映画は名作だよな」
 「だよねー。名作を通り越して神作っていうかネ申作!みたいな!?」
 「だ、だな・・・・・・。えっと、みかみ・・・・・・」
 「思ったんだけど、ネ申と猫ってなんか似てない!?」
 以上、ある日の明石と葉山の会話。
 こんな具合に、明らかに嫌がっているっぽい葉山に強引に明石が引っ付いていた。
 明石は、口を開けば「まーちゃんまーちゃん」(幼少期の葉山の愛称らしい。)なので、俺たちが口を挟む余地が無い。
 明石が引っ付いている、というのは物理的な意味でもだ。
 身体を接触させる、腕を絡める、キスができそうな距離まで顔を近づける、といったことが日常茶飯事になっていた。
 葉山が下手に振り切ろうとしようものなら、明石が上目遣いでにらむので(傍目から見ててもマジ怖い)、葉山も拒めないでいた。
 それでも、遠目から見れば明石と葉山は仲の良い男女に見えたことだろう。
 遠目から見れば。
 けれども、実際は違う。
 今まで、俺と葉山、三日に明石という仲良しグループが一応は成立していたのが、バラバラになりつつあった。
 俺たちは、今までどおりに行動を共にしている。
 してはいる。
 けれども、明石は自分以外が葉山と口を聞くことを許さない。
 明らかに拒絶していた。
 二人だけのセカイに埋没しようとしているかのようだった。
 一方の葉山は、以前の日曜日の一件をあからさまに引きずっていた。
 有体に言って、明石にビビッていた。
 明石に逆らうことはできないが、同時に彼女と一緒にいるのをひどく怖がって嫌がっているように見えた。
 互いがそこにいるだけだった。
 仲良しグループの体をなしてはいなかった。
 たとえるなら、電車の中で偶然4人がけの席に乗り合わせた他人。
 無関係の4人。
 それが今の俺達だった。
 どうにかしなければならない。
 いや、どうにかしたい。
 元々は、幼馴染の2人とその友人同士が何となくいるようなグループだったけれど。
 俺は、そのグループに居心地の良さを感じていた。
 それを、遅まきながら実感している。
 今のままだと、人間関係的に、非常に居心地が、悪い。
 九重辺りに言わせれば、人間なんて関係できないのだろうけれど、今までは、関係していると思い込むことはできた。
 けれども、現状では、思うことすらできない。


848 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part2 ◆yepl2GEIow:2011/09/22(木) 23:56:12 ID:ajF/t8qI
 だけど、何をどうすれば良いのやら。
 分からない。
 どうしたら、みんなが、仲良く幸せになれるのか。
 分からない。
 何をすれば良い?
 分からない。
 何ができる。
 分からない。
 この俺に。
 分からない。
 分からない。
 分からない。
 分からない。
 分からない。
 分からない。
 分からない。
 分からない。
 分からない。
 分からない。
 分からない。
 分からない。
 分からない。
 分からない。
 分からない。
 分からない。
 「……い」
 分からない。
 分からない。
 分からない。
 分からない。
 分からない。
 分からない。
 分からない。
 分からない。
 分からない。
 分からない。
 分からない。
 分からない。
 分からない。
 分からない。
 分からない。
 分からない。
「……おい」
 分からない。
 分からない。
 分からない。
 分からない。
 分からない。
 分からない。
 分からない。
 分からない。
 分からない。
 分からない。
 分からない。
 分からない。
 分からない。
 分からない。
 分からない。
 分からない。
 「……おい、神の字」
  分からない。
 分からない。
 分からない。
 分からない。
 分からない。
 分からない。
 分からない。
 分からない。
 分からない。
 分からない。
 分からない。
 分からない。
 分からない。
 分からない。
 分からない。
 分か「人の話を聞け!」
 「たじゃどる!?」
 脇腹を思いっきりどつかれた。
 腰の入った、良いパンチだった。


849 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part2 ◆yepl2GEIow:2011/09/22(木) 23:58:49 ID:ajF/t8qI
 時系列はさらに飛んで、その日の放課後。
 「ったく、このバ神の字が。ボケーっとしてンじゃねぇっつーの」
 エプロンをした腰に手を当て、呆れたように少女は言った。
 俺のことを『神の字』と呼ぶこの娘の名前は天野三九夜。
 通称天の字。(呼んでるのは俺だけ)
 少年のような口調と成長著しいスタイルとのギャップが凄まじい。
 更に言えば、根っこの女性らしさとも。
 いや、ホント女の子女の子してるんだよな、この娘。
 現在クラスこそ違うが、中等部以来の友人である俺が言うのだから間違い無い。
 部活は、夜照学園高等部の剣道部所属。
 同時に、料理部創設メンバーの1人。
 もっとも、剣道部の方が忙しくて、料理部に顔を出すことは少ないのだけれど。
 今この瞬間は、そんな少ないケースの1つだった。
 ここは料理部部室、というより家庭課室。
 放課後の部活動中。
 部員一同和気あいあい、ワイワイガヤガヤと料理をしている最中、どうやら俺は考え事にふけってしまったようだった。
 「包丁握ってるってのに、ダチの話も聞かずにボンヤリするバカがあるかっつーの。あぶねーだろが」
 フゥ、と嘆息して天野は言った。
 ちなみに、天野は女生徒なのだが、その日の気分によって男女の制服を使い分けている。
 今日は、男子制服の気分らしい。(校則には、特にその辺の制限は無い。と、言うよりその発想は無い)
 中学時代は一瞬美少年かと見まがうようだったが、現在は彼女の女性らしいスタイルを引き立てる効果しかない。
 「包丁握ってる相手をドツくのもどーかと思うけどー?」
 「今更、かすり傷程度のことを気にかける間柄じゃねーだろ」
 なるほど、体育会系の発想だ。
 「あー、悪いね天の字。ちょっと考え事してて」
 「レアだな。ナチュラルボーン主夫のお前が料理してる時に考え事だなんて」
 「それに関しては返す言葉も無いよ」
 「『負うた子に教えられて浅瀬を渡る』ってヤツだな」
 と、天野が言うのは以前、俺が彼女の料理の先生のようなことをしていたことがあったからだ。
 それから友人となるまでの紆余曲折はここでは割愛。
 どーしても知りたければ『ヤンオレの娘さん』を読んで欲しい。
 「カンベンしてくれよ。世の中には、お前の顔も知らないクセしてお前をソンケーしてやがる愛すべきバカもいるってのに」
 「いるの、そんな人?」
 「ああ、オレちゃんが吹聴したからな」
 「してどうするのさ」
 「1年の弐情寺カケルってヤツなんだけどな」
 「いや、名前まで聞いてないし」
 一体、どんなことを言ったのだろう。
 「お前の話が上手かったからじゃない?むしろ、話したお前を尊敬してるとかさ。ねー、剣道部部長」
 夏の大会で3年生が引退した剣道部で、新たに部長となったのが、この天野なのだ。
 「さてねぇ。ま、今度紹介してやるよ」
 「幻滅されなきゃ良いけど」
 「それは無ぇ」
 即答されると照れる。
 「あー。そう言えば、剣道部の方は最近どうなの?」
 「順調快調絶好調。ま、新副部長に多少投げても無問題」
 「それは重畳ー」
 「それに比べて、ココは良くも悪くも相変わらずだなぁ」
 「そー?」
 「さっき、由良部長がまた水と料理酒を間違えてたぜ」
 「料理部(ウチ)のゆらりん部長はドジっ娘だからなぁ」
 元々、俺が『助っ人』として料理部に居るのはこの辺りに理由があったりする。
 比較的新しい部活であるこの料理部を立ち上げようとしたメンバーの殆どが、ゆらりん部長こと3年の由良優良里(ユラユラリ)先輩のように料理スキルがゼロを振り切ってマイナスだったり、天の字のように他の部活と掛け持ちをしていたのだ。
 いくら料理部の目的が『学年学級を超えての交流と各々の料理スキルの向上』だからと言って、そんな連中ばかりでは、さすがに料理部の体をなさない。
 そこで、天野を通して助っ人として呼ばれたのが俺だったというわけだ。
 帰宅部だったこともあり、俺は何となくそのまま居ついてしまったが。
 今ではちゃんと、料理部部員扱いだったはずだ。
 はずだ、と言うのは、部長がゆるゆるゆりゆららららなおっとりドジっ娘さんからだ。(書類手続きとかきちんと出来てるか、かなり怪しい)
 一方で、部の中がアットホームな雰囲気になっているのは彼女のお陰なので、一概に悪いとは言えないのだが。


850 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part2 ◆yepl2GEIow:2011/09/22(木) 23:59:17 ID:ajF/t8qI
 「剣道部とは全然違うけどよ、コッチの感じも良いモンだよなァ」
 と、伸びをしながら言う辺り、天野も俺と同様らしい。
 「天の字のことだから、カレシさんと会えなくて寂しいんじゃとか思ってたけど」
 「まーなー。でも、アイツとはいつ何時いかなる時もキングオブハートで繋がってるからな」
 『キングオブハート』は『最上級の心』とかいった意味では無いのだが、ともあれこう言う台詞をあっさり言える辺り、出会った頃と比べて天野も随分と成長したなと感じる。
 そう感じるし、それ以上に羨ましい。
 「それに、『浮気なんてした日には、相手のオンナを今晩のディナーにするからな』って言い聞かせてるしな」
 ドスの効いた声で、天野は続けた。
 明らかにマジな眼だった。
 「ところで、さっきの考え事って何だよ」
 「あ、その話題に戻るんだー」
 随分な回り道だった。
 「って言うか、そこの愛すべきバカ2号がお前のことを心配そうに見てるからな」
 天野の指差す先には、すぐ隣で俺を見上げる三日がいた。
 三日は最近、あまりに部室の外に張り付いていたので、部長が「なら~、緋月さんも部員になれば良いんじゃないかしら~」という提案で正式に部員になっていた。
 そうでなくとも、俺と一緒にいない方が珍しいのだが。
 しっかし、こんな近くに立っていたとは。
 「あー、いたんだ」
 「…いました、ずっと」
 そんな短い言葉にも、心配そうな色がにじんでいた。
 「ま、考え事って言っても大したことじゃないよー。だいじょぶぐっじょぶ」
 俺はそう言って、2人に笑いかけた。
 「…」
 「なら、いーんだがよ……」
 俺の良い笑顔とは対照的に、歯切れの悪い返事をする2人。
 「考え事って言っても今日の夕飯何にしよーってことだし」
 再度、オリジナル笑顔。
 「それはまたジェネシック主夫な御神先輩らしいですね!」
 と、そこで口を挟んできたのは、隣でニンジンを銀杏切りにしていた河合さんだった。
 当初は危なげだった彼女も、気が付けば調理用具の扱いが板についてきていた。
 「そう、俺は主夫の道を生き、台所を司どる男だからねー」
 「それ上手くないですよ!」
 「あ、やっぱしー?」
 と、俺は答えて笑う。
 明らかに空気読めてない入り方だったが、それが逆にありがたい。
 「あ、そーいえば」
 と、河合は女子らしい唐突さで話題を切り替えた。
 「先輩のクラスにいる、明石先輩と葉山先輩、お付き合いを始められたんですよね!おめでとうございます!」
 「「…(…)はい?」」
 当り前のように持ちだされたその話題に、俺と三日はそう応じるほか無かった。


851 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part2 ◆yepl2GEIow:2011/09/22(木) 23:59:34 ID:ajF/t8qI
 明石朱里と葉山正樹が交際関係にある。
 事実とは全く異なる、むしろ事実に真っ向から喧嘩を売るような流言飛語は、聞けば学園中の生徒に真実そのものとして認識されていたらしい。
 当事者たちの、知らないうちに。
 らしい。
 流言飛語、どころかしっかりと根を下ろしていた。
 恐ろしいまでの勢いで。
 恐ろしいほどの強さで。
 もっとも、この程度で終わるのなら『恐ろしい』というのは言いすぎとも言える。
 根を下ろしていたのは学園内に留まっていなかったからだ。
 その時の段階では、俺の知る由も無い出来事だったが―――
 「あんた、朱里ちゃんのカレシになったんだって?」
 そう、俺の知らないところで葉山正樹に切り出したのは、彼女の姉―――葉山聖花(ハヤマセイカ)だった。
 俺が河合後輩から噂話を聞いた日の、葉山家の夕食時のことである。
 一戸建ての家の中で中々に広いその食卓には葉山姉以外にも、正樹の両親も揃っていた。
 本邦初公開、葉山家全員集合、一家団欒の図である。
 「……!?」
 そんな和やかなシチュエーションにも関わらず、正樹はただ無言で絶句した。
 それを聖花さんは無言の肯定と受け取ったようで、
 「やっぱり。ったく、そーゆーことはちゃんと姉であるあたしに言いなさいよ、水臭いわねー」
 と多少呆れたように言った。
 「アカリちゃんっていうとたしか……?」
 「ホラ、あなた。明石ちゃんちの朱里ちゃんよ。お隣に住んでて、出産した病院から一緒のまーちゃんの幼馴染で、影薄いか無口そうな名前のあのコよ」
 「ああ、髪が赤かピンクか茶色で、高校でクラスも一緒のあの娘か」
 隣では、葉山の両親がとぼけた会話(というかボケ倒した会話)をしていた。
 いや、アカリ違いが混ざりすぎだろうと普段の正樹ならツッコミを入れるところだろうが、それさえもできなかった。
 付き合う?朱里と?自分が?
 彼の頭の中はパニックに陥っていたと言う。
 「まー、お母さん的にはいつかそんな風になるんじゃないかとは思ってたけどね」
 「そうよねー。2人していっつも一緒だったし。『お前らは比翼の鳥か運命共同体か!』ってクライに!」
 「今まで漫画馬鹿でスポーツ馬鹿だった正樹に恋人ができるなんて、お父さんびっくりだー」
 反論も何もできないままに、食卓での会話は『正樹と朱里が恋人同士であること』を前提に進んでいく。
 「あ、いや……その……」
 と、何とか何かを言おうとする正樹を遮るように、

 ピンポーン

 と、ベルが鳴った。
 「あら、お客さんだね」
 「お母さん、ちょっと出るわね」
 そう言って、出て行った母親は、すぐに戻ってきた。
 1人の少女を連れて。
 「朱里!?」
 ガタン、と驚いて立ち上がる正樹。
 それに対し、明石は
 「お久しぶりです。夜分にお訪ねして申し訳ありません」
 と、落ち着いた所作で、丁寧に葉山家家族一同に一礼をした。
 ぎこちなさや、無駄な所作が全くない、素人目から見ても惚れ惚れするような礼だった。
 「しかしながら、正樹君と結婚を前提としてお付き合いする以上、一分一秒でも早くご挨拶した方がよろしいかと思いまして伺わせて頂きました」
 そう言って、にっこりと笑った。
 「ンな堅苦しい挨拶は無し無し!」
 明石の背中を、葉山の母はバンバンと叩いて豪快に言った。
 その様子に正樹は、明石が母に『何か』をするのではないかという危惧を感じたが、
 「ありがとうございます、おばさま」
 と、明石はうれしそうに言った。
 「お義母さんって呼んでも良いのよ?」
 「はい、お義母さん」
 「じゃあ、お父さんのことはパパと……」
 「そう呼ばせるのは絵的に犯罪」
 「朱里ちゃん、ご飯食べた?」
 「いえ、まだです。お義母さん」
 「じゃあ、ウチで食べてきなさいよ。今夜はカレーよ」
 「大好物です。あ、コレ。ウチで作ったサラダが余ったんですけど。よかったら付け合わせにどうぞです」
 「あら、いただきましょう」
 「へぇん、茶髪にしてチャラくなっちゃったかと思ったら、結構丁寧なのね。義理の姉としては高感度高しよ」
 「水泳をしてると自然とこうなってしまって」
 「ああ、塩素で……」
 そのまま、朱里は極々自然に葉山家の食卓に、いや、葉山家その物に溶け込んでいった。
 元々、お隣の幼馴染というアドバンテージがあったことを考えても目を見張るスピードだったという。
 溶け込む、というよりもむしろ浸食すると言った方が相応しい程に。


852 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part2 ◆yepl2GEIow:2011/09/23(金) 00:00:04 ID:zeOozMwU
 その顛末を、俺が葉山正樹から聞いたのは、その翌朝、教室でのことだった。
 「どうしよう、みかみん」
 と、切羽詰まった口調で葉山は言った。
 「俺の私生活が、朱里に喰われる」
 正直なところ、その一件自体は大したことの無いように感じられる。
 お隣さんが恋人を名乗って夕食に同席しました。
 自分の身に降りかかってきたら、ギャグシーンとして流せるレベルの、他愛も無い出来事。
 深刻な被害、フィジカルな被害が出ていないだけ、かなり『マシ』な部類に入るだろう。
 ただ、葉山はその前に明石から、告白と呼ぶには強烈な一撃を食らっている。
 だからこそ、葉山は何もできず、なすがままになってしまったのだろう。
 「とりあえずは、明石のいないところで、家族の人たちに説明して、誤解を解くのが良いんじゃないかな?」
 俺にはそう言うほか無かった。
 「けどよ、その前にアイツ何しでかすか分かんないぜ?」
 「何しでかすって……」
 「バスケ部に来るか、あるいはもっと恐ろしいナニカを……」
 なるほど。
 何をするか分からない相手。
 明石自身では無く、未知への恐怖。
 日常を、今の人間関係を暴力的に変貌させられることへの恐怖。
 人間関係と言うのは目に見えない、ゆるいものだ。
 それこそ幻のように曖昧だし、幻のようにたやすく変貌する。
 それを目の前に突き付けられることは、なるほど確かに恐怖だ。
 本当は、それを葉山自身の口から明石に伝えられれば良いんだけどなぁ。
 明石の奴、俺の言葉なんて聞く耳持たないし。
 そうは言っても、それこそ下手な伝え方をしたら明石がどういうリアクションを取るか(そしてそれを葉山がどう感じるか)想像もつかない。
 ……ああ、いや三日の言うことなら聞いてくれるか。
 でも、アイツも口のうまい方じゃ無いからなぁ。
 「とにかく、まぁ、大丈夫だから」
 「大丈夫って、ンな他人事みたいに……いや、ちがうわ」
、ワシャワシャと自分の髪の毛をかく葉山。
 「ホントは、お前にンなこと聞かせて言わせて悪いと思ってる。俺チョー格好悪いとか思ってる。でも……」
 と、沈んだ表情を浮かべる葉山。
 「怖いんだ」
 と、重い物を吐き出すように、葉山は言った。
 「ついこないだまで隣にいたアイツが何をしでかすか、何を壊すのか、それが分からなくて、怖い」







 『そう、うまく行ってるみたい…だね、明石さん』
 「まぁ、今はまだ途中の中途ですからね。まだどっちとも言えないですよ、零日さん」
 『そう…だね。まだのまだまだ、まだまだだもの…ね』
 「今だって、カレ、男友達の所に言ってますもん」
 『そっか。よっぽどそのオトモダチが好き…なんだね』
 「そう、みたいですね」
 『どう…思う?』
 「邪魔」


853 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part2 ◆yepl2GEIow:2011/09/23(金) 00:00:31 ID:zeOozMwU
 「噂の出所、でござるか?」
 その日の昼休み、俺はクラスメートの李忍に相談を持ちかけた。
 「そ、『葉山と明石が恋人同士』っていう事実無根の噂がどういう経緯で生まれたか、元生徒会役員のコネとかで探れないかな?」
 と、俺は李に言った。
 噂が消えるか、あるいはその出所がはっきりすれば、葉山の明石に対する恐怖感もかなり消えるだろう。
 そう考えて、俺は元生徒会役員の李に相談することにしたのだ。
 そう、李忍は生徒会役員、だった。
 過去形になるのは、先日生徒会を引退し、次代のメンバーに席を譲ったからだった。
 ちなみに、現在2年生男子の生徒会長をはじめ、メンバーはほぼ総取っ替え。
 顧問のリーランド先生こそそのままだが、生徒会と言う空間に『一原百合子生徒会長と一緒にいられること』に意義を見出していた役員一同は誰も次年度引き続いて生徒会に残ろうとはしなかった。
 そうして生まれた新生徒会は、極々常識的な範囲内で学校生活を盛り上げてくれそうではあるが、厄介事に首を突っ込んでは解決する極上生徒会な先代とは全くベクトルが異なるものになりそうだった。
 つまり、厄介事には頼りにできない。
 そもそも、そういう団体じゃないし、頼り過ぎるのも問題なのだが。
 そこで、元生徒会の李に相談してみたのだが、
 「確かに、諜報……もとい調査は元中国忍者である拙者の得意とするところではござるが……」
 と、思案気に答えた。
 「やっぱ、難しい?」
 「残念ながらその通りでござる」
 と、申し訳なさそうに李は言った。
 「学内の出来事に限定すれば、拙者たちが掌握できたのはやはり生徒会という身分による部分が大きかったでござるからな」
 学生と言うある意味自由な立場にありながら、教師と言う大人とも密に繋がっている。
 生徒からの情報提供もあっただろうし。
 学内の厄介事に介入するにはかなり良い場と言えるだろう。(経験者談)
 「それに、件の噂でござるが、今のところ本当に出所が分からぬでござるよ」
 「ってぇと?」
 「あくまで、ごく普通の女子としての会話の中でのござるが……」
 と、前置きして李は説明してくれた。
 「拙者も、流言飛語には惑わされたくないので、件の噂を聞いた時も『誰から聞いたのでござる?』と尋ねたのでござるが、相手は『友達が、その友達から聞いた』とかで……」
 ソースが不確かな訳だ。
 「でも、噂ってそんなモノじゃない?」
 「で、ござるが、同じ噂を聞いたと言う学友たちに尋ねても似たような調子でござった」
 「尋ねたんだ」
 「さすがの拙者も少々気になったので、他の教室も含めて」
 つまりは学年中の友人に、もう事前に調査をしていたらしい。
 それでも、具体的なソースが出てこない。
 出てこなさすぎる。
 いくらこの夜照学園高等部が大規模な私立校だとはいえ、所詮は学校。
 決して大きなコミュニティではないし、噂の出所なんてたかが知れてる。
 そんなコミュニティの中で、規格外な高校生である李が噂の出所を調べても分からないと言うのは、ちょっとした異常事態かもしれない。
 「拙者としては、真偽も定かではないとはいえ、内容的には良くある噂話なので手を出しかねていたのでござるよ」
 まぁ、噂をする分には誰も困らないしなぁ。
 内容的に、悪口って訳でも無いし。
 「ま、俺も無理には頼まないよ」
 「力になれず、申し訳ないでござるよ」
 「いや、その話を聞けただけでも良かった」
 ありがとう、と申し訳なさそうな彼女に俺は言った。
 「しかし、事実無根でござったか。それは少々残念というか、寂しいというべきか……」
 と、李は本当に残念そうに言った。
 「まぁ、アイツらはねぇ……」
 「と、言うより明石嬢のことでござる」
 「?」
 どういうことだろうか。
 「教室の中ではいざ知らず、部活の方で随分と辛い目に合った明石嬢に、そろそろ何か良いことが起こって欲しいと思っていたもので……」
 「ちょっとちょっとちょっとちょっとちょっと。どういうこと、ソレ?」
 俺はさすがにスルーできなかった。
 明石が辛い目?
 部活で?


854 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part2 ◆yepl2GEIow:2011/09/23(金) 00:01:52 ID:zeOozMwU
 初耳だった。
 「落ち着くでござるよ、御神氏。顔が怖いでござる」
 「あ、ああ。ゴメン」
 マジ顔になりすぎていたらしい。
 一度深呼吸して、表情(カオ)を作りなおす。
 よし、おっけー。
 今度こそベリーナイスな笑顔。
 「それこそ、噂。流言飛語の類でござるが、明石嬢は容貌と運動神経、双方に優れた御人故、以前からやっかみを買うというか、イジメを受けることも多かったとか、何とか……」
 確かに、明石はかわいい。
 美少女と言っても良い。
 美脚美人だ。
 何人かの男子が彼女に告白して玉砕した、という話を聞いたこともある気がする。
 それに、夏の大会でも好成績を残したと聞いている。
 確かに、妬まれる理由は十分だった。
 「……その状況は、どうにもならなかったのか?」
 「先ほども申し上げた通り、あくまで噂でござるから。真相は闇の中でござる。明石嬢自身が我々に助けを求めに来た、ということも無かったでござるし……」
 だからそんなに怖い顔をしないで欲しいでござる、とだんだんと声をしぼめる李。
 確かに、部活動というそれこそ小さなコミュニティにとって、俺達にせよ、(元)生徒会にせよ部外者だ。
 部の中の妬みだかイジメだかなんて、外から我が物顔で口をはさんでどうにかなる問題じゃないし。
 被害者が名乗り出ないのならなおさらだ。
 9月にあった鬼児宮邸での大暴れのような分かりやすい話ではない。
 ……そう考えると、左菜先輩の件が何と楽ちんに思えることか。
 今回の一件は、多分、あの時のような分かりやすい解決法も、分かりやすい敵も、無い。
 世の中、大立ち回りを繰り広げて解決するような事の方が、むしろ少ないのだろう。
 人の体を殴れることは簡単だが、人の心を改めさせるのは難しい。
 言葉は、時として哀しい位に届かないのだから。
 そう言う意味では、結局人間同士が無関係というロジックは全く間違ってはいないのだろう。
 ともあれ、俺は「責めるつもりじゃなかったんだ、本当に悪い」と言って李との会話を終えた。
 そして、
 「…李さんと何を話してたんですか?」
 とお約束のように現れた我らがヒロインに、どう説明すべきか悩みながら、教室に戻った。


855 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part2 ◆yepl2GEIow:2011/09/23(金) 00:02:08 ID:zeOozMwU
 おまけ
 『…と、いうことがあったんです』
 「そっか、分かった。わざわざ教えてくれてアリガトね」
 明石朱里はそう答え、友人である緋月三日との通話を終えた。
 その日の放課後、つまり朱里が葉山家に将来の嫁として挨拶に行ったジャスト24時間後のことである。
 三日は、24時間365日御神千里を観察している。
 それは、同時に彼の親友である正樹の様子も知ることができるという意味でもあった。
 朱里には見せてくれない、男友達と話す正樹の様子を。
 朱里は、その事実を有益だと思うと同時に、腹立たしく感じていた。
 要は、
 「何で、私に全てを見せてくれないのよ、正樹」
 ということである。
 好きな人のことは何でも知りたい。
 そう思うのは当然のことで。
 なおかつ、正樹は自分には見せない本音の部分を御神千里にさらけ出している。
 自分ではなく、御神千里に。
 それが、無性に腹立たしくて仕方なかった。
 自分は、客観的に見て間違いなく正樹の恋人だというのに。
 「手に入れてみせる、確実に」
 『名実共に』、という言葉がある。
 周到かつ迅速かつ暴力的な根回しによって、『正樹の恋人』という『名』は浮動のものとなった。
 そのために、学校中にうわさを流し、正樹の周囲の女子を排除し、葉山家にも挨拶に行った。
 最後は正直、朱里の中のなけなしの勇気を奮い立たせる必要のあった行為だったが、想定以上の成果を収めた。
 「やっぱ、いい人たちだよねー。正樹のおじさんおばさんたち」
 そう笑みを浮かべそうになるが、その感情を断ち切る。
 次は、『実』を手に入れなければならない。
 そのためには、感情はむしろ邪魔になる。
 友人だろうが家族だろうが、彼女の恋路においては等しく盤上の駒でしかない。
 元より、朱里は根本的に『情』や『絆』を信じてはいない。
 だから。
 正樹を手に入れるためには、一切の偏見、一切の感情を排除してかかるべきだ。
 「そう考えても、やっぱり邪魔よね」
 冷静に、冷静なつもりで思考をめぐらし、朱里はそう結論付けた。
 「邪魔で障害で不必要ね。『御神千里』という駒は」
 自分がこれ以上なく忌々しげな表情を浮かべていることに、朱里は気がついていない。
 「ああ、いや。使えるか。っていうか不要なものを有効利用するか。エコの精神に乗っ取りますか」
 そう呟き、歪に口元を歪める。
 「『御神千里』を使うか。確実に正樹を手に入れるために」
 そう呟いて、思考を張り巡らせる。
 冷静に、沈着に。
 けれども、一切の感情を廃しているつもりになって――――恋愛という動機そのものが、これ以上なく感情的だ。
 だから、どうしても感情なんて廃することができるはずもない。
 それを朱里は自覚していなかった。
 自覚なく、極めて感情的な思考を巡らせる。
 「そのためにはまず―――『緋月三日』を確実にこちらの『味方』につけないと」
 『情』や『絆』を信じていない、陰湿なイジメと裏切りの繰り返しで信じることに臆病になってしまった少女は、こう結論付けてしまう。
 「確実に、彼女を屈服させ隷従させて、ね」
 それは、完全に彼女が今まで受けてきたモノと同じ考え方だった。