285 名前:neXt2nExt ◆STwbwk2UaU[sage] 投稿日:2011/07/18(月) 03:05:53 ID:gXV1Iaps [2/9]
次の日僕は昨日決めたとおり、聞き込み調査をしようとしていた。
友人や知り合いのもとを回る予定を立てていると、僕の部屋のふすまが開く。

「…どこか、行くの?」
恐る恐るという感じでスズねぇは僕に聞いてくる。
スズねぇの身辺調査なので、スズねぇにはバレないようにしようと思っていたが……

「う……うん、ちょっと近くを散歩しようかなってさ。」

「あ、あの!わ……私も散歩しようかなって思ってて……
 その…一緒に……ダメ…かな……?」
スズねぇがゴニョゴニョと吃りながら聞いてくる。

―まぁ、少しくらいはスズねぇと散歩しても大丈夫だよな。
僕はスズねぇからお願いされるという優越感を感じながらも、特に気にも止めないという顔で了承した。

昼下がりの突き刺すような日差しの中、街中を散歩していると、一人のおばさんと出会った。
幼少からの知り合いの一人で、無類の噂好きの人だ。
おばさんは僕らを見ると、喜色満面の笑顔で話しかけてくれた。

「おや、まあ!コーちゃんじゃないか!久しぶりだねぇ。」
おばさんが嬉しそうに僕の肩をバンバンと叩く。
―若干痛い。
それから僕とおばさんとスズねぇで他愛のない世間話や昔話をしていると、
オバサンがきになる事を言い出した。

「……しかし、あたしゃてっきりスズちゃんはコーちゃんの事を好きだと思ってたんだけど。
 ………まさかねぇ。」
しみじみと感慨深げにおばさんが言う。
――へ?
いや、いやちょっと待ってくれ。待ってください。
思ってた……って、今は違うってこと?
いやいや、勘弁して下さい。ほんとに冗談に……

「おばさん、その話は……」
スズねぇが焦ったように遮ろうとする。
なんで……焦るんだよ……スズねぇ………

「だってスズちゃん、毎日お金持ちのエンドウさんと一緒にいるじゃないの。
 いやー、あたしゃ嬉しくてさ!
 新しく来たエンドウさんも、スズちゃんと仲いいなら安泰さね!」
え、エンドウ……さん?
なんだよそれ、もうスズねぇには恋人がいたのかよ……
……そりゃそうか、そうだよな。
スズねぇにとっちゃ僕は弟みたいなもんだし、やっぱ恋愛対象じゃなかったんだよな。
はは、ちょっとスズねぇに優しくしてもらったら勘違いしちゃって……
ホント、俺はバカみた―――

286 名前:neXt2nExt ◆STwbwk2UaU[sage] 投稿日:2011/07/18(月) 03:06:51 ID:gXV1Iaps [3/9]
「…いいかげんにしてよ!!」
ハッとなってスズねぇの方を見る。
スズねぇの顔が真っ赤になって、目には涙が浮かんでいた。

「あんな人私は知らない!仲良くなんてない!あんな人……!
 あんな人のせいで私は………っ!!」
手から血が出るかと思うくらい、スズねぇは握り締めていた。
スズねぇがここまで怒りを顕にしたのは、生まれて初めて見た……かもしれない。
しかし叫んだ事によってスズねぇも自分を取り戻したようで、ハッとなって僕を見た。

「あ……あの、おばさん叫んでしまってごめんなさい。
 でも、あの人とは何でもないの。
 …コーちゃん、私先に帰ってるね………」
スズねぇは何かを振り切るかのように、走って自分の家に向かった。
それを見ながらおばさんは、ため息を吐く。

「なんだい、あの娘は。
 玉の輿っちゅうはなしなのに……ほんっとなんなんだか。」
僕も、思わず握りこぶしを固くした。
正直、このままではおばさんを全力で殴りそうだ。
僕は適当な事を言いつつ、その場を離れた。

僕は、街中をそのまま散歩していた。
家に帰る気になれなかったのだ。
何より気になるあの言葉、そしてスズねぇの態度……
何か有るのは間違いないが、その何かがわからない。
――エンドウ、エンドウってやつがスズねぇに何かしている……
どうすればエンドウのことが分かるんだ……
何か……どうにかしないと!

「……あれ?孝太郎じゃん。何してんの?」
ふと、声をかけられた方を見ると、
幼い時から遊び仲間だった友人が、アイスを食べていた。


「…は~、お前まだスズねぇにベタ惚れかよ。」
僕は今、友人の部屋でお茶を飲んでいる。
友人は呆れるかのように言うと、急に声を潜めた。

「なぁ、俺が言うのもアレなんだけどさ……
 スズねぇは、やめといたほうがいいぜ。」
まるで周りの声が気になるかのように、僕に耳打ちをしてくる。
何が気になるって言うんだ。

「何でだよ。それに僕は別にスズねぇにそんな気持ち……」

「あーもう、見りゃ分かるよこのタコ!
 ……いいか、今のうちに身を引くのがお前のためだ。
 お前のその気持は、初恋ってことで……終わらせとけ。」
嫌がらせには聞こえない。
むしろ僕を心から心配しているようにも聞こえる。

――訳がわからない
なんで、僕がスズねぇを諦めることが自分の為になるんだ。

「あのな、お前が引っ越した後……そうだな、1年後くらいだ。
 この街に、あいつが来たんだよ。
 遠藤って奴がな。」
遠藤?エンドウ?遠藤だって?

「遠藤って奴、土建屋らしいんだけどよ……すげえ金持ちなのさ。
 お前帰ってきたとき、街があちこち変わってただろ?
 あれ、全部遠藤が工事してんの。」

「そ、それがスズねぇとどういう関係が……」

「そう、それ!
 そこの家のドラ息子の遼太郎って奴がよ、スズねぇに手を出してんだよ。
 すげー不良っぽい奴なんだけど、デカくてこえーし……
 噂じゃ……非合法なこともやってるらしいって……」

――それだ。
それがスズねぇの変わった理由だ。
スズねぇがあんなにおかしいのも、毎日言い寄られてたからに違いない。
守らなきゃ、僕が守らなきゃ……

「前にスズねぇに言い寄ってた奴も袋叩きにあったって聞いたし……
 お前も今回ばかりは諦めろ。しかたな……っておい!どこ行くんだ!」

287 名前:neXt2nExt ◆STwbwk2UaU[sage] 投稿日:2011/07/18(月) 03:08:07 ID:gXV1Iaps [4/9]
―僕は来た。友人にしつこく場所を聞いて。
ウワサのあいつがいる家に。
大きく、物々しい雰囲気の扉の前にたち、門を叩く。
その音は大きく周りに響いた。

「なんやぁ!どこのモンじゃい!」

中からチンピラのような、ヤクザのような強面の人が出てきた。
かなり逃げ出したいが、ここで逃げ出してしまってはスズねぇを救い出せない。

「私は秋去(あきさり) 鈴香さんの親戚の、高須 孝太郎といいます。
 本日は遠藤 良之助さんに会いたくてきました。」

精一杯の冷静と、度胸を出して堂々と応える。
すると強面の人は一度下がり、しばらくしてもう一度現れた。

「……おい、若頭がお呼びになっている。
 無礼なことをすんじゃねぇぞ。」

案外すんなりと、僕は通された。
ここからが本番だ……


「へぇ、お前がコーちゃんってやつ?
 マジでスズはこんなシャバいやつを?」

「スズねぇ…ではなくて、鈴香さんはあなたとの交際、及び婚約を望んでいません。
 どうか、もうそっとしといてくれないでしょうか?」

「くっ………あっはっはっはっはっ!
 面白い冗談だ!思わず笑っちまったよ!
 ……おい、あいつら連れてこい。」

巨人と見間違うほどの若頭こと、遠藤は部下に首で命令した。
部下が下がった後、少し経つと見慣れた顔がそこにいた。
そう、スズねぇの……両親だった。

「コーちゃん………」
「孝太郎くん………」

格好は、まるで下働きをしている者のような、埃にまみれた服を着て、
汗と泥でまみれたみすぼらしい体になっていた。
一目で分かる。スズねぇの両親は、ここで奴隷のような生活をしていたのだと。

「叔父さん……叔母さん………なんで…?」

「どうした?何か話してやれよ。
 お前の大好きなおねーちゃんのご両親さまだぞ?
 それとも話すこともできないんでちゅか?あん?」

明らかにバカにされているが、こんなアホらしい挑発に乗っている場合じゃない。
何で、こんなところに二人がいるんだ。
仮にも社長だったんじゃないのか?

「あの……な、孝太郎くん。叔父さんの会社……倒産したんだ。」

288 名前:neXt2nExt ◆STwbwk2UaU[sage] 投稿日:2011/07/18(月) 03:08:27 ID:gXV1Iaps [5/9]
叔父さんが、下を向きながらポツポツと話し始めた。

「叔父さんの会社に………仕事が来なくて…な……遠藤さんに……世話してもらったんだ………
 叔父さん……返す当てがないから……住み込みで………働いてるんだ………」

声にはかつての快活さはなく、死んだような、今にも消え入りそうな声で話し始めた。

「そーなんだよーコーちゃーん!
 こいつらマジ金返してくれないからさー、せめて返せるようにウチで働かせてやってんのよー。
 俺って優しいだろー?今利子も止めてんだぜー?マジ儲けにならねーわー」

まるで叔父にあてつけるかのように、わざとらしく大声で僕に同意を求める。
叔父はその声を聞くたびに、ビクビクと震える。

「でもなー、こいつら俺に娘をやるから勘弁してくれっていうのさー。
 マジ鬼畜だよな?ひっでーよなー?
 俺がこいつらの子供だったら、絶対にこう言ってるぜ。
 この…ド外道が!!!!………ってさー。」

ド外道の部分で、叔父と叔母がポロポロと涙を流した。
………信じられなかった。
あれほどスズねぇを大事にしていた叔父と叔母が、スズねぇを売るなんて………

「なぁド外道の秋去さん?
 俺にそういったよな?」

叔父は声を震わせながら、はっきりといった。

「はい、私は遠藤様に娘を売りました。
 私は畜生にも劣る最低の父親です。」

「だってよ、分かったらさっさと消えろ。
 あいつはオレのもんだよ。どう扱おうが俺の勝手。
 ……あー、でも安心しろ。あれほどの上玉を使い捨てになんかしねーよ。
 せいぜい飽きるまで俺の子供を孕ませまくって、その後風俗に突っ込んでやっからよー。
 アレほどの上玉なら、No.1の人気取れるぜー!よかったなコーちゃん!」

もう、何が何だか分からない。
ただ、僕が、僕が守らないと…………

「そ、そんなことさせるか!スズねぇはおまえなんかに……ッ!」

次の瞬間、僕は地面を見上げていた。
頭がガンガンして、めまいがする。
口からは血が出ている。
立ち上がると、さっき居た場所からかなり遠ざかっていた。
どうやら僕は、殴られてぶっ飛ばされたようだ。

「だったらお前が払うか?1億。
 べつにお前が払ってもいいんだぜ?ただし今すぐだ。
 どうせ無いんだろ?口ばっかりのガキが。
 この一発で見逃してやるから、もう二度とウチに来んな。
 あと、スズにも二度と近づくな。
 アレはお前のものじゃない。
 俺のものなんだよ!
 ああ、あとお前のとうちゃんとかあちゃん?
 海外にいるんだっけか。
 ロンドン勤務ご苦労様ってか。
 次の日テムズ川に流されたくなけりゃ、俺のいう事を素直に聞くといいかもしれねーな。
 ……おい、そこの役立たず。さっさとこのゴミを捨ててこい。」

吹っ飛ばされて茫然自失の僕を、叔父と叔母は優しく外に連れだしてくれた。
そして僕を門の外に解放するとき、叔父と叔母は声をかけてくれた。
もちろん、優しい言葉じゃない。
現実的な、一言だった。

「もう、うちの鈴香に近づかないでくれ。
 遠藤様の機嫌を損ねたら私たちはもうダメなんだ。
 お願いだ。もう私たちにかまわないでくれ。」

「そう、あなたをこの街に呼んだのは遠藤様のご命令なの。
 鈴香がコーちゃんコーちゃんと五月蝿いから、ね。
 ほんとは来てほしくなかった。会いたくなかったわ。」


…そう、つまり僕は、スズねぇを、

………助けられないのだ。

289 名前:neXt2nExt ◆STwbwk2UaU[sage] 投稿日:2011/07/18(月) 03:09:10 ID:gXV1Iaps [6/9]
――僕が家に帰ると、スズねぇ……いや、鈴香さんは電気も付けずに
テーブルに座っていた。

「………どこに、行ってたの?」

僕は答えられない。
頭が回ってないのかもしれない。

「エンドウさん、でしょ。
 あの男のところに、行ってた、んでしょ。」

「………うん」
口が勝手に動く。
まるで僕の物じゃないかのようだ。

「………私の両親を、見たんでしょ。」

「………うん」

「あの男はね、私の父さんの会社を潰したの。
 仕事が来なくなったのは、取引先が圧力をかけたせい。」

「そう……なんだ………」

「私が気に入ったんだって。私が欲しいんだってさ。
 信じられないよね。私にはコーちゃんがいるのに。」

「………」
今度は、僕の口が動かない。
なんで肯定の一言も、出ない、んだ。

「その上お父さんもお母さんもあいつに取られちゃって、心折られちゃってさ!
 私にあいつのものになれって言うのよ!私はコーちゃんだけのモノなのに!」

鈴香さんがぼくに近づき、そっと抱きしめる。
そして耳元で甘く僕にささやく。

「コーちゃん、私にはもう、コーちゃんしかいないの。
 一緒にいてくれる?一緒に、どこまでも一緒に行ってくれる?
 私はずっと、コーちゃんが家に来た時からずっと………
 コーちゃんが大好きです。」

僕をさらにギュっと抱く。
まるで想いをぶつけるように。

「コーちゃん……一緒に逃げよう………
 私あいつのモノになりたくない。
 私は、ずっとコーちゃんと一緒にいたい。
 辛いのも、苦しいのも悲しいのも、コーちゃんと一緒なら全然平気。
 コーちゃんじゃないと………私にはコーちゃんじゃないと………」

その言葉は、あいつの家に行く前に聞けばよかった。
なんで、僕はあいつの家に行ってしまったんだろう。
聞かなければ、知らなければ僕は鈴香さんのことだけを考えていられたのに。
僕は怖かった。
あの男が。
あの叔父さん、叔母さんが。
両親の、死が。

290 名前:neXt2nExt ◆STwbwk2UaU[sage] 投稿日:2011/07/18(月) 03:09:35 ID:gXV1Iaps [7/9]
「……ごめん、スズねぇ……いや、鈴香さん………
 僕は、何も出来ない。」

僕は鈴香さんから静かに離れた。
僕が高校を卒業して、就職したとして、1億なんて稼げるわけがない。
逃げたところで、両親の居場所を調べて脅しをかけてくる連中だ。
…逃げ切れるわけがない。

「なんで!?別に何もしなくていいの!何も出来なくていいんだよっ!?
 ただ…私の傍にいてくれるだけで……っ!!」

鈴香さんは僕の手を取り、必至に僕の顔を覗き込んでくる。
僕はその手を振り払い、自室に荷物を取りに向かった。
それでもなお、僕の服の端を掴んでくる。

「やめてくれ……やめてください鈴香さん………
 僕はあなたの助けになれません。僕じゃ……力不足なんです………」

「嫌よ!嫌っ!私はコーちゃんと離れたくないの!
 なんで?なんでスズねぇって呼んでくれないの?なんで私から遠ざかるの!?
 私が汚らしいの?あんな男に言い寄られる私は穢れているの?」

僕が荷物の整理をしている間も、決して僕の服を離さない。
僕だって、僕だってスズねぇと一緒にいたいさ!
でもね………でもねっ!!!

「………あ、そうか。
 コーちゃん勘違いしてるんだよ。うん、きっとそう。
 …私ね、あんな奴に言い寄られても、脅されても体を絶対に許さなかったよ。
 だって、私の初めてはコーちゃん以外有り得ないもの。
 だからね、コーちゃん、私、まだ穢れてないよ。
 また一緒に山に行こう?また一緒に川を見よう?
 それとも、私の手料理をご馳走すればいいかな?
 …もう……コーちゃんに……わがまま言わない……
 迷惑も…かけない………から……」

スズねぇの声が震えている。僕の背中から、スズねぇの声がする。
僕の荷物を詰める手も震える……

「だから…………だから………っ!だから……っ!!
 こっち………向いてよ………っ!」

291 名前:neXt2nExt ◆STwbwk2UaU[sage] 投稿日:2011/07/18(月) 03:09:58 ID:gXV1Iaps [8/9]
鈴香さんが……スズねぇが泣いてる………
――僕は……ぼくだって……っ!
僕は勢い良くスズねぇの手をはねのける。
スズねぇは驚きと恐怖でいっぱいの顔をしていた。
そして僕は、そのまま思いをぶちまけた。

「……僕だって…僕だってスズねぇが大好きだよ………
 今でも好きだよ。
 でもね!
 僕は怖いんだよ!
 あの男が怖いんだよ!
 叔父さんと叔母さんが怖いんだよ!
 両親が死ぬのが怖いんだよ!
 怖くて、惨めで………
 僕はどうすりゃいいんだ!
 好きな人を守れない……そしてね……
 今、僕は好きな人の状態よりも自分の命が惜しいと思っちゃってるんだよ!」

僕の視界がにじむ。
情けない。自分は男として、人間としてクズすぎる。

「分かったら……もう、僕を放っておいてくれ………
 僕みたいなクズが、人を好きになる事自体、分不相応だったんだ……」

鈴香さんは、もはやどこも見てなかった。
茫然自失……というものだろう。
やがて、ゆっくりと立ち上がって僕のいる部屋から去った。

――僕は帰って来なければよかった。
僕が帰ってきたせいで、鈴香さんに期待をさせてしまった。
そして、僕はその期待にも、救いにもなれなかった。
ただ、地獄の底にたたき落としただけだ。
荷物を詰めながら、ポロポロと涙を流す。
自分があまりにも情けなく、惨めで、無力で。
やがて荷物を片付け終わると、僕は荷物を手に持って後ろを向く。
そこには、音もなく鈴香さんがいた。
どいてよ、と僕が言おうとした瞬間、僕の景色はぐるりと回転して、真っ暗になった。
最終更新:2011年09月25日 13:22