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87 :face-魔法の解けないシンデレラ- ◆yepl2GEIow:2011/10/19(水) 12:57:50 ID:I/j4LqB.
 この物語はフィクションです。実際の地名、人名、事件、および整形外科手術とは一切関係はありません。
 「はい、カーット!」
 と、まぁそんなテロップが表示されるタイミングまでシーンが撮り終わり、監督の声が撮影所の中に響いた。
 それと同時にカメラの前で凛とした表情を見せていた若い主演俳優の顔が一気に緩む。
 ここは西映第一撮影所。
 2時間ドラマの撮影中である。
 「おつかれさまーッス!」
 「おう。イイ画撮れたよー」
 「ま、オレがホンキだせばこんなモンキー!なーんつって!」
 主演俳優のおどけた台詞に、キャスト、スタッフ一同がドッと笑う。
 もちろん、私もその1人。
 確かな演技力とハンサムな容貌、それとは裏腹に人懐っこく明るいトーク。
 彼、百池キョータがキャリアが浅いにも関わらず売れっ子なのも分かるというものである。
 「気ィ抜くなよ、エンディング撮り終わっただけで、撮影はまだまだこれからなんだからな!」
 「はいッス!」
 監督に向かって元気良く返事をして、百池クンはセットからこちらに戻ってくる。
 「お疲れ、百池クン」
 私は彼に向かってひょいと手を上げた。
 「いやー、マジ疲れましたよー。ま、その甲斐あってイイ感じに演れましたけどね」
 達成感溢れる表情で伸びをする百池クン。
 「ホント、良い演技だったわよ。見ててホレボレするくらい」
 「でしょ?ま、オレも全力全開ブレスロットル・・・・・・じゃなくてフルブラスト・・・・・・じゃなくて?あれ?」
 「フルスロットル?」
 「そうそう、それそれッス。いやー物知りッスね、メイクさん」
 「いや、フツーだけど」
 ちなみに、私は彼の出演しているこの2時間ドラマの制作会社に所属するメイクアップアーティストだ。
 正直、名前を覚えてくれてるのかも怪しいが、それでも数年来の友人の如く接してくれる彼のコミュニケーション能力(とか言うんだっけ、最近は)には舌を巻く。
 「でも、私も丹精こめてメイクした甲斐あったわ」
 「マジ演技とマジメイクのパーフェクトハーモニーってヤツですね!」
 「あら、それだけ?」
 「も、もちろんマジ監督さんとマジカメラさんとあと、えーっとえーっと・・・・・・」
 指折り数える百池クンに、私は「冗談よ」と笑って返した。
 「キョータくん、そろそろ次の収録に行くよ」
 と、百池クンのマネージャーが彼に声をかけた。
 「じゃぁ、オレそろそろ行くんで、次もよろしくおねがいしまー・・・・・・」
 と、百池クンが言いかけたその時、入り口のドアがバタンと音を立てて開いた。
 「鏡汰さん!」
 入ってきたのは、肩の辺りまで黒髪を伸ばした若い娘だった。
 歳は、百池クンと同じくらいだろう。
 ほっそりとした体つきで、一見地味な印象は否めないが、服装とメイクを明るくすれば一変しそう・・・・・・ってそんなことは問題ではなく。
 問題は、彼女が明らかにこの撮影所の関係者ではなく、入場許可証も身に着けていないことだった。
 「ちょっと、アナタ!ここは関係者以外立ち入り禁止よ!」
 私は声を荒げて厄介なポジションを演じた。
 入り口まで走り、彼女を押し出そうとする。
 「でも、ここに香汰さんがいるって聞いて!私、いてもたってもいられなくて!もう一度!もう一度だけで良いんです!」
 「何だか知らないけど、迷惑だからそう言うのは他所でやってくれる!?」
 そう叫んで私は彼女をドンと外に押し出した。
 すると、勢いあまって彼女はバランスを崩し、地面にしりもちをつき、泥が跳ねて彼女の服と顔を汚す。
 その横を、マネージャーに導かれた百池くんが歩いていく。
 「鏡汰さん!私!佳織よ!何で今まで連絡くれなかったの!?答えて!答えてよ!」
 悲痛に語りかける娘を、百池くんは一瞬だけ気まずそうに一瞥すると、何も答えることなく去って行った。
 「待って!待ってください!鏡汰さん!鏡汰さん!」
 私に取り押さえられながらも必死に訴えかける娘に、百池くんは振り返ることは無かった。


88 :face-魔法の解けないシンデレラ- ◆yepl2GEIow:2011/10/19(水) 12:58:49 ID:I/j4LqB.
 「ごめんなさいね、イロイロ。酷いこと言っちゃったし、服も汚れちゃったし」
 私は、撮影所のベンチの隣に座る娘―――佳織さんの顔の泥をハンカチで拭き、私は苦笑交じりに言った。
 あれから、懸命に叫び続けわめき続け、遂にはとうとう泣き出してしまった彼女をなんとかなだめ、私はそのまま彼女と一緒にいた。
 「はい、ホットレモネード。落ち着くわよ?」
 私は、レモネードの缶を彼女に差し出した。
 なぜ、彼女にこんなに優しくしているのか。
 この後仕事が入っていなかったから、という物理的な問題だけでなく、それ以上に自己満足的な罪滅ぼしだろう。
 そうでなくても、私の性分としてどうにも彼女を放っておくことはできなかった。
 ここが私の良くないところだとは思っているのだが。
 「・・・・・・」
 俯き、無言の彼女に、私は半ば強引にレモネードを握らせた。
 「聞いたわよ、守衛さんの目をかいくぐってここまで入ってきたって。そこまでしたからには、よっぽどの理由があるみたいね?」
 「・・・・・・」
 うーん、若い子相手だとやりづらい。
 もっとも、中学生の息子の接し方すら分からない私が、20代前後の娘さんの相手ができる道理も無いのだが。
 でもなぁ、夜も更けてきたし、このまま外に放り出す訳にもいかないしなぁ。
 「ちょっと、話してみてくれないかな?話すだけでも、楽になるし」
 私はくじけそうになる心を抑えて問いかけた。
 愚痴を聞くのは得意だ。
 何しろ、この会社で私に愚痴を聞いてもらってない人間はいないくらいだし。
 「・・・・・・いたい、だけなんです」
 ポツリ、と佳織さんはこぼした。
 「会いたいだけなんです。もう一度。あんなに愛し合った人と。今も愛している人と・・・・・・」
 そう言って彼女が語りだしたことをまとめると、こんな感じになる。
 彼女―――美月佳織さんは、百地キョータ(本名:百池鏡汰)くんの学生時代からの恋人。
 地方の学校に通っていた佳織さんと百池くんだったが、百地くんが東京の芸能事務所からデビューすることになり上京。2人は別れ別れになった。
 とはいえ、定期的に電話やメールで連絡を取り合い遠距離恋愛を持続させていたが、しばらく前から全く連絡がつかなくなったという。
 携帯電話のアドレスが変わり、彼の住所に手紙を出しても一向に返事が返ってこないのだそうだ。
 それだけでメロドラマになりそうな、悲しいくらいにありきたりないきさつだった。
 「帰ってきてとは言わない・・・・・・。でも、ただ一言だけ。『愛してる』ってもう一度言ってくれれば、私はそれでそれで・・・・・・」
 語り終えた彼女の目に涙がたまっているのが見える。
 当然だろう。
 メロドラマのような話でも、彼女にとっては目の前の現実で、真実で、真剣な事柄だ。
 「泣かないで、佳織さん。折角の美人さんが台無しよ?」
 私はハンドタオルをそっと佳織さんの形の良い目元にもって行った。
 「美人なんて・・・・・・そんなお世辞・・・・・・私、鏡汰さんと違って本当に地味で・・・・・・」
 「まぁまぁ」
 本気で泣きそうになる佳織さんを私はなだめた。
 我ながら本当に女性の扱い方がなっていない。
 尤も、子供が産まれて以来女性と付き合っていない私に扱い方も何も無いのだが。
 「ロンよりツモ・・・・・・もとい証拠。ちょっと、試してみましょうか」
 そう言って、私は仕事道具一式が入った鞄をガサゴソと漁る。
 「???」
 不思議そうな顔をする彼女の顔にファンデーションをし、アイライナーを引く。
 ルージュは彼女の魅力を際立たせるために、あえて大人しめの色を選ぶ。
 そうこうしている内に、私のイメージした通りの佳織さんの姿が、目の前に現れる。
 「はい、完成」
 そう言って、私はミラーを佳織さんに向けた。
 「うわぁ・・・・・・」
 感嘆する佳織さん。
 「これが、私?」
 「そう、それがアナタ」
 佳織さんは不思議そうに目をパチパチし、ミラーの中を覗き込んだり、横を向いたり縦を向いたりした。(かわいい)


89 :face-魔法の解けないシンデレラ- ◆yepl2GEIow:2011/10/19(水) 12:59:07 ID:I/j4LqB.
 「あの、ひょっとしてあなたは『シンデレラ』に出てくる魔法使いさんですか?」
 「あら、イマドキの若い子にしてはメルヘンなことを言うのね」
 「ごめんなさい。でも、こんな私、本当に魔法みたい・・・・・・」
 そう言って佳織さんは、幸せそうな、むしろ恍惚としたような笑みを浮かべる。
 喜んでもらえたようで何よりだ。
 それに、『シンデレラ』の魔法使いとは、ね。
 「いいえ。最高のほめ言葉よ、佳織さん」
 「フフフフ・・・・・・。ありがとうございます。やっぱり、お仕事を『魔法みたい』って言われるのは良い物ですか?」
 「それもあるけど、私、本当に魔法使いに憧れてこの仕事を目指したのよ?」
 「本当ですか?」
 「ええ」
 本当に幸せそうな笑顔の佳織さんを見て、私は幼い頃を思い出した。
 どんな女の子でもまるでお姫様のような姿に変える魔法使い。
 子供のときから、私は柄にも無くその姿に憧れていた。
 同時に、自分が魔法使いなら、『12時になったら解ける魔法』なんて意地悪な魔法をかけないのに、とも思った。
 解けない魔法をかける魔法使いになりたい。
 そう思いながら幼少期を過ごし、ある時に観た舞台に感激した。
 パンフレットの写真では地味にさえ見えた、その舞台の主演女優。
 しかし、上演が始まると観客を惹きつけてやまなかった。
 私には、その主演女優は、まさに解けない魔法をかけられたお姫様のように観えた。
 その後、舞台について色々なことを調べ、役者の演技の力、そしてそれをサポートするスタッフの力を知った。
 特に、女優の顔を作り上げるメイクの仕事は、まさに魔法使いのように思えた。
 解けない魔法をかける魔法使いのように。
 ―――けれども、私は一度でも疑問に思うべきだった。解けない魔法をかけられたシンデレラが、どうなってしまうのかを―――






 後日、ある仕事で一緒になった腐れ縁の女優に、私はそのときの話をした。
 「そのコの言ってることはほぼ間違いなく本当・・・だよ?」
 話を聞いた彼女はそう答えた。
 「本当?」
 「うん、こーゆー仕事してるとそーゆー話はどーしても入ってくるん・・・だよ?それに、そのコ、百池鏡汰って言ったんだよ・・・ね?キョータじゃなく・・・て」
 「そ、漢字もちゃんと知ってた。一般には公開されてないのに」
 百池くんの芸能事務所は、所属している役者のプライバシーをきっちりと守る事務所なのだ。
 芸名で活躍している俳優の場合、(本人が望まない限り)本名やプライバシーをしっかりと保護している。
 「なら、間違いは無いん・・・だよ?地味に珍しい名前・・・だし」
 「それを言ったら、アナタの本名だって大概だけどね」
 「むー・・・なんだよ?」
 子供っぽく頬を膨らませる彼女。
 微笑ましい仕草だが、実年齢を忘れてはいけない。
 「でも…確か」
 一瞬、考え込む様な仕草をする彼女。
 「どうかしたの?」
 「別に何でもない…よ?」
 しれっと答える彼女だが、どこまでが本心かは分からない。
 何人もの役者さんと仕事をしてきたが、ここまで素と演技の違いが分かりづらい人も珍しい。
 「ああ、そうだ。話は180度変わるけど・・・『造形外科医』の噂、知ってる?」
 明らかに話を逸らされた。
 「『造形外科医』?整形外科でなくて?」
 追及しても無駄なようなので、私は取り合えず、彼女の話に乗ることにした。
 「ウン・・・やってることは・・・整形。でも、本当に患者のイメージ通り、寸分たがわずに整形手術をする非合法の整形外科医。たとえば、私そっくりの顔にしてって言ったら本当に私そっくり。痕も残らなければ整形したっていう不自然さも無い。だから、整形ならぬ『造形』外科医って名乗ってるん・・・だって」
 「ビッグマウスにもほどがあるわね。マジなの、その話?」
 「都市伝説・・・かな。さっきも言ったように、こーゆー仕事してると、色々な話がどーしても入ってくる・・・から」
 そう言って、彼女は口元を歪めた。
 「まるで、シンデレラに解けない魔法をかける魔法使いみたい・・・だね」
 その言葉を聴いた私は、たぶん、とてもいやな顔をしていただろう。
 「そんな聞こえのいいものとも思えないけど、ね」
 そう、実際そんな聞こえの良い物では無かったのだ。
 少なくとも、この物語に関して言えば。


90 :face-魔法の解けないシンデレラ- ◆yepl2GEIow:2011/10/19(水) 12:59:40 ID:I/j4LqB.
 その夜、喫茶店『555(ラッキー・ファイブ)』
 「本当ですか!?」
 私のお気に入りの喫茶店のお気に入りの席で、佳織さんは身を乗り出して言った。
 バー『ラックラック』でも良いのだが、佳織さんはお酒をあまり呑まないそうなので、彼女が私と会うのは専らこの『555』だった。
 そう、佳織さんと私は、あの一件以来連絡を取り合っているのだ。
 もう一度撮影所に不法侵入されても困るし、何より若い恋人たちには幸せになって欲しいと思ったからだ。
 自己満足の代償行為であることは分かってはいたけれど。
 「ええ、本当よ。明日の夜0時過ぎ・・・・・・って言うか日付上は明後日ね。とにかくその時間に撮影がオールアップ、つまり全部終わるの。その後は百池クンも時間あるから、アナタと会わせられる」
 「ありがとうございます!」
 「んー、まぁ正直女の子が歩くにはかなり遅い時間になっちゃうんだけど、来れるかしら。来れないなら来れないで・・・・・・・」
 「来ます!絶対来ます!」
 私が言い終わる前に彼女は元気一杯に言った。
 こういう所、百池クンに似てる。
 「そう、なら守衛さんの方にも話しとおしておくわね。あと、許可証も出してもらうから・・・・・・」
 そう言って、私は佳織さんに諸々の手続きの説明をした。
 「本当にありがとうございます、魔法使いさん!」
 説明を聞き終えた彼女は、私に向かって笑顔で言った。
 魔法使いさん、というのは私のあだ名だ。
 由来は言わずもがなだろう。
 あの日以来、メイクや衣類に気を使う余裕のできた彼女は文句なしの美少女となっていた。
 街に出ると時々男性に声をかけられて驚く、といった話をされたこともある。
 「魔法使いさんのお陰で、本当に私シンデレラになったみたいで!もう1人の魔法使いさんのところに行かなくても大丈夫みたいです!」
 喜色満面に話す佳織さん。
 「じゃぁ、後は王子様?」
 「はい!」
 花の咲くような笑みを浮かべる佳織さん。
 周りの男性客が全員、彼女の方を見て、見蕩れている。
 「応援、してるわね」
 「はい、ありがとうございます!」
 そう言って私たちはしばらくの間歓談していた。
 ところで、この喫茶店『555』には昔からの喫茶店らしく、待ち時間を潰せるようにと入り口付近に今日の新聞がいくつか重ねられてある。
 もっとも、私たちは待つことなく席に座れたので、その新聞に目を配ることすら無かったけれど。
 その中には、カラフルなスポーツ新聞もあって。
 私たちは知る由も無かったが、その新聞の見出しにはこう書かれていた。
 『イケメン俳優百池キョータ、人気アイドル香坂桜葉と熱愛発覚!?』


91 :face-魔法の解けないシンデレラ- ◆yepl2GEIow:2011/10/19(水) 13:01:01 ID:I/j4LqB.
 その翌日の深夜から、さらに0時を過ぎた頃。
 「ねぇ、百池クン。ちょっと今抜けられる?」
 「良いッスけど、何スか?」
 件の二時間ドラマの撮影が終わったその日、私は彼に声をかけた。
 「んー、何ていうか。百池クンに会わせたい人がいて」
 「ファンの人ッスか?すんません。そう言うの、キチンと事務所通してからお願いできます?」
 「ちょっとだけで良いから。具体的には9分55秒くらい」
 「いやいや、どこのライダーッスか。って言うか・・・・・・」
 「じゃあ、3分。私に3分だけ時間を下さい!」
 「今度はウルトラッスか。まぁ、3分だけなら・・・・・・」
 「ありがとう!」
 私は彼に頭を下げ、強引に手を引いていく。
 その先に待っていたのは、肩ほどまでに黒髪を伸ばした、ほっそりとした体つきの美少女。
 「・・・・・・佳織」
 「鏡汰さん!」
 バッと駆け寄り、感極まって百池くんに抱きつく佳織さん。
 「鏡汰さん!私、ずっとずっとずっとずっとあなたに会いたくて!そのために地元からこっちに来てそれで・・・・・・」
 「やめろ」
 百池くんは、今まで聞いたことの無いくらい冷たい声で佳織さんを突き放した。
 「俺たちはもう住む世界が違うんだよ。だから、もう一緒にはいられない。一緒になれないんだよ」
 「そんな・・・・・・!」
 佳織さんは、百池くんに抱きついていた手をダラリと下げた。
 その時の佳織さんは、たぶんとても絶望しきった顔をしていただろう。
 「も、百池くん、あのね・・・・・・?」
 「すいません、コレ俺らの問題なんで」
 私の言葉を、彼は冷たく拒絶した。
 「鏡汰さん、私・・・・・・」
 「恋人がいるんだ」
 何かを言いかけた佳織さんに、彼ははっきりとそう言った。
 「お前より美人で、お前より金持ちで、お前より人気者で、お前より俺の近くにいてくれる恋人がいるんだ」
 「コイビトって・・・・・・?」
 信じられない単語を聞いたという風に、佳織さんが聞き返す。
 「だって、恋人は私で・・・・・・」
 「昔の恋人だよ、お前は。モトカノって奴」
 「そんな・・・・・・」
 私からでも、佳織さんの全身が震えているのが分かる。
 「そんな、あんなに何度も電話して、メールして、愛を深めて、交わりあって・・・・・・なのに・・・・・・」
 「やっぱ、さ。近くにいないと気持ちも冷めるんだよ。電話やメールじゃ、キスの1つもできないしな」
 「うそ・・・・・・」
 遠距離恋愛は持続しない、とはよく言ったものだけれど。
 これじゃあ、本当にその通りで、ベタなメロドラマそのものじゃぁないか。
 「分かったら、さっさと地元に帰りなよ。今のお前なら、どこにいても放っておいたって男が寄ってくるだろうぜ。向こうで良い男つかまえて、幸せになれば良いだろ」
 最後までそう冷たく言って、彼は去っていった。
 のこされた佳織さんは、その場にがっくりと膝を着いてうなだれた。
 「佳織、さん・・・・・・」
 私は彼女にそっと近づき声をかけた。
 けれども、俺に何が言える?
 大丈夫?泣かないで?元気出せ?気持ちは分かる?ごめんなさい?
 言葉が次々とぐちゃぐちゃに溢れては消えていく。
 「・・・・・・大丈夫、ですよ。魔法使いさん」
 そう言って、こちらを向いた彼女はわらっていた。
 わらっていた?
 それを笑顔と呼んで良い物だろうか。
 あまりにも壊れて歪みきった、その表情を。
 絶望に満ち満ちた、その表情を。
 「もう1人の魔法使いさんに、頼むことにしますから」
 そう言って、彼女はフラフラと立ち上がって去っていった。
 後には、役者ですらない道化(わたし)が1人、のこされたきりだった。


92 :face-魔法の解けないシンデレラ- ◆yepl2GEIow:2011/10/19(水) 13:02:52 ID:I/j4LqB.
 それは、その後の会話。
 誰も知る由も無い会話。
 「お願いします、もう1人の魔法使いさん」
 「魔法使いさん、とは私も大層な呼ばれ方をしたものだね。大抵は私を『造形外科医』って呼ぶんだけど」
 「『造形外科医』の魔法使いさん、お願いです。私を、あの人の恋人にしてください。あの人の恋人に『造り替えて』ください」
 「それはまた、難しい依頼だね、美月佳織さん」
 「無理、ですか・・・・・・」
 「無理、ではないよ。しかし難しいね。理由は二つある。第一に、百池キョータの恋人になるということは、つまり彼の今の恋人、と言うか本日彼と婚約発表をした香坂桜葉になり替わるしかない。それは、美月佳織さん、あなたはあなたを捨てなければならないということだ」
 「……はい」
 「それは、あなたの顔も、声も、立場も、名前も、友も、家族も、全てだ。それが、第一の理由」
 「もう1つは?」
 「香坂桜葉の肌艶は、彼女にしか無いものだ。単なる整形手術で彼女そっくりになるのには限界がある。もし、本当に彼女そのものになりたいのなら・・・・・・」
 「なりたいのなら?」
 「彼女の皮膚を調達してくる必要がある」
 「これが、非合法の闇医者だから言える台詞であることは分かるよね?」
 「……はい」
 「さぁ、どうする、美月佳織さん?あるいは、答え次第では香坂桜葉さんと呼ぶべきかな?」
 「私は・・・・・・」
 そして、美月佳織は答えた。


93 :face-魔法の解けないシンデレラ- ◆yepl2GEIow:2011/10/19(水) 13:03:12 ID:I/j4LqB.
 その後、私は彼女らの物語に関わることが出来ないまま数年が過ぎた。
 美月佳織とは、あの日以来連絡が取れない。
 携帯電話にも連絡が無く、以前教えてもらった彼女の泊り先に行くと、既に引き払った後だった。
 百池キョータは『香坂桜葉』と結婚した。
 今では子供もいて、バラエティ番組で妻子がかわいくて仕方が無いと惚気話を披露する機会も多い。
 もっとも、あの日以来一緒に仕事をしたことの無い私にはそれが真実かどうか知る由も無いが。
 『香坂桜葉』は結婚を機に芸能界を引退した。
 いわゆる、普通の女の子に戻ります、という奴だ。
 今では『百池桜葉』として主婦業に専念しているという。
 しかし、なぜだろう。
 『香坂桜葉』の引退発表をテレビで観た時、私は彼女の姿にどこか違和感を覚えた。
 断っておくが、私はアイドルである香坂桜葉のメイクを担当したこと無い。
 だから、彼女の姿について、彼女の顔について訳知り顔に語るべきではないかもしれない。
 けれど、私はメイクアップアーティストだ。
 一度メイクした顔は、目で、そして手で覚え、決して忘れない。
 言うなれば、身体レベルで覚えている。
 そして、引退発表をする『香坂桜葉』の顔を、私の身体は覚えていた。
 ぐちゃぐちゃにかき回され、不純物とつぎはぎにされていたけれど。
 かつて、一度だけメイクを施した娘の顔を。
 明らかに別人そのものだったその顔に、彼女の、美月佳織の姿がダブッたのだ。
 その時は、思い過ごしだ、と思った。
 思おうとした。
 そして、珍しく休日を取ったその年の7月。
 私はその日、街中を1人歩いていた。
 その時、一組の家族とすれ違った。
 1人は、サングラスで顔を隠した百池キョータ。
 もう1人は、幼い子供たちの手を引く――――
 「佳織さん?」
 すれ違う寸前、私は思わずそう口にしていた。
 そのまま、その家族は行ってしまうように思われた。
 しかし、妻の方が夫に向かってこう言った。
 「ちょっと、この子たちを任せてもらってもいい、鏡汰さん?」
 そして、幼い子供たちを夫に任せると、妻は私の方に歩いてきた。
 「お久しぶりです、魔法使いさん」
 そう言って、彼女は澄んだ笑みを浮かべた。
 その瞬間、私の『思い過ごし』と言う名の疑惑は確信へと変わった。
 「ええ、お久しぶりね」
 私は答えた。
 誰なのかはすぐに分かったが名前は、呼べなかった。
 「お元気ですか?」
 「まぁ、そこそこ、ね。そちらは―――」
 どう、と聞くべきか、私は迷った。
 「幸せです、これ以上なく」
 私がはっきりと言う前に彼女は答えた。
 「魔法使いさんと、もう1人の魔法使いさんのお陰で、私は今本当に幸せです」
 そう答える彼女は、本当に澄んだ笑顔だった。
 澄みきった、漆黒の色をしていた。
 「でも、色々と大変じゃない?―――その顔だと」
 「そうでもありませんよ?旬の過ぎたアイドルなんて意外と早く忘れられましたし。それに、夫が本当に私を愛してくれますから」
 「そう、それは、本当に―――」
 本当に?
 どこに真実があるのだろうか?
 「シンデレラのお話と同じです」
 と、彼女は唐突に言った。
 「シンデレラは、元々決して王子様と結ばれることの無い運命でした。けれども、魔法使いさんの力で美しいお姫様に変身したお陰で、王子様と結ばれたんです」
 「それで・・・・・・」
 私は、言葉を紡ぎ出そうとした。
 聞きたいことはたくさんあるはずなのに、何を聞くべきなのか、何から聞くべきなのか分からなくなる。
 「その魔法は、どうなったの?」
 結局、私が選び出したのはこんな言葉だった。
 「今も、かかったまま。そして、永遠に解けません」
 そう、魔法の解けないシンデレラは答えた。
 その『魔法』のためにどれほどの犠牲が出たのかは分からない。
 けれど、彼女の表情からはそれを悔いる様子は見られない。
 犠牲の中には、当然彼女自身も含まれているはずなのに。
 「それでは、失礼しますね。あまり家族を待たせるわけにもいきませんので」
 そう言って、彼女は一礼して去っていこうとする。
 「待って」
 私は、思わず彼女を呼び止めていた。
 「最後にもう一度聞かせて。あなた―――本当に幸せ?」
 その言葉に、彼女は、
 「はい」
 と、断言した。
 そう言って去って行く彼女の背中を、永遠に解けることの無い、呪いのような魔法がかかったシンデレラの背中を、私はただ、見送ることしかできなかった。