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44 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.5 ◆yepl2GEIow:2011/10/14(金) 20:30:53 ID:IF2Ju81M
 4年前
 「ねぇ、絆って何なんだろう」
 「前にも言っただろ、実在しない夢さ、ただの下らない夢」
 「けれど、人は夢を見ずにはいられなくて」
 「利巧とは思えないね。夢は破れるもの。太陽目指して飛ぶだなんて蛮勇で死んだイカロスの昔話、知ってるでしょ?」
 「蝋の羽のギリシャ神話」
 「そう」
 「夢が破れるのは、怖いよね」
 「ま、自ら進んで体験したい結果では無いけれどね」
 「それでも、何で人は夢を、絆を求めるんだろう」
 「それは、きっと……」


45 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.5 ◆yepl2GEIow:2011/10/14(金) 20:31:13 ID:IF2Ju81M
 現在
 俺が考えているのは、きっと最良の手段では無い。
 むしろ、最悪の手段だ。
 誰一人として幸福にならない、むしろ確実に俺達4人が揃って不幸になる。
 そんな、たった1つのさえ無いやり方だ。
 けれども、例え不幸になったとしても。
 例え友を不幸にしても。
 それでも伝えたいことが、あるから。
 問いかけたい、ことがあるから。
 どうにかしたい、ことがあるから。
 だから、俺は俺を止める。
 俺を止めて、敵になる。
 『主人公(ヒーロー)』と戦い、倒されるために。







 旧高級マンション『パレス・アテネ』
 現廃屋
 埃っぽく、無機質な建物の中、永遠と思えるほど延々と続く螺旋階段を、正樹と葉山は昇り続ける。
 「これで建物の大半は探したな。高層マンションとして作られただけあって、さすがに一苦労だぜ」
 「そだねー!」
 多少グッタリしたような正樹に対して、朱里は踊るように階段を昇る。
 ステップを踏むたびに、制服の黒いスカートがヒラヒラと舞う。
 「……っつても、収穫はデカかったけどな」
 「へ?」
 確信の感じられる正樹の言葉に振り返る朱里。
 「ホラ、ココって無人の建物のクセして、1階の辺りとか、局所的に俺らのと違う足跡があったり、ピンポイントでキレーだったりしてただろ?」
 「って言うと?」
 「最近、ココに出入りしてる誰かがいるってことだろ。ソレがみかみん達なのか、それとも何の関係も無い、ただのホームレスか誰かなのかまではわかんねーがな」
 「いや~、とんだところに名探偵も居たもんだ!」
 「こんなの推理でも何でもねーよ。ホームズ探偵なら出入りしている奴の身長体重出身地まで言い当ててる所だぜ」
 「それじゃ、誰かがいるかもしれないね。―――これから探す、最上階に」
 螺旋階段の上を見上げ、朱里は言った。
 「まーた1部屋1部屋覗くことになるのかと思うとゲンナリするけどな」
 「あ、それは無いよ!」
 ヒラヒラと手を振る朱里。
 「このマンションの最上階は『ロンドフロア』って言って、フロア丸々1つが1世帯分になってるんだってー!1家族が1フロア広々独占できるってわけ!元々はそれを売りにする予定だったらしいよ!」
 「高級ホテルみてーなモンか。つっても、ンな部屋買う位なら、俺なら一戸建ての家にしてーけどな」
 「あっはー!なら、どちらにせよこのマンションはお先真っ暗だったって訳かー!」
 私に似てる、と朱里が小さく続けたのを、聞く者はいなかった。
 「……ま、何ともいえねーけどな、俺の庶民感覚だし」
 「でも、それがこうして日の目を見る、っていうか人目を見たのは良いことだったのかもねー!」
 「……さぁ、な」
 そんなことを話しているうちに、2人は螺旋階段を昇り切った。
 「んじゃ、開っけるよー!」
 背を向けたまま、そんな風に態々勿体を付けて、朱里はドアを開く。
 長年鍵が開け放たれていた他の部屋と違い、こっそりと朱里がカードキーをスライドさせたことに、正樹は気が付かない。
 「さ、入って入ってー!」
 「……」
 自分の部屋みたいに言うなよ、と言いたいが言うことができない正樹。
 迂闊な一言でどんな目に会うか分からない。
 彼は、朱里のことが怖いのだ。
 正樹が『ロンドフロア』に足を踏み入れると、ドアをしめる朱里。
 「……キレーだ」
 「アタシが!?」
 「……つーか、部屋が」
 彼の言う通り、埃まみれで汚れていた他の階と異なり、ここだけは奇妙なほどに綺麗に掃除されていた。
 「そりゃあ、勿論」
 えへん虫、と朱里は何故か胸を張り、
 「私とまーちゃんの愛の巣になる場所だもん!」
 と言った。
 その意味を理解するのに、9.8秒かかった。
 それが、正樹の絶望までのタイムだった。


46 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.5 ◆yepl2GEIow:2011/10/14(金) 20:31:59 ID:IF2Ju81M
 「……は?」
 自分でも滑稽に思うほど間抜けな声が、正樹の口から洩れた。
 「……まさか、お前。最初っから俺をココに呼ぶつもりで……?」
 「ピンポーン!やっぱ、まーちゃん才能あるよ、名探偵の!……それで、何で今までアタシの気持ち分かってくれなかったのかなぁ」
 朱里の声にどこか寂しげな、しかし威圧的な音が混じる。
 「ひっ……!?」
 思わずきびすを返し、ドアノブに手をかける正樹。
 しかし、どれだけ力を込めてもドアが開くことは無く、ただがちゃがちゃという音を立てるだけだった。
 「あー、駄目だよ駄目駄目全然駄目。外も中もオートロックに改造してもらったからね!」
 がちゃ、がちゃがちゃがちゃ
 「正直、さ。今まで参ってたんだよね。どれだけ話しかけても何をやっても、まーちゃんアタシのこと避けて、御神千里の影に隠れてるんだもん!」
 がちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃ
 「ウン、言わなくても分かるよ、照れてるだけだよね!でも、乙女は我慢弱いんだよね。だから、まーちゃんここに来てもらったの!強引にでも私のになってもらうために、ね」
 がちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃ
 「あ、大丈夫だよ!ちゃんと御神千里たちはココにいるから!アタシは嘘吐かないもん!でも、まーちゃんが会うことはないだろうけど、ね」
 がちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃが――――
 「ねぇ、さっきから話しかけてるのに何後ろ向いてるの?」
 ドアノブを一心不乱に回し続けていた正樹の手を強引に取る朱里。
 「ちゃんと、目を見て話そう、よ!」
 そして、強引に振り向かせ、正樹の体をドアに押し付ける。
 「う……あ……」
 拒否権を認めない朱里の視線に、うめき声を上げるしかない正樹。
 「そんなに怖がんないでよ、怖いことなんて何も無いんだからさ」
 ス、と朱里の細い手が正樹の頬を撫で、首筋から襟元を伝い、ワイシャツのボタンにその指がかかる。
 「愛してるよ、まーちゃん」
 そう朱里が囁きかけた瞬間。
 轟音が響いた。


47 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.5 ◆yepl2GEIow:2011/10/14(金) 20:32:33 ID:IF2Ju81M
 ガッシャーンと何かが砕けるような派手な音と共に、バタンと乱暴にドアが開かれる音。
 誰が開いたのか、正樹はすぐに知ることになった。
 「みっきー!?」
 こちらの方に走り寄ってくる相手、緋月三日に向かって朱里が驚いたような声を上げる。
 それも道理だろう。
 彼女の衣服は裸同然に乱れ引き裂かれ、肌にはいくつもの切り傷や殴られた跡があり、何より目には涙を浮かべ、顔は恐怖にひきつっている。
 「ちょ、おま、出てくるなって言ったでしょ。って言うか何が……」
 「助けて!!」
 朱里の言葉を遮り、三日は彼女の胸に顔を埋めて叫んだ。
 「助けてください、朱里ちゃん!!」
 「え?ちょっとどういうこと!?」
 尋常ならざる三日の態度に、さしもの朱里も狼狽する。
 同じく正樹も困惑しながらも、朱里がこう言う『普通っぽい』リアクションを取ったことに、心のどこかで場違いな安堵を覚えた。
 それよりも、と正樹は考えを切り替える。
 三日の姿は、あまりにも痛々しかった。
 これではまるで―――
 「…助けてください、朱里ちゃん。…助けて。…あの人から」
 「何があったってぇのよ一体!?」
 聞き返す朱里の頬にも冷や汗がつたっているのが見える。
 なぜなら、三日の姿はまるで―――暴行の後そのものだったから。
 「何があったの!?何をされたの!?」
 恐らくは半ば答えを予想しながらも、朱里は叫ぶ。
 「…言えません。…言えないんです。…女の子として。…言えない位、本当に酷いことを。…本当に酷い、裏切りを。…あれは、あれではまるで……」
 「よぉ」
 三日は、最後まで言葉を続けることは出来なかった。
 「…ひ!?」
 彼女の後ろに、もう1人の影が現れたから。
 「…ひあああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
 奇声を上げて、部屋の隅へと逃げる三日。
 「まったく冷たいモンだねー。今さっきまでよろしくやってた相手に向かってさー。ま、どうでもいーけどー」
 そう気だるげに語るのは、正樹と同じ夜照学園高等部男子制服を半裸同然に着崩した、長身の少年、御神千里。
 しかし、その手にはナイフが握られ、見慣れたはずのその表情(カオ)には笑み1つ浮かばず、睨みつけるような鋭い目つきをしていた。
 「……みかみん?お前、みかみんだよな?」
 鋭利な眼付の少年に向かって、葉山は恐る恐る呼びかけた。
 「やっほー、はやまん。お久しぶり。ココ悪党ばっかだねー。俺も含めて、さー」
 手の中のナイフを弄びながら、そう言ってわらった御神千里は、まるで全てを見下すように歪に嗤った。


48 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.5 ◆yepl2GEIow:2011/10/14(金) 20:33:08 ID:IF2Ju81M
 「アンタ……」
 相手を斬り捨てんばかりに剣呑な目つきを千里に向ける朱里。
 「あの娘に何したのよ……!?」
 部屋の隅で震える三日の代わりとばかりに叫ぶ朱里。
 「ナニしたのってのは、これまた最高で最良で最上級の問い方だねー。ま、勿論―――」
 ナイフをヒラヒラと振りながら、ニィと笑みを深くする千里。
 「お前の想像通りのことと、それよりもっと酷いことに決まってるわけだけどねー」
 千里の言葉を受けた朱里の瞳が驚愕で見開かれる。
 「御神……」
 いつの間にか朱里の手に握られたスタンガンがバチバチという音を立てる。
 「千里いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい……!!!!!」
 怒りにまかせ、千里に向かって、朱里は一直線に飛びかかる!
 しかし、
 「よ、っと」
 スタンガンが千里に触れる直前、朱里の体が回転する。
 「がは!?」
 フローリングの床に背中から叩きつけられる朱里。
 スタンガンを持って真っ直ぐに伸ばされた腕から、朱里を千里がものの見事に投げ飛ばしたことに、一番最初に気が付いたのは正樹だった。
 「あー、やーっぱり」
 床の上の朱里を見下し、鋭い目つきで千里は言った。
 「お前、弱いだろ。ナイフなんざ、使うまでも無い位」
 そう言って無造作に手の中のナイフを放り捨てる千里。
 「アンタ!!」
 侮辱するような言葉に、スタンガンを持って跳ね起きる朱里だったが、結果は先ほどと同く床に叩きつけられるだけだった。
 「ああ、いや。弱いと言うと少し違うか。場慣れしてないし喧嘩慣れしてないのか。殴られたことはあっても殴ったことはないとか。それをお前も分かっていたから、俺をさらった時は事前準備をしていた訳なんだろうけど、何なのさ、今の体たらくは?」
 「ゆう……かい?」
 千里の台詞に怪訝な顔をする正樹。
 「そ、ゆーかい。愉快じゃなくてねー。コイツら、お前を連れ出すためだけに俺をボコッてこんな所に無理矢理連れてきたんだぜ?酷い話だよなー」
 何でも無いことのような口調で千里は言った。
 「だから……か?」
 「あ?」
 「そいつらに酷い目に遭わされたから、仕返しにこんな酷いことをしてンのか?」
 「こんな酷いこと?」
 正樹の言葉に、きょとんとしたような顔をして、周囲を見渡す千里。
 「ああ、違う違う。そーゆーんじゃないんだわ。この誘拐はきっかけではあるけど理由じゃ無い」
 「じゃあ、何で……?」
 「分かったから」
 全てを見下すような、酷薄な嘲笑を浮かべ、千里は即答した。
 「コイツらは、もう『駒』として使えないってことが」
 千里が何を言っているのか、正樹には一瞬分からなかった。
 「こ、『駒』?」
 「そ、友達役という『駒』。俺が学園生活を平穏無事に居心地良く過ごすために利用する『駒』。でも、こんな目に遭わされる『駒』は要らないしねー」
 からからと嗤う千里。
 その姿は、どこか朱里に似ていたが―――朱里よりももっと酷くて非道だった。
 「みかみん……お前、正気かよ?」
 「正気だよー。正気で本気で合理的に、当り前に他人を利用して、使えなくなったら処分してるだけー」
 「処分……?」
 「欲望と暴力でー、人間としてー、再起不能にするってことー。ホラ、俺ってキチンと潰してから捨てるタイプだし、ペットボトルも人間も」
 わけが分からない。
 意味が分からない。
 何もかもが分からない。
 つい数日前まで、あれほど正樹に親身になってくれた人間が、まるで人間をモノのように扱うなんて。
 「何で……どうして……変わっちまったんだよ!?」
 困惑と驚愕とどうしようもないもどかしさを、正樹は千里にぶつける。
 「変わったって。いやいや、元からだよ」
 正樹を見下して、千里は言う。
 「元から俺は人間なんか信じちゃいない。お前のことも、ソイツらのことも。誰一人信じちゃいない。お前と初めて会った中等部の頃と、根っこの部分は欠片も変わっちゃいない」
 正樹が初めてであった頃の千里。
 悲しいまでに孤独なのに、頑なに他人を拒絶していた少年。
 「いや、まぁ、他人の『使い方』って奴は覚えたかなー。てきとーに付き合って、てきとーに馴れ合って、てきとーに利用する。使ってみると意外と便利なモンだね、他人ってさ」
 あまりにもあっさりと言い放たれる言葉に、二の句を告げない正樹。


49 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.5 ◆yepl2GEIow:2011/10/14(金) 20:34:24 ID:IF2Ju81M
 「……ざけるな」
 床の上から、声が聞こえる。
 「ふざけるなあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
 朱里が再度、床の上から跳ね起き、スタンガンを振り回す!
 「るせぇよ」
 振りあげられた腕を取ろうとする千里に、朱里は鋭い蹴りを放つ。
 入った!
 「とでも、思ったー?」
 振りあげられた片足を受け止め、千里はたった一本で朱里の身体を支えるもう片方の脚を払う!
 「がは!?」
 再度床に叩きつけられる朱里。
 「いー加減、落ちろよ」
 その蹴り足に、千里は腕を絡めてあり得ない方向に締めあげる!
 朱里の脚から、ごきり、という嫌な音が聞こえた気がした。
 「……!!」
 声が出そうになるのを反射的に抑える朱里。
 「へー。悲鳴を上げないんだ、偉い偉い」
 そう言って、極めていた朱里の脚を無造作に手放す千里。
 そして、その脚の膝関節の上に自分の足を乗せる。
 「やっぱ、脚とか潰されたら選手生命絶たれるのかな、水泳って」
 そう言って、千里はグッと足に体重を乗せた。
 「ぃたあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
 断末魔の如き悲鳴を上げる朱里に、思わず目をそむける正樹。
 「目を逸らすな、刮目しろ」
 その言葉は、朱里に向けられたのだろうか、それとも、正樹に向けられたのだろうか。
 それとも、誰にも向けられていないのだろうか。
 「に、しても馬鹿だよなー、お前も。態々突っかかってくるから余計痛い目見て。何でンなことした訳?」
 朱里を見下して、千里は言った。
 「……んないわよ」
 息も絶え絶えになりながらも、片足を引きずるような有様になりながらも、朱里は何とか立ち上がった。
 気力で、想いで、立ち上がった。
 「私にも分かんないわよ、そんなこと」
 そう言って、再度スタンガンを構え直す。
 「でも、でもねぇ!あの娘とはお互い利用し合う為に友達になって!一緒に互いの恋の為に悩んで、泣いて、頑張って!今までそうしてきたから!あの娘のそう言う姿、見てきたから……!」
 目に力を込めて、自分を奮い立たせるように朱里は言う。
 「どう言う訳か、あの娘の想いを裏切ったあなただけは許せないのよ!!!!!!!!!!!!」
 もう一度、無謀な突貫を決める朱里。
 「きっかけは互いの利害からだったけれども、一緒にいる時間が重なりすぎて、いつしか大切な物になっていて―――ってことか。それはまた素晴らしく……」
 そう言って千里は朱里を迎え討ち、
 「下らねぇ」
 その攻撃を、その想いを一蹴した。
 頭から床にたたきつけられ、激痛で手放したスタンガンは何処かへと転がって行く。
 「友情だの、愛情だの、そんなのは目にも見えない不確かな物だろうが。相手の気まぐれ次第で、いつ裏切られるとも知れない、いつ断絶されるとも知れない代物じゃねぇか。そんなもの、所詮は夢幻で、無為で、無意味だ」
 床にたたきつけられた朱里を見下し、千里は嘲り笑う。
 「だーから、他人なんて打算で利用するのが一番利口だ」
 「御神、千里……アンタ……!」
 痛みをこらえ、起き上がろうともがく朱里。
 「だからさぁ……」
 脚を無造作に振りあげる千里。
 「いー加減、落ちろっつってるだろー?」
 朱里の腹部に、千里は躊躇なく脚を振り下ろす!
 「ぎいいいいいいいいいいいいいいやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!」
 朱里の悲鳴が部屋中を震わせた。
 「まったく、中途、半端に、丈夫だから、嫌なんだよね、スポーツマン、ってのは!」
 ゴッ、ゴッと嫌な音が聞こえてきそうな勢いで、一切の情け容赦なく朱里をなぶる千里。
 「お、おい……みかみん……」
 千里に向かって、恐る恐る声をかける葉山。
 「あー、はやまん?」
 いたぶる脚を止め、葉山の方に目を向ける千里。
 「明石も三日もこのまま壊しちゃうけど、別に良いよね?」
 まるで、『弁当にピーマン入れちゃったけど別に良いよね?』というのと同じようなノリで千里は言った。


50 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.5 ◆yepl2GEIow:2011/10/14(金) 20:35:00 ID:IF2Ju81M
 「別に良い……って、いや……」
 「あー、まぁ何となくノリで殺しちゃったりしそうだけどさ、それはそれってコトで」
 そう言って、ゴッと朱里をなぶる千里。
 「いや……」
 「って言うかさー、壊しちゃった方が良いよねー、お前的にも。三日は嫌いで、明石は怖いんでしょー?イヤなモンと怖いモンは、あるよりも無い方が良いでしょ?」
 確かに、三日にも朱里にも、正樹は何度となく恐ろしい目に遭わされた。
 酷い目にも、遭わされた。
 だから……
 だけど……
 でも……
 「たすけて……」
 千里に嬲られ続ける朱里の瞳が、正樹に向けられていた。
 「たすけて、まーちゃん……」
 それは、心からの懇願だった。
 17年間共に過ごしてきた幼馴染からの。
 「いや、駄目だろ、それ」
 はっきりと、正樹は言った。
 「あ、そう。まぁ、お前が何言おうが、俺はこいつら壊しちゃうから関係無いんだけどね?」
 「させねーよ、ンなこと」
 『これまで』を知っているだけに、話すことさえ恐ろしかった、意見することさえ恐ろしかった、対峙することさえ恐ろしかった相手に、正樹は宣言した。
 「コイツは、俺が壊させねぇ」
 しっかりと立ち上がり、拳を握りしめ、正樹は宣言する。
 「そうかい。なら、やってみなよ、葉山(ヒーロー)!」
 朱里から脚を離し、千里は正樹に蹴りを繰り出す!
 「がぁ!?」
 あまりにも躊躇なく繰り出された蹴りを諸に受けた正樹は、広い玄関先から一気に吹き飛ばされ、更に広いリビングと思しきスペースまで吹き飛ばされる。
 「ホラホラ、どーしたよ。壊させないんじゃなかったのかー?」
 そんな正樹に向かって悠然と近づいてくる千里。
 「うっせーよ。武士の情けで、一発だけ受けてやっただけだ」
 そう言いながら、靴下を脱ぎ捨て、フローリングの床の上に立つ葉山。
 リビングとはいっても、入居者がいないままに倒産したため、物の無い広々とした空間だ。
 (まるで、バスケットコートの中だな)
 痛みを押さえながら、場違いな感想を抱く正樹。
 けれども、バスケットコートならば、バスケ部である正樹のテリトリーだ。
 やりようは、ある。
 「一応言っとくけど、『話し合いで解決しよう』なんてバカな事考えてないだろーね?話し合いほど相手の意見と心を折るのに非効率的な手段は無いよ?」
 リビングに足を踏み入れ、嘲笑を浮かべながら千里は言った。
 「分ぁってるって」
 千里に応じ、アクション映画のようにクイクイと挑発的に手招きをする正樹。
 「来いよ」
 その仕草に、千里は鮫のように狂悪な笑みを浮かべる。
 「じゃ、遠慮なく」
 と、言い終わるよりも早く、ドン、と正樹の間合いまで踏み込み、身体の大きさを活かした豪快な蹴りを見舞う千里。
 しかし、その蹴りは空振りに終わる。
 「そら!」
 蹴りの瞬間、がら空きになったわき腹に、正樹の拳が叩きこまれる!
 「っつ!?」
 思いもよらぬ反撃に、軽く距離を取る千里。
 「と、と、と。驚いたなー、別に喧嘩に強い設定無かったろ、お前」
 「お前にだけは言われたくねーし、ンな設定も生えてねーよ。バスケの動きの応用しただけだ」
 「確かに、お前からボール捕れた試し無いからねー」
 「ボールが取れねー奴が攻撃いれられっかよって話だ」
 コートの中の正樹は、とても機敏な動きが出来る。
 それを闘いに使えば、蹴りを空振らせ、隙を作るのは容易だ。
 機敏な動きで相手を翻弄し、攻撃(ポイント)を入れる。
 それなら、正樹の得意分野だった。
 「まさか、バトル展開の役に立つとは思わなかったけどな」
 加えて、今までの千里の戦い方は基本的に受け身だった。
 あくまでも、相手に仕掛けられてからリアクションを取り、ダメージを与えていた。
 先ほどのように自分から仕掛ける戦い方は、むしろ不得手!
 「同感。でもさ……」
 再度、千里は距離を詰め、膝蹴りを放つ。
 そして、正樹はそれをギリギリのラインで避け、拳打を入れる。
 しかし。


51 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.5 ◆yepl2GEIow:2011/10/14(金) 20:35:39 ID:IF2Ju81M
 「全っ然痛くないんだわ」
 正樹の拳は、千里に片手で受け止められていた。
 「何でか、分かる!?」
 問いかけながら、正樹の頬に拳を叩きこむ千里。
 「知るか!大体こちとら人殴ったことだって……」
 「そう言うことじゃ、無いんだ、よ!!」
 反対の頬をぶん殴る千里。
 「軽いんだよ!お前の拳が!それに、拳に乗ってる想いがさぁ!!」
 「想い!?」
 殴り返しながら聞き返す正樹。
 「そう!俺は俺のエゴの為に闘ってる!殴ってる!でもお前はどうだ!?所詮ただ一時の同情心に流されてるだけだろう!?」
 「同情……?」
 千里の拳にカウンター気味にパンチを振るいながら、正樹は言う。
 「そうだ!どうせ、殴られる明石に同情心を煽られたんだろう?俺が手を引きゃ、また怖がって避けて癖にさ!!」
 「ちが……」
 「だったら何だ!」
 正樹を殴りつけ、千里が叫ぶ。
 「何だ何だ何なんだ!?お前にとって、『明石朱里』ってのは!?体張ってまで守る価値のあるモンなのか!?」
 正樹の拳を受けながらも、叫びと共に千里は拳を振るい続ける。
 「答えろよ!答えてみろよ!葉山正樹!お前にとって明石はどんな存在なんだ!?」
 千里の想いの全てが乗せられた、文字通り渾身ならぬ渾心の一撃。
 ―――お前も仲良くするのだ~!―――
 千里のアッパーを顎に受け止め、吹き飛ばされながらも、正樹は思う。
 ―――正樹のバカー!―――
 朱里のことを。
 ―――『縁日マスターのまーちゃん』と言われただけはあるね!!―――
 朱里との思い出を。
 ―――ねぇ正樹、アレやろ!じゃなくてたこ焼き買お!―――
 朱里への想いを。
 ―――じゃあ二択!―――
 どうして今まで忘れていたのだろう。
 ―――まーちゃん―――
 朱里との楽しい日々を。
 ―――正樹―――
 朱里との、かけがえの無い日々を。
 ―――正樹!―――
 だから、自分にとって、明石朱里とは―――
 「……幼馴染だよ」
 フローリングの床に叩きつけられながらも、正樹ははっきりと答えた。
 「家族を除けばどこの誰よりも長い時間を過ごした、家族よりもどこの誰よりも大事で大好きな幼馴染だよ!」
 床の上にしっかりと立ち上がり、正樹は叫んだ。
 「それで文句あっか!!」
 正樹は渾身で渾心の一撃を、千里に見舞う!
 その一撃を、想いを受け止め、千里は膝をついた。
 「答え出すのが遅ぇんだよ、馬鹿野郎」
 「悪ぃ……」
 千里の表情は良く見えなかったが、正樹には彼が満足げな笑みを浮かべているように思えた。


52 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.5 ◆yepl2GEIow:2011/10/14(金) 20:35:55 ID:IF2Ju81M
 その光景を見ていた者があった。
 それは、痛みをこらえ、ゆらゆらとリビングに脚を運んでいた明石朱里だった。
 その手には、どこかに転がったスタンガンに代わり、千里の持っていたナイフが握られている。
 「……御神、千里いいいいいいいいいいいいいい!!」
 膝を付き、隙だらけになった彼の背中にナイフを突きたてる朱里。
 「……あ」
 グラリと倒れる千里。
 「千里くん!?」
 今まで蹲っていた三日の悲鳴が響く。
 「あは、あはははは……やった。やってやったわ……。これでみっきーの仇は討った……。糞野郎の御神千里はいなくなったわ……」
 ナイフを片手に、虚ろな笑みを浮かべる朱里。
 「千里くん!!千里くん!!しっかりして下さい!!」
 ボロボロの筈なのに、随分と元気そうに走り寄った三日が、心底心配そうに千里の体を揺する。
 「……ゴメン、三日」
 擦れ声で、千里が口を動かす。
 「俺、ピンピンしてる」
 千里の言葉に、場が凍った。
 「「「え?」」」
 思わず、3人の声が、と言うよりも感想が一致する。
 「って言うか、あんなナイフで死ぬわけ、無いし……」
 グッタリした声ではあるが、はっきりとそう言う千里。
 「でも、アタシは確かにこの手でグッサリと……」
 朱里はそう言いかけて、千里の背中と、『自分の手の中に残った』『返り血一つない』ナイフを見比べる。
 千里の背中には刺し傷1つ付いていないし、朱里の持ったナイフは……。
 「もしかして……」
 恐る恐るナイフの先端に指を押し付けると、刃が柄の中に収納されていく。
 ばね仕掛けで。
 まるで、一昔前の駄菓子屋で売っていた玩具のナイフのように。
 と、いうより……
 「これって……マジで玩具?」
 「……」
 「…」
 2人揃って目をそらす千里と三日。
 露骨に怪しかったので、朱里は三日の腕を取った。
 「…痛!?」
 とは言う物の、傷だらけに見えた腕をゴシゴシとこすると、『血』の跡は滲んで消える。
 どう見てもメイクです本当にありがとうございました。
 「オイ、みかみん……」
 「どーゆーことなのか、説明してくれないかしら?」
 正樹と朱里が2人をジト目で見やる。
 「「(…)ごめんなさい」」
 2人の謝罪の声が見事に唱和した。


53 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.5 ◆yepl2GEIow:2011/10/14(金) 20:38:25 ID:IF2Ju81M
 「…説明する前に、状況を整理しましょう」
 「いや、何我が物顔で仕切ってんのよ」
 事前に準備した救急箱で治療を受けながら、朱里はツッコミを入れた。
 「いや、お前もナチュラルにツッコミ入れるなよー、誘拐犯。誘拐は犯罪なんだぞ忘れるな」
 「それを言ったら女の子殴るのはどうなのよ」
 「男女平等パンチ」
 「お前ら、話し逸らしてんじゃねぇよ、って言うか責任なすりつけ合ってんじゃねぇよ」
 「「他人事みたいに言うな!」」
 久し振りに自然に出た葉山正樹のツッコミに、明石朱里と御神千里……もとい俺の声が唱和した。
 「まったく、そんなだから明石が外道に堕ちちまったんだよな、そこだけは同情するよ」
 「アンタの同情はいらない」
 嘆息する千里に冷たい言葉をかぶせる明石。
 ちなみに、彼女に包帯を巻くのは、着替えを終えた三日の役目だ。
 何せ、この面子で一番元気なのがこの娘なんだもの。
 本当に酷い目に遭っていたりはしないので、ご安心を。
 「…改めまして葉山くん向けに説明すると、朱里ちゃんと私が、あなたを閉じ込めるために、撒き餌として千里くんをここに閉じ込めました。…ここまでは本当のことです」
 ごめんなさい、と葉山に向かって素直に頭を下げる三日。
 冷静になって、思うところがあったのだろう。
 「だろうなぁ……」
 つい、と三日の謝罪空しく女子組から一歩距離を取る葉山。
 「コイツらのことは、まぁ許してやってくれないか。全ては明石がお前のこと大好きなのが空回っただけなんだから。俺の方も、今は何とも思って無いし。今は」
 俺の言葉に、気まずそうに顔を赤くする明石。
 「まぁ、ボコられて助けを求められる位だし、な」
 同じく葉山。
 「俺が言うのも難だけど、あの場にお前がいなくても、明石はお前に助けを求めてたはずだぜ?あー、沁みる」
 フローリングの床に身体を横たえたまま、自分で自分の消毒をしつつ、俺は言った。
 ここ数日、椅子に拘束されてた所に、全力を尽くして殴り合いをしたからな。
 もう体力なんて欠片も残っていないや。
 「で、結局何でみかみんと緋月はこんな猿芝居を打ったんだよ」
 葉山の言う通り、そこから先は俺と三日のお芝居だ。
 「猿芝居とは失礼な。これでも短い時間で頑張って練習したんだよ?」
 何しろ、『2人の敵になる』と決意したのが、今日のお昼だったからなぁ。
 それから、大急ぎで演技プランを組み立てて、玩具のナイフや三日のボロボロのメイクといった、諸々の準備を整えてだもの。
 いやぁ、焦った焦った。
 もっとも、準備が整ってからは2人が来るのを今か今かと待ち構えて、遅い!とか言ってたわけだけれど。
 「お前たち、全然互いの本音をぶつけようとしないからな。心身をギリギリの所まで追いつめないと、本音が引き出せないでしょ?」
 「その為に悪堕ち、っつーか『実は悪人だった』って振りをしたってのか?」
 俺の言葉に、難しい顔で葉山が聞き返す。
 慣れない頭脳労働で、状況を理解しようと、と言うより俺達と分かり合おうとしているのだろう。
 演技とは言え、あんなことをした俺と分かり合おうと歩み寄ってくれる姿勢が俺は嬉しかった。
 「悪人、って言うか誰かさん達の似姿だね」
 俺の言葉に気まずいそうな顔をする明石。
 「似姿って言っても、本物さんにはその更に奥に、本人も知らない本音が隠されていたようだけれど」
 ますます気まずそうな顔をする明石。
 もっとも、正直これは賭けの1つではあった。
 明石が、クサレ外道にボロボロにされた三日の姿を見て何とも思わないような奴だったら、2人の友情は本当に終わっていただろう。
 もう1つの賭けは、葉山が自分の気持ちを確認できるかどうか。
 もし最後の最後までヘタレたままだったら、この場から追い出すつもりだった。
 「ま、そう言う訳で、そう言うコンセプトで、俺がお前たちの敵になって、お前らを心身ともに追いつめるっていうドッキリを仕掛けさせてもらった訳。あ、三日は俺の外道ぶりをアピールする被害者役ね。その為に、ちょい薬局でそれっぽいメイク用品揃えてもらいました」
 「本当に演技?本当にドッキリ?」
 「あれぐらいやらないと、心折れないでしょ?」
 しれっと言った俺の言葉に、ヒッと小さく悲鳴を上げる明石。


54 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.5 ◆yepl2GEIow:2011/10/14(金) 20:39:32 ID:IF2Ju81M
 「やっぱりアンタおかしいわよ!イカれてるわよ!知り合いをボコるのに躊躇が無さ過ぎ!!」
 葉山の影に隠れてガタガタと震える明石。
 「暴力は誰かの意見と心を折るのに最も手っ取り早い手段だからねぇ」
 「ホンモノだー!」
 と、ギャグっぽく言ってる物の、かなり本気で怖がっているらしい明石。
 葉山も軽く、というよりかなり引いているようだ。
 まぁ、俺もかなり本気だったし、最悪の場合、俺は明石を一方的にいたぶり続けて、最後には三日に対する脅迫を取り下げさせる方向も考えていたから妥当なリアクションではある。
 「…そうやって、『ヤンデレた朱里ちゃん以上にイカれた相手を演じることで、相対的に朱里ちゃんの狂気性を低く見せる』のもこのお芝居の目的です」
 「……」
 えー、三日、そこまでぶっちゃけちゃう?
 「ま、まぁ、アレだねー。はやまんの明石への評価を無理矢理フラットな所まで持って行ってから、はやまんの本音を聞きたかったと言うか?聞かせたかったと言うか?そのまま俺は少年漫画の悪役よろしく、葉山に乗り越えられれば万々歳って感じ?」
 俺はそう一気に意図を捲し立てた。
 ここまで行ったら開き直って全部ゲロるしかないわ。
 「で、最後はこうやって『ドッキリでした』って言うつもりだった訳?それだと、色々台無しじゃ無い?」
 痛いところを突いてくる明石。
 「台無しになったんだよ、実際、こうして」
 渋い顔をしながらも俺は答えた。
 「…『この真相は墓の中まで持っていく』って言ってましたものね、千里くん」
 うん、だからそこまでぶっちゃけないでくれ、三日。
 「じゃあ何か、みかみん?お前あのまま一生涯外道キャラを通すつもりだったのか?」
 葉山の目が据わってる。
 「……少なくとも、俺とお前の友情はこれっきりだろうと思っていたよ」
 「……なんで」
 包帯を巻く手を止め、俺の胸倉を掴み起こす葉山。
 「なんでそこまでするんだよ!!こうしてギャグですませられたから良かったようなモンだけど!!下手したら本当に俺はお前のことずっとケーベツしてたんだぞ!!なのに、何で!!」
 「倒れてる奴の胸倉掴むなよ、はやまん。まだ色々痛いし。これでも」
 「……悪い」
 そう言って、優しく手を離す葉山。
 「でもさ、そうでもしないと、一生後悔するかもって思って。俺も、三日も、お前も、それに、明石も」
 「……」
 「絆を求めて、想いを求めて。その為に、みんな空回って、みんなすれ違って、みんな頑張って……。その頑張りが報われなきゃ、あんまりでしょ?」
 絆も想いも目には見えない。
 それは、きっと夢幻(ユメ)に似ている。
 けれど、夢を見ずにはいられなくて。
 「ゆめは、叶って欲しいからね」
 それは、明石だけでなく、彼女との友情の回復を望んでいた三日にとっても同じことで。
 そう言う意味じゃ、俺は最初から最後まで自分の我儘の為に動いていたのだろう。
 「有難迷惑なンだよ、手前は」
 憮然とした顔で、葉山は言った。
 「ゴメン」
 俺は、いつも通りの苦笑を浮かべてそう言うほかなかった。
 でも、もう一度殴られるだろうなぁ。
 「助けられる方の気持ちも、少しは考えろや」
 そう、葉山は続けた。
 それは、つまり「助かった」と言う意味で……
 「……ん、ありがと」
 「……バーロー」
 と、その時、玄関先から派手な音と共にドアの開く音がする。


55 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.5 ◆yepl2GEIow:2011/10/14(金) 20:39:50 ID:IF2Ju81M
 「セン!?三日ちゃん!?いる!?生きてる!?大丈夫!?」
 そう言って靴を脱ぐ間も惜しんでバタバタと入ってきたのは、ウチの親、御神万里だった。
 「ああ、ちょーど何もかもが終わった所だよ」
 軽く身体を起こし、気だるげに答える。
 さすが俺の親。
 極めて微妙で絶妙なタイミングで現れてくれる。
 「セン!三日ちゃん!」
 親は、俺の言葉を聞いたのか聞いていないのか、俺達の元に真っ直ぐに走り寄り、俺と三日に抱きついた。
 「レイちゃんからこの場所を聞き出すのに一晩以上掛かっちゃってもう間に合わないかもって思ってて!でも、良かった、本当に良かった……!」
 「ちょ、親!?」
 「…お、お父様!?」
 ぎゅぅ、ときつく抱きしめる親。
 密着しすぎて、涙がつたっているのが肌で分かる。
 「……ゴメン、心配かけて」
 「良いのよ、無事なら……って無事じゃ無い!?」
 4人揃ってボロボロ(一名例外)を見て驚く親。
 「みんな、一体全体何があったの!?まるで暴風雨が通り過ぎたみたくなってるけど!?」
 暴風雨か、それは良い得て妙だ。
 何せ、ここには恋と言う名の暴風雨が最大瞬間風速マックスで吹き荒れていたのだから。
 「何、大したことじゃねーですよ」
 そんな親の問いかけに、葉山が苦笑を浮かべる。
 「ただ、『千里』の奴と、一昔前の少年漫画よろしく、本音をぶつけ合った、友情の殴り合いをしただけっす」


56 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.5 ◆yepl2GEIow:2011/10/14(金) 20:41:08 ID:IF2Ju81M
 「なーんて、良い感じに良い台詞で締めたところで、実は何にも解決してないんだよなぁ」
 翌朝。
 ホームルーム前の教室内の自分の席で、正樹はグッタリとして言った。
 その隣の席には、言うまでも無く俺が座っている。
 あの後、親が持ってきていた車で俺達は自分たちの家に送られ、ようやく、いつも通りの日常が帰ってきていた。
 「ま、世の中そんなもんじゃない、正樹?」
 正樹の姿を見つめ、俺はクスクスと嗤った、もとい笑った。
 一度壊れて棄てたキャラを再構築しきるまでには、少し時間がかかるかもしれない。
 「ぜーたくは言わねーよ。今日一番大変だったのは千里だし」
 実際、親が学校の方に何やら口八丁手八丁で連絡を入れていたとはいえ。
 何も言わず、丁度一週間近く欠席していたのは確かな訳で。
 俺達の久々の登校に友人たちには大いに驚き、口々に理由を問いかけた。
 何とか「バイクの免許を取った記念に三日と一緒にこっそり小旅行と洒落こもうとしたら、バイクで事故って旅先で足止めを喰っていた」という言い訳をアドリブで考えて切り抜けた。
 あんまりと言えばあんまりな理由に、心配していた友人たちは肩透かしを通り越して怒りを覚えた者も間々居たりして。
 特に天野の剣幕は凄まじかった。
 「散々心配かけてソレかよふざけんなよ連絡よこしやがれこの野郎!」とは天野の言。
 そのまま刺し殺されてもおかしく無いような勢いだった。
 最後には「もう付き合ってられるか、オレは自分のクラスに帰る!」と言って教室から走り去って行くくらいだった。
 気のせいか涙声だったような気もするが―――それは、気のせいと言うことにしておいてやろう。
 ああ見えて、天野は繊細なのだ。
 「世は事も無し、とは良く言ったものでござろう。散々人に心配をかけた碌でなしと比べれば」
 と、冷やかに言うのは李だった。
 一言言うと、さっさと自分の席に戻って行く。
 天野のように露骨に声を荒げたりしないものの、彼女も随分と俺を怒って、心配してくれたのは確かなようだった。
 李にしても、天野にしても、機嫌を直してもらうのには少しだけ時間がかかりそうだった。
 もっとも、そうして俺のことを心配して、気にかけてくれたことは申し訳なくも思うが、嬉しくも思う。
 ま、この辺りは俺が根気よく謝る他ないだろう。
 「それに、何も悪いこと無いでしょ?」
 そう言って俺達の席に寄ってくるのは明石だった。
 隣には三日も一緒だ。
 親友だからな。
 「って言うか、無い……よね?」
 明石は恐る恐るといった有様で言い直し、
 「お願いです、無いって言って下さい」
 と頭を下げた。
 まだ、正樹は何も言って無いのに。
 「あー、その何だ……」
 頭を掻きながら、答えに迷う正樹。
 「正直、お前をどー思ってるのかなんて、自分の中でもまだ分かり切れねぇところはある。恋愛なんて、今まできちんと考えたこと無かったしな。でも……」
 けれど、今度は結論をきちんと出す。
 「揺り籠にいたころから、やっぱお前は好きだし、このまま仲良くやりたいとも思う。それこそ墓に入るまで、ずっとな」
 「まーちゃん……!」
 正樹の言葉に、明石は花の咲いたような笑顔を浮かべ、抱きついた。
 「アタシもまーちゃんのこと大好き!これからずーっとお墓の中まで一緒にいるね!言われなくても一緒にいるね!嫌って言ってもずっと一緒にいるね!」
 「やめろこんなところでひっつくなっつーか怖い怖い怖い怖い!」
 「なんで、墓場まで仲良くよろしくしたいんでしょ?」
 「好きだけどそれは怖い!」
 そこで、正樹は俺に向かって助けを求めるような視線を向けて言う。
 「なぁ、千里。俺、コイツのこと、これからもキチンと受け止めきれるかなぁ?」
 「大丈夫じゃない?」
 と、俺はクスクスわらいながら応じた。


57 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.5 ◆yepl2GEIow:2011/10/14(金) 20:41:25 ID:IF2Ju81M
 「何せ、正樹は一番悪くて一番強くて一番全力の俺を倒したくらいだもの。それでも駄目なら、俺達にきちんと助けを求めてくれれば良いし」
 「あー、その時は頼むわ」
 「おう、頼まれた」
 正樹の言葉に、俺は満面の笑みでサムズアップをした。
 思えば、俺はずっと正樹に助けを求めてもらいたがっていたのかもしれない。
 「…何だか、昨日から千里くんと葉山くんの信頼度が上がってる気がします」
 「いつの間にか名前呼びだし」
 何故か、女子組からジト目で見られた。
 「んー、まぁ何となくなんだけどねー」
 「そうそう。昔の少年漫画よろしく、殴り合ってたら何となく友情が深まってた感じで」
 正樹と揃ってそう言うが、ジト目は変わらず。
 「友情と言えば、そっちこそどうなった?きちんと仲直りというか仲直しはできたんかな?」
 分かってはいるけれど、きちんと確認したくて、俺は2人に確認した。
 「…はい、朱里ちゃんからとてもきちんと謝って頂いて。『酷いことして本当の本当にごめ「脅しの材料は全部捨てたって報告しただけなんだからね!勘違いしないでよね!」
 三日の言葉を遮って、顔を真っ赤にして明石は言った。
 「脅し?一体何のことだ?」
 物騒な単語が出たので、怪訝そうに問いかける正樹。
 「男の子は知らなくて良いことよ」
 「…男の人には知らないで居て欲しいことです」
 女子2人の声が見事に唱和した。
 まぁ、知られたくないから脅迫材料に使えたのだろうから、これ以上突っ込むのは野暮と言うものだろう。
 「ともあれ、これで全て元の鞘に収まったって訳か。あんなに大騒ぎした割には、味気ないモンだな」
 と、正樹がため息交じりに言った。
 「違うよ、はやまん」
 俺は、訂正させてもらうことにした。 
 「暴力的で不器用で最悪な過程ではあったけれど―――俺達は、今までよりほんの少しだけ絆を深められたんだ」







 おまけ
 ある電話越しでの会話
 『ねぇ、みっきー。その……言いづらいんだけどさ』
 「…何ですか、朱里ちゃん?」
 『あの動画のデータ、全部消去する前に、1人でガッツリ観ちゃった』
 「…は、はぁ」
 『って言うか、見入っちゃった』
 「…」
 『……知らなかった。あそこ、ああ言う風にすると気持ち良いんだ。それにあそこも……』
 「お願いですから朱里ちゃんの頭の中からも消去してください!!」