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318 :溶けない雪 ◆g8PxigjYm6 [sage] :2008/02/02(土) 15:40:48 ID:KeJEi2Pv
田村夏夢視点より


私が健二と初めて顔を合わせたのは、今から約5年前、私が小学5年生の時だ。
今思うと恥ずかしい事だが、当時の私には一人も友達というものがいなかった。
別にいじめられていたわけではない。
人付き合いが苦手だとか、嫌いだとかいう理由でもない。
ただ単純に、一人が好きだっただけだ。
何でそうだったのかは今でも解らない。
ただ、漠然と一人が良いとは思っていた。
一人になるという事は、周りから離れる事と同じ意味だ。
小学生の頃は、寄ってくる人達に冷たく当たって、近づかせない様にしていた。
悪口を言った。
無視した。
嫌がらせをした。
本当に、あの時の人達には悪い事をした、と今でも反省している。
私が一人で孤立していた事に気付いて、それをやめさせようとしただけだったのだから。
孤立していたのではなく、自分から離れていた。
私が人の呼びかけを、助けを拒んだのは、それだけの違いだっただけだ。

健二と初めて会ったのは、その頃の事だ。
健二は他にも数多くいた、私に近づこうとしてくる一人だった。
いつも笑いながら近づいてきて、私に対してよく話掛けていた。
その行動は、孤立していた私を周囲に溶け込ませようとしてきた人達と、同じ様な行動だった。
しかし、健二はそんな人達とは違うところがあった。
やっている事自体は、他の人達となんら変わりはなかった。
だが、何回無視をしても、何回汚い言葉を吐いても、
何回嫌な事をしても、健二は私に近づこうとするのを止めようとはしなかった。
他の人は、直ぐに諦めたというのに。
いつも私に、
「寂しくないの?」
そう、聞いてきた。
そう聞かれる度に、うっとうしいな、等と心中で呟いた。
自分から一人になりたいのだから、好きにしてくれればいい。
その頃の私は、そんな事をいつも健二が来る度に思っていた。
気付けば、一人が好きだという行動理由が、一人にならなければならない、と入れ替わっていた。

そんな自分を、よく分かっていたつもりになっていたのだろう。
自分はずっと、こんな感じで生きていくのだと、確信に似た予想を自分に立てていた。
しかし、そんな予想はただの勘違いだった。
あれほど分かっているつもりでいた未来は、簡単に只の錯覚だと思いしらされた。
何か劇的な変化ではない。
ただ、簡単な事に気付いたのだ。



319 :溶けない雪 ◆g8PxigjYm6 [sage] :2008/02/02(土) 15:51:04 ID:KeJEi2Pv
それは、5年生での運動会、昼休みの事だった。
珍しい事に、一日に数回私に話掛けてくるアイツが来なかったのだ。
まだ昼なのでこれから来るという事もある。
だけど、いつも通りなら昼までには5回位は私が居る所に来ている筈だ。
行事という事もあるし、団体行動ばかりで一人だけの行動が少なかいから、
今日は来ないのかもしれない。
その事に安堵し、両親と一緒に昼食を食べていた。
運動会なだけに、いつもより豪華な昼食なのは、よくある普通の事だろう。
唐揚げ、玉子焼き、エビフライ、パスタサラダetc……
母は料理が上手いので、オカズ達が分相応以上に美味しい。
父も美味しそうに食べている。
私はあまり食べない方なので、名残惜しいながらも昼食を終え、お手洗いに行く事にした。
トイレは小学校の本校舎にある1階を使用する事になっている。
1階のトイレを使おうとしたが、誰かが居る可能性があった。
理由としてはそんなところだ。
普通だったら使用が禁止されている、自分達の教室がある階のトイレを使う事にしたのは。
2階のトイレに到着し、お手洗いを済ませる。
その後、誰も居る気配がない2階の雰囲気が気に入ったせいだろうか。
なんとなしに一つ一つの教室を端から順に覗いていった。
端から順番に、誰も居ない教室を見回していく。

端から純に見回していき、遂に一番最後の教室――私が普段居る5年3組までたどり着いた。
いつもは、ガヤガヤ人が沢山居る教室。
それが静まりかえって、誰も存在していない教室の中身を想像し、知らず知らずの内に微笑む。
想像したせいもあってか、何かを欲する様に教室の中を覗き込む。
しかし、想像と外れ、教室の中に、いつも私に話掛けてくるアイツが居た。

その姿を見た途端、私は呆然と立ち尽くし、教室に居るアイツを眺めていた。
教室にアイツが居る。
ただそれだけの光景なのに、
私はしばらく物を考える事すら出来ないでいた。
そんな私の姿に気付いたのか、やや驚いた様な顔をしながらアイツが近づいてきた。
彼は私の立ち尽くした姿を見て、あろう事か
「どうしたの?」
そう言ってきた。
今日初めて聞いた彼の声。
何も考える事が出来なかった私は、その言葉で消えた。
だが、何かを考えようとした時には目の前の彼に問いかけていた。
「何でこんな所に居るの?」
それは、自分らしくもない震えた声だった。
まるで、想像している事の通りでないのを祈るような。
そんな震えだった。
私の声を聞いた彼は、バツが悪そうな顔をしながら頬をかいていた。
「んー………ここからの景色が好きだから眺めていたんだよ」



320 :溶けない雪 ◆g8PxigjYm6 [sage] :2008/02/02(土) 15:51:52 ID:KeJEi2Pv
その自分の言葉に納得した様に、彼は何度も頷く。
まるで、その理由もあるな、と自分で思い出した様な仕草をしていた。
その姿を見て、自分の想像通りだったのだと確信した。
「あのさ……だったら、なんでこんな所で昼食を食べていたの?」
「…………なんで、っていわれてもなぁ………」
そう、今目の前に居る彼はこの教室で昼食を食べていた。
その事を、机の上に置いてあるパンの袋が証明している。
彼以外、誰もいない教室。
文字通り誰も、親もいない教室。
弁当ではなくパンを、彼は食べていた。
普通だったら、私の様に親の弁当を食べながら、親と運動会の話をする。
そんな当たり前ともいえる光景が、ここにはなかった。
ここまで揃えば、小学生の私でも容易に想像出来る。



この子の親は、運動会に来ていないのだ。
仕事の関係なのかどうかは分からない。
分からないが、彼はそのお陰で独りだった。
目の前に居る彼は、この教室で孤独だったのだ。
外ではなく、隠れる様に校舎に居た彼。
彼はこの教室で、パンを食べていた。
親の手作りの弁当などではなく、大量生産されているパンを。
そんな彼を見て、私は羨ましいとは思えなかった。
自分が望んでいたものが、目の前にある。
なのに、それを憧れることも、そうなりたいとも思わなかった。


自分が憧れた独りというものは、本当は憧れる様なものではなかったのだと。
なる時には本人の意思に関係なく、回避出来ないようなものなのだと、
気づいてしまったから。
自分が憧れていたものの正体を知ってしまって、
また呆然と立ち尽くしてしまいそうになった。
こんなにも虚しいものを求めていた自分が、一番虚しかった。

だけど、そんな自分の心情は無視した。
無視して、目の前の彼の手を掴む。
私にはやるべき事がある。
それを理解した上での行動だった。
いきなり手をとられた事に驚いたのか、
今度は彼が、さっきの私の様に呆然としていた。
しかし、そんな彼の様子も私は無視して、手を引っ張りながら教室を出た。
自分が引っ張られているという事に気付いたのか
「ぇ…ちょっと、どこいくのさ」
そう私に疑問を投げかけて、彼は足を止めた。
引っ張りながら教室までは出られたが、彼が立ち止まっていてはここから先には進めない。



321 :溶けない雪 ◆g8PxigjYm6 [sage] :2008/02/02(土) 15:52:47 ID:KeJEi2Pv
男子1人の体重を引っ張る事なんて、いくら運動神経が良い私とはいえ、さすがに無理がある。
立ち止まっていると、昼休みが終わってしまいそうな焦りがあったのか、
私はそんな彼に対して怒鳴っていた。
「ついて来れば分かるから大人しくしてなさいよ!!」
なんで自分が怒鳴られたのか分からないのか、
いつもと態度が違う私を見てなのかは分からないが、また彼は呆然とした。
何故そうした態度をとったのか、分からない。
だけど、そんな事はどうでもいい。
彼を連れていくのが、私が今、やるべき事だ。
彼を引っ張りながら階段を降り、少し長めの廊下を歩き、校舎の玄関まで着いた。
そこまで来た時、私が外に行こうとしているのに気がついたのか、
繋いだ手を通して、彼がビクッ、と怯えたのを感じとった。
そんな反応も、彼の手を強く握り、無視した。
玄関を出て外に出る。昼休みが始まってから大して時間が経っていないためか、
昼食を食べている人は沢山居る。
親と子で。
そんな風景を見て思わず足を止めるも、直ぐに歩きだす。
彼の足取りが段々重くなっていくのが分かる。
凄く引っ張るのが困難になってきた。
だが、そんな重い足取りごと彼を引っ張って、引っ張って、ようやく着いた。


少し息を切らしながら帰ってきた娘を見て、母や父も少し驚いた顔をしていた。
それも無理はない。
今まで、私が同い年位の子を、両親達の所に連れてきた事などないからだ。
しかし、そんな両親の反応も今ではどうでもいい。
私は、彼の手を放し、両親の前に立たせた。
彼は、私が何をしようとしているのか全く分からない、というような顔をしていた。
「私またお腹空いちゃって、また昼食を食べたくなったの。
それで、この子も少しお腹が空いちゃったみたいだから、一緒にそのお弁当を食べてもいいかな?」
「えっ?」
私が両親に言い終えた途端に、彼は疑問の声を上げた。
両親の方は、私の言葉を聞き、なんとなく事情を察した様だった。
「そういう事なら二人共食べるといい。
今日は母さんが張り切っちゃったみたいで、まだ沢山残っているからね」
「別に張り切ってなんかいません。
いつもこんな感じでしょ?」
父は簡単に承諾し、母は見栄をはった。
その言葉を聞いて、彼はまた震えていた様だった。
何で震えたのかは私には分からない。
だけど、自分がやった事は決して、間違ってはいない事を感じた。
「それで―――その子は誰なの?」
至極当然な質問を、母は私に聞いた。
本人に聞かなかったのは、母なりの配慮なのだろう。
「この子は……」
その問いに、私は返答に困った。



322 :溶けない雪 ◆g8PxigjYm6 [sage] :2008/02/02(土) 15:54:44 ID:KeJEi2Pv
彼は-
彼は-
彼は-
彼は-
彼は-
馬鹿みたいに、彼は-の続きの言葉を考える。
考えているうちに、ある言葉が唐突にうかんだ。
こう言ってしまっていいのかは分からない。
彼とはまだ仲が良いわけでもない。
だけど私はその言葉を言った。
迷いを振り切って、言った。


「私の友達だよ」

この日、私に初めての友達が出来た。