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213 :依存型ヤンデレの恐怖 ◆a5x/bmmruE:2011/10/29(土) 20:52:19 ID:MPaMNP4Q
「ちょっと待て!」

この瞬間、世界はキサラギの敵になった。

ちょっとしたお遊び。

あるいは、

ちょっとした悪ふざけ。


世界はそんな茶目っ気を許さず、あっさりキサラギを捨てた。


心臓の鼓動がうるさい。
カウンターの上に、一冊の漫画が乗っている。値段は……忘れた。そんなに高くない。

注目する客の視線は、まずは好奇心。
続いて侮蔑。
最後にカウンターの漫画を一瞥。そして嘲笑。

今すぐ世界が終わればいいのに。

そんなことを考えるキサラギの耳に、世界は遠い。
まるで夢の中のように。

世界は無音だ。
目の前で中年男が、嗜虐的な笑みを浮かべ、何かのたまっているが、それはキサラギの耳にも心にも遠い。
あまりに遠い。


無音の世界。
全てはあまりに虚ろだった。

そんな中、彼と目が合う。

カウンターをチラリ。
彼の眉がハの字に寄る。

(なんだそれ……つまんねえの……)

おかしい。
全ての情報をシャットアウトしたはずのキサラギの心に届く声。


(しょうがねえな…今回だけだ…)


まただ。
おかしい。
世界は自分を捨てたはず。だからこんなにも音がない。
こんなにも虚ろなのに―――



激しい衝撃音。



金属製の本棚が前倒しになり、四方に雑誌をバラまいた。

キサラギは、虚ろな目で彼の視線を捕まえる。


(ほれ、今だ)


また聞こえた。
ふらっと足が一歩を踏み出す。

後は、勝手に足が動いた。

すれ違いざま、目が合う。
口元が少し笑ってる。


多分、自分も笑ってる。


こうして、キサラギは世界に帰還した。

逃げ込んだ路地裏で、キサラギは大きく肩で息をしながら、夕焼けに染まる空を見上げた。

ああ、世界はこんなにも美しかったのだ。

九死に一生を得た。あのまま行けば、自分はどうなったか。それは想像したくない。

しかし…あの少年は……

キサラギは首を振った。
もう会うことはないだろう。そう思った。
この時は。



春。
つつがなく受験を終えたキサラギは、第一志望の高校に入学する。

「リューヤ!おい、リューヤ!」

青い襟章が目印の二年生の男子生徒が、一人の少年を呼び止める。
その少年は、ちょうどキサラギの前を歩いている。

「…俺の名前を、安売りみたく連呼するな。気持ち悪い!」

少年が振り返る。
それが全てのはじまり。


214 :依存型ヤンデレの恐怖 ◆a5x/bmmruE:2011/10/29(土) 20:53:11 ID:MPaMNP4Q
「な、リューヤ!ノート見せてくれ!」
「知らん」

リューヤは気付かない。
一人の少女……キサラギが瞬きすら忘れてその背中を見つめていることを。

「な!リューヤ、この通り!」
「…しょーがねえな…今回だけだぞ」

ああ、そうだろう。キサラギが知る彼ならそう答える。

「リューヤったら、もう!そんなこと言って、いつも助けてくれるくせにぃ…」
「変態!まとわりつくな!」


抱きついて来た男子生徒と肩を叩き合い、談笑しながらリューヤは去る。

「先輩……リューヤ先輩!」

勝手に動いた口を押さえ、キサラギは、あっと後ずさる。
リューヤは少し気まずそうに振り返る。

「はぁ…あのな、せっかく知らん顔してやったのに、自分から話しかけるヤツがあるか」


キサラギの胸が大きく一つ跳ねる。

(覚えててくれた!)

初恋だった――。


それは、不意にやって来た嵐。

嵐はどこまでもキサラギを翻弄する。
必死になって気を引いて、必死になってかき口説く。
対するリューヤの口癖は、

「また今度な」

都合のいい言葉だ。相手を傷つけず、やんわり断るには一番いい言葉かもしれない。
キサラギは空回り、気ばかり焦る。


そんな中、雨が降る。
全力疾走のリューヤは、すれ違ったキサラギには目もくれず、一直線に校門目掛けて走っていく。

そして、見てしまった。
リューヤが、鞭打たれたような苦しげな表情で、一人の少女の肩を抱き寄せている光景を。

あれは、なんだ?

時間が止まった。

あれは、守っているのだ。キサラギはすぐに理解した。

リューヤは守っている。この世界の全ての悪意から、少女のことを守っている。

世界が回る。
自分は何をしているのだ。指をくわえて見ているのか。

なぜ、自分はあそこにいない。

あの少女……ああ…あれがそうか。
リューヤにフられて手首を切ったとかいう。

「おかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしい……絶対、おかしい」


間違っている。
キサラギは、よろよろと歩き出す。

あの少女……未夢とかいったか。
受験に失敗したらしいが、彼女は絶対馬鹿じゃない。
最初から知っていたのだから。
己が、全身全霊で寄りかかっていい存在を。
生まれてから死ぬまでの間に、いったい何人の人間がそんな存在を見いだすことができるのだ。

何故、自分はあの少女になれなかったのか。


215 :依存型ヤンデレの恐怖 ◆a5x/bmmruE:2011/10/29(土) 20:53:42 ID:MPaMNP4Q
きっと、覚悟が足らなかったのだ。

だからこんなおかしなことになる。

覚悟だ。

どうしてもあれが……リューヤが欲しい。

この世界は、キサラギには寒過ぎる。
虚ろに過ぎる。


覚悟だ。


それだけでよい。

だって、あの少女は、それだけでリューヤを手に入れているではないか。

キサラギは覚悟を示す必要があった。