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271 :依存型ヤンデレの恐怖 ◆a5x/bmmruE:2011/11/01(火) 00:32:01 ID:n30qBM32
キサラギは動かなかった。


静寂の中、秒針の音がやけに響く。


未夢は、この張り詰めた空気の中、ただ一人どこまでも自然だった。
俺には、それがとても歪なものに映る。

キサラギが、スッと腰を落とした。
まだ、椅子に腰掛け、立ち上がってはいない。
ただの予備動作。何らかの事前運動。

だがそれだけで、空気が変わる。

武道を嗜まない俺には、よく分からない。ただ、違うとしか。


キサラギは変わった。身に纏うものが。

『これ』は、俺の手に負えない。
身体をずらし、僅かに未夢に近寄る。
いざというときは、この身体を盾に――


「だいじょうぶだよ、リューヤ」

未夢に特別変わった様子はない。言った。


「だって、未夢の方が強いもん」


未夢が、キサラギより強い……?
体格も体力も技術も頭脳も経験も全てキサラギが上だ。

いいたくないが、この中で一番無力なのは…未夢だ。

めき…

テーブルの上で、キサラギの拳が鳴る。

「未夢、リューヤしか持ってないもん。負けるわけない」


めき…


未夢は、テーブルの上のそれを指した。

「それはいらないものだよ。それを使ったら、最後。…未夢にはなれないよ」


未夢になれない?
キサラギが?
キサラギが未夢になれない?

その超理論は俺には理解できない。
だが――

「っ…!」

キサラギは肩を抱きしめて、眦に涙を浮かべ、滑稽なくらい動揺している。

「リューヤ先輩はウチのだっ!」

その叫びに、未夢は首を振る。

「遅いよ。三年くらい」

こいつ…誰だ?
これが、未夢?
あくまで冷ややかに、キサラギを追い詰めていくこの女の子が、未夢?


みしっ…!


キサラギが――動いた!


俺は素早く未夢を抱き寄せ、庇うようにキサラギに背を向ける。

「ああうっ!」

キサラギは火傷したかのように出しかけた手を慌てて引っ込めた。

俺の胸の中で、未夢が嘲笑った。


「ほら、やっぱり未夢のだ」


「違う違う!ウチは、ウチは、ただ…リューヤ先輩が…」

髪を振り乱し、叫ぶキサラギの声は、徐々に尻すぼみになり、消えて行った。

……理解できない。
豹変した未夢もそうだが、あれだけ殺気立っていたキサラギが……


今は力なくへたり込み、ただ泣き崩れている……。


……圧倒。その表現が一番しっくり来る。
未夢の持つ何かがキサラギを圧倒し、屈服させたのだ。


272 :依存型ヤンデレの恐怖 ◆a5x/bmmruE:2011/11/01(火) 00:33:34 ID:n30qBM32

キサラギは、結構すごいやつだ。

小さい頃から空手をやって、いくつかの大会で結果を出している。

俺の通う高校は進学校だ。それなりにレベルも高い。キサラギもそれなりに頭はいいだろう。

そのキサラギが、アホの未夢に圧倒されて泣きが入るこの状況。

理解不能だ……。

最前から、俺を自分のものだと言い張る未夢。これも分からない。

ただ、キサラギが取り乱したこの状況。
力付くになれば、未夢は圧倒的に不利だ。故に、俺は未夢の側に立つ。


一方、未夢は澄ました表情だ。
椅子の上で、つまらなそうに足をプラプラさせている。


…生意気な。


「…そりゃ!」

未夢の頬をひねり上げる。

「ひ、ひたいっ! ひたいよ、リューヤ!」
「やかましい。未夢の癖に生意気な」

さらに逆の頬をひねり上げる。

「ぷぎゃっ!」

「上上下下左右左右…」

「ぷぎゃァァァ!」

俺のジャイアニズムが未夢をひとしきり蹂躙する。

「ウチ…」

キサラギが、ボソッと呟く。

「ウチだって、リューヤ先輩だけで…」

「あ?」

振り返ると、キサラギが立ち上がって、こちらを見ている。

涙に濡れた頬には、後れ毛がへばり付き、その表情はかなり痛々しい。

「…わかりました。ウチ、先輩を困らせません。学校行って来ます」

ニコッと笑うキサラギ。

何だろう…不吉な笑顔だ。

達観。

あるいは諦観。

そんなものが漂う笑み。

「お、おう、わかってくれたか」

言いながら、俺の胸によぎる一抹の不安。


待て。


俺は…いつか、こんな笑顔を、どこかで…


「行って来ます」

キサラギが出て行く。

既視感。

寂しそうな背中。

袖を引かれ、振り返ると未夢の笑顔。

「リューヤぁ、病院…」
「おう、そうだった」

馬鹿な俺は思い出せずにいる。
キサラギが見せた笑顔の意味を。
答えは、目の前にあるものを。


273 :依存型ヤンデレの恐怖 ◆a5x/bmmruE:2011/11/01(火) 00:35:32 ID:n30qBM32
未夢と病院に向かう。
保険証を準備し、着替えの指示までする俺は、まんま未夢の保護者だ。

未夢の方は体調の不具合が機嫌にも反映しているようだ。
むっつりとして、ポケットに手を突っ込んでいる。

電車の窓から流れる風景を見る。
窓ガラスに映った未夢が、じっと俺を見つめている。
その頬が、ほんのりと桜色に染まっていく。

「…?」

なんだろう。未夢は言いたいことがあるのか、じっと俺を見つめている。

「お膝、座りたい……」
「ダメ」

言ってまた車窓に視線を戻す。

「未夢ね…一人だけなら、許すよ」
「?」

わけわからん。一人ってなんだ。膝と前後の繋がりがチンプンカンプンだ。

「なんだそれ…。許さんかったら、どうなるんだ?」
「…悪い子になっちゃうかも…」

未夢はにこにこと笑う。いつもの笑顔。

…ゾクッと来た。

最近、未夢にビビらされることが多い。

「未夢…いっぱい、いっぱい考えたんだよ」
「ん?ああ…」
「リューヤは、ワガママさん嫌いで、でも、未夢はいっぱい、いっぱいワガママさんで…」

未夢は足りない頭で、必死に言葉を探しているようだ。
その口調はたどたどしい。

「いっぱい、いっぱいリューヤは、未夢によくしてくれて、でも、未夢は足りなくて……」
「……」
未夢は、何かを伝えようとしている。こういう時、俺は口を挟まないようにして、なるべく未夢に話させることにしている。怒らず、辛抱強く。大切なことだ。


「未夢が、もうちょっと我慢すれば、きっとリューヤは、いろいろなことができて……」
「がんばれ」

未夢の頭をかき回す。

「未夢…悪い子なの。あの子もすごく悪い子で…」

あの子?キサラギのことだろうか。

「…ほんとは、仲良くしたくない。でもリューヤが…」

俺が、なんだ…?

未夢が俯きがちだった顔を上げた。

「だから、一人だけ我慢するの。未夢、きっと悪いこといっぱいするけど、リューヤがそうしてほしいなら…」

よくわからん。
つまり、こういうことか?
未夢は、キサラギのペット化を認めるということか?
俺は、それを感謝しないといけないのか?

ほんとにわからん。

未夢も、キサラギも、あの『飼う』を本気で捉え――


ヤバい…。俺、また適当なこと言ったかも。

だとしたら、キサラギ……悪い予感しかしない。


274 :依存型ヤンデレの恐怖 ◆a5x/bmmruE:2011/11/01(火) 00:37:56 ID:n30qBM32



総合病院の婦人科では滅茶苦茶キツい思いをさせられた。

学生服でロリ体型の未夢を伴い受け付けを済ませる俺。

イタい。

激しくイタい。

診察を受ける未夢を待つ間、針のむしろのイタさは最高潮に達した。

診察の順番を待つ、若い夫婦たちの視線が厳しい。人間のクズを見るような冷たい目。

「…あんな小さい子に…」

「男の風上にも置けんヤツだ」

くそお!
未夢めえ!!

そして帰って来た未夢は何故かご満悦の様子だった。

「リューヤぁ、スッゴいの――」
「わあ!!言うなあ!」

その後、腹が減ったとゴネる未夢と繁華街で食事する。

登校したのは、結局昼過ぎてからだったが休むよりはいい。
担任は俺の特殊な事情を理解してくれている。…もちろん、その説明は未夢の両親にさせた。俺は無制限にお人好しではない。

もう少しで放課後なので、未夢は校門で待つ。

校門は人だかりでいっぱいだった。救急車やパトカーが詰め掛け、大きな騒ぎになっている。

いやな予感に歩を進めると、

「リューヤ!リューヤっ!」

校舎を見上げると、友人の何人かが隣の校舎を指差して、叫んでいる。

視線を向ける。
隣の校舎。
屋上のフェンスを乗り越え、壁際に立つ人影は、

「キサラギ…?」


キサラギの両手首は何本もの赤い筋が入り、白いブラウスは血であろう赤い液体に染まっていた。

フェンスを乗り越えた壁際で、ナイフを片手に、近寄ろうとする連中を牽制している。

いかれてる…。

素直な感想がそれだ。

「がんばるね、あの子…」

気が付くと、未夢が隣に立って、俺と同じように、屋上のキサラギを見上げていた。

「キミ!キミがリューヤ君かっ!」

慌ててやって来た警官が、携帯電話を押し付けてくる。

「説得してくれ!彼女は興奮して、誰の言う事も聞かんのだ!」
「なんで、俺に…」

その俺の問いかけに、警官は不吉なものでも見るように、一瞬キサラギに視線を飛ばした後、眉根を寄せた。

「キミの名前ばかりを叫んでるよ…もう、一時間にもなる…」
「一時間も?…死ぬ気なんですか?」

警官は首を振った。

「それが、わからん。本人はそのつもりはないようなんだが、飛び降りるつもりではいるらしい」


なんだそれ…。


困惑しながら、携帯電話を受け取る。


『あっ、先輩ですかぁ。ウチですぅ、キサラギですぅ』

こんな事態を引き起こしておいて、キサラギは


275 :依存型ヤンデレの恐怖 ◆a5x/bmmruE:2011/11/01(火) 00:40:50 ID:n30qBM32
いつものように、声にしなを作って喋り出す。

『あのぉ、ウチぃ、これから見せるんでぇ、よぉく見といて下さいぃ』

「見せる?……何を?」

『ウチの気持ちですぅ』


キサラギの俺に対する好意と、飛び降りになんの関係があるのだろうか…。


「おまえ、バカか?」


なるべく冷たく言う。

『え…?』

「誰がそんなことしろって言ったんだ?」

『え?で、でも、リスカ女の時は…』
「あん?」

怒ったように言う。……本当は、滅茶苦茶びびってる。

「おまえ、未夢に張り合ってそんなことやってんのか!!」
『……ぐすっ…』

大きく鼻を啜る音。

『だって…リューヤ先輩…ウチのこと、見てくれないじゃないですかぁ…』
「そんなことせんでも、ちゃんと見てる」


沈黙。


『…ウソだ。ウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだウソだぁ!リューヤ先輩、ウチを見てくれない!命張らないと、ウチを見てくれない!』

「そんなことない」

くそ…手に負えん…これは…飛ぶ…


落下予想地点には、もちろんマットを設置してある。だが、そんなもの、キサラギの意志一つでどうにでもなる。

もし…いや、もう飛ぶと覚悟して…どうする?



どうやって、キサラギを助ける!?



『先輩、見てて下さい。ウチも先輩だけなんです。ウチ、先輩に命差し出せますから!』


その時、未夢が言った。


「長いね。早く、飛ばないかなあ…」


まるで、遊園地のアトラクションを楽しみにしている子供のようだった。



キサラギが笑う。

これ以上ないくらい晴れやかな笑顔で。



そして、キサラギは、飛んだ。


276 :依存型ヤンデレの恐怖 ◆a5x/bmmruE:2011/11/01(火) 00:44:16 ID:n30qBM32
キサラギが、空を、飛んだ。

――狂ってる。

躊躇いなく空に身を踊らせたキサラギは、笑顔だった。

…マジか。
できるのか、それが。
キサラギの思いの質と量を、大幅にはかり違えた。

目の前が白くなる。
音が消え、時間の概念が希薄になるのが分かる。

今、この瞬間、集中力が極限にまで上がってるのがはっきりわかる。



キサラギが、ゆっくりと落ちてくる。
このバカ…笑ってやがる。

だが、どうするんだ俺?キサラギを助けるのか?

…なんか、やだなぁ。

助けるんだったら、あれか?

漫画で見た、あれか?

すげー痛そうだったぜ、あれ。

畜生…別のヤツがやれよ。

…みんな、固まってやんの。

足が動く。…やっぱりか。俺がどうにかしろってことか。

ヤになっちゃった。


けど――行くぜ、俺。


地を駆ける。未夢は、少し驚いて、それから笑った気がした。



「あと一人だけ、我慢するよ」



あの言葉は、この瞬間を予期してのことか。

しかし、未夢。
コイツには問題がある。
キサラギをガラクタくらいにしか思ってない。

…少し話す必要があるな。


そんなことより、キサラギが近くなってきた。


でも、さっきからおかしいぜ。
俺、こんなにスゴいヤツだったか?
これって、ひょっとしたら……まだ、チェリーなのに…



ひでえよ、神様。



空中でキサラギを受け止める。
――重っ、キサラギ重!
両腕が、プチプチってヤな音がした。
構わず滑るようにして、受け身を取る。

漫画じゃ、これで上手く行ってた。


上手く、行ってた。


全身を叩かれたような衝撃が走った。
現実は漫画ほど甘くなく、受け身は完全に失敗した。


50点。
得点にしたらそれくらいだろうか。
俺の身体がクッションになった。キサラギは無事な筈。

ヤバい。

あんまり痛くない。

これって…


まあ、いいか。上出来だろ。


俺って、今イケメンだよな!

今が、人生の最盛期。
……あんまり嬉しくない……

キョトンとしたキサラギと目が合った。
キサラギは周囲を茫然と見回し、大の字に倒れた俺を視線に捉えたところで動きを止めた。

キサラギの顔が、見る見るうちに青くなる。

「あ、あああああああああああああああああああああ!」

本当にコイツはうるさい。

「違う違う!ウチが先輩を壊すわけない!ウチが先輩を壊すわけない!」


277 :依存型ヤンデレの恐怖 ◆a5x/bmmruE:2011/11/01(火) 00:45:09 ID:n30qBM32


未夢に抱き起こされる。

「……」

未夢は、コイツこそ取り乱すだろうと思ったが、様子が変だ。とても静かで、落ち着いた表情をしている。

それはなんだか、心地よくて…

少し、眠くなってきた。

「リューヤ、死ぬの?」

返事のかわりに、俺はチョコレートみたいな血を吐き出した。

「すぐ、逝くね」

ああ…そういうことか。
馬鹿な俺にもようやくわかった。
コイツは…未夢には俺しかない。
勉強もスポーツも駄目。体型にも恵まれない。何の特技もない。
未夢のどこを切っても、俺しか出てこない。
未夢の小さい身体には、俺に対する気持ちしか詰まってない。

それでか…キサラギが勝てないわけだ。


「未夢には、リューヤしかすることないもん」


何度も言ってたのになぁ…。


未夢にキスされる。
小さな舌が、これでもかと言わんばかりに俺の口腔を蹂躙する。

俺もまた、それに応える。

離れる。
血の雫が二人の間に伝う。


血の鎖で結ばれた二人。
それがなんだか心地よい。


なんだか、よく眠れそうだ…


「おやすみなさい、リューヤ」


未夢の頬に伝う、一筋の銀の雫。

なんだ…コイツ、やっぱりツラいのか。


びっくりしたぞ。落ち着いてたから。

俺は、そっと未夢の耳元に口を寄せる。


「起きたら…………やらせろよな……」



だから今は……



おやすみ…。