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283 :変歴伝 第二話『隣の花』 ◆AW8HpW0FVA:2011/11/01(火) 19:08:10 ID:DDgKlF9I
都では最近、血生臭い怪事件が続出している。
それは突如として現れ、暴風の如く人を殺していくのである。
漆黒の衣を身に纏い、白い面で顔を隠し、長髪をなびかせる殺人鬼は、
鉞で首ばかりを斬り裂いていくので、いつしか、刑天、と呼ばれるようになった。
しかし、道往く人々はこの刑天を恐れなかった。襲うのが、決まってごろつきだったからである。
検非違使が見向きもしないようなごろつき達の跳梁を、この刑天が解決してくれるのだ。
善良な人々は刑天に喝采を送り、ごろつき達は恐れ戦いた。

「刑天様だ、刑天様が降臨なさったぞ!」
白昼の都のとある一角に人だかりが出来ていた。既に三つの首なし死体が地に斃れている。
「うっ……うろたえるな!相手は所詮一人。数ならこっちが勝っている!」
ごろつきの頭が震える声で叱咤した。それを刑天は無慈悲な瞳で見つめていた。
悲鳴を上げて一人のごろつきが刑天に襲い掛かった。
鈍い音が轟いた刹那、首が宙を舞い、漆喰の壁に血玉が刻まれた。
一人、また一人と、ごろつき達は刑天の鉞に首を吹き飛ばされた。
「あっ……ありえねぇ……、数ではこっちが勝っていたのに……。
ばっ……化け物……うわぁああああああああああ!!!」
遂に一人になってしまった頭は、恐怖を抑えきれず逃げ出した。
ゆらりと動いた刑天は、鉞を下段に構え、勢いよくぶん投げた。
縦回転する鉞が、頭の背中に突き立ち、吹き飛ばした。
ゆっくりと歩み寄った刑天は、血反吐を吐き命乞いをする頭から鉞を抜き、
容赦なく首に振り下ろした。歓声が沸き起こった。
憎たらしい存在が無残に死ぬ瞬間というのは、今も昔も爽快極まりない。
そんな興奮を冷ますかのように、怒声が響いた。
騒ぎを聞きつけた検非違使が、刑天を捕らえようと人だかりに突入したのである。
一瞬にして混乱の坩堝と化した人だかりの中を、刑天はまるで蛇の如くすり抜け、姿を消した。


284 :変歴伝 第二話『隣の花』 ◆AW8HpW0FVA:2011/11/01(火) 19:08:39 ID:DDgKlF9I
刑天は走る速度を落とさず、とある路地裏まで来て足を止めた。
そこで鉞を地面に置き、黒衣に手を掛けようとした時、動きが止まった。
出入り口を塞ぐように、一人の男が立っていたのだ。身形からして武士のようである。
「やはりここに来ましたか。網を張っておいてよかったですよ」
「…………」
逆光で見えないが、男は笑っているのだろう、声が弾んでいた。
刑天は置いてある鉞に手を伸ばそうとした。
「安心しなさい。私は検非違使ではない。それに、君を役所に突き出そうとも思わない。
……少し、話をしたいだけです」
「…………」
刑天は伸びかけた手を引っ込め、男の方を見つめた。
「聞き分けがいいですね。二月で百人も殺められたのも、その冷静さがあってこそなのでしょう。
……話が逸れましたね。では、単刀直入に。……刑天、これ以上人を殺すのを止めよ」
「…………」
「お前はなにを偉そうに命令している、とでも言いたげですね。
ですが、君は聞かざるを得ない。君が我が家に仕えている以上、命令は絶対なのだから」
「…………」
「そういえば、まだ名乗っていませんでしたね。私は……小松、と名乗っておけばいいでしょう。では、これからの活躍に期待していますよ。君は我々の野望に必要な人材なのだから」
小松と名乗った男は去っていった。その後を、何人かの武士が付いていくのが見えた。
刑天は、それを見つめていた。


「三郎様、帰ってきてたのですか。随分と遅かったですね」
「あぁ、目当てのものが売り切れだったからな。探し回った」
そう言って、業盛は干し柿と干し桃を景正に見せ付けた。
甘いもの好きにとって、果物がなくなる事は死活問題であるため、
業盛は定期的に都に果物を買いに行っているのである。
早速、業盛は干し柿に噛り付き、至福の表情を浮かべた。
「ところで、今日も出たみたいですよ。刑天」
一瞬、業盛の表情が曇った。握っている干し柿の実が零れた。
「……そうか、今日は何人殺されたんだ?」
「八人、と聞きました。二月しか経っていないというのに、もう百人ですよ」
「そうか……」
食べかけの干し柿を一口で頬張り、業盛は背を向けた。
「平蔵」
「なんですか?」
「俺は今日から刑三郎(けいざぶろう)と名乗ろうと思うのだが、どうかな?」
「どうかなって、別にいいと思いますけど、なぜわざわざ……」
「聞いただけだ。気にするな」
景正の視線を背に受けながら、業盛は自分の部屋に戻った。


285 :変歴伝 第二話『隣の花』 ◆AW8HpW0FVA:2011/11/01(火) 19:09:40 ID:DDgKlF9I

年も明け、桃の花が咲き始める時季となった。
落ち着いた気候は、昼寝をするのには絶好だった。
いつものように仕事を終わらせた業盛は、縁側に寝転がり、春眠に勤しんでいた。
「刑三郎様」
が、その眠りを破る無粋者が声を掛けてきた。
薄っすらと目を開いた業盛は、無言で景正を睨み付けた。
「二十日後に強女祭(うずめまつり)が行なわれますよね……」
強女祭。百年前から続く五穀豊穣を願う祭りで、
強女という文字が示す通り、芸能の神であるアメノウズメの名が由来となっている。
しかしこの祭り、非常に奇特な事で知られている。
「それがどうしたんだ?」
「実は、刑三郎様に女装してもらいたいのですが……」
業盛の拳が、景正の顔面を打ち抜いた。ニ、三度跳ねた景正が、床に血道を作った。
この強女祭、女装をして参加してもいいという事になっているのだ。
アメノウズメが裸で踊った事を典拠としているらしいが、裸と女装は掛け離れている。
この言葉を真に受け、女装して参加する大人子供は数知れず、
子供が連れ去られる、男同士の野合が行なわれるなど、事件には事欠かない祭りなのだ。
「平蔵、次馬鹿な事を言ったら蹴りを入れてやる」
「お待ちください!これには深い理由があるのです!」
「深い……か……。言ってみろ」
「私と女装した刑三郎様が一緒になっているところを因幡に見せ付けるのです。
女装も、強女祭の期間中ですから、周りから冷たい目で見られる事はありません!」
業盛の蹴りが、景正のまずいところにまずい勢いで入った。景正はのた打ち回っている。
「あれほどお前の事を思っている因幡を、まだ遠ざけようというのか!
この愚か者め、恥を知れ!そして、死ね!」
業盛は部屋に戻ると、強く戸を閉めた。
春の日差しが降り注ぐ縁側、そこで一人悶え苦しんでいる男の図。なんとも無様な光景だった。


強女祭が二日と迫った頃、業盛は因幡に呼び出され、景正の部屋に入った。
「実は、刑様に極秘でお頼みしたい事があるのですが……」
「なんだ、因幡?」
「源蔵様の本心を聞き出してほしいのです」
「……はぁ……」
子供の頃の約束を一途に守ろうとするその様は、非常に美しく、いじらしいものである。
それ故、因幡の思いを踏み躙る景正に、業盛の怒りが再燃した。
「お前はなんであんな馬鹿に惚れ込んでいるんだ?はっきり言って、お前とあいつは不釣合いだ。
あいつの事など忘れて、他の者と付き合った方がいいのではないか?」
「刑様、言っていい事と悪い事がありますよ!」
「はぁ!」
よかれと思い口にした発言に、因幡が激しい拒否反応を示した。
囂々たる反論もとい惚気話が、堰を切って業盛に襲い掛かった。
「源蔵様は、誰よりも正義感の強い、とても優しいお方なのです!
子供の頃にいじめられていた私を、源蔵様は助けてくれました!
それだけではありません!私のような醜女に、かわいいと言ってくれました!
私が今、この様に生きていられるのも、全て源蔵様のお陰なのです!
私は源蔵様に救われました。だから、次は私が源蔵様を幸せにする番なのです!
源蔵様を幸せに出来るのは私だけ……、私だけなんです!」
床をバンバン叩きながら捲し立てる様は、どこか鬼気迫るものがあった。
「まさか、過去にその様な事があったとはな。素晴らしい馴初めだ。
……まぁ、あの馬鹿は忘れているだろうな。だからあんな事が……」
数日前の事を思い出し、多少呆れた業盛であったが、
ここまで言われて断るのは男が廃る。業盛は、因幡の頼みを聞く事にした。
既に業盛の頭には策が浮かんでいた。一度は断った景正の計画に乗る事にしたのだ。
早速、準備を整えるため、業盛は銭を握り締め、都に向かった。


286 :変歴伝 第二話『隣の花』 ◆AW8HpW0FVA:2011/11/01(火) 19:10:42 ID:DDgKlF9I
強女祭当日、祭りで人気の少ない五条橋の袂に、景正が一人立っていた。
忙しなく景正が辺りを見ましていると、その視界に一人の女が飛び込んできた。
五尺五寸(約165cm)の身長に、背中まで伸びた黒髪を併せ持った女が、
その光沢ある髪をなびかせながら、景正に近付いた。
「待っていましたよ」
「遅れて悪かったな、平蔵」
女の正体は業盛だった。
「それにしても、似合う似合うとは思っていましたが、ここまで似合うと恐ろしいですね。
これは童顔という理由だけでは片付けられませんよ。……まさか、刑三郎様にはそっちの気が……」
「阿呆、そんな訳があるか!」
景正の言う通り、業盛の女装は異常なほど似合っていた。化粧もせず、ただ髪を下ろし、
女物の服を着ただけでこの変わり様なのだから、世の女は形無しである。
業盛としては、自分の気にしている童顔を指摘されたので、むっとした表情を景正に向けていた。
「そんな事より、早く六波羅に行って、因幡に見せ付けましょう。これで因幡も諦めるでしょう」
「あぁ……だといいな……」
ちなみに、業盛は因幡に計画の事を告げていない。波乱が起きるのは確実だった。



「もうお前は必要ないから」
「えっ……」
「…………」
血も凍るような状況に、業盛は出くわしている。
業盛は、景正の事だから婉曲に言うのだろう、と思っていたが、
部屋について放たれたのは暴言だった。
目を見開き、こちらを黙って睨み付けている因幡。紅い瞳が薄っすらと濁っていた。
「意味が分からない、という顔をしているな。ならばもっとはっきり言ってやる。
もううんざりなんだよ。お前と一緒にいるのは」
「……あっ……あははっ……。一体なにを言っているのですか、源蔵様。
全然笑えないですよ。あはははは……」
「嘘など吐くものか。私はお前などよりも、素晴らしい女性を見付けたのだ。
素晴しい者に出会ったのならば、そちらに乗り換える。……当然の事ではないか、なぁ、葵」
葵、と呼ばれ、業盛は無言で頷いた。
「嘘……。嘘に決まってる!源蔵様がそんな事をする訳がない。お前……源蔵様になにをした!」
「止めろ、因幡!」
業盛に掴み掛かった因幡を、景正が突き飛ばした。
信じられない、というような表情を因幡は浮かべていた。
「お前はこれまで私になにをしてきた。……全て、お前の自己満足だったではないか。
その自己満足に付き合わされた私の事を、お前は今まで考えた事があるか?」
「あっ……えっ……ごっ……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
「またそれか。謝れば許してもらえると思ったら大間違いだ。
そんなに謝りたければ、一生そうしていろ」
「ごめんなさいごめんなさい……。気を付けますから……、
これからは源蔵様に迷惑を掛けないように気を付けますから、だから……」
「……行くぞ、葵。祭りに遅れる」
「…………」
「いやぁ……、行かないで……。源蔵様……げんぞうさまぁ!!!」
腹の中が抉られるような絶叫を背に、業盛は屋敷を後にした。


287 :変歴伝 第二話『隣の花』 ◆AW8HpW0FVA:2011/11/01(火) 19:11:13 ID:DDgKlF9I
やりきったという表情を浮かべる景正を、業盛は冷ややかな目で見ていた。
景正は、これで終わった、と思っているのだろうが、事がそんな簡単に収まるはずがない。
業盛はなんとなしに後ろを振り返った。祭りで湧く人ごみの中、
頭巾と布で顔を隠している不審人物が目に付いた。それが因幡であると、業盛はすぐに気付いた。
唐突にあんな事を言われて、はいそうですか、と諦める奴などいるはずがない。
「それにしても、もう女装の必要などないのに、……やっぱり気に入ったのですか、それ?」
「ここまできたら、最後までやってやるさ。
……ところで平蔵、もうやる事は終わったのだから、一杯やりたいのだが」
「あっ、いいですね。では、酒家に行きましょう」
「込み合っている所ではなく、空いている所で酒を飲みたいな」
とにかく、まずは人気ない場所に平蔵を誘導する必要があった。
幸いにも、祭りの影響で空いている酒家を探すのは造作もない。
業盛と景正は、祭りの喧騒の中から抜け出した。


町外れで酒家を見付けた二人は、そこに腰を下ろした。
「さてと、いい加減教えてもらおうか、平蔵」
業盛はあえて大きな声を出した。外で耳を立てている因幡に聞こえるほど大きく。
「なんですか、いきなり大声なんか出して」
「こっちはしたくもない女装までしてお前の縁切りに付き合ってやったんだ。
お前が因幡の事を、本当はどう思っていたのか、聞いたって文句はないだろ」
「だからそれは……」
「さっき因幡に言った事が全て、とでも言うつもりか?馬鹿言うなよ。
本当に迷惑で、十数年間もあいつの世話を、例え愚痴りながらとはいえ、受けてきたというのか?
俺にはお前がなにかを隠しているようにしか見えないんだが……、正直なところ、どうなんだ?」
景正が俯いた。それがしばらく続き、やっと口を開いた。
「……そんなの、決まってるじゃないですか。大好きですよ。愛していますよ」
「ハッ……」
「始めて見た時からずっと、因幡は私の憧れでした。
出来る事なら、因幡を自分のものにしたかった。
……とは言っても、私と因幡が不釣合いである事くらい分かっていました。
彼女はいずれ私よりも素晴らしい男と祝言をあげる。分かりきった事です。
ならばせめて、少しでも仲良くなりたい。
そう思っていた時に、いじめられている因幡を見て、それを助けました。
……打算的だと笑わないでくださいよ。
その時はなにがなんでも親しくなる切欠が欲しかったのですから。
しかし、それがそもそもの間違いだった。因幡は、私のお嫁さんになる、と言い出したのです。
それからは、以前にも言った尽くしっぷりです。
やりすぎですが、それだけ愛してくれているというのは痛いほど分かります。
ですが、私はその愛を受けきれるような器ではないのです。
彼女は私のような田舎武士と付き合ってはいけないのです。だから、私は……」
業盛は素直に驚いた。忘れていると思っていた馴初めを、景正も覚えていたからだ。
それどころか、相思相愛だった。これほど幸せな事はない筈だというのに、
景正の訳の分からない気遣いが、それを全てぶち壊していた。
「(こいつ、なに馬鹿な事言ってるんだ。恋をするのに理由なんか必要ないだろうに。
なのにこいつは、仕方がない、これが定めだ、などと自分を特別扱いしやがって……。
というか、因幡が平蔵の嫁になると言って、一族の者が誰も咎めなかったのだから、
政略結婚はないと分かるだろうに。そんな事も分からんのか、こいつは。あぁ~いらいらする)
……そうか。辛い事を聞いてしまったな。……平蔵、飲もう。俺がおごってやる」
「ありがとう……ございます……」
「さぁてと、辛気臭い話はこれで終わりだ。
今日は飲むぞ!思いっ切り飲むぞ!潰れても、粉になっても飲むぞ!」
「はい!」
「平蔵の縁切りに、乾杯だ(まぁ、縁を切るのは因幡ではないがな)!」
俄かに、寂れた酒家が騒がしくなった。


288 :変歴伝 第二話『隣の花』 ◆AW8HpW0FVA:2011/11/01(火) 19:11:39 ID:DDgKlF9I
酒家から出てきた頃には、景正は正体なく酔っ払っていた。
一方の業盛も、大量に酒を飲んだというのに、顔色一つ変えていない。
服を着替えた業盛は、酔っ払って動けない景正を背負い、六波羅に帰還した。
空は既に薄暗くなっていた。
「入るぞ、因幡」
景正の部屋の戸を開けると、そこには顔を真っ赤に染めた因幡がいた。
「既に知っているとは思うが、葵は俺だ。それに、こいつの本心も、分かっただろう?」
「気付いていたのですか……」
「あの程度で諦める奴ではないと分かっていたからな。怒鳴ったのには驚いたが……」
「あれが女装だったなんて、全然気付きませんでした。私、もう少しで……」
「まぁ、事前に相談しなかったこちらも悪かった。
平蔵はここに置いていくぞ。後は好きにしてくれ」
業盛は部屋から出た。ここから先は二人の問題である。
やるべき事をやった業盛に、心残りはなかった。




この日を以って、景正と因幡は正真正銘の夫婦となった。


289 :変歴伝 第二話『隣の花』 ◆AW8HpW0FVA:2011/11/01(火) 19:12:25 ID:DDgKlF9I
武士が武芸に励むのは、別におかしな事ではない。
業盛と景正は、温かい風が吹き始めた空の下、木刀で激しく打ち合っていた。
一見すると、一方的に打ち込み、圧倒している景正が有利のようだが、
防戦一方であるはずの業盛は、涼しい顔で全ての打ち込みを捌いている。
徐々に景正の剣速が落ち始めた。木刀を振り下ろした際、動きが一瞬止まった。
間髪入れず、業盛は木刀を叩き落し、返す勢いで剣先を景正の眼前に据えた。
「どうした、平蔵。大会まで日は少ないんだぞ。もっとしゃんとしろ」
夏と冬に、六波羅では郎党を集めて武術大会が行なわれる。
この大会は優勝者に褒美が与えられるため、参加者が非常に多い。
去年のごたごたのせいで大会に参加できなかった業盛にとって、
自分の存在を家中に示すのに絶好の機会という訳である。
静かな闘志を燃やす業盛とは対照的に、景正はぐったりとしていてまるでやる気が感じられない。
それどころか、じろりと業盛を睨み付けた。
「ここのところ、因幡が寝かせてくれないんですよ」
「それは幸せな悩みだな。俺も分けてもらいたいぐらいだ」
「……過ぎてしまった事はどうしようもありません。私も男ですから責任は取ります。
……ですが刑三郎様、あなたは私の話を聞いていたのですか!?」
「あぁ、聞いたさ。しょうもない事でぐだぐだ悩んでいた阿呆の戯言をな。
背中を押してやったんだからありがたく思いな」
「あのですね、そもそも私が芝居をしたのは……」
「まぁまぁ、二人共静まって」
口論に発展しそうになった二人の間に、一人の男が割って入った。
服部弥太郎正連(まさつら)。ここ最近知り合った郎党仲間である。
歳は十六。背は業盛より一寸低く、面長に糸目が特徴的な人物である。
飄々としたしゃべり方から胡散臭さを感じはするが、
至って誠実な人物である、と業盛は心評している。
「刑兄は、因幡さんと源蔵さんの事を思ってやったのですから悪意はありません。
それに、源蔵さんもせっかく結ばれたのですから愚痴らない。因幡さんに聞かれたら大変ですよ」
「……分かったよ」
「分かってもらえれば……あっ……」
正連が間の抜けた声を出した。正連の視線の先を見つめた業盛も、
その原因に気付き声を出した。
「二人共、一体どうし……『源蔵様ぁ!』うぉ!」
因幡が景正に抱き着いた。
「こんな所にいたのですか。昼食の用意が出来ましたので、早く来てください」
「因幡、汚いから離れなさい」
「源蔵様に汚いものなどありません。んぁ……、源蔵様の汗の匂い……」
「嗅ぐな!っ……首筋を舐める……って、ちょ、待て!そこは止め……」
「源蔵様、源蔵様、げんぞうさまぁ……」
時も場合も場所も弁えず、因幡が景正にべた付いている。
それもおそらくは愛がなせる業なのだろうが、少々目障りであった。
「弥太、少し散歩に付き合ってくれ」
「……いいですよ」
業盛と正連は、さっさとその場を立ち去った。


290 :変歴伝 第二話『隣の花』 ◆AW8HpW0FVA:2011/11/01(火) 19:12:48 ID:DDgKlF9I
大会当日、張り詰める空気の中、これ以上もないほど、業盛は気合が入っていた。
なにせ、大会の優勝者に与えられる褒美が領地だと知ったからだ。
なんでも、その領地の前任者には子も親戚もおらず、流行り病で亡くなってしまった。
本来ならばすぐに後任の者を送るのだが、ちょうど武術大会が近いのだから、
いっその事、優勝者を後任にするのはどうか、という提案をする者がいて、
皆がその話に乗った結果、今回の褒美が実現したという訳であるらしい。
狭小で、兵の動員数も期待できないため魅力に欠けるものの、
領地のない業盛にとって、それは喉から手が出るほどほしいものだった。
功名心と物欲が絡んだ業盛は恐ろしく強い。今回も、それが大いに発揮された。
業盛と対峙する者は、放たれる殺気に手も足も出せず、
例えその殺気に耐えた者がいたとしても、刀を振る前に業盛の一撃に沈んだ。
業盛の斬撃は目視も敵わず、気付いた時には褥の上という凄まじいものである。
このため、誰一人として業盛の快進撃を止める事の出来る者はおらず、
途中で顔色の悪い景正を一蹴し、正連を気絶させ、遂に優勝してしまった。
こうして、なんの盛り上がりもなく武術大会は終了した。

大会翌日、業盛は呼び出され、領地授与の儀が行なわれた。
取り仕切ったのは清盛の嫡男重盛である。重盛の家中での評判は頗る良い。
文武両道にして、優れた孝徳を併せ持つ、次代を嘱望される逸材である。
それほどの人物に褒め称えられているというのに、業盛の表情は暗かった。
式典も終わり、立ち上がろうとした業盛に、重盛が歩み寄った。
「業盛、君の活躍には大いに期待していますよ」
「はい」
「分かっているとは思いますが、領主は常に民の鏡でなければなりません。
放逸を行ない続ければ民に棄てられる。その事を忘れないように」
「……肝に銘じます」
ゆっくりと立ち上がった業盛は、深く頭を下げ、そそくさと立ち去った。
そんな業盛を、重盛は掴みどころのない笑みで見送った。