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241 :ヤンデレの娘さん 転外 やんでれほてるのこわれもの ◆yepl2GEIow:2011/10/30(日) 23:16:19 ID:xq02LOt2
 英国のとある街にある宿。
 住人全員が行方知れずとなった貴族の屋敷を改装した建物。
 看板は血濡れた三日月の意匠。
 狂気と狂喜を孕んだ客が集う場所。
 去る者は許すが来る者は決して拒まない。
 オーナーは謎めいた男、ミスター・クレセント。
 建物の名をクレセント・イン。
 またの名を―――



 クレセント・イン。
 主に観光地として成立しているこの街にある宿泊施設の1つ。
 そこにある食堂で、俺は夕食を取っていた。
 目隠しをした黒髪の女性を伴う、この施設のオーナーと共に。
 「役割、と言う物についてどう思う?」
 と、施設のオーナーである仮面の男、ミスター・クレセントは唐突に言った。
 「役割、か?」
 と、俺はフォークとナイフを動かしながら、馬鹿みたいに聞き返した。
 俺ことエリック・リーランドは。
 「そう。例えば私ことクレセントはこの宿の主で、エリックは我が友でこの街の刑事だ」
 「無駄に説明的な台詞だな」
 「その説明で本当に理解できるのか、と思ってな」
 「?」
 この男は何を言っているのだろう。
 「つまりだな、小説の登場人物一覧、等でもしばしばこうした役割が記され、それで人物を説明するだろう?」
 「ふんふん」
 ホームズ:名探偵、とか、レストレード:刑事とかそんな感じか。
 「それで、その説明だけでその人物の総体を表現し尽くしたと言えるのだろうか、と」
 確かに、『名探偵』というフレーズだけでそのキャラクターを説明しきるとか無理ゲーだろう。
 人によって色々なイメージがあるだろうし。
 「そもそも、1キャラでも結構色々な役割と言うか属性と言うか、そう言うのが付いてるからなぁ」
 「さすがだな、我が友よ」
 「?」
 「たったこれだけのやり取りで僕の話したいことに辿りつくとは。いやはや流石エリックとしか言いようが無いな」
 と、勝手に納得する仮面の男。
 「ちょっと待て、勝手に納得されてもどういうことなのか分からん」
 「ああ、済まないな、我が友よ」
 ステーキを嚥下して、改めてクレセントは説明する。
 「人間という生き物は、様々な役割を背負い、演じる必要がある訳だ」
 「まぁね」
 「で、だ。人が何かをする時はその役割に基づくものなのか、はたまた個人の感情に基づくものなのか―――それが僕にはどうしても理解できないのだ」
 「何と言うか、哲学的と言うか、自分探しの旅をする中学生みたいなことを言うなぁ」
 と、言いながら俺は付け合わせのパスタをフォークに巻きつける。
 その横で、従業員の娘が空いた皿を下げる。
 「それこそ、小説でもそこをネタにした作品もあるよな。情と仕事と板挟みになる、みたいな」
 刑事モノとかな、それこそ。
 「その場合の、情とは何なのだろうな」
 「そりゃ、仕事じゃないところ、プライベートの部分から来るんじゃないか?」
 「プライベートの空間でも、役割はあるだろう。例えば、私は妻の夫であるし、君にも家族の中での役割もある」
 「お前の言い草だと、まるで感情なんて無いみたいだな」
 「そうかも、しれないな」
 クレセントは言った。
 「時々分からなくなるのだよ、私は。そう言う役割だからそうしているのか、そうしたいからそうしてるのか、な」
 そう笑うクレセントの声は、どこか悲しげに聞こえた。


242 :ヤンデレの娘さん 転外 やんでれほてるのこわれもの ◆yepl2GEIow:2011/10/30(日) 23:17:02 ID:xq02LOt2
 食後、俺はクレセント・インから帰宅することにした。
 「泊って行けば良いものを、我が友よ」
 帰る時に、クレセントは名残惜しそうに言った。
 「泊って、って金取るんだろ?」
 「まぁ、宿だからな」
 「なら止めとく。それに、明日も仕事だし」
 「大変だな、公僕は」
 そんなやり取りの後、俺は紫がかった髪の従業員の少女に見送られ、寮へと戻る。
 「また、何も掴めなかったな」
 俺は夜道で呟いた。
 『曰く』があることを売りにした建物は数多いが、クレセント・インもその1つ。
 それも、作り話では無く本物なのだ。
 一夜にして住人が1人残らず姿を消した館、それを改装したのが今のクレセント・イン。
 実を言えば、俺はその『曰く』を、謎を追っている。
 刑事としての仕事とは関係なく、個人的な事情と感情で。
 「こう言う考え、クレセントには分かんねーんだろうなぁ」
 そう呟いて、彼の寂しげな表情を思いだし、すぐに追い出す。
 クレセントに近づいたのは、クレセント・インの謎に近づくため。
 それを、彼も知らないはずもない。
 クレセント・インの謎を追う過程で、周辺を調査し、関係者に近づこうと、必死で行動した結果。
 この街の影の支配者とも言われる謎の男クレセントに、拍子抜けするほどあっさり接触することができた。
 仮面に隠れた彼の真意は、未だ分からないけれど。
 俺の追う謎の真相は、行方不明の住人の行方は、未だ分からないけれど。
 そんなことを考えている内に、寮の自室に辿りつく。
 「鍵が開いてる……」
 ギィ、と自室のドアを開くと、清掃員の女がいた。
 「すみません。清掃していて」
 事務的に答える清掃員。
 「ここの寮は部屋の中まで掃除してくれるのか?」
 「不用でしたか?」
 「いや、ありがとうな」
 「はい!」
 今までのクールな印象とは異なり、華のような笑顔を清掃員は浮かべた。
 掃除を終え、出ていく彼女の後姿を見て、1つのことに気が付いた。
 帽子に隠れて見えなかったが、彼女の髪が紫がかった色をしていることに。







 その頃、
 クレセント・イン、オーナー自室にて
 「ヴァイオラくんは今日もエリックの所か」
 パチ、と将棋の駒を動かしながら、クレセントは言った。
 「ええ、そうよ。やっぱり、好きな人のことは少しでも知りたいもの」
 そう言って、駒を動かすのは彼の妻、レディ・クレセント。
 目隠しとボールギャグを外し、ウィッグも外して美しい金髪が晒されている。
 「私たちの昔を思いだすな」
 「昔って、まだほんの数年前じゃない」
 「数年か」
 パチ、と駒を動かしてミスター・クレセントはしみじみと言った。
 「たったそれだけで、全てが変わってしまったな」
 「何も変わって無いわよ、少なくとも私達の想いは」
 パチ、とレディが駒を動かした。
 「それさえ変わらなければ、あとはどうだって良い。そうでしょ?」
 「…そうだな」
 駒を動かしながら、クレセントは答えた。
 「王手」
 パチン、と駒が置かれる音が響いた。


243 :ヤンデレの娘さん 転外 やんでれほてるのこわれもの ◆yepl2GEIow:2011/10/30(日) 23:17:35 ID:xq02LOt2
 クレセント・イン
 そこは、かつてブラッドライン邸と呼ばれた建物。
 昔からこの街一帯を治め、政財界に大きな影響力をもつ有力貴族、ブラッドライン家の末弟、アムレート・ブラッドラインの邸宅。
 有力貴族、と言ってもアムレートは自由な立場には無かった。
 むしろ、末弟であるがゆえに、いずれは権力争いに利用される宿命。
 「どいつもこいつも手前の欲ばかり。上等だ。そっちがその気なら、全員おれが―――喰ってやる」
 アムレートがそう思ったのかは分からないが、彼は大学を出てすぐに起業した。
 成功の為にアムレートは手段を選ばなかったらしい。
 家名を利用することも、どんな屈辱的な手段も、どんなイリーガルな手段も。
 彼に逆らえば、その側近の少女に殺される。
 そんな噂が流れるていた。
 「アムレート様のためなら、どんなことでも知てみせる。どんな、ことでも。だから……」
 とはいえ、その企業はたった数年で大きく成長し、アムレートは30歳になる前には青年実業家として社交界に名を知られるようになっていた。
 そんな折、アムレートの元に実家から縁談が舞い込む。
 日本、いや世界に影響力を持つ財団鬼児宮家。
 その娘フィリアとの結婚話。
 30近いアムレートと、高校を卒業したばかりの鬼児宮フィリア。
 明らかにアンバランスな相手。
 政略結婚であることは明白だったが、敢えて罠に飛び込む様な大胆さでアムレートは結婚を了承した。
 ブラッドラインも鬼児宮も、いずれ全て支配するつもりなのかと噂されたものだった。
 その噂通り、結婚後アムレートの会社は破竹の勢いだった。
 しかし、一方のフィリアは日に日に精神を病んでいったという。
 望まれぬ結婚を憂いてか。
 権力争いに利用される身の上を嘆いてか。
 はたまた、故郷から、友人から、愛する者から引き離されたことを悲しんでか。
 「このまま生きていれば、貞節を守っていれば、いずれあの人と再会できるかもしれない。でも、苦しいよ…。助けてよ…」
 助けの声が届くはずもなく、フィリアの心の病みは奇行や夢遊病じみた深夜徘徊といった形で周囲に現れるようになったと言う。
 ブラッドラインの奥方は悪魔に取り憑かれた。
 街にそんな噂が流れるほどに。
 そんなある日、ブラッドライン家の住人が一夜にして消えた。
 誰も彼も。
 アムレートも。
 そして、フィリアも。
 その行方は、今も分からない。
 狂ったような少女の笑い声が響く夜のことだったとも、時同じくして謎めいた美貌の人物が目撃されたとも言われているが噂は噂。
 持ち主がいなくなり、買い手もいなかったその邸宅を買い取ったのが、どこからか町に流れ着いたクレセント夫婦だった。
 以上、俺ことエリック・リーランドが把握している旧ブラッドライン邸=クレセント・インについて知っている全情報。








 「旧ブラッドライン邸について突っ込むのは、もうやめとけ」
 数日後、俺は署の廊下で上司からそう言われた。
 後ろでは、紫がかった髪の清掃員が掃除機を押している。
 「それは圧力、ですか?」
 「いいや、個人的な忠告だ」
 上司は首を振った。
 「新聞屋のメシのタネになりそうなモンはとっくの昔にブラッドライン家が処分してるだろうな」
 「と、なると鬼児宮の……」
 「いや。ブラッドラインにせよオニゴミヤにせよ、連中ならきっともっと上手くやってる」
 上司は答えた。
 と、なるとお偉いさん方の勢力争いということでもないのだろうか。
 「なら、どうして」
 「刑事のカンだ」
 真顔で漫画みたいなことを言われた。
 「血みどろの勢力争いの残骸なんざ漁るモンじゃねぇよ。ロクな物しか出てくる訳が無ぇ」
 そう言って、上司は煙草に火を付けた。
 「行方不明になる前に、フィリア・ブラッドラインに会ったことがあるが、ヒドいモンだったぜ。頬はこけ、キレーだった金髪はくすみ、目は死んだようだった」
 「……」
 「お前が漁ってるのは、若い娘をそんな風に変えちまうような、ドロドロの悪意の世界なんだよ」
 フゥ、と煙を吐き出す上司。
 「やめとけよ、もう。捜索願が出てる訳じゃねぇし」
 「それでも」
 と、俺は言った。
 「消えた住人達には家族がいる、友人がいる。教師がいる。その人たちの想いがある。だから、このまま迷宮入りって訳にもいかないでしょう」
 個人の想いと、刑事(役割)としての使命を乗せて、俺は言った。
 「分かったよ。忠告は、したからな」
 嘆息して、上司は言った。


244 :ヤンデレの娘さん 転外 やんでれほてるのこわれもの ◆yepl2GEIow:2011/10/30(日) 23:17:58 ID:xq02LOt2
 故あってブラッドライン邸に関する『曰く』を追い、その真相になかなかたどりつけないものの、それでも前進したと感じることもある。
 その1つが、今の持ち主であるクレセントと『友達』になれたことだ。
 刑事であるからと言って、捜査令状も無いのに旧ブラッドライン邸ことクレセント・インを堂々と調べる訳にはいかない。
 さりとて、地元の人間が客として泊るのも、全く不自然ではないだろうが何度も出来ることではない。(……金銭的にも)
 そんな訳で、クレセント・インの捜査活動はどうしてもコソコソとしたものにならざるを得なかった。
 なるべく静かに、誰にも気づかれないように活動していた俺だったが、それは本当に誰にも気づかれない意味であるはずもなく。
 「失礼、そこな紳士。このクレセント・インに何か御用かな?」
 数ヶ月前のその日、クレセント・インを調べていた俺はそう声をかけられた。
 声のした方を振り向くと、1組の男女が居た。
 洋装仮面の男に、目隠しの女。
 声をかけてきたのは男、クレセントの方だったようだ。
 彼が、今この館の主であることを、当然ながら俺は知っていた。
 どうするべきか、一瞬迷ったが、嘘を言っても無駄だろうとすぐに気付いた。
 恐らくは向こうも俺を不審に思って声をかけたのだろうし、何より俺は嘘が上手な性質では無い。
 「この旧ブラッドライン邸の曰くを調べている」
 俺は、そう正直に言った。
 「何故かな」
 「私情だ」
 俺は即答した。
 「ほう…」
 気のせいか、クレセントが驚いたように見えた。
 「成程それはこちらとしてもありがたい話。つまらぬ曰くや噂でこの場所が怖がられているらしく、困っていたのだ。何しろ、この屋敷は今は宿泊施設だからな」
 クレセントは意外な反応を見せた。
 「客寄せになるんじゃないか、そう言う話は」
 「宿泊施設は親しまれてこそだからな」
 「なるほどな」
 「しかし、驚いたな。この町の人間は、皆ブラッドラインとやらの出来事を随分と畏れているようだったのに、君はその事情にむしろ積極的に介入しようとしてる」
 「ま、こっちにも色々あってな」
 クレセントの言葉に、俺は肩をすくめた。
 「なるほどな…」
 妙に感心した風な仕草をするクレセント。
 「時に、君。名前は何と言うのかね?」
 「あ?」
 藪から棒に名前を聞かれた。
 「私は、ここではクレセントと呼ばれている。君は?」
 随分と普通(でもないか)に名乗られた。
 そう言われて名乗らないのは英国紳士として失礼だろう。
 「エリック。エリック・リーランドだ」
 「そうか。いきなりだが、勇敢なるエリック。君の勇気に敬意を表して、頼みごとがある」
 「何だ?」
 いや、本当に何だこの展開。
 「私と、友達にならないか?」
 その唐突な言葉から、俺とクレセントの奇妙な交流は始まった。







 こうして、クレセントと『友達』になったことで良いことがいくつかある。
 それは、クレセント・インに出入りしやすくなったこと。
 いや、良い飯を食えるようになったとかそう言う理由で無く。
 邸宅に残された様々な手掛かりを探すことができるのだ。
 「さすがに、シャーロック・ホームズのようにはいかないけどな」
 そう呟いて、館の内側の外壁の周りを歩く。
 「ウン?」
 その一点に奇妙な違和感を感じて、凝視する。
 かすれて見辛いが、何か文字のようなものがびっしりと刻まれている。
 「一本の線と四角形……いや、もしかして四角の真ん中にも線が入ってる?」


245 :ヤンデレの娘さん 転外 やんでれほてるのこわれもの ◆yepl2GEIow:2011/10/30(日) 23:18:22 ID:xq02LOt2
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日
一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日


246 :ヤンデレの娘さん 転外 やんでれほてるのこわれもの ◆yepl2GEIow:2011/10/30(日) 23:19:23 ID:xq02LOt2
 文字で表すとこんな所だ。
 そう言えば、鬼児宮フィリアの出身は日本だったはず。
 だから、この図形、いや漢字は、
 「いち、にち。A day?」
 読み方は分かったが、意味が分からない。
 日付を付けるならともかく、何で同じ『一日』だけびっしりと書く必要があるのか。
 「外国語、お出来になるんですよね」
 と、唐突に後ろから声をかけられた。
 「誰だ!」
 思わず懐に手を入れて(勤務時間外なので何もない)後ろを振り向くと、クレセント・インの従業員が立っていた。
 紫がかった髪に眼鏡。
 クールな印象を受ける若い娘だ。
 「ヴァイオラ・イリリアです」
 「ああ、従業員の人か。驚かせて悪いな」
 「いえ……」
 一礼する紫がかった髪の従業員。
 宿泊施設で働いているだけあり、如才の無い、美しい動作だった。
 「ブラついてたら、変わった物があったんでな」
 と、俺は『一日』とびっしり刻まれた壁を親指で示した。
 「何だと思う?」
 「私などには見当もつきません」
 クールに被りを振るミス・イリリア。
 「リーランド様ほどの名刑事なら、事情は異なるのでしょうが」
 「止せよ」
 照れ臭くて、思わず頭をかいた。
 「ですが、異国の言葉を習得されていらっしゃる刑事など、そうはいないのでは?」
 「この辺は外国人観光客も多いしな。それに、妹が日本で教師やってるから、その影響」
 自分とは縁の無い極東の島国、と馬鹿にしたものではないのだ。
 随分前、勤務中に日本人に道を教えたこともあるし(俺はおまわりさんか)
 「それでも、素敵だと思います」
 少しはしゃいだ様子で、ミス・イリリアは言った。
 どうやら、彼女の内面はクールな見た目とは異なるらしい。
 「それで、私を以前助けて下さいましたし」
 ミス・イリリアの言葉で思いだす。
 ああ、そうだ。
 俺がその日本人に道を教えた理由。
 街を歩いていたら、意味の通じないカタコトの英語を離す日本人観光客に話しかけられ、困惑していた少女がいたから。
 妹の勤める日本の学校からのビデオメールで、日本の訛りだろうとアタリを付けた俺が少女の代わりに道を教えたのだ。
 その時の少女は、確か眼鏡に紫がかった髪で……。
 「あれがミス・イリリアだったのか。こんな所で出会うなんて世間ってせまいのな」
 「いいえ」
 俺の言葉に被りを振って、ミス・イリリアは続けた。
 「これは、運命です」


247 :ヤンデレの娘さん 転外 やんでれほてるのこわれもの ◆yepl2GEIow:2011/10/30(日) 23:19:44 ID:xq02LOt2
 結局、その日は大した手掛かりの見つけられないまま寮に戻った。
 やはり、勤務と並行して調査をするのは難しいものがあるのかもしれない。
 そんなことを思いながら、自室のベッドに横になっていると、電話が鳴った。
 「もしもし?」
 寝転びながら、受話器を手に捕る。
 『Hi,bro(ハイ、兄さん)。元気してますか、リック』
 妹、エリスの軽快な声が聞こえた。
 日本からの国際電話か。
 妹は、日本で教師をしている。
 妹と言っても、歳は1つしか違わないのだが。
 「まぁ、そこそこな。そっちはどうだ?」
 『元気ですよ。元気過ぎて困るくらいです』
 「それ、自分で言う言葉じゃねぇ。そんなに元気なら、そっちで旦那でも探したらどうだ?お前ならどんなハンサムでもマッチョでも、男なら引く手数多だろ」
 『Yak……(ウゲェ……)』
 「何か言ったか?」
 『ノンノン何も。学校と言う職場は意外と出会いの無い所なのです。探したくてもいない物なのです』
 あからさまに話をそらされた。
 『それよりも、リックの方こそどうなのですか』
 「刑事課だぜ。ンな男臭い職場で、出会いなんてあるわけねぇって」
 『私と同じじゃないですか』
 「お互い、婚期を逃しちまいそうだな」
 「まったくです」
 そんな風に、いつものように笑い合う。
 「悪いな、エリス」
 会話が途絶えた折に、俺はポツリと言った。
 「何が、ですか?」
 「全然進まねぇや、お前の生徒の捜査」
 アムレート・ブラッドラインに嫁いだ鬼児宮フィリア。
 彼女は日本にいた頃、妹の生徒だった。
 それが行方不明になって、平静でいられる理屈は無かった。
 それが、俺が旧ブラッドライン邸、クレセント・インの謎を追う理由。
 「気にしないで下さい、リック。ハードワークになるのは分かっていたことです。それより、あなたの方が心配です」
 「ああ、大丈夫だよ。必ずお前の大事な生徒を見つけ出す」
 『無理しないで下さいね、本当。フィリアは私の大切な生徒で、彼女を大切に思う生徒達もいますけど、同時にリックは私の大切な家族です』
 「覚えておくよ」
 そして、エリスは俺の大切な妹であることも。
 「必ず、真実を突きとめて見せる」
 『真実が必ずしも人を幸せにするとは限りませんけどね。私はただ、あるかもしれない希望を捨てたくないだけです。ただ、憶病なだけなんです』
 Sorry,brother(ごめんなさい、お兄さん)、とエリスは小さく言った。
 彼女が俺のことをリックともbro(兄さん)とも呼ばないのは、とても珍しいことだった。
 「謝るなよ、ンなこと。それこそ気にするなだ。可愛い妹に頼られて俺としては嬉しい位なんだぜ」
 『可愛い、なんて言葉が似合う歳でも無いですけどね、お互い』
 「ブハハハ!違いねぇ!」
 空元気で笑いすぎた。
 「あだ!?」
 妙な勢いが付いて、ベッドから転がり落ちてしまった。
 『大丈夫ですか、リック?スゴい音がしましたケド』
 「あー、悪い、エリス」
 ベッドから転がり落ちて、ベッドの下がよく見える。
 刑事課の仕事で培われた観察眼が、自然に発揮されてしまうくらいに。
 「電話切るわ、この辺で」
 『オ、オーケー。また会いましょう、リック』
 「ああ」
 手短に言って、俺は電話を切った。
 そして、ベッドの下に手を伸ばす。
 違和感を感じた個所に、感じたくもなかった手ごたえ。
 それを乱暴に引き抜き、靴の裏で踏み潰す。
 「盗聴器……」


248 :ヤンデレの娘さん 転外 やんでれほてるのこわれもの ◆yepl2GEIow:2011/10/30(日) 23:20:13 ID:xq02LOt2
 数日前
 「妹なら、私にもいたことがあったな」
 と、クレセントが言った。
 「へぇん、どんなコだ?」
 内心驚きながら、俺は聞き返した。
 クレセントがプライベートなことを語るのは、それが初めてだった。
 外からは分からないが、それだけ俺に心を許している、ということなのかもしれない。(そうでないかもしれない)
 「恐ろしいのが1人、大人しいのが1人。その2人だな」
 「恐ろしいんかい」
 ウチの妹とも喧嘩して勝った試しが無いが、恐ろしいとは思わなかったぞ。
 「個人的に脅威と言う訳ではないがな。その性的嗜好が恐ろしいのだよ。内心、嫌悪していたと言っても良い」
 そう語るクレセントだったが、気のせいかどこか嬉しそうに見えた。
 「んじゃ、もう1人の方は?」
 「何かにつけて私に着いてくる、かわいい奴だったよ。カルガモの親子のようにな」
 「極端だなぁ、オイ」
 「良く言われる」
 と、言うよりクレセントはここまでペラペラと話して良いのだろうか。
 いや、良いのか。
 先ほどから性格的な部分ばかりで、出身などそれ以外の部分には全く触れていない。
 「妹さん達とは連絡取ってるのか?ウチはしょっちゅう電話してるけど」
 少しでも情報を引き出そうと、俺は更に踏み込んだ話題を振った。
 「いいや。言っただろう、『いたことがあった』と」
 つまりは、過去の話と言う意味で。
 「縁を切ってきたのだよ、否、縁を切り捨てたと言うべきかな。だから、今2人がどうしているのか知る由も無い」
 歌い上げるような流暢さで、あっさりとクレセントは言い放っちやがった。
 「い……や……」
 それに対して、俺は理不尽な怒りが沸いてくるのを感じた。
 「家族は、大事だろが……。捨てんなよ、家族……!」
 多分、これは俺が妹と仲が良いからこそ出る身勝手な言葉。
 それでも、言わずには言われらなかった。
 「正当な怒りだな。否、正義の怒りと言うべきか」
 欠片も怒りを隠せていない俺の言葉に動じた様子も無く、クレセントは言った。
 「オフで警官振るつもりもねーけどな」
 謝らないけどな。
 ショッキングな告白を何でも無いことのようにのたまう馬鹿には。
 「とは言え、我が狂乱家族は私がいなくても十分に生きていける。私がどこに居ようとどこに居まいと、生きていようと死んでいようと、あの子達には同じことだ」
 それがクレセントの本音なのか、自分に言い聞かせているだけなのかは、俺には分からない。
 「それで良いのかよ、お前……」
 「良いも悪いも無いさ」
 言葉だけはあっさりと、クレセントは答えた。
 「私はレディの夫で、この宿の主で、この町の住人。今となってはその役割を全うするだけさ」
 「全うするだけ、って……」
 「それ以外のモノが邪魔になるなら、仕方あるまい?」
 そう言って、クレセントは形の良い笑みを浮かべた。
 それが、本心から来るものなのか、それとも役割を演じているだけなのか、俺には分からなかった。


249 :ヤンデレの娘さん 転外 やんでれほてるのこわれもの ◆yepl2GEIow:2011/10/30(日) 23:20:40 ID:xq02LOt2
 時系列は現在に戻り、盗聴器を見つけた次の日のこと。
 「やっぱ、あそこには何かがあるんですよ!」
 「ってぇ、壊れた機械を見せられただけじゃなぁ」
 壊した盗聴器を片手に息巻く俺に対して、上司は頭をかきながら言った。
 「お前の部屋にコレが仕掛けられてたって主張しても、それだけで事件性があるかどうかは微妙だからなぁ」
 「俺が信用できないってンですか?」
 「そうじゃぁ無ぇよ」
 どこか困ったように、上司は言う。
 「ただ、俺としては余計お前に手を引いてもらいたくなったな。さわらぬ神に祟り無し、って東洋のことわざにもあるだろ?」
 「警察官の台詞ですか、それ」
 「ミスター・クレセントは町の名士だしなぁ。若いのに、この町のために色々やってくれてる」
 「色々?事実上の支配じゃないですか?」
 「みなまで言うなよ・・・・・・」
 古くからこの地を治めていたブラッドライン家の人間がいなくなり、この街は壊滅の危機にあった。
 そこにすい星のごとく現れ、この街の為に短期間で様々な貢献を果たしたのがクレセントだった――――と言っても大げさではない。
 問題は、あまりにもクレセントの貢献度が高すぎて、いつの間にかこの街はクレセントがいないと成り立たなくなってしまったことだ。
 故に、彼がこの街から居なくなった日には、この地は街としての機能を失うだろう。
 それが、この街に住む殆どすべての人間の共通認識だった。
 故に、ミスター・クレセントには逆らうな、それがこの町の暗黙の了解だった。
 「俺だって、一個人としてはクレセントが嫌いな訳じゃないですよ。でも、あの屋敷の過去をこのままにはできません」
 「それが、結果としてミスター・クレセントの身辺をかぎまわることになっても、か」
 「随分な言い方ですね」
 「実際、そういう風に受け取ってる人たちがいる」
 真剣な表情になって、彼は言った。
 「署の中のお前の立場、お前が思っている以上に悪くなってるぞ、最近」
 「だからやめろって言うんですか。盗聴までされて」
 「だからこそ手を引け、って言ってるんだ。本気でヤバくなる前に」
 「それが刑事のすることですか!?」
 「ああ、そうだ。俺たちは刑事だ。探偵じゃない」
 俺の言葉を、彼は一刀両断した。
 「今まで黙認してきたが、お前のしてることはもう越権行為だ。もう終わってるんだよ、旧ブラッドライン邸の事件は」
 「俺は、そうは思ってません」
 「お前、だけはな」
 その言葉に何も言い返せず、俺は拳を握り締めた。







 そう言えば、以前クレセントとこんなやり取りがあった。
 「私が支配者?」
 いかにも驚いた風に彼は言った。
 「そう言ってる奴もいるって話だがな」
 俺は豪胆そうにもしゃもしゃとステーキを咀嚼しながら言った。
 内心では出方を伺っているのだ。
 「確かに、自分で言うのもどうかとは思うが、私はこの街に対して少なからぬ助力をしてきた。それを支配と呼んだとして、全く道理が通らないということは無い」
 持って回った言い方だったが、クレセントは思いのほかあっさりと認めた。
 その隣にいるレディ・クレセントは無言。
 いつものことだ。
 自ら好んで目隠しをし、食事時以外はギャグボールまではめて、現実との関わりを断っている女だ。
 こんな話に口をはさむことは無い。
 「しかし、我が友エリックよ。だからと言って私は自分のことが偉いなどとも、優れた存在などとも言うつもりは無い」
 「へぇん。なら何だ、お前は?」
 「私は、ただこの街に欠けてしまった役割を埋めただけだよ。さながら、パズルの1ピースのようにな」
 この街に欠けてしまった、というのはブラッドライン家のことだろう。
 あの貴族あってこそ、この街は成立していた。
 そして、今はそれがクレセントに置き換わっただけ。
 「君も私も、この街ではこの街を構成するパズルのピースに過ぎない、それだけのことだ」
 そう言って笑うクレセントの口元は、気のせいかどこか悲しげにも見えた。
 俺は、その笑みを見ないふりをした。


250 :ヤンデレの娘さん 転外 やんでれほてるのこわれもの ◆yepl2GEIow:2011/10/30(日) 23:21:04 ID:xq02LOt2
 遠い親戚より近くの友人、という言葉があるが、それは嘘だというのが俺の持論だ。
 気がつけば俺の身の回りには誰一人として味方はいなくなり、本当の味方は遠くの家族だけだ。
 いや、近くにはいるにはいるか。
 友人、とか言ってるこの町の支配者、クレセントが。
 「お互い、本気で心を開いた試しは無いけどな」
 勤務時間が終わり、俺は呟いた。
 近くのゴミ箱を、苛立ち紛れに蹴り飛ばす。
 と、その前に一台の車が停まる。
 そこから現れたのは、紫がかった髪をした女性。
 クレセント・インの職員。
 「お迎えにあがりました」
 無駄の無い動作で一礼して、彼女は言った。
 「クレセントからの用事か?」
 「はい」
 職員―――ヴァイオラ・イリリアは無表情を崩すことなく答えた。
 とはいっても、特にクレセントと約束をした覚えは無い。
 どういうことだ、と一瞬考える。
 同時に、好機だとも感じた。
 虎穴に入らずんば虎児を得ず、という言葉があると言うし。
 「分かった」
 この機に、知ってることを洗いざらい吐いてもらおう。
 そう思って、俺は車に乗った。
 程なくして、車が発車する。
 ミス・イリリアの見た目通り、冷静で手慣れた運転だった。
 そう言えば、彼女の運転は初めてでは無いような気がする。
 クレセントの奴から送迎を勧められた時は、そう言えばいつも……
 「良いものですね。私とあなた、2人きりでドライブなんて」
 「いや、別にそーゆーことでは無いような……」
 「それで、あなたの送迎の時はいつも担当させて頂いているんです」
 「意外と人の話聞かないのですね!」
 「エリックさんは、お車はお嫌いですか」
 うっわ、いきなり話題変わった。
 女性の話なんてそんなものと言えばそんなものだが。(ウチの妹とか)
 「あー、まぁ割かし好きですよ。どちらかと言えば、自分で運転する方が好きですけど」
 ちなみに、妹はバイク好き。
 リアシートに乗せた相手と合法的に密着できるからというボンクラな理由で、だが。
 「私もです。本当は、もっとあなたを何度も乗せたかったんです。何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も……」
 執念さえ感じられる口調でミス・イリリアは言った。
 って言うか、何だこの女。何だこの女!
 「でも、私とあなたではあまりにも接点が無くて。会いたくても、会えなくて。分かってはいたんです。警察のお仕事はお忙しいのだって。それでも、会いたくて、切なくて、会えなくて……」
 爪がハンドルに食い込みそうになるくらい握りしめるミス・イリリア。
 怖い。
 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!
 何が怖いって今にもハンドル操作をミスしそうなのが怖い!
 「ま、まぁ落ち着いてください。ミス・イリ……」
 「そんな時に、あの人が言ってくれたんです。あなたと結ばれる手伝いをしてくれるって」
 ようやく、話が本題に戻ってきた。
 「あの人……クレセントの奴ですね」
 「ええ」
 そして、バックミラーに虚ろな笑顔を映すミス・イリリアが続けた言葉は、俺の予想した通り―――では無かった。
 「レディ・クレセントさんが、私に協力してくれたんです」
 「!?」
 その言葉と、ミス・イリリアが車を停めたのは同時だった。
 「着きました」
 「分かった。早くクレセントの奴に会わせてもらう」
 兎にも角にも、今の状況は分からないことが多すぎる。
 それを誰かに説明してもらいたかった。
 けれど。
 「私の前で他の女の話をしないで」
 そう、振り返ってきたミス・イリリアに唇を奪われた。
 何か行動を起こす暇も無かった。
 されるがままに舌を絡められ、喉の奥に錠剤のような何かを押し込まれる。
 とたんに、睡魔が襲ってくる。
 ……まさか、睡眠薬か?
 夢見心地で俺を貪るミス・イリリアの姿が霞んでいく。
 駄目だ、と本能的に感じる。
 ここで目を閉じたら、何も知らないまま、何もできないままに終わる。
 それは、嫌だ。
 嫌だ……
 嫌だ…
 嫌だ、助けて……
 たすけて、エリ……ス……


251 :ヤンデレの娘さん 転外 やんでれほてるのこわれもの ◆yepl2GEIow:2011/10/30(日) 23:21:29 ID:xq02LOt2
 「ヴァイオラが、リーランドさんを例のお部屋にお連れしたそうよ」
 電話の受話器を置き、レディ・クレセントは言った。
 「かくして、また1人主要人物の座を降ろされたと言う訳、か」
 対するミスター・クレセントの芝居がかった口調は、どこか力が無い。
 「あら、どうかしたの、クレセント?」
 「ここまですることも、無かったのではないかと思ってな」
 ため息に乗せて、クレセントは言った。
 心なしか、声音が歳相応の青年らしいものになっているようだった。
 「エリックがあの事件の真相をこれ以上追えないように手を回す。それは良い。そこまでは良い。けれど……」
 「ヴァイオラ・イリリアに力を貸して、ここに監禁させたのがいけなかったって?キューピッドの真似事をしただけよ?」
 「あの2人なら、きっかけ次第では一般的な恋愛のプロセスを経て交際、結婚が可能だっただろう」
 「恋人を一所に繋ぎとめておきたい、そう望んだのはあの娘よ?」
 「その背中を押したのは、私たちだろう」
 互いに一歩も譲らぬ押し問答。
 「……ねぇ、クレセント」
 レディの細い指が、夫の首元にかかる。
 「私のしたことが、そんなに嫌?」
 かけた指に、少しだけ力がこもる。
 「嫌、では無い。私は君を愛している。その役割は、私が唯一自らの意思で選びとった物だ」
 自らの名前さえも犠牲にして、とクレセントは言わなかった。
 「嬉しいわね」
 「愛しているからこそ、君の本音が聞きたい」
 「嬉しいわね、本当に」
 キュッと口元に三日月の笑みを浮かべるレディ。
 「私は誰よりもあなたが好き。だから、エリック・リーランドが誰よりも憎かった。それだけよ」
 何でも無いことのように、暗い情念を告白するレディ。
 「どうして……」
 「あなたが、彼を気にかけたから。この屋敷で起きた事に挑む彼に、あなたは本当に敬意を抱いて、本当に友達になろうとした。だから、壊した」
 「…僕は」
 かすれた声で、クレセントは言葉を紡ぐ。
 役割を離れた、1人の青年として。
 「…僕は、君を愛してるよ、フィリア…。…友が居ようと、家族が居ようと、それは変わりなかったのに…」
 「ええ、知ってるわ―――― 一日」
 甘い声で、レディ・クレセントは、かつて鬼児宮フィリアと呼ばれた娘は囁いた。
 「でも……」
 そう語るレディの目に、クレセント―――緋月一日は狂気の色を感じた。
 「壊したいのよ!私以外、あなたが大切にするモノは全て!友人も!家族も!大切なモノ全て!そうすれば、私とあなたは同じになるの!!」
 「…同じ…?」
 「そう、同じ!寄り添い合い、愛し合う相手がお互いしか無くなる!それってすごく素敵なことだと思わない!?」
 興奮気味に、とても素晴らしい考えを語るように、レディは、自らの名前さえ失った娘は言う。
 「さぁ、次はアナタのどんな『大切』を壊そうかしら?」
 そう言って、彼女は屋敷の中に虚ろな笑みを響かせた。






 英国のとある街にある宿。
 住人全員が行方知れずとなった貴族の屋敷を改装した建物。
 看板は血濡れた三日月の意匠。
 狂気と狂喜を孕んだ客が集う場所。
 去る者は許すが来る者は決して拒まない。
 オーナーは謎めいた男、ミスター・クレセント。
 建物の名をクレセント・イン。
 またの名を―――
 『ヤンデレホテル』
 恋に壊れた女性、レディ・クレセントが支配する館。