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829 :ワイヤード 第二十一話 ナギ編1    ◆.DrVLAlxBI:2012/01/13(金) 12:36:29 ID:WlbiZkq2
第二十一話 ナギ編1『こころ』



「ナギ、俺は――」

千歳はそこまで口に出すことが出来たが、それっきり黙りこんでしまった。ナギの肩を抱きながら、ナギの紅い瞳を見つめている。
ナギの目は伏せられ、泪の雫が浮かんでいた。今にも泣き出してしまいそうな、危うい表情をしていた。
これ以上は、ナギの心を傷つける。
千歳はその事実を悟り、口をつぐんだ。ただ、ナギを見た。伝えたい気持ちがあった。聞いて欲しい言葉があった。
だけど、こんな顔をされて、どんな言葉をかけられる?
どんな気持ちを伝えられる?
ナギは言った。心と心は通じ合わない。人は自らの知ることしか知らない。
誰かの抱いた感情を推し量ることはできても、自分のものにすることは出来ない。
他人の傷を奪うことは出来ない。
(ナギ。お前は、俺のせいでそんな顔をしてるのか……?)
ナギはナギという一人の人間だ。それ以外の何者でもなく、何者にもなれない。
千歳の心の中に存在するナギという人間は、今目の前にいるナギそのものではない。全く別のものだ。
千歳にとってのナギという存在が、いかなるものであろうと、ナギ自身が変わることは無い。変わってはならない。

そして、千歳は自分自身の言葉が一体ナギに何をもたらそうとしているのかを理解した。
ナギにとっての千歳の言葉は、ただの個人的意見にとどまらないものだ。ナギに影響し、ナギ自身の存在を変えるほどに意味のある言葉なのだ。
千歳とナギの結びつきは、それほどに強い。
故に、千歳がそれを伝えてしまったら。千歳にとって、ナギが何者なのか、伝えてしまったら。
何もかも、変わってしまう。
ナギ自身も、彼女を取り巻く世界も。千歳を取り巻く世界も。全て。
それは、あまりにも重大なことだ。気持ちを伝えるということ、他者に何かを願うこと。変わって欲しいと思うこと。
その重責を背負うには、千歳はまだあまりにも不安定すぎる。
千歳は、ただ黙してナギを見つめることしか出来なかった。

「千歳……」


830 :ワイヤード 第二十一話 ナギ編1    ◆.DrVLAlxBI:2012/01/13(金) 12:36:56 ID:WlbiZkq2
しかし、その静寂を破ったのはナギだった。
「ためらっているんだな。真実を口にすることを」
「……だって、そんな顔、してるだろ」
ナギははっとして後ずさった。自らの頬を流れる雫に気付いたのだ。
「そうか……私は、泣いてるのか」
ナギは袖で泪をぬぐおうとしたが、ノースリーブのこの服ではどうしようもない。
乱暴に腕で目を擦ろうとしたのを千歳は制止する。
「バカ、ハンカチ使え」
千歳はハンカチを取り出し、ナギの泪をぬぐった。
「子供扱いするんじゃない……。いつまで経っても、お前はこうだ」
「妹みたいなもんだしな」
「そういうのが、バカにしてるって言うんだ」
目の下を真っ赤にして、ナギは千歳の腕をつねった。
「……千歳、良いよ、言っても」
一瞬何をいったのか認識できず、千歳はナギの顔を呆然と見返す。
「動転してたんだ。私とお前の関係が、何か全く別のものに変わってしまうことが怖くて……もう、今まで通り馬鹿やって、笑い合って。そんな日常を過ごせなくなるんじゃないかって」
ナギは頬を染めながら、今度は口元を緩めた。
「だけど、変わっていくのが私達なんだ。この街が少しずつ変わっていくように、私たちも変わっていく。時間の流れを止めることはできない」
「ナギ……」
「それでも、私と千歳はまだここにいる。ここにいて、こうして触れることができるんだ。だったら、何も怖いものなんて、無い」
「ナギ、俺は……」
そしてナギは、いつものような意地の悪い笑顔とは全く違う、澄んだ微笑を浮かべながら、囁くように口にした。

「千歳――私は、お前のことが好きだ」


831 :ワイヤード 第二十一話 ナギ編1  ◆.DrVLAlxBI:2012/01/13(金) 12:37:36 ID:WlbiZkq2
何秒か、何分か。それと何時間か。時が止まったようだった。千歳は、ナギのその笑顔に見とれて何も言うことが出来なかった。
しかし、しばらくしてふと気が付き、声を上げる。
「って、待てよ!」
「何だ、千歳?」
「おかしくないか、それ!」
「何もおかしいところは無いな」
「いや、待ってくれ、待ってくれ。今、俺が言おうとしてたんだよな。それ」
「それ? はて、いったい、何のことだ?」
「それは、つまり、あれだ……お前のこと、好きってことで……」
千歳は急に恥ずかしくなったのか、語尾が下がってしまっていた。
それを見たナギは、にやりといつもの意地悪い笑みを浮かべる。
「これで理解したか? こういった歯が浮くようなセリフは、最初に言うほうが楽なんだ。応える側ほど苦労するものだろ」
「お前、それで……! ずるいだろ、いまの俺のシマじゃノーカンだから!」
「ほう、では、お前は愛するこの私にまさか今お前自身が味わった羞恥を味わわせようとしているのか。なんという変態カップルだ。のっけから羞恥プレイとはな」
「そういう問題じゃないだろ! ……って、今、なんて」
「……お前、そういう鈍いところは、本当に昔から治らないんだな。ほら、私たちは、その――好き同志、というわけであるからして、つまり、これは、俗に言う、あのリア充が口にする……カップル成立、というやつなのではないだろうか」
ナギはそっぽを向きながら口を尖らせて言う。ずいぶん歯切れが悪い。冗談めかして言わないと、あまりに恥ずかしい言葉なのだろう。
「そっか、俺たち、そういう関係に変わるのか……」
「そうだぞ、しっかりしろよ、彼氏君」
ナギは千歳の胸に寄りかかってくる。
衣服の布を挟んで、肌と肌が密着する。互いの体温を感じる距離だ。心臓の鼓動すら、まるで競争するかのように声を立てあっている。
ナギは千歳の体温に包まれ、いつも感じていた安心を感じる。千歳と楽しんだゲームや彼の呼んだ本を部屋に敷き詰めて、それに包まれて就寝していたナギだが、もう、必要の無いもののように思われた。
だって、千歳はここにいる。こうして、自分を捕まえている。
ナギは、ふっと息を吐き、千歳に囁く。
「私は、可愛くもないし、素直じゃないし、チビで、怠惰で、オタクで、短気で、口が悪くて、貧乳で……たぶん、重い女だ。どう見てもお買い得品じゃない。それでも、いいのか?」
「ああ、そういうところひっくるめて、好きなんだよ」
「お前の周りには完璧美少女のイロリも、お嬢様の枢も、頭脳明晰な委員長もいるんだぞ。なのに、私を選ぶなんて、マトモじゃないな、ほんと」
「でも、お前はそんな俺を必要としてくれたんだ。それだけで、充分だよ……」
「そっか……。なら、一度しか言わない。よく聞けよ、千歳」
ナギが千歳の襟を引っ張る。千歳はナギにあわせてかがむ。
そしてナギはすっと息を吸い込み。

「ありがと。大好きだよ」

それだけ口にすると、その唇は何か言おうとしていた千歳の口をふさいだ。


832 :ワイヤード 第二十一話 ナギ編1  ◆.DrVLAlxBI:2012/01/13(金) 12:37:53 ID:WlbiZkq2
  ♪      ♪      ♪


「ねえ、私たちってさ……」
わいわいとケーキの食べ比べを楽しんでいたイロリ、深紅、枢の三人だったが、突然神妙な口調に変わったイロリに二人も静かになる。
「私たちって、なんなんだろう」
「なんなんだろう、とは。どういう意味ですの?」
枢はまるでわけがわからないという風に首をかしげた。
「それはつまり……。私ね、あなた達といて、楽しいと思ってる。あなた達は、どう思ってるの……? 私と一緒にいて、楽しいの……?」
「イロリさん……?」
「こんな気持ち、初めてなの。ずっと、ずっと私は独りだったから……。私には、一人しかいなかったから。私には、ちーちゃんだけが世界だったから」
イロリは苦しそうに顔をゆがめ、胸を押さえる。
「私、ちーちゃんがいなくてもこうやって笑ってる。それって、良いこと? 悪いこと? わからない……。こうして、大好きなあの人意外に笑顔を見せる自分が、許せないと思うこともある……」
枢には突如意味のわからないことを話始めたイロリに何を言って良いのかわからず、呆然と聞いているしかできなかった。
しかし深紅は、まっすぐな瞳でイロリを見つめ返していた。
「怖いんですね、イロリさん。人を好きになることが」
「違う……違うよ。私はちーちゃんのことが好き。大好き。誰にも負けないくらい……。好きって気持ちを、怖いとも思わないし、後悔もしてない。だけど、だけど……あなた達のことを好きになって、ちーちゃんよりも好きになっちゃったら、私、全く別の何かになって、私がいなくなっちゃうから……」
「……イロリさん。私には、あなたの気持ちはわかりません」
深紅は、厳しい語調で、しかし優しげな顔つきでイロリを見つめた。
「わからないんですよ。他人の気持ちなんて、誰も。だから想像して、怖くなって、立ち止まってしまう。私達は、いつだってそうなんです。だから、だからこそ、人に優しくしたり、人を愛したいと思うんです」
「でも、あの人の心はわからないから、深紅ちゃんだって、枢ちゃんだって……ナギちゃんだって。何を考え、何のために生きているのか。言葉で伝え合ってても、わからない。きっとみんな私のこと、嫌ってるんだ……。みんな私を……」
「……」
「でもね、ちーちゃんだけは違う。ちーちゃんだけは、信じられるの。私のことを想ってくれるって。私のこと、見捨てないって。傷つけないって」
「イロリさん……」
「私ね、あなたたちのこと、好きになっちゃってるんだ。仲間とか、友達とか……今まで抱いたことも無いような感情が私の中に確かにあるのがわかる。でも、怖いの……だって、みんな本当は私のことが嫌いだから。憎んでるから、妬んでるから……あなたたちも、きっとそう……」
イロリは光のともっていない瞳で深紅と枢を見る。
枢はイロリの尋常ならざる姿に恐怖を覚え、萎縮している。深紅は、じっとイロリの瞳を見つめ返していた。
「そうです。その通りですよ。私、イロリさんのこと、友達なんて思ってません。仲間とか、そんな言葉……反吐がでるくらいです」
「っ、深紅さん!?」
枢が深紅の言葉に動揺するが、深紅は気にせず続ける。
「だってそうじゃないですか。好きって気持ちに疑問を抱くような人を好きになれるはずが無い。私は、私はあなたのこと――」

「っ、やめて、もう聞きたくない!!」


833 :ワイヤード 第二十一話 ナギ編1  ◆.DrVLAlxBI:2012/01/13(金) 12:38:57 ID:WlbiZkq2
イロリは立ち上がり、勢いよく教室を出て行く。
「イロリさん!」
「良いんですよ。追わなくて」
「でも……! なんで。なんであんなことを言ったのですか! せっかく……せっかく、友達になれたと……。友達ができたと……」
「違いますよ。そうじゃないんです。そんな『言葉』じゃ、何も変わらないんです。イロリさんも、私も。そして、あなたも」
「わたくし……?」
「友達、仲間。そんなの、誰かが決めた言葉です。そんなものになろうとしても、結局その言葉をどう捉えるかによってすれ違って、いつかは壊れてしまう。言葉じゃないんです。人と人が関わるということは。人が、人を好きになるということは」
「……それって、つまり深紅さんは」
「いいえ、勘違いしてもらっては困ります。私は、イロリさんのこと、嫌いですよ。とても嫌いです。でも――好きでもあるんです。嫌いという気持ちと、好きという気持ちは共存できるんです。その気持ちのあり方は、私だけのもので、どんな言葉でも表せないもの。きっとあなたも、あなただけの気持ちを持っているはずです」
「わたくしは……。わたしくしは、千歳様によって皆様と繋がることができました。それは、とても素晴らしいことです。ですが……」
「私も、最初はそう思っていました。だから千歳君を手に入れようと、間違った道を選択しようとしたこともあります。彼以外の全てが敵のように感じて、彼を守ろうとして……。だけど、違うんです」
深紅は眼鏡を外し、拭く。
「枢さん。『ワイヤード』という言葉を知っていますか?」
「ワイヤード?」
「ええ。それ自体には意味の無い、ただの言葉です。でも、確かにそういう現象が存在するんです。誰かの心に触れたいという強い気持ちが、『ワイヤード』を生み出すと。心当たりがありませんか? 千歳君に出会ってから、不思議と力がわいてくるような、そんな感覚」
「え、あ……たしかに、わたくしも、彼と出会ってから、なにか意識自体に変化を感じたかのような、世界の全てが変わったような、そんな感覚を抱きました」
「そうです。どういうわけか、この世の中には『コントラクター』と呼ばれる存在がいます。彼らは心の深淵に魔(クオリア)を住まわせ、それを覗いたものを魔に堕とします。その一人千歳君で――それに魅入られたものが、私たち『ワイヤード』なんです」


834 :ワイヤード 第二十一話 ナギ編1  ◆.DrVLAlxBI:2012/01/13(金) 12:39:22 ID:WlbiZkq2
「わたくしたちが……?」
「コントラクターはその存在自体には何の力も無い。しかし、コントラクターの心の底まで見たいと、彼と一つになりたいと願うほどに願ってしまった者は、いつかその心の深淵に触れてしまう。そうしてワイヤード――繋がれし者が生まれる」
「そんな……そんな話……」
「コントラクターに人を魅了する力はありません。そういった要素は普通の人と同じ、個人的なことです。周囲に何の影響も与えないまま消えていくコントラクターもいます。しかし、千歳君はあまりにも他者の心をひきつけすぎた。彼自身が持っていた優しさが私達のような弱い心を持った人間を、こうして変えてしまった。彼が生きる支えになってしまった。だから、周りも見えない。全てが路傍の石にしか」
「どうして、そこまでわかるんですの……?」
「私自身の気持ちだからですよ。――とは言っても、少し前までは私も、イロリさんと同じだったんですけどね」
深紅は自嘲するような笑みを浮かべた。
「だけど、そうじゃない道を選ぶこともできる。人が人を好きになるということ。愛する人の心を覗きたくて、一つになりたくて、口惜しくて生きるのが辛くなることもあるでしょう。でも、それでも私達、この街で出会ったんです。だから、変わっていくこともできます。この街が少しずつ、変わっていくように――あなたも、私も」
「わたくしは……。千歳様のことが好きです。深紅さんの言うとおり、心の深淵まで覗きたいと、一つになりたいと願ったこともあります。まだ、深紅さんのおっしゃっていることを全て理解することも、叶いません……それでも」
「……」
「それでも、わかることがあります。それは、イロリさんが苦しんでいるということ。好きという気持ちで、自分を傷つけているということ。ワイヤードという存在が一体何なのかは、まだわかりません。それでも、その言葉がきっとただの言葉で、大切なものは『こころ』なのだと……今なら、そう理解できます」
「……そうですか」
「深紅さんは、どうするおつもりですか。イロリさんのこと。千歳様のこと」
「さあ、なるようになりますよ。世界が崩壊するわけでもないんです。あなたが言ったんですよ、大切なのは『こころ』。あとは、当人達が何を選択するかの問題です」
深紅は自分のカバンを持ち上げ、立ち上がった。
「――さて、私たちも帰りましょうか。イロリさんには、また明日謝りましょう。きっと許してくれますよ」
「あら、怒らせたのはあなたではなくって? わたくしまで巻き込まないでくださるかしら」
クスクスと笑いながら、枢も追随する。


835 :ワイヤード 第二十一話 ナギ編1  ◆.DrVLAlxBI:2012/01/13(金) 12:39:42 ID:WlbiZkq2
 ♪      ♪       ♪


「だけど――あいつはどうなる」
帰路についていた千歳とナギ。互いに無言だったが、突然ナギがそんな疑問を投げかけた。
『あいつ』とは誰か。ナギは何も言わなかったが、千歳には容易にそれが理解できた。
「イロリ、か」
「あいつは、お前のことを……私と比較もできないほどに、好きなんだ。私の気持ちなんて、それこそちっぽけな、一時の気の迷いに過ぎないほどに」
「……」
「私はお前のことが好きだ……愛してると思う。だけど、その気持ちなんて、結局ごく一般的な……。とても、かなわない。イロリにとっては、お前が全てなんだ。私とは違う。だってあいつは……繋がれし者(ワイヤード)だ」
「……別に、イロリとお前がどう違おうと、そこに良いも悪いも無い。確かに、俺はイロリのこと、好きだよ。だけど、お前の傍にいたいと思った。好きに優劣なんてない。単に、俺がどうしたかったか、それだけなんだ」
「だけど、それがイロリを傷つけることになったら……。いや、きっとそうだ。あいつは世界に絶望する。気持ちの行き場を失って、きっと何もかも憎んで……」
「そうはならない」
「なんで、そんなことが言える……。お前は何もわかっていない。理解していない。そうだ……私が弱いから、私が独りで生きていけないから、だから私を助けようと。お前はいつものお人よし精神で、お情けで私を選ぼうとしているのか?」
ナギは千歳を睨みつけ、早口でまくし立てる。
「私がイロリよりも弱いから……。それがわかっているから、お前は私に優しくする。そうじゃないのか……そうだといってくれ、千歳……」
「ナギ……」
「今、そういってくれたら、私も諦められるよ。お前に好きだと伝えられたこと、好きだといわれたこと。その思い出があれば、それでいい。それだけで、生きていけるから……」
「……本当に、それでいいのか」
「……」
ナギはうつむき、歯を食いしばり、耐えていた。泪がこぼれそうになるのを。
「もう、いいんだ。私を捨てて、イロリと幸せになれ、千歳。そうすれば……」
「もういい!」
千歳はナギをその腕でしっかりと抱きとめる。
「もういい。もうやめろ。そんなことをする必要は無いんだ、ナギ」
「でも、でも……。幸せだと思った。嘘みたいだって。千歳と私がキスして、好きだって。そんなの……。ありえない」
「もういいんだ。これは現実だ。俺がこうやってお前を抱きしめてる。俺たちは触れ合ってる。それでいいだろ」
「……千歳」
ナギの溜めていた涙腺が決壊した。

そして、その光景を、一つの影が見つめていた。
その影は彼らの会話をしばし盗み聞いた後、姿を消した。


836 :ワイヤード 第二十一話 ナギ編1  ◆.DrVLAlxBI:2012/01/13(金) 12:40:06 ID:WlbiZkq2
 ♪     ♪      ♪


「死ね……みんなしんじゃえ……」
自室にたどり着き、電気もつけずに布団を被ったイロリは、呪詛の言葉を呟いていた。
「嫌い……みんな嫌い……」
「どうして?」
「どうして私の心に入り込んでくるの? どうして私とちーちゃんをそっとしておいてくれないの? どうして邪魔するの?」
「ちーちゃん以外の人を好きになるなんて間違ってる。友達なんて必要ない。仲間なんて必要ない。他人なんて必要ない」
「私とちーちゃんだけでいいのに」
「どうして、他人が存在するの?」
「ちーちゃん以外の人が気になるなんて、間違ってる」
「ナギちゃんのことも、深紅ちゃんも、枢ちゃんも、ほんとはみんな嫌いなのに、どうして間違ってしまうの?」
「どうしてこんな私になっちゃったんだろう……」
「嫌い……嫌い……」
「きえてしまえ」
「しんじゃえ」
「しね」
「私なんて」
「ちーちゃん以外を見る私なんて」
「消えてしまえ」
「そうだ」
「変えよう」
「消そう」
「全て」
「ぜんぶ」
「なかったことにして」
「ほんとうのわたし」
「こころ」

イロリは机の上に日記を置き、椅子に座ると、一気に文字を書き込む。
記憶の改ざん。意識の改ざん。感情の改ざん。
本当の自分。千歳だけを見る自分。彼だけを愛する自分。それ以外見えない自分。
変えたのは、誰だ。
――ナギちゃんだ。

「そうだ、あいつはもういらない。だいきらい」

ナギしね。
嫌い。


837 :ワイヤード 第二十一話 ナギ編1  ◆.DrVLAlxBI:2012/01/13(金) 12:40:24 ID:WlbiZkq2
何度も何度も、日記をつかい、自分の『こころ』を修正してきた。
千歳と結ばれるために。彼だけを愛するために。ただ、それだけのために単純化された自分。
何か別のものに囚われ、彼から視線を外してしまわないように。
彼だけをずっと見つめていたい。
ただひたすらに純粋な願いのために、彼女は自らに呪いをかけた。

「ちーちゃんを裏切るな」

「ちーちゃんを好きな私を、裏切るな」

「そんなお前はいらない」

「そんなイロリはいらない」

この呪いが、イロリに与えられた力。『最初のワイヤード』の力。
それは、初めて千歳に出会ったとき。
全ては、あの時に始まった。

ずっと昔。

イロリが『いつものように』両親に虐待を受け、いつものように家から逃げ出したあの日。
公園のブランコで、帰ったらきっと厳しいお仕置きをうけるだろうと想像していたあの日。
世界の全てを憎み、孤独に押しつぶされそうで、しかし命を絶つことすらできないあの日。

あの瞬間に。

二人は出会った。