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890 :ぽけもん 黒  28話 ◆wzYAo8XQT.:2012/01/30(月) 23:46:50 ID:XiaE8fNk
 熱波と圧力、音と光、そして砕かれ、巻き上げられた備品が閉鎖された空間に溢れる。
 その濁流の真っ只中に僕たちは投げ込まれた。
 まず光と音、それに圧力が到達し、ついで熱波が僕を襲った。
 咄嗟に蔦で全身を覆われ、強く抱き寄せられる。
 しかし蔦は僕の全身を覆うには足らず、むき出しの部分に破片が次々と突き刺さる。
 その暴力の濁流はフロア全体のガラスを突き破り、一気に外部に噴き出していく。
 一瞬の爆発が、何分も続いているかのように長く感じられる。
 光と音で目と耳をやられたせいで、感覚が狂ってしまったのだろうか。
 そんな濁流は、唐突に始まったのと同じように唐突に勢いを失い、終わった。

「ううっ……」
 目がかすむ。耳が痛い。見えるのは灰色の景色のみ、聞こえるのは強烈な耳鳴りのみだ。
 やられた。
 窮地に追い込まれたからと言って、まさか自分から自爆するなんて。
 信じられない。
 僕はロケット団というものを甘く見ていた。
 助かる道があるのに、任務のためにこうもたやすく自らの命を投げ出すなんて。
 そして皆はどうなったんだ。
「み、みんなー」
 自分の声すら変に聞こえる。耳がおかしくなってるんだから当然といえば当然だけど。
 爆発から距離があり、香草さんに守られた僕ですらこうなんだ、向こうの三人は……
 立ち上がろうとして、手をついた瞬間、手に激痛が走る。
 目を凝らしてみると、手にも数個の小さな瓦礫が突き刺さっていた。
 血も大分出ているみたいだ。
 こうして視認すると、今までしびれるようだっただけの手に酷い痛みが走る。
 この分だと、同様にしびれるようである足も、無事ではないだろう。
 目の中に血が入ってきた。
 上体を起こしたことで、血が流れてきたらしい。
 ということは、頭部からも出血しているのか。
 頭の痺れはてっきり目と耳がやられたせいだと思っていたのに。
 どうやら僕も大分重症らしい。
 意識があるのが幸いだ。
 今敵に襲われたらおしまいだけど、すぐに襲ってこないところを見ると、どうやら敵も無事ではないらしい。
 本当に助かる。
「香草さん、どこ」
 とりあえず近くにいるはずの香草さんに呼びかける。
 一刻も早く体勢を立て直さないと。敵もいつまで動けないか分からないし。
 僕の呼びかけからほとんど間を置かず、かすかに高い声が聞こえた気がした。
 香草さん……?
 耳鳴りのせいでまともに聞き取れない。
 突然、首筋に生暖かいものが触れた。
「ひいぃ!」
 状況が状況だけに、情けない叫び声を上げてしまった。
 咄嗟に振り払い、触れてきた何かの方を向く。
 霞む視界に、ぼんやりと何かの塊が見える。
 敵か、それとも味方か?
「…………ぉ……し……よ」
 言葉は途切れ途切れにしか聞こえないけれど、この声は多分香草さんだ。
「よかった、無事だったんだね!」
 無事かどうかは分からないけど、つい反射的にこういってしまった。
 すがるように近づいてきたその塊を、そのまま抱きとめる。
「ありがとう、僕は無事だよ」
 彼女を安心させるように僕は彼女にそう呼びかける。
 そのとき、唐突に腹部に猛烈な熱さを感じた。
 同時に足の力が抜け、立っていられなくなる。
「ゴールドォー!!」
 背後から叫びが聞こえてきた。
 例え耳がおかしくなっていたって分かる。これは香草さんの声だ。
 じゃあ目の前のこいつは……
 目の前の何かの輪郭が歪み、すぐにそれは別の形をとる。
「おま、え、は……」
「うふふ、ばぁーか」
 こいつは、ハシブトだ!
 僕の腹部には、彼女の鍵爪が深々と突き刺さっている。
 騙まし討ち……糞っ! やられた!
 普段なら騙されることはなかっただろうけど、目と耳が霞んでいたのと、香草さんが心配だったのですっかり油断していた。
 足の力が抜け、僕はいまや彼女の鍵爪で無理やり立たされていた。
「あ……が……」
 痛みで思わず呻く。
「さーてお嬢ちゃん、この子の命が惜しかったら……」


891 :ぽけもん 黒  28話 ◆wzYAo8XQT.:2012/01/30(月) 23:47:16 ID:XiaE8fNk
 彼女がそう言いかけた時。
 何かが僕と彼女の間に現れた。
 彼女はそれを避けるように咄嗟に回避したが、間に合わず、当たった腹部から血が弾けた。
 その直後、空気を切り裂くような音が聞こえた。
 ハシブトが再び姿を消したせいで、支えを失った僕はそのまま地面に倒れこむ。地面の感覚がおかしい。いや、おかしくなってるのは僕の感覚のほうか。
 動かない体で、何とか首だけ動かして視界を何かが来たほうに向ける。
 僕の視界の先にあるそれは、随分と赤くそまっているけど、それは……
「ち、こ……?」
 それは香草さんに見えた。
 彼女の手から伸びた蔦が、こちらに伸びているのも見える。
 じゃあさっきの一撃は彼女が?
 僕は信じられない思いだった。
 だって、さっきの一撃は……
「許さない……」
 さっきの一撃は、攻撃が見えた後に、音が聞こえた。
「私のゴールドを傷つけた……」
 満身創痍なはずの彼女の放った一撃は、つまり……
「私のゴールドを!」
 つまり、音の速さを超えていたことになる。
 彼女は咆哮とともに、周囲の全てをなぎ払った。
 金属製の机がまるでベニヤ板でできているかのように千切れ、部屋に跳ねる。
 僕はポケットに手をいれ、震える手で何とか止血剤を掴むと、傷口にかけた。
「うぐっ……」
 肉が焼けるような音とともに酷い痛みが僕を襲う。
 これなら放置していたほうがマシと思える痛みだ。
 しかし腹部の傷は浅くは無い。放置していたら出血で死んでしまうだろう。
 その間も、僕の上では酷い勢いで蔦が荒れ狂っている。
 衝撃波だけで人が殺せそうな迫力がある。
 視界が不明瞭だから香草さんの表情は伺い知れないけど、間違いなく彼女は正気じゃない。
 僕がやられて激昂しているのか。
「チコ……! やめろ……」
 ちょっと大きな声を出すとすぐ腹部に響く。
 ただこれだけの言葉を吐き出すのに、酷い苦痛が伴った。
「……ゴー、ルド? 無事なの? ゴールド!?」
 僕の言葉で案外あっさりと正気に返った香草さんがこちらに駆け寄ってくる。
「よかった、私、ゴールドが刺されたのを見たら、頭が真っ白になっちゃって……」
 僕の隣に蹲り、泣きじゃくる彼女の頬に手を伸ばす。
 近くで見ると、そこらじゅうボロボロになっているのが分かる。酷い怪我だ。思わず目を背けたくなる。
 だけど、今の僕にはそんなことはできない。
 そして、僕はそんな彼女に、彼女を労わる言葉より、彼女を鼓舞する言葉をかけなければならない。
「香草さん、僕は大丈夫だから、それより気をつけて」
「大丈夫、私、絶対に負けないから。ゴールドを守ってみせる」
 はは、頼もしいな。
 騙し討ちにまんまと引っかかって重体の僕と、僕の命を救ってくれた彼女。
 まったく、本当に僕は頼りない上に情けない。
 自虐もほどほどにしないとな。腹部はまだ酷く痛むけど、止血剤のおかげで血も止まったし、それに、傷も思ったより深くなさそうだ。あの爆発のダメージが相手にもあったんだろう。
 こうしている間に攻撃してこないってことは、おそらく先ほどの香草さんの一撃が思いのほか効いたか、それとも、その後の暴走で大怪我を負ったか。
 それなら、こちらに勝機が見える。
 後はやどりさんたちはどうなっているのか。
 僕たちよりはるかに爆心地に近いから、まともに食らっていれば大怪我は免れないだろう。

 あたりに立ち込めていた埃も晴れてきて、大分向こうの様子が見えるようになってきた。
 よく見えないけれど、三人とも立っている。無事みたいだ。
 黒い影がちらついていることから、ハシブトと応戦しているのだろう。
 そうか、こっちが手がつけられそうに無いからまず向こうを落としに行ったのか。
 しかもよく見えないけど、三人ともそれほどの怪我を負っているようには見えない。どういうことだ?
 もしかして、やどりさんがサイコキネシスで衝撃波と瓦礫のほとんどを相殺したのか。
 さすがやどりさん。
 でも、衝撃波を殺せても、音と光は防げない。
 視覚と聴覚へのダメージはこちら以上だろう。
 手放しで安心はできなさそうとはいえ、それでも一安心だ。
 彼らの元に向かおうと、体を起こそうとするが、腕に力が入らなくて出来なかった。
 彼らの無事を確かめたら、気が抜けたのだろうか。


892 :ぽけもん 黒  28話 ◆wzYAo8XQT.:2012/01/30(月) 23:47:45 ID:XiaE8fNk
「チコ、僕は大丈夫だから……、彼らを助けてきてよ……」
 気が抜けたせいか、大きな声を出すわけでもないのに、喋るのが億劫だ。体が重い。少し休みたい。
 ランは自分を守ることはできるけど、味方に被害を出さずに相手を倒すのは難しい。
 やどりさんは超能力が通じない以上、決定力に乏しい。
 なら、相性はあまりよくないとはいえ、香草さんが一番の適任のはずだ。
 現に先ほど大きなダメージを与えている。
「だめよ! 私はゴールドの傍にいる! 絶対離れたりしないんだから!」
 香草さんは僕の言うことを聞こうとしない。
 そういえば香草さんは、最初会ったときから、僕の話を聞いてくれなかったっけな。
 起き上がろうともがくことに疲れて、僕は手を降ろす。
 彼女は慌ててその手を抱きとめ、自分の胸に寄せた。
「嫌っ! ゴールド! ゴールド!」
 どうしたの香草さん、そんなに慌てて。僕は大丈夫だよ。
 そう言おうと思ったけど、口を動かすのが酷く億劫だったから、目を瞑りそのまま休むことにした。
「いやぁぁぁ!! ゴールドォォォォォ!」
 香草さんが絶叫し、僕にすがり付いてくるのが分かる。
 そんなに慌てなくても大丈夫だよ。ただちょっと一休みするだけだから……
 しかし香草さんにこう縋られてはそれも叶わない。
 その旨を告げようと、何とか力を振り絞って目を開くと、香草さんは僕の頭を抱えて粛々と泣いていた。いつの間に頭を持ち上げられたんだろう。気づかなかった。
「いや、ゴールド、こんなの絶対にいや。絶対にゴールドを死なせたりしないんだから」
 彼女はそう言って、僕の頭を強く抱える。
 苦しい。
 目の前が塞がれて、真っ暗になるはずなのに、なぜか視界が薄明るい。
 怪訝に思っていると、どんどんその光は強くなってきた。
 何だ? 香草さんが光を放っている? いや、周囲から光を吸収しているのか?
 草ポケモンの中には、光を吸収して急速に自らのエネルギーにできる者がいる。
 香草さんもその能力があったのか。
 ぼんやりとそんなことを思っていると、気づけば、その光は香草さんだけではなく僕にも伝わっていることに気づいた。
 同時に、内部から力が湧き、全身の感覚が戻ってくる。
 激痛、そして恐怖で全身から汗が噴き出した。
 さっきまで、僕はいったい何を考えていたんだ!?
 先ほどまでの症状は明らかに失血による意識の喪失一歩手前だったじゃないか!! どう考えても休んでいい状況じゃないだろ!
 危なかった、危うく死ぬところだった。どうやら正常な判断力を失っていたようだ。
 体力が回復したおかげで、少し正気が帰ってきた。
 そのまま光に包まれていると、傷の痛みも若干引き、大分マシになってきた。
 それにしても、この光は何なんだ?
 光を吸収して回復することができても、それで回復するのは香草さんだけのはずなのに。
 おかげで僕は死なずに死んだのだけれど、わけが分からない。
 考えているうちに、香草さんと僕の発光は序々に弱まり、おさまった。
 体を起こし、香草さんの腕の中から抜け出す。
「ありがとう香草さん、助かったよ」
「ゴールド!? 大丈夫なの?」
「うん、香草さんのおかげだよ。本当にありがとう」
 僕がそういうと、香草さんは泣きながら飛びついてきた。
「ごーるどぉ! よかった! 本当によかったよぅ」
 声はすっかり涙で滲んでいる。
 回復してもらったとはいえ、衝撃が加わると大分傷が痛むのだけれど、何とか受け止めた。
 泣きじゃくる彼女を抱きとめ、背中を撫でる。
 しかしここは戦場だ。
 そんな隙だらけの人間を放置するほど甘くは無い。
 すぐに空間が揺らぎ、そこにハシブトが現れた。
 僕は香草さんごと攻撃を避ける。
 敵は随分と消耗しているのか、香草さんを抱きかかえながらでも攻撃は何とか回避できた。
 香草さんもすぐに攻撃されたことに気づいたらしい。
「あんたのせいでゴールドが大怪我しちゃったじゃない……! アンタは絶対に許さない……!」
 僕に見せる表情とは180度変わった表情となり、ハシブトに向けて蔦を振りかざす。
 回避するハシブトを追って、そのまま攻める。
 一方僕は飛んできたナイフを身をよじって回避した。
「おいガキ、さっきのはいったい何だ」
 僕に向かってナイフを投げた男が、僕にそう問いかける。


893 :ぽけもん 黒  28話 ◆wzYAo8XQT.:2012/01/30(月) 23:48:11 ID:XiaE8fNk
 爆発の後、姿が見えなかったけど、不意打ちでも狙っていたのだろうか。
 つくづく汚い奴だ。
 それにしても、さっきのがいったい何だなんて、聞きたいのは僕の方だ。
 回復中なんて一番無防備なときに攻撃されなかったと思ったら、この人たちも僕たちが突然光りだしたことの理由が分からず、警戒していたからだったのか。
 もちろん、僕はその質問の答えを知らないし、答える気も無い。
「ロケット団員ってのは最低な人間だな。劣勢だからって部下に自爆させるなんて」
 だから僕は憎まれ口を叩いてやる。
「質問に答えろ小僧。それに、あれは俺が指示したわけじゃない。自分から勝手にやったことだ」
「自分から勝手にやったことだって! それがお前のために死んでいった部下に言うことか!!」
「黙れ! お前に何が分かる!」
「何も分からなくたって、お前が最低な奴ってことは分かるさ!」
「これだからガキは嫌なんだ」
 そういう男の背後にハシブトが現れ、二人そろって姿を消した。 また不意打ち狙いか?
 しかしまだ爆発の衝撃から立ち直っていない僕たちに時間を与えるようなことは、あまり上策とはいえない。
「チコ、向こうと合流しよう。わざわざ敵に合わせて一対一でやることもない」
 僕は香草さんに駆け寄ると、そのまま向こうの三人に向かって駆け出した。
 するとその三人のところに、男とハシブトと、そして何かの塊が現れる。
 その塊を残し、二人はすぐに消え、やどりさんたちの攻撃を回避する。
 そういえば、あの大爆発以来、ガドータの姿が見えなかった。
 彼女が一番爆心地に近かったから、てっきりその衝撃でバラバラになったものだと思っていたのだけど……
「みんな、逃げ――」
 僕がその意図に気づき、叫び終わる前には、僕は香草さんの蔦によって香草さんに引き寄せられ、彼女に抱えられるようにして地面に伏せさせられていた。
 瞬時に蔦で周囲の瓦礫を集めて壁が作られ、さらに物理攻撃のダメージを半減させる半透明の壁が展開する。
 その即席の防壁は、すぐに大爆発によって消し飛ばされた。
 なんてことを。
 奴ら、瀕死の味方を爆弾として利用しやがった!
 再び、構内に閃光と大音響、そして暴風と熱波が駆け巡る。
 何をやるか分かっていたから、僕たちにはダメージは低かったけど、目の前で爆発されたあの三人は。
「シルバー!!」
 思わず、叫びが喉を突いて出た。
 壁が消え、目の前にはただただ黒煙が広がる。
「ゴールド、落ち着いて! 今動くのは危険よ!」
 香草さんはそう言って僕を抱きとめるけど、頭で分かっていても、とてもじゃないがじっとしてなんていられなかった。
「やどりさん! ラン!」
 僕の叫び声は空虚に崩壊した構内に響く。
 その時不意に、悪寒を感じて振り向いた。
 ハシブトの鍵爪が、今まさに香草さんの頭に振り下ろされるところだった。
「危ない!」
 地面を蹴っ飛ばし、香草さんごと後ろに倒れこむ。
 それを追うように、事態に気づいた香草さんが無数の蔦をハシブトに伸ばす。
 しかし再びハシブトは煙に溶けるように姿をくらまし、蔦から逃れる。
 クソッ! 爆発がただそれだけで終わるわけが無いじゃないか!
 どうしても動揺してしまい、彼らから注意が逸れてしまった。
 どうして僕はこう馬鹿なんだ!
「いやああああああ!! シルバァアアアアアアア!!」
 今度は何だ!
 自己嫌悪に駆られている僕の耳に、誰かの絶叫が突き刺さる。
 いや、こんな叫びを上げる人間なんてこの場にはひとりしかいない。
 周囲に警戒しつつ、焼けた瓦礫を踏みながら急いでその声の場所に近寄ると、そこには何かの上に倒れるようにしてむせび泣くランの姿があった。
 煤と怪我で全身が汚れていて、さらに涙やらなにやらで彼女は酷い有様だった。
 まさか。
 僕は浮かぶ疑念、いや、確信を必死に打ち消しながら、彼女が覆いかぶさっている何か、に近づく。
 真っ黒に焦げたそれは、おおよそ生き物とは思えなかった。
 だが、それは……
「し、シルバー……?」
 見る影もなく変貌したそれは……
「……よ、よう……ゴールド……」
 掠れて、普段のものとは程遠いその声は、やはりシルバーのものであった。


894 :ぽけもん 黒  28話 ◆wzYAo8XQT.:2012/01/30(月) 23:48:32 ID:XiaE8fNk
 声も出ない。
 重度の火傷に加え、全身にいくつも瓦礫が突き刺さっていて、さらに手足の一部は明らかにちぎれてなくなっていた。
 誰が見ても一目で分かる。
 もうシルバーは助からない。
 今生きて意識があるのが不思議なくらいだ。
 ここがポケモンセンターだったら助かる可能性もあったかもしれないが、いくらポケモンセンターだって死者を蘇らすことなどできはしない。
「シルバー! 死ぬな!」
 でも、僕はシルバーにそう言わずにはいられなかった。
 ロケット団に人生を蹂躙され、ランにまっとうな生活を奪われ。
 このまま死ぬんなら、何のために生まれてきたか分からないじゃないか!「……怒鳴るなよ、うるせえな……死なねえよ……」
 口の端には血の泡が溢れている。
 彼の減らず口が今だけは頼もしくて泣けてきた。
「どうなったんだ……? 暗くて、何も見えねえ……」
 確かに視界は悪いけど、何も見えないというほどではない。
 もう目も見えていないのだろう。
「泣いているのは、ランか? 泣くなよ……」
 シルバーはそう言ってランの頭に手を載せた。
「ゴールド……覚悟しておけよ……」
 いつにない、神妙な口調。やめろよ。やめてくれ。
「覚悟って何を」
 僕の声も、震えていた。
「お前も……俺と同じ、運命に……」
 シルバーの目はもう僕を見てはいない。
 意識が錯乱しているのか?
「糞みてえな、人生だったが……それでも……」
「シルバー! もう喋るな!」
「ラン、最後だから、言ってやるよ……」
「シルバァアアアアアア! いやぁあああああああ!!」
「ラン……好きだ……ずっと……お前に逢えて……よかった……」
 彼はランを抱くように動いたが、しかしランを抱くことなく、動きを止め、肢体を投げ出した。
 そしてそれを最後に、動かなくなった。
「じょ、冗談だろ? なあシルバー?」
 分かっている。
 コイツは食えない奴だけど、こんな状況でふざける様な奴じゃない。
 でも信じられない。
 殺しても死なないような奴じゃないか。
 それが、こんなあっけなく……
「ゴールド、しっかりして! このままじゃ……」
 ハシブトと戦っている香草さんも、僕達を守ったまま戦うのは辛そうだ。
 確かに、今は感傷に浸っていられるような状況じゃない。僕は混乱した意識を無理やり戦闘に集中させる。
 黒煙が粗方晴れたお陰で辺りが見えるようになってきた。
 そのため、煤で汚れているものの、床に倒れているやどりさんを見つけることが出来た。
「やどりさん、しっかり!」
 瓦礫に半分埋まったやどりさんを何とか掘り起こす。
「う、うーん……」
 よかった、気絶していただけみたいだ。
 気ぐるみと超能力で身を守れる分、彼女の怪我は軽かったようだ。だけど今回は一回目と違いランやシルバーを守る余裕が無かったのか。
「はやくチコさんの傍に!」
 未だ意識が朦朧としているやどりさんには酷だろうけど、今は落ち着くまで待ってもらう猶予もない。
「ランも早く!」
 ランの方を見ると、彼女は炎に包まれていた。
 それも異常な熱を持っている。
 一目で正常じゃないと分かる。
 彼女のショックは僕の非ではないはずだ。
 どんな暴挙に出てもおかしくはない。
 まず真っ先にそのことを考えるべきだったのに。
 冷静に行動したつもりだったけど、内心ではすっかり動揺しきっているみたいだ。
「ラ、ラン!」
 どうしよう、なんて言葉をかければいいんだ。
 どんな言葉をかけたって、今の彼女を何とかすることなんて……
 ちくしょう、シルバー! お前だけなんだ! お前だけしかランをどうにかできる人間はいないってのに!!
 僕が手をこまねいている間にも、彼女から放たれる熱量がどんどん上がっている。
 もはや近づくことも不可能だ。
「隙だらけよ! ってあっつい!!」
 ランを狙ったハシブトも返り討ちに会った。
 彼女はこれで安全かもしれないが、このままではこっちがたまらない。
「ラン! 落ち着いて!」
 言うに事欠いて落ち着いてとは、自分でもどうかと思う。
 一層熱量が上がった。
 ぎゃ、逆効果か!?
「ゴールド、ふざけてる場合じゃないわよ! このままじゃ、このビルが保たないわよ!!」
 ふ、ふざけてなんかいない!
 シルバーの体はすでに火に包まれ、パチパチと爆ぜている。
 もしかして、これは火葬のつもりなんだろうか。それこそ、そんな場合ではない。


895 :ぽけもん 黒  28話 ◆wzYAo8XQT.:2012/01/30(月) 23:48:51 ID:XiaE8fNk
「ラーン! 話を聞いてくれー!」
 業火の中にある彼女は、強い口調で答える。
「煩い! アンタと関わらなければ! アンタがいなければシルバーは!」 まるで僕のせいでシルバーが死んだと言わんばかりだ。
「最初からこれでよかったのに! あたしはシルバーがいればそれでよかったのに!」
 さらに熱量が高まり、その一部が熱波となってこちらに押し寄せる。
「アンタさえいなければ!! アンタが、アンタが死ねばよかったのよぉー!!」
「ゴールド! 逃げるわよ!」
 ランの絶叫と共に、猛烈な熱風が押し寄せてくる。
 香草さんは咄嗟に僕を蔦で取り上げ、そこから逃げ出す。
 僕は反射的にやどりさんの襟首を掴んだ。
 意識を取り戻したやどりさんが水の膜を張る。
 同時に、水を噴射して僕達を加速させた。
 先ほどの爆発から逃れ、燃え残っていた可燃物が片っ端から燃えていく。
 馬鹿げた熱波だ。
 熱の濁流が、狂ったように空間を飲み込んでいく。
 隔壁の手前まで逃れ、何とかまともに熱波に晒されることを避けることが出来た。
 しかしそれでもランから大した熱が損なわれた様子は無い。
 あれだけの熱を放出していながら、彼女は未だ煌々と輝いていた。
 限界が見えない。ここも安全とは言えない。
「やどりさん、チコさん、僕達が通れる大きさでいい! 隔壁をぶち抜いて! は、早く!」
 その声は、思いのほか震えていた。
 ランに対する恐怖も無いとは言えない。
 でもそれより、彼女に死ねと言われたことがショックだったのだ。
 彼女は、本当にシルバーのことしか見えていなかったんだな。
 僕なんて、ただの他人、いや、むしろ彼らの間に割り込む敵。
 そのように思われていたんだな。
 僕だけだったのか。
 昔の、あの三人で過ごした日々を、大切に思っていたのは。
 生命の危機に、何を寝ぼけたこと言っているんだと思われるかもしれない。
 この旅に出てからの、度重なる恐怖と命の危機で、僕の危機意識はすっかりおかしくなってしまったみたいだ。
 そもそも、こんな自分の命を自分で危険に晒すような計画に参加してしまった時点で、僕はもうどうかしていたのかもしれない。
 シルバーを失い、ランから罵倒され。
 確かに、彼女の言うとおり、僕は最初から関わるべきじゃなかったのかもしれない。
「ゴールド! 開いたわよ!」
 彼女の方を見ると、分厚い隔壁を貫いて、ギリギリ人一人通れそうな穴が開いていた。
 この短期間でよくやったものだ。
「チコさんから通って!」
「いいえ、ゴールドから!」
「いいから! 早く通って! 隔壁の向こうの安全を確保するんだ!」
 僕はそう言って彼女を先に通らせる。
 隔壁の向こうに敵がいるだなんて思っちゃいない。
 今この場にいるまともな戦力は香草さんだけだ。
 だから彼女の安全を真っ先に確保しなければならない。
 今僕達に揉めている猶予は無い。
 それは彼女もよく分かっているのだろう。
 普段なら食い下がるところだけど、彼女は僕を何か言いたげに一瞬見たものの、すぐに隔壁の向こうに潜った。
 ランを一瞥する。
 白々した火柱に彼女は包まれていた。
 とてもじゃないが話なんて出来る状況ではない。
 頭を伏せ、隔壁を潜った。
 上体を向こうに出したところで、香草さんによって引っ張られる。
「やどりさんも早く!」
 隔壁を抜けると、僕はすぐに向こう側に手を伸ばした。
 ボロボロになった着ぐるみの、ゴワゴワとした感触が手に返ってくる。
 そのまま彼女を引っ張るが、途中で動かなくなった。
「どうしたんだやどりさん!? まさか、ロケット団に掴まれて……」
「違う……き、きぐるみが、ひっかかって……」
 彼女はこんな事態にも関わらず、恥ずかしげにそう答える。
「着ぐるみなんて脱げばいいだろ!」
 一刻も早くここを通り抜けないと、いつロケット団から背中を狙われるか分からないってのに!
 彼らが姿を消しているのは機をうかがっているのか、それともさっきの熱波にやられて、まともに動けないのか。
 後者であって欲しいけど、後者だということを想定して行動することはありえない。
「で、でも……」
「いいから、早く!」
 僕は彼女の手を持ち、無理やり引っ張る。
 着ぐるみの腕のところとそこから上の部分は、余程脆くなっていたようで、あっさりと千切れた。
 そういえば、この着ぐるみも今まで散々痛めつけられてきたもんな。
 そしてそこが切れたことで、ずるりとその中身であるやどりさんが出てきた。
 当然全裸である。


896 :ぽけもん 黒  28話 ◆wzYAo8XQT.:2012/01/30(月) 23:49:12 ID:XiaE8fNk
「……っ」
「……な、あ、あっ!」
 両者の反応は予想通りであるので、僕はすでにそっぽを向いて、何も見ていないことをアピールする。
 そもそも二人ともそんな場合じゃないだろうに。
 上着を脱いで、やどりさんに差し出してやる。
「とりあえず、これ着て! そしたらすぐにその穴塞いで!」
 ロケット団の二人、窓を破って入ってくることも考えられなくも無いけど、これだけの大騒動になると、この周囲に警戒が集まっているはず。
 つまり外にでればその瞬間、下手したら集中砲火を浴びせられることになる。
 さらにあの二人は大分消耗しているはず。
 窓の強化ガラスを破るのにも苦労するはずだ。
 ランの熱波を避けるためにも、彼らの追撃をかわすためにも、まずはこの穴を塞ぐべきだ。
 ちょうど計ったように穴から炎が噴き出し、僕達を焦がす。
 一触即発であった香草さんとやどりさんもこのことで頭が冷えたらしい。
 二人して急いで穴を塞いでいく。
 そのとき僕は気づいてしまった。
 僕の上着は度重なるダメージを受けてボロボロになっており、やどりさんの大事な部分がまったく隠れていないことを。
 普段なら嬉しいんだけど血の気が引いていく。もしこれに香草さんが気づいたら。
 彼女も必死だったのか、幸いにも香草さんはそのことに気づくことなく、穴を塞ぎ終わった。
 同時に、地響きがし、建物が大きく揺れた。
 隔壁ごしでも熱が伝わってくる。
 他の場所での戦いはどうなったんだろう。
 通信機器が壊れている今、僕にそれを知る術はない。
「もう少し離れよう、ここじゃ危険だ」
 隔壁を警戒しておきたいんだけど、それよりも僕達の安全が優先だ。
 建物が何だか傾いてきている気がする。
 もしかして、この建物はもう保たないのかもしれない。
 結局、ロケット団から人々を守ることは出来たものの、ラジオ塔を守ることは無理そうだ。
 僕達が隔壁から大きく離れたころ、ひときわ大きな爆発が起こり、隔壁が吹っ飛んだ。
「ぐうう!」
 やどりさんが超能力で器用に僕達に飛んでくる大きな瓦礫を逸らし、力を壁のようにして小さな破片からも僕達を守る。
 香草さんも光の壁とリフレクターを発動し、ダメージを低減した。
 先ほどまで僕達がいたところは見事に吹き飛んで、跡形もなくなっていた。
 隔壁があった場所の向こうには、ちょうど円の形をしたクレーターが出来ていた。
 すべてが赤熱し、何もかもが赤く融け、まるで溶岩でも噴き出したかのようになっている。
 これを、ランがやったのか。
 肝心のランも、影も形も無い。
 これほどの熱を発したんだ。おそらく彼女も……
「ラン……シルバー……」
 駄目だ、ここにいても熱で肌が焼かれる。
 僕は瓦礫の影に屈みこんだ。
 く……どうして、どうしてこんなことに……
 ロケット団を撲滅し、大勢の人を救おうとした結果がこれだ。
 僕達は、一体何のために……
「ゴールド、危ない!」
 その言葉を聞くか聞かないかのところで、体が勝手に浮き上がり、後方に吹っ飛ばされた。
 その直後、僕のいたところに小規模の爆発が起こる。
 そこには黒い塊が突き刺さっていた。
 これは、ハシブトの不意打ち?
 そんな、まさか!
 そこには、血まみれでボロボロのハシブトと、ロケット団の男が立っていた。
 顔面も含め、いたるところに酷い火傷が見られる。
 しかもハシブトの腹部には、大きな瓦礫が突き刺さっていた。
 生きていたなんて! どうやって逃げ延びたんだ!?
 とはいえ、相手は満身創痍。もう勝負は付いている。
「お前ら……もう諦めろよ……」
 こいつらのせいで、シルバーは死んだ。
 それなのに、不思議と彼らに対して強い怒りは沸かなかった。
 あるのはただただやるせなさだ。
 復讐という形ですら、もうこいつらと関わりたくない。
 香草さんが両手から蔦を伸ばし、ハシブトと男を拘束した。
「俺バァ! 成功ズル! 成功ジデ、ノシ上がッデ、ゴノ国を変エデヤルんダァ!!」
 口から血の泡を飛ばしながら、男がそう怒鳴る。もうその目に正気は無かった。
 男の言葉が、やたら気に障った。
「そんな幼稚な妄想のために、どれだけの人間を犠牲にしたと思っているんだ、お前はぁああああ!」
 僕は体当たりを食らわせ、男を押し倒す。
 咄嗟に、鋭利な瓦礫が目に入った。
 僕はそれを両手で掴むと、思いっきり振りかぶり、男の胸に突き立てた。
 その切っ先は骨に当たり、骨の隙間にずれ込むようにして肉の中にめり込んでいく。
「ぐ、ヌオオオオオオオオ!!」
 それは、酷い断末魔の叫びだった。
 彼の死に顔は、間違いなく僕の見てきた中で一番酷いものといえるだろう。
 大悪党に相応しい、悲惨な末路だ。


897 :ぽけもん 黒  28話 ◆wzYAo8XQT.:2012/01/30(月) 23:49:30 ID:XiaE8fNk
「はぁ、はぁ。はは、ざまあみろ」
 僕はその悲痛に歪んだその死体に、そう吐き捨てた。
 脱力し、瓦礫の山にへたりこむ。
 終わった。これで全て終わったんだ。
 ロケット団の作戦は完全に失敗した。
 肝心のラジオ塔が全壊してしまったんだから、僕達の作戦も成功とは程遠いけど。
 しかし僕の胸に去来するのは達成感でも、勝利の愉悦でもなく、ただ空虚のみだった。
 何も得ることが出来なかった。
 ただ失うだけの戦いだった。
 シルバー。
 この作戦が成功するには、やっぱりお前が生きてなきゃ駄目だったんだよ。
 僕じゃなく、お前が……
 虚しさに支配され、呆けている僕の腹部に、突如強い衝撃が走った。
 腹部にめり込んでいるのは鳥の翼。
 真っ白になる視界に、驚愕している香草さんの顔がうっすらと映る。
 香草さんの前には、確かに縛られたハシブトの下半身があった。
 コイツ、まさか、自分の下半身を引きちぎって!!
 誰もが想像もしていなかった。
 それゆえ、誰も反応することが出来なかった。
 飛行なんていうまともなものじゃなく、ただの勢い任せの突進。
 しかしそれは、それでも僕を壊れた窓の外に投げ出すのに十分な威力だった。
「グギャギャギャギャギャギャギャ!!」
 野太い、狂ったような叫びが、どんどん僕から遠くなっていく。
 僕が落ちているから。
 下は瓦礫。
 助けてくれる人はいない。
 つまり、死ぬ。
 僕は呆然と落ちていった。
 何の感慨も沸かない。
 こういうときには、今までの思い出が走馬灯のように見えるって言うけど、そんなこともない。
 その代わり、世界がスローモーションで見えるってのは本当だったようだ。
 僕が落ちた窓が、酷くゆっくりと遠ざかって行く。
 なんだか酷くあっけない。
 シルバーも、こうだったのかな。
 ランは……そんなことはなさそうだな。
 彼女は最後までシルバーのことだけを想って死んでいったのだろう。
「ごーるどぉおおおおおおお!!」
 誰かの絶叫が、僕の耳に届く。
 ああ、最期だってのに、ちっとも香草さんのことが頭に浮かばなかった僕は、だめな彼氏だな。
 そう思った。
 世界がどんどん加速していき、体に強い衝撃が走った。
「ううっ!」
 痛みで呻くが、あんなに高いところから落ちたにしては随分大したことの無い痛みだ。
 あんまりに強い痛みだから感覚が麻痺してるのかな。
 それに、何だか風を感じる。
 まるで空を飛んでいるみたいだ。
「ごーるどぉ!!」
 大声で呼びかけられた。
 まるですぐ傍から呼びかけられたような……
 目を開けると、僕は本当に空を飛んでいた。
 な、なな、これは!?
「会いたかったです! ごーるどぉ!」
「ポポ!」
 首を上げて見えたのは、満面の笑みで笑うポポの姿だった。
 僕はちょうど彼女の両足に掴まれている形らしい。
「ポポ、君が助けてくれたんだね!」
 地面に落ちる寸前のところで、彼女に救出されたのか。
「はいです!」
 久しぶりに見るポポは以前と何も変わりなく……いや、以前よりさらに力強く、美しく見えた。
「ポポ、ありがとう」
 今まで張り詰めていた緊張の糸が切れ、僕は意識を失った。