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958 名前: ◆wzYAo8XQT.[] 投稿日:2012/02/20(月) 17:06:59 ID:0qDfGH0o [2/9]
 ラジオ塔の跡には、テロの慰霊碑としてモニュメントが立てられることになった。
 この事件でのロケット団を除く死者、行方不明者は二人だけ。
 つまり事実上、その慰霊碑はシルバーとランの墓だ。
 モニュメントを立てることを提案したのはラジオ塔の局長らしい。
 シルバーとランの話を脚色し、構成しなおし、あっという間に二人をロケット団に人生を翻弄された悲劇の男女に仕立て上げた。
 それを元にしたドラマも現在制作中だそうだ。流石、広告というものを扱う商売人なだけあって、よく言えば人心を掴む様なパフォーマンスがうまい。悪く言えば人でなしだ。
 ランが作った溶岩溜まりのせいで、改修に多くの金がかかる土地を、たいした金も使わずに見事に有効活用してしまった。
 お陰で広告収入は激増、人々の支持もうなぎのぼり、得られた収益は新ラジオ塔を建てても余りあるものだという。
 だけど、そんな打算や計算は僕には関係の無い話だ。
 僕にとって大事なのは、確かにここに慰霊碑が建ち、そしてそれがテロやロケット団を憎むシンボルとなり、そして二人の死が人々に悼まれるようになったという事実だけだ。
 シルバーやランはそんなものには何の価値も見出さないと思うけど、僕にとっては大事なことだった。
 確かに、彼らは生きていたんだ。
 歪んだ形であれ、彼らの生は多くの人々の中に残ることが出来た。
 それが、僕にとってのせめてもの救いだった。



 あれから。
 地獄より生還した僕達を待っていたのは、警察の猛烈な事情聴取だった。
 ロケット団撲滅のためとはいえ、僕達のしたことは明らかな違法行為である。
 当然、真実を話したら逮捕は免れないだろう。
 ロケット団撲滅に協力してくれた大抵の人間は、普段は社会に属し、真っ当に生きている人間だ。それはまずい。
 だから事を起こした後の対応は事前に打ち合わせてあった。
 リーダーであるシルバーが死んでしまったから、指揮系統は壊滅かと思われたが、あのシルバーの傍らにいた男が見事にメンバーをまとめて、全員に適切な行動を取らせたようだ。元々、シルバーはただのお飾りで、あの男が実質的なリーダーだったのかもしれない。そうなると自分よりも支持を得られなさそうなシルバーをわざわざリーダーとして立てた意味がいまいちよく分からないけど。
 ちなみに僕に与えられたシナリオは、旅の傍ら、観光にラジオ塔に着たら事件に巻き込まれ、ロケット団に襲われたので応戦した、というものだ。
 僕の釈明に警察も納得はしていないようだったが、この度の事件で一気にロケット団撲滅の機運が高まり、警察も、それにせっつかれる形で大量の人員をロケット団撲滅に投入することとなったので、僕らの事情聴取に裂く人員も惜しいらしく、また、加害者であるロケット団を放置して、世間的には被害者に見える僕達を問い詰めるというのも、世間の目からすればよろしくないらしく、僕達は程なくして開放された。
 今回の事件で一番割りを食ったのは警察と言えなくもない。
 彼らは今後、世間から強い不信感を向けられながらも、命すら保障されていない危険な案件に地道に取り組んでいかなければならないのだから。
 同情しなくもないけど、僕には関係の無い話だ。
 警察から開放された僕達は、そのままポケモンセンターに避難した。単に警察病院からポケモンセンターの病棟に移動になっただけなんだけど。
 そう、事情聴取を受ける以前に、僕はまず警察病院に収容されていた。ポポに助けられてから、次にまともに意識を取り戻すまで一週間もかかったらしい。
 一週間も意識が戻らないような重症だ、警察の事情聴取が終わっても当然退院できるような状態ではなかったというわけだ。

 ポケモンセンターに移り、警察からの事情聴取から解放されたと思ったら、今度はマスコミの取材に晒される羽目になった。
 根掘り葉掘り話を聞かれるくらいならまだいい。それどころか、中には事件とぜんぜん関係ないことを調べたり、勝手なシナリオを自分の中で組み立てて、そのシナリオに欲しい証言を無理やり引き出そうとするものまであった。一部ゴシップ誌では、僕は立派な犯罪者として扱われていることだろう。見てもいないけど。
 香草さん、やどりさん、ポポが復活してからは、三人で、犯罪紛いの方法で記者たちを撃退してくれたみたいで、ようやく平穏が訪れた。
 彼女らのやり方が正しいとは思えないけど、事件からずっと休む間もなかった今の僕にはありがたかった。

959 名前:ぽけもん 黒  29話 ◆wzYAo8XQT.[] 投稿日:2012/02/20(月) 17:07:52 ID:0qDfGH0o [3/9]




 一度だけ、あの男から連絡があった。
 反ロケット団のメンバーで再び会わないか。と。
 迷うことすら無く断った。
 今の僕には、興味も無いことだった。
 それに、もうこれ以上ロケット団と関わりたくなかった。
 なんでそんな拒否反応を起こしたかと言えば、僕は嫌だったのだ。
 今作戦の成功を、リーダーの墓前に捧げよう、だとか。
 私達はシルバーという偉大なリーダーを失った。だが、彼の意思をここで潰えさてはいけない、とか。
 そうやって僕達の慰めや士気高揚のために、シルバーやランをだしに使われることが。
 ラジオや世間の人間がシルバーとランを美化することは許せた。だけど、僕達の仲間だった彼らが、作り物のドラマなんかじゃない、真実を知っていた彼らがシルバーとランを美化することは許せなかったのだ。
 それにもしシルバー達の遺留品でも渡されたら、僕はどんな思いでそれを受け取ったらいいというんだ。
 僕がその申し出を断ったとき、男はとても残念そうにしていた。だけど、それでも彼の気持ちに答えようとは思わなかった。
 僕は、一人で彼らの死を悼みたかった。
 僕は、僕の知っている以上の彼らなんて知りたくも無い。
 もう全ては終わったことだ。
 もう終わらせてくれ。



「ねえゴールド、調子はどう?」
 香草さんが僕の様子を伺いにやってきた。
 もはや日課となっている。

 体調が回復して、一般病棟に移されてからというものの。
 僕はこうして、一日中引きこもっていた。
 僕相手に詰め掛ける大勢の人間のせいで僕には一人用の病室が宛がわれたというのが、無遠慮に押しかけた彼らが僕に齎してくれた唯一の利益だ。
 何かに大きな拒絶感があるというわけではなかったけど、とにかく気だるく、何もする気が起きない。
 だからこうして日がな一日、ベッドでゴロゴロして過ごしている。
 何かする以前に、そもそも思考がまとまらない。
 何もかも薄く靄がかかっていて、価値を感じない。
 僕の今までの人生は、一体なんだったのか。
 僕が今までやってきたことは、一体なんだったのか。
 何が意味あることで、何が無意味なことだったのか。
 それとも、何もかも無意味だったのか。
 まともに思考にならない。
「今日も気分が悪い……」
「そう……でも、こんな暗い部屋に一日中いたんじゃ、よくなるものもよくならないわよ」
「僕、光合成しないし……」
「わ、わたしだって光合成だけのために外に出るんじゃないわよ!」
 僕が黙っていると、香草さんは「早く元気になってね」とだけ言い残し、部屋の前から立ち去った。
 普通の人間が当然のようにできることも満足に出来ず、香草さんにまで心配をかけて。
 僕は、人以下だ。
 人間の屑そのものだ。
 やっぱり、僕は死んでいるべき人間だったのかもしれない。
 でも死ぬったって、どうやって死んだらいいんだ。
 人の迷惑にならない、それでいて簡単な死に方は無いものか。
 僕が死んだら、きっと香草さんやポポ、やどりさんは悲しむんだろうなあ。
 でもどうしようもない屑人間の僕だ。どうせ生きていたって彼女らに更なる苦労を負わせるだけだ。
 現に今だって。
 ああどうして僕は。

960 名前:ぽけもん 黒  29話 ◆wzYAo8XQT.[] 投稿日:2012/02/20(月) 17:08:23 ID:0qDfGH0o [4/9]
 そうやって一人、部屋で鬱々と過ごす。
 そういう日々がさらにもう一週間続いたころ。
 鍵をしてあるはずの部屋の戸が盛大に開いた。
「う、うわああああああ!!」
 ロケット団からの暗殺者かと思って大げさに驚く。
「あら、思ったより元気じゃない。いい反応だわ。もっと無反応だと思ってたのに」
「か、香草さん!?」
 だが部屋の戸を破って入ってきたのは他ならぬ香草さんだった。
「何やってるのさ! 病院の戸を壊しちゃだめだよ!」
「なんだ、もうすっかりいつものゴールドじゃない。安心したわ」
「安心したわ、じゃない……よ……」
 文句を言おうとしたのに、香草さんに抱きつかれ、僕は閉口してしまった。
「いいのよ、ゴールド。私がいる。私が、ずっと傍にいるから……だから大丈夫よ」
 彼女はそう言って、僕の頭を撫でる。
 今までほとんど動かなかった感情が、まるで溶けたように一気に動いた。
「う、うわああああああああああ!!」
 僕は香草さんに強く抱きつき、思いっきり泣いた。
 今まで泣くべきときに泣けなかった分を、まとめて出したように。
 香草さんは何も言わず僕を抱きしめ、頭をなでてくれる。
 結局、ただきっかけが必要だっただけなのかもしれない。香草さんである必要なんてどこにも無かったのかもしれない。
 でも、僕は確かに救われた。彼女の体温が、呼吸が、そして心臓の鼓動が僕を癒してくれた。
 ありがとう、香草さん。

 小一時間ほど経ったときだろうか。
「あーっ! なんでチコがここにいるです!」
「抜け駆けは、許さないって契約だったのに……」
 ポポとやどりさんが壊れて閉まらなくなったドアの向こうに立っていた。
「ポポ、やどりさん」
 二人の顔をまともに見るのも、随分久しぶりだ。
 そういえば、香草さんだけ来て、やどりさんやポポが来ないのは不自然と言えば不自然な話だ。
「しかも、な、なんで二人で抱き合ってるですか!!」
「夜這い……しかも白昼堂々……許せない」
 何だか雲行きが怪しくなってきた。
「べ、別に私はただこんな暗い部屋にずっといたらゴールドが腐っちゃうと思って、日に当てようかと思って」
「黙れですこの光合成脳!」
「う、うるさい! 元気がないときは太陽に当たるのが一番なのよ!」
「私達が検査に行っている隙に……」
 ああまずい。このままではきっとまた争いが……!
「そ、そうだ! 皆で散歩に行こうよ! 天気もいいしさ!」
 強引に話を変える。
 ああ、僕の束の間の平穏もここまでかな。

 散歩から帰ると、みんなそれぞれ自分の病室へと戻っていった、というか戻らせた。
 香草さんもやどりさんもあの戦いでの怪我は決して軽症とは言えなかったし、ポポも病室を無理やり抜け出して、しかも相当の無茶をしたせいで、僕達はそろいもそろって仲良く入院中なのだった。
 といっても、みんな治りが早くて、まともに入院している必要があるのは現在では僕だけなのだけれど。
 帰った後、看護婦さんからドアを壊したことについてたっぷり説教を食らった。
 悪いのは僕達だから、粛々と受け止めるしかない。
 代わりの部屋もないので、簡単な修理だけしてその部屋を使い続けることとなった。
 どのみち、マスコミや野次馬も減ってきたし、数日中に集団病室へ移ることになるかもしれないらしい。

961 名前:ぽけもん 黒  29話 ◆wzYAo8XQT.[] 投稿日:2012/02/20(月) 17:10:41 ID:0qDfGH0o [5/9]




「ゴールド、入っていいです?」
 夜遅く、ドアの向こうから声がかけられた。
 この高く甘えるような声はポポのものだ。
 その声には若干の不安の色が滲んでいる。
「だめだよ、こんな時間に。ちゃんと部屋にいないと」
 僕がそう返事すると、扉の向こうで、微かに衣擦れの音が聞こえる。
 泣いて、いる?
「ごーるど、だいじな話なんです……」
 声は泣き出す一歩手前と言ったようなものになっていた。
 大事な話……そう言われると、聞かないわけにもいかない。
「しょうがないな、入っていいよ」
 僕は簡易鍵を外し、部屋の戸を開ける。
 扉の向こうのポポは、両翼を下ろし、俯いていた。
 まるで親に怒られた子供みたいだ。
「ありがとですゴールド!」
 僕が戸を開けたのを見ると、彼女は顔を上げてぱあっと笑った。
 彼女はぴょこぴょこと弾んだ調子で部屋に入る。
 とてとてと床が鳴った。
「それで、大事な話ってなんだい?」
 僕は扉を閉め、鍵をかけ直しながら聞く。
 すると後ろから飛び掛られた。
「ポポ!?」
「ゴールドとこうするの、久しぶりです!」
 そういえば、ラジオ塔で僕を助けてくれたときはすぐに気絶しちゃったし、それから今まではすっかり部屋に引きこもっていたから、彼女が僕に抱きつくのは本当に久しぶりだ。
「そういえばそうだね。ごめんね、色々心配かけちゃって」
「そうです。目が覚めたときゴールドがいなかったときは本当に、本当に心配だったんですよ」
 ああ、そういえば、時間の都合上仕方が無かったとはいえ、怪我で入院しているポポを丁子町に置き去りにしてきてしまったんだった。
「ポポ、もしかして、ゴールドに捨てられたんじゃなないかって……えうっ、ひぐっ……」
「ああごめんよ! 緊急事態だったんだ! 僕がポポを捨てるわけないよ!」
「ごーるど、ほんとですぅ?」
 彼女はそう言って涙目で見上げてくる。
 う、これは非常にまずい気がする。
 言い過ぎたかもしれない。
「いや、あのっ、その……」
 ポポを捨てるわけ無いって、別にそんな意図は無かったんだけれど、知らない人が聞いたら二股宣言じゃないか。
 でもポポは知らない人じゃないから、そんな心配は杞憂か。
「ポポ、ゴールドになら、全部あげられるですよ……」
 全部って何の話だ!?
 僕の思考を知ってか知らずか、ポポは上目遣いで僕を見上げる。
「だからぜぇーんぶ、ゴールドのものにして下さいです!」
 ポポはそういいながら僕に寄り添うように体を近づける。
 ポ、ポポぉー!?
「そ、そんなことより、大事な話って何だったの?」
 どうも風向きが悪い。
 体を離しつつ、強引に話を逸らす。
 そんな僕に対し、ポポは大げさに驚いた顔をして、そして僕にすがり付いてきた。
「そんなことって、ポポは……ポポはゴールドにとって、そんなにどうでもいい存在なんですか!? ひどいです! ポポは、ポポはゴールドさえいれば、他になにもいらないのに!」
 子供ならではの純真さって奴だろうか。
 その純真さが直接僕の胸の抉り抜く。
 うぐ、違うんだ、違うんだよポポ。
 ポポのことがどうでもいいわけじゃないけど、僕には香草さんという大切な彼女がいるんだ。
 ポポのことばかり見ているわけにはいかないんだよ。
「それとも、ほんとにほんとだったですか……?」
「な、何がさ」
「ゴールドが、チコのこと好きだって言うこと」
 部屋の中から一切の音が失われた。
 静か過ぎて耳鳴りがする。途端に寒気を感じる。
 僕がこれに答えたら、きっとポポは悲しむ。
 自分が大怪我をして気を失っている間にこんなことになっているなんて、ポポにとっては騙まし討ちもいいところだろう。
 でも、僕は言わないわけにはいかない。
 ここでポポに気を使っても、彼女を余計悲しませることになるだけだ。
 だから僕は、背筋に走る激しい悪寒を無視し、答えた。
「うん、そうだよ。僕は香草さん……いや、チコに告白した。僕と彼女は付き合うことになったんだよ」
 何故か冷や汗が流れる。
 数秒の沈黙の後、ポポが口を開く。感情を押し殺したその声は、酷くザラザラしていた。
「……そんなの、おかしいです」
「おかしいって、何がおかしいんだ?」
 僕は努めて優しい声色で話しかける。何でだ。どうしてこんなにも悪寒が止まらないんだ。か、風邪でも引いたかな?
「……ごーるどは、ぽぽのきもちには、こたえてくれませんでした。それなのに、ちこにだけこたえるのはおかしいですよ」
 酷く可愛らしいその声が、雑音染みて感じられる。
 僕の目の前にいる、小さな少女が、まるで魔物のように見えた。

962 名前:ぽけもん 黒  29話 ◆wzYAo8XQT.[] 投稿日:2012/02/20(月) 17:11:03 ID:0qDfGH0o [6/9]
「……おかしくなんか無い。僕は、チコが好きだったんだよ。他の誰よりも」
「それは、ぽぽよりも、ですか?」
「……うん、そうだ」
 空気が震えた。
 部屋中のものが、カタカタと細かく震えている。
 地震?
 いや、違う。
 僕はこれが何か知っている。
 本当は、ずっと前から知っていた。そしてようやく、それが何かを自覚した。
「……うそ、です」
 硬いその言葉は、僕には懇願染みて感じられた。こんな小さな少女の、こんな健気な気持ちを裏切る。そのことに僕の胸は酷く痛む。しかしもうここで引き返すわけにはいかなかった。恐怖を押し殺しても、前に進まなければならないと思ってしまった。
「嘘、じゃない」
 それは明らかな失敗だった。
「うそです!!」
 瞬間、空気が爆発した。
 それはポポを中心として、部屋中の全て、いや、建物そのものを飲み込んでいく。
 僕は壁に叩きつけられた。
 その壁も、ここにいるのを拒否するかのように激しく震えている。
 濁流に翻弄されるように、僕も身動き一つ取れない。
 まるで巨大な化け物の手に全身が握られたような感じだ。
 ラジオ塔で、激昂したランを目の前にしたときと同じ感覚。
 間違いない。これは――
「だめですよ、ごーるど、そんなこといっちゃ」
「ど、どういうことだ?」
 もう彼女の機嫌を伺うような声色は使わない。
 毅然と、傍から見れば、ただの震えた情けない声かもしれないけど、僕の中では精一杯の虚勢を張る。
「だって、ぽぽは、ごーるどがいなきゃいきていけないですよ?」
 彼女が一歩僕に近づく。
 彼女が足を下ろした床が、発狂したかのように爆ぜた。
「だから、そんなこといっちゃ、だめです」
 一歩、また一歩と彼女は僕に近づく。
 壁に一斉に細かい皹が入り、それを飲み込むように大きな亀裂が走る。
「僕が、なれるのは、君の保護者までだ! もう僕は、それ以上には、なれない!」
 彼女は翼を伸ばし、そっと僕の頬を撫でた。
 肌が粟立つ。

963 名前:ぽけもん 黒  29話 ◆wzYAo8XQT.[] 投稿日:2012/02/20(月) 17:12:01 ID:0qDfGH0o [7/9]
 僕の頬を撫でたまま、彼女は一気に僕に肉薄した。
 ぴょこんと傍に飛びよってくるような、普段どおりのとても可愛らしい動作で。
「ほごしゃでもいいですよ。ぽぽは、ごーるどがぽぽだけみてくれるなら、なんだっていいんです。ぽぽは、ごーるどがほしいものなら、ぜんぶあげるですよ?」
「……君には、僕の一番欲しいものをくれることは出来ないよ。絶対に」
「だいじょうぶですよぉ。だって、ぽぽが、ごーるどのいちばんほしいものになるですから」
 彼女がニッコリと微笑むと、一際強い殺気が僕を飲み込み、僕は身動きが取れなくなった。
 息をするのも苦しい。暴風の中にいるようだ。
 まるで猛獣が捕まえた獲物を舌で舐めるように、ポポは僕の頬に舌を這わせる。
「ふふっ、ポポの愛おしいひと。そんなに怯えなくても大丈夫ですよ。ポポが、ポポが幸せにしてあげますからね」
 悪魔染みた囁きに、背筋に怖気が走った。
 何とか恐怖を払って彼女を突き飛ばそうとするが、やすやすと避けられた。
 勢い余った僕はそのまま床に倒れる。
 彼女は倒れた僕の上に飛び乗った。
「うふ、うふふふふ、ごーるど、ああごーるど」
 彼女の足に力が増し、僕の背中に軽く鍵爪が食い込む。
 体を捩って見上げると、彼女の表情はまさに恍惚と言うものだった。
 堪えきれない、と言った風に、両の翼の先を自分の頬に当てている。
 今の僕には、その笑みが酷くサディズムに溢れたものに見えた。
 まったく似ても似つかないのに、獲物を捕らえた猛禽を連想させられる。
「ポポ、君は獣とは違う。自分の感情をコントロールすることができるはずだ。だからこんな馬鹿なことはやめてくれ。今なら、すべて無かったことに出来る」
 場違いな上から目線の説得だ。
 だけど、へりくだっても意味は無いだろう。
「や、で、す。ぽぽは、なんにもなかったことにするきないです」
「く、ポポォー!!」
 僕の激昂と共に、扉が爆発したように裂け、部屋に爆風が吹き荒れる。
 見るまでも無い。二人が、僕を助けに来たんだ。
「チコさん! やどりさん!」
「ゴールドを離せ、この畜生がァ!」
 瞬間、僕は助けに来てもらったことを後悔した。
 香草さんは未だかつて無いほど怒り狂っている。
 ついさっき感じた恐怖の暴風が、そよ風に感じるほどだ。
 部屋の戸が破られた瞬間、僕はポポによって窓枠のところまで運ばれていた。
 片足で僕を掴み、もう片足で窓枠を掴んでいるポポが、香草さんを挑発する。
「遅かったですねえ! チコはいつも遅すぎるですよ。今まではたまたま運よく手遅れにならずに済みました。でも、そんな幸運は続かないですよ」
 そういうと、ポポは窓枠が爆ぜるほどの力で、思いっきり窓枠を蹴っ飛ばした。
 ほんの刹那遅れて香草さんの蔦が空気を切り裂くが、もう遅い。
 ポポは僕を抱えていながら、すでに高く、蔦の死角に飛び上がっている。
 香草さんは蔦によりすぐに屋上まで這い出てくるが、そのときにはポポはさらに遥か上だ。
 彼女の蔦の有線範囲を遥かに超えている。
 やどりさんも念力で飛んでくるが、やはりポポと比べればその速度は雲泥の差だ。
 何より、やどりさんは念力で無理やり跳んでいるだけだ。
 天性の飛行動物であるポポに勝てる道理はない。
「うふふ、くふふふふ」
 ポポは空気が漏れるような、不快な笑いを漏らし続けている。
 突如、その笑みが止まった。
 そしてポポの全身に力が満ちたかと思うと、僕は強い衝撃を覚えた。
 あまりにも急速な方向転換に、僕の体が耐えられなかった。
 全身を強打されたかのようになって、気絶寸前の僕の視界の端に、香草さんが映った。
 背後には無数の蔦が伸びている。
 まさか、蔦を使って、自分を跳ね飛ばしてきたのか!?
 本当に無茶をする。
「うわああああああああ!!」
 そしてその蔦を引き戻すようにして、ポポを刈るように振り払った。
 ポポが息を呑む気配を感じる。
 しかし、その蔦は寸での所で空を切った。
 香草さんの顔が絶望に染まるのが分かる。
 彼女に空は飛べない。
 後は、落ちていくだけである。

964 名前:ぽけもん 黒  29話 ◆wzYAo8XQT.[] 投稿日:2012/02/20(月) 17:12:23 ID:0qDfGH0o [8/9]
「いや、ごーるど、ゴールドぉおおおお!!」
 彼女は叫びと共に手を伸ばす。
「チコオオオオオオオオオオ!!」
 僕も手を差し出すが、しかしその手は圧倒的な距離に阻まれ、届かない。
「ふ、ふふ、ふふふふふ! これで、これでゴールドは、ゴールドはポポのものですうううううう!!」
 ポポは狂ったように笑う。
「ばいばい。地を這うことしか出来ない、哀れな生き物。その風もつかめない非力な腕で、ゴールドをつかめるわけがないですよ」
 泣き叫ぶ香草さんに、ポポは捨て台詞を吐くと、どんどん上空へと飛び上がっていく。
 香草さんが見る見る遠くなっていく。
 必死にこちらに向かって飛んでくるやどりさんも、あっという間に見えなくなった。
「うわあああああああああああああ!!」
 僕の絶叫は、広すぎる空に溶けて消えた。