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88 :変歴伝 第四話『会に合わぬ雑花』 ◆AW8HpW0FVA:2012/03/10(土) 00:48:32 ID:Q3G2sITg
新たに郎党に加わった一郎には異能があった。弓の扱いが卓越しているのである。
弓の腕は業盛も人後に落ちない自信があったが、一郎のそれは隔絶していた。
ある時、一郎は百五十歩離れた的の真ん中を射貫き、
さらに二の矢を構え放つと、それは最初に放った矢の矢筈に中って貫いた。
またある時は目隠しした状態で的を射貫いてみせた事もある。
流石の業盛でも、そのような芸当は真似出来ない。
だが、これほど技量に優れていても、古参達は一郎の郎党入りを頑なに拒んだ。
それに輪を掛けるように、一郎と鈴鹿を虐げる者まで出始めた。
業盛は火消しに追われた。出来うる限りの事をしたが、状況は一向に好転しなかった。
業盛にはこれ以上の方法は思い浮かびそうにない。
それでもない知恵を絞り、やっと捻り出したのは、自分の最も嫌いな人物に頼る事だった。
絶対にそいつだけには頼りたくなかったが、悩んでいる時間はなかった。
意を決した業盛は、鈴鹿と一郎を連れて山を越えた。


「なるほど、それで私のところに来たという訳ですか」
業盛の目の前にいるのは、平遠江守(とおとうみのかみ)重盛である。
平家の嫡男である重盛は、業盛の領地授与の手続きを全て行なった人物であり、
家中でも強い発言力も持っている。
領内のごたごたも、重盛に話せば解決するだろうと思ったのだ。
「……はい。私の力不足です……」
「……まぁ、そう暗い顔をしなくてもいいですよ。君のした事は理に適っています」
「……そう、ですか……」
業盛は重盛と目を合わせないように軽く横を向いた。
重盛はそれを咎めず、後ろに控えている鈴鹿と一郎に目を向けた。
「鈴鹿、君の歳は幾つかな?」
「十六です。隣の一郎は十になります」
「という事は、業盛より一歳年下か……」
思案する重盛の表情が、急に晴れた。業盛は一瞬嫌な予感がした。
「どうでしょう。君と業盛が義兄妹になるというのは。
血は繋がっていなくとも、義兄妹になれば赤の他人ではなくなります。
それに私が仲介すれば古参達も文句は言えなくなるでしょう」
「いや、それは流石に『お願いします!』なにっ!」
鈴鹿の声が業盛を遮った。慌てて振り返ると、鈴鹿が爛々と目を輝かせていた。
「私達のためにここまでしてくれる領主様と義兄妹になれるのならば、
これほど光栄な事はありません!」
「そうですか、では早速義兄妹の杯を交わしてもらいましょう」
なにやら本人不在のところで話が進んでいる。
なんとか断ろうとしたが、それよりも早く業盛の目の前には酒に満ちた杯が置かれた。
「こういうめでたい事は、早めにやった方がいいでしょうから」
「領主様、早く誓いの杯を!さぁ!さぁ!さぁ!」
最早、断れる雰囲気ではなくなっていた。


89 :変歴伝 第四話『会に合わぬ雑花』 ◆AW8HpW0FVA:2012/03/10(土) 00:49:09 ID:Q3G2sITg
今日は疲れただろうから泊まっていきなさい。そう言って、重盛は部屋を用意してくれた。
重盛の事は嫌いだが、上司の親切を無下に断る訳にもいかない、一日ぐらいは我慢しよう。
いつもの業盛であれば、その思考にありつけた。
しかし、現在は重盛に対する嫌悪感以上のものが、業盛に圧し掛かっていた。
「えへへ、あにさまぁ~」
鈴鹿が崩壊したのだ。背中に鈴鹿の大きな胸が押し当てられた。
「鈴鹿、近い、当っている!もう少し離れろ!」
「嫌です。それと、勘違いしないでください。当っているのではなく、当てているのです」
「そっ……そんな事はどうでもいい!俺が言いたいのは、分を弁えろという事だ!」
「分とはなんですか?兄様は兄様です。妹が兄に抱き付いてなにが悪いのですか?」
鈴鹿はますます抱き締める力を強めた。
業盛は一郎の方を見た。一郎は一郎で、そっぽを向いていた。どうやら助ける気がないらしい。
このままでは、過ちが起きないとも限らない。
「……はぁ……、買い物に行ってくる。二人はそこで待っていてくれ」
なんとか理由を見付けて、業盛は外に飛び出した。


業盛が買う物といったら果物ぐらいである。
季節的に李が旬だったので、それをいくつか買った。
香り高く、瑞々しい李を見つめる業盛の心中は、重盛の屋敷に帰りたくない、というものだった。
予想だにしなかった展開は、業盛の精神をごっそりと削り、疲弊させた。
この疲れを取り除く術は、甘酸っぱい果物を食べる事しかない。
ちょうど近くに酒家を見つけた業盛は、そこに腰を下ろした。
二、三個李を食べ終えた業盛の耳に、聞くに堪えない声が入ってきた。
そちらの方に目を向けると、十人ほどのごろつきが誰かを囲って脅していた。
手に付いた果汁を舐めた業盛は、道端の石を何個か拾うと、おもむろに立ち上がった。


「前は邪魔が入ったが、今度こそ落とし前付けてもらおうかぁ~」
「やれるものならやってみなさいよ!その汚い手で触ったらただじゃおかないんだから!」
「ただじゃおかないだぁ~?どうおかねぇん……ウガッ!」
女に手を出そうとしたごろつきの一人が、白目を剥いて卒倒した。
突然の出来事に、ごろつき達は騒然となった。
そのごろつきの集団の中に、以前業盛のライチを駄目にしたデカブツとチビもいた。
「あっ……兄貴あれ!」
「なん……ゲギャ!」
しかし、すぐにデカブツは悲鳴を上げて卒倒した。チビはまたも下敷きになった。
「なんなんだよ、これ……。逃げろ……、逃げろぉおお!!」
ごろつき達は、卒倒した者達を担ぎ逃げた。
後に残っていたのは、これまた以前業盛を罵倒した不躾女だけだった。
その不躾女が、不機嫌そのものの顔で業盛に迫った。


90 :変歴伝 第四話『会に合わぬ雑花』 ◆AW8HpW0FVA:2012/03/10(土) 00:49:59 ID:Q3G2sITg
「……あんた、また勝手な事を……。……前にも言わなかったっけ。勝手な事をするなって。
一度言った事も理会出来ないなんて、本当に馬鹿ね、あんた……。
そこまでして私と付き合いたいのかしら?」
業盛の胸倉を掴み、女はそう言った。その見下したような態度に、流石の業盛も鶏冠に来た。
「以前も今回もそうだが、助けてやったのにその言い方はなんだ!
それに、なに訳の分からない事を言っている。なんで俺がお前と付き合わなければならんのだ!」
「なに強がってんのよ。あんたも私目当てなんでしょ。
言っとくけど、私はあんたみたいな童顔の餓鬼は端から願い下げなの。
分かったらさっさと目の前から消えなさい。……あぁ、言っても分からないか、あんた馬鹿だし」
「いい加減にしろ!こっちだって、お前みたいな不躾女願い下げだ!そっちこそ失せろ!」
「ッ……、人が親切に言っていればいい気になって……。
……いいわ、馬鹿のあんたにも分かるように教えてあげる」
そう言って、女は傲然と歩き出した。

案内された場所は、都の中にある中規模の屋敷だった。
「ここは私の家よ。ここだったら大声を出しても誰の迷惑にもならないわ」
「大声?それはどういう……」
言い掛けて、業盛は急速に後退した。女の手にはどこから取り出したのか刀が握られ、
先ほどまで業盛がいたところには、その白刃が振り下ろされていた。
「よく躱したわね」
「教えるとは、こういう事か!」
「えぇ、馬鹿のあんたにはこれが一番分かりやすい……でしょ!」
女は一瞬で間合いを詰め、再び斬り掛かってきた。
「抵抗したければしてもいいのよ?どうせ、私には勝てないでしょうけど」
女は余裕の笑みを浮かべ刀を振るった。しかし、業盛は刀を抜かず、
涼しい顔で、黙々と女の剣撃を躱し続けた。それが女の癇に触ったらしく、
「そう……、そんなに死にたいの。
少し痛い目に遭ってもらうだけで許してやろうと思ったけど、やめたわ!
お望み通り殺してあげるわ!」
女は素早く刀を上段に構えると、凄まじい速さで振り下ろした。唐竹割りである。
防御の出来ない業盛がこれを喰らったら、死は免れないというのに、
どういう訳か、今度は躱す動作すらしなかった。
鈍い音が響いた。女の振り下ろした刀は、真ん中の辺りでぽっきりと折られていた。
「えっ……嘘……どうして……?」
「別に……。刀身に手刀を打ち込んだだけだ」
「嘘よ!そんな曲芸みたいな事、出来る訳がないじゃない!第一……」
「確かにお前はごろつき共に比べれば強かったよ。だが、所詮はその程度だ」
業盛はそう言い残し、気だるそうにその場を後にした。
後ろで女の怒鳴り声が聞こえたが、業盛はそれを無視した。


91 :変歴伝 第四話『会に合わぬ雑花』 ◆AW8HpW0FVA:2012/03/10(土) 00:50:24 ID:Q3G2sITg
重盛の屋敷に帰ってきたが、鈴鹿は相変らずだった。
業盛を見るなり、抱き着き、胸の谷間に業盛の顔面を押し付けた。
むにゅむにゅと吸い付くような柔肉に、業盛の理性は砕けそうになったが、
意を決して鈴鹿を突き飛ばした。
「いい加減にしろ、鈴鹿!これ以上は義兄妹でなくともやりすぎだ!」
「そんな事言って、本当はもっと挟まれていたかったんじゃないですかぁ?」
「うるさい!」
室内のゆるい空気を切り裂くような、業盛の怒鳴り声が響いた。
「お前がそうなった原因が義兄妹の契りにあるのなら、
遠江守様には悪いが義兄妹を解消してもらう。屋敷の事は、また改めて考える」
これで少しは鈴鹿の頭も冷えるだろう、と業盛は思った。
しかし、
「……いやぁ……」
出て行こうとして、鈴鹿に抱き着かれた。業盛はぞっとした。
先ほどまでの甘ったるさなど微塵もない、鬼気迫るものがあったからだ。
業盛は振り向く事が出来なかった。嗚咽が身体を通り抜けた。
「ごめんなさい……。もうあんな事はしませんから……、捨てないでください……」
「なにを馬鹿な事……」
「ひぃ!ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
鈴鹿はへたり込んでしまった。
「わっ……わた……、あっ……あに……さま……、きらっ……たら……、うっ……うぁ……」
「鈴鹿……、おい、鈴鹿!」
業盛が揺すっても、呼び掛けても、うわ言ばかりで全く反応しない。
「兄上、姉上を抱き締めてあげてください!」
困却する業盛に助言をしたのは一郎だった。
ずっと鈴鹿の横にいたはずなのに完全に忘れてしまっていた。
「とにかく、抱き締めてあげてください、早く!」
質疑の猶予もなく、一郎が急かす。
業盛も、鈴鹿を落ち着かせる方法が思い付かない。業盛は鈴鹿を強く抱き締めた。
それで、鈴鹿の嗚咽が止んだ。しばらく続けていると、鈴鹿は泣き疲れたのか眠ってしまった。
「一郎、一体なにが起こっているんだ?」
業盛はやっと疑問をぶつける機会を得た。一郎は心底呆れたという表情を浮かべた。
「まさか、まだ分からないんですか?姉上は、兄上の事が好きなのですよ。
兄妹としてではなく、女として」
「なっ……なにを馬鹿な……。俺は鈴鹿にそこまで……」
「好かれるような事はしていないと?姉上の事を付きっ切りで看病した事も、
屋敷内で虐げられていた私達のために奔走してくださった事も、好かれる事じゃないと?
兄上、あなたはあまりにも鈍感すぎます」
「いっ……一郎……」
「私は、兄上が姉上をどうしようと、口は出しません。
出た結果に従うだけです。……それでは、失礼……」
そう言って、一郎は部屋から出て行ってしまった。
出た結果に従う、などと言われても、業盛に鈴鹿をどうしようという気は全くない。
業盛は鈴鹿を布団に寝かせると、部屋を出た。
日は既に沈み、澄み切った空には大きな満月が浮かんでいた。


92 :変歴伝 第四話『会に合わぬ雑花』 ◆AW8HpW0FVA:2012/03/10(土) 00:51:47 ID:Q3G2sITg
翌日、業盛達は自らの領地に向けて出発した。
鈴鹿は昨日の事を忘れたかのように業盛の腕に抱き着き、甘えているが、
発狂が怖くて怒る事が出来ない業盛は、場の流れで鈴鹿の髪を梳いた。
それが鈴鹿には気持ちよかったらしく、ますます業盛に甘えてきた。
こんな心寒く、そして甘い空間は滅多にない。
業盛達は山中の木の生い茂る場所までやって来た。そこで、業盛は強い殺気を感じた。
「ッ!」
鈴鹿と一郎を抱きかかえ、業盛は後退した。直後、地面に鉄針が突き立った。
二撃目がない事を確認し、混乱する二人を降ろした時、
木々の間から声が落ちてきた。いい加減に聞き飽きた、勘違い不躾女のものだった。
「なんで、なんで避けられるのよ!ちゃんと気配を消したのに、なんで!」
怒鳴り声と共に木々が揺れ、女が姿を現した。相変らず憎憎しい表情をしていた。
「またお前か!いい加減にしろ!」
「うるさい!あんた如きが私に命令しないで!
あんなまぐれ勝ちで、あんたにでかい顔されちゃたまんないのよ!
あんたを殺して、昨日の負けがただの偶然だったと証明しないと、私の気が治まんないのよ!」
「……お前みたいな人でなしは、後にも先に見た事がないぞ」
「うっ……うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!」
子供みたいに女が喚き散らした。いい歳をした女性にあるまじき行為である。
女もそれに気付いたらしく、咳払いを一つし、業盛を指差した。
「とにかく、あんたを殺すまで離れてやらないんだからね。
今日からは震えて眠るがいいわ!」
問答無用にして清々しいまでの粘着宣言である。
それを聞いた業盛が、露骨に顔を歪めた。
鈴鹿だけでも苦労するというのに、なぜこんな不躾女の世話までも見なければならないのか。
業盛は、自分の女運の悪さを呪った。


道中、女は自分の素性を明かさなかったが、それは屋敷に帰ってすぐに判明した。
偶然遊びに来ていた正連が女を見て、姉さん、と言ったからだ。
服部水城(みずき)、それが女の名前である。
誠実な弥太の姉が、こいつとは、と流石の業盛も驚きを隠せず、その時ばかりは目を見開いた。