※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

112 :雌豚のにおい@774人目:2012/03/19(月) 03:13:55 ID:STlZt21Q
駅前から少し離れた雑居ビルの一階に位置する喫茶店、ブレッド。
ガラス越しに店内の様子を覗いてみると女性の客が一人だけいる。
知っている顔だった。高校時代の同級生、久坂葵。この地域では有名な富豪の生まれだ。
緩いウェーブの掛かった長い黒髪に均整のとれた顔立ち、特徴的な大きな円らな瞳が一際目立っている。
紺色のシャツに、多分下はそこらで売っているようなデニムだろう。
黒縁の伊達眼鏡を掛け、地味目に装っているが遠目から見ても分かる様なお嬢様らしい気品が溢れている。
手持ち無沙汰そうにひとさし指に髪を巻きつけては頬杖をついて俯く。
どこか憂いを含んだ瞳だったが、葵は俺に気づいた途端、目の色を変えてにこりと笑った。
俺は愛想笑いで返し入り口の蝶番を軋ませる。
ドアに無理やり付けたであろう大きいベルが派手に音を立てた。
「らっしゃい」
店内にはボサノバ風の落ちつた曲が流れている。いい加減なマスターの声とマッチしていなくもない。
マスターに軽く会釈をして彼女のいる席に向かい、相対するように椅子に腰掛ける。
それからマスターが頭を掻きながらコップ一杯の水を差し出し、スタスタとカウンターの奥へ入っていった。
水の飲み干し葵を一瞥する。
「あー君は今までどこに行ってたんですか?」
それが彼女の第一声だった。俺はわざとらしく重い溜め息をつく。
「……分かってる癖に」
葵は悪戯っぽくふふっと微笑んだ。
「もう五年も経つのか。去るものは日々に疎し、もう忘れられたと思っていたがな」
「私は自分でも嫌になるくらい執着する女のようです。すいません、カプチーノ一つお願いします」
自嘲気味にそう言い、ついでに注文する。
カウンター奥から出てきたマスターがメモ帳に何か書き込み、今度は面倒そうに俺に目を向ける。
「水をもう一杯」
「公園の水でも飲んでろ」
おお手厳しい。
「それが客に対する態度かね?」
「客は商品を買う。金が無いなら帰れ」
口を開くたびに険悪になる俺とマスターのやりとりを葵が止めた。
「マスターさん!あー君に酷い事言ったら許しませんよ!私が払いますからブラックお願いします!」
マスターがばつの悪そうな顔をしてチッと舌打ち。そしてカウンターの奥に引っ込む。
「俺のことになるとすぐ怒るのは変わらないな」
「……みたいですね」
俯き加減で恥ずかしそうに葵が言った。
「えぇと、その、お知り合いなんですか?」
「ああ、あいつは大塚。小学校からの付き合いだ」
「えっ」
葵が素っ頓狂な声をあげ、目をしばたたいた後、「それはすいません」と軽く頭を下げた。
過去の友人に怒鳴った事を謝っているのだろうか。俺には分からない事だが。


113 :雌豚のにおい@774人目:2012/03/19(月) 03:14:30 ID:STlZt21Q
大塚が熟練の技を披露しつつコーヒーを淹れる姿を見ていると、「こっちみんな」と言われた。
仕方なく葵に視線を戻す。だが特に話すことが無い。
今度はこっちが手持ち無沙汰になり、ぼんやりしていると唐突に葵が口を開いた。
「私が今日ここに呼び出した理由、解っていますよね?」
口を引き結び目が据わっている。舌先三寸で誤魔化すな、ということか。だが、ここはあえて。
「解らないな、ようやく連絡がついた元恋人との再開を楽しむ為か?」
「それもありますが……本質ではありません」
大方想像は出来ている。次に彼女は連れ戻すと言うだろう。
葵は肩をすくめて言った。
「……では、少し昔の話をしましょうか」
盛大に予想が外れた。それと同時に背中に嫌な汗が浮かぶ。
「五年ほど前の事です。私はペットを飼っていました。それはそれは大事にしていましたよ。
最初は反抗ばかりしていましたがちゃんと躾をするとそれも収まりました。
毎日決まった時間に三食与え、トイレの世話も、お風呂にも入れてあげて、
その後は太らないようにウンドウもしてあげました」
何かを思い出すように妖艶に笑みを浮かべる葵に思わず生唾を飲み込む。
だがその顔はすぐに落胆に変わった。
「その生活が1ヶ月もした頃でしょうか、私からペットを奪おうとする人が現れました。
最初からこの子は私のものなのに何度も『返せ』って言うんですよ?
最初は軽くあしらっていたのですがだんだんストレスも溜まってきまして、
お肌に良くないですし、いい加減騒々しいのでその人を処理しようと出掛けました。
ですが、それが間違いだったのかもしれません。
上手く処理が出来たので上機嫌で家に帰るとペットがいないんです。
私はその晩、泣きに泣きました。後日落ち着きを取り戻した私は、
何があったのか仕えているメイドに聞くと、
友達とか言う人が押し入ってペットと一緒に逃げたそうです」
葵がそこで言葉を切った。俺の隣に大塚が立っている。
「カプチーノとブラックコーヒー、お持ちしました」
小皿の上にティーカップとスプーンを乗せ机に置く。
「では、ごゆっくり」
伏し目がちにそう言い大塚が何かを呟いて店の奥に引っ込んだ。
「とりあえず飲みましょうか。冷めるのも嫌ですし」
あまり飲む気分ではなかったが葵の大きな瞳が俺を捉えて「飲め」と言っている。
仕方なくちびりちびり口の中に運ぶ。
「では、先ほどの続きを」
前置きし聞きたくも無い昔話が再び始まった。
「それから私はその友達とどこかへ消えたペットを探しました。
まぁ、紆余曲折はありましたが今年になってようやく見つけ出しました。
あなたというペットを……何かおかしな事でも?」
「いや、く、はは、なんでも、ない」
笑いが止まらない。困った時に笑うという日本人らしさが遺憾なく発揮されている。


114 :雌豚のにおい@774人目:2012/03/19(月) 03:15:00 ID:STlZt21Q
このままではいけないと脳が判決を下した。
太ももをつねり気を引き締めて今度はこちらから切り出す。
「それで、どうする気だ?その細い腕で俺を連れ戻すとでも?」
緊張のせいか口の中が異様に乾く。
半分も減っていないコーヒーを一気に飲み干すと、葵が笑みを浮かべた。
何かとてつもなく嫌な予感がする。すぐにこの場を離れろと頭の中で警鐘が打ち鳴らされている。
「ふふふ、流石にそんな事は出来ませんよ。あなたの幼馴染のあの人なら出来たかもしれませんがね。
あの可愛い子なら」
「……俺はもう行くぞ。これから仕事がある」
「もう少しだけいても良いでしょう? それにあなたって今は無職じゃないですか。
仕送りで生活しているんでしょう?」
「なっ……!」
下手に出歩けば見つかる可脳性が高くなってしまう。
その為俺は事情を話し止む無く親からの仕送りで生活していた。
誰のせいだと怒鳴りたくなったがそこをぐっと飲み込む。怒りで時間をつぶしたくは無い。
「もういい、俺はいく、ぞ」
席を立ち、少し歩いた所で酷い眩暈が襲った。
次第に意識が朦朧としてくる。
「くそ、なん、だ……これ」
あぁ、そうか。簡単な事だ。薬を盛られていたんだ。
ではいつ?葵は何もしていない。とすると大塚が盛った事になる。
「何故? と思っているでしょう?これも簡単な事、脅迫よ。
あなたを逃がしたのが大塚君って分かったのはすぐの事。でも探すのに手間取ってね。
去年ようやく見つけて、『あなたの居場所を言わなきゃ殺す』
って子供みたいに脅したら血相を変えて答えたわ。
あの時の顔ったら、ふふふ、あははっあはははははははははははははは」
警察に言おうか、と大塚は一瞬考えただろう。だが久坂の家は多方面と繋がっている。
言うに言えないだろうし、警察もきっと動かない。
大塚本人はここにいない。二人だけの室内に葵の高らかな笑い声が響く。
その声に力を抜き取られているのではと錯覚してしまうくらい全身に力が入らない。
駄目だ、立てない最悪這ってでもここを出なければ。
「ふっふふ、どお?お友達に裏切られて、悔しい?悲しい?
私は嬉しいわ! あなたのそんな顔を見るのも監禁し始めた頃以来だもの、
体の芯から嗜虐心を煽られるこの感じ、くひひひひ」
いつの間にか葵が俺を正面から見下していた。
「今夜はたっぷりお仕置きしてあげる。逃げる気も起こらないぐらいにね。ふ、ひひ、ひひひ」
残る力で葵を見上げると口を三日月の様に歪ませていた。
まぶたにも力が入らなくなる。
目を閉じればすぐにでも意識が離れるだろう、ああ、もうどうでもいい。
どうせ俺はもう逃げ出せれない。それならもう身を任せてしまえばいい。
あの生活もいいじゃないか。
逆らえば鞭が飛び、決まった時間に高級料理が並び、葵が俺の糞尿を飲み下し、
広い浴場に癒され、その後は夜が明けるまで葵の体を貪る。
それでいい、自由は無くとも不自由はない。
だから、だからもう寝てしまおう。
寝てしまおう。