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980 :ヤンデレの娘さん 動揺の巻 ◆yepl2GEIow:2012/03/12(月) 00:37:35 ID:1Tyg1Pd.
 中等部三年生が終わるころである。
 俺は、空港の広い廊下で、九重かなえと会っていた。
 と、言うよりも別れていた。
 「キミもまぁ、よく来たものだね。今日出発だ、なんて学校の連中に伝えてなかったのに」
 これから、俺達と別れて海外へ転校する飛行機に乗る直前。
 そんなタイミングでも、九重はいつも通りの笑顔だった。
 「伝えて……欲しかったかも」
 内心のざわめきを抑え、俺は言った。
 ちなみに、この辺りの諸々は一原先輩調べだ。
 あの人には今も昔もかなわない。
 「立つ鳥跡を残さず、って言うでしょー?いや、この場合は断つ鳥、かなー?」
 「……もう、遅い」
 少なくとも、俺の心には彼女の存在がしっかりと刻みつけられていた。
 跡が、残るほどに。
 「かも、ねー。正直、ココには中途半端に長く居すぎたなー」
 いつもの笑顔を崩すことなく九重は言った。
 「居てくれて、良かった」
 俺は、自分の想いを真っ直ぐに伝えた。
 「そうー?」
 「……もっと、居て欲しかった」
 「……そっかー」
 九重は、笑顔のまま視線をそらした。
 九重は目を細めているので、その変化は俺にしか分からなかっただろうけれど。
 「そう言えば、さ。全然関係ないけど、ボクもキミみたいな夢を見てたことがあるんだー」
 「……夢?」
 「驚くことないでしょー?ボクとキミは、同類なんだからさー」
 同類、それは俺に評してしばしば九重が言ってくれた言葉。
 しばしば否定的な文脈で使われるその言葉は、苦しくもあり、それ以上に嬉しかった。
 彼女に会うまで、誰かにきちんと向き合ってもらい、必要とされたという感覚が無かったから。
 「誰かに向き合ってもらえて、必要とされて、絆を紡ぎ、愛してもらえる。そーゆーヒトと出会うことができる。そんな夢を、見てたことがある」
 淡々と、彼女は語る。
 その度に、俺の心のざわめきは増していく。
 心臓の鼓動が速くなることを、感じる。
 「まぁ、その夢が叶わなくもないかなーなんて少しだけ思えたとしたら、ココに長く居た意味もあったのかもしれないねー」
 クスクスと笑いながら、冗談めかした口調で九重は言った。
 「ねぇ」
 俺は胸の奥から言葉を吐き出す。
 「その夢は、叶ったの、かな?」
 その相手は俺だったのか、と聞けない自分がもどかしい。
 「いいや」
 俺の言葉に、九重は笑顔を消し、切れ長の形の良い目を見開いて言った。
 しっかりと、俺に向かって断言した。
 「その夢は、叶わなかったよ。昔も。そして、今この瞬間も」







 九重かなえ
 俺こと御神千里の、夜照学園中等部所属時代の同級生。
 同じく、生徒会役員。
 年中、黒の長袖にストッキングという、極端に露出の少ない姿。
 年中、糸目の笑顔。これを崩したところは一度しか見たことが無い。
 身長は、女子としては低くも無く高くも無く。
 髪の長さは背中に届くほどのロングヘア。
 どちらかと言えば不健康な印象を受ける色白の肌。
 いつでもどこでも、常に突出して目立つことは避けるタイプ。
 しかし、一方でその容貌は可愛い系か美人系かと聞かれれば―――間違いなく美人。
 それも、そうそういない位の端正な美形。
 あまりに整いすぎていて、それが逆に無個性に見えるのが欠点だが、それは彼女自身が自ら進んでそうしている節がある。
 もっとも、彼女の内面分析ほど無意味なことは無いのだが。
 笑顔のポーカーフェイスの下に隠れた内面を、彼女は決して見せようとはしないのだから。
 そんな彼女に、俺は惹かれた訳だけれども。
 そんな彼女が、俺に最も近く、最も恋した相手である訳だけれど。
 そう、決してかなわぬ想いを向けた相手。
 その彼女が、今、こうして、目の前に、いる。
 「ここの・・・・・・え?」
 「ボク以外のナニに見えるのさー?」
 と、驚愕する俺と対照的に、まるでかつてと変わりの無い態度を示す九重。
 「どう・・・・・・して」
 「何がー?」
 何が、と聞かれると答えに窮する。
 と、言うより聞きたいことが多すぎて、何から聞いていいのか分からなくなる。
 「って言うかさー」
 ひょいひょい、と俺の足元を指差して九重は言った。
 「いー加減、さ。エレベーターから降りないと、ドア閉まるんじゃない?」
 「へ?」
 ガシャン、と言う音と共に俺たちが遮られたのはそれとほぼ同時だった。
 「ちょ!?ま!?閉まらないで!降ります!降りますから開けて!あけてくれ!」
 俺の叫びも空しく(?)エレベーターは自動で設定された通りに1階へと降りていくのだった。


981 :ヤンデレの娘さん 動揺の巻 ◆yepl2GEIow:2012/03/12(月) 00:38:26 ID:1Tyg1Pd.
 閑話休題。
 「む、無駄に疲れた・・・・・・」
 「いやいや、そんなこと言われてもー」
 改めて元のフロアに戻ってきたとき、俺は心なしかグッタリしていた。
 剣道場での死闘(笑)の疲れも重なり、二重にクるものがある。
 いや、フツーに1階からエレベーターで上がりなおしただけなんですけどね?
 ちなみに、九重は先ほどと同じ位置。
 俺が戻るまで態々待っていたのだろうか・・・・・・?
 「に、しても九重。いつから日本に?海外にいるって聞いてたけど?」
 今度こそエレベーターから降りると、俺は九重に問いかけた。
 「そうだよー?昨日まではイギリス、今日からは日本」
 つまり、今日着いたばかりらしい。
 つまりは、その足で俺の住むマンションまで直行してきてくれた、ということになる。
 「そう言う事なら、ケータイにメールくらいくれても良かったのに」
 「ああ、ゴメンゴメン。ボク、ケイタイとか持って無いしさー」
 ひらひらと手を振りながら言う九重。
 以前と全然変わらない仕草だった。
 「って言うか、ケイタイとか買ってもらえたんだ」
 九重の目に宿る感情は、読めなかった。
 これも、以前の通り。
 「ああ、高等部進学祝いに、親からね」
 「・・・・・・へぇん」
 なぜだろう。
 どうにも九重とのトークがやり辛い。
 久々だからだろうか。
 九重は、以前と全く変わっていない筈なのだが。
 いや、強いて言えば。
 「少し、髪質が悪くなった?」
 スッと九重の髪に手を触れて、俺は言った。
 「…!?」
 隣で三日が息を飲んだことに気付くことなく。
 「……んー、そだねー。日付跨いでエコノミークラスに座ってたから、そう見えるかもー」
 「ああ、そう言う事か」
 俺は海外旅行の経験もほとんど無いし、九重の髪についてはエキスパートとはいかない(精精がプロ)なのだが、彼女がそう言うのならそうなのだろう。
 「後で、シャワー借りるねー」
 「ああ、構わない」
 「・・・」
 「ところでー」
 つい、と俺の隣に視線を移し(これは九重との会話になれたから見分けられる、彼女の微細な変化だ)九重が言った。
 「さっきから隣で、ボクに向かってネツレツな視線を向けている可愛いお嬢さんはどなたさまー?」
 「うぉ!?」
 隣を見ると、三日が剣呑な雰囲気を纏って、九重に向かって刺すような視線を向けていた。
 「参ったなー。ボクは女の子が大好きってワケじゃないんだけどなー」
 「別に、お前にはあげない」
 三日はモノじゃない、というツッコミはさておき。
 「それで、そこのソレはどこのナニ?」
 「・・・・・・」
 九重の日本語が微妙におかしい気がしたが、そこはスルー。
 「コイツは緋月三日。俺と同じ夜照学園高等部の生徒で、学年もクラスも部活も一緒」
 「・・・どこでもいっしょ」
 恨みがましい声音で面白い合いの手を入れるなよ、三日。
 リアクションに困る。


982 :ヤンデレの娘さん 動揺の巻 ◆yepl2GEIow:2012/03/12(月) 00:38:53 ID:1Tyg1Pd.
 「なんだ、クラスメートなのか」
 「それ以外の何に見える?」
 「妹さん」
 「俺に兄弟姉妹がいないのは、お前も知ってるだろ?」
 「・・・」
 俺の発言に、なぜか剣呑なまなざしを向けてくる三日。
 「ああ、ゴメンねー。コイツ、女の子を自宅にあげるのが趣味みたいなトコがあるから」
 「誤解を招くような発言だな・・・・・・」
 「・・・あなたも」
 と、その時初めて明確に、三日が九重に向かって問いかけた。
 「・・・あなたも千里くんに『自宅にあげて』もらったことがあるのですか?」
 三日の問いかけに、九重はすぐには答えなかった。
 「千里くん、か」
 と、ただ三日の言葉を反芻した。
 「・・・どう、なんですか?」
 「勿論。中等部にいた頃は、頻繁に招待されたものだよ。家族や恋人と同じくらい、彼の自宅に一緒にいた時間は長かったんじゃないかな」
 恋人、という言葉に、三日の拳がささやかに、しかし強く握り締められるのが分かる。
 「・・・恋人は」
 意図的に感情を押し殺したような声で、三日が言った。
 「・・・恋人は、私です」
 「……何だって?」
 「・・・千里くんの恋人は、私です」
 三日の言葉に対して、九重は、
 「これは中々、面白いジョークだね」
 と、表情を変えずに言った。
 ポーカーフェイスな、笑顔のままで。
 「・・・冗談ではありませんし、冗談じゃありません」
 握りこんだ拳が震えるのが分かる。
 「み、三日。落ち着「千里くんは黙ってて!」
 驚いた。
 三日が、俺の言葉を遮ってまで、ここまで声を荒げるなんて思っても見なかった。
 「今年の五月から!千里くんと私はずっとずっとずっと愛し合ってきました!ご自宅に行ったことだって何度も何度もあります!初めてのキスだって捧げたんです!だから・・・・・・」
 「今年の五月、ねぇ」
 どれだけの激情をぶつけられても、九重に動じる様子は無い。
 「それに、キス止まりか。まぁ、らしいと言えばらしいけど」
 「ならどうだって言うんです!?」
 「コレの中身を、どれだけ理解してるのかな、って言ってるかなー」
 「!?」
 三日が、猛然と九重に飛び掛ろうとする。
 それを、両肩を掴んで辛うじて止める。
 「三日!」
 「離してください!」
 「落ち着け、三日!」
 「千里くんどいて!そいつ殺せません!」
 この女―――!!
 「落ち着けと言っている!!」
 俺は、三日に、怒声を浴びせていた。
 「・・・・・・こんな天下の往来で、物騒なことをするもんじゃぁ無いってコト。立ち話もなんだし、取りあえず家に戻ろうよ、ね?」
 そう、俺は取り繕うように三日に笑いかけた。
 ソレに対して、三日は不承不承と言った顔で、頷いた。


983 :ヤンデレの娘さん 動揺の巻 ◆yepl2GEIow:2012/03/12(月) 00:41:21 ID:1Tyg1Pd.
 かすかに、シャワーの音が聞こえている。
 「さっきは、ゴメンね」
 三日と九重を我が家に招き入れ、今は九重にシャワーを浴びてもらっていた。
 俺と三日は、リビングで背中合わせに座り、九重を待っていた。
 何とは無しに取った姿勢だったが、三日の背中の小ささと、彼女の温もりが伝わってきて、ドギマギする。
 こんなことを考えてる俺は、相も変わらず――――汚らわしい。
 「・・・何が、ですか?」
 「大声、出しちゃったコト」
 「・・・」
 三日の表情は見えない。
 「それに、何ていうかさ。俺と九重は、お前が思ってるようなカンジじゃないから。だから、安心して欲しいな」
 「・・・それは、聞き及んでいます。…かつて、千里くんがあの女の存在に誑かされていたことが…」
 「違う」
 そう、俺は三日の言葉を否定した。
 「俺はともかく、九重にそう言う意図は全くなかったよ。だから、俺と九重が友達を超える関係になることは、天地が裂けてもありえないよ」
 俺は、きっぱりと断言した。
 「・・・千里くんにとって」
 「うん?」
 「・・・千里くんにとって、九重かなえって何なんですか?」
 三日の声が背中に響いた。
 「似たもの同士。心を通わせた同士。昔、かなわぬ想いを向けた相手。それ以上でも以下でも無いよ」
 「・・・」
 俺の言葉は、三日にどのように響いたのだろうか。
 いや、そもそも、俺という存在が三日の心にどのように響いているのか、俺はきちんと理解しているのだろうか。
 「・・・なら、私は?」
 「え?」
 「・・・私は、千里くんにとってどのような存在なのですか?」
 俺にとっての三日、か。
 「改めて改まって聞かれると、難しい質問だな」
 正直な気持ちを表しつつ、考える。
 「俺にとってお前は―――」
 その質問に答えきる前に、リビングのドアが開いた。


984 :ヤンデレの娘さん 動揺の巻 ◆yepl2GEIow:2012/03/12(月) 00:41:44 ID:1Tyg1Pd.
 「シャワー、終わったよ。型通りに、『良いお湯だったよ、ありがとう』と言っておくべき、かな」
 「…他所のお風呂を借りた人間の台詞ですか、それが」
 リビングに入ってきた九重に、三日が聞こえるか聞こえないかと言う声で呟いた。
 恐らく、と言うよりまず間違いなく九重に伝えるつもりでの言葉なのだろうが。
 「どういたしまして、と言わせてもらうよ。型通りになるまでもなく」
 「そー」
 「折角だから、ウチで食べてく?この後作るつもりなんだけど?」
 「…千里くん」
 「うん、お願いー」
 相も変わらず、感情の動きを見せることなく九重は応じる。
 俺にとっては、それが嬉しくもあり、寂しくもある。
 久し振りの再会なのだから、もうすこし感動とはいかないまでも、感慨くらいはあっても良いと思うのだが。
 もっとも、感謝の1つも見せない女ので、初対面の人間には、無礼で無作法に見えるかもしれない。
 「三日」
 先ほどから恨みがましい眼をしている三日の頭を、俺はクシャっと撫でた。
 「……」
 「九重の態度にどうこう思ったって仕方がないよ。コイツはこういう奴だ」
 「…千里くんがそう言うなら」
 俺の掌の下で答える三日。
 ほんの少し頬を膨らませるのが可愛らしい。
 「どうでも良いことだけど、女の子の髪をそんな風に触るのは、セクハラと暴力のどちらにあたるのかなー?」
 「変なタイミングで水差すなよ……」
 「だからー、どうでも良いことじゃないー?」
 ……やりづらい。
 「ンじゃぁ、これからどうするー?ご飯作る時間まで、3人で何かテレビゲームでもする?」
 「や、千里はもう適当に作りはじめちゃってよー」
 俺が提案すると、九重はそれをあっさりと却下した。
 「…なら、私は千里くんと」
 「そんなのはコレに任せなよー、三日さん」
 俺に着いてこようとする三日を、やんわりと制する九重。
 彼女が三日のことを名字では無く名前で呼んだことに、俺は少なからず驚きを覚えた。
 まるで気さくその物で捉えどころの無い九重だが、他人を名前で呼ぶことも、他人に名前を呼ばせることも、俺の知るかぎり許したことが無かった。
 勿論、海外で暮らしている中では、名前で呼ばれることは少なからずあっただろうが……。
 「キミがいない間に、女の子同士の会話、って奴をしたいと思ってさー」
 「でも……」
 どうにも、九重の思惑が読めない。
 三日が未だにあからさまに九重に心を許していないことに気が着かないほど、彼女は鈍感では無いように記憶しているのだが。
 大体にして、この2人を一緒にして、良い予感がしない。
 九重が三日のことを名前で呼んでいることが、希望だと言えなくは無いことも無いけれど……。
 しかし、
 「構わないよねー」
 九重はいつもの笑顔でそう言った。
 ノー、と言われることを全く想定していない声音で。







 俺が九重に逆らおうと考えること自体が無意味だった。
 惚れた弱みと言う奴である。
 俺は、サクっと米を磨いで炊飯器にセットすると、台所で野菜や調理器具を用意する。
 九重には悪いが、夕飯時も近づいてきたので、あまり時間のかからない物にさせてもらおう。
 コンソメスープに使う鍋に火をかけ、おかずの野菜炒めに使うタマネギをスライスしながら、俺は深呼吸をした。
 正直、今の俺は不安定だ。
 九重の顔を見るたびに感情が揺らぐ。
 動悸が早くなる。
 彼女のために、殉じようと思う。
 これは、無視できない事実だった。
 オーケー、認めよう。
 認めて、受け入れよう。
 無為で無意味なことに、俺は九重を未だ憎からず想っている。
 彼女を慕い、想い、焦がれている。
 手の届かない偶像を見上げ、憧憬の念を抱くように。
 けれども―――
 そこまで俺が感情を整理したところで、金属の倒れる音が聞こえた。


985 :ヤンデレの娘さん 動揺の巻 ◆yepl2GEIow:2012/03/12(月) 00:42:58 ID:1Tyg1Pd.
 いつも聞きなれた音、千里くんの音。
 それが、今日はどこか遠くに聞こえる気がしました。
 それは、恐らくこの女のせい。
 「?」
 女は、きょとんとした風に小首を傾げました。
 こう書くと漫画的なようですが、実際はあくまで自然で、あまりにも自然すぎました。
 自然すぎて、完成されすぎた仕草。
 私は、そんな仕草をする人間が、この世に『2人も』いるとは思えませんでした。
 それも、表面だけは千里くんに良く似た笑顔をする人間が。
 そう。
 男女の違い、顔立ちの違いこそあれ、2人の笑顔は良く似ていました。
 2人並んで兄弟姉妹と言われたら、信じてしまいそうなほどに。
 それにも関わらず、受ける印象は全く異なりました。
 千里くんの笑顔は、己の中の温かな気持ちを前面に押し出した、優しい笑顔。
 この女の笑顔は、笑顔のための笑顔。
 面立ちが整っていることもあり、これ以上なく美しい表情ながら、笑顔にこめられた感情が感じ取れず、仮面のように薄っぺらい。
 薄っぺらで、恐ろしく―――不愉快。
 その癖、私の心を酷くざわめかせ、落ち着きを奪います。
 初めて会った瞬間に分かりました。
 千里くんとの過去とか、そういうこととは無関係に、私はこの女が嫌いだ、と。
 「・・・何を」
 「?」
 「・・・何を、考えているのですか?」
 しかし、それでも先に口を開いたのは私でした。
 この女と無言で2人きり、という状況に耐えかねて。
 先制攻撃こそできたものの、どうにも負けた気分。
 「何を、と言われても、いきなりざっくりしすぎてて、何のことを言っているのか分かんないかなー」
 そう、薄っぺらな笑顔で返してきた女に、嘘を吐け、と私は内心毒づきました。
 普段、千里くんの語りの中での私は幾分かマイルドに描かれてはいますが、一方で私はごく当たり前に何かを不快に思ったり、誰かを嫌いになったりすることもある人間です。
 そして、その悪感情が、過去最高に高ぶっていました。
 「・・・強引に千里くんを追い出して、私と2人きりになんてなったことです。・・・正直、どうしてあなたがそんなことをしたのか、意味が分かりません」
 「強引に、なんてことも無いよー」
 ひらひらと手を振って(これも、時折千里くんの見せる仕草)不愉快な女は切り替えした。
 「まぁ、確かにキミとお話したかったことは確かかなー」
 「・・・」
 女の言葉が本心から出たものとは、私にはとても信じられませんでした。
 こう見えて、私は言葉に込められた悪意も、言葉に込められた善意も、読み取るのはそれなりに得意なつもりです。
 しかし、この女の言葉にはそのどちらも感じられませんでした。
 それくらい、無色透明な言葉と、無色透明な笑顔でした。
 透明すぎて、逆に自然とは言い難いほどに。
 「・・・あなたを楽しませられるほど、私、お話は得意ではありませんよ?」
 と、言うより、この女を心底楽しませられる人間がいたら見てみたいものです。
 「あ、ひょっとして『人見知りだけど初対面の相手を楽しませなくちゃ』とかハードル上げちゃったー?ゴメンねー」
 見透かしたようなことを、言うな。
 どこかで見たような口調で。
 どこかで見たような笑顔で。
 どこかで見たようだけれども、それとは180度違う、ナニカで。
 「大丈夫大丈夫。ボクは別に、いかにも聞き役なキミに積極的に何か話せとか無茶振りするつもりは無いよー。ただ、ちょっと聞きたくてさ」
 「・・・あなた、前置きが長いですね」
 見ているだけで苛々する。
 不快感が増す。
 ただ存在しているだけで、私の大切な何かが蹂躙されていくような気がする。
 「・・・お話があるならすぐにお聞きしますし、ご質問があるならすぐにお聞きします」
 だから、早く話を終わらせたかったのです。
 「じゃぁ、遠慮なくー」
 と、彼女はそう言って、不愉快な笑顔のまま、
 「キミは、御神千里をどこまで理解してるのかな?」
 と言いました。
 「・・・は?」
 疑問、と言うよりも怒気を孕んだ声を、私は発していました。
 「んー、単に『御神千里』だけだと、さすがにそれこそざっくりしすぎてたかなー。ボクが言いたいのは、たかだか数カ月のお付き合いで、千里の性格?本質?あるいは・・・・・・」
 「・・・千里くんがどれほどの方なのか、などあなたに言われるまでもありません」
 言葉を発するな、息を吐き出すな、この場を、千里くんの場を、汚すな。
 「・・・そして、あなたになど理解の及ばない範囲まで、私は千里くんを全て理解し、愛しています」
 「おや、おやおや」
 誰が見ても意外そうな表情を作って、女は言いました。


986 :ヤンデレの娘さん 動揺の巻 ◆yepl2GEIow:2012/03/12(月) 00:44:15 ID:1Tyg1Pd.
 「おやおやおや。それはおかしな話だねー。理屈の通らないと言っても良い」
 どうやら、本格的に毒を吐かれているようですが、そんなことはどうでも構いません。
 この女の存在自体が、既に毒なのですから。
 「・・・おかしいことなど、どこに・・・」
 この女と対峙しているだけで気持ち悪い。
 言葉を発するだけで、不快な気分になる。
 「だってそうだろう?あの男の全てを理解しているなら―――あの男の醜悪さを知っているのなら、到底愛する気になんてなれないじゃないか」
 不快な言葉が、積み重なる。
 「キミの知る御神千里はどんな人間かな?穏やかな男?優しい男?頼れる男?道化た男?だとしたらまぁ、浅はかな理解と言わざるを得ないねー。いや、ここはむしろ千里の演技力を褒めるところか」
 不快な何かが、私の中に積み重なる。
 「自分の醜さ悪さを包み隠す演技力。それが向上したことを男前が上がったと言うのなら、ボクは惜しみなくその言葉を使おう。けれども、どれだけ男前が上がったとしても、あの男の本質は変わらない」
 やめて下さい、お願いですから。
 「優しさと言うその薄っぺらな仮面で、彼は全てを誤魔化してる。自分をそしてキミを。彼は決して人を信じない男だ。人と分かり合えない男だ。人と断絶した男だ。キミのその浅はかな理解は、結局のところあの男が自分の本質を誤魔化すための虚飾でしかない」
 やめて、下さい。
 「彼は嘘吐きだよ。誰かを大切にしてる、誰かを愛している、そんな嘘を他人と自分に吐くことで、自分の醜さを隠している醜く卑屈で卑劣な男」
 やめて。
 「そんな彼の嘘に、キミは使われてるって言う訳さ。君はまぁ、言ってみれば、彼のアクセサリ?お人形?もしくは―――『遊び』の相手?」
 …やめろ
 「ハッキリと言おうか?あの嘘吐きは誰も愛せない。キミでさえも―――愛せない」
 やめろ!!
 「・・・れが」
 立ち上がる。
 激情のままに。
 椅子が倒れる。
 ダイニングに用意された、ナイフやフォークが散乱する。
 袖口から、隠していたナイフを取り出す。
 「だれが嘘吐きだ!!!!!!!!!!!!」
 そのまま、虚飾にまみれた笑顔を切り裂こうとした瞬間、
 「三日!九重!」
 いつになく必死な形相で台所から飛び出してきた千里くんの姿が見えました。
 けれども、振りぬいた勢いのついたナイフは止まりません。
 ナイフは、深々と突き刺さりました。
 九重かなえの目の前に突き出された、千里くんの掌に。
 「・・・せんり、くん?」
 うそ、しんじられません。
 「と、貫通はしていない、か。大したことはなさそうだねー」
 痛みで軽く顔をしかめながらも、千里くんは私を安心させるように笑いました。
 そして、ナイフを受け止めたのと反対の手で、私の頭をクシャっと撫でました。
 「に、してもまだこんな物騒なモノを持ち歩いてたのかなー?三日にはこんな無粋なモノは似合わないと、俺は常々思っていたんだけどね。氷室先輩とキャラ被っちゃうし」
 その言葉に、ナイフを持った手の力が抜ける。
 ナイフが抜けて、千里くんの手から血が流れ出す。
 「・・・手、怪我・・・・・・」
 「と、そうだった」
 千里くんは私の頭から手を離し、ポケットから無造作にハンカチを取り出すと、掌に無造作に撒きつけ、縛りました。
 片手がふさがっているので、縛るのは口でするという野性味溢れる治療でしたが。
 「こうして止血しとけば、取りあえずは何とかなりそう」
 そう言って真っ赤に染まるハンカチを巻いた手を、ひらひらと示して千里くんは笑いました。
 千里くんの仕草に、あの女が先ほど行った仕草が思わず重なります。
 重なり、そう感じてしまった自分を恥じました。
 この女と、千里くんは毛ほども似て無いことは分かっているはずなのに。
 「んで、九重」
 私から目を離し、千里くんは女に言いました。


987 :ヤンデレの娘さん 動揺の巻 ◆yepl2GEIow:2012/03/12(月) 00:44:41 ID:1Tyg1Pd.
 「ここはお前を咎めるべきなんだろうけれど、何て言って咎めるべきなのかな?」
 「おやー、ここは凶器を行使した彼女を責める場面では無いのかな、常識的に考えて」
 「安心して。俺もいじめはいじめられる方が悪いだなんて、いじめる側の理論を肯定する気は毛頭無いよ」
 けれど、と千里くんは言いました。
 私の肩に、ポンと片手を置いて。
 「火の無いところに煙は立たずってね。コイツは全く何一つ理由無く暴力を行使するほど理不尽な奴じゃ無い」
 「根拠は?」
 「根拠なんて無いし、いらないよ。ただの経験則。大方、昔俺にしていたような言葉責めの片鱗を、コイツに見せちゃったんだろ?」
 九重は地味にドSだからねぇ、とため息交じりの冗談交じりに、千里くんは言葉を続けます。
 いかにも、これは大した問題ではないと言う風に。
 「前々から思ってていえなかった事の1つだけどさ、お前の言葉責めに唯々諾々と耐えられるのは俺ぐらいなンだよ?」
 俺ぐらい、と言う言葉の響きに2人の信頼関係が感じられて、寂しい。
 「思ってて言えなかった事の『1つ』、ねー」
 先ほどから何ら何一つ変わらぬ笑顔で、九重かなえは含みのある言い方をしました。
 「ま、それはともかくボクはあやまらないよ。ただ、このコにちょっとした親切心からちょっとした忠告をしただけー。だから、謝らないしー、誤りは無いよー?」
 「珍しく明確に強情だな。まぁ、そう言われたら、って言うか、どう言われても俺はお前に強く出れないな」
 「分かってるじゃないか」
 クスリ、と笑う九重かなえ。
 「千里のそう言う所が、一番―――好きだよ」
 ドキリ、としました。
 私ではなく。
 千里くんが。
 目を見開き、軽く頬を赤らめ、明らかに虚を疲れたと言う表情で。
 千里くんのこんな表情、今まで見たことがありませんでした。
 それを、よりにもよってこんな女に見せるなんて―――!
 「ああ、まぁ。社交辞令として受け取っておくよ」
 一瞬動揺してから、冷静さを取り繕いながら千里くんは言いました。
 「しっかし、食事はどうしたものかな。スープは出来るところなんだけど」
 「ありもので良いんじゃないかな?どうせ、昨日の残りでものこってるんだろう」
 「まぁ、そうなんだけどさ・・・・・・」
 親子でたった2人暮らしの千里くんは、しばしばうっかり食事を作りすぎて食べきれないことがある、と。
 彼女もまた、それを知っているということなのでしょう。
 それは、事実ではある、のですが。
 「…大丈夫です」
 と、私は言いました。
 「…大丈夫です。私が千里くんのお手伝いをしますから」
 これ以上、この女の自由にさせられなかったから。


988 :ヤンデレの娘さん 動揺の巻 ◆yepl2GEIow:2012/03/12(月) 00:45:12 ID:1Tyg1Pd.
 「何考えてるんだ、アイツ……」
 俺が、御神千里がその言葉を吐き出せたのは、なぜか味を覚えていない食事シーンを終え(食事中なのに胃が痛くなるような気分だった、とは言っておこう)三日を自宅まで送る道すがらのことだった。
 九重に対しては、一応送って行こうかとは言ったのだが、やんわりと、と言うよりあっさりと断られた。
 「あ、そうそう」
 と、九重は去り際に付け加えるように言っていた。
 「ボク、明日キミたちの学校に転入してくるから」
 マジっすか。
 だとしたら、どうして九重は態々俺の家を訪ねたのだろう。
 同じ学校ならば、会う機会なんて十分すぎる程にある。
 九重にとって、俺が転校してくる前に態々会いに来るほどの相手であった―――と言うことはぶっちゃけアリエナイ。
 宇宙人によって引き起こされる惑星間宇宙犯罪と同じくらいアリエナイ。
 九重にとって、俺は影だ。
 彼女の影だ。
 最も近しく、それと同時に尤も取るに足らない存在。
 まぁ、九重が誰か(あるいは何か)に特別取り立てて強いこだわりを見せたことなんて、見たことも聞いたことも無いのだけれど。
 そのセオリーを、敢えて破ったのは何故だ?
 あまりにも、必然性がない。
 彼女の目的が、分からない。
 九重が、俺が最も愛した女性の考えていることが、痛い位に分からない。
 「…私には分かります」
 自宅へと向かう夜道で、三日はそう言った。
 「え?」
 鼓動が跳ね上がるのが分かる。
 「…千里くんが何を考えているのか」
 「ああ、そっち?」
 何故分かった、とは聞くまい。
 他人に隠す余裕がない位には自分の考えに没頭していたことには自覚がある。
 「…あの女のこと、ですよね?」
 問いかけと言うより確認に近い声音で、三日は言った。
 「…自分のことも、私のことも、それにその掌の痛みさえ忘れて、あの女のことに、思考を浸食されて」
 「気にしてくれてたんだ、手のこと」
 「…結果として、私が刺してしまったもの、ですから」
 無為にあなたを傷つけてしまいましたから、と三日が少し辛そうな顔をする。
 「ああ、コレくらいなら何てことないよ。九重を守ってやり合った時なんてもっと……」
 と、言いかけて俺は黙った。
 失言だった。
 三日が九重のことを気にしているのは明らかだったのに。
 「…」
 「……」
 そのまましばらく、気まずい沈黙が場を支配して、
 「…好き、なんですか?」
 と言う三日の言葉で、破られた。
 「数寄?」
 「…この発音でお茶に打ち込むことを連想する人もそういないと思います」
 すき、という一音で何と言ったか分かる奴も珍しいが。
 「…好き、なんですか、あの女のことが。…そんなに良いんですか、あの女のことが。…そんなに気になるんですか、あの女のことが。…そんなに一緒にいたいんですか、あの女と」
 「九重のことか」
 無表情で、ただコクリと頷く三日。
 「アイツは―――」
 と、俺が言いかけた瞬間、だったはずだった。
 三日の姿が消失していた。


989 :ヤンデレの娘さん 動揺の巻 ◆yepl2GEIow:2012/03/12(月) 00:45:58 ID:1Tyg1Pd.
 否、三日だけでは無い。
 周囲に人間が1人もいなくなっていた。
 こんなこと、前にもあったような。
 そう、夏祭のときと同じ!
 「こんなことをするのは、緋月誰さんか、な!?」
 唐突に、後ろから殺気が生まれた。
 「ハッ!」
 男性的な声と共に振るわれた刃を避けられたのは、奇跡のようなものだった。
 あるいは、先だって戦った強力な彼のお陰か。
 「よ、とっと……!?」
 体をひねり、振り向きざまに距離を取る。
 襲撃者の姿を観て、俺は驚愕した。
 「違う!?」
 相手は、夏の襲撃者、緋月零日さんでは無かった。
 性別や体格を隠す、フード付きのコート姿。
 その下の顔には顔全体をすっぽりと覆うマスク。
 その手には、180cmはあろうかと言う伸縮式の長い棒の先に、刃が供えられた武器。
 大鎌と呼んでよいであろう、身長を超える武器をやや持て余し気味に持った人物。
 「……!」
 その人物が、再度距離を詰めて大鎌を振るう。
 「お前、一体……」
 距離を詰め、大鎌の柄をいなしながら、俺は抗議の声を上げる。
 「ボクの名は、緋月、一日」
 その人物は、芝居がかった口調で、そう、名乗った。
 「初めましてと言うべきかな。ボクの大事な下の妹に寄りつく屑虫くん」
 言葉と共に、胴薙ぎの一撃。
 それをバックステップで避けると、突きあげるような攻撃が襲いかかる。
 「がッ!?」
 柄の付け根が喉に入り、俺は苦悶の声を上げる。
 「刃は入らなかったか。意外と粘る」
 「お、まえ!」
 続いて繰り出される、すくい上げるような攻撃を避けつつ、俺は喉から声を絞り出す。
 身長差があるためか、相手の攻撃はどうしても上を狙う物が多くなるようだった。
 「何のつもりだ!一体何を考えて、こんな!?」
 「家族を、守る」
 鎌使いは、やはり芝居気のある口調でそう吐いた。
 「兄が妹のためにすることなど、決まっているだろう?」
 「冗談も大概にしろ!」
 足払いをかけるような攻撃を避けつつ、俺は言う。
 大体、妹など……!
 「貴様は、あまりに普通すぎる。一般常識を逸脱しきれていない貴様の性質は、緋月家のような異常者集団にとっては不協和音なのだよ」
 「訳の分からないことを!」
 「イレギュラーの集団である緋月の家には、貴様こそがむしろイレギュラー。貴様はいつか、いつか貴様の『正義』に基づいて緋月を拒絶する、傷つける」
 芝居がかった口調で長台詞を発しながらも、鎌使いは次々に鎌を突きあげる。
 「妹が傷つく前に、その芽を摘むことは、兄の務めだとは思わないか?」
 「不確定な未来への悲観と思い込みに基づいて動いているってのかい?ソイツは確かに三日の兄貴らしい設定ではあるね!」
 攻撃を避けながら、俺は今まで相手に対して発したのことの無い皮肉を言う。
 「ならば問うが。貴様、あの娘を、三日を確実に幸せにできるとでも?」
 「!?」
 振りあげられた鎌が、俺の鼻先をかすめた。
 その大仰な動作と共に、相手の袖が微かに捲れ上がり、一瞬その腕が―――その素肌が露わになった。
 露わになり、見えた。


990 :ヤンデレの娘さん 動揺の巻 ◆yepl2GEIow:2012/03/12(月) 00:46:18 ID:1Tyg1Pd.
 「緋月三日は貴様に懸想した。だが、それは本当に貴様である必要があったのか?」
 「何を言って、るんだ!?」
 内心の動揺を抑え、振り下ろされた鎌を、俺はギリギリで避ける。
 「八方美人の嘘吐き、その癖口より先に手が出る乱暴者。その上執着心が強い。まるで子供だな!」
 こちらは避けるだけで精一杯だと言うのに、相手の攻撃は言葉を重ねるほどにむしろ苛烈さを増していく。
 まるで、刃の中にゾッとするほどの負の感情が乗っているかのようだった。
 「そんな貴様が、一度として誰かを愛することに成功したか!?誰かと共にあることに成功したか!?誰かを幸せにすることに―――成功したか!?」
 月光を反射して輝く刃が、言葉と共に俺を襲う。
 胸が、締め付けられるように痛くなる。
 「巡り合わせ次第では、貴様では無い誰かに惚れ込んでいた。貴様よりも美しい心根を持った、三日を幸せに出来る誰かに」
 俺は、その言葉に何も言い返すことができない。
 事実、だからだ。
 三日が俺のことを好きになってくれたのは、1年の時、『偶然』学校内を迷ったところを、『偶然』俺と出会い、案内したから。
 けれど、そんなことは俺で無くても出来たことだった。
 校内を知る者なら、同級でも、先輩でも、先生でも。
 誰にでもできる、当り前のこと。
 それが、その時たまたま俺が居合わせたと言うだけのこと。
 ならば、もし他の男がそこに居合わせたら……?
 それが、本当に三日に相応しい相手だったら……?
 俺なんかでは無かったら……?
 恋した相手を、誰よりも救いたかった相手を救えなかった、守れなかった俺なんか、では……
 「断言しよう。貴様は誰も幸せになど出来ない。幸せになることなど……許されない!!」
 言葉と共に繰り出される、鋭い薙ぎ払い。
 同時にコートの袖が捲れ、もう一度素肌が露わになる。

 これでもかとばかりに、傷が刻まれた肌が。

 攻撃はバックステップで避けられても、相手の言葉が、存在が、俺の胸に突き刺さる。
 「うぇ・・・あ・・・?」
 思った以上の動揺に、ステップでたたらを踏んで、無様に転ぶ。
 「……ふ!」
 その隙を見逃す鎌使いではなく、すぐに俺の眼前まで間合いを詰める。
 「三日が貴様などに出会ったこと自体が不幸だ。妹の不幸を是正するために、妹の幸せのために、今ここで全てを―――失え」
 そう言って、項垂れる俺の頭上に、鎌使いは刃を振りあげた。
 「…千里くん!」
 しかし振り下ろされることは無かった。
 聞き慣れたその声が俺の耳に飛び込んできた瞬間、鎌使いの姿が消えていたから。
 残酷なまでに正しい、鎌使いの姿は、もういなかった。
 振り向くと、三日が黒髪を振り乱し、こちらに駆け寄ってきていた。
 どうやら、俺は三日に救われたらしい。
 救わさせてしまった、らしい。
 「…千里くん、千里くん!」
 彼女の黒髪が、白い肌が、街灯に反射して美しく映える。
 ああ、綺麗だな。
 本当に、綺麗な女の子だ。
 そう、純粋に思った。
 「…い、いきなりいなくなるから何事かと思って。…何か、さっきよりボロボロですし。…でも、無事で……」
 俺に抱きついて、切れ切れに言葉を紡ぐ三日。
 じんわりと服が濡れるのを感じる。
 泣いてる。
 俺の為に、三日は泣いている。
 俺の所為で、三日が泣いている。
 彼女を安心させるために、その美しい髪を撫でようとした時、
 ―――それは本当に貴様である必要があったのか?―――
 鎌使いの言葉が思いだされた。
 まったく、お前はいつだって正しいな。
 「…せんり、くん?」
 俺は、手を降ろした。
 「ゴメンね、三日」
 ぼんやりと、夜空を見上げながら俺は言った。
 思えば、何度となく三日は俺のことを救っている。
 思えば、何度となく三日は俺の為に泣いている。
 でも、もういいだろう。
 「でも、もう泣かなくていいから」
 「…え?」
 三日が小さく呟く声が聞こえる。
 「もう、いいから」
 もういい。
 もういいよ。
 もう俺の為に泣いたり怒ったりしなくていい。
 俺の所為で感情をざわめかせなくていい。
 だから、

 「もう、俺のこと何も無かったことにしていいから」

 ―――それは、月の無い夜のことだった。


991 :ヤンデレの娘さん 動揺の巻 ◆yepl2GEIow:2012/03/12(月) 00:47:04 ID:1Tyg1Pd.
 おまけ
 武器解説
 名称:無月
 全長:30cm(最短時)→180cm(最大時)
 製作者:緋月天海
 所有者:緋月水星→緋月月日→緋月一日→???
 解説:緋月家で『最も真っ当に変わり者』と評される武器職人、緋月天海が制作した武器の1つ。
    緋月天海の制作物の例にもれず、機能性よりも特異なギミックを仕込むことが重視されている。
    伸縮させることで、30cmほどの短棒から、小ぶりのブレードが設置された大鎌に変形させることが出来る。
    ブレードは長さ、切れ味共に今一つだが、強力な電極が仕込まれていることが特徴。この奇構により、相手は擬似的な記憶喪失を引き起こす可能性がある。
    この奇構は、初代所有者であり、制作依頼者である緋月水星が『相手の記憶も命も狩り取りたい』と言う注文を付けた為。但し、この記憶喪失の度合いは全く予測不可能であり、緋月水星の望みがかなられたかどうかは不明である。
    後に、緋月水星の兄である緋月月日、更に息子の緋月一日に渡されていることまでが確認されている。