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267 名前:ヤンデレの娘さん 交錯の巻  ◆yepl2GEIow[sage] 投稿日:2012/04/14(土) 13:12:41 ID:Br3PhM8M [2/9]
 「う……ん」
 いつものように、たった一人のベッドで目を覚ます。
 静かな室内に、思わず周りを見回す。
 いつかのように、と言うよりもいつものように、三日が俺を起こしに来ていたりはしない。
 「当り前、か」
 と、俺は1人ごちた。
 ―――何も聞かないで―――
 そう、昨日俺は彼女に言ったのだから。
 ―――何も聞かないで、言わないで。ただ、忘れてくれればそれで良い。忘れて、幸せになってくれれば―――
 着替えて、ダイニングに移動。
 親は、今日から出張。
 その為、この家には俺一人。
 「君がいなくなって、この部屋はずいぶん広くなっちゃったよ―――ってドラえもんじゃないんだから」
 そんなボケをかましてもツッコミを入れる者はだれも無く。
 朝食は、適当で良いだろう。
 俺は、冷蔵庫の余りものを適当に胃袋の中に詰め込むと、黙々と学校の準備。
 その間にも、昨日の言葉が思い出される。
 ―――貴様は、誰も幸せにすることが出来ない―――
 『アイツ』の言葉が胸を突き刺す。
 ―――幸せになることなど、許されない―――
 その言葉は正しい。
 いつだって正しかった、残酷なまでに。
 その言葉に従うなら、その正しさに従うなら、アイツを幸せにするためなら、することは、決まっている。
 そんなことを考えながら、俺は玄関のドアを開けた。
 すると、外から「・・・ぷぎゃ!?」と言うヒロインらしからぬ悲鳴が聞こえる。
 「・・・・・・?」
 何かと思ってドアの反対側を見ると、「・・・いひゃい」と鼻を押さえている緋月三日の姿が。
 どうやら、玄関の前に立っていた彼女の顔を、ドアでノックアウトしてしまったらしい。
 それはさておき、である。
 「・・・・・・朝からどうしたの、緋月?」
 俺は短く問いかけた。
 「・・・いひゃいや・・・もちろん、恋人である千里くんと、朝から恋人らしく一緒に登校するために、恋人である千里くんをお迎えしようと3時間前から恋人である千里くんの自宅の前でお待ちいたしていた次第です」
 彼女を名字で呼んだ俺とは対照的に、名前呼びを強調するように繰り返す三日。
 「・・・・・・緋月」
 最近寒くなってきたと言うのに早朝からならば尚更だろう、と言う言葉を呑み込んで、俺はもう一度彼女を名字で呼んだ。
 三日に作った距離を、再確認するかのように。
 「俺、昨日言ったよね。その手の話は、その・・・・・・」
 「・・・昨日のことなら忘れました」
 さっきまで鼻を抑えていたのが嘘のように、三日は俺を真っ直ぐに見据えて言った。
 「・・・『忘れました』。千里くんのお願い通り。・・・私が忘れたのは、私が忘れられるのは、それだけです」
 真っ直ぐな視線と、真っ直ぐな言葉。
 それとは対照的に、俺は彼女から目を逸らしている。
 「・・・・・・俺は、違うから」
 「…え?」
 「俺には、無理だから」
 俺は小さくそう言い捨てて、逃げるように走り去った。
 いや、逆だった。
 走り去るように、三日から逃げた。

268 名前:ヤンデレの娘さん 交錯の巻  ◆yepl2GEIow[sage] 投稿日:2012/04/14(土) 13:13:15 ID:Br3PhM8M [3/9]
 「おっはようございます、御神先輩!」
 逃げ足ダダっとダッシュで三日を綺麗に撒いた通学路で、俺は後ろから声をかけられた。
 一瞬、聞き違いかと思えるほど遠かったが、ギュン!と言う足音(?)と共に声の主が眼前に周りこんできた。
 弐情寺カケルくんだった。
 「……おはよ、弐情寺くん。良く分かったね、俺だって」
 いくら高校生としては背の高い方だとは言え、俺と同程度の身長の奴は校内でも他に居ない、と言う程ではないのに、だ。
 「いやぁ俺、目にだけは自信あるんですよ。一度会った相手なら、100メートル先からでも、後姿だけで分かりますよ。こう、ビビッっと!」
 照れたように言う弐情寺くん。
 「顔を視ないで、って言うのはもう目とか関係なく無い?」
 「ウーン、何て言うか相手の全身の癖?モーション?とかも覚えちゃうんですよ、俺」
 観察力と記憶力が長けている、と言う訳か。
 元推理小説マニアだとは聞いているが、むしろ彼自身が推理小説の名探偵のようだった。
 「確かに、どれだけちゃんとした、教科書通りの動きをしようとしても、その人の癖は残るからなぁ」
 「そうです。スポーツでもどんな綺麗なフォームしても、手先とか、足の出し方とか、その人っぽさは微妙に残りますからねぇ」
 「もしそう言う癖とか特徴とか消そうとしても、『特徴が無いのが特徴』になっちゃうしね、文字通り」
 ちなみに、俺はそう言う奴を今までの人生で1人しか知らない。
 「剣道やってるからですかねぇ、やっぱ」
 「それ、関係あるの?」
 「相手が面を被っていても分かりますから」
 「確かに便利ではあるけど怖くない?剣道家がみんなソレできたら」
 「あー、確かに。前に部の面子で、おふざけで面被ったままで誰が誰だか全員当ててみたら、感心される前にドン引きされましたからねー」
 「そらそうだ」
 控えめに言って、役に立つ特技とは言えなさそうだった。
 「でも、好きな相手を一瞬でロックオン・ストラトス!出来るから、意外と便利なんですよ?」
 「狙い撃つ気かよ」
 「ってか珍しいですよね」
 と、弐情寺くんは話題を切り替えた。
 「御神先輩がこの時間に登校するなんて」
 「そう?」
 言われてみれば、そうかもしれなくもない。
 「ホラ。俺とか、今から部活の朝練なんですけど、この時間帯だと基本、先輩と登校時間被んないじゃないですか。体育会系の部活されてる方じゃないですから」
 「ああ」
 ポン、と手を打って俺は納得した。
 起きた時間は、普段とほぼ変わりない。
 それにも関わらずこうして弐情寺くんと歩いているのは、普段だと、準備や朝食にもっと時間がかかるからだ。
 普段は、2人だから。
 独りではなかったから。
 「それにしても、君の後輩キャラっぷりだけはブレ無いね。正直、昨日で尊敬度とかダダ下がりするかと思ったんだけど」
 独りで歩いていてもヒマなので、その後輩クンと雑談パートをはじめることにした。
 「下がるようなこと、ありましたっけ?」
 「ボコボコにされて、バカ話した。昨日はそんだけしかやらなかったし」
 「昨日は本当にすみません」
 さすがにションボリする弐情寺くんに、俺は「そんなのいいよ」と手をヒラヒラさせる。
 「でもスゴイですよ、先輩。俺にあんだけ打ち込まれて立ち上がった人、今まで見たこと数えるぐらいしかいませんでしたから!」
 目を輝かせて言われると、複雑な内容である。
 「そうは言うけど、俺より強い人なんて掃いて捨てるほどいるよ?」
 「それはそうですけど、強い人たちはそもそもそんなに打ち込ませてくれませんよ。こっちが打ち込まれて、勝負付けられてます」
 それを聞くと、俺もまた微妙なポジションである。
 いや、別に最強とか目指してるつもり無いけど。
 「あのガッツと、その後に熱く激しく聞かせていただいた一本筋の通った信念!あれこそ僕の理想とする正義そのもの!まさにジャスティス!」
 眩しい……眩しすぎる。弐情寺くんのキラキラした純粋な瞳は、汚れきった俺にとっては眩しすぎて、正直正視に絶えなかった。
 「・・・・・・って、どうしたんですか先輩。まるで聖なる光を浴びた死霊みたいな顔をして目を逸らして」
 「いや、何でもない。・・・・・・そうそうそうだった。今日は良いことありそうって話だったね」
 「言われてみればそんな話もしてたような気もしますけど、そんな話題でしたっけ?」
 「良いことがありそうってのは、存外的外れな話じゃ無いかもよー?」
 「お、マジですか」
 意外と追求してくることなく、あっさり話にノッてくる弐情寺くん。
 「ウチの学年に、美人が転入して来る」
 「おお!先輩が美人って言うなら相当ですね」
 「そう?」

269 名前:ヤンデレの娘さん 交錯の巻  ◆yepl2GEIow[sage] 投稿日:2012/04/14(土) 13:13:38 ID:Br3PhM8M [4/9]
 「だって、緋月先輩なんて可愛らしい方とお付き合いしてるんですから。・・・・・・そう言えば、今日は一緒じゃないんですか、緋月先ぱ「聞かないで」「ラーサー!」
 と、そんな会話をしていると、折り良く後ろから「オッ?」と声をかけられる。
 「ンな時間に珍しいな、千里じゃねーか?」
 「アンタも案外顔が広いわね、剣道部期待の新人クンと一緒だなんて」
 振り向くと、葉山正樹に、彼と腕を組んで歩いている明石朱里がいた。
 「おはよう、2人とも。今日、朝練だっけ」
 「ああ、だから一緒にガッコ行けないかと思ってたンだがな、珍しいコトもあるモンだぜ」
 「まぁ、ねー。あ、この子のことを紹介しないとだね。ええっと・・・・・・」
 「剣道部1年、弐情寺カケルくん。夏の大会で大活躍したってので、新聞部の取材が来た、高等部1年生の中だとちょっとした有名人よね」
 と、俺が話し始めるよりも前に、明石がつまらなそうな顔で言った。
 そんなコトがあったとは知らなんだ。
 「あ、ハイ、そうです。はじめまして、先輩方。僕、弐情寺カケルと申します。先輩方のお噂も、かねがね聞き及んでおりました」
 正樹たちに向かって礼儀正しく(こう言う所は体育会系だ)一礼をする弐情寺くん。
 「何だ、知ってたんだ」
 「はい。同じ体育会系の部活同士、色々とお話だけなら。御神先輩のことが無くても、お2人は有名ですし」
 「有名?」
 「そんな設定?」
 「あったかしら?」
 怪訝そうな顔をする俺たちだったが、明石だけは明らかに目を逸らしていた。
 「それはもちろん、我が学園期待のバスケ部新部長葉山正樹先輩と、『朱き潜行者』の異名を取る水泳部のエース明石朱里先輩ですから!」
 ちょっと待てい。
 「はやまん、はやまん。新部長とか、『わたし聞いてない』ってカンジなんだけど?」
 「ああ、悪い悪い。言い忘れてた。大したことでもねーし」
 俺がジト目で抗議するのを、頭を掻きつつ軽く応じる正樹。
 弐情寺くんの言葉を聞く限り、十分大したことのように聞こえたんですけど?
 「部活ってぇのは、部全体で1つのチームだかんなー。ソコがブレなきゃ、誰が部長だろうと関係ねーよ。『部長なんてただのカザリです、偉い人には以下省略』って奴さ」
 何でもないことのように言う正樹。
 けれど、だからこそ分かる。
 「お前は、きっと良い部長になるな」
 俺なんかとは、違って。
 大切な人を守れない、俺なんかとは違って。
 「おうさ。……ってどうした?」
 そう応じて、ふと怪訝そうに俺の顔を見上げる正樹。
 「何が?」
 「ソレはこっちの台詞だバカ。……悪いモンでも喰ったような顔してるぜ?」
 これはまた、随分な例えである。
 その癖、かなりストレートど真ん中なのだから性質が悪い。
 「別に、何でも無いよ」
 正樹の言葉をかわし、俺は先を急いだ。
 「オ、オイ。待てよ!」
 「先輩、待って下さーい!」
 その姿を、やはり明石はつまらなそうな顔で見ていた。
 俺の、惨めな姿を。

270 名前:ヤンデレの娘さん 交錯の巻  ◆yepl2GEIow[sage] 投稿日:2012/04/14(土) 13:14:07 ID:Br3PhM8M [5/9]
 九重かなえ
 コンピュータのような正確さで、『特徴が無いのが特徴』としか言いようの無い字体で、クラスの黒板に名前が刻まれる。
 「今日から皆様と共に勉強することになりましたー。よろしくお願いしますねー」
 いつものようににっこりと笑って、九重はクラスのみんなに言った。
 朝のホームルームのことである。
 九重は、俺達のクラスの転入生として紹介された。
 恐らくは顔を合わせることがあるだろうと思っていたが、よもや自分のクラスに入ってくるとは思わなかった。
 「九重?九重じゃんよー!」
 そんなことを考えていると、正樹がガタリと立ち上がって九重に駆け寄った。
 「おっ前今まで元気してたかよ!?千里や先輩達と心配してたんだぜー!?」
 「ゴメンー。キミ、誰だっけー?」
 「一番順当だけど一番傷つくセリフキター!」
 周りの視線を一様に気にすることなく、感情の赴くままに興奮して、落ち込んで、を表す正樹。
 こう言う、自分に正直なところは羨ましい。
 「どーせ俺は永遠のサブキャラですよーだ。でもヘコむ」
 「冗談冗談。覚えてるよ、まぶやー」
 「ソコは葉山だ葉山ー!何で沖縄のご当地ヒーローみたいな名前になってンだよ分かりづらいわ!」
 「……正樹。その女、どう言う関係?超優しい幼馴染は怒らないから言ってごらん?」
 「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」
 席に座ったままの明石から燃え上がる、静かな怒りのオーラにひっくり返る正樹。
 「冗談よ。噂には聞いてるから。仲よくしましょう、九重かなえさん」
 「よろしくー」
 型通りの挨拶を交わす明石と九重。
 「あー、九重さん。そろそろ良い?」
 いつも通り、どこかやる気無さ気な担任の先生が(ようやく)声をかける。
 「お騒がせしてすみませんー。主にはやまーが」
 「葉山くん、席に着きなさい」
 先生の言葉に立ち上がる正樹。
 「すンません、昔馴染みとあってつい。すぐ戻ります。……キッチリ名前覚えてんじゃねぇかよ、嬉しいじゃねぇか」
 鼻歌さえ聞こえてきそうな歩調で着席する正樹。
 「九重さんは、ソコの一番後ろの席ね」
 「分かりましたー」
 先生に促され、九重も着席する。
 そこまでの様子を、俺は決して目を離すことなく注視していた。
 そして、同じくその様子を見ていた三日の姿を、決して見ようとはしなかった。








  そんなやり取りがあった後である。
 転校生のお約束として、九重を質問攻めにしようとするほかのクラスメートを遮り、正樹が絡みに絡み、(半分以上は九重にスルーされたが)昼休みになって、
 「なぁなぁ、せんりんせんりん。俺ら4人で九重の奴を校内案内してやろーぜ!」
 と、彼が言い出したのは当然の流れだと言えるだろう。
 「いきなり仙人みたいなあだ名作らないでよ。って言うか、4人って誰?」
 「俺、お前、緋月に明石。いつもつるんでるカルテット。順当だろ?」
 「・・・・・・」
 まぁ、そうだけどさ。
 「つーか、よぉ」
 と、正樹は弾んだ表情を押し込めて小声で言った。
 「こういうのってむしろ普段のお前のキャラじゃねーのかと、この正樹サンは思うんだが」
 「・・・・・・どーゆー意味さ?」
 「いつもせんりんなら、九重の奴が転校なんてなったらもっとテンション上がってるだろ?右も左もわからねー転校生にあれこれ世話をやくところだろ?」
 「・・・・・・」
 「緋月の奴に遠慮しているのか、って思ったけど、休み時間に朱里に聞いたら『なーんか違うっぽい』みてぇだし?」
 いつの間にか、正樹は明石にも話を振っていたらしい。
 「お前、何かあったか?」
 今日は、正樹のカンが冴えているのか、それとも俺が分かりやすすぎるのか。
 「・・・・・・別に」
 俺がそう言うと、正樹は一瞬不機嫌そうな顔になったが、
 「まぁ、言いたくねぇってのなら無理には聞かねーよ」
 と引いてくれた。
 「で、別に何も無いってぇのなら、九重の奴を誘いに行こうぜ?」
 前言撤回。

271 名前:ヤンデレの娘さん 交錯の巻  ◆yepl2GEIow[sage] 投稿日:2012/04/14(土) 13:16:17 ID:Br3PhM8M [6/9]
 夜照学園は広い。
 中等部と高等部があるので当然だが、高等部だけでもかなりのものだ。(何しろ、学年によっては13クラスもある位だ。)
 実際、俺も中等部時代は、高等部の校舎のことなんて全く把握できていなかったし、今現在でも広大すぎて時々迷うくらいだ。
 そう言う事情もあってか、正樹たちの誘いに九重は2つ返事で納得してくれた。
 「ンで、こっからがようやっと3年生のクラスがあるってぇワケだ。教室だけじゃなくて、3年生専用の自習室なんてイカれた代物まであるンだぜ」
 と、嬉々として説明しているのが正樹だ。
 それを、九重がいつものニコニコ笑顔と言う名のポーカーフェイスで聞いている。
 相変わらず、感情の変化が分からない。
 その後ろで、明石が目の笑っていない笑顔と言う怒髪天モードを発動している。
 こちらは、感情の変化が分かり易い。
 『自分が誰の男なのか、自覚あるのか・し・ら?』と言う本音が、目を見るだけで伝わってくる。
 肝心の本人に伝わっていないのが難だが。
 と、明石の方に目をやっていると、衝動的に抱きつきたくなる小動物的黒髪少女、もとい三日と目が合いそうになり、思わず前を向いて目を逸らす。
 三日がどんな顔をしているのかは、考えないようにしよう。
 と、前に向き直ると、見知った人影が廊下の奥から歩いてくる。
 その影が
 「か、」
 の音と共に地を蹴り、
 「な、」
 の音と共に間合いを詰め、
 「え、」
 の音と共に両手を広げ、
 「た~~~~ん!」
 の音と共に、九重に向かって抱きつこうとするが、
 「ラブるぼげぶはぁ!?」
 その人影、もとい変態が廊下を転がる音と奇声が響いた。
 「ちょっと、御神ちゃん!今尊敬すべき先輩に向かって失礼なこと考えなかった!?あと、人事みたいな顔してるけど、思いっきり私を投げ飛ばしたでしょアナタ!?」
 変態、もとい一原百合子先輩は一瞬でダウン状態から復帰。
 俺に向かって抗議の声を上げる。
 「・・・・・・」
 俺はつい、と視線を逸らした。
 「?まぁ、それはさておきかなえたん、もとい九重たん。日本に戻ってたのね。覚えてる、私のこと?中等部時代の先輩の一原百合子。いやー、懐かしいわね。懐かしいついでに旧交を温めるために今夜食事でも行かない?その後はホテ・・・・・・」
 九重に向かって興奮気味に話しかけていた(手も握ろうとしたらしいが、九重にサラリとかわされた)一原先輩の言葉は、彼女の背後に生まれた5つの殺気に遮られた。
 「一原前生徒会長、いたいけな後輩を出会い頭に口説くと言うのは先輩として自生すべき行為かと思われますが?」
 4つの殺気を代表するように、その1つ、もとい1人、氷室雨氷先輩が言った。
 「口説いてない口説いてない!ただ、昔なじみにサプライズ的に会って、ちょーっち興奮しただけ。うーちゃんだってそうでしょ、ね?ね?」
 「・・・・・・まぁ、そう言うことで今回『は』許しましょう」
 ため息混じりに氷室先輩は言った。
 氷室先輩とその後ろの3人は、一原先輩に激ラブ(病みラブ?)なのである。
 血の気が多い部分もあるが、根本的に皆一原先輩には甘いのだ。
 「お久しぶりですね、九重後輩。と、言っても中等部時代の先輩など、もう覚えてはいないかもしれませんが」
 「いえ、そんなことはー。お久しぶりです、一原先輩、氷室先輩。お2人ともお元気そうでなりよりですー」
 先の殺気だったやり取りに表情を崩すことなく、九重は氷室先輩に挨拶を返した。
 「っつーか先輩方。受験勉強とかは良いんスか?2学期から受験用の時間割が始まってるって聞きましたけど?」
 一原先輩たちとは見知った仲である正樹がそう問いかけた。
 「いやいやいや、葉山ちゃん。いくら東大目指してるからって、そうそう24時間365日勉強してたら頭がショックのパーになっちゃうわよ」
 「と、言うよりも、皆で図書館へ勉強しに行こうとしたら、あなた方がいた、と言うことなのですがね」
 一原先輩の言葉に、氷室先輩が補足する。
 先輩たちと同道しているメンバーには、英語教師であるエリちゃん先生もいる。
 勉強会をするにはこれ以上無い相手だろう。

272 名前:ヤンデレの娘さん 交錯の巻  ◆yepl2GEIow[sage] 投稿日:2012/04/14(土) 13:16:40 ID:Br3PhM8M [7/9]
 「図書館ー?図書『室』でなく、ですかー?」
 と、九重が素朴な疑問を口にした。
 「中等部と違い、高等部には図書室があるのです」
 「自習室だと、みんなで勉強会やるのには向いてないからねー」
 「ソレ、俺の台詞ですよー!」
 先輩たちの説明に、正樹が抗議の声を上げるが皆スルー。
 「と、そうだ九重ちゃん。折角だから、一緒に高等部(ウチ)の図書館行く?」
 「折角ですけど、今ははやまー主催の高等部キャンパスツアーの真っ只中でー」
 と、一原先輩の言葉に九重が答えた。
 チラリ、と細めた奥の目が正樹の方に向いたのが分かった。
 「俺はいーぜ、どっちでも。図書館は見せに行くつもりだったしよ。お前のための時間なんだ、お前の好きにしろよ」
 正樹は言った。
 それに対し、九重の表情が一瞬だけ動いたような気がした。
 錯覚かと思うくらい、ささやかな変化。
 想定とは異なる展開にか、ペースを乱されたことにか、どこか、不機嫌そうに顔を歪ませたよう、な?
 それは、きっと、中等部時代の俺なら絶対に見落としていたような微弱な変化。
 しかし、九重は瞬時にいつものポーカーフェイスに戻し、
 「それでは、ご一緒しますねー」
 と何事も無かったかのように、あるいはいつものように答えたのであった。






 図書館に行く途中には、一度1年生の階を通って、1階まで行く必要がある。
 「ここが一年生の世界か」
 「それを言うなら教室」
 などと正樹と明石がジョークを飛ばした時に、これまた見知った人影と出くわした。
 廊下を歩いていた、1人の少年。
 少年―――弐情寺カケルは一瞬驚いて目を見開いた。
 そして、か、の音も、な、の音も、え、の音も発することなく、発する間もなく一瞬で。
 九重を、抱きしめていた。
 「会いたかった」
 いとおしげに九重を抱きしめ、目に涙さえ浮かべて、弐情寺くんは言った。
 「ずっと、会いたかった」
 いきなりの出来事に、俺たちは誰一人対応できなかった。
 九重でさえ―――驚愕に、目を見開いている。
 俺は知らない。
 九重のこんな顔を、俺は見たことも無い。
 「ずっと心配してた。気にしてた。考えていた。恋―――してた。でも、また会えてよかった」
 九重が動けないのを良いことに、弐情寺くんは言葉を紡ぐ。
 「久しぶりだね、倫敦の名も知らぬキミ」
 誰よりも嬉しそうな顔をした彼の姿に驚愕する俺たちの―――否、俺の後ろで、三日が嫉妬の炎を燃やしていることなど、誰よりも衝撃を受けていた俺が気づくはずも無かった。

273 名前:ヤンデレの娘さん 交錯の巻  ◆yepl2GEIow[sage] 投稿日:2012/04/14(土) 13:17:16 ID:Br3PhM8M [8/9]
 おまけ
 解説:私立夜照学園
 「あらゆる層の若者に、最上最良の教育を」と言う理念のもと、都内に創立された私立校。
 幼等部から大学部まで存在し、途中編入も可能。
 全ての学部を合わせた総生徒数は万を軽く超えるマンモス校である。
 私立校の中でも比較的学費が安く、入学試験のレベルは特別低くも無ければ高くも無い。
 その学費と比べて破格とも言えるカリキュラムや敷地面積、施設を誇る。
 その為、中流階級から富裕層まで、様々な層の子供が在籍し、結果として個性が強く、自由な校風を生んでいる。
 しかし、生徒の出自の違いや、生徒が多すぎる為に教師の目が行き届ききら無い等、生徒間のトラブルやイジメの温床を慢性的に抱えている。