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534 名前: 独人達のバレンタイン・デイ ◆Z.OmhTbrSo [sage] 投稿日: 2008/02/14(木) 23:29:44 ID:28tXPm3E
 僕にとってバレンタインデイは甘くない。しかし少しも甘くない訳ではない。
 嘘は言っていないけど、いきなりこれだけ言われたら他人にはわけがわからないだろう。

 一般的に二月十四日はバレンタインデイと呼ばれている。一ヶ月後はホワイトデイだ。
 恋に夢中な女の子は十四日の一週間前からチョコレートを贈与するらしい。
 姉さんの知り合いにそんなせっかちな乙女がいるらしいのだ。
 その乙女は同棲している恋人に毎年チョコレートをあげる。
 バレンタインデイの一週間前には部屋中がチョコレートだらけ。
 なぜなら、朝食と夕食のデザートとしてチョコレートを出すから。
 うん。僕が姉さんの友達の彼氏だったら絶対にチョコレートに飽きるだろう。
 いくらお菓子が好きな僕でも限度というものがある。
 一日で食べたチョコレートの数の記録は板チョコ五枚。それ以上は無理だった。
 僕はチョコレートに飽きたくない。何事もほどほどが一番だ。

 二月十四日の朝には僕の家の中にカレーのいい匂いが立ちこめる。
 去年がそうであったように、今年ももちろんそうだった。
 僕は鼻腔をくすぐる香りに食欲を刺激されて起床した。
 睡眠欲求を喚起する布団の温もりを意識的に遠ざけてベッドから這い出し、冷たい制服を身に纏う。
 階段を下りて洗面所へ行き顔を洗う。よかった、今日は寝癖がついていない。
 リビングのドアを開けると、すでに家族全員が揃っていた。
 椅子に座っているのは父さんと母さん。キッチンに立っているのは姉さんだ。
 すれ違いざまに両親に挨拶して、キッチンへと向かう。
「おはよう、姉さん」
「おはよう、正史。今日の調子はどう?」
「別に、どこもおかしくなんかないけど」
「……昨日はちゃんと眠れたかしら?」
 僕は胃をつつかれたような気分になった。平静を装って返事する。
「うん。ちゃんと、いつも通りに寝たよ」
「あらそう。ふふ、それならいいの。今日のことでドキドキして眠れなかったんじゃないかな、
 って思って聞いてみただけよ」
「まさか、たかがこんなイベントぐらいで僕がおかしくなるわけがないよ」
 嘘。実は昨晩、すぐに眠れなかったのだ。
 それは、昨夜風呂上がりの姉さんの姿を目にしたときから僕の心が落ち着かなくなったから。
 姉さんの湯上がりのほてった顔や湿った髪の毛を見ているうちに気持ちが急いてきた。
 断じて興奮したわけではない。僕の大事な部分に変化は起こらなかった。
 ただ、姉さんを見ていることができなくなったのだ。
 だから僕はすぐに自室に籠もってベッドに飛び込んで布団をかぶって寝た。
 しかし、昨晩はそこからが辛かった。
 二月だというのに真夏の夜のように寝苦しかった。何もしなくても汗が吹き出した。
 熱を発散させるために腹筋や腕立て伏せなどをした。筋肉の痛みに意識を向けることでようやく眠れた。
 慣れないことをしたせいで今日は筋肉痛に見舞われている。
 腹に力を込めると疼く。たまに刺されるような痛みを感じる。

 昨日はいったい何が僕の身に起こったんだろう。
 ただいつものように母さんと姉さんの作った料理を食べただけなのに。
 父さんの顔を見る。目尻にしわが浮かんでいるが、精悍な顔つきをしているところは変わらない。
 父さんも筋肉痛に苛まれているんだろうか? こうして見ているだけでは判別できない。
 母さんは机に肘をつきながら姉さんの料理する後ろ姿を眺めている。
 こちらにも変わった様子は見受けられない。
 やっぱり昨晩の体の異常は僕だけに起こったものなのか?
 それならそれで構わないけど、どうして僕だけなんだ?
 ……だめだ、わからない。考えるのをやめよう。
 きっと僕ぐらいの年齢だとたまにこういうことが起こったりするんだ。そういうことにしよう。

535 名前: 名無しさん@ピンキー [sage] 投稿日: 2008/02/14(木) 23:31:07 ID:28tXPm3E
 姉さんの作った朝食はカレーライスだった。付け合わせにサラダがついてきている。
「おかわりもまだまだあるから、たくさん食べて。朝食は一日の活力よ、正史」
 悪いけれど一皿だけで十分だ。それ以上食べると学校に行くのが辛くなる。
 僕は小さな声でいただきます、と言ってからカレーを食べ始めた。
「どう? どう? おいしい?」
 頷いて自分の意志を伝える。満足したのか、姉さんは自分の分の朝食を食べ出した。
 
 このように、僕がバレンタインデイに最初に口にするのはカレーライスだ。
 中辛のカレーライスとバレンタインデイは僕の脳内ではセットになっている。
 姉さんが作ったカレーライスはけちの付け所の無い出来だ。とても美味しい。
 料理上手を自負する母さんでも姉さんほど美味しく作れないらしい。
 美味しさの秘訣を聞いてみたところ、じっくり熟成させるのがポイントだという。
 どれぐらいの時間熟成させればいいのかさらに踏み込んで聞いたら、三日以上よ、と答えられた。
 それはつまり、十一日の朝には作り始めているということだ。
 しかし、ここで疑問が湧いてくる。
 昨日の夕方の時点ではキッチンのどこにもカレーの入った鍋は置かれていなかった。
 昨日、偶然昼食を食い損ねて空腹に耐えかねている状態の僕が探しても見つからなかった。
 ということは、台所には置いていない、イコール、作っていないということだ。
 どこかに隠しているとも考えられるが、わざわざカレーを隠したりする必要があるんだろうか?

 ちょっと聞いてみようと思い、横に座る姉さんの方へ顔を向ける。
 姉さんの目がとろんとしている。なんだか眠そうだ。
「大丈夫? 姉さん」
 姉さんが顔を向ける。正面から見た顔はどこか血の気が薄くなっているように見えた。
「平気よ。ちょっと昨日夜更かししただけだから」
「それなら別に朝食を作らなくても……」
「いいじゃない。正史、カレー好きでしょ?」
 頷く。認めよう。僕は姉さんの作ったカレーが大好きだ。
 毎日――はさすがに飽きるから、毎週金曜日の夜に食べたい。
「だったら何も言わずに食べなさい。今年のは去年以上にたくさん……」
「たくさん?」
 何を入れたんだろう? 香辛料の種類を増やしたのか?
「……じゃなかった。いっぱい時間と手間をかけたから。残さずに食べなさいよ?
 食べ終わった後でカレーの鍋を使ってうどんを作りなさい。きっと美味しいから」
「気が向いたらそうするよ」
 久しぶりに食べる姉さんのカレーは本当に美味しい。ファンになってしまう。
 まだ残っているらしいから、今日は全部食べずに明日に残すとしよう。

536 名前: 独人達のバレンタイン・デイ ◆Z.OmhTbrSo [sage] 投稿日: 2008/02/14(木) 23:32:26 ID:28tXPm3E
 学校へ向かいながら、今日どんなことが起こるのかを想像する。
 まず、僕は一個もチョコレートをもらえない。それは確定している。
 学校に来ている女子生徒はもちろんのこと、家族からももらえないはずだ。
 姉を持つ同じクラスの友達に聞いたところ、姉からは必ずもらえる、母と姉からもらえる、
妹も姉もいるけど一個ももらえねえよちくしょうめ、という回答をいただいた。
 例外はあるが、姉からチョコレートをもらうというのはよくあることらしい。
 しかし、僕はそんなこと信じられない。
 なぜかというと、僕の姉さんはカレーは作っても、チョコレートをくれないからだ。
 小学校に通っていた頃はもらっていたように思う。しかし、今の姉さんはチョコレートなんかくれない。
 理由は知っている。姉さんは本命にしかチョコレートをあげないから。
 姉さんには心に決めた相手がいる。名前も教えてくれないけど、いい人だということはわかる。
 バレンタインの日、姉さんはずっと上機嫌だ。きっと特別なイベントだから浮かれているんだろう。
 そのおかげで僕は姉さんから美味しいカレーを振る舞ってもらえる。ありがたいことだ。

 姉さんに恋人が居ると聞くと、ちょっとだけ寂しくなる。
 シスコンだと思われるかもしれないけど、姉さんと一緒に暮らす今の生活が僕は好きだ。
 姉さんは大学二年生だから、あと二年もすれば就職して家を出るはず。
 長く付き合っている恋人がいるなら、卒業と同時に結婚するということも考えられる。
 そのことが原因というわけではないけど、僕も高校卒業と同時に家を出ようと決めている。
 自分から離れていた方が気持ちの踏ん切りがつきやすいからだ。
 就職か、進学か。どちらを選ぶかは決めていない。どちらに対しても気持ちが半分ずつ向いている。
 だけど、家を出て一人暮らしをすることは決めている。
 もちろん両親には相談済み。去年の十二月に受けた実力テストの結果を見せたら渋々ながらも了解してくれた。
 姉さんには話していない。進路がはっきり決まってから打ち明けるつもりでいる。
 でもきっと、姉さんは僕を応援してくれるはず。
 今通う進学校も、両親が反対する中で姉さんだけが味方してくれたから通うことができた。
 お礼に、僕は離れて暮らしても姉さんの味方をしようと思う。
 でも、姉さんが僕を頼りにすることはおそらく無いんだろうな。

537 名前: 独人達のバレンタイン・デイ ◆Z.OmhTbrSo [sage] 投稿日: 2008/02/14(木) 23:36:03 ID:28tXPm3E
 靴箱置き場へたどり着き、自分の上履きを取り出そうとした僕は違和感に気づいた。
 シューズの上に、箱が一つ乗っている。
「……ああ、またか」
 ため息が出た。今の僕の心に浮かぶのは怒りではなく、呆れだ。
 バレンタインデイに靴箱の中に四角形の箱を入れられる。
 そこだけ聞くといい話だ。箱の中にはチョコレートが入っているはず、なんて誰もがまず思う。
 だけど、これはフェイク。断言してもいい。
 上履きと箱を同時に取り出す。右手の上に乗った箱を開けてみて、僕は呟く。
「……ほらね」
 やっぱり空っぽだった。去年とまったく同じだ。誰かが僕をからかうために空箱を入れたのだ。
 辺りを見回して監視している人物がいないか探る。
 …………ま、いないよね。実行犯が見つかるようなヘマをするはずがない。
 きっと見えない角度から僕の悔しがる顔を見ているのだろう。
 そういう手合いは下手に構うと喜ぶ。放っておくのが正解だ。
 空箱を鞄の中へ放り込む。ゴミ箱には捨てない。家に帰ってから誰かへの恨みを込めて引き裂くことにする。

 学生鞄の口を閉じて歩き出したとき、背後から明るい声で挨拶された。
「松ちゃん、おはよう!」
「山城さんか。おはよう。珍しく早いね」
 いつも遅刻ぎりぎりでやってくるはずのクラスメイト、山城ゆずさん。愛称ゆずぽん。
 元気一杯の笑顔と明るい声で、低身長という欠陥を補っている。
 欠点があるとするなら僕を松ちゃんと呼ぶ点だ。
 こっちは松ちゃんって呼んでるんだから松ちゃんもゆずぽんって呼びなさい、なんて言われる。
 愛称を呼ぶのが嫌な訳ではない。言わされているみたいな気がするから嫌なのだ。
 そもそも他人にそこまで馴れ馴れしくするなんて僕にはできない。
 だから僕は呼び方を変えない。山城さんは山城さんだ。

「たまたま早起きしてね。松ちゃんはいつもこんな時間なの? 早すぎじゃない?」
「……授業が始まるまであと二十分しかないよ」
「まだ二十分もあるの? もったいないことしたなあ。
 今日も寒かったから一分でも長く布団の中に入ってたかったのに」
 それには同意しかねる。一分でも入っていれば再び眠ってしまうのは確実だ。
 特に山城さんみたいに授業中に必ず寝ている人はやめた方がいい。
 しかも僕の席の隣で眠っているものだから、僕にまで先生の目が向けられている。
 山城ゆずを叩き起こせ、松田まで眠るんじゃないぞ。
 そんな感じの念がこもった目で見られるからたまったものじゃない。

538 名前: 独人達のバレンタイン・デイ ◆Z.OmhTbrSo [sage] 投稿日: 2008/02/14(木) 23:40:00 ID:28tXPm3E
 山城さんは素早い動きで靴からシューズに履き替えた。
 僕が歩き出すと真横に並び、同じスピードで歩き出した。
「ねえ、チョコもらえた?」
 笑い混じりの弾んだ声。何が嬉しいんだか。ちょっとだけ僕は不愉快だ。
「もし僕がもらったと言っても、それが事実だとは限らないだろう? 信じる?」
「まず信じないよ。松ちゃんが一個もらったら、このゆずぽんのもとには十個やってくるはずだもん」
「なるほど。山城さんが十個貰ったら僕のところには一個やってくるというわけだね。ステキな説だ」
「残念。それは成り立たないよ。だって誰も松ちゃんには渡さないはずだから」
 よくわかっているじゃないか、という台詞を口から出しそうになった。
 自分から負けを認めてどうする。ここは反論するべきだろう。

「それはまだわからない。義理堅い女子生徒がくれるかも」
「へえ、誰かにお世話したことがあるの? 義理って、誰からでももらえるわけじゃないんだよ?」
「そうだね、貸しがある女の子からじゃないともらえないよね。というわけで、山城さん」
 手を差し出す。もちろんチョコレートの催促だ。
「私に貸しがあるって? いつのこと?」
「昨日僕は弁当も昼食代も持ってきていない山城さんのためにお弁当を分けてあげた」
「ああ、そんなこともあったっけ。おいしかったよ、ありがとう」
「どういたしまして。まさかジュースを買いに行っている隙に全部食べられるとは思わなかったよ」
「それは松ちゃんが悪いね。机の上に美味しそうなお弁当を置きっぱなしにされたら誰でも手を出すって」
「居直っても駄目。借りは返さないといけないよね?」
 さらに手を突き出す。山城さんの眼前を覆う形になった。
「うーん……わかった。じゃあとっておきのやつをあげる」
 手を握られた。山城さんの柔らかい両手から熱が伝わってくる。
「一瞬だけだからね?」
「はい?」
 チョコを食べるのに一瞬しかかからないという意味か?
 もしや十円でお釣りが返ってくるチョコでも渡すつもりなのか?

 山城さんは僕の正面に立ち、僕の手首を立てた。続けて腕を少し下げた。
 何をする気なんだ、と訝しんでいると、山城さんが間を詰めた。
 手の位置は山城さんの胸の高さにある。その状態で山城さんが近づいてきたらどうなるか。
 答えを出したときにはもう遅かった。
「……んっ……もう、松ちゃんの、バカァ……」
 山城さんの制服の胸ポケットに僕の手のひらが触れた。ダイレクトにいうと胸に触れた。
 手首の角度が変わる。僕の手が山城さんの制服の胸元にシワをつくった。
 小柄な山城さんは――失礼だが――胸が小さい。制服の生地の触感しかしない。
 しかし、女子生徒の胸に触れているというこの状況はたやすく僕を混乱に陥れた。
 恍惚とした目をつくるという高等な演技が目の前で行われている。
 山城さんの腰がくねくねと動いている。まるで僕の手に胸を押しつけようとしているようだ。
 急いで手を引く。山城さんに怒鳴ろうと思ったけど、台詞が見つからなかった。
 顔が火照っているのがわかる。今の僕の顔写真を撮られてバラまかれたら学校にいけなくなること受け合いだ。

「じゃね、松ちゃん! お釣りはきっちり返してねー!」
 そう言うと、山城さんは身を翻して駆けだした。
 朝一番のチャイムが鳴るまで、僕は山城さんを追いかけることができなかった。

539 名前: 独人達のバレンタイン・デイ ◆Z.OmhTbrSo [sage] 投稿日: 2008/02/14(木) 23:42:22 ID:28tXPm3E
*****

「持ち物検査をする」
 数学教師のくせに紺のジャージに身を包み頭に剣道で使う面タオルを巻いた井藤先生は、
授業が始まると同時にそんなことを言い出した。
 こころなしか、額に筋が浮き上がっているように見える。
 せっかくの美人顔が台無しだ。何か良くないことでもあったのだろうか。
 けっこうなことだ、なんていつもの僕なら思うのだろう。今日がバレンタインデイでなければ。

 ブーイングが教室内の至る所で沸き起こる。
 隣の席に座る山城さんも、井藤ちゃん空気読めー、と言っている。
 僕は不満を漏らさないが、井藤先生の行動は色々な問題を引き起こすからよくないと思う。
 今日持ち物検査なんかしたら、どこからかチョコレートが出てくることだろう。
 先生まで勘違いするであろう空箱を持ち歩いている僕はともかく、クラスメイト同士でくっついている
カップルにとっては迷惑この上ない。絶対に没収されてしまう。
 そして、僕を含む彼女いないグループにとってもよろしくない。
 誰かが裏切ったということが丸わかりだ。先生は生徒間の恋愛だけでなく、友情までも壊すつもりか?

「うっさいぞ、ヒヨっこども! 授業中だ!」
 井藤先生が怒鳴る。剣道部顧問の大音声。籠められた気迫が生徒を一気に静かにさせる。
 窓の向こうに見える別棟の科学室までこの怒声は響く。
 誇張ではない。なにせクラスメイト全員が聞いたのだから
「いいか? 学校って場所は勉強しに来るところだ。教科書とノートと筆箱だけ持ってくりゃいい。
 ……だが、オレは余計なものを持ってくるなとは言わない。やかましい学年主任ならともかく、な」
 おお、さすがに話がわかる。授業も厳しいしテストも難しくするが、井藤先生は頭でっかちではないのだ。
 髪を結うのがめんどくさいからという理由で面タオルを着用するような柔軟な発想の持ち主だ。
 きっと持ち物検査だって見て回るだけで、取り上げたりはしないはず。

「――だが、見つけた時は話は別だ」
 井藤先生が冷笑を浮かべる。誰かが息を呑む音がした。
「持ってくるぐらいなら、当然見つからないように気を配ってるよな?
 授業が始まったのに携帯電話をマナーモードにしてなかったり、なんてことはしないよな?」
 そんな初歩的なミスをする役は相当なドジっ子か山城さんにしか似合わない。
 仮に僕がやらかしたとしよう。そうしたらみんなは僕を冷たい目で見るはずだ。
 だがそんなことはありえない。なぜなら僕は着メロというものを一切ダウンロードしない。
 一曲まるごとダウンロードしたり、高い料金プランに入るぐらいならMP3プレーヤーを持ち歩く。
 だから、常に携帯電話はマナーモード。いつ電車に乗せられても準備はオーケーだ。

540 名前: 独人達のバレンタイン・デイ ◆Z.OmhTbrSo [sage] 投稿日: 2008/02/14(木) 23:46:39 ID:28tXPm3E
「んじゃ、かけてみるとするか。誰にすっかな……」
 井藤先生が標的を絞り込んでいる。さすがにちょっと不安になってきた。
 万が一ということもある。一応確認をしよう。

 ――――――あれ、無い。

 いつもならば制服のポケットに入れているのに入っていない。どこに行ったんだろう。
「よし、こいつにするか。ほいっ、と」
 そういえば、慌てて教室に入ってきたせいで携帯電話を落っことした。
 もう落とさないように、と思って僕は安定した場所に置いた。
 平らな場所。身近なところでは床。その次は僕の鞄の中。あとは机の中かな。

「……んん?」
 その時、工事現場の近くを通りがかったときのような騒音が耳を掠めていった。
 ああもう、うるさいな。誰だマナーモードにしているやつは。もしかして山城さんか?
 隣の席に座っている山城さんを見る。
「松ちゃん……ドジ」
 あれ、どうして僕を見ているんだ?
 山城さんの指が床を指している。いや、僕の机を指している。
 身を縮めて机の中を覗き込む。
「……………………うわぁお」
 僕は携帯電話を発見した。通信端末が駄々っ子みたいに机の中で暴れていた。
 プラスチック製の本体と鉄製の机の底がぶつかり合っている。イルミネーションが花火みたいだ。
 つまり、僕は似合わないことをやらかした、ということか。
 なるほど。今こうしてみんなから冷たい視線を浴びせられているのはこれが原因か。
 携帯電話を手に取り、電源ボタンを一回押す。振動が止まり、井藤先生の名前が表示された。

 井藤先生が僕の前に立った。ジャージ姿でも先生の眼光は鋭いままだった。
 初めて会ったときはこんなだらしない格好をしている人じゃなかった気がする。
 入学式の日、僕は先生の姿を目にして言葉を失ったんだから。
「松田、何か言うことはあるか?」
 微笑まれた。笑顔と服装の品位が違いすぎる。
 悪あがきする僕の思考は、精一杯先生を褒める方向へと働いた。
「先生、ジャージ姿も素敵ですけど、スーツの方がお似合いですよ」
 周りで小さな悲鳴があがる。山城さんは小声で僕を罵った。
「そうか。オレはお前に褒められて、とても嬉しいよ。あっはっはっはっは」
 先生が両手を上げて伸びの仕草をとった。
 ジャージの胸元が膨らんでいる。初めて気づいたが、先生は声だけじゃなく胸も大きいらしい。
 その感動を伝える前に直上からやってきた衝撃に頭を打たれ、僕の視界から先生の姿が消えた。

 ――僕、何かまずいことを言ったかな?
 疑問が晴れる前に、目の前が真っ暗になった。

541 名前: 独人達のバレンタイン・デイ ◆Z.OmhTbrSo [sage] 投稿日: 2008/02/14(木) 23:47:52 ID:28tXPm3E
*****

 放課後、私は保健室で眠る松ちゃんを看護していた。
 松ちゃんは井藤ちゃんに殴られて白目を剥いて、保健室に担ぎ込まれた。
 それからゴタゴタになったおかげでクラスのみんなはチョコを没収されなかった。
 取られたのは松ちゃんの携帯電話だけ。
「残念だったねー、松ちゃん?」
 人差し指で松ちゃんの鼻先をつつく。ふがっ、という音が漏れた。
 鼻を摘むと眉をひそめた。口が開き、呼吸が再開される。なんだか面白い。
 でも。

「やっぱし松ちゃんと話してる方が楽しいよ。リアクションは面白いし予想外の展開も見られるし。
 それにね……………………好きな人と話をしていると、女の子はそれだけで幸せなんだよ?」
 耳元でささやく。これが原因になって夢の中で私と会ってくれたら嬉しい。
 松ちゃんの夢の中で、私はどんな女の子なんだろう。
 変わらない? いじわるになっている? おしとやか? 淫乱?
 ちなみに私の夢の中に出てくる松ちゃんはすっごい鬼畜だよ。
 一晩中休ませずイかせずにアソコを弄り続けるなんて当たり前。
 ロープで大股開きにさせたうえ、前と後ろにおもちゃを入れて、その様子を見ながら笑ってる。
 平らな胸に搾乳機を付けて、乳を出せ、なんて無茶を言う。
 でもそんなのはいい方。だって私も気持ちいいもん。
 一番ひどいのは四肢を縛り付けた後で体中をくすぐる時。
 夢の中なのに気が狂いそうになった。起きたら、部屋の中の物が散乱していた。
「仕返ししちゃおうかな? この場で。だって仕方ないよね。罰だよ、罰。
 ……松ちゃん、今日誰かにチョコレートを贈られてたんだよ?」

 今朝、私はいつもより一時間早く学校に来ていた。
 目的はもちろん、松ちゃんに贈り物をしようとする女を成敗するため。
 思いつく場所全てを見回った。見つかったのは一つだけ。
 松ちゃんの靴箱の中に、包装された市販のチョコレートが入っていた。
 本命ではなさそうだったけど、油断せずに処理を行うことにした。
 包装紙を破かずに剥ぎ、箱に歪みをつくらないようにしてチョコを取り出し、中身以外は再び元の形に戻す。
 これで中身不在のバレンタインチョコが完成。
 後は靴箱の中に戻してその場を立ち去る。
 しばらくして松ちゃんがやってきて靴箱を覗き、中身が無いことに気づいてがっかりしたところで姿を現す。
 ちなみに去年も同じ事をしている。
 去年も靴箱に一個だけ入っていた。どうやら松ちゃんに想いを寄せている女が一名、校内にいるらしい。

 でも、それっぽい相手は一年経った今でも浮上してこない。
 松ちゃんに近づく女は私ぐらいしかいない。
 クラスメイトや女教師も話しかけたりするけど、邪な考えを持っていそうな人はいない。
 男という線も考えてみたけど、ソッチ系の人間は校内に一人もいない。……たぶん。
 そう、松ちゃんと仲良くしている女は私だけ。――――なのに。
「どうして松ちゃんは手を出してこないのかな? せっかく無防備な女の子を演じているのに。
 唐変木もほどほどにしておかないと、誰かに刺されちゃうよ?」
 今朝みたいに胸を触らせるのなんて、私を好きにしていいよ、って言ってるのと同じだよ?
 ここまで鈍いとなると、このゆずぽんは警戒しちゃいます。
 松ちゃんに好きな女がいるんじゃないか、なんてね。

542 名前: 独人達のバレンタイン・デイ ◆Z.OmhTbrSo [sage] 投稿日: 2008/02/14(木) 23:49:37 ID:28tXPm3E
「もしかして、他の人に色目使ったんじゃないの? 私の知らないうちに。
 そうじゃなきゃ、誰かがチョコを贈ったりなんかしないもんね」
 私にさえ甘い言葉を囁かない松ちゃんが想いを寄せる相手。
 許せない。こんなに想っている私をあっさり追い抜いて、隣に立とうだなんて。
 松ちゃんも松ちゃんだよ。鈍すぎるよ。
 毎朝会うだけで嬉しくって、放課後が近づくにつれて悲しくなる私の気持ちに気づいてよ。
 もう二年生の三学期だよ? 来年には卒業しちゃうんだよ?
 今の関係のままをだらだらと続けていったら、本当に友達のまま終わってしまう。
 私は友達の関係が好きなんじゃない。松ちゃんを独占する唯一の人になりたい。

「だから、好きになって? 私はもうこれ以上好きになったら……壊れちゃう。
 壊れたら、きっと周りなんか見えなくなる。松ちゃんの気持ちを無視してしまう」
 私はそんなんじゃなくて、普通の家庭を築きたい。
 結婚して子供産んで、時々喧嘩しちゃうけどやっぱり最後には仲直りする、そんなのがいい。
「あのね……たまに、怖い夢を見るの。松ちゃんも出てくるんだけど、鬼畜じゃないの。
 鬼になっているのが私。自分の望みを叶えるために、鬼はなんでもする。
 人を平気で傷つけたり、居場所を奪い取ったり、殺したり。
 想像できないでしょ? 私みたいな小さい女がそんなことをするなんて。
 でも夢の中で私は鬼になってる。
 寝ている時は気持ち悪いのに、起きたら気分が晴れてて、夢のことまではっきり覚えてる。
 学校に行って、松ちゃんが他の女と話しているのを見ると、女が頭の中でバラバラになってる。
 どこから壊していけばいいのか、そんなことまで理解できるようになってるの」

 松ちゃんの手を握る。寝ているから握り返してこない。それが、ちょっとだけ怖い。
 できることならこの手を離したくない。
 でも、まだ私は友達でしかない。起きる前に手を離さなければいけない。
 ずっと手を取り合うためにどうすればいいのか。その答えは分かってる。

「私はずっと松ちゃんの傍にいます。何があったって裏切りません。
 お願いですから…………私と付き合ってください」

 何度もシミュレーションした告白の言葉。
 言ってしまえばいいのに、振られるのが怖くて言えない。
 きっとチョコレートを渡せないのも同じ理由。
 チョコレートを渡せたら、ちょっとは度胸がつくのかな。
「……うん、そうだね。練習は必要だよね」
 松ちゃんの手を離し、ベッドにそっと置く。
 そして、耳元に口を寄せる。
「今日は無理だけど、明日はチョコレートを持ってくるから。
 あんなに欲しがってたんだから、貰ってくれるよね?
 貰わなかったら――――怒るから」

 頬にキスをすると、私は立ち上がって保健室を後にした。
 暖房の効いていた保健室とは違って、外は嫌になるぐらい寒かった。
 さて、これからスーパーにでも行きましょうか。

543 名前: 独人達のバレンタイン・デイ ◆Z.OmhTbrSo [sage] 投稿日: 2008/02/14(木) 23:51:52 ID:28tXPm3E
*****

「ったく、あのバカたれが」
 人前であんなことを言うんじゃねえってんだ。
 照れたせいで手加減するのを忘れてしまった。本気でハンマーを食らわしてしまった。
 息があったから命の心配はないだろうが、またちょっとバカになったかもしれない。
 ま、それはそれで。
 バカになったとしてもオレが飼ってしまえばいいだけの話だ。
 さっきみたいにもっと褒めるようになればなお良し。むしろそれだけしてろ。
 湯飲みを手にとってお茶をすする。
 濃いめに煎れたつもりだったが、口の中に残る甘さを払うにはまだ足りなかった。
 机の上に湯飲みを置く。その横には所狭しと並べられたチョコレートたちが置いてある。
 これは生徒から没収したものじゃない。オレは今日という日にチョコを取り上げるほど無粋じゃない。
 今朝、職員室に入ったら机の上にチョコレートが山のように置かれていた。
 山のてっぺんには『剣道部女子一同より』なんて紙切れまで付いていた。
 いや……女からもててもなあ。これから女子部室で着替えられねえよ。
 そもそも、松田に惚れられないと意味がない。
 あいつはあいつでオレのことを教師としてしか見てないみたいだし。
 おまけに朝は山城の胸に触ってやがった。オレの胸には触れようともしないくせに。

「面白くねえ……」
 銀紙を剥がして小振りなアーモンド入りのチョコを口の中に入れる。気分が少しだけ晴れた。
 まったく、この美味しさがどうしてわからんのかね、あのおばちゃんは。
「優雅ですね、井藤先生? 生徒から取り上げたお菓子でティータイムですか」
 ――ツラを思い浮かべた途端に来やがったな、学年主任。
「そんなとこです。主任も食べます?」
「いいえ。私はそんな無慈悲なことはできませんから」
 すぐさまこんな切り返しが出来る時点でこの学年主任の底意地の悪さが知れる。
 オレらに持ち物検査するように命令しておいて自分はどこぞの会議に出席。
 せめてノルマ無しにしてくれたら楽だったのに。
「それに私は甘いものが大の苦手でして。特にキャラメルが」
「ああ、わかります」
 小学生のころキャラメルを噛んでいるうちに歯が抜けた記憶がある。
 トラウマになって甘いもの全てが嫌いになってもおかしくはないだろう。
 このおばちゃんにとっては四半世紀以上昔の話になるのかな。

「先生のクラスでは結構な量になったのですね」
「そですね。義理チョコを大量に持ってきた女子生徒がいましたから。
 男子に配るつもりだったそうです。男どもは悲しんでましたよ」
 嘘だよ。むしろ自習になって喜んでたはずだ。
 オレは数学の時間中、ずっと気絶した松田を見守ってたから。
「まあ。そんなものを食べて歯を磨かずにいたらすぐに虫歯になるのがわからないのかしら。
 これはもう、歯を磨く道具を持ってくるよう生徒に伝えないといけませんね」
「そんなことしたら買う金を出せ……出してください、とか反論が来るんじゃ?」
「押し切ります。子供のためにお金も出せないようでは保護者失格です」
 ……これが本気の台詞に聞こえるから、話すのが嫌なんだよな。

「それでは井藤先生。あとで没収した品をリストにして出してくださいね」
「りょーかいです、学年主任」
「言っておきますが、今週中にですわよ?」
「わかってます。あとでやっておきますよ」
 やるわけがない。意味がない。だって、没収したのは一つだけだし。
 仕方がない。部屋に転がってる要らない漫画でも持って行ってやるとしよう。
「では私は帰りますから、あとはよろしくお願いします」
「はい」
「ああそうそう、井藤先生にはジャージよりもパンツスーツの方がお似合いです。
 強制はしませんけど、明日こそはと思っていますわ。ごきげんよう」
 立ち去る学年主任に向けて軽く頭を下げる。下げなかったら今の顔を見られていた。
 今のオレは憎しみを顔にあらわしている。おばちゃんが気絶するかもしれない。
 ――ババア、松田と同じ台詞を吐くんじゃねえ。あいつが穢れるだろうが。
544 名前: 独人達のバレンタイン・デイ ◆Z.OmhTbrSo [sage] 投稿日: 2008/02/14(木) 23:52:37 ID:28tXPm3E
「……………………っはあああぁぁぁ」
 足音が遠ざかっていったところで顔を上げる。
 面倒でたまらない。教師になってから我慢することばっかりだ。
 なんで今頃になって男を好きになっちまったんだ。
 暇で仕方なくて、剣道だけしてた高校時代に松田に会えたらよかったのに。
 そしたらきっと毎日頭の中がお花畑になっていたはず。
 高校時代ならそれでも良かった。けど、教師になってから頭ん中に花が咲いてもらっても困る。
 気持ちの切り替えができずに変なテンションになる。
 松田が夢に出てきてオレの体を抱いた夢を見たときなんか、もう――――
「やばっ……」
 急いで鼻を押さえる。鼻血が出そうになったんじゃなくて、鼻の穴が拡がっていたから。
 手をそのままにして立ち上がる。早くトイレに行かないと。
 
 生徒が利用する女子トイレは放課後はほとんど使用されない。
 そのことは知っていたけど、万が一のことを考えて別校舎に向かう。
 トイレに駆け込み、個室のドアを閉めて鍵をかける。
 ここは部活動をする生徒が利用しない、校庭からもっとも離れたトイレ。
 オレが何を言ったとしても聞こない。校内で松田に愛を囁けるのはここだけだ。
「松田……いや、正史。悪い。オレ……今日も駄目だったわ」
 上着のチャックを全開にして、肌着の中に手を入れる。
 ブラをしていないのは面倒だからじゃなくて、自慰するときに楽だから。
 それに、ノーブラで正史と話をするといつもより興奮する。
 間違って正史が胸に触れたら、たぶんオレは情けない悲鳴をあげるだろう。今みたいに。
「ぅ……あぅ、ん……違うんだ。乳首、固いのは……お前が原因だ。
 いつもいつも、オレを見るから。見られてるって意識すると、こう……なるんだ」

 一昨年の四月、新任の教師としてオレはこの学校にやってきた。
 どんな格好をしたらいいかわからなかったから、スーツを着て行った。
 そんで、クラスの担任として正史を含むクラスの連中に挨拶をして、流れで全員に自己紹介させた。
 その時に正史があんなことを言わなければ惚れたりしなかった。
「松田正史です。えー、スーツの似合う先生のクラスに入れて嬉しいです。これからよろしくお願いします」
 それ以来正史が見ている、見られている、と思うと恥ずかしくてスーツは着られなくなった。
 着なくなった時点でもうハマっていた。正史ばっかり見るようになってしまった。
 我ながらなんて惚れっぽいんだろ。それまで男を作らなかったのが悪いのか、別の何かが原因なのか。

 別の何か。正史しかいない。
 オレには正史しかいない。――あれ、何でそっちに考えがいく?
「わけ、わかんね……罪を償え、あほ正史」
 名前を呼びながら乳首の先端を引っかく。股間へ一直線に痺れが走った。
 下着と一緒にジャージの下もずらす。……なんでこんなにびちょびちょなんだ。
 男に挿れられたらどうなるんだろ。そういや、めちゃくちゃ痛いって知り合いが言ってたな。
 それでも、正史のモノならいい。

 右手で乳首を摘んだまま、左手を秘所にあてがう。
 濡れそぼった割れ目に指が吸い込まれていく。手が勝手に動く。
「奥まで……お前の、正史のが欲しい。こんな細い指じゃ、足りねえ。
 ……チョコ、もっとたくさんやれば良かった。その分、一ヶ月後にねだれたのに」

545 名前: 独人達のバレンタイン・デイ ◆Z.OmhTbrSo [sage] 投稿日: 2008/02/14(木) 23:53:54 ID:28tXPm3E
 でも、オレは正史にチョコを一個しか上げられなかった。
 去年と同じで、靴箱に持って行くだけで精一杯だった。
 呼び出す手紙も書いたけど、自分で破り捨てた。
 告白なんかできるかってんだ。情けない顔を見せるだけだ。
 じゃあどうやって想いを伝える? 一番いいのはあいつの方から奪ってもらうことだけど。
 既成事実でも作ってやろうか。
 道場に呼び出して、部室に連れ込んで一つ残らず服を引っぺがし、固いあいつのをココに挿れる。
 オレの体に夢中になった正史は次第に腰の動きを早めていって、そして――――あれ、外に出した?
「ぃやっ、やぁやあ、だぁ…………もっと、もっとちょ、だい……」
 ポケットから携帯電話を取り出す。正史から没収したやつだ。
 正史が毎日手にしているもの。あいつの一部。あいつにとって大事な、大事なモノ。
 携帯電話を割れ目に当てる。ちょっと濡れるだろうけど、少しぐらいなら。
 細かい溝が割れ目を刺激する。あ……ほんとにイイ。返すの、やめるか?
 だな。すぐにオレしか見えないようにしてやるから。オレの連絡しか欲しがらなくなるだろうから。
 だから……いいよな、正史?

 遠慮はやめた。壊すのを覚悟して擦りつける。
 太腿へ愛液が垂れていく。手が濡れて滑りそう。
 今のオレは正史に犯されている。腰を打ち付けられよがり狂うオレを正史が抱き締める。
 口が正史のそれと繋がり、お互いの舌が行き来する。
 もぎ取られそうなぐらい胸を揉みしだかれる。正史の一物は胸の谷間も犯す。
 切ない。想像している通りにずっと繋がっていたい。でもオレは一人。正史と一緒じゃない。
 近づきたい。嫌がられるぐらいくっついて、殴って大人しくさせて、またくっつく。
 そうでもしなきゃ駄目なんだ。先生じゃなくて、女として見てほしいんだ。

「うぅ……んん、く、る…………来るよお、正史……」
 体の奥からせり上がってくる。心が張り裂けそうなほど正史が愛しく感じられる。
 どんな体勢をとっているのか、わからない。体全体が熱くなる。
 思考がぼやける。正史の顔しか浮かばない。
 快感が体内を食い破っていく。耐える力は完全に失せた。
 歯を食いしばる。ぎゅっと左手の中にある物を握りしめる。

 ――――その時、予期せぬ力が加わって快感が倍加した。

「あ! ああっ、駄目、だっ! 震えちゃ、やあっ、やあああああああぁぁぁぁぁっ!」

546 名前: 独人達のバレンタイン・デイ ◆Z.OmhTbrSo [sage] 投稿日: 2008/02/14(木) 23:55:25 ID:28tXPm3E
*****

 十数回目のコール音が聞こえてきた。一旦諦めて携帯電話を折りたたむ。
 おかしいわね。正史に電話しても反応がない。
 呼び出し音がするから、電源は入っているはず。
 すでに午後五時を過ぎている。こんな時間まで授業をしているはずがない。
 ああもう、不安で不安でしょうがない。
 よりによってバレンタインデイに帰りが遅くならなくてもいいでしょうに。
 もしかしたら女の子に告白されているかもしれない。
 どうしよう。正史が穢されてしまう。

 今の今まで大事に育ててきた正史。あと一年で十八になる。
 来年の春には高校を卒業するから、それからは二人きりの生活が送れる。
 毎日抱き合ってお互いの熱で爛れて溶け合って、二人で一つになれる。
 結ばれることを夢に見始めてから幾星霜を経た。あと一歩というところまでやってきている。
「それが……それなのに、どこぞの馬の骨にとられるなんて!」
 他の女に正史は渡さないわ。渡すもんですか。
 正史。私以外の女はみんな不潔なのよ。
 あなたに出会っていなければ、あいつらは全員があなた以外の相手を見つけるわ。
 誰が相手でもいいのよ。愛を囁いてくれる相手が欲しいだけなのよ。
 でも私は違う。私の相手をできるのはただ一人、正史だけ。
 相手は他にいない。いるわけがない。

 なのにどうして正史は私の想いに気づかないのかしら。
 私が姉だから? 姉だから好きにならないように努力しているの?
 そんなの、気にしなければいいのに。私みたいに弟を本気で欲しがれば楽になれる。
 そうしたら、自分がとっても恵まれているということに気づく。
 好きな人は同じ屋根の下に住んでいる。お互いに相手がどんな人間か理解している。
 ――――ね、まるで恋人同士みたいじゃない?

「ふふふ。あの子、本当のことを知ったら驚くかしら?」
 私には恋人なんかいない、ってこと。
 心に決めた相手はもちろん正史。浮気したことなんか一度も無い。
 私の本命は正史だから、バレンタインデイにはチョコレートを贈りたい。
 でも、チョコレートを渡したらあなたが本命だということを知られてしまう。
 来年のバレンタインデイまでは上手く隠し通さなければいけない。

 本命チョコレートは贈りたい。でも直接渡すことはできない。
 ならば、別の形にして食べさせてしまえばいい。
 その結果誕生したのが、たった今私の部屋の中で調合している、カレーライスよ。

547 名前: 独人達のバレンタイン・デイ ◆Z.OmhTbrSo [sage] 投稿日: 2008/02/14(木) 23:58:21 ID:28tXPm3E
 テーブルの上に乗ったコンロがカレー鍋をぐつぐつと熱している。
 二月七日から正史好みの味になるようチョコや香辛料の量を調整してきた特製カレー。
 朝食に出したカレーを食べたときの正史の嬉しそうな顔を思い出すと、疲労なんか吹っ飛んでしまう。
 そして、とっても興奮する。だって、正史は私も一緒に食べているのだから。

 私が朝からぼーとしていたのは、血が足りなかったから。
 昨晩は味を損ねないようにしつつ、カレー鍋の中に血を注ぎ込んだ。
 これまでの経験からして、皮膚を切りつけるときは大量に血が噴き出すところを選ばない方がいいと知っている。
 一昨年は手首を大雑把に切ってしまったせいで部屋中が血に濡れて大変なことになった。
 去年と今年は左手の小指を少し切りつけて、そこから出てくる血を一滴一滴眺めながら鍋をかき混ぜた。
 おかげで今年のバレンタインデイのプレゼントは大成功。
 正史も私も笑顔になった。片手間に作ったチョコと血の入っていないカレーを食べた両親も感嘆していた。

 今年でもうチョコ入りカレーを作ることは終わり。
 来年からは手渡しで本命チョコをあげることができる。そして、私は正史と結ばれるのだ。
 そのための下準備もしっかりしてある。
 昨日の夕ご飯を作っている最中、正史に出す酢の物に媚薬をちょこっとだけ入れた。
 結果は……ちょっとだけ媚薬の効果あり、かしら?
 昨晩正史の部屋の戸に聞き耳を立てていたら荒い息づかいが聞こえてきた。
 実際に何をしていたのかよくわからないからはっきり言えないけど、効果ゼロというわけではないみたい。
 もし自分で慰めていたんだったら私のところに来て欲しかった。
 一年と一日早いけど、正史と結ばれるのなら結果オーライ。

 今まで私の愛を一身に受けて育ってきた正史は、一体どんな味がするのかしら?
 とっても甘いミルクチョコ? ほろ苦いビターのお味? まろやかなホワイトかしら?
 想像するだけでよだれが出てきそう。下もちょっと疼き始めてる。
 正史、早く帰ってきなさい。今夜のメニューもあなたの好きなカレーライス(私入り)だから。

 でも、私も正史の血が入ったカレーが食べたいな。
 一ヶ月後のホワイトデイが来たら、こっそり端っこを切っちゃおうかな?




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というところで終わりです。

では、また。