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948 名前:杢が割れる ◆mAQ9eqo/KM[sage] 投稿日:2012/09/29(土) 16:41:56 ID:SFMvRm2U [2/6]
大学生の頃からか、背後から視線を感じる。と、かつての恋仲であった嵯峨野玲に話した所、奴は一瞬動きを止めて、
「いい大人だってのにナルシズムはよしてくれ」
と苦笑交じりにのたまった。それから何か言いかけたが分からずじまいに終わっている。
結局、知人友人に片っ端から声をかけ、同じ問いを投げかけても、皆玲と同様に呆れ顔で、「何を言うか」と相手にもされなかった。
別に俺は極度の自己愛など持ってもいないし、出来ることならば、それほど自分に自信が持てる容姿を頂きたいと切に願っている。
という戯言はおいておくとして、結局、俺の悩みに親身になって対応してくれたのは現在の職場で後輩に当たる、蜷川奈々だけだった。
彼女も数年前に、ストーカーで困っていたらしく、それなりに対処の心得があると無い胸を張っていた。
まあ、半信半疑ながらもあれこれ教えて貰ったのだが……。
「なぜ腕を組む」
まさか実践と称して、いつもの帰り道を奈々と歩くことになるとは思いもしなかった。
当の奈々は悪戯っぽくウインクをして言った。
「ストーカーは狙ってる相手に恋人がいるだけでもかなーりショックを受けるものなんですよ!」
ご飯が喉を通らないくらい、と付け加えて、奈々が笑った。
それにしても妙に心地が悪い。いや、ただ奈々が無い胸を押し付けて歩きづらくなっているだけか。
「ところで、先輩はどうして玲先輩と別れたんですか?」
唐突に口を開けば痛い所を突いてくる後輩だ。
「……いや、なんと言うか、価値観の相違みたいなものだな」
曖昧に誤魔化してみたものの奈々は腹を見抜いたように含んだ笑みを浮かべた。
「ははあ、もしかして、束縛に耐え切れなくなったってオチですか?」
「うっ……」
「ご明察ってワケですか。まー、玲先輩ってそんな気してましたし。詳しく聞かせてくださいよ」
「プレイベートな事は遠慮願いたい」
「あーあ、折角先輩のために相談乗ってあげたのになー」
人の足元を見るとはまさにこの事で、愛嬌のある子だなと思っていたのが、急転して、忌々しい人間に変わりつつある。
だが、どうにも憎めない。変に出来すぎた後輩を持つのは辛いもので、匙を投げるほか無く、俺は今までの事を話した。

949 名前:杢が割れる ◆mAQ9eqo/KM[sage] 投稿日:2012/09/29(土) 16:45:31 ID:SFMvRm2U [3/6]
「最初はなんでもなかったんだ。平穏平穏で今思えば一番楽しい時期だったかもしれん。だが……大学を出て同棲を始めるようになってから、デート中に僕以外見るなって言われてな。
妹だろうが俺の視界に入るのも嫌っていたな。一番きつかったのは上司の付き合いで飲み会に行った日。必ず途中で迎えにきたし、家につくと同時に問い質されたよ。
その後はマーキングとか言って、全身を舐め回された。てな訳で、今は強引に別れた事にしている。同棲もやめた。
向こうはよりを戻そうと、悪い所があったら直すと言っているが、どうだかな。以上が全てだ」
「玲先輩って僕っ娘だったんですね」
「こんだけ話させといて感想がそれか。……高校時代からああだがな。」
ちなみに玲と奈々が知り合ったのは昨年奈々が入社してからだ。
呆れ気味に溜息を吐くと、あっけらかんとした口調で奈々が言った。
「大体予想は出来てましたからね。何はともあれ、一応、別れたんでしょう? 良かったじゃないですか!」
なら、何故個人のプライベートな事情を暴露させたのかと腹立たしく思う所だが、得も言われぬ感覚に中和された所為か、黙って歩き続ける。
ん? ふと思ったが、今日はあの視線を感じない。まさか、奈々の言ったとおり何かしらのショックを受けて帰ってしまったのだろうか。ならばもう恋人ごっこの必要は無い。
「なあ、今日はストーカーもいないみたいだし、そろそろ腕を解いても」
俺がそう切り出すと、奈々はさらに腕を抱く力を強めた。
「いいじゃないですか! 家まであと少しですし、本当にあと少しだけですから!」
断る理由がある訳でもないので詮方なしにここは甘んじておくとするが、今日の奈々は普段よりも積極的な気がする。普段は普段でうるさくはあるが、ボディタッチは今までにない。
閑散とした路地から住宅街に入り、俺の家の前で奈々は組んでいた腕を解いた。
それから帰るともなく時折手を握っては開いてを繰り返し、黙って俺を見つめている。
「どうした、帰らないのか?」
俺が訊いても、相変わらずの姿勢。それから数秒ともなく大きく頷いて声を発した。
「先輩! 私と、その……付き合って下さい! あ、いや、付き合って頂けないでしょうか? ってこうでもなくて……えーっとえーと」
頻りに首を傾げる奈々が滑稽に見え、また愛らしくも見える。今までは意識していなかったが、もしや俺は。
何とはなしに夜空を見上げると七夕でもないのに無数の星が川を作っている。
こんな洒落た日に告白とは、こいつもやり手だな。
「付き合ってやるよ」
「え?」
頭を絞っていたせいか良く聞こえなかったらしい。
恥ずかしい思いを隠しながらもう一度。
「……付き合ってやるよ」
俺の言葉に最初は固まっていた奈々も次第に頬を緩め、目には涙を浮かべている。
それを見せまいと奈々は咄嗟に踵を返し、走っていってしまった。去り際に、
「ありがとうございます」と残して。

950 名前:杢が割れる ◆mAQ9eqo/KM[sage] 投稿日:2012/09/29(土) 16:48:13 ID:SFMvRm2U [4/6]
後日、俺は奈々との交際を秘密ながらに続けていこうと思った矢先、休憩時間に奈々本人が公言してしまい、社内はなんとも居たたまれない空気に包まれた。
あまり親しくない同僚の女性社員からも生暖かい目で見られ戸惑っていると、不機嫌そうに玲が俺に封筒を差し出した。
とりあえず、自分の席に向かい封を切って中身をデスクの上にぶちまける。
開いた口が塞がらなかった。
中身は全部写真だった。だがそれだけなら何も驚きはしない。問題は被写体だ。
どの写真を見てもそこには奈々が写っている。ただそれだけでなく目を凝らすと奈々の奥に必ず一人の男が写っている。冴えないシャツと穿き古しのジーパン。
見覚えのある髪型。まぎれもなくそれは大学生時代の俺だった。他にも入社したばかりの俺や、ここ最近の様子まで必ず奈々と写っている。急速に頭の熱が冷めるのが分かった。だって、だってこれは。いつの間にか玲が俺の隣に立って、顔を覗き込んできた。
「わかったかい? 奈々って子は君のストーカーだったんだよ」
それから付け加えるように、
「僕も人のことを言えないけどね」