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217 :一度だけ 2話 ◆sin1r3oXGY:2012/11/24(土) 06:20:42 ID:D9NA27bk 「また散らかして。駄目だよ、ナオ君。」
そう言いながら、部屋の中を見渡す。一人暮らしに必要な物だけしか置けない位狭いが困る事はない。
浴室からバスタオルを持ち出し彼女に手渡す。ありがとうと言うとバスタオルに顔を埋めた後にようやく髪を拭きはじめる。服はあっちにあるよと指を差し着替えるよう促す。
謝罪する気はあったみたいだがそれも所詮、言葉だけのものであろう、部屋に入った瞬間、切迫していたものも無くなり元の鞘に収まったかのように落ち着きや恋心が出始めた。


彼を好きになったのは小学2年生の時でそれも給食時だったのを今でも覚えている。あの頃の私は病弱であまり食べる事も出来ずいつも残してばかりであったが、悲しいかな、その時の周囲の目は冷たく、給食を残す事はいけないのだと刷り込まれていたみたいで、その空気に馴染めず、彼女はとうとう吐いてしまった。
周りの目が更に冷たくなるなか、彼だけは自ら「私の」吐瀉物を掃除してくれて、大丈夫?と心配までしてくれた。
彼の純粋な優しさに触れて、恋をした。
彼だけが私を見てくれて、話しかけてくれて、聞いてくれて、触れてくれて、想ってくれて、今にして思えば孤独が嫌で優しいナオ君なら構ってくれるから一緒にいたのかもしれない、けど、もうどうでもいい。
これは間違えようもない恋だと胸を張って言える位に私を占める者は後にも先にも彼だけだ。

218 :一度だけ 2話 ◆sin1r3oXGY:2012/11/24(土) 06:23:09 ID:D9NA27bk
そう、だから高校で出会ったのも運命なんだと確信した。

病弱なせいで環境の良い場所へ転校させられて告白も出来ず初恋は散った。
それからの日々は退屈でただただ受動的な生活をしていたと思う。中学生にもなると病弱な体質は克服し、その頃には友達も出来はじめた。それでも心の空白は埋まらず、日々ナオ君との生活を夢想しては一人で慰める。そうすると空白は無くなって、また空白が出来ると慰める。
頭の中で彼女たちの関係は既に夫婦にまで進んでいて子供は女の子が一人、裕福とは言い難いがそれでも幸せな毎日を送っていた。
高校生になってからの夢想は更に酷い物になっていき、彼女のモノである証が欲しくなりはじめ、拉致監禁、調教、凌辱、入れ墨、あらゆる証をナオ君に刻みつける事に夢中になっていた。


「誰にも言わないって約束したのに……なんで言っちゃうの?それもナオ君に!」
「あんたこそ、何であたしに見せたの?ナオには誰にも見せないって約束しといて…それって、あたしに見せたってことはみんなに言い触らせって事でしょ?」
目元を赤く腫らし、今にもまた泣きそうな顔をして彼女を責め立てるが支離滅裂で、直人と別れた事が余程効いたのだろう、動揺が目に見えてしまう。
「違うの!花ちゃんになら見せていいかなって思って……」
俯き視線を右へ左へとせわしなく動かし、次に続く言葉を模索しているようだが見つからずしりつぼみ気味に会話が止まり沈黙が始まる。
彼の話では帰宅するまで延々と自己弁護していたらしく、自分は悪くない事を強調していたようだ。ここまできてようやく、彼は自分の愚かさに気付いたようで、別れ話を切り出した途端、彼女の顔は憤怒にまみれ頑なに拒否し続け、終いにはお得意のビデオや写真をネタに脅迫までしてくると、彼女に対して哀れみしか思い浮かばず、無視して帰ったらしい。彼の姿が見えなくなるまでずっと叫んでいたらしく、百草らしくないなとは思ったが予想出来たことでもあると感じた。
「ナオ君も望んでた事なんだよ。」
言われた意味が分からず、ただおうむ返しに望んでた事と返してしまうが彼女はそれに「うん。」と答え、言葉を続ける。
「ナオ君は素直じゃないから、嫌とか駄目とか言うけど最終的にはうんって頷いてくれるんだよ。だから今回だって、今はああだけど最後には私の所に戻ってくるんだ。うん、そうだ。絶対戻ってくる。ナオ君は私のこと好きなんだもん、戻ってくる。」

219 :一度だけ 2話 ◆sin1r3oXGY:2012/11/24(土) 06:25:57 ID:D9NA27bk 呆れたとしか言いようがなく、彼女の開き直りっぷりには感服せざるを得ない。自分の言葉に納得し始めたのか、笑みがこぼれ惚ける、そうして何度も言葉を反芻し彼への愛を膨らませる。


私と彼の出会いを説明するにはまず、花ちゃんとの出会いを話さなければならない、あの忌ま忌ましい目つき、鼻持ちならない性格で私のナオ君に擦り寄って汚す。
そう、私は花ちゃんが嫌いで嫌いでしょうがない、それだけじゃない、私と彼との中を邪魔する人はみんな嫌い。
両親、花ちゃん、クラスメート、数えたらきりがない、ナオ君以外に興味がないから当たらず障らずに接したせいでみんなに頼れる人だと勘違いされて、ますます嫌気がさす。

話してる間にも想像のナオ君と幸せ一杯の高校生活を送り、気付けばトイレに篭り慰める。校内でいやらしい事をして、少しでもナオ君の温かみを感じたくて我が儘を言ってもナオ君は困りながらも頷いてくれる、そんな妄想をしては心を、体を慰めた。

話が逸れてしまったが彼女とは選択授業で知り合った。何気ない会話だったが同じ小学校に通っていたという共通点から知り合いから友達になり、お昼も一緒に食べる位に仲良くなった時に起因が生まれた。
「あ!、ナオっ!、今日委員会あるから。」
話の種として誰かと尋ねた、これが私をこれ以上なく変化させ、この怠惰な生活に光が、希望が差し込み、一つの考えが生まれた。

220 :一度だけ 2話 ◆sin1r3oXGY:2012/11/24(土) 06:26:36 ID:D9NA27bk

私から見ても彼女は確かに綺麗かもしれない、少しつり気味でも瞳は大きく、目を細めると妖艶さが増して大人っぽく見える、ハーフかと思わせる高い鼻に野暮ったさは感じられない、程よく厚い唇、人を威嚇しない程度の身長が妙に子供っぽさを感じるがそれがまた可愛らしいのだが一番はその長く、手入れの行き届いた、黒い髪が特徴ではないだろうか。
長いから色々な髪型も出来て楽しそうではあるが面倒臭がりな私には分からないというかそこまで自分に気を使うことが無く、今でも丁度良い長さにしては寝癖を直す程度で付き合いだしてからようやく気になりだした。
その自分に磨きをかける人間が近くにいると嫌でも目について、いつかナオ君が奪われるんじゃないかと不安に思うようにもなった。
「花ちゃん。もうナオ君に関わらないで。それが無理なら名前で呼ばないで。」
あいつに無視されて1ヶ月が経った頃、彼の家の近くにある公園に来るようにとメールが届いた。来てみれば、百草はブランコに座りユラユラ揺れている、その目には生気は見られず初めて会った時のようでいてどこか狂っているように見えた。
彼女の姿を見て第一声がこれだ、これではムードもへったくれもないが百草にとってあたしは不快で不快でしょうがないのだろう。
「あたしがどう呼ぼうと勝手でしょう。」
「五月蝿い。花ちゃんは黙って言うことを聞いてればいいの。」
「あんた、もう彼女じゃないじゃん。ナオ、すっごく迷惑してるよ。」
「………あんたさえいなかったら。」
ブランコから降りて、フラフラ近付く彼女の右手は背中に回され一向に現れない、左の口角がピクピクと吊り上がり再び目に輝きが増しだす、恐らくこうして会話している間にも妄想しているのだろう。

221 :一度だけ 2話 ◆sin1r3oXGY:2012/11/24(土) 06:27:14 ID:D9NA27bk

告白してから一週間が過ぎようとしたが一日一日と過ぎる度に百草は暇さえあれば答えを聞きに行った。あまつさえ、放課後はナオ君を尾行して、一人悶々と色々と考える。
私の夢は手の届く所まで近付いて、あとはどう手に入れるか、そればかり考えていた。
自分で言うのも何だが私は可愛い部類らしいし、皆勘違いして、誰にも分け隔てなく接する優しい性格もあるし勉強もそこそこ出来る、外見も中身も申し分ないのだから断る理由はまずないだろう。
いや、あったとしてもあれこれ言って付き合った方が良いように促せばいい話で、今隣にいるナオ君にどう切り出せばいいかまだ分からずにいた。
それでも、ナオ君の事を知れただけで充分過ぎる程でこの幸せな一時がずっと続けばいいななんて思い始めた時、考えるよりも早く言葉は出ていた。
「一度付き合ってみませんか?」

その言葉は私に希望を与えて、二人の世界を創って、そして私を変えてくれた。何に対しても積極的に励むようになり友達だって増えたし学力も伸びたがナオ君の彼女になれたことは何よりも嬉しかった。
他人行儀みたいな喋り方はしないこと、一緒に帰ったり、お昼も一緒に食べて、彼との距離を縮めていく。そうして、妄想を現実に変えていく。
「一度だけ…」、それは彼女の心に溜まる思いを素直に変えてはくれない。

222 :一度だけ 2話 ◆sin1r3oXGY:2012/11/24(土) 06:28:32 ID:D9NA27bk
彼と過ごす日々は充実していたが彼の受け身と好意的ではない態度には嫌な気持ちしか湧かず、明らかに別れさせようとか落胆させようという狙いが見えて、妄想との違いに苛立だつようになり、それが屈折変質し余計に直人を束縛したくなった。
そうして、ふと頭に過る言葉。
それだけは私を裏切らず、想いを叶えてくれて、ナオ君が素直になってくれる素敵な言葉。


「一回だけ。」
そう言うとナオ君は暗い顔をして「違う」と呟き、「君は違う」と言葉を連ねた。
困惑していると彼は手鏡を渡し、また更に続ける。
「君は百草さんじゃない。」
洗ったつもりだったがまだ汚れが残っていて、服だって着た時はピッタリだったのに、目だってつり上がっていて……。
どこかでサイレンが鳴り出す、頭の中からか外からか分からないが警告してるんだろう、それを思い出しちゃいけない。あたしが誰かなんて、あたしは百草なんだ、でないと言葉の魔法が解けちゃう。

……そうか。


花の魔法は解け落ちた。