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295 名前:さよならは言わない[sage] 投稿日:2012/12/18(火) 07:14:22 ID:jvvzZaR. [2/6]
目に青葉、山ほととぎす、初鰹。の句が思い出される季節の折、めでたく進級した僕、千佳十郎に早速、厄介事が降りかかった。
というのも単にある先輩から呼び出されただけなのだが、その先輩が曰くつきな方なので大方ろくなことはないだろうと予想はたつ。まあ、同じ部に所属しているし。
 昼休みが終わる十分前、僕は急いで文芸部室を目指した。俯瞰で見るとこの四階建て校舎はエの字型をしており、
一般棟と特別棟に別れている。文芸部室は三階一般棟の一番端にある教室。一年は四階、そこから学年が上がる順に使う階層は下がっていく。
僕は二年生だから、少し走ればすぐにつく距離。
 文芸部室のドアに手を掛けノブを回して引く。部室の中にはやはりかの先輩がいた。
すらっとした細身の体に透き通る白い肌、対照的な黒くて長い髪。薄い唇と整った顔立ち、
冷たさを感じさせる目には専らクールビューティと評判だ。名前は真田燐火という。
「今日は何の用でしょうか」
そう訊くと、真田先輩は眉をきゅっと寄せて僕を見据えて言った。
「今日は千佳にガールフレンド、いやフィアンセと言うべきか……女の子を紹介しよう」
なにやら胡乱な話である。しかしフィアンセとはいったい?
「どういう事ですか?」
 目をしばたたかせる。
「今日の放課後、教室に残っているといい。返事を考えておくことだな」
 それだけ言うと、真田先輩は解散と言うように手で払う仕草をした。
話の整理が出来ていない僕をよそに、真田先輩はすたすたと部室を後にしてしまったので、部室には僕だけが取り残された。……放課後か。
 せっかくきたのだから五分くらい本を読もうと思い、今では見慣れた本棚から本を一冊抜き出す。
カバーはなく全体が日焼けしてしまっている。生憎、文字も掠れていた。恐らく、図書室から適当に持ち出したのであろうものだが、これほど朽ちている本があるとは。図書委員め、保管が甘いな。
仕方がないのでまた本棚に戻すと一つの視線に気がついた。室内には入って来ずに、ドアからちらりと大きな目が覗いている。
「その本は八十年代の初版だから仕方ないと思います……」
 目が控えめに訴えかけてくる。どうして知っているんだ。
「入ってきなよ、急式さん」
「いえ、見ているだけで十分ですから」
そっけなく返されてしまったが、相変わらず視線は僕に注がれている。それはそれで気になるものだからドアを開けて強引に急式さんを部室に引っ張り込んだ。
にこりと笑うと急式さんも微笑み返した。ああ、やっぱり笑った方が可愛いのに。
真田先輩より長い黒髪はセーラー服の所為かよく栄える。どこか不気味な雰囲気があるけれど、けれど……口数が少なくて、
人相も良いとは言いがたいけど、顔のパーツ自体は良質揃いなので、美人のカテゴリには入るだろう。あとは性格的な問題だ。
ところで急式さんはどうしてこんなところに?
「千佳くんが教室を飛び出したから何かあるのかと不安になりまして」

296 名前:さよならは言わない[sage] 投稿日:2012/12/18(火) 07:15:54 ID:jvvzZaR. [3/6]
 急式さんは僕の心が読めるか。いや、まさかね。
「千佳くんの考えていることなら分かりますよ」
思いがけない追い討ちが入ったものだ。末恐ろしい。いや、平静に、平静に。
「それは凄いね」
「凄いでしょう」
 今の急式さんはまるで子供が得意げに自慢するかのようだ。すぐに慎ましやかに戻ったが。
 ふと天井近くの時計を見ると昼休みも終わる時間だった。
「そろそろ戻ろうか」
そう言うと急式さんは黙って頷いて僕の後に続いた。隣を歩けばいいのに、ぴたりと僕の背後にくっつく。クラス内でも毎回僕の後ろの席だし。
曰く、「千佳くんの隣を歩けるほど私は高い身分じゃない」だそうだ。

来る放課後、それも部活だ何だで、僕以外人のいない教室に、沈むのを拒むかのように夕日がじんわりさしてくる。心地よい暖かさに隅の席で船を漕ぎはじめていると、前側のドアが勢い良くスライドされ、その音で一気に眠気が吹き飛んだ。続いて一人の女の子が教室に入ってくる。彼女は僕をみるなり、
「千佳先輩ですね。千秋と付き合ってください」
と言った。彼女の一人称は千秋らしい。この季節で既に肌は浅く焼けているので厳密には分からないが運動部だろう。
目は大きくぱっちり開いており、変わりに鼻は小ぢんまりとしている。栗色のポニーテールで見るからに快活そうな人だ。
真田先輩や急式さんが美人なら彼女は「可愛い」女の子だ。あまりに唐突で「あ、えっと」とどもってしまう。
もしかして、というかそうなのだろうが、先輩が言っていたのはこの事だったのか。
「千秋の名前は。門倉千秋です。一年生です。で、付き合ってくれるんですか?」
 じっと僕を見つめる門倉さん。返事は……どうしたものか。相手が好意を寄せてくれているのは嬉しい。しかし、見ず知らずの女の子といきなり付き合うというのは如何なものか。立場が逆だったら即お断り、だろう。
僕が答えを決めかねていると、いつの間にか目の前まで来ていた門倉さんが僕の詰襟越しに二の腕を掴んだ。身が震えた。
「どうなんですか!」
「あ、じゃあ、よろしく」
言ってしまった。なんだか取り返しのつかないような気もする。まあいいか。物は試しだとも言うし。「やったあ」と叫ぶ門倉さんをよそ目に、グラウンドを見下ろす。
ちょうどとぼとぼ歩く急式さんが見えた。
きっと僕は泡を食っていたと思う。急式さんが僕を置いて帰ってしまうとは今までに一度もなかった事だ。

297 名前:さよならは言わない[sage] 投稿日:2012/12/18(火) 07:18:51 ID:jvvzZaR. [4/6]
お昼休みもあと十分前となった頃、私の前に座っている千佳くんが急に立ち上がりました。
そのまま颯爽と教室を出て行ってしまったので、私も慌てて後を追います。
多分目指しているのは文芸部室。今朝方、千佳くんの下駄箱に入っていた手紙を確認したから間違いはないはずです。
普段ならそんなものすぐに廃棄処分しているのだけれど、差出人の名前を見て、私はそっとしておくことにしました。
 真田先輩に関して良い噂をあまり聞いたことがありません。寧ろ不幸な運命を辿る生徒の噂には必ず真田先輩が関与しているので、
邪推かもしれないけれどあまり干渉したくはないのです。
 千佳くんが文芸部室に入っていきます。私はそっと閉じられたドアに耳を寄せました。千佳くんと真田先輩の声が微かにもれ出ているのが聞こえます。
…………フィアンセ? どういうことですか? 放課後に返事? 
全く訳が分かりませんが、足音が近づいて来たので私はそっとドアから離れます。
自然に見えるように横にある窓枠に手をついて外をぼんやりと見つめ、小手先の偽装が完了したと同時に真田先輩が出てきました。
真田先輩は私に気付いたのか足音は五歩ほどで止まりました。ついで私の肩をとんとん、と叩きます。
驚いて声が出そうになったけれど必死に喉の奥に飲み込みます。ゆっくり振り返るとにこやかな真田先輩がいました。
悔しいけれど、見れば見るほど恐ろしいほどに美しい人です。ですが、
「急式ひなたさんだったか、今日は千佳を置いて先に帰ることだ」
 言葉は存外に冷たいものでした。私は訊きました。
「何故ですか?」
 あくまで真田先輩は表情を変えません。しかし、目は笑っておらず、冷ややかな視線が私を突き刺します。
「今日の放課後、千佳はある女生徒に告白される。恐らく千佳はそれを快諾、とまではいかないが了承はするだろう」
「邪魔立てはするなということですか」
「ま、そうなるか」
 口調は至って安穏。それでも懇請でもない、まして、威圧的ですらある真田先輩に、逆らう事が出来ませんでした。
多分ここで、いやいつでもこの女に逆らうと、よくない事が起こりそうな気がするのです。
無言を肯定と受け止めたのか、真田先輩は皮肉っぽく手をひらひらと振って、立ち去ってしまいました。
根拠のない噂話や、チャンネルを変えれば順位が変わる星座占いなど、一つも信じない私でも、真田燐火という女には畏怖の念を抱いてしまいます。
それほどまでに真田先輩は未知数の人間なのです。
いや、今はそんな事よりも。目の前の千佳君を見つめなければ。音を立てないようにそろりそろりと文芸部室のドアノブを回します。
十秒かけてドアを開き、そこから片目で千佳くんをじっと見ます。
本棚に手を伸ばし、ぱらぱらめくってからまた本棚に戻す。そこで千佳君が私の視線に気付きました。目があったせいか気恥ずかしくなって、照れを隠すように言いました。
「その本は八十年代の初版だから仕方ないと思います……」
千佳くんが、怪訝そうな顔をした。分かりますよ。だってその本棚にある本は全て私の物でしたから。
この本棚に初めて気付いた千佳くんのリアクションと言ったらそれはそれは可愛らしくて……。ああ、危ない。本人を目の前に妄想に浸る所でした。

298 名前:さよならは言わない[sage] 投稿日:2012/12/18(火) 07:22:19 ID:jvvzZaR. [5/6]
釈然としない顔ですが、千佳くんが言いました。
「入ってきなよ、急式さん」
体温が二度上がったような気がします。悟られないように、
「いえ、見ているだけで十分ですから」
とそっけなく返します。じっと見つめていると千佳君が近づいてきました。ドアを開けて私の手首を掴みます。
そのまま私を文芸部室に連れ込みました。千佳くんが優しく微笑みかけます。私も笑顔で返しました。
千佳くんは何か納得するような顔をしましたが、すぐにまた不思議そうな表情です。何故私がここにいるのか、とでも言いたげです。
「千佳くんが教室を飛び出したから何かあるのかと不安になりまして」
今なら千佳君の心が全て読めてしまいます。
「千佳くんの考えていることなら分かりますよ」
およそ平静に、千佳くんは言いました。
「それは凄いね」
「凄いでしょう」
私の自慢の大きな胸を張って腰に手を当てます。ですが、はっとなってまたいつも通りの粛々とした私に戻りました。いくらなんでもこれは図に乗りすぎです。
 千佳くんが不意に時計を見ました。釣られて私も時計を見ます。もうこんな時間でしたか。
私はこのまま午後の授業をサボタージュしても良いのですが千佳くんが、
「そろそろ戻ろうか」
と言うので、黙って千佳くんの後ろをついて行きます。私にはまだ千佳くんの隣を歩ける資格はありません。
よくて右斜め後ろが関の山でしょう。はやく彼女の座で胡坐をかきたいのですが、勇気がでません。ですがいつか、必ずや千佳くんの隣を歩ける日が来るでしょう。
 ただ、今少しだけ不安なのは、真田先輩の言う女生徒の事です。

放課後になりました。いつもなら千佳くんと一緒に帰るはずですが、真田先輩の言うとおり、私は先に帰りました。
校門を出た途端に足取りは重く、なんだか周りの人が皆、私を揶揄している様に思えてしまうほど心細いです。
一秒でも長く千佳くんと一緒にいたい。私は身震いしました。もし、真田先輩の言うとおりになってしまったら……私はどうすればいいのでしょうか。
いえ、そんなこと決まっています。敵は真っ先に排除すべきです。しかし当面の問題は女生徒Xよりも真田先輩です。
まず、何でも見透かしている様なあの女にばれてはいけません。間接的にとめられたであろうに、直接私に釘を刺すくらいですから、
今回の件は何か重要な事があるのは明々白々です。軽率な行動をとれば手痛いしっぺ返しがくるはずです。
今は時期尚早。堅忍不抜にじっくりと策を練る事が最優先事項です。
 不意に肩を叩かれました。今日で二度目です。右を見ると例の真田先輩がいました。
私は身構えます。すると真田先輩が嗤いました。そして滔滔と述べます。
「いやなに、別に君の恋路を邪魔しようなどとは考えていない。ただ、私の為にも、君は黙っていてくれる方が、事が容易く運ぶんだ。あと、姦計はほどほどにな」
 私は背筋が凍りました。恐らく、私の思慮せんとする事が分かっているのでしょう。
空恐ろしさを感じます。また昼休みと同じように真田先輩は言うだけ言って去っていきました。とてつもない不安が胸にのしかかります。
 果たして私は、真田先輩を出し抜くことが出来るのでしょうか?