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273 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/08/23(木) 08:03:42 ID:HJTKs6Y5

「なぁ……もういいだろ。そろそろ離せよ」
 隣に座ってくっついてくる如月更紗にそういうと、彼女はまーだだよー、とふざけたように
言って上目遣いに見てきた。どういう態度をとればいいかわからずに、僕はまた沈黙してしま
う。それを確認して、如月更紗はうれしそうに笑ったまま、頭を僕の肩に乗せるようにしてく
っついてくる。
 そんなことが、かれこれ十数分も続いていた。
 もっとも、正確な時間はわからない――今隣り合って座っている位置からだと校舎の時計は
見えないし、空を見上げても月と星ばかりで、時間の経過はわかりやしない。気のせい程度に
月が動いているだけだった。
 夏の暑さに、夜風が心地いい。
 如月更紗と触れ合ったところだけが、熱を持ったように暑くて……けど、それは不快じゃな
かった。
 不快じゃないんだけれど……
 何やってんだ僕、と思わなくもない。
 冷静になって今の状況を客観視してみれば、真夜中の屋上でいちゃついているようにしか見
えない。こんなことをしにきたはずはないのだが、気づけばこうなっていた。
 右手には、未だ魔術短剣を握っている。
 これを手放すつもりはない――けれど、使う気もない。左手は如月更紗に絡めとられていて
動かすこともできない。屋上のフェンスにもたれかかるようにして、二人並んで座っている。
正面、離れたところにある入り口扉は沈黙を保っている。
 夜は静かで、
 僕ら二人の他には、誰もいない。
「離すのが嫌ならせめて話せよ……いい加減、わけがわからなくなってきた。そろそろ解決編
にはいってもいいころだろ」
「犯人は滅亡しました」
「またずいぶんと急展開だな!?」
「解決編、といわれてもね」
 言って、如月更紗はすりよるように体を動かした。すぐ間近から、甘い香りがする。如月更
紗の香り。血のにおいでも、死のにおいでもない。生きている彼女のにおい。
 そのにおいが、
 触れたぬくもりが、
 如月更紗が生きていると、伝えてくる。
 生首じゃなくて――生きていると。
 しばらく体をこすりつけ、居心地がいい場所を見つけたのか、如月更紗は動きを止めて言葉
を続けた。



274 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/08/23(木) 08:04:35 ID:HJTKs6Y5

「私としては困るのよ。解決するべき謎なんて一つとしてないのだから」
「お前にとってはそうかもしれないが、僕にはいろいろあるんだよ……」
「たとえば?」
「たとえば――」
 言いかけて、僕は考える。
 解決しなければならない謎は、本当に残っているのか?
 僕は此処にきた時点で、此処にいる時点で、姉さんのことは振り切ったはずだ。姉さんの死
の真相も、姉さんを殺した三月ウサギのことも、すべてはもう関係ないはずだ。僕を慕ってく
れていた神無志乃も、僕を必要としていた姉さんももういない。
 残ったのは、僕と、如月更紗だけだ
 如月更紗さえいれば――それでいい。
 ……もういいんじゃないのか?
 心の中にいる僕がひっそりとささやく。もういいんじゃないかと。ここで終わっていいんじ
ゃないかと。ハッピーエンドと、ここでエンドマークをうってもいいんじゃないか。すべてを
捨てて、如月更紗といつまでもいつまでも幸せに生きました――それでいいじゃないか、何が
悪い。
 何もかもが悪い。
 ささやいてくる自分自身に突っ込みをいれる。何が悪いって、悪いに決まってる。ハッピー
エンドなんて冗談じゃない。
 終わるときは――死ぬときだ。
 まだ、終わるわけにはいかない。
 終わることを、僕は選ばなかった。
 続くことを、選んだのだから。
 如月更紗と、共に。
「……如月更紗。ハッピーエンドとまではいわなくても、そろそろ何も問題なくハッピーって
言い切ってもいいものなのか?」
 言葉を選んだ僕の問いに、如月更紗ははっきりときっぱりとただの一言で返答した。
「無理」
「またあっさりと切り捨てたな!?」
「それは無理なのよ冬継くん――そうとも無理なのさ冬継くん。何も問題がないというには
、問題がありすぎる」
「…………」
 問題が――ありすぎる。
 解決編には、まだ遠い。
 如月更紗の言葉を、ゆっくりと、ゆっくりと心中で咀嚼する。問題。問題が残っている。い
ったいどんな問題が残っている? もはや、姉さんも、三月ウサギも、関係ない。狂気倶楽部
との接点は――

 ――狂気倶楽部。




275 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/08/23(木) 08:05:37 ID:HJTKs6Y5

「……あ」
「思い出したかい?」
 横からささやく如月更紗の声には、どこかいたずらめいた響きがあった。最初からわかって
いて言わなかったに違いない。如月更紗とはそういう奴だ。
 畜生。
「そういや……そんな問題がまだ残ってたな」
「そうとも、そうだとも冬継くん。私はこの屋上で、最初に、こういったはずよ――貴方は命
を狙われている、と」
 そうだ。
 そうだったのだ。
 いくら姉さんのことをきっぱりと振り切ったからといって――そんなこととは関係なく、僕
は既に狂気倶楽部からマークされているのだった。だからこそ如月更紗は僕を守るといったの
だし、だからこそ――
 あの夜に。
 白い服を着た少女に、殺されかけたのだから。
 チェシャ。
 アリス。
 裁罪の、アリス。
 狂気倶楽部にとっての切り札。『なかったこと』にするために、『終わらせる』ためにやっ
てくる、容赦のない殺人鬼。
「あの夜、お前が助けてくれなかったら……僕は首をはねられて死んでたんだろうな」
「猫は首だけになっても死なないそうよ」
「僕はそんな不思議人間じゃないんだ……」
 白いドレスを身にまとった殺人鬼。僕の命を狙う彼女。
 それが、まだ残っていた。
 いや――それだけじゃない。
「それに、神無志乃を殺した、お前の『姉』もいるんだったな……」
 そうだ。 
 如月更紗のふりをして、神無志乃の首をはねたあの女が。如月更紗と同じ顔をし、同じ体躯
をもつ双子の姉妹。
 許すわけには、いかない相手。
 けれど、隣から帰ってきたのは予想外の反応だった。如月更紗は僕につっついたままわずか
に首をかしげ
「…………ん?」
 と、不可思議そうにつぶやいた。
 心底不思議そうな、納得のいっていないつぶやきだった。そんな反応がどうして帰ってくる
のかがわからない。僕は思わず如月更紗のほうを向いて、
 目があった。
 如月更紗も、僕を見ていた。大きな瞳にまっすぐに見据えられて、吸い込まれてしまいそう
な錯覚を覚える。瞳に、夜の星が映っていた。
 揺るぐことなく、
 如月更紗が、僕を見ている。



276 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/08/23(木) 08:06:44 ID:HJTKs6Y5

「冬継くん」
「なんだよ」
「ひょっとしてひょっとしてひょっとしてとは思うのだけれど」
「だから、なんだよ」
 再度問いかける僕に対し、如月更紗は、僕を見たまま、恐る恐ると言った風に言う。
「私、話していなかったかしら?」
 嫌な予感がした。
 半端なく嫌な予感がした。
 次に如月更紗の口から測れる言葉は、心底ろくでもない言葉に違いないという確信があった
。そしてその確信を肯定するかのように、如月更紗は僕を見つめたまま、どこか投げやりに、
あっさりと。


「私の姉さんが、裁罪のアリスだということを」


 寝言に耳を、ぶちまけた。
「……………………ナニソレ」
「…………」
「……おい」
「…………」
「初耳だぞ、それ」
「…………」
「まったくもって聞いてなかったぞ僕はそんな大切なことを今まで一度たりとも!」
「星がきれいね、冬継くん」
「あからさまに話をそらしてんじゃねえ! どうしてそんな大事なことをお前は話してないん
だよ!?」
「だって」
 如月更紗はすねたような顔をして、遠くに視線をそらして、ほうり捨てるように言った。
「冬継くんが私を置いて愛人のもとに逃げたからよ」
「愛人!? 誰だそれは!?」
「ラ・マンと言ったほうがいいかしら」
「誰も呼び名を変えろとは言ってねえ!」
 もしかしなくても神無志乃のことか。
 そういえば……あの夜は話の途中で神無佐奈さんがきて、肝心の会話は途中で途切れたんだ
ったか。もしあの件さえなければ、確かに如月更紗はゆっくりと話せていたのかもしれないが
……
 その後も監禁されたり逃げたりで、まともに話すどころか、あってすらないからな、僕ら。
 仕方がない……のか。
 致命的な仕方なさだけれど。



277 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/08/23(木) 08:07:54 ID:HJTKs6Y5

「頼むから如月更紗、僕にもわかるように初めから順序立てて話してくれ。正直僕は、お前ほ
ど狂気倶楽部に詳しいわけじゃないんだ」
 さぐったといっても、基本的に秘密主義な集まりだから、そこまで深くはわからなかったん
だよな……そもそも『そういう集まりがある』というところにたどり着くほうが大変だったの
だ。
 それでも。
 裁罪のアリスの噂は――聞いていた。都市伝説のような、まがまがしいものとして。どこま
でが本当でどこからが嘘かなんてわからないけれど、それがろくでもないものであることだけ
はわかる。
 …………。
 そんなモノに命を狙われてるって、どこまで悲惨なんだろうな、僕。
「そこまで難しい話ではないのよ、冬継くん。裁罪のアリスというのはね」 勝手にへこんで
いる僕に対して、如月更紗はいつものように朗々と、謡うような言葉で言った。

「誰か個人のことを指すのではなく、裁罪するモノのことを――『アリス』と呼ぶのよ」

 狂気倶楽部の、秘密を。
「…………裁罪する、モノ?」
 どういうことだろう――それは。
 個人を指すのではない。
 狂気倶楽部とは、つまるところごっこ遊びではなかったのか。
 困惑する僕に対し、如月更紗はすりよったまま、子供に言い聞かせるように、ゆっくりと話
し出す。
「冬継くんのお姉さんが三月ウサギであったように、私がマッド・ハンターであるように、私
の姉さんが白の女王であるように――狂気倶楽部は、誰もが役割を演じている。童話にそって
、物語にそって」
「それは――知ってる」
 そこまでは知っている。物語の登場人物になぞらえて二つ名を騙り、狂った物語を語る。そ
れこそがお茶会であり、狂気倶楽部なのだと僕は知っている。
 そこまでは、いい。
 問題はそこからだ。
「お前の言葉だと……同じようにいるんじゃないのか、『アリス』を演じてる人が」
 アリス。
 不思議の国のアリス。
 永遠の、少女。
 それこそ、狂気倶楽部のような集団では人気すぎる、役柄の取り合いがおきてもおかしくは
ない『役』だとは思うのだが。
 ……そういえば、三月ウサギもマッド・ハンターも、(厳密には鏡の国ではあるものの)ハ
ンプティ・ダンプティや白の女王も、アリスの登場人物なのか。
 物語。
 お茶会。
 符丁なのか……偶然なのか。「お茶会」だからこそ、姉さんはマッド・ハンターである如月
更紗は仲がよかったのかもしれない。



278 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/08/23(木) 08:18:00 ID:HJTKs6Y5

「初めはいたわ、始まりはいたのよ――ただし、永久欠番となったけれど」
「…………」
「その代わりに、都市伝説として『裁罪のアリス』という人物が物語れた。そして狂気倶楽部
の人間は、誰かの罪を裁くとき――役柄をアリスへと代えるのよ」
「なんとなく……わかった」
 裁罪のアリスなんて「人物」は存在しない。
 その代わりに、狂気倶楽部の人間は誰もが裁罪のアリスになることができる。いや――なる
ときがある。
 罪を裁くとき。
 狂気倶楽部にとって不利益な誰かを殺すときに、彼らは/彼女たちは、アリスを名乗るのだ。
 ・・・・・・・・・・・・・
 物語を終わらせるものとして。

 だからこその、都市伝説。
 たとえば、如月更紗の姉が、白の女王であると同時に『裁罪のアリス』でもあるのだ――
「って、ちょっと待った」
「……?」
 いきなり話をぶったぎった僕に対し、如月更紗は目を丸くする。その表情はちょっとかわい
かったが、今はそんなことを考えている場合ではない。
「まさか、あの夜に僕を襲ったのって」
「そうだよ」
 あっさりと。
 如月更紗は、肯定した。
「白いドレスに身をまとった首撥ね女王――白の女王陛下。そしてあの時は同時に『裁罪のア
リス』として冬継くんを殺しにきたのは、私の姉さんだよ」
「…………」
 本当にろくでもない回答が帰ってきた……
 あのときに一言でもいってくれれば、あとの展開が楽だったのに……ああでも、やっぱりあ
のときにもそんな余裕はなかったし……
 否。
 そもそも、向こう側が気づかれないようにしていたのか。たぶん、『白の女王』は、はじめ
からすりかわるつもりだったのだろう。そのために、できるかぎり言葉をしゃべらず、如月更
紗と同一の顔を隠していた。
 伏線は、いろいろ張っていたわけだ。
 たぶん……姉さんのことをふっきらなければ。如月更紗の家にいかなければ。この屋上にく
ることなく、図書館に向かっていれば。
 僕は――その伏線にひっかかっていた。
 その果てにどうなっていたのかは、考えたくはない。考える必要も、ないだろう。今、僕は
こうして屋上にいるのだから。回りくどい白の女王の計画は、終えたと考えてもいいはずだ。
 ただ一点。
 彼女が何のためにそんなことをするのかが、わからないけれど。



279 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/08/23(木) 08:18:43 ID:HJTKs6Y5

「姉さんは」
 僕の疑問を読み取ったかのように、如月更紗はぽつりと、
「私のことを壊したいほどに好きで、殺したいほどに嫌っているから」
 その声は。
 聞いたこともないくらいに――弱弱しい声だった。力のない、今にも消えてしまいそうな声。
 それは、たぶん。
 その言葉は、他の誰でもない、如月更紗の本音だったのだろう。
 双子の姉妹。
 双子の、狂気倶楽部。
 彼女たちの間に何があったのか、僕は知らない。それは立ち入れることではないし、決して
立ち入っていいことではないはずだ。
 それはまた、別のお話。
 そういうことなのだろう。
「……つまり、ただの嫌がらせか」
 茶化すように僕が話をまぜっかえすと、同じように如月更紗は唇の端をつりあげて、からか
うように答えた。
「そうね。妹によりつく悪い虫を――いじめたかったのだろうね」
 …………。
 悪い虫、か。
 アリスにはそういえば、芋虫とかもでてきたな。
 妹への嫉妬、か。妹へとよりつく相手の。妹がよりつく相手の。妹が幸せも許せないし妹が
不幸でも許せない。
 かけら。
 ハンプティと、ダンプティ。
「……なあ、如月更紗」
「なぁに、冬継くん」
「お前のその話聞いてると……お前があの屋上で近づいてこなかったら、僕は平穏だったんじ
ゃないのか?」
 いってからそうでもないことに気づく。如月更紗がこようとこまいと、『裁罪のアリス』は
襲ってきていたはずだ。ただその中身が、白の女王……如月更紗の姉でないというだけで。そ
ういう意味では、アリスに狙われていることをはっきりとしてくれた分だけ、如月更紗がきて
くれてよかったというべきなのだろうか。
 いや……それでも。
 白の女王がこなければ、神無志乃は死ななくてすんだはずだ。
 けれど。
 如月更紗がこなければ、僕は、如月更紗と出会うことはなかった。
 どちらなんて、選べない。
 どちらかを――選ぶしかない。
 はじめから。
 如月更紗も、神無志乃も、姉さんもだなんて……そんなことが、できるはずが、なかったのだ。
 僕は立派な人間でも、
 真人間でもないから。
 抱えることができる相手なんて――一人で精一杯だ。
 手をつないで、
 寄りかかって歩いていくことしか、できない。



280 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/08/23(木) 08:19:26 ID:HJTKs6Y5

「そうでもないよ。姉さんがこなくても、他のアリスがきていただろうし。そもそも――」
 案の定、如月更紗はそういって。
 それから、
 今までとはがらりと表情をかえて。
 僕を見上げて、こういった。


「私もまた、裁罪のアリスなんだよ、冬継くん。君を殺すように命令された――ね」


 …………。
 右手には、魔術短剣を握ったままで。
 左手は、如月更紗につかまれていて。
 二人の他には、誰もいない。
 僕と、
 彼女の、
 二人だけだ。
 だから僕は、いつものように「へぇ」とだけ頷いた。如月更紗は目を細め、 
「……驚かないのかい?」
「そんなことだろうとは」僕はため息を吐いた。「思ってはいたんだよ」
 チェスのポーンがクイーンになるように。
 狂気倶楽部の誰もが裁罪のアリスに成るというのならば。
 如月更紗がそうであたっとしても、おかしくはない。
 それだけのことだ。
「……逃げないのかい? 私は、君を殺すためにいるかもしれないのに」
「お前な」
 僕はもう一度、深々とため息を吐いた。
 なんというか……今更馬鹿みたいな話だけど、実感した。如月更紗は、如月更紗なのだ。
 なぜって。
 そんな物騒なことを言う如月更紗の顔は――にやにやと、にやにやにやと、とても楽しそう
に笑っていたから。
「お前が僕を守るって言ったんだろ……あの言葉を、嘘だなんて思えねえよ」
 それに、殺すだけなら、いつでもできたはずだ。
 否――そんな理屈はおいといて。
 如月更紗がそんなことをするはずないだろうと思う程度には、僕はもう、こいつに入れ込ん
でいたのだ。
 そうでなければ、今、此処にはいない。
「そういってくれて」
 僕の言葉に如月更紗は、僕に抱きつくようにしたまま、器用にも肩をすくめた。
「私はうれしいかぎりだよ」
 その言葉に――きっと、嘘はないのだろう。
 如月更紗は、僕を好きだといっていた。
 彼女が僕を好きでいてくれて、守るためにそばにいてくれている。
 それだけは――もう疑うことが、できるはずもない。
「なあ、如月更紗」
 僕は再び、彼女に問いかける。
 ふと、疑問に思ったのだ。
 如月更紗は、僕を好きだといってくれた。
 それはいったいいつから、そしてどうしてなのだろうと――そんな、普通な学生同士のような
質問をしたくなったのだ。
 けれど。
 その質問をする機会は、永遠に失われた。



281 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/08/23(木) 08:20:16 ID:HJTKs6Y5



 かつん、と。


 音一つない夜の屋上に――音が響いたからだ。
「…………」
「…………」
 かつん。
 かつん。
 かつん。
 気のせいではなかった。僕と如月更紗は声を殺し、音を殺し、耳をすます。かつん、かつん
、かつん。上ってきている。音は屋上と校舎を区切る扉の向こうから聞こえてきていた。かつ
ん、かつん。上ってきるのだ。
 誰かが、屋上に来ようとしている。
 誰か。
 考えるまでもなかった。この状況で、屋上を訪れるのが、他にいるはずもない。
 かつん。
 音を聞きながら、如月更紗が体をよせ、そっと耳に唇を近づけてささやいた。
「決着の時間さ、幕引きの時間だよ。いつまでも冬継くんがこないので、しびれをきらしたの
だろうね」
 そうか、と僕は今更ながらに納得する。如月更紗が動かなかったのはこのためか。
 向こうから、きてもらうために。
 もともとこの場所を指定したのは白の女王なのだ――なら当然のように、僕を殺すために何
らかの罠があってもおかしくない。そうでなくとも、明かりのない夜の校舎を歩くには危険すぎる。
 そのアドバンテージをなくすために、屋上で待ち構えていたのか。
 相手が痺れをきらして、校舎中を探し出すまで。
 あるいは、如月更紗が此処にいることだけは知っていて、やってきたのかもしれない。
 どちらにせよ――
 決着のときだ。
 僕は右手に握る魔術短剣を、強く強く強く握り締める。
 これが、最後なのだ。
 決着をつけなくてはならない。今更のように、僕は覚悟を決める。その結果――たとえ人を
殺すことになったとしても。この町を永遠に離れることになったとしても。
 彼女を――打倒する。

 僕は如月更紗に、言いいたいことがあるのだから。




282 :いない君といる誰か ◆msUmpMmFSs [sage] :2007/08/23(木) 08:21:04 ID:HJTKs6Y5


 かつん、かつん、かつん。
 かつ。
 音が、途切れた。
 気配がある――それは気のせいなのかもしれないけれど、たしかに気配があった。
 扉の向こうに、誰かがいる。
 そっと、僕は如月更紗を抱きかかえたままに、立ち上がる。如月更紗もまた、僕に身を寄り
寄せたままにたち、左手でキャリーケースをひきよせた。
 どくん、と。
 僕か如月更紗の心臓の音が、聞こえたような気がした。
 その音を掻き消すようにして。
 ――ぎぃ、と。
 扉のノブが――回った。


「ほぉら、ほぉら、見てごらん――アリスがやってくる。お茶会を終わらせるために」


 そうして。
 如月更紗の言葉に答えるようにして――ノブが回りきる。一拍の間をおいて、重い鉄扉がゆ
っくりと、ゆっくりと、ゆっくりと開いていく。
 扉が、開いていく。
 その向こうには。
 暗い校舎から、ゆっくりと、月明かりに照らされていくそこには。
「…………白の、女王――」
 如月更紗とまったく同一の、顔。
 あの時、あの夜に見た、神無志乃の首を跳ね飛ばしたあの顔が、そこにあった。変わること
のない表情を浮かべて、月明かりの中、その顔が、




 ・・・・ ・・・・・・・・・・・・・
 その首が、すとんと地面に落ちて撥ねた。



<続く>