457 名前: ◆UDPETPayJA[] 投稿日:2013/04/23(火) 19:13:27 ID:Npcaivzg [2/8]
………あれから、どれくらいの時間が経っただろうか。
手足を拘束され、俺と″アイツ″しかいないこの空間で、俺は何度、身体をアイツに喰われたのだろうか。
…わからない。とにかく、もう嫌だ。
思い出せない。思い出したくもない。気持ち悪い。アイツの手が、声が、吐息が、肌が───
何もかもが結意と違う、アイツの全てが、気持ち悪い。
振り解こうにも、俺の四肢は力を込められないでいる。
左腕に感じる、鈍い痛み。アイツはそこから、何かヘンなモノを打っていたような気がする。
部屋は薄暗く、カーテンも閉まっている。どこに何があるのか、首だけしか動かせられない状態でわかるはずもない。

コンコン、と何か音がしたと思うと、ドアが開かれたようで、僅かな光が差す。
…それもほんの一瞬のこと。一筋の光はすぐに消える。
代わりに、誰かが入ってきたようだ。

「ご飯の時間よ、神坂くん。」

誰か、なんてわかり切ったことだ。この空間には″俺とアイツしかいない″んだから。

「……いらねぇ……」

こんなか細い声しか出せない自分自身が、情けなかった。
もう俺の体力は底辺まで落ちてきている。脇腹をスタンガンの弱い電流で刺されながら、″喰われた″んだ。
何度叫んだことか、喉はとうに潰れている。

「誰が…テメェなんかの……」

世話になるか、と続けて言うこともままならなかった。

「…そう。仕方ないわね。」

奴はそう言うと、俺の横たわるベッドに上がってきた。俺の身体を跨ぐように膝で立つ。
そのまま、片手には小さめな丼らしきものがある。

「噛む力も入らないだろうから、おじやを作ったのよ? さあ、食べさせてあげる。」

穂坂 吉良はスプーンらしきもので丼の中身をすくい、俺の口元に運んで来る。
だが俺は口を閉じ、それを拒んだ。

「口を開けてよ、神坂くん。食べないと死んじゃうわよ?」

るせぇ。テメェの作ったゲロクズなんか食うくらいだったら死んだ方がマシだ。
俺は言葉の代わりに穂坂を睨みつけてやった。

「食べないと、結意さんがどうなっても知らないわよ?」

…んだと、この女。

「くく、私が、何も考えないで貴方を閉じ込めたと思ってたのかしら?
今頃はお友達が、それともお姉さんかしら? そいつらが神坂くんを探してるでしょうねえ。でも見つかりっこないわ。
当然、貴方の大切なモノを壊す準備もできてるのよ? そうして少しずつ、心を折ってあげる。」

…この女、許さねえ。
俺だけなら。俺だけならまだしも、結意をどうにかしようだって?
この腕に力が入るなら、その顎の骨を砕いてやるのに。

「ふふ、だから言ってるじゃない。たった一言、心を込めて言ってくれれば縄を解いてあげるって。
───愛してます、って言うだけよ。なぁんにも難しくないでしょ? あはははっ、それとももっと私から愛してあげなきゃ駄目なのかしら?
私は構わないわよ? 大好きな貴方のためだもの。時間だってたっぷりあるんだから。」

ケラケラ、と気味の悪い笑い声を上げる穂坂。
この女の妙な自信は一体どこからきているんだ…?
それに、今の言葉からひとつ気になることがあった。俺の大事なモノを壊す準備もできてる、と。
…もしかしたら、穂坂には誰か協力してる奴がいるのか…?
何でもいい、頭を働かせろ。考えるんだ。考えることをやめたら、その時こそ本当に″負け″だ。
…俺はこんな奴には、絶対に負けない。

459 名前:天使のような悪魔たち 第27話 ◆UDPETPayJA[sage] 投稿日:2013/04/23(火) 19:14:57 ID:Npcaivzg [4/8]
* * * * *



あれから、2日が経った。

穂坂の家で何の収穫も得られず、漠然と時間が過ぎていく。佐橋の方も相変わらず、予知も働かず、新しい情報もない。
結意ちゃんもなんとか登校はしているようだったが、履いている靴がこの2日で一気にボロボロになっていた。
加えて顔色も白く、目の下には濃いクマができている。
…恐らく1人で、身を削る覚悟で飛鳥ちゃんを探し回っていたんだろう。
なんとか登校してきているのも、学校でなら俺や佐橋から新たな情報を得られるかもしれないからだろう。
…そんな彼女に、未だ声をかけられずにいる自分が、歯痒かった。
穂坂はもちろん、学校に姿を表す事はなかった。担任も、連日の無断欠席を珍しがっていたくらいだ。
瀬野の言葉もそうだったが、これで穂坂が犯人だという事が確定したとも言える。
…とはいえ、果たして穂坂1人で、ここまで見事に飛鳥ちゃんを攫って隠れられるものなのだろうか。
俺はこの2日間、穂坂には協力している者がいるのではないか、とも考えていた。
授業中も、飯を食っているときも、廊下を歩いているときも、ずっと思考をそれに費やしていた。
…だが、俺は穂坂の人間関係を網羅している訳ではない。協力者がいるという線も、憶測の域を出ない。
それだけに、下手な事を言って結意ちゃんを刺激したくなかったから、未だその可能性を言えずにいる。

放課後のチャイムが鳴ると同時に、教室を出て結意ちゃんのクラスへ向かった。
今日はどうしても行っておきたい場所があったからだ。気まずくとも、結意ちゃんに会ってそれを伝えなくてはならない。
この2日間、結意ちゃんは先に1人で帰ってしまっている。結意ちゃんが帰る前に、捕まえておきたかった。
15秒とおかずに結意ちゃんのクラスへ向かった結果、結意ちゃんはまだ教室内にいた。
いつも通りの明るい雰囲気の中、ただ1人だけ異質なオーラをまとう。
大事なものを無くした、哀しみと怒り、そして寂しさだろうか。その空間にいる結意ちゃんは、誰よりも孤独に見えた。
そして結意ちゃんは俺の顔を見つけると、暗い表情のままで、教室の外まで歩み寄ってきた。

「……………なに…?」
「ちょいと病院まで行こうと思ってね。亜朱架さんの事、気になるんだ。」
「…………私も、行くよ。」
「そう言うと思ってたぜ、行こうか。」

余計な言葉を交わす事は、殆どない。今の結意ちゃんに、そんな余裕などないからだ。
ただ黙って、歩幅を結意ちゃんのペースに合わせて歩き出す。

「………この前は、ごめんなさい…」

足を運びながら、顔を合わせる事もなく、けれど小さな声で、結意ちゃんは言った。

「……ひとに当たったって、なんにもならないのに…わたし…」
「いいんだ、気にするなよ。」

どうやら、この前の自分を振り返ることができたようだ。
瀬野は残念ながら怪我で動けない状態だが、あいつも結意ちゃんの事を憎くは思ってはいまい。
たった一言、簡単な言葉で彼女の謝罪を受け取る事にした。


途中、何人かが俺たちとすれ違う。本来なら飛鳥ちゃんがいるべき場所に俺がいるという、いつもと違う姿に違和感をもった連中もいるだろう。
…当然だ。ここに在るべきは俺じゃない。一刻も早く事態を解決して、飛鳥ちゃんを取り戻す。
そうする事でしか、この小さなお姫様を救う事はできないのだから。

460 名前:天使のような悪魔たち 第27話 ◆UDPETPayJA[sage] 投稿日:2013/04/23(火) 19:17:02 ID:Npcaivzg [5/8]


* * * * *


木曜日の病院は、大抵の科が午後は診察を行わない場合が多い。亜朱架さんのいるこの病院も、例外ではなかったようで、2日前と比較して明らかに人の数が少ない。
医者と葬儀屋は暇な方がいい、とよく言うように、俺もこの光景は嫌いではなかった。
若い俺たちはエレベーターなどに頼らず、階段で3階まで上がり、すぐ目の前にあるナースステーションで面会の記帳をする。
目指す病室はそこから少し奥の角部屋。表札には2人の名前があったが、ドアを開けてみると幸いな事にもう片方の患者さんは現在留守にしている。これなら問題ない。
…さて、カンの良い結意ちゃんならば俺が何をしにここまで来たのか、そろそろわかっているかもしれない。

今日の目的は、″神坂 明日香を修正する″ことだ。
飛鳥ちゃんへの歪んだ感情を抱えた妹ちゃんの存在は、誰がどう見ても危険だ。もう、子供の駄々で済むレベルではないくらいにな。
事実、結意ちゃんは妹ちゃんに2度も殺されかけてるんだ。それに…記憶だけとはいえ死んだ人間がいつまでもこの世に留まるべきではない。

病室の最奥、白いカーテンに四方を仕切られたベッドの中を訪ねる。そこにはもちろん、亜朱架さんの姿があった。
俺は意識を目の前の少女へと集中し、深呼吸をする。
特に深い意味はないが、大きな作業をする時は深呼吸をするようにしている。本当は、人一人の記憶やら何やらを修正するのは、結構疲れるんだ。
より精度を高めるための、軽いまじないのようなものだ。

「…! 斎木くん、まさか…?」結意ちゃんも、俺が何をしようとしているのか勘付いたようだ。
俺を見て、亜朱架さんの方を見て…その動作を何度か繰り返している。そのうちに俺の準備は万端となった。
貯めた力を腹の底から一気に送り出すように、深く息を吐く。
これでさよならだ、妹ちゃん………

「待って!!」

突然の事だ。結意ちゃんは大声で待て、と叫び、俺を制した。
なんのつもりだ、結意ちゃん? 止める理由などないだろう? 疑問符を脳裏に浮かべる俺と反対に、結意ちゃんはこう呟いた。

「…様子がおかしいよ。さっきから、息する音がしない。」

結意ちゃんは亜朱架さんの体を包む大きな布団を、一気にまくり捨てる。
布団の下には…赤色に汚れた入院着をまとう亜朱架さんがいた。

「亜朱架さん!!」

反射的に身体が動き、その小さな少女を抱きかかえる。
軽い。…それだけじゃない。よく見ると肌には血の気がない。
出血元であろう左手を見てみると、血管に沿うように″縦に″鋭利な傷口があった。それも、そうとう深い。
…自殺を図ったのか? だけど、まだ身体は温かい。まだ助かる!
俺が考えるよりも数倍早く、結意ちゃんはナースコールを押そうとしていた。だが、結意ちゃんのとったコールは、根元の方でばっさりと線が切られていた。
ちっ…、と舌打ちをして断裂したナースコールを投げ捨て、結意ちゃんは隣のベッドのナースコールへと駆け寄り、押した。
こんな時でもこういう機転が効くところ、今はありがたい。
それよりも、だ。亜朱架さんは恐らくもう死ねない身体ではないのだ。彼女は自分で自分の力を消したのだろうから。…だとすれば? 俺の力を使えば、それも元に戻るのではないか?
やるならば医者が来る前にだ。俺は亜朱架さんの身体を抱きかかえたまま、溜めていた力を開放した。
白く、柔らかな光が瞬く。結意ちゃんもそれに気付いたのか、固唾を呑んで俺を見ている。
…けれど、それが意味をなさなかった事に気付くのには、そう時間はかからなかった。
いつもなら亜朱架さんの意思とは関係なしに治癒するはずの傷は、塞がらない。体温も戻らないし、呼吸も弱いまま。
むしろ、唇がより淡い土色に変化していく。治っていないのだ。

461 名前:天使のような悪魔たち 第27話 ◆UDPETPayJA[sage] 投稿日:2013/04/23(火) 19:18:13 ID:Npcaivzg [6/8]
「馬鹿な! どうして!? なんで治らないんだよ!?」たまらず、俺は叫んでいた。
それを見ていた結意ちゃんは、静かに口を開いた。
「………それが、自然の姿だからだよ。」
「自然…の…、姿…?」
「在るべき姿に修正する能力、だったよね。今のお姉さんは、普通の人間と変わらないんじゃないの…?
だから、修正もなにも関係ない。それが本来あるべきものだから、じゃないかな…?」
「そん、な…死なない身体が、それ自体が、自然に逆らってるから…? だから俺の力では治せないってのか…?」
「たぶん…そう。」

…なんてことだ。
亜朱架さんは俺の推測では、自分で自分の力を消した。それと同時に、亜朱架さんの特異性も失われていた。そしてこれだ。自分から、望んでこれをしたとでも…死にたかったとでも言うのか。

「…ふざけんなよ…! 貴女だけ逃げる気かよ!? 俺たちの背負った罪から!
第一、貴女は飛鳥ちゃんの家族でしょうが!! 飛鳥ちゃんが何を望んでるのか、わかっててやってんのかよ!? ええ!?」

そうだ。飛鳥ちゃんは俺たちのせいで色んなモノを失った。だからあいつは、もう何も失いたくないと願っているんじゃないか。

「絶対に、死なせるものかよ。地獄からでも引き摺り出してやるからな!」

もう間もなく、ナースが飛んでくるだろう。大丈夫、亜朱架さんは助かる。
俺は自分にそう言い聞かせながら、自分の言葉を噛み締めた。



* * * * *

4時間後───集中治療室へと運び込まれ処置を受けた亜朱架さんは…なんとか一命を取りとめた。
聞けば、相当危険な状態だったと…あと数分遅かったらこの世にいなかっただろう、という。
俺たちが来なかったら、或いは…これも必然なのだろうか?
微弱な心音を探知し、電子音が響く病室の中にはまだ入れてもらえない。あとは医者に任せる他ないのだ。

「…少し、外に出ないか?」俺はあくまで平静を装いながら、結意ちゃんにそう持ちかける。
外の風を浴びて、この陰惨な空気を吐き出したかった。しかし結意ちゃんは何も言わず、代わりに首を横に振る。
「少し、出てくる」と言い残し、俺だけ外に向かうことにした。
今回の事…結意ちゃんだって、飛鳥ちゃんの事があるんだ。それなのに次々も問題が起きて…相当まいっているのが、顔を見てすぐわかるほどだ。
本当に…あいつ、呪われてるんじゃないだろうかと悪態もつきたくなるが、結意ちゃんが近くにいる手前、声には出さない。
とにかく、今の俺にできる事は穂坂の居所を暴くことだ。それが全ての解決に繋がる。それさえわかれば…
けど、本当にあの女はどこに行方を眩ませたのだろうか? 済んだ話だが、家がわかってしまえばそれまでだから、隠れ家を変えるのは当然だ。
ただし、その家さえも瀬野がいなければ場所すらわからなかったのだが。…それすらも、読んでいたと?
確かに、瀬野の結意ちゃんへの気持ちは本物だろう。馬鹿な言動や行動が目立ってはいたが。
…考えすぎだ。そもそも家の場所など、適当に聞いて回ればわかる。単に雲隠れしただけなのかもしれない。
とすれば…大の男を拘束するなりして、何日も過ごせる場所か。そんな所…どこにある?
退院の直後に行方を眩ませたのだから、存外遠くへはいないのかもしれない。
女だとて、男を倒す方法くらいあるだろう。だが、運ぶとなるとそう遠くへは行けない。誰かが手伝いでもしなければ…

「そうだよなぁ…問題はそれだけじゃねえんだった。」と、ひとりぼやく。

協力者がいるとしたら、誰だ? 穂坂を手伝うことで得られるメリットなど…
単に結意ちゃんに恨みがあるとか、飛鳥ちゃんを恨んでるとかだろうか。…そんな奴、それこそ穂坂以外にいるのか?
…わからない。段々と、情報の断片で頭の中がこんがらがってくるのを感じる。今は、少し気持ちを落ち着かせよう。

462 名前:天使のような悪魔たち 第27話 ◆UDPETPayJA[sage] 投稿日:2013/04/23(火) 19:19:06 ID:Npcaivzg [7/8]
外に出て、ため息をつきながら携帯のオフラインモードを解く。どうせこの電話が鳴る事など滅多にないのだが…
と、電波が繋がったとたんにメールの着信が来た。この数時間の間に溜まっていたのか、6件ものメール表示がされる。差出人は…佐橋?
まさか、新しい事がわかったのだろうか。メールには、「どこにいる」「すぐにかけろ」などと記されていた。
俺はすぐさま、電話帳から佐橋の番号を呼び出し、かけた。

「よう、佐橋。悪い、病院にいたから切ってた。」
『病院!? 病院にいるのか!』その声色は、どこか切羽詰まっているようにも感じられる。

『織原はどこにいる!? 一緒じゃないのか!?』
「結意ちゃん? ああ、一緒に亜朱架さんの見舞いに来てるんだ。今は俺だけ外に出てる。…どうかしたのか?」
『すぐに医者を呼べ! いいか、俺が視たのは───』
「えっ…」

佐橋の口から語られた未来。それを聞いたとき、頭からサーッと血の気が引くのが、自分でもわかった。

「結意ちゃん!!」俺は携帯を開いたまま、さっきまで居た所へと駆け出した。
何を注意されようと構うものか。どうせ夕方で人気などほとんどないんだ。そんな瑣末な事など、気にしてられるか。
集中治療室から移った2階の病室、その近くのベンチまで走って戻ってきた。結意ちゃんとはつい4、5分前にここで別れたばかりだ。なのに。

「な…んなんだよこれ、何が起こったってんだよ!」たまらず、そう怒鳴る。
訳がわからない。いったい、結意ちゃんが何をしたってんだ。どうしてこんな事しか起きないんだ。これ以上、この娘から何を奪えば気が済むんだよ…!

病室の前のベンチから、まるで崩れ落ちたかのように結意ちゃんは倒れていた。
───大腿から流れ出たであろう、夥しい量の血溜まりとともに。
最終更新:2013年05月05日 13:19