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647 名前:子猫の願い[sage] 投稿日:2013/06/28(金) 17:06:25 ID:elprpm6w [2/9]
 日曜日の午後。文字通り雲一つない青空の下、トラックを運転する彼は、なんとなく妙だった、と感じていた。
 彼は宅配業者でドライバーとして勤務して三年になる。
 今日も十数分前にノルマの内の一件を消化したのだが、その時に何かがそれまで感じたことのない違和感というか、腑に落ちない感覚を頭の片隅に残していた。
 しかし、その原因がわからないのである。このなぜだか分からないがモヤモヤする、という感覚は彼にとって気持ちのいいものではなかった。
 快調に飛ばしていたトラックの目の前で信号が赤に変わる。ブレーキを踏んで待つ時間の間、彼は先程の配達先での出来事を順繰りに思い出そうとした。
 
 目的地は何の変哲もないアパートで、そこは小奇麗ではあったが、壁にある消しきれない染み、ベランダの手すりの塗料の剥げ具合などから相当の年数が経っていることを伺わせた。
 荷物を抱えて階段を上り、手前から数えて三番目、203号室が届け先だった。荷物自体は両手で持てる程度の大きさがある二つの箱で、配送元は良く知られている熱帯雨林のような名前をした通販サイトであった。
「吉良」と書かれた表札を見て伝票と氏名が一致していることを確認し、インターホンを押す。若い男性の声で返事が返ってきたので、こちらの身分と荷物が届いたことを告げると、数秒と待たずドアは開いた。
 出てきたのはやや癖のある髪をした、まだ幼さを残した顔つきをした好青年で、よほどのひねくれ者でない限り第一印象で悪い感情を持つ人はいないのではないだろうか、と彼は思った。
 荷物を中に入れ、伝票に判を押してもらうのを待っていると、玄関から伸びた廊下の突当りにあるドアが開いた。
「コーヘイ、届いたのかニャ?」
 顔だけのぞかせたのは十代前半かと思われる少女で、色の白さと、極めて整った顔つきから発せられるその夢幻的な美しさに彼は息をのんだ。
「こら、部屋の中にいなさい」
 青年がそういうと少女は一言謝って部屋に引っこんでドアを閉める。
 美少女を見れなくなった彼は残念に思った。と、同時に少女の髪が白・茶色・黒と三色だったのと、瞳の色が左右で異なっていたのを思い出し不快感を感じた。
「あんな幼い子の髪を派手に染めさせたり、カラーコンタクトをさせたり、保護者はこの青年なのだろうが、責任感というものはないのだろうか」と。
 最初の好印象はどこへやら、青年に判を押してもらうと伝票を引っ手繰るように受け取り、ドアを閉めて憤懣やるかたない、と言った歩調でトラックに戻る。そして次の目的地に向かって即座に出発した。

 以上が出来事の全てである。そして、それらを思い出しても彼は違和感の原因が結局分からなかったので困っていた。
 確かに二十代の青年と十代の少女の二人で暮らしている、というのも妙と言えば妙だ。しかし兄妹であればそれほど不思議はない、実際仲睦まじそうな様子であった。それ以外では……
 頭をひねっていた彼だが、唐突に手をたたいて喜びの声を上げた。
 ついに気が付いた、少女は室内で帽子をかぶっていたのだ。
 彼は自分の疑問が解消されたことに満足し、数秒後青信号に代わるや否やアクセルを踏み込む。
 もう頭の中は次の配達先の事で占められていた。

――――――

「普段着、寝間着、……下着、よし、一通りあるかな」
 届けられた衣類の数と種類を確認し耕平は呟いた。
 さすがにいつまでも耕平の服を着せておくわけにはいかないし、かと言って洋服店に耕平一人で少女の服を買いに行くというのもためらわれ、結局通販で済ませることにしたのが数日前の事。
 迅速な配達に耕平は満足していた。サイズが合うかが心配だが、まあ多少はやむを得ないだろうといったところである。
 ミー子も耕平の左隣に座りこれから自分が着ることになる服を見て年頃の少女らしく目を輝かせていたが、そのうちいくつかを箱の中から引っ張り出して自分の体に重ね合わせると
「ね、ね、コーヘイはどれを着てほしいかニャ?」
 と、満面の笑みで耕平に尋ねてきた。
「そのブラウスとスカート、ミー子が選んだやつだろ。まずそれを着てみたらどうだ?」
 耕平がそう言ったのは、黒と白を基調とした上下揃いの服で、届いた中ではミー子が選んだ物の内の一つである。
 うん、と頷いたミー子が立ち上がって服を脱ぎ出したので、慌てて耕平は部屋から飛び出して扉を閉めて表で待つことにした。が、ふと思い出して声をかける
「ちゃんと下着も着るんだよ、ミー子」
 忘れてたニャー! という叫び声が響き渡ったところを見ると図星だったらしい。
 一応昨日のうちにブラの付け方はネットで調べて教えておいたのだが大丈夫だろうか、と考えていると下着姿のミー子が浮かんできたので頭を振って煩悩を追い払うことに専念した。

648 名前:子猫の願い[sage] 投稿日:2013/06/28(金) 17:07:29 ID:elprpm6w [3/9]
「もういいニャ」
 十数分後、そう室内から声をかけられた耕平はお邪魔します、と場違いな言葉を発しながら扉を開ける。
「おうっ……」
 入るなり耕平は眩暈を起こしそうになっていた。足を交差させ、スカートのすそを両手でわずかに持ち上げるポーズで耕平を迎えるミー子は、その服の色も相まってまさに小悪魔めいた美しさを漂わせていた。
「似合うかニャ?」
 そう尋ねるミー子だが、耕平の顔を見れば返答は不要と言ってよかったであろう。生まれて初めて女性に告白する少年も、ここまでなるまい、というぐらい耕平の顔は赤い。
「と、と、と、とても似合うよ」
 耕平は固まって動かない顔と口を無理やりに動かしながらそう返答し、そして喜んだミー子が両手を広げて抱き着いて来た瞬間、今死ねたら俺は本望かもしれない、と思っていた。

「ミー子、表に出たくはないか?」
 数十分後、今だに床に並べた服を四つん這いになって眺めながらはしゃいでいるミー子に、それを見ながらベッドに座ってくつろいでいた耕平が声をかけた。
「ううん」
ミー子は下を向いたままそう返答する。意外に思った耕平は、「本当に?」と再度尋ねたが
「うん。その必要はないニャ」
 ミー子の答えは変わらなかった。
 遠慮しているのかな、と思ったが、よくよく考えてみれば元々室内飼いの猫なのである。縄張りの中にいるのが一番安心できる、という習性は変わっていないのかもしれない。
「コーヘイはいつでもここに帰ってくるし、コーヘイが隣にいてくれればそれでいいニャ」
 顔を上げて晴れやかに笑いながら言うミー子の言葉を聞いて、感動しつつも耕平は、一つ伝えなければならないことがあるのを思い出した。
 肘を膝の上に乗せ、両手を組んで話し出す
「ミー子、次の金曜日の事なんだけど」
「ニャ?」
「その日は帰るのが遅くなると思う。先に食事を済ませて待っていてくれるかな」
 その口調に普段感じとれない不安感のようなものを感じたミー子は、正座に座りなおして耕平に正対し口を開く
「なんでかニャ?」
「人と会う約束があるんだ」
「……あの女かニャ?」
 そう言うミー子の声には酷く冷たい響きがあり、女の直感の恐ろしさを耕平は知った。かと言ってここで嘘を言う訳にもいかない
「そうだよ。河原崎さんに会うんだ」
 ミー子の前で初めて静音の名前を出した耕平は、その周囲に冷気が漂うのを感じた。目が据わり、こちらの一挙手一投足を見逃さない、とばかりに視線で射抜いてくる。
「そういえば聞いていなかったけど、そいつはどういう女なのかニャ?」
 冷や汗をかきながら耕平は説明を始めた。
 河原崎さんとの出会い、彼女がどれだけ耕平の事を知って心配してくれているかを。さすがに静音と交わした約束の内、金曜日に会うという事以外は伏せておいたが。
 話している間中、周囲の家具が地震でも起きたかのように軋む音を立てていたが、話し終えるまであの能力が発動することはなかった。
 そして、終えると同時にミー子は可愛らしい口を開いて容赦ない言葉を吐き出した。
「コーヘイ、その河原崎とかいう女と会ってはダメだニャ」
 そう言われるだろうと思っていた耕平は、姿勢を改めて背筋を伸ばして座り直し説得を始めようとしたが、ミー子が畳みかけた
「その女、怪しいニャ。とっても」
「怪しい?」
 予想していなかった形容詞が飛び出してきたので虚を突かれた耕平に対して、正座のまま前に進み出てミー子は続ける。
「なんでその女はコーヘイの事をそんなに知ってたのかニャ? それまで殆ど接点がなかったのに詳しすぎるニャ。黙って調べていたにしても全く気取られない事ってあるかニャ? 大体そんなにコーヘイに興味があるなら、同じ会社にいるんだしいくらでも会う機会はあったはずニャ」

 言われてみればその通り。ぐうの音も出なくなってしまった耕平は、やや癖のある髪をかき上げながら黙ってミー子の言葉を心の中で反芻した。
 確かに全てが始まったあの日、耕平が静音を事故から救ったあの瞬間まで、二人の接点はほぼ皆無だったといってよい。高嶺の花の令嬢と一般庶民というか、同じグループ企業に勤めているというだけでそれ以上でも以下でもなかった。
 また、静音が耕平の周囲を調べている、という事になれば車内で噂には上るだろう。というか多少は耕平の耳にも入ってくるか、異変を感じておかしくない。だが、そういった気配も全くなかった。
 こんな簡単なことに気付かないとは。初めてまともに付き合える女性が現れたという事で有頂天になりすぎていたのだろうか、と耕平も今更ながら舌打ちした。その前でミー子の話は続いている
「それなのに、ミー子の願いがかなった日から急にコーヘイに盛りのついた泥棒猫みたいにまとわりついてくるなんて、どう考えてもおかしいニャ。つまりその女は」

649 名前:子猫の願い[sage] 投稿日:2013/06/28(金) 17:08:14 ID:elprpm6w [4/9]
「その女は?」
 ミー子は立ち上がると耕平と文字通り目と鼻の先まで顔を近づけて「操られてるか、洗脳されている可能性があると思うニャ」と言った。
 いくらなんでもそんなこと、と耕平は否定しようとするがミー子は続ける。
「だってそれまでコーヘイに関わってなかったのが急にあの日を境に変わるなんておかしいニャ。神様か悪魔、どっちかにコーヘイの情報を与えられて、その上感情なり意志なりコントロールされてるんじゃないかニャ?」
 反論したいが材料がない、という状況に陥って耕平も参った。

 静音との会話やその笑顔を耕平は思い出す。あれが全て作為の下にあり、本来の静音ではないのかもしれない、という想像は耕平の気分を沈ませた。
 もはや悪魔の所業と言いたくなるが、その場合ミー子を人間にしたのは神という事になる。逆もまたしかりで、双方とも悪趣味極まりない。
 耕平は無神論者の楽園があるのならばそこに逃げ出したい、と思い始めていた。
 
 しばらくの間右手で自分の頭髪をかき混ぜていた耕平が、ようやく口を開いた
「なるほど、ミー子の言う通りかもしれないな」
「そうだニャ」
 ミー子は得意満面、という表情で小さな胸を張ってみせたが、
「じゃあ、金曜日は必ず河原崎さんと会わないとな」
 という耕平の言葉で愕然、といった表情に変わり顎を落とした。「なんでだニャ!?」と、当然のように抗議するが
「会って確認してみるよ。河原崎さんが本人の意思で俺に関心を持ってくれているのか、そうでないのかを」
「どうやって?」
 泣き顔と怒り顔を絶妙にブレンドした表情で不安そうにミー子が聞いた
「直接聞いてみる、いつから俺に興味を持ってくれていたのかを」
それが突破口になるのではないか、と耕平は思っていた。前に静音が話したことを思い出す

――以前からずっと吉良さんのことを見てましたから。

 あの時はそれ以上聞かなかったが、具体的に日時とまではいかなくても耕平に好意をもった時期なら言えるはずだ。
 それからあの日に至るまで、その行動に矛盾点があるかどうか。それが静音が果たしてミー子の言う通り操られているのかどうか、という点の判断材料になるはずだ。
 記憶そのものまで操作されているとなるとやっかいだが、時間を巻き戻しでもしない限りどこかに無理は出てくるはずだと耕平は思っていた。

 耕平の話を聞いたミー子だが、それでもやはり不満であるようで、今度は涙まで浮かべ耕平の両腕をつかんで説得しようとする。
「だとしても、そんな女ほっとけばいいニャ。関わり合いになってもコーヘイがその女に取りこまれるだけだニャ」
 放っていいわけがない、と耕平は思ったがミー子に伝えたのは別の事だった
「ミー子、これはチャンスだ。もし河原崎さんが誰かに操られてるとして、それを本人に自覚させることができれば、きっと元に戻りたいと思うだろう。誰だって自分が人形のように扱われるのなんて嫌だ」
その為には静音の身に起こったことを含め、今回の事態について全てを話さなければならないだろうな、という事は耕平も覚悟していた。
 だがしかし、それでも静音が耕平の彼女になる、という神だか悪魔だかの意志から解放されることを本人も納得して協力してくれるのなら、事は解決しやすくなるのではないか。
 少なくともミー子にとってはライバルがいなくなるのは悪い話ではないはずだ、そういうとミー子も渋々納得した。
「まあどちらにしても天使達を呼び出さなきゃならないのは変わりない。できれば金曜日までにそれを見つけて、河原崎さんに迷惑をかけずに解決しておきたいな」
 ミー子の頭を帽子の上から撫でつつ耕平はそう言って笑いかけた。まだべそをかいていたミー子だがそれを見てやや安堵したように笑い返した。


 しかしその願いはかなうことなく金曜日を迎える。
 もちろん手をこまねいていたわけではない。耕平は怪しげな儀式や呪文のたぐいまで用いて天使や悪魔を召還しようとしたのだが、天国の扉も地獄の蓋も開くことはなかった。