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662 名前:子猫の願い[sage] 投稿日:2013/07/04(木) 17:02:57 ID:zVdN/vDI [2/5]
 ピンクストライプの寝間着姿の少女と、黒いスーツを身に着けた女。身長は女のほうが頭一つ分大きいであろうか。
 耕平のアパートの玄関で両者は対峙していた。
 既にドアは閉じられおり、しかも照明が点けられていない。僅かにどこからか漏れ入ってくる光だけが頼りの室内は、常人には一メートル先程度の事さえ認識が難しい闇の中。
 しかし少女はその卓越した視覚により苦もなく女の目を捉えていた。
 そして女はと言えば、これもどの様にして見ているのだろうか、少女を見据えたまま全く視線を外さない。
 少女は露骨に威嚇する怒気をはらんだ表情をして。女は落ち着いていて穏やかで、そして酷薄な笑みを浮かべながら。
 友好的、と表現する余地が一ミリたりともない初対面であった。

 殺したい、と、先程まで切望した相手が目の前にいる。
 ミー子にとってはある意味で待ちに待った対面であったのだが、今は目の前の女よりも先に確認しておかなければならないことがあった。
「……コーヘイはどこかニャ?」
「聞いてどうするの?」
 嘲笑うように静音は言い、その笑みを崩さずに続ける。
「貴女はもう彼の事を気にする必要はないのよ」
「答えろ!」
 激昂してミー子は言い、その周囲に冷気の渦が巻きだした。
 静音はそれを無感動な目で見ていたが、肩をすくめると口を嘲笑から呆れたような形に変えて話し出す。
「吉良さんなら表の車の中で休んで貰ってるわ。今はよく眠っている……心配しなくても信頼できるドライバーがついているから大丈夫よ」
 まあ貴女が心配する必要はないのだけれど、と補うように続けた後、今度は口調に隠しきれない怒りの感情を含ませながら問いただしてきた。
「それにしても、どういう入れ知恵をしてくれたのかしら、貴女は?」
「何のことだニャ?」
 慎重に静音との距離を取りながらミー子は言い返す。この時既にいつでも攻撃態勢に入れるように準備はしていた。
 ただ、能力を完全にコントロールする自信がまだなかったので、静音との距離が近すぎると飛んできた包丁やナイフ等が流れ弾のように自分に当たりかねないという不安があった。もう少し離れる必要がある。
「彼が今日何度も聞いてきたのよ。私がいつから彼の事を好きになったのかって」
 静音は今夜耕平と交わした会話を思い出しながらそう言った。

 ――――――

「いつから俺に興味を持ってくれてたんですか」

 そう耕平が静音に問うたのは、都内にある個室制のイタリアンレストランの一室。
 薄暗く抑えられた照明の中、中央にある丸いテーブル自体が発光するような仕掛けが施されており、夢幻的な雰囲気が室内に漂っていた。静音がミー子の元を訪れることになる三時間前の事である。
 約束の金曜日の夜、静音が耕平を誘ったのがこの店だった。
 静音と待ち合わせた耕平は緊張していたのだが、目的地についた時にはやや安心していた。
 それまでは先日の「準備がある」という言葉からどの様な所に連れていかれるのか、とやや構える気持ちもあったのだ。だがここなら思っていたよりも普通のデートとして済むのではないか、とそう思っていた。
 もっとも、普段の耕平であれば気後れして足が向かないような高級店ではあったが。
 静音が予約していた部屋に案内され、席に着いた後は、お互い仕事の疲れを労い合う。それからごく普通に会話も弾み、食事は楽しいひと時として進んでいった。
 わざわざこの日を指定した割には、静音も特にこれといった行動も示さず、楽しそうに笑いながら耕平と同じ空間と時間を共有することを喜んでいる。
 このまま、ただのデートとして終われれば幸せなのだろうな、と思っていた耕平であったが、食後酒のグラッパをあおって踏ん切りをつけると計画していた質問を切り出した。
「河原崎さんはいつから俺に興味を持ってくれてたんですか」
 聞いた静音は不思議そうな顔をして小首をかしげ聞き返す。
「興味、というのは……つまり私がいつから貴方を好きになったか、という事でよろしいのでしょうか?」
 意図を直球の表現に変換されて耕平は動揺した。が、ここで誤魔化す訳にもいかない。
「その通りです」
 顔面が紅潮するのを自覚したが、努めて冷静さを保つようにして静音の言葉を肯定する。アルコールの為かやや呂律が回っていなかったが。
「ずっと前からですわ」
 静音は目じりを下げて可愛らしく微笑して言う。それは耕平の予想していた答えであったので、質問を続けた。
「ずっと前、というと具体的にいつからでしょうか?」
 その問いにやや驚いた、そして困惑した表情となった静音は耕平の意図を確かめるように聞く。

663 名前:子猫の願い[sage] 投稿日:2013/07/04(木) 17:03:39 ID:zVdN/vDI [3/5]
「どうしてそのような事をそんなに気になされるのですか?」
「重要な事なんです。理由はこの後お話しますが、それは……」
 そこまで話した所で耕平が異変に気付いた。口が動かない。
 いや、動いてはいるのだが何か大きなものを咥えさせられたような感覚というべきか、口内の微小な動作ができなくなっていた。
 酔っぱらったのだろうか、と自問するが、頭ははっきりしている。今迄感じたことのない感覚に戸惑っていると、静音が「どうかなさいました?」と声をかけてきた。
「いや、大丈夫です。それで、さっきの質問なんですが。答えていただけますか」
 と、そう言ったつもりだったのだ。しかし出てきたのが
「いや、だいじょ……す。それ、さっき……こた、て……」
 という言葉だったので愕然とする。
 頭を振って酔いを醒まそうとしたが、首を傾けたとたんにそのままバランスを崩して大きな音を立ててテーブルに突っ伏した。
 何をやっているのだろうか、一体自分の体はどうしてしまったのか、という焦りが襲ってくる。
 テーブルにうつ伏せになったままであったが、なんとか静音に醜態を見せてしまった事への謝罪をし、助けを求めようと両腕をテーブルについて力を入れようとする。
 が、そこで両腕の感覚も無くなっていることを覚った。
「ずっと前からですわ」
 そう言って静音が立ち上がる気配があった。そのままテーブルを回って耕平の背後に移動したようだったが、うつ伏せの耕平にはその姿を見ることは出来ない。
 五感も失いつつあったが、両肩に静音の両手が置かれる感覚があり、耕平の鼻腔に静音の香水の匂いが広がった。
 耳元で声がする。
「なにを疑問に思われるの? 私は貴方が好き、貴方は私が好き。お互いに好きあっている、こんなに素晴らしいことはないでしょう? それで十分ではなくて?」
 そこで耕平の意識は途切れた。

 ――――――

「下らない質問をしてきたりして、彼は疲れていたのね」
 口調に耕平への同情を、視線にミー子に対する怒りを込めて静音は言う。
 さらに一歩進みでて
「ところで、一応聞いておくけど貴女、悪魔と契約したのよね? その変身はその所為なのでしょう?」
 と、傲然とした姿勢で問いただしてきた。
 ミー子の中で危険信号が鳴る。この女は何者だ、と。
 暗闇の中でも昼間と変わりないようにミー子の姿を捉え会話しているだけでも常人ではありえないが、さらに悪魔の事を知っている。
 しかもミー子の擬人化がその悪魔の所為だと言っている。ミー子達ですら神か悪魔か、どちらの仕業かはまだ分かっていないのに。
 ミー子は黙っていた。それを答えたくない、と判断したのだろうか、静音は自分から会話を続ける。
「でも貴女みたいなのが傍にいたんじゃあ、吉良さんも気の休まる時がないわよね。だから……」
 静音はミー子に右手人差し指を突き付け宣告した。
「その心配事をなくしてあげるわ」
 それを聞いてミー子は後ろに跳び退り、背後にある耕平の部屋まで戻ると叫んだ。
「死ね!」
 その言葉と同時に派手な金属音が鳴り響き、玄関に食器棚から飛び出したナイフ、フォーク、包丁、耕平の部屋から飛び出したカッターナイフ、ハサミ、ドライバー等々の凶器が散乱した。
 それらは静音の周囲、直径二メートル辺りを囲むように床に転がる。そして次の瞬間全て同時に空中に浮きあがると、これもまた同時に静音に向かって突進する。どれも目、腹、胸、喉と急所ばかりを狙っていた。
 静音はこれら一連の動きを無機質な目で見ているだけで何もしない。ただ立っているだけであった。
 そうであったのだが、突進していた凶器類は静音の体に突き刺さるまさにその直前、間数髪の所でミー子の期待していた動きを止める。そのまま宙に浮かんでいたが数瞬後床に落ち、転がった。
 唖然として口を開き棒立ちになるミー子に静音が冷めた声をかける。
「何かと思えば、下らないわね。この程度で私を殺すつもり? 貴女が契約したのってよほど無能な下級悪魔なのかしら」
 ミー子はそれを聞くと、激怒してさらに能力を発動させた。
 今度は凶器類だけではなくフライパン、ドライヤーからテレビのリモコンに至るまでありとあらゆるものを静音に向かって突撃させる。
 しかし無駄だった。どれもこれもことごとく静音の体まで間数髪の所で止まり、落下すると空しく床に転がった。

「終わりかしら? じゃあ私の番ね」
 今度は目じりを下げ、にこやかと表現されるに足る笑顔を浮かべると、静音は右手の掌を前に向け突き出した。

664 名前:子猫の願い[sage] 投稿日:2013/07/04(木) 17:04:03 ID:zVdN/vDI [4/5]
 瞬間、ミー子は後ろに向かって吹っ飛んでいた。そのまま壁に激突し、崩れ落ちる。かぶっていた帽子も吹っ飛び、三色の長髪が宙に舞い猫耳が晒される。
 痛みに耐えながら起き上がろうとするが、その瞬間に両手が操られたかのように後ろ手に回る。さらに、手首が固く触れられない何かで固定されて動かせなくなり、両膝も見えない鉄の輪のようなもので固定されたのを感じた。
 背中一面に広がる激痛に思わず悲鳴を漏らす。それでも這いずって殺意に満ちた目を静音に向け、部屋の中央まで進み出る。
「中途半端に人間になったものね、この化け猫」
 静音はミー子の猫耳を見ながらそう言って耕平の部屋に入ると、床にくの字になって転がり、尚も睨みつけてくるミー子の前で仁王立ちをした。
「いや、泥棒猫かしら? 泥棒化け猫……ちょっと語呂が悪いわね」
 そう言ってなにやら悩んだようなそぶりを見せる静音に対して、ミー子は顔を上げ、叫ぶ。
「泥棒猫はおまえだニャ! この売女!」
 見下ろす静音は無言であったが、形の良い顎を小さく動かしてミー子に先を続けるよう促した。
「ミー子はいつでもコーヘイの傍にいたニャ。生まれて直ぐに拾ってもらって、それからずっと。ミー子はコーヘイがいればいい、それ以外なんてどうでもいい。でもおまえは、今迄どこの誰と寝ていたのかしれない、淫乱な泥棒猫だニャ! 操り人形のくせに! 横から急に出てきて……!」
 そこまで言った瞬間、ミー子はまたしても壁際まで吹っ飛ばされていた。
 しかも今度は見えない力を使われたのではない。静音は自らの足でミー子の腹を蹴飛ばしていた。
 何かが静音の逆鱗に触れたのだ。その顔は般若に変わっている。
「私が操られている? 勘違いするんじゃないわよ、この化け猫が」
 ミー子は腹と背中の痛みで息もできなくなり、転がったまま口を陸に上げられた魚のように開けている。その前に静音は歩み寄ってきた。
「利用されたのは貴女よ。それにずっと彼の傍にいた、ですって? 笑わせるんじゃないわよ、貴女が彼の傍にいたのなんてほんの一年にも満たない間じゃない。私は違う」
 静音はミー子の手前、あと一歩といった所で歩みを止める。
 そして上を向いて虚空を見つめるとうっとりとした恍惚の表情になり語りだした。

「私は今でも覚えている、彼に初めて会った時の事を。それは彼のお母さんが亡くなった日。私はちょうどこの街を見回っていた」

 痛みに耐えながら、ミー子は眼前で静音の体が光りはじめたのをぼんやりした視界で見ていた。
「彼はね、お母さんの遺体のそばで、とても寂しそうだった。当然よね、まだ子供だもの。でも、泣いてはいなかったのよ。むしろお父さんが号泣していて大変だったわ……そんなお父さんを彼は慰めていたの。僕がついてるよって。強い子だなあって感心したわ」
 静音の体から発する光は強さを増していく。
「でもね、その夜彼は自分の部屋に戻った時、泣いたのよ。一人で。そして一生懸命神様にお願いしていたわ、お母さんを生き返らせてくださいって。残念ながらその願いはかなえられなかったけど……私、それを見て思ったのよ。いつかこの子の役に立ちたい、願いをかなえてあげたい、傍にいてあげたい、一緒になりたいって」
 光は強度を増し続け、部屋全体を明るく照らす。やがて静音は一つの光の塊となった。
 愕然として顔を上げるとミー子は思った。この光景を見たことがある、と。
 それは全てが始まったあの日。寝ていたミー子の前に確かにこの光の塊は現れていた。
 その、目を開けていられなくなる程に強さを増した光の中から静音の声は響き続けている。

「私はずっと彼を見ていたわ。ずっと昔から……彼が子供の頃から……。彼だけを……」

 光の塊は徐々にその形を変えて行く。人型になり、白い衣をまとった少女となり、その背から白く輝く羽を生やし、やがて頭上に金色の輪を浮かべた。
 あの時の天使がミー子の目の前にいた。