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327 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2008/02/04(月) 06:00:35 ID:ryJwY4ic
*****
  
「それじゃあ、行ってきます」
 行かないでくれ、頼むから。
 あの子を止めたいのに。止めたいのに俺の四肢を縛り付ける縄が邪魔で動けない。
 俺はいったい何のために自分を鍛えよう、強くなろう、と思ったんだ?
 喧嘩に強くなりたいから? 
 他の誰かよりも優れているという自信を付けたいから?
 そんな理由じゃなかっただろう。
 大事な人を守り、ずっと一緒に暮らしたい。そう思ったから武道を始めたはずだ。
 体を壊しかねない鍛錬をして、血と涙で彩られた日々を送った末、俺の望みは叶えられた。
 でも、それはずっと続かなかった。

 仕方のないことなんだ、あなたは何も悪くない、とあいつは言った。
 俺はそんなことを言って欲しくなかった。
 最期だからこそ、恨み言を残して欲しかった。
 これから、残されたあの子と二人きりで生きていかなければいけない俺を戒める言葉を。
 だらしなくて、武道以外ろくなことができない俺を、あいつは一度も責めなかった。
 間違ったことをしたときはいつだって優しく諭してくれた。
 愛していた。他の何よりも強い絶対の自信を持って、あいつを愛していたと口にできる。
 それなのに俺はあいつを裏切って、別の女と一緒になってしまった。
 ただ、あいつが居ない寂しさに耐えきれなかったんだ。
 俺はあの子とを守るために、あいつの分もしっかりしなければいけなかったというのに、
結局他の拠り所を見つけ、甘えてしまった。
 だから、あいつに恨まれても、そしてあいつと似た顔に成長したあの子に去られても、文句を言えない。

 ――でも、やっぱり嫌なんだ。もう失いたくない。

「う、ううぅ……!」
 拳を固め、腕に意識を集中させる。
 俺に縄抜けなんかできない。だから力ずくで引きちぎるしかない。
 縄が皮膚に強く食い込んでいる。皮膚が削れ、肉が擦れるのが分かった。
 だけど、諦めない。諦めてたまるものか。
 あの子がどこぞの男の毒牙にかかるかもしれないのに、何もせず見過ごすわけにはいかない。
「ええ、行ってらっしゃい」
 扉の向こうから声が聞こえた。俺を縛り付けた張本人。
 縛られる理由など俺にはない。絶対にない。
 過保護? 馬鹿なことを言うな。自分の子供を心配しない親がいるものか。
「……お父さん、行ってきます」
 ちくしょう。猿ぐつわを噛まされているから扉の向こうにいる娘に返事できない。
 あと五分、いや三分あれば噛みきれる。
 でもそれだけあれば、あの子は家から出て行ってしまう。
 そして、俺の知らない誰かと一緒に今日の夜を過ごすのだろう。
 許せることではない。まだあの子は高校生なんだ。嫁入り前の大事な体なんだ。
 相手は、最近よく話題に上るあの男か?

328 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2008/02/04(月) 06:02:00 ID:ryJwY4ic
「ぐ、ぎ、ぐうぅぅぅぅ!」
 お前さえ居なければ、娘はもっと道場に来てくれるのに!
 今では平日に一時間、土曜日は二時間だけしか居てくれない。
 日曜日と祝日なんか顔も出してくれないんだぞ。
 それなのに技が鈍るどころか数段鋭くなっているという事実が、なおさら俺を苛立たせる。
 一体どんな魔法を使ったんだ。恋の魔法、か? ――馬鹿を言うんじゃねえ!
「気をつけてね。どこかに泊まるときは」
「……ちゃんとお父さんの携帯に電話します。それじゃあ」
 無情にも玄関の閉まる音がした。
 間に合わなかった。もう終わりだ。娘が傷物にされてしまう。

 閉ざされていた部屋のドアが開いた。
 入ってきたのは妻。扉を閉めると同時にため息を一つ吐く。
「相変わらずですわね、あの子は。
 やっぱり、クリスマスイブだからって変わったりしませんよね」
「ぐうぅ! むう、ぅう!」
 早く縄を解け! 今ならまだ間に合う!
「だめですよ。今日は家に居てもらいます。
 せっかくお堅いあの子が自分からデートに誘おうとしているんですから。
 どんな夜を過ごすのでしょうね。きっと若者らしく、ロマンチックな雰囲気で……」
 させるものか! 結婚するまであの子は清いままでいるんだ!
 一層強くあがくと、妻がもう一枚猿ぐつわを噛ましてきた。
 手足に巻いてある緩んだ縄まできつく縛り付けてきた。
「あの子は、多分夕方頃に帰ってくるでしょうから、あなたにはそれまでそのままで過ごしてもらいます。
 きっと、そっとしてあげるのがいいんですよ。だってあんなに嬉しそうな顔は久しぶりですよ。
 優花さんが居なくなってから、あの子はいつも表情に陰がありましたけど、今は心から笑っている感じです。
 うまくいくといいですね。あの子と、クラスメイトの男の子」
 それは、確かにそうだ。
 優花――俺にとって最初の妻――が病気で亡くなって、娘の元気はしおれてしまった。
 目の前にいる妻は後妻だ。
 娘は二人目の母親には懐かなかった。自分から避けているようにも見て取れる。
 優花にするように甘えたりはしないだろうとは思っていたが、まさか他人行儀に接するとは思わなかった。
 再婚してからは、俺に対してもどこか冷めた対応をするようになった。
 まるで娘の体を通して、優花が俺を責めているようにも感じられた。
 
 その態度が明らかに変わったのは一ヶ月か二ヶ月ぐらい前のこと。
 高校に入った頃から少しずつ態度は温かくなってきていたが、近頃は太陽みたいになっている。
 多分そのころから例の男と付き合いだしたのだろう。
 娘の心の支えになってくれたのは感謝したい。だが、淫らな行為をするのは絶対に許さん。
 心配だ。無理矢理行為を強要されたりしないだろうか。
 本当は騙されているんじゃないのか? 
 どこかの変態どもに目を付けられたりしていないか?
 もしかして今頃、若い女をさらう犯罪組織に捕らえられたりしていないだろうか?
 ああ、もう! 早く駆けつけたい! 娘に近づく汚らわしい奴らを一掃したい!
 心配だ、心配だ、心配だ、心配だ、心配だ!

「いんぅあいあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーー!」

329 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2008/02/04(月) 06:03:22 ID:ryJwY4ic
*****

 二学期最期の一日が終わった本日はクリスマスイブである。
 高校生はまだ親に養ってもらっている者たちがほとんどだ。社会的に見れば子供だ。
 しかし子供であろうがなかろうが、色めき立つのは何歳になっても変わらない。
 同じクラスの西田君は遊びに誘ってきた五人ほどの女子にもみくちゃにされていた。
 争いが終わって最後に立っていたのは、凄絶な笑みを浮かべている三越さん。
 気絶していた西田君は彼女に引きずられてどこかへと連れて行かれた。
 我がクラスの担任であり、図書館に住まう沈黙の女神として一部に大受けの篤子先生は相変わらずで、
通信簿を渡した後で今年最後の挨拶もそこそこに職員室へ向かい、湯飲み片手に文庫本を読んでいた。
 高橋はそんな担任になんと言って声をかけるべきか迷い、職員室前の廊下と男子トイレを行ったり来たり、
ときどき人や壁にぶつかって頭を下げたり、フルカラーのサイレント映画を一人で演じていた。
 結局高橋が篤子女史を誘えたのか、観察に飽きた俺にはわからない。

 早く帰りたい気分だったのだ。
 葉月さんに声をかけることもできなかった自分の情けなさに落胆していた。
 葉月さんとは文化祭以来、話を何度かしているものの進展はない。
 むしろ、機会は減っている。俺が積極的に話そうとしないから。
 花火の頬を切りつけ、誰かを傷つけたという過去の記憶が甦ってからそうなっている。
 そのときの真相があれから何一つ明らかになっていない。
 妹は昔のことをあまり覚えていない。その頃はまだ小さかったからだろう。
 父と母に聞いてもあてになりそうな答えは返ってこなかった。弟に聞いても同じ。
 深く追求したら教えてくれるだろう。弟はともかく、両親は。
 一言、俺は誰を刺したんだ、と聞くだけでいい。
 でも、聞く勇気が俺にはない。

 怖い。
 もしあの記憶が真実で、誰かに取り返しのつかない傷を負わせ、人生を狂わせてしまったのではないかと思うと、
目の前がが真っ暗になって何もすることができなくなる。
 すでに花火の頬に消えない傷を付けてしまっているのだから、十分にあり得る。
 花火には二度と近づくなと言われた。それは罪を償うこともできないということ。
 贖罪すらできないなら、罪人はどうすれば赦されるのだろう。
 このまま、ずっと忘れた振りを続けていけたらいいのかもしれないが、俺にそんな真似はできそうにない。
 いつも心の中で罪の意識を抱えた状態で生きていくことになる。
 いくら考えてもいいやり方が見つからない。袋小路の中に、今の俺はいる。

330 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2008/02/04(月) 06:04:40 ID:ryJwY4ic
 布団の上に寝転がり天井を見上げていると、自室のドアがノックされた。
 父と母は朝からどこかへ出かけている。妹はまだ学校から帰ってきていない。
 ドアの向こうにいるのが弟だと予測し、俺は言った。
「何の用だ? 弟」
「あ、いたんだ? ちょっと入るね」
 ドアが開く。顔を出したのはやはり弟。
 しかし今日のこいつはひと味違う。
 かっこよさの数値が跳ね上がりそうな服を着て、めかし込んでいる。
「その格好はどうしたんだ――って、そっか。今から出かけるのか」
「うん。たぶん帰りは遅くなると思う。だからご飯は用意しなくていいよ」
「そうか」
「用事はそれだけ。……なんだけど、さ」
「ん? なんだ?」
 言いにくそうに目を伏せている。
 いきなり表情を暗くするな。こちとらさっきまでブルーになっていたんだ。
 もしかして俺が何かしたんじゃないか、とか心配になるだろうが。
「その、兄さんはどこにも行かないのかな、と聞こうと思って」
「なんだ、そんなことか。いちいち俺のことを気にかけるなよ。
 お前はお前で楽しんできたらいい。俺は今年も例年通りだ」
「ずっと家にいるってこと、だよね?」
「ま、そういうことだ」
「それならさ……僕と一緒に」
「断る」
 赤と白に彩られ、ネオンの光を振りまいているクリスマスの町並みを弟と歩くのが嫌なわけではない。
 もちろんそんなのは御免こうむりたい訳だが、弟がどうしてもと言うなら乗ってやってもいい。
 が、弟が今のように誘ってきたのには隠された真意がある。
「晩ご飯、おごるよ?」
「いらん。今日は食べる気分じゃない。そもそも今日みたいな日に外で食えると思ってるのか」
「予約してるから大丈夫」
「どうせ、お前と女の子の、二人分だろ」
「ううん。ちゃんと三人で予約してるから……って、あ…………」
 はい、バレた。
 弟が何を仕込んでいるか、読めない俺ではない。
「予約してくれたのに悪いのだが、行かないぞ」
「……どうしても?」
「どうしてもだ」
「そう……わかった。じゃあ、行ってくるね」
 そう言って弟は部屋から出て、ゆっくりとドアを閉めた。
 足音が玄関の方へ向かっていき、少しの間を置いて玄関の開く音がした。

331 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2008/02/04(月) 06:05:47 ID:ryJwY4ic
 ここでようやく、俺はため息をはき出せた。
「どんな顔をしてあいつに会え、って言うんだよ……」
 弟がしたかったのは、俺と花火を仲直りさせること。
 文化祭で数年ぶりに再会した俺と花火は、お互いに目頭の熱くなるような感動を覚えなかった。
 俺に罪の意識を思い出させ、花火に熟成された憎悪を表出させるというマイナスの結果しかもたらさなかった。
 弟はそれがわかっていたから、俺と花火を会わせまいとしていたのだろう。
 その努力を無駄にしてしまった俺は馬鹿だ。
 きっと弟は、俺と花火、二人ともに気を遣っていたのだ。
 俺に昔の出来事を思い出させないために。
 花火にこれまで通り穏やかに過ごしてもらうために。
 何も知らなかったとはいえ、俺のやったことはあまりにうかつだった。
 弟が居れば、確かに花火と話し合いをすることができるだろう。
 だけど、花火の俺に対する憎しみは、弟の顔に免じて許せるレベルのものなのか?

 ――そうは見えない。
 顔に目立つ大きな傷を付けられたというのは、男ならともかく、女にとっては大きな損失だ。
 花火が一見して不良のような容姿をしているのは、頬の傷と無関係ではないだろう。
 きっとあの傷を見たら、初対面の人間なら引いてしまう。誤解をする。
 誤解されるぐらいなら、と考えて人と関わらなくなり、そしていつの間にか孤立していき、
仲のいい人間が弟だけになったとしても、何の不自然もない。
 そんなあいつに俺がしてやれることは……きっと、何もない。
 花火は俺に何かを望んでいない。顔も見たいと思っていない。
「それでも、いいのかもな」
 文化祭で再会する以前のように無関係の態度を貫いていけばいい。
 何年か経って、もし弟と花火が一緒に暮らすようになっても放っておけばいい。
 そうだよ。再会する前の状態に戻っただけさ。
 別に何もおかしくないじゃないか。
 近くに居ても一言も話したことのないやつだって、学校には居る。
 そのうちの一人が花火だったとして、何が悪い?
 悪くない。何も悪くない。
 もう俺は最悪のことをしてしまっているんだ。
 なら、それ以上傷を深くしないよう努めるのが、やるべきことだろう。
 下手に触れてしまってはいけないんだ。

 本当は、こんなことを考えている時点で放っておけてないんだけど。
 もう一遍、記憶喪失にでもなってくれたらいいのにな。

332 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2008/02/04(月) 06:07:30 ID:ryJwY4ic
*****

 考え事をしていたら、どうやら眠ってしまっていたらしい。
 部屋の中は真っ暗。カーテンは常に閉めっぱなしになっているが、隙間から明かりが漏れないところから見るに、
すでに夕方になってしまったようだ。
 今、何時だ?
 蛍光灯の明かりを点けるため、天井から垂れている紐を手探りで探す。
「ん、と……お、これか」
 手の中に紐の感触があらわれた。紐を握り、下へ向けて一回引く。
 点灯管が輝き、蛍光灯が三度瞬き、部屋中が照らされる。
 机の上に置いていた置き時計が六時半を指していることを確認した。
 弟にはああ言ったが、やはり腹が減っている。
 そういや、昼飯も食ってなかったっけ、今日は。朝飯、食ったかな……?
 いいや。今から三食分摂るつもりで晩飯を食べることにしよう。
 でも、冷蔵庫の中に上手いこと残り物があるだろうか。
 今日はスーパーなんか混むだろうし、買い物には行きたくない。
 レストランにて一人で食べるのに抵抗はないが、まず座れまい。
 とすると、コンビニか。めぼしいものが残ってたらいいが。

 財布をポケットに突っ込み、コートを羽織る。
 部屋の明かりを点けっぱなしにしたままドアを開け、玄関へ向かう。
 ふむん? 玄関マットの上に何か転がっている。
 結構大きい。人間サイズ。毛布か布団が丸まっているようにも見える。
 なんだろう。サンタがやってきてプレゼントでも置いていったのか? 
 それとも余りの激務で疲れ果てたか、仕事をボイコットするかしたサンタが上がり込んだか?
 おそるおそる、玄関の明かりを点ける。すると、そこにいた人物の正体が判明した。
「うぅ……お兄ちゃん? 帰って、きた……やっと! お兄ちゃんっ!」
 転がっていたのは妹だった。そして、どういうわけか制服姿だった。
 どうやら俺が弟だと勘違いしているらしく、いきなり顔も見ずに抱きついてきた。
「待ってたんだよ、私。帰ってきてからずっと、お兄ちゃんが来るまでここで待ってようって決めてたんだ。
 でも、遅いよ。寒いし、暗いし。だから、暖めてくれると嬉しいなぁ?」
 そうかそうか。よし、お兄さんで良ければ――――って、違うだろ。
「あー……妹。ちょっと顔を上げてくれないか?」
「あれ? お兄ちゃん、風邪でも引いちゃった? なんだかいつもより声が低いよ?
 それにいつもと匂いが違うし」
 中学三年生の女の子が、匂いがどうとか言うんじゃない。
 まあ、この妹ならそれぐらい嗅ぎ分けがつくだろうけどさ。
「ねえ、どうして今日は頭を撫でてくれないの?
 私がこうしたら、いつもやめてくれ、って言って撫でてくれるのに。
 もしかして、今日はずっと抱きついててもいいの? クリスマスプレゼント?」
 そんなことしてやがったのか。妹がこうなったのに弟が一枚噛んでいるという疑いが浮上してきた。
 妹は股間のブツに触れることなく頬ずりをしてくる。
 この状況は俺にとってレアそのものだが、俺はシスコンではないのだ。
 されても別に嬉しくなんかない。……うん、目が潤んだりしていないし。
 早く妹を振り解こう。これ以上続けていたら妹に悪い。

333 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2008/02/04(月) 06:09:18 ID:ryJwY4ic
 咳払いをしてから、弟の口調を真似して優しく声をかける。
「あー……あのさ。僕の顔をちょっと見てくれない?」
「どうして?」
「何ででも。ていうか、早く見て欲しいな、なんて」
「変なお兄ちゃん。いいよ、私は毎日毎時間毎分毎秒見続けても構わ、な……い…………んだ、から?」
 顔を上げたまでは普段通りであったが、俺の顔を見た途端に少しずつ声が小さくなっていった。
 なんと言ったものか。今の妹の顔を例えるなら、クリスマスプレゼントはトリコロールカラーで塗装された
ロボットのプラモデルを買ってきてほしいと父親に頼んだものの、買って来られたものをよく見たら、
「これじゃない!」と怒鳴りたくなるような代物だった時の顔、とでも言おうか
 うむ。妹が待ち望んでいたのは弟だったが、実際に現れたのは俺だったりするところが似ている。
「ふぁ、ふぁ…………」
 妹は俺の顔を見つめたまま呟きだした。
 顎は小さく震えている。たぶんそれは寒さのせいではあるまい。
 今日は一日中ずっと快晴らしい。きっとこの辺りの空にも星が輝くであろう。
 クリスマスに雪が降るとロマンチックな気分になるという。
 でも、クリスマスには雪の白とは別にもう一色、ふさわしい色がある。
 すなわち、赤。夕焼けの赤、トマトの赤、血の赤。
 白と赤は慶事ののしなんかにも使われている。いいイメージを抱かせる組み合わせなのだろう。
 でも、どうして今の妹を見ていると悪い意味での赤を連想してしまうのだろうね?

「ふぁ、き……」
「ふぁ、き?」
 妹の呟きはもはや理解不能の域にまで達していた。
 跪いた状態から立ち上がると、俺と向き合った。顔は伏せたまま。そして拳は固められたまま。
 右と左、いったいどちらから暴力が飛んでくるのかと俺は待ちかまえた。当然、反応して避けるため。
「ふぁ……ファ、ファ……っ!」
 呟きに怒気が混じっていく。
 ああこれは一発で済むことはないだろうな、と冷静な部分が判断した。
 説得に入る。
「落ち着いて聞け。弟は帰ってきてからどこかに出かけていて、家にいないんだ。
 そして何よりさっき俺を弟と勘違いしたのはお前なわけで、俺は何も悪くないというか、
 その拳を早く緩めてくれると嬉しいななんてお兄さんは思うわけで――――」
「このバカ! 妹に欲情する変態兄! 妹に抱きつかれて喜んでんじゃないわよ!
 何なのよその嬉しそうな顔はっ! ファッキン! ファッキン! ふぁあぁぁぁーーっきん!」
 下品な横文字で三回罵倒された後、半身をずらしてからの回し蹴りをお見舞いされた。
 スリッパのつま先にこめかみを貫かれ、俺の脳は激しく揺さぶられた。
 立つこともままならない。俺は膝を着いた後、前のめりに倒れた。
 すると何か柔らかいものに顔が触れた。ぼやけた視界ではそれがなんなのか確認できない。
「なっ! ちょ……どこ触って……や…………」
 妹が何か言っている。頭上から聞こえてくる。
 そうか、この体は妹か。つまり俺は妹の体のどこかに顔を当てている、と。
 でもこのアクシデントが起こったのは俺のせいではない。妹が蹴った結果だ。
 よって、俺は悪くない。顔は動かさない。というか、動けないし。
「ん……この……、いつまでそんなとこに触ってんのよ! そこはまだお兄ちゃんにも触られてないのに!
 サノバビッチ! このっ、さのばびっちーーっ!」
 今度は後ろへ突き飛ばされた。後頭部が床をしたたかに打ち付けた。
 いい感じで記憶喪失になれそうな一撃だった。
 吐き気を催していた気分が、倒れているのと激痛のおかげで覚めていく。
 最近の中学校では嫌いな相手を世界的にポピュラーな言語で罵倒するのが流行っているのだろうか。
 なんてことを考えつつ、俺は目を閉じ、なにかやばそうな単語を吐き捨てて家を飛び出していく妹を見送った。
 正確には放っておいた。

334 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2008/02/04(月) 06:13:05 ID:ryJwY4ic
  
 妹が飛び出していってから数分。
 目眩は少しずつ覚めていき、開け放たれた玄関の扉から吹き込んでくる風が身にしみ始めていた。
 体を起こす。少しばかり鼻の奥が詰まった感じを覚えるが、それ以外は回復していた。
 妹は弟を追っていったと思われる。それから一体どうするのかは知らない。
 急いで出て行ったから、何も持っていないだろう。少なくとも凶器は用意していないはず。
 そもそも俺は弟が出かけたと言っただけだ。花火のことは喋っていない。
 しかし妹のことだ。クリスマスイブに出かけていったという事実がどういうことなのか分からないわけがない。
 妹は弟のファンクラブが存在するという事実を知っている。俺が教えたから。
 そして思ったのだろう。弟に近づく女が確実に存在するということに。
 加えて、今日のようなカップルにふさわしいイベントの日に、弟に遊ぶ相手がいることにも気づいた。
 果たして、家に帰ってきてから弟は妹にどんな言い訳をするのだろうか。
 以前、ファンクラブのことを俺がばらしたときには、そんな人たちはいないよ、の一点張りだった。
 しかし今回はそうは行くまい。
 だって、一人で遊びに行った、では苦しいし、男友達と一緒に遊んでいた、でも無理がある。
 たとえそれが事実だったとしても、妹は納得すまい。
 頑張れ、弟。女の子との修羅場をくぐり抜けてこそプレイボーイだ。
 俺はいつもお前を見守っているから。
 お前の修羅場スキルが高まっていくことを俺は心から望んでいるよ。

 玄関のドアに鍵をかけ、コートのポケットに手を突っ込んだままコンビニへ向かう。
 外は肌を刺すような冷えっぷりであった。首元やズボンの裾から入り込む風がやっかいでたまらない。
 こんな季節でもミニスカートを穿いて外を出歩く女性達の根性は感心すべきだ。
 俺の通う高校の女生徒は登校時にジャージを穿いているが、やはり中には制服のままの人もいる。
 現在確認しているところでは、葉月さん、弟と同じクラスの女子、あと花火もそう。番外として妹も含もうか。
 弟関連の女子については言うまでもないが、それでもあえて言うなら、弟に女の魅力をアピールするため、ということだ。
 葉月さんについては……弟は関係ないのかな。
「やっぱり、俺……か」
 俺のために葉月さんが寒い中でもスカートを穿いていると思うと、嬉しくなる。
 まだ俺は葉月さんにちゃんとした告白の返事を返していない。保留の状態だ。
 以前――文化祭の前まで葉月さんに返事ができなかったのは、自分の気持ちに迷いがあったからだ。

 本当に俺は葉月さんのことが好きなのか? 
 うん、好きだ。性格もいいし、美人だし、俺のことをいろいろ構ってくれる。
 好いているんだけど、そこで混乱してしまう。
 そもそも、付き合いたいって、どういう感じなんだ?
 それって、ずっと一緒にいたいから恋人関係になりたいってことだろう。
 じゃあ、親友と恋人、一体どこが違う?
 高橋は、数字でいうところのゼロでただの友達、イチで親友、という基準とすると、好感度を四捨五入すればイチになるため、親友だ。
 あいつとずっと遊ぶなどごめんだが、他の知り合いよりは無言の間を苦しく感じない。
 暇で暇でしょうがないときに高橋のおごりなら一日中遊んでやってもいいくらい。
 葉月さんは高橋と違い、こっちから遊びに誘いたい。当然、俺が全額持つ。
 この違いが親友と恋人の境目――――ではないんだろうな。
 昔、中学時代に好きだった女の子。あの子に対して、俺はもっと積極的な気持ちを向けていた。
 なるべく目を引きたくて髪型を変えたり、毛抜きを使って眉毛を整えたりした。
 席替えの時は隣か後ろの席になりたかった。近くであっても前の席だけは嫌だった。自分の目であの子を見たかったから。
 そんな日々を過ごしているうちに、あの子から呼び出され、付き合って欲しいと言われた。
 そして一ヶ月経つか経たないかのうちに、あの子は本性を現して俺を振った。
 結果はともかく、あの子に向けていた感情こそが異性に抱く好意、というものだろう。
 あの時のような好意を葉月さんに抱いているかというと、否だ。
 あそこまで今の俺は夢中になっていない。
 こんな半端な気持ちで告白なんてできるわけがない。

335 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2008/02/04(月) 06:14:57 ID:ryJwY4ic
 文化祭が終わってからは、花火との一件もあり、積極的に近づくことすら難しくなった。
 罪の意識が、お前に葉月さんはふさわしくない、とささやいてくる。
 その言葉に翻弄されているのは事実だ。半端な気持ちと、罪の意識が俺の思考をいつも止める。
 今こうして歩いているように、淡々と歩を進めることができないのだ。

 家から一番近い場所にあるコンビニの光が見えてきた。
 首都圏では成人が歩いて五分かかる距離を空けてコンビニが建っているというが、本当なのだろうか。
 家を出て、住宅街に入り組んでいる路地を歩いて、車の通りが頻繁にある国道沿いを歩き、
行く手をさえぎるかのように存在する坂道を上らなければコンビニに行けない俺にとっては眉唾物の説だ。
 時間的には、急いで二十分少々、ゆっくりなら三十分はかかる距離。
 スーパーはそれよりもう少し遠くにある。いつもこれでは買い物に行くのも億劫になる。
 住んでいるところは市町村の区分のうちでは一番大きい市である。
 しかし上手いこと、商店街を安全過ぎる圏まで避けるかたちで家が建っているので、現状に甘んじている。
 楽をするために原付の免許が欲しい、と考えたこともある。
 だが、免許をとることはできても肝心の単車を買うことができそうにない。
 クラスにいるバイク好きの中野君は、三万円で中古を買った、と言っていた。
 それならなんとか俺でも買えるな、と思ったのも束の間、続けて中野君は、新車なら二十万近くするんだけどね、と言ったのだ。
 どうやらバイクというものは俺の想像以上に高価なものであるらしい。
 というわけで、買い物を楽にする計画は敢え無く断念することになった。
 俺が楽をするには住む場所を変えるなどしなければ無理なようである。

 外から覗き見たコンビニの店内は意外なことにあまり人がいなかった。
 タイミングが良かったのだろう。買い物をするには絶好のチャンス。
 店内へ入ろうとした時、聞き慣れた着メロが鳴った。
 わずかな音量で鳴ったそれは間違いなく俺のものである。
 二年前に放映されていた戦隊もののオープニング曲を着メロにしているのは俺ぐらいのものだ。
 着信したのはメール。送ってきたのは葉月さん。用件は俺の所在を聞くものだった。
 葉月さんは以前俺の家に来たことがある。ということは通り道になっているコンビニの場所も知っているはず。
 居場所を記したメールを送る。程なくして返信のメールがあった。
 用事があるのでそこで待っていて、というものだった。
 むう。それは別に構わないのだが、どうせ訪ねてこられるなら自宅で迎えたいものだ。
 その旨を本文に打ち込み、送信しようとしたとき、コンビニから男女が出てきた。
 出てきたのは若者同士のカップルではない。男は中年。女は若い――というより若すぎる。
 中年男が女の子の前に回り込んだ。出入りする人間にとって実に迷惑な位置で話し始めた。
「これから何の予定もないんでしょ?」
「いいえ、忙しいんです、アタシ」
「いいじゃない、晩ご飯ぐらいなら。ね、そんなに時間はとらせないから」
「嫌だ、って言っているじゃないですか」
 肩の上でカットされた短めの髪に、妹より低めの身長に、絵に描いたように整った顔のパーツ。
 サラリーマン姿の中年男を冷たい態度で断っているのは、中学生のようである。
 が、彼女が中学生じゃないということは知っている。だって彼女は知り合いだから。
「彼氏を捜しているって言ってたよね。
 でも、さっきからずっと歩いていて見つからないんだから、約束をすっぽかされたんじゃないの?」
「ちっ……」
 コンビニの外に設置されている電話ボックスの後ろに隠れながら様子を観察する。
 女の子はポケットに手を突っ込んでいる。おそらく、凶器をポケットの中に用意している。
 止めようかとも思ったが、相手はいい年して県条例に違反するようなおっさんである。放っておくことにした。

336 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2008/02/04(月) 06:17:31 ID:ryJwY4ic
 女の子が歩き出した。男も並んで歩く。二人と入れ替わりに、体を入り口へと割り込ませる。
 このコンビニのドアは自動ドアではない。ドアの取っ手を掴んで奥へと押す。
 そして、女の子にばれないよう店内へ。
 よし、このままばれなければ――。
「いらっしゃいませー! こんばんは!」
 途端に、無駄に威勢のいい店員の挨拶が飛んできた。
 その声量とタイミングは思わず俺の体をびくつかせるほどのものであった。
 かくれんぼが台無しである。
 挨拶をするなとは言わないが、もうちょっと小さめに、小鳥がさえずるぐらいの音量で頼む。
「あぁっ! 見つけたっ!」
「ぁ……っちゃぁ……」
 驚きの声が背後であがる。嫌な予感がした。そして絡みつくような視線も感じる。
 逃げようと思ってももう遅い。すでに俺と彼女を隔てるものは透明なガラス製のドアだけだ。
 仕方がない。観念しよう。きっとこんな場所で、今日という日に会ってしまったことも何かの縁なのだ。
 嫌なイベントのフラグを立ててしまったのでなければいいのだが。

 暖房の効いた店内から冷え込んだ外へと出て行く。
 そこに待っていたのは道行く人たちの好奇の視線と、おっさんの苦虫を噛み潰したような表情と、
世間知らずの男なら十人中十人は詐欺に引っかかってしまいそうな笑顔を浮かべる澄子ちゃんだった。
「先輩! もうどこに言ってたんです? ずっと捜してたんですよ?」
 いつのまにそんな約束をしたんだろう、なんて思ったが、すぐに思い直した。
 澄子ちゃんがどういうつもりでこんなことを言ったのか、自発的に理解できない俺ではない。
 本日二度目となる弟のモノマネで相手をする。
「ごめんよ。さっきまで寝ていてさ。今来たところ」
「もう、仕方ないですね。でも来てくれて良かったあ。アタシも今来たところなんですよ」
 その切り返しは、さっきおっさんに付きまとわれていた様子からは苦しいんじゃなかろうか。
「ねえ、せぇんぱい?」
 突然澄子ちゃんの声が甘ったるいものに変わった。
 ホワイトチョコとイチゴチョコを混ぜそれをホットチョコレートにして角砂糖を十個くらい投入し、
付け合わせに出てきたミルクとシロップまで突っ込んだぐらいの甘さ。
「遅れて来たんだから、その分の償いはしてもらわないといけないですよね?」
「ああ、そうだね。ごめんよ、気がつかなくて。僕にできることならなんでもするよ」
「え、何その喋り方……あ、彼の真似してるのか」
 似てないですね、と小さな声で言われた。そんなこと言われなくてもわかっている。
「えっとぉ、あとで二人っきりになったとき抱きしめてもらうのは当然としてもぉ……、
 澄子、今すぐ暖めて欲しいな、なんて思っちゃったなんかするんですよね」
「ぐ……!」
 内臓のてっぺんに重量物。有り体に言えば衝撃を感じた。
 たとえ演技だと分かっていても、その男を魅了する笑みと甘い声を前にしては、自制することさえ困難になる。
 なんと返事しよう。このまま流れに乗っていけば……澄子ちゃんとキスできる?
 いやいやいや、いやいや。嫌なわけではないが、これは演技なのだ。本気になってはいけない。
 そもそも、澄子ちゃんは弟のことを一途に思っている。俺のことなんか好きな人の兄としてしか見ていない。
 だが、それならそれで俺を惑わすようなことをしないで欲しい。
「抱きしめてもらえません? アタシが力を抜いていても倒れないくらいに、力強く」
 この状況を切り抜けるためとはいえ、好きでもない人間に対してここまでできるなんて。
 もし、澄子ちゃんと弟が恋人関係になったらどこまでバカップルになるだろう。
 人混みの中でも、小さな子供に見せられないようなことをやらかしてくれるかも。
 そんな状況であたふたする弟も見てみたい。花火とくっついたら接近することもできないし。
「早く、シてください。澄子、寒くって……先輩の熱が欲しくて、体が疼いて仕方ないんです」
「ああ、わかったよ。それじゃあ、遠慮無く…………」
 流されるまま、俺は澄子ちゃんの体を抱きしめるために両手を広げた。

337 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2008/02/04(月) 06:20:13 ID:ryJwY4ic
 がつんと一発殴られた。今回は左のこめかみではなく、右顎だった。
 脳の中身が、たぷん、と揺れるような気がした。
 膝に力を入れるより早く、俺はその場に尻餅をついた。
 澄子ちゃんの得意武器であるボールペンで貫かれなかっただけマシかもしれない。
 あれを受けていたら流血する羽目になっていただろう。
 しかし、澄子ちゃんに合わせて演技していただけでここまでいいものをもらう謂れはない。
 文句を言おうとして顔を上げたら、澄子ちゃんは確かに目の前にいた。
 ぽかんとした表情で俺ではなく、俺の右側を向いていた。
 あれ、今のは澄子ちゃんがあまりの嫌悪感を覚えた故にとった行動ではないのか?
 では、一体誰が俺の顎を打った?

 目を右側へと泳がせる。確かにそこに人がいた。
 文句を言う前に、じっくりとその人物を鑑賞する。
「……ほう」
 感嘆のため息が漏れ出たのは、相手の格好と体型が非常にマッチしていたからである。
 まず、闖入者の格好はミニスカサンタスタイルだった。
 なんと、手抜きすることなく、白い袋まで右肩に担いでいた。
 空いた左手は固く握りしめられていた。おそらくはあれが顎を打ち抜いたのだ。
 目元まで帽子を被っているせいで顔は下半分しか見えない。
 肩にはケープが乗っていて、その下から細い腕が伸びている。腕が嘘みたいに真っ白だ。
 細い胴と滑らかな腰の間で衣服が分かれていない。ワンピースを着ているらしい。
 そのワンピースから伸びるフトモモが、膝上三十センチまでさらけだされている。
 そして、俺のアングル――しゃがんだ状態――からは神聖な領域がばっちり見えている。
 ふむ、黒……か? 夜だから色の区別がつかない。
 個人的にはストライプだったら嬉しい。だが今はそんなことを望んでいる場合ではない。

「あんた、一体誰だ?」
 ミニスカサンタは答えない。ただ、拳が震えているところから腹を立てているということは分かる。
「変な格好をして、いきなり殴りかかるなんてどうかしてるぞ」
「そ、そうですよ!」
 調子を取り戻したらしく、澄子ちゃんが割り込んできた。
 本当は違うけど、と前置きして澄子ちゃんが言う。
「アタシの彼氏になんてことするんですか!」
 サンタの肩が小さく揺れた。
「か、れ、し」
「そうです。誰だか知らないけど、こんなことをしたからにはそれなりに覚悟してください」
「黙れ……この、泥棒猫。泥棒猫ォッ!」
 サンタが突然袋を振りかぶり、澄子ちゃん目がけて殴りかかった。
 澄子ちゃんはそれをバックステップで回避すると、コートのポケットに手を突っ込んだ。
 手を外気にさらしたとき、その両手にはボールペンが握られていた。
 片手に四本ずつ。指と指の隙間を一つも無駄にしていない。
「せいっ!」
 片手を振りかぶり、投擲。煌めく光の筋を描き、ミニスカサンタへと向かっていく。
 上体を反らし、サンタが避ける。とてもゆっくりで、余裕たっぷりの動きだった。

338 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2008/02/04(月) 06:22:42 ID:ryJwY4ic
「まだまだですよっ!」
 次は両手を振りかぶり、交差させる。
 その動きでもボールペンは飛んでいったが、それには続きがあった。
 澄子ちゃんは続けて両手を上下に、左右に、斜めに振り回しながら投げ続ける。
 しかし、ただ投げ続けているわけではなかった。
 投げると見せかけて投げない。フェイントを織り交ぜている。
 加えて、回転しているせいでコートが浮き、腕の動きを読めなくしている。
 コンビニが振りまく明かりをボールペンが反射する。
 光が走る。澄子ちゃんの体のいたるところから飛び出していく。
 軽快にステップを踏む様はダンスを踊っているようだ――なんて、よくある喩えもしたくなる。
 俺は目の前の光景に目を奪われていた。
 そして、サンタの動きにも目を疑った。

 赤い帽子を目深に被ったまま、サンタは全て避けていた。全弾、直撃していない。
 ゆらりゆらりと体を振り、ふらふらとした足取りで澄子ちゃんへと接近していた。
 直撃コースをとったボールペンは腕で払ったり、ケープでガードしていた。
 なんで、帽子を被っているのに避けられる?
 帽子に穴を空けているとしても、視界はかなり遮られているはずなのに。
 まるでボールペンがどれだけの速度で、どんな角度で、どれほどの威力を持っているのか、
あらかじめ悟っているかのような動き。
 武道の心得などないのだが、この動き、見た覚えがある。
 どこだっただろう。そんなに昔ではなかったような気がするのだが。

339 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2008/02/04(月) 06:24:24 ID:ryJwY4ic
 気がついたら澄子ちゃんの攻撃は止んでいて、サンタも足を止めていた。
 そして、二人を遠巻きに見るギャラリーがびっしりとできていた。
 ボールペンの軌道の先にはもちろん誰もいない。
 澄子ちゃんを誘っていた中年男の姿はない。
 すでに逃げたのかもしれない。しかし、もし人混みに紛れていたとしても、もう誘う気など失せているだろう。
 これでアトラクションが終わった、とでも受け取ったのか、観客から拍手が沸き起こる。
 澄子ちゃんが恥ずかしそうに顔を伏せた。
「うぅ……なんでアタシがこんな目に…………あ!」
 顔を上げると強い瞳でサンタを睨みつけた。人差し指を突きつける。
「そうですよ! あなたがいきなり殴りかかってくるのが悪いんです! アタシは何にもしてません!」
「……嘘を、吐け!」
 サンタは低音の声で叫ぶと、担いでいた袋を地面に叩きつけた。物が壊れるような鈍い音が聞こえた。
「お前がその人を惑わした! それが私には許せない!」
「なっ……あんなの演技ですよ! 白状しますよ、しつこいナンパを避ける口実を作るためにくっついたんです!
 先輩は彼氏でも何でもありません。アタシが好きなのは先輩の弟さ――」
「問答無用!」
 踏み込んだサンタが袋で殴りかかる。
 動きをとることもできず、澄子ちゃんは鼻先を掠められた。
「私からその人を奪うことは許さない! 許さない! 許さない!
 今度はずっと離れない! お母さんの時みたいに、離ればなれになったりしない!
 そのためなら……そのためならっ!」
 二人の間合いがゼロになった。サンタが一足飛びで間を詰めたのだ。
「私は自分の全力を賭して、戦う!」
「こ……のっ! しつこいんですよ! 真冬のミニスカサンタなんて、今更男に受けるもんですか!」
 澄子ちゃんの真上への蹴りが飛ぶ。顎を狙ったその一撃は易々と避けられた。
 観客が小さな歓声をあげる。スカートの中身が見えるとでも思ったのだろう。
 スパッツを穿いているから期待しているものは見えなかった。
 澄子ちゃんは一瞬の隙をついて肩に乗せられた手を振り解くと、サンタの後方へ向けて駆けだした。
 もちろんサンタもその背中を追う。 
「待ちなさい! 逃がさない! 思い知らせるまでは、絶対に!」
「ああ、もう! 彼は見失うし変なサンタに会うし! 今日はろくでもないことばっかりですよ!」
 後輩と正体不明のミニスカサンタは驚異的な足運びで最高速度に達し、その場から姿を消した。

 観客は二人が去ったことで誰もが残念そうなため息を吐き出し、解散していった。
 数人はしりもちをついたままの俺に声をかけようとしていたが、結局は誰も話しかけなかった。
 誰もいなくなってから、なんとなくあぐらをかいた。
 アスファルトの地面は冷たかった。
 だが、さっきまで熱気に包まれていた空間に流れ込んできた風の方がずっと冷たい。
 風が少しでも暖かくなることを期待して、呟いた。
「最近殴られること、多くなったなあ。俺……」
 というより、今みたいな暴力的な状況に遭遇することが多くなった。
 昔にやらかしたことのツケが今になってやってきたのだろうか。
 それならこうしているのも、むべなるかな。

340 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2008/02/04(月) 06:26:08 ID:ryJwY4ic
*****

 賞味期限ぎりぎりの弁当とおにぎり、それとなんとなく夜更かしをしたくなったため、菓子を数個購入し、帰宅した。
 玄関の明かりは灯っていた。弟の靴と妹の靴がある。二人揃って帰宅しているらしい。
 リビングへ歩を進めるとテレビの音声に混じって話し声が聞こえてきた。
 ドアを開ける。ソファーに並んで座っているのは弟と妹だった。
「お兄ちゃん、これ高くなかった?」
「気にするなよ、そんなこと」
「無理だよ。気にするって。ねえ、どこで買ったの? こんな時間じゃなきゃ買えないお店って、どこ?」
「あはは、それは……あ、兄さん」
 振り向いた弟は穏やかな表情だった。対照的に妹は汚物を見るような目で俺を見た。
 どうやら――いや、あれは確実に怒っているな。一体俺はどこに顔を埋めてしまったのだろう。

 妹の手に握られているのは銀色のペンだった。もう一本、同じようなものが机に転がっている。
 見ていると澄子ちゃんとサンタの攻防を思い浮かべてしまう。
 まさかさっきのあれを見ていて、現場から拾ってきたとかじゃ、ないよな?
「ちょっとごめん。兄さんにもあげてくるから」
「えー……私だけじゃなかったんだ」
 残念そうに呟く妹を置いて、弟が近づいてくる。
「はい、兄さん。クリスマスプレゼント」
「お、おお……サンキュ」
 弟が差し出した細長い箱を受け取る。中身を取り出すと、二本組のシャープペンとボールペンが入っていた。
 クリップの部分に名前のイニシャルと名字がローマ字で刻まれている。
 弟が耳打ちしてくる。
「それ、クラスの女の子に頼んで掘ってもらったんだ。妹には黙っててね」
「その子って、もしかして、木之内澄子ちゃんか?」
「あれ、知ってたの? そうだよ。その子に頼んだんだ」
 なるほど。ということはこのペンのいずれかがああいった用途に使われることもあったというわけか。
 手のひらに乗せてみる。百円ショップで売っているような安っぽい代物とは違い、重量感がある。
 これなら確かに武器としても使えるな。うむ、物騒きわまりない。日常に潜む恐怖。
「でも、どうやって妹の名前を彫ってもらえたんだ?」
 妹の名前を彫ってくれと頼まれても、澄子ちゃんは引き受けないと思うのだが。
「そこは大丈夫。名前はイニシャルだけでしょ? おばあちゃんの分って言ったら引き受けてくれた」
「……ほっほう」
「でも良かった。プレゼントを用意してて。
 プレゼントを取りに行ってた、って言い訳をしたら妹も機嫌を直してくれたよ」
「へえ、ぇ…………」
 口がひくつくのを抑えきれない。この弟はどこまで計算高いんだろう。
 イニシャルについてはまあいい。俺でも思いつく。
 だが、あらかじめプレゼントを用意しておき、クリスマスイブに出かけていた理由を問い詰めてきた妹には、
プレゼントを受け取るためだった、と言い張る。
 仮に俺が同じことをやっても信じてもらえまい。
 自分に寄せられている信用を利用したとしても綱渡りになるはずなのに、それを弟はあっさりとやってのける。

「お前……」
「ん?」
「い、いや……なんでも、ない」
 弟の笑顔の影に言いしれぬ恐怖を覚えた。
 これが天然の強さか。ぱっと見では緑の草原が広がっているのに、一歩でも踏み出すと使われていない井戸に
足を突っ込んでしまいそうな危なさを潜めている。

341 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2008/02/04(月) 06:27:02 ID:ryJwY4ic
「兄さん、それは?」
 弟が俺の手元を見た。左手にはコンビニの買い物袋が握られている。
「ああ、安物だが、俺からのクリスマスプレゼントだ。ポテトが二袋と、クッキーの箱が二つ」
「え……嘘」
 弟が視線を上下させる。せわしなくまばたきを繰り返している。なんだ、この反応は。
「兄さんがプレゼントをくれるなんて……今日、何かあったっけ」
「クリスマスイブだろ。どうした、俺がこういうことをしちゃだめか?」
「いや、だって。初めてだよ」
「そうだったか? 一度くらいはあっただろ?」
「無いよ。一回も無かった」
 断言された。ここまで言うからには事実なんだろう。
 そういえば、誕生日プレゼントを贈った記憶もないな。なんだか自分が甲斐性なしに思えてきた。
 これからは月イチのペースで缶コーヒーでもおごってやるとしよう。
「それじゃあ、お茶でも煎れよっか。兄さんは紅茶? コーヒー?」
「コーヒーで頼む。インスタントじゃなくてレギュラーで。あと、濃いめ」
「うん、分かった」
 弟がキッチンへ向かった。それを見て、妹もソファーから腰を浮かして弟の傍へ。
 ソファーではなく、床に置いてある愛用のクッションの上に座り込む。
 ガラステーブルの上に両腕と顎を乗せる。
「今日は、疲れた……」
 去年のクリスマスイブはここまで疲れなかったような気がする。
 なぜ今年に限って家で蹴られて倒され、出先のコンビニではサンタに殴られる羽目になったんだろう。
 澄子ちゃんは大丈夫だっただろうか。あのサンタ、相当にしつこそうだったけど。
 そういや、何か約束していたような気がするぞ。
 コンビニに着いたとき、メールで――――。
「ああ!」
「うわ! いきなり何、兄さん?!」
 大きめの皿に菓子を盛っていた弟が袋を取り落とす。
「悪い! ちょっと出てくる!」
「え、あ、兄さん? お菓子は?!」
 返事をする間も惜しい。早くコンビニへ行かねば!
 葉月さんはまだ、あそこで待っているはずだ!

342 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2008/02/04(月) 06:28:50 ID:ryJwY4ic
*****

「……ただいま」
 手足を縛り付けていた縄を柱に擦りつけてちぎり、外へ飛び出そうとしたら、娘が帰ってきた。
 右手には大きな白い袋の口が握られている。残りは引きずってきたようだ。
 着ている服は乱れていない。たが、羽織っている物はカーディガンだけ。
 薄着で、どう見ても寒さをしのげそうな格好ではない。
 娘の表情は沈んでいた。近頃は久しく目にしなかった。こんな娘の姿は。
「どうしたんだ?! 何かあったのか?」
 肩を掴み揺さぶる。うつろな眼差しが少しだけ力を取り戻した。
「お父さん、私…………」
「誰がお前をこんな目に遭わせたんだ? 最近言っていたあの男か? まさか、暴漢に絡まれたのか?」
 否定の動作。
「違う、違うの」
「じゃあ、その有様はどういうわけだ?!」
「私…………どうしよう。……あの、あの人……殴って。本当に手加減なしで、殴っちゃった……」
 なんだって? それは結構、よくやった――――じゃない。
「怪我を、させたのか?」
「してないと……思う。顎、狙って。座り込んだだけだったから」
「本当か? 嘘は吐いていないだろうな?」
 頷いた。この状態で嘘を吐くとは考えにくい。
 もし怪我をさせたなら、それなりの罰を与えなければいけないところだった。そうならなくて良かった。
 でも、一体なにがあった?
 出かけるときはあんなに嬉しそうにしていたのに。

「話せるか? 言えるところまででいい」
「……うん」
 玄関マットの上で体育座りになると、ぽつぽつと話し出した。
「今日こそは決着を付けてやろう、って、思ってたの。あの人と、私の関係に」
「なに?」
 あの男とは決着を付けねばならないような仲だったのか?
 娘と互角の実力者で、今の今までライバル同士だったとか?
 なんだ、そういうことなら怪我をさせても構わないぞ。
 むしろどんどんさせてやれ。若いうちなら回復が早いから。
「それで、今までは手加減をしていたのか?」
「うん。あの人がそうしてくれ、って言ったから。だから私、ずっと踏み込んで行かなかったの」
「それは駄目だな。勝負というのは常に真剣でなければいけない。手加減する必要なんか一切無いんだぞ」
「だって、好きだったんだもん。あの人のこと。……今でも好きだけど」
 娘の言葉が鳩尾に突き刺さる。
 きつい。娘の気持ちがどんなものか知っていたが、ここまで断言されるときついものがある。
 しかも今でも好き、ときた。まだ破局していないということか。ちくしょう。
「それで、メールで呼び出して、会おうと思ったの。場所も予約しておいたし、二人で行こうと思って」
「なんでうちでやらない? ふさわしい場所があるだろう」
「だって、お父さんがいるもん。お父さん、絶対邪魔するもん……」
 真剣勝負の邪魔をするわけがないだろう。まあ、もし顔にかすり傷でも付けたら、骨をぼきりとやってやるがな。
「それでね、待ち合わせの場所に行ったら、あの人……別の女と一緒にいたの」
「何!」
 娘とほんの少しだけでも交際しておきながら、他の女と会っていた?
 しかも決闘の場に連れて行こうとしてやがったのか?
 同じ道を志す者として許せん。来るなら一人で来い。男の風上にも風下にも置けない野郎だ。
「私、腹が立っちゃって……頭があっという間に真っ赤になって、それで、その時に…………」
「不意打ちでやってしまった、というわけか」
 娘は黙り込んだ。この沈黙は肯定ということだろう。

343 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2008/02/04(月) 06:30:23 ID:ryJwY4ic
 困った。
 男のやらかしたことは許されるものではない。全身を引き裂いてもまだ生温い。
 だが、不意打ちで攻撃を仕掛けた娘の行動も褒められたものではない。場外で振るった技はただの暴力だ。
「どうしたらいいの? ……教えて、お父さん」
 娘の弱々しい瞳に見つめられ、つい抱きしめたくなった。もちろんしない。
 好きな男に、嫉妬心故に殴りかかってしまった。男は構える前に殴りかかられて怒っているかもしれない。
 女として、武道家として、見損なわれてしまったかも。
 これからどうすればいいのかわからない。だから、答えを教えて欲しい。

 こういうのは、武道抜きで考えた方がいいのか?
 男としての、父親としての意見。
 そもそも、娘みたいな可愛い女に言い寄られて浮気する男の気が知れない。
 俺が優花にアプローチするには、周りにいる猛者どもを蹴散らさなければならなかった。皆、優花に夢中だった。
 もしかしたら、ライバル不在の状態だから悪いのかもしれないな。
「他の男の存在をちらつかせたらどうだ? 危機感を覚えれば、一途になるかも」
「無理だよ……私、そんなことできないよ。それに、そんなことしたらきっと、引いちゃうよ」
 嘘は吐きたくない、ということか。こんなに一途な子に思われて、幸せ者だなあ、二股男!
 でも、娘はそんな男が好きなんだよな。悩んで、泣きそうになって、それでも付き合いたい。
 まるで、昔の俺を見ているみたいだ。
 優花のことを好きで、優花のことを考えている時が一番幸せだったあの時の俺は、今の娘と似ている。
 俺がとった行動は障害の排除だった。それと、優花に認められるぐらい強くなること。
 性別が逆転しても通用するかはわからない。でも、相手も武の道を歩んでいるなら、もしかしたら。

「男の浮気相手は強いのか?」
「ううん。今日も戦って、決着は着かなかったけど」
「なら、力ずくで追い払ってみろ」
「……いいの? そんなことしたら相手の子が」
「ちゃんとした場で白黒つけるなら、問題はない。俺は許す」
「場……? 二人きりで会って、ってこと?」
「そうだ。そして教えてやれ。男にふさわしいのは自分だと。
 いくらお前が近づいてきても私は負けない。何度でも、私はお前を倒し続ける。最後にあの人の傍で笑うのは私だ。
 俺が若い頃に言った言葉だけどな。参考になるかわからないが」
「負けない……倒す……最後に、隣で……」
 そう。恋は戦いだ。一回しかしていない俺に言う資格はないかもしれんが、実際そうなのだ。
 恋敵は全て倒すべき存在。意中の人に近づく異性全てが敵だと思って疑うべし。
 油断したら即奪取される。一瞬のチャンスを逃さず、活かし、望みを繋げ。
 父親としては複雑だが、邪魔をして娘に嫌われるよりは応援役に徹した方がいい。
 ――優花。成長した娘は、姿はお前、性格は俺そっくりになったよ。
 そこから考えると、いつか娘は家を出て行ってしまうことになるが、俺はそれでもいいと思う。
 だから、俺の元から巣立つまではがっちり守ってやる。
 例の男がろくでもない奴だったら、性格をたたき直してやるから。
 お前の分も、娘は守る。今夜、誓いを新たにするよ。

344 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2008/02/04(月) 06:32:34 ID:ryJwY4ic
「ありがと、お父さん。ちょっとだけ気が晴れた」
 娘は立ち上がった。ちょっとどころか、いつも以上に気が充実している。
「そうか。ところで、腹減ってないか? ご飯は残ってるぞ」
「大丈夫。ちゃんと食べてきたから。――あ、そうそう。お父さん、これあげる」
 娘は放っておいた白い袋を掴むと、俺に差し出した。
「クリスマスプレゼント。何がいいかわかんないから、適当なもの買ってきちゃった」
「俺に? 俺に……くれるのか?」
「うん。期待が外れても恨まないでね」
 すでに予想が外れているよ。娘から何かもらえるなんて、思っても見なかった。
 袋を受け取った俺は、涙をこらえるのに精一杯で顔を上げることすらできなかった。
 娘が二階にある自室へ向かっても、ずっと体の震えが止まらない。
 こんないい子に育ってくれるなんて。やっぱり俺の育て方は間違っていなかったんだ。
 できるなら一生嫁に出さず、一緒に暮らしたい。今立てた誓いがもう倒れそうだ。

 妻に見つからないよう、離れの道場へ向かう。
 明かりを点け、神棚に手を合わせてから、正座して袋の口を開く。
 真っ先に飛び込んできたのは赤。何を買ってきてくれたのかな。赤い道着かな?
 破かないよう慎重に取り出す。最初に出てきたのはサンタの帽子だった。
 これはもしかして、俺にサンタになってほしい、と遠回しに言っているのか?
 高校生になってからも父親にサンタクロースになって欲しいと願うなんて、なんて可愛らしい。
 もちろんいいぞ。幼稚園の頃みたいに部屋に忍び込んでやるからな。
 帽子を被り、続けて上着らしきものを取り出す。
 出てきたのは……なんだろう。腰巻きのようだが、前か後ろのどっちかしか隠れないじゃないか。
 真っ赤な布地を白い毛で縁取った腰巻きを床に置き、最後の一着を取り出す。
 赤い袋? いや、両端には穴が空いている。片方には紐が二つ通っている? 鯉のぼりか?
 違う。これはそういうものじゃない。――服か?
 鯉のぼりもどきを縦にした状態で広げる。そして最上部にさっきの腰巻きを置いてみる。
 これはサンタの衣装じゃない。なんだ、このヒラヒラした部分。まるで娘の制服のスカートじゃないか。
 そしてこの山の連なったような部分、ドレスの胸元に見えなくも無い。
「――――はっ!」
 閃いた。娘は今日、男と会うつもりだった。
 袋を持ち歩いていたということは、この中身も一緒だったはず。
 では、娘はまさか、このやけに短いスカート丈のワンピースを身にまとってその腰巻きを肩に乗せて帽子まで被って、
「今夜、私はあなただけのサンタクロースよ。プレゼントはもちろん……」とか言って迫っていって興奮した男が
ベッドに娘を押し倒してこの衣装を褒めながらあれやこれやそれや色々――――

「うがあああぁぁぁあああっ! 許すもんか! そんなの、誰が許すかっ!
 お前に娘は絶対に渡さん! 家に挨拶に来てみろ! この道場で俺に勝てたら許してやるあああぁぁぁっ!」

 俺は帽子をむしり取って床に叩きつけようとして――やめた。
 だって、こんなのでも娘からもらったものだから。
 俺は丁寧に衣装を折りたたみ、袋に詰めた。
 帽子だけを被った状態で袋を担ぎ、道場の明かりを消し、静かに自室へ戻った。
 そして、止めようとしても勝手にあふれ出してくる涙をうっとうしく思いながら、眠りについた。