103 名前:勇者さま! ◆STwbwk2UaU[] 投稿日:2013/10/14(月) 01:12:44 ID:OilDzLV. [3/14]
強い風が、土煙を伴って俺の頬を打つ。
うつぶせに倒れていた体を起こし、口の中にたまっている土を吐き出す。
半乾きの頭をかきながら立ち上がり、俺はゆっくりと坂上の村を目指した。

頭が血でベットリしてて、上から血を被ったように衣服が濡れていることを鑑みるに、
今回の俺の死因は撲殺。俺の記憶が無いことから、背後からの一撃死。相手はトロル……多分。

――勇者ゲオルグ、774階にてトロルの攻撃に倒れる。
笑えない冗談だ。しかしこれが事実なのだからもっと笑えない。
ため息を吐いて村への道を歩いていると、放牧中のおじさんに声をかけられた。

「おうボウズ!今日も失敗かよ!」

血まみれで意外とスプラッタな格好だというのに、おじさんはまったく気にもとめない。
100回以上死んでるから見慣れたんだろうか。
というか、実にいい笑顔だ。なぜかイラっとする。

「…そうだよ。失敗した。次は成功する。」

俺のムスっとした返事に対して、豪快におじさんは笑い飛ばし、放牧に戻った。
――ついてない。本当についてない。
本来なら、あんなところで死ぬはずじゃなかったのに……
ブツブツと過ぎ去ってしまった未来に文句を垂れていると、向こうから女性が歩いてきた。

「あら、ゲオルグさん……失敗したんですね………」

俺を見つけて嬉しい表情をするが、頭の塗料で何が起きたか理解したようだ。
俺の頭を恐る恐る触りながら、金髪の美女ことシスター・ジネットさんは尋ねてきた。

「あの…痛くないですか?治療いたしましょうか?」

美女に心配されるというのは悪くない。非常に悪くない気分だ。
しかしそれ以上に、美女に失敗したところを見られるというのは、非常に……気まずい。

「全然大丈夫です。死ねば全快ですし!もー元気元気!……というわけで…」

空元気を見せつつ、そそくさと宿に戻ろうとする俺。逃げているわけではない。
これは、戦略的撤退である。
しかし、謎の力が俺を逃さなかった。その力は俺の手から感じる。
ついに俺も勇者としての力が―――!

104 名前:勇者さま! ◆STwbwk2UaU[] 投稿日:2013/10/14(月) 01:13:54 ID:OilDzLV. [4/14]
「…待ってください。私から……逃げないでください。」

謎の力の正体はジネットさん。勇者の力では有りませんでした。
しかも俺の行動を看破。なにこれ。

「べべべ別に逃げてないです。俺はこれから風呂入ってメシ食って明日にそなええ"え"」

言い訳をさせてもらおう。俺は別に吃音症ではない。
予想外のことが起きたのだ。

「ゲオルグさん……ん…こんなに怪我して……」

美女に、横顔を舐められた。
仄かに暖かく、しっとりとした感触がこめかみに当たる。
チロチロと動くその物体に、俺の股間にある伝説の剣は真の輝きを取り戻しそうになった。
慌ててジネットさんの肩を掴み、自分の正面に立たせる。

「ななな…っ!何してるんですかジネットさん!」

自分の顔の温度が上がっている。しかし目の前のジネットさんも結構真っ赤である。

「あ…いえ、その……消毒を……そう!消毒をしたんです!」
さっき全快といった俺の言葉は、なかったことになった………
若干目頭がじわっと来る。

「あ!いえそうではなくて!あのそのつまり!これはですね!――」

―俺はここからさらに帰るタイミングを失い。
ジレットさんの言い訳を数時間聞くはめになった。


「……つまり、寂しすぎてついカッとなってやったと。」

「…お恥ずかしい限りです。」
夕暮れが迫る道端にて、血まみれの勇者と教会のシスターは話し合っていた。

目を回して言い訳をするジレットさんを落ち着かせ、事情を聞いた。
するとなんと、俺がいなくて寂しかったというのだ。
さらに俺が素っ気無い態度を取るので、頭の中が真っ白になったという。
美女に想われるというのは、なんと心地よい事だろう!
それがシスターとしての優しさであるという現実さえなければ、これほど嬉しいことはない。
…ああ、自分で言っていて嫌になってくる。

「それじゃ、また明日会いましょう。出発前に顔を見せますね。」

押し寄せる自己嫌悪の波に耐えつつ、俺こと勇者ゲオルグは颯爽と立ち去ることにした。

105 名前:勇者さま! ◆STwbwk2UaU[] 投稿日:2013/10/14(月) 01:15:34 ID:OilDzLV. [5/14]
「はい…また、その、また明日!」

ジネットさんも平時の笑顔を取り戻し、俺を見送ってくれた。

―――
――




家につくなり裸になって風呂にはいる。
既にカピカピになった血を洗い落とし、湯船に浸かると全身から疲れがあふれた。
「ふぃい……風呂はいつも気持ちいいもんだな…」
そう独りごちながら湯けむりに烟る天井を仰ぎ、今までのことをふと思い出す。


――俺がここ、いや、故郷に帰る前は、魔王を討伐するために旅をしていた。
世界の悪や魔物を倒し、人々の平和を守るためにいろいろな場所で戦っていた。
そして、あとは魔王の城へ攻め込むだけとなった段階で、俺は故郷が恋しくなったのだ。
―そりゃきっと、誰でも死ぬかもしれないと思ったら会いたい人がいるだろう?
だが、俺は故郷に戻って唖然とした。
俺の故郷が、俺の生まれ育った村が無いのだ。
村があった場所は一面の荒野。
俺は荷物を思わず落とし、その場で崩れ落ちたのをよく覚えている。

―では、今ここにある故郷はなんなのか?
俺もそれがわからない。
気づいたら村のはずれで倒れていたのだ。
どうやって村にたどり着いた…いや、村が現れたのか…そこだけすっぽりと記憶から抜けていた。
ただ、眼前に広がるのは…
かつて親しくしていた村人と、変わらぬ自然と、変わらぬ自宅であった。
唯一変わっているとするならば、
ここが地下数百、数千にも及ぶ『ダンジョンの最下層』ということだけだった。

「…少し長湯しすぎたかな」

体を拭きながら、少しボーッとする頭を冷やす。
―明日こそ、あのダンジョンを攻略しないとな………

106 名前:勇者さま! ◆STwbwk2UaU[] 投稿日:2013/10/14(月) 01:16:31 ID:OilDzLV. [6/14]
夜着に着替えて寝酒を嗜んでいると、コンコン、と扉が叩かれる音が聞こえた。
寝ようとしていたところへ深夜の来客が来たことに若干の怒りを感じつつ、扉を開けると、
何故かジネットさんがいた。
しかも夜着。

「な、なんのようですか?」

ジネットさんの夜着は、なかなかにフリルの付いたかわいいワンピースであった。
しかし、ジネットさんのスタイルにより、それは『かわいい』から『エロい』に変換されてしまっている。
思わず俺は顔を背ける。顔は今赤くないだろうか?

「あ、あの…明日出てしまうんですよね?」

モジモジとするジネットさんエロ…かわいい。
思わず背けたはずの目が、ジネットさんのおっぱいをチラ見してしまう。
「はい、明日こそ最後にしたいですね。」
若干上を向いて、キリっとした顔つきを作る。

「でででですからあの、もうちょっと話したいなって……ダメ…ですか?」

―おおシスターよ、お酒が入っている男の家に来るとはなんということじゃ。
頭の中で王様の声が反芻される。
つまりこれってアレなのか?俺のことが好きなのか?ヤっちまってもいいのか?
いやいやいやシスターに手を出すとかそんなこと許されるわけ…

「……ごめんなさい。迷惑でしたよね…」

ショボンとした顔をジネットさんが俺に向ける。
だが、淑女がこんな時間にいてはならない。
ならば俺がやらなければならないこと…それは……

「いえ全然問題ないです。汚い家ですがどうぞ」

…口が勝手に動いていた。俺の決意はどこに行ったんだろうか。
ジネットさんの上目遣いの涙目は卑怯である。
白い歯をキラリと光らせて、家に招き入れてしまう俺も大概だがな。


―――
――


107 名前:勇者さま! ◆STwbwk2UaU[] 投稿日:2013/10/14(月) 01:17:44 ID:OilDzLV. [7/14]
「――それで、お話とはなんでしょうか?」

ジネットさんに、まだ風味が消えてない俺の家では上質な紅茶を入れ、
俺はジネットさんとテーブルを挟んで向かい合っていた。
ジネットさんも紅茶を飲んだせいか落ち着き、
意志のある瞳を俺に向けていた。

「はい、明日もダンジョンへ向かうのですよね?」

ジッと俺を見ながら、ジネットさんは静かに言う。
しかし聞いている内容は、ここにいる村の人なら誰でも分かるような事だ。
俺は戻ってきたら、ほぼ間髪入れずにすぐダンジョンへ向かっているのだ。
なんで今さら?という気持ちがないでもない。

「もちろんです。ここから皆を救い出してやらなければならないので。」

―とは言ったものの、具体的にどうやって救うかは決まっていない。
ただ、突破さえすれば俺はこのダンジョンを自由に行き来するくらいの強さがあることになる。
そして外から応援を呼べば、もしかしたら村人を救うことができるかもしれない。
強くて、俺の頼みを聞いてくれる奴に1人だけ心当たりがあるしな。

「それなんですが……その……」

急にジネットさんの表情が曇る。
さっきのちょっとした迷いが顔に出てしまい、ジネットさんを不安にさせてしまったんだろうか?
だとすれば勇者失格である。

「大丈夫ですよジネットさん。俺は絶対にダンジョンを抜けて、皆を助けます。」

必殺の勇者微笑みを使い、ジネットさんを見る。
どうだジネットさん!俺の微笑みに安心感を得るがいい!

「ち………違いますっ!」

ジネットさんは 勇者を 否定した!
俺は心に大ダメージを受けた!

「はっ…いえ違うんですゲオルグさん!わわ私そんなつもりで言ったんじゃ……」

ジネットさんは俺を見て何やら必死に弁解しているわけだが、
俺は今どんな顔をしているというんだ。
若干視界が歪んで見えにくい。

「わ、私、私は、ゲオルグさんに無理をしてほしくないんです!」

ジネットさんは顔を真赤にして立ち上がった。
どう無理をして欲しくないか分からないが、激昂するのだけは勘弁していただきたい。

108 名前:勇者さま! ◆STwbwk2UaU[] 投稿日:2013/10/14(月) 01:18:33 ID:OilDzLV. [8/14]
「俺は無理なんか全然して……おわっ!?」

数少ないティーカップが音を立てて割れ、ジネットさんは俺の胸の中に飛び込んできた。
縋るように、俺の胸に抱きついている。

「私、ゲオルグさんに死んでほしくないんです!
 ゲオルグさん、もうダンジョン攻略なんてやめましょう?
 死んだら生き返るなんて保証はどこにもないんですよ!?
 もう出れなくていい。ずっとこの場所のままでいい。
 ゲオルグさんがここにいるだけで、私はそれでいいんです!
 ゲオルグさんが諦めてくれるなら、私はどんなことでも……!」

ジネットさんが、堰を切ったように話しだした。
どうやら、俺があまりに不甲斐ないせいで心配ということらしい。
…そりゃ何百回も死んでれば不安にもなるだろうな。

「ジネットさん、落ち着いてください。」

ジネットさんの肩を持ち、少し体を離す。
そしてジネットさんの涙で濡れた瞳を見て、俺は話した。

「俺は、絶対に大丈夫です。ジネットさんの為に、もう死んだりしません。
 諦めないでください。俺が絶対になんとかして見せますから。
 俺は勇者です。皆の信頼を裏切ったりしません。」

諭すように、心に染み込ませるように言う。

―もう、ジネットさんも心が限界なのだろう。
ここに閉じ込められてはや数ヶ月。気が狂ってもおかしくない。
故郷の奴らも平常運行しているが、きっと恐怖にやられてアタマがおかしくなったんだろう。
閉じ込められてるのに、のんびり放牧とか正気の沙汰ではないはずだ。
もはや一刻の猶予もならない。
あのダンジョンを攻略しなければ………

「…より…の……んですね…」

ジネットさんが何かボソボソといっている。
きっと「ゲオルグさんステキ!」とかそういうことだろう。
よって、俺は耳を傾けてみた。

「……私より外のほうがいいんですね。私がこれだけお願いしても貴方は全く聞いてくださらない。
 貴方は私のことがお嫌いですか?私はこんなにも貴方のことを想っているのに。
 私はここがいいと言っているんです。私は貴方の側がいいと言っているんです。
 外と繋がってしまえば、貴方が外に出てしまえば戻る保証なんてないじゃないですかそうでしょう?
 勇者の使命とか勇者の矜持とかそんなのに騙されたりしません私は貴方が勇者じゃなければいいとさえ思ってます。
 なんで貴方が勇者なんですか?なんで貴方がダンジョンに挑むんですか?なんで貴方が外に出ようとするんですか?
 諦めてくださいゲオルグさんもうここから出られないんですお願いしますここから出ないでください。
 もう貴方と私がいればいいじゃないですか他に何も望まないでください私は貴方以外望んでいませんから
 だから私と一緒になりましょう?私と一緒にここで暮らしましょう。私と一緒に…私と……」

耳を傾けたことを、俺は心の底から後悔した。
俺の伝説の剣はさっきまでちょっと輝きを取り戻しつつあったのに、今のコレのせいで封印されてしまった。
なんなのこれもうジネットさんの心が限界だよ限界。
俺の心も限界だよ痛恨の一撃だよもう。

「……ジネットさん、今日はもうお疲れのようですし、帰りましょう。」

ブツブツいうジネットさんをお姫様だっこし、ドアまで向かう。
ガイアが俺に囁いている。もうこのシチュエーションからベッドインは無理だと。

「…ふぇっ?……はっ!?」

ジネットさんがお姫様だっこされたことで正気を取り戻し、可愛らしい声を上げる。
できればもっと早く聞きたかったです。

「あ…あの……ゲオルグさんっ!?」

ジネットさんの疑問の声を無視して、ドアの外までお姫様だっこし、そっと優しく地面に下ろす。

「それじゃ、ジネットさんもいい夢を……」

出来る限り紳士のスピードを保ち、ドアを早く締める。
「あ…」という声が聞こえた気がするが、きっと気のせいだろう。

―――
――


109 名前:勇者さま! ◆STwbwk2UaU[] 投稿日:2013/10/14(月) 01:19:04 ID:OilDzLV. [9/14]
外からのノックが聞こえなくなるまで1時間。
俺は酒を浴びるように飲むことにした。
飲まないと恐怖でチビりそうになるからだ。


―ジネットさんも、随分変わった気がする。
昔はもっと、優しく微笑む………微笑む?
あれ?ジネットさんって昔からいたっけ?

――昔のジネットさんが思い出せない。

―でもこの故郷にはジネットさんがいる教会があって…え?
教会なんてあったっけ?
わ……わからなくなってきたぞ。酒を飲み過ぎたのか?

グルグルと思考が渦巻く。
自分の感覚では、ジネットさんが昔から居たはずなのに、
なぜか肝心の記憶が無いのだ。
どういうことなんだと自分を問い詰めるも、タイムアップの時間が来てしまった。
酔いが回って、眠い。

きっとあしたには、何か思い出が出てくるだろうと信じて、俺は寝ることにした。
ちなみにノックが聞こえないように、枕を被った。


―――
――


110 名前:勇者さま! ◆STwbwk2UaU[] 投稿日:2013/10/14(月) 01:19:42 ID:OilDzLV. [10/14]

―いつまでもゲオルグ様が出てこず、イビキが聞こえるのを確認して、私はノックをやめた。
疲れているのに、こうまで押しかけてしまった自分が情けなく思う。
あまつさえ、寝るジャマまでしていたのだ。
明日、私はどんな顔でゲオルグ様に会えばいいのかわからなくなる。

私は溜息とともに踵を返し、教会に戻ることにした。


―教会は、昼までの雰囲気と打って変わり、怪しげな空気を作り出していた。
教会に入ると、私は何の躊躇もなく十字架が掲げられた正面の壁に歩を進める。
目の前に壁が迫ってきても緩めることはない。
やがて私の体が壁に触れると同時に、教会は飲み込まれるように捻れて空間ごと消え、
代わりに眼前に広がるのは、有機的な機械と沢山の悪魔たち。

そう、私はゲオルグ様の最も忌むべき存在。
私はサッキュバスであり、この空間を司る者でもある。

目の前の悪魔たちが私に傅く中、私は今回ゲオルグ様を仕留めたトロルを呼び寄せた。


「お前か、今回ゲオルグ様を仕留めたという者は。」

極めて冷淡に、機械的に目の前の下等生物に聞く。
トロルはゲヒヒ、という下衆な笑いを浮かべ、意気揚々と仕留めた状況を報告する。
下等生物らしく、どう考えてもありえない誇張が何度も何度もあったが、簡潔にすると…

『勇者が回復する隙を狙って後ろから撲殺した。』

…ということだった。

何という屈辱。
何という無念。
ゲオルグ様はこんな屑に、無残な殺され方をしたというのか。
正面から斃されたわけでもない。
死力を尽くして道半ばで尽きたわけでもない。
ただ、後ろから殴り殺されたという理不尽な死に方。

―ゲオルグ様に相応しくない。

ふつふつと怒りが湧き上がる。私の手がより力強く握られる。

「良いだろう。貴様に褒美をやる。」

私はトロルの前に進み出る。その手には愛用のムチを持ったまま。
トロルは何の疑いもなく、汚い顔を更に歪めて褒美を待っているようだ。
いいだろう、褒美はくれてやる。それは貴様らとの契約だからな。
だが………!


スパァン!という音が建物全体に響き渡る。
私のムチは寸分違わず、トロルの首を撥ね飛ばした。

111 名前:勇者さま! ◆STwbwk2UaU[] 投稿日:2013/10/14(月) 01:20:29 ID:OilDzLV. [11/14]
「褒美の前に………貴様ごときがゲオルグ様を闇討ちした罪を、償ってもらおう。」

もはや首を飛ばされて動かなくなったトロルに、一振り、二振りとムチが入る。
そしてムチが入る度にトロルの残骸は跳ね上がり、細切れと化す。
そしてムチを振るう度に、感情が吹き出していく。
怒り、妬み、悲しみ、苦しみ……

――そう、そもそもお前ごときに殺されることがおかしい。
ゲオルグ様は勇者なのだから、最低でも魔王でないとおかしい。
むしろ魔王ですらゲオルグ様を殺す事は許されない。
なぜ、何故何故ゲオルグ様はこんな屑に殺されなければならないのか
そうだそもそも私が、私だけが手を下してもいいはずなのに
ここは私だけの空間、いや私と貴方だけの空間なのに何故………!

トロルはもはやミンチとなり、原型をもはやとどめていない。
それでも私は手を止められない。
ムチを振るい続ける。目の前の物すら認識しないまま。


――ならば私が殺す貴方を殺す貴方を殺したやつを殺す
そして貴方が殺す私を殺す貴方を愛しいと想っている私を殺す――


トロルはミンチどころか液状になり、液体と区別がつかなくなる頃に下僕の悪魔に止められた。
これ以上行うと、復活させることすらできなくなるからだ。
私は興奮していた自分の心を落ち着かせ、肉片にもならない物体に魔力を注ぐ。
液状の物体はやがて形を取り戻し、以前の肉体よりも力強い肉体へと変貌していった。
そしてトロルは以前より知性のある瞳でお礼を述べた後、その場を後にした。


私は褒美の儀が終わった後、椅子に座って下僕の報告を聞いていた。
どうやら、前よりも到達点が伸びているようで、このままでは2~3日中に突破されかねないとのことだった。
ちなみに、私の迷宮の突破は、他の迷宮の突破とはまた意味が少し違う。
私の迷宮が突破されるとはつまり、女神の恩恵が届く範囲に勇者が出てしまう、ということだ。
この場合だと、地上から数えて1000階を突破されること。
そこから上に出てしまえば、もはやゲオルグ様の身は女神に囚われることとなり、
二度と私の元には戻ってくることはないだろう。
そして、私のことを悪魔と知り、私を憎むだろう。私を殺しに来るのだろう。

―少し、身震いがする。

殺されることに対してではない。
私が、私の気持ちが反転し、ゲオルグ様にとって唾棄すべき存在へとなってしまうことが怖い。
例え偽りでも、全てが幻でも、私はゲオルグ様をここに置きたい。
その為には、今の迷宮を更に深く、魔物を強くしていかなければならない。
つまり、迷宮の深さこそが私の愛の深さであり、
迷宮の魔物の強さこそが、私の愛の強さであるのだ。

だから私は迷宮をさらに深くする。
決して、誰の手にも渡さない。


私の、私だけの勇者様を。

112 名前:勇者さま! ◆STwbwk2UaU[] 投稿日:2013/10/14(月) 01:21:16 ID:OilDzLV. [12/14]

――
―――
砂埃が舞う地面の上に、一人の少女が座っていた。
体を覆う簡易な鎧と、その身に似合わぬ大剣を隣に刺して。
少女の背にはドラゴンのような翼があり、尻には太い尾が生えていた。
少女は尻尾を振りつつ何かに悩んでいたようだが、
急に尻尾で地面を叩くと、立ち上がって大剣を掴んだ。

「見えた……ここが綻びだ。」

少女は剣を振りかぶると、虚空に向かって全力で剣を振り下ろした。
剣を振り下ろした先から、空間が割れ、やがて巨大な穴が姿を現す。

「ゲオ………待ってろよ、今助けに行くからな。」

少女はそう独りごちると、穴の闇の中に飛び降りた。
最終更新:2013年10月15日 18:20