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298 名前:十六夜奇談 ◆grz6u5Kb1M[sage] 投稿日:2013/12/24(火) 01:25:59 ID:YJ9dbSCA [2/6]

2.

「雨音。雨音。もう朝だぞ、起きなさい」
その声を聴いて、雨音の意識は急速に覚醒した。
間違いない、晴臣の声だ。
晴臣が自分を起こそうとしている。
少し口調がおかしい気もするけれど、そんなことは些細なことだ。
晴臣が自分を起こしてくれている以上、一発で目を覚まさなければ、晴臣の妹であり、飼い犬でもある自分の名が廃るというものである。

雨音が目を開けると、晴臣が慈愛に満ちた表情で自分を見つめていた。
雨音の小さな胸が、ドキリと高鳴る。
同時に、晴臣の様子に奇妙な違和感を覚えた。
「おはよう雨音。今日はとっても良い天気だよ」
まるで後光でも差し込みそうなほど爽やかな笑顔で言う晴臣。
やはりおかしい。
口調も雰囲気も、いつもの晴臣とは明らかに異なっている。
「お、おはようハル。どうしたの?一体」
晴臣の様子にただならぬ気配を感じた雨音は、おっかなびっくりそう尋ねた。
だが晴臣は変わらず、慈しむような哀れむような笑みを浮かべたままだ。
……哀れむ?
「ねえハル「なあ雨音。人間、誰でも時にはついやらかしてしまうことがあるものさ。だから、あまり気にするんじゃないぞ」……え?」
晴臣は雨音の両肩に手を置いて、何度も深く頷きながら言う。
その際、ちらりと雨音の下腹部辺りを見たのを、雨音は見逃さなかった。

一瞬の間。

雨音は、全てを理解した。
「なっ!?ちっ、違っ!わ、わた、わたしそんなっ……!!」
下腹部への視線。哀れむような表情。どう考えてもおかしい晴臣の態度。『ついやらかしてしまう』という意味ありげな発言。
昨晩、雨音は『何を』していたのか。
全部を照らし合わせると、晴臣が何を言わんとしているのか理解できる。
しかし雨音にとって晴臣のその『勘違い』は、ある意味死刑宣告以上に痛烈だ。
必死に誤解を解こうとするが、あまりのことに呂律が回らない。
というか仮に誤解を解いたとしても、昨晩の真実は晴臣にしてみれば、勘違いよりもよほどショッキングな出来事だろう。
もうどうしようもない。詰みである。

慌てに慌てる雨音の様子を見て、晴臣はもう一度、確信したように深々と頷いた。
「ああ、分かってる分かってる。誰にも言わないよ。この事はお兄ちゃんと雨音の、二人だけの秘密だ。さ、早くお風呂に入ってきなさい。お湯も湧かしてあるから、ゆっくり温まって来るんだぞ」
言って、晴臣は静かに立ち上がり、雨音の頭を撫でた。
既に学校は長期休暇に入っているため、晴臣は私服姿だ。無論、既に寝間着からは着替えている。
……もう、限界。
雨音は目に大粒の涙を溜めて、とうとう大声で叫んでしまった。



「だからわたしっ……お漏らしなんかしてないってばーっ!!」



そんな、何とも情けない絶叫から、十六夜兄妹の一日は始まった。

299 名前:十六夜奇談 ◆grz6u5Kb1M[sage] 投稿日:2013/12/24(火) 01:27:37 ID:YJ9dbSCA [3/6]

***



その後。
どうにかこうにか誤解を解いた雨音は、晴臣が湧かしてくれた湯船にゆっくりと浸かり、晴臣が作ってくれた朝食を食べた。
現在は晴臣の淹れてくれた食後の緑茶を、本人と一緒に仲良く啜っているところである。

ちなみに雨音の弁明の結果、昨晩の彼女のアレは寝汗だったという結論に落ち着いた。
晴臣は釈然としない様子だったが、雨音の無言の圧力に負け、それ以上の追及はしなかった。

平時ならばとっくに学校に行っている時間だが、先ほど述べた通り今は長期休暇中。
従って雨音は誰にも邪魔されず、晴臣と二人っきりの朝を過ごせるのだ。
まさに至福の時。
だがそれも、ピンポーンという無粋なインターホンが鳴り響いたことで中断された。
「はーい」
訪問者を迎えるべく、小走りで玄関まで駆けていく晴臣。
至福の時を邪魔された雨音は、面白くなさそうな顔で晴臣を追う。

晴臣が玄関の戸を開けると、そこには雨音もよく見知った人物が立っていた。
同時に雨音の表情が、苦虫を噛み潰したように引き攣る。
「よう、晴坊。雨音の嬢ちゃんも。しばらくぶりだな」
くたびれたスーツに無精髭。少しばかり小太りな体格。一見するとうだつの上がらない中年サラリーマンのようだが、その目付きは獲物を狙う猛禽のように油断無く鋭い。
「平田さん。お久しぶりです」
「……どうも」
思わぬ知己の来訪に、晴臣は頬を緩ませながらも礼儀正しく挨拶を返す。
雨音もまた晴臣に倣って、軽く会釈する。

平田和雄。
市内の警察署に勤める刑事であり、晴臣と雨音の後見人でもある男だ。
晴臣たちの父親と古い付き合いで、晴臣たち自身もまた、幼少時にはたまに遊んで貰っていた記憶がある。
お陰で晴臣は平田にとてもよく懐いていたのだが、正直なところ、雨音は彼のことがあまり好きでは無い。むしろ嫌いの部類に入る。
子どもの頃、平田が遊びにやってくると、晴臣はいつも彼にべったりくっついて離れなかった。
それが雨音は、大層気に入らなかったのだ。
大好きなご主人様を盗られて嫉妬しない飼い犬などいない。
子供心に「あいつさっさと『じゅんしょく』すればいいのに」などと考えていたとしても、誰も彼女を責めることはできないだろう。できないったらできない。
だが、雨音が平田を気に入らない理由はそれだけでは無かった。

「こんな朝早くから珍しいですね。どうしたんですか?」
「いや、たまたま近くを通りがかったもんだからちょっとお前らの顔を見にな。……と言いたいところだが」
晴臣の問いに、平田は渋面を作って応える。
平田のその表情を見て察したのか、晴臣もまた真剣な表情に切り替わった。
「晴坊。お前、空守山って知ってるか?」
「え、ええ。確か隣町にある山のことですよね。あっち方面にはあまり行かないので詳しくは知りませんけど。その山が何か?」
「出た」
晴臣の表情が強張る。
十六夜家の者に対するこの発言の意味は、ひとつしかない。
「近隣の住民から報告が多数寄せられていてな。やれ夜中に軍服を着た骸骨の群れが行進してただの、白い髪の女に追い回されただの、得体の知れない笑い声が聞こえただの」
「悪戯という可能性は?」
「署の連中は悪戯だと思ってるみてえだし、事実、眉唾くせえ話が大半だったが、あの山に何かいるってのはマジだ。現にたった今、確かめてきたところだからな」
今度こそ、晴臣は目を見開いた。
雨音もまた、剣呑に目を細める。

300 名前:十六夜奇談 ◆grz6u5Kb1M[sage] 投稿日:2013/12/24(火) 01:28:30 ID:YJ9dbSCA [4/6]
そう。これこそが、雨音が平田に苦手意識を持っているもうひとつの理由。
平田は生来、霊感が強い。
霊力の総量こそ常人並だが、霊的存在を感じる力に限っては、晴臣や雨音とほとんど変わらないほどだ。
そもそも晴臣たちの父親と彼が旧知の仲になったのも、その霊感が災いして悪霊に憑かれた彼を、晴臣たちの父親が救ったことがきっかけだ。
以来、十六夜家に恩義を感じるようになった平田は十六夜家の協力者となり、たまにこうしてお祓いの仕事を持ちかけてくるようになったのである。
閑話休題。
とにかく、平田が訪ねてくると晴臣は平田を持て成すあまり雨音を構ってくれなくなり、更に平田が仕事を持ってきた日には、晴臣がお祓いに出てしまって一緒にいられる時間が減ってしまう。
ようするに雨音にとってみれば、平田は晴臣との甘いひと時を根こそぎ奪っていく怨敵そのものなのだ。

「分かりました。ではさっそく今晩、様子を見に行ってきます」
晴臣は声色を硬くして言う。
霊的存在の活動が活発化するのは、主に夜。
朝や昼にも気配自体は感じ取ることができるが、直接干渉することができるのは夜間に限られている。
故に物事を根本的に解決するためには、夜に行くしか無いのである。
「……済まん」
申し訳なさそうに晴臣に頭を下げる平田。
十六夜家の霊能者とはいえ、まだ子どもである晴臣に危険な役割を押し付けてしまうことに、罪悪感を感じているのだろう。
だったら最初からお祓いの仕事なんか持って来なきゃいいのに、と雨音は内心一人ごちる。
「もう、いつも言ってるじゃないですか。これが俺の役目なんですから、平田さんが気にすることなんてないですよ」
晴臣は朗らかに笑って、窘めるように言った。
平田は最後にもう一度だけ頭を下げると、よろしく頼む、と言い残して去って行った。

玄関の戸が閉まるのを見届け、怨敵退散と心で強く念じてから、雨音はそっと晴臣の様子をうかがった。
目が合う。
「大丈夫だ。ハンバーグはちゃんと作っていく」
晴臣は優しく微笑んで雨音へのフォローをする。
「作っていくだけじゃダメ。ちゃんとハルも一緒に食べるんだからね」
雨音もまた、悪戯っぽく微笑み返した。

しかし、雨音の心中は穏やかでは無かった。
晴臣がお祓いに出かけるのは頻繁に、というのは大げさだがそれなりによくあることだ。
その度に雨音は心配と、寂しい気持ちに押し潰されそうになってしまうのだが、今回は殊更に嫌な予感がしてならない。

何だか晴臣が、自分を置いてどこか遠くに行ってしまいそうな。
そんな、予感が……。

301 名前:十六夜奇談 ◆grz6u5Kb1M[sage] 投稿日:2013/12/24(火) 01:29:29 ID:YJ9dbSCA [5/6]

***



空守山は、十六夜市・空守町の外れに位置する小さな山だ。
一部に急な斜面はあるものの、全体的になだらかな稜線でちょっとしたハイキング気分を味わうには最適なため、近隣住民にはそれなりに人気の高いスポットである。
約束通り雨音にハンバーグを作って一緒に食べ、彼女に今日の分の血を与えた後、晴臣は空守山の麓に訪れていた。
成程。確かに、あまりよくない気配がする。
それもひとつでは無い。数多く、数えきれないほどに。
「よっし。行くか」
晴臣は気合を入れるように静かに深呼吸をして、山の入り口へと足を踏み出した。

入山した途端、気配はより濃密になった。
これは最早、一種の瘴気とでも呼ぶべきものだろう。
纏わりついてくる微細な霊魂を払い除けながら、晴臣は先へと進む。
あちこちから漂う瘴気の中でも一際濃度の高い気配が、ある一方向からひしひしと感じるのだ。
そちらを目指して、ただひたすらに鬱蒼と木々の生い茂る山道を進む。

そうしてしばらく進むうちに、やがて拓けた場所へと出た。
と言っても、特に何があるわけでも無い。ただひとつ。一本の細い石柱だけが、場の真ん中に寂しげに突き立っているだけである。
だがその石柱を見た瞬間、晴臣の顔つきが変わった。
「これは……封印、か?」
それも、かなり昔のもの。恐らく数百年は経過しているであろう古びた封印だ。
視れば大分綻びが目立つ。既に半分以上解けかけているのだろう。
「なるほど。最近この辺りに急に霊が増えたのは、こいつが緩んでいたのが原因ってことだな」
ひとり納得したように頷く晴臣。
とはいえ、どうしたものか。
実は晴臣は、封印についてはあまり詳しくない。なまじ霊力が高い故に、大半の霊は封印するまでも無く実力行使で滅してしまうからだ。
特にそれが、数百年前の封印ともなればもうお手上げである。
「仕方ない。ひとまず出直して家の書庫を漁ってみるか。確か封印に関する文献もあったはず……」

そこまで呟いて、晴臣は即座に周囲を警戒する姿勢に入った。
居る。
自分のいるこの場所からすぐ近くに、何かが居る。
入山した時に払い除けた霊魂どもとはまるで違う、強力にして高度な霊的存在が、こちらの様子をうかがっている。
どこだ。どこだ。どこ―――――――見つけた。

「そこかッ!」
晴臣は左足を軸に180度立ち位置を入れ替え、振り向き様に霊力をぶつけた。
これほどまでに接近を許し、且つ背後まで取られたのは初めてのことだ。
かつてない強敵の予感に、知らず、晴臣の面持ちが険しくなる。
だが、



「ひゃああああああっ!!!ごめんなさいごめんなさいごめんなさぃいいいいいいいいいいいいいいいっ!!!」



返ってきたのは場にそぐわぬ、あまりに素っ頓狂な悲鳴。
霊力をぶつけた場所から飛び出してきたのは、腰まで伸びた白い髪を靡かせた、着物姿の少女であった。
少女は空中で勢いよく一回転すると、そのまま地面に額を叩きつけそうな勢いで土下座。
俗に言うジャンピング土下座というやつである。
「ごめんなさいごめんなさいすいませんでした許してください後生ですからお情けをぉおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
プライドも何もあったものじゃないとばかりに、ひたすら謝り続ける少女。
怯えているのか、よく見るとその身体は小刻みに震えている。
「………………は?」
晴臣はポカンと口を開けた。
何だ、これは。何なのだ、こいつは。
意味が分からない。というよりも、脳が理解することを拒んでるような気がする。
フリーズする晴臣を他所に、少女は尚も壊れたテープレコーダーのようにごめんなさいごめんなさいと謝罪の言葉を吐き続ける。

そこから晴臣が我に帰るのに、およそ3分の時間を費やした。