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30 :恋の病はカチカチ山をも焦がす ◆iIgdqhjO26 [sage] :2008/03/02(日) 06:12:09 ID:REqIrwkK
***

 何処からともなく、焦げくさい臭いが狸の鼻をくすぐる。
 狸は火事かと思って飛び起きると、兎が台所から呆れた顔を覗かせた。

「本当に、狸さんは落ち着きがないですね」

 兎は包丁を握ったままこちらを向いたものだから、狸は少しびくりとした。

「ひぇ、殺される」

 兎は何も言わずに台所へと戻る。
 落ち着いて狸は気が付いた。そうか、兎は料理をしているんだなと。

 狸は地べたにあぐらをかき、暫くの間、狸は兎が料理しているのをじっと見ていた。
 その姿を見て、いっそのこと火事だったら良かったな、と溜息をついた。
 兎はこじんまりとしたちゃぶ台に、半分墨になった焼き魚を並べると、
 二匹は向かい合って手を合わせる。

 狸は、兎のところに料理が無いのを見て、すこし不思議そうな顔をした。

「兎さんよお……兎さんは何も食べないのかい?食べないと力が出ないよ……」

 兎さんは少し苦い顔をする。

「いえ、狸さん、私は先ほど味見してお腹一杯なんですよ」

 狸は再び溜息をついた。
 狸は辛うじて食べれるご飯を中心にかきこむ。


31 :恋の病はカチカチ山をも焦がす ◆iIgdqhjO26 [sage] :2008/03/02(日) 06:12:59 ID:REqIrwkK
「そういえば、狸さん、昨日は何処へ行っていたのですか?」

 狸は一瞬、ご飯が喉に詰まるのを覚え、豪快にせきをした。
 兎はあら、大変と背中をさする。

「いや……少し月が綺麗だったから散歩し……」
「嘘ですね」

 兎は強い口調で否定した。狸は口ごもった。

「嘘だと言うのは、貴方の体から若干、線香の臭いがするのですよ。
 貴方の家で線香を焚いているところを見たことがないのですよ。
 とすると、他の場所で線香を焚いてある場所に行った筈ですね。例えば……」

 少しくすと笑う。その笑い声に、狸はびくりと驚く。

「娘さんの家、とかですね……性懲りも無く、笑われに行くために」

 狸は俯く。
 そして恰も地面に話かけているかのように呟く。

「実は……言い難いことなんだけど……
 俺、やっぱり兎さん、あんたとは付き合えないんだ」

 兎は耳をぴくぴくと動かす。

「あのよお……あの晩、確かに娘のところへ言ったよ、
 で、やっぱり俺、娘のことを忘れられないんだよお……
 俺も、見ての通り、そんな出来た奴でもねえし、
 すっぱり忘れられるほどの男らしさもねえよ……
 だから、兎さん、あんたの好意は嬉しいのだけど」


32 :恋の病はカチカチ山をも焦がす ◆iIgdqhjO26 [sage] :2008/03/02(日) 06:15:44 ID:REqIrwkK
 兎は途中で笑い出す。狸はまたびくりとして言葉を詰まらせる。

「あはははは、何を、何を言い出すかといえば、またそんな戯言ですか?
 お腹、お腹が苦しいですね」

 狸は少しむっとした様子で口をつぐむ。兎は自信たっぷりに述べる。

「いいですか、遠くの薔薇より身近なたんぽぽです。
 天高く飛んでいるように見える青い鳥もまた家の中で鳴いているわけです」

 そう言うと、兎は狸と距離を詰める。狸の頭を両手で押さえ、唇を重ねようとする。
 狸はそれを押しのける。

「いや……俺は頭が悪いからよくわからんけど、
 そうじゃないんだよ……俺の、俺なりのけじめだよ」

 兎は少し哀しそうな寂しそうな表情を浮かべる。
 兎のことだから演技かもしれないが、と狸は思う。
 だが、それでも、兎の哀しそうな顔を見るたびに、何処となく、兎のことを傷つけてしまったのではないか、
 という罪悪感を覚えてしまう。

「じゃ、俺は……芝刈りに行ってくるからさ……」

 狸は相変わらず不恰好な歩き方で出て行く。
 一人残された兎は唇を噛み締め、袖をきゅっと握った。

「忌々しい……忌々しい……
 あの小娘、まだ私のことを邪魔しようって言うの……」

 そのときの顔といったら、禍々しい魑魅魍魎でさえも、恐れて逃げ出していたであろう。


33 :恋の病はカチカチ山をも焦がす ◆iIgdqhjO26 [sage] :2008/03/02(日) 06:16:34 ID:REqIrwkK
 ***

 ところで、娘のほうはといえば、爺様と並んで、鍋で煮込んだ芋粥を仲良く食べていた。
 爺様は、その老体のせいか、なかなか外へと出られず、かといって日々貧しい生活であったから、何もしないわけにもいかず、黙々と草履を作っていた。
 爺様はふうふうと粥を冷ます娘を見ながら、少し申し訳なさそうに話を切り出した。

「なあ、娘や。もうお前も年頃じゃ。もうそろそろ嫁に出る事を考えてもよかろ」

 その言葉を聞いて、娘は芋粥を食べる手を止める。

「ええ、解ってます、御爺様。でも、私は既に嫁になる相手は考えています」

 爺様は少し目を丸くする。
 一人娘が既にそのようなことを考えていたとは思ってもいなかったからだ。

「ほほう、娘や。その相手というのは……
 働き者なのかね?品性や行いが良いものなのかね?
 若い者に騙されてはならんぞ、若いうちはなかなか落ち着かないものだから、
 気が気で心配ならんからな」

 娘はにっこりと微笑む。

「その人は、働き者で品性もよく、
 私のことを一番考えてくれていて、一番愛してくれています。
 ですから、そんな心配はいりませんよ、御爺様。
 それに若い人のような魅力で誘惑出来るならば、他の人たちみんな誰でも誘惑されていますわ」

 爺様は少しほっとしたのか、顔をしわくちゃにして微笑む。


34 :恋の病はカチカチ山をも焦がす ◆iIgdqhjO26 [sage] :2008/03/02(日) 06:19:22 ID:REqIrwkK
「そうだそうだ、わしの一人娘だから賢く育てたつもりじゃ。
 ご免のう、年寄りは少し愚痴っぽくてかなわんくなる」

 娘はただただ相槌のように頷くと、空っぽになった鍋に茶碗を入れて、
 井戸へと向かった。たらいに水を汲むと、鍋と茶碗を浸し、へちまで擦る。
 ふと横を見ると、娘は庭の入り口に一匹の兎が立っているのに気が付いた。

「あら、兎さん、どうしたのですか?道にでも迷われましたか?」

 茶碗を洗う手を止め、そのように呼びかける。
 その呼びかけに答えるかのように、兎は丁寧に深々とお辞儀をする。

「どうも、こんにちは。いつも私の主人がお世話になっております」

 娘は少し考える。何故なら、娘にとって雄兎の知り合いは思い当たらないからだ。

「失礼ですが、多分、人違いをなさっている気がするのですが」

 兎は作り笑みを浮かべる。

「いえいえ、あなたも随分と頭の中が古いのですね。
 私が申し上げているのは、誠実で真面目で、
 ただ何処か頭が抜けていて身形が醜悪な為にみなから嫌われている人のことですよ」
 
 女性の勘というものは恐ろしい。娘はただそれを聞いただけで漠然と理解した。
 この兎が何の為にここにいるのか、ということも。

「あの、失礼ですが、何か勘違いされていませんか?
 確かに、私と恋仲に成っている人がいるのは確かですが、
 貴方みたいなべっぴんの方をお嫁さんに貰っているとは聞いておりませんが」


35 :恋の病はカチカチ山をも焦がす ◆iIgdqhjO26 [sage] :2008/03/02(日) 06:20:43 ID:REqIrwkK
 兎は表情を崩さずに微笑み続けている。
 但し、目は全く笑ってはいないが。

「ええ、勿論、解っております。
 私も現在独りの身で御座いますし、彼のも独りの身で御座いますが、
 何時しか二人は固く結ばれることになるのです」

 娘は茶碗を手に取り、鍋をぶら下げると、
 先ほどの様子とはうってかわってぶっきらぼうに言葉を投げつける。

「で、何のようですか?そのようなことを伝えにだけ来たわけじゃないでしょう?」

 兎は何事も無いかの如く、淡々と続ける。

「いえ、今日は挨拶というくらいですよ。また何かの縁で出会うこともあるでしょうしね……」

 娘は何も言わずに家の中へと入っていく。
 兎は家のほうへと向き直り、誰も見ていない場所でただ頭を下げ、歩きだした。

「なるほど、あのような娘が言い寄って誘惑していたのですね。
 確かに……あれほどの美人でしたらくらりと来ても仕方ないですね」

 兎はくすくすと笑う。

「いえ、いざとなったら消してしまえばいいだけの話。
 私以外を好きになったならば、それを消してまた向きなおせばいい話。
 簡単なこと、簡単なこと……」

 恋は人を盲目にする、とは良く聞くことではある。
 兎が如何なる目を奪われているのか、それは恐らく神か仏にしか解らぬことであろうということ、なのかもしれない。