397 名前:触雷! ◆0jC/tVr8LQ[sage] 投稿日:2014/03/11(火) 01:36:28 ID:XHZLX9u6 [2/6]
今日も、紬屋詩宝君は学校に姿を現さない。
誰も座っていない詩宝君の座席を見ながら、私はため息をついた。
今日で六日目か。その日数には土日の休日を含んでいるとは言え、いささか長すぎる。体調不良だということだが、本当にただの風邪なのだろうか。どうもそうではなさそうだ。
と言うのは、昨日、不穏な噂を聞いたからだ。大金持ちのお嬢様で、学校の支配者でもある中一条舞華の家に詩宝君がいて、何かやっていたらしい。学校での交友関係がほとんどない私の耳にも入るくらいだから、相当広まっている噂なのだろう。
「手遅れになる前に、なんとかしないと……」
誰にも聞こえないような、小さな声で私はつぶやく。詩宝君を助けてあげられるのは、私しかいない。

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私、成高 清葉(なりたか きよは)が詩宝君と最初に出会ったのは、今の高校に入る前、中学生の頃だった。
幼い頃から内気で友達がいない私は、休日は専ら市営の図書館に入り浸っていた。特に調べたいことや、勉強したい分野があるわけではなかったが、人と話すのが得意でない私にとっては、一言もしゃべらずに時間をつぶせるのがありがたかった。
本棚にある本は手当たり次第読んでいたが、強いて言えば、歴史の本をよく読んでいた。現実社会で無為に近い時間を過ごしていた私に、過去の偉人や英雄の人生は、とても眩しく感じられた。
そんなある日、私は本棚の陰で1人の男の子を見かけた。背は低いが、痩せても太ってもいなくてスタイルはよかった。おそらく、私と同じくらいの年頃だろう。
男の子は、立ったままで本を読んでいた。読んでいたのは以前に私が読んだことのある、古代ヨーロッパ史の本だった。
今まで話し相手のろくにいなかった私だが、もしかしたら、この男の子となら、話題が合うかも知れない。ふと、そんな考えが頭をよぎった。
そこで私は、柄にもなく、男の子に声をかけてみようと思った。
とは言え、もし話しかけて逃げられてしまったら、きっと私はへこむだろう。そうはなりたくなかったので、出入口の方向から回り込むと、斜め後ろから音を立てないようにして男の子に近づいた。男の子は本と図書館カードを手に持って、何やら確認していた。借り出して帰ろうとしているのか。だったらその前に話しかけないといけない。
男の子より、私の方が体が大きかった。身長にして頭半分以上の差があったと思う。そこでその身長差を生かし、覆いかぶさるようにしながら、そっと耳元でささやいた。
「ねえ、君、何読んでるの?」

398 名前:触雷! ◆0jC/tVr8LQ[sage] 投稿日:2014/03/11(火) 01:37:52 ID:XHZLX9u6 [3/6]
男の子が振り向く。目が合った瞬間、彼は引きつった表情で、持っている本と図書館カードを取り落とし、声を上げた。
「うわっ!!」
驚かせてしまったようだ。どうしてだろうか?
そうか、と私は思い当たった。これでも私は他の女子に比べて、「可愛いね」と言われることが昔から多かった。胸もその頃からすでに、恥ずかしいほど大きく発育していた。
きっと男の子は、美人でプロポーションのいい私にいきなり声をかけられて、気後れしてしまったのだろう。別に私の容姿なんか、気にしなくていいのに。
私は男の子の緊張をほぐそうと、そっと彼に触れてあげた。スキンシップだ。優しく男の子の口をふさぎ、耳元でもう一度ささやく。
「静かに。図書館で騒いじゃ駄目だよ」
男の子が無言で何度か首を縦に振ったので、私は彼の口から手を離した。
「ぷはっ!」
「ふふっ。初めまして」
「ゆ、ゆ、ゆ、誘拐……?」
「いきなり声かけてごめんね。歴史好きなの?」
「え……? いや、その、まあ、好きですけど……」
やっぱり趣味が合いそうだ。声をかけてよかったと私は思った。
男の子は落とした図書館カードを拾い上げ、ポケットにしまった。さらに本を拾って本棚に戻そうとしたので、私はその手を掴んで止めた。
「わ……な、何を……?」
「その本、よく書けてるよね。私も何度も読んじゃった」
「そ、そ、そうですね……」
そこで私は、その本の内容についていくつか男の子に問いかけをしてみた。読んでいれば会話が成り立つし、読んでいなければそこを教えてあげることで、またお話ができる。
聞いてみると、男の子はかなりその本を読み込んでいた。どうやら前にもこの図書館に来ては、目を通していたらしい。おかげで会話が少しずつ盛り上がっていった。私は、図書館では大きな声で話せないのをいいことに、思い切り顔を近づけて話したが、男の子は逃げることなく、顔を赤くしながらも受け答えをしてくれた。そのうちだんだん緊張もほぐれてきたらしく、敬語でなくタメ口を話してくれるようになった。
話しているうちに、私は感じていた。
これから将来、この男の子が私の側にいてくれたら、今までのような暗い人生に別れを告げられるのではないかと。
そう思った私は、場所を変えようと思った。いくらひそひそ声とは言え、図書館であまり長話すると迷惑になるし、誰に聞こえるか分からないからあまり突っ込んだ会話もできない。もちろん私は、2人で入れるような洒落た店なんか知らないから、自宅に連れて行こうと思った。その日は自宅には誰もいなかったからじっくり話せるし、例えば公衆の面前ではできない行為に及びたくなった場合でも、邪魔されずに実行できるだろう。

399 名前:触雷! ◆0jC/tVr8LQ[sage] 投稿日:2014/03/11(火) 01:38:57 ID:XHZLX9u6 [4/6]
「あの、この本について勉強会しない? よかったら……」
そこまで言いかけたとき、幸せな時間が唐突に終わりを告げた。
突然、髪を金色に染めた男がずかずかと入ってきて男の子の手を掴んだのだ。
「あ、アキラっ」
男の子が、怯えた声でその男の名前を呼ぶ。
「ここにいたんだな、シホウ。俺に黙って出かけるなって言っただろ?」
「ど、どうしてここが……?」
「シホウの行くところなんて、お見通しだっての。さあ行くよ!」
「でも、今日はオフだからプロレスのトレーニングはないってアキラが……」
「だから遊びに行くんだよ。早く早く」
男の子の手が引っ張られていく。だが、そのときはまだ、私も男の子の手を握っていた。思わず引っ張り返そうとする。
それに気付いたアキラとかいう金髪の男が、いきなり無言で私の腕に空手チョップを振り下ろしてきた。
「痛っ!」
痛みで手がしびれ、私は男の子の手を放してしまう。はずみで私が男の子に寄りかかると、金髪の男は物凄い形相で私を睨んできた。(よく見ると、私や男の子と同じぐらいの年代だった)初対面の相手に、これだけの敵意を向けられる人間がこの世にいるのか。
そして、金髪の男は私を突き放し、男の子を私から引き離してしまった。
「あっ!」
「アキラ! 何するの!?」
「シホウ、何この眼鏡?」
金髪の男は、顎をしゃくって私を示した。確かに私は眼鏡をかけているが、およそ人を指し示す態度ではない。何という無礼な輩だろうか。
「さ、さっきここで会って歴史のお話を……」
「いや、やっぱ言わなくていい。胸糞悪いから」
そう言うと、金髪の男は男の子の手をぐいぐい引いて、入口の方へ連れて行こうとする。
そんな。
まだ、何も話していないのに。
名前も、住所も、電話番号も、メールアドレスも、本籍地も聞いていない。
好きな料理も、家族構成も、将来ほしい子供の人数も、何も聞いていない。
「ちょっと待ちなさいよ!」
思わず声を上げていた。人を制止するなんて、何年ぶりだったか分からない。金髪の男は私の呼びかけを無視したが、男の子はその場に留まろうと踏ん張った。
「アキラ、まだあの人と話してる途中だったから、ちょっとだけ待っててよ」
「何? シホウ、俺に逆らうの?」
「……!!」
睨まれた男の子は一度ビクッと震えると、諦めの表情でがっくりとうなだれた。かわいそうに。普段から金髪の男に虐められていて、抵抗できないのだろう。
「ごめんなさい。またね」
男の子は私の方を向いてそれだけ言うと、金髪の男に引き摺られ、姿を消してしまった。
これ以上ここで揉めて、他の利用者や司書さんに迷惑をかけることができなかった私は、黙って2人を見送るしかなかった。

400 名前:触雷! ◆0jC/tVr8LQ[sage] 投稿日:2014/03/11(火) 01:39:58 ID:XHZLX9u6 [5/6]
「…………」
そして私は1人、図書館の隅の本棚の陰に取り残された。
一体、今の時間はなんだったのだろうか。私を人生の闇から救い出してくれる天使が現れたと思ったら、あっという間に野蛮な原人にさらわれてしまった。
そう。あれは原人だ。まかり間違ってもホモ・サピエンスに属する生物ではない。知性の殿堂たる図書館で乱暴狼藉に及ぶような物知らずが、私達と同じ人類であるはずがない。
もちろん、私は原人を差別する気はない。人類と異なる生命体にも、当然生きる権利はある。
だが、原人の分際で、文明人様に楯突くなら話は別だ。
「ぶっ殺してやる」
よりによって、あの男の子を、この私の人生のパートナーになる男の子を力ずくで連れ回すなんて、どう考えても駆除の対象であるとしか考えられなかった。駆除されるのが嫌なら、原人は別の原人とウホウホ戯れていればいいのに、分を弁えないから身の破滅を招くのだ。
具体的にどうやって始末するかは、いろいろ資料を調べてじっくり検討すればいい。
何しろここは図書館だ。しかるべき本棚に行けば、古今東西の殺人・傷害の方法・記録が閲覧できる。原人駆除の方法の、ヒントが必ずあるだろう。
原人を抹殺したら、私は晴れて男の子と結ばれることができると思った。
男の子は最後に、確かに「またね」と言った。私にまた会いたい。会って話をしたいと言ってくれたのだ。会って話をしたら、その先は当然男女の関係、番(つがい)の関係だろう。私は男の子の言葉を信じることにした。
いや、もう“男の子”ではなかった。
「シホウ君、か……」
原人の発声器官から、その名前を聞いてはいた。しかし、もとより文明人であるこの私は、あんな原人の助けなど借りなくても、彼のフルネームを知ることができる。
「紬屋詩宝君、だね。これからよろしくね……」
私が見ていたのは、彼の図書館カードだった。あの原人に空手チョップを食らい、詩宝君によりかかったとき、彼のポケットに手を突っ込んで抜き取っておいたのだ。
「約束通り会いに来てくれたら、返してあげるからね……詩宝君」
周りに誰もいないことを確認してから、私は詩宝君の図書館カードに口付けをした。そして、そのままブラジャーの中、乳房と生地の間にカードを押し込むと、その日は図書館から引き上げることにした。
図書館を出るとき、私の鞄の中には、「これ一冊で合格 殺しのスキル大全」、そして「ペンギンでもできる らくらく格闘術」、2冊の本が入っていた。
最終更新:2014年04月17日 13:09