※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

528 名前:『ながめ』2 ◆wzYAo8XQT.[] 投稿日:2014/07/23(水) 01:38:08 ID:ljDx2/zA [2/4]
 小学校低学年のこと。
 友人の家に遊びに行ったとき、ソイツの家の軒下から、黄色い輝きが見えた。
 軒下を覗き込むと、その光はすぐに奥に引っ込んだ。
 慌てて友人を呼びにいくと、友人はこともなげに「それはながめだよ」と答えた。
 祖母だったか保育士の先生にだったか聞かされたことがある童話の中の化け物の名前。
 それを現実の会話の中で聞いたことに、俺は大層驚いた。
「ながめってほんとにいたんだ! すっげー!!」
 俺ははしゃいで、軒下を覗き込む。
 しかし当然のことながら軒下は思いのほか真っ暗で、何も見えない。
 ただ、怯えた獣の息遣いだけははっきりと聞こえてきた。
 何かが確かにいる。
 その確信に、俺はさらに興奮する。
 そんな俺に、友人はほら、と懐中電灯を差し出した。
 懐中電灯で照らされた床下の奥。
 そこには黒い毛玉みたいなのが転がっていた。
 縮こまって丸くなっていて、本当に毛玉みたいに見える。その毛玉のような様相の中で、真ん丸い、黄色い目だけがギラギラと輝いてこちらを見ている。
 俺はその黄色い目に射抜かれてしまった。
 その目は俺にとってまるで宝石のように見えたのだ。
「おい! ながめ! 出て来いよ!」
「お、おい、大丈夫なのかよ?」
 友人は良いから見てろという風に俺を見る。
「ほら、えさだぞ」
 友人はいつのまにか、簡素なおにぎりを持っていた。おそらく家の中に懐中電灯をとりに行くときに一緒に作って持ってきたのだろう。
 ながめは半ば突撃するようにこちらに寄ってくる。
 俺は襲われると思って咄嗟に後ずさった。
 だが友人はまったく慌てる様子もない。
 転がるようによってきた毛玉は、友人の前に来るとピタリととまり、犬のような両手を使って友人から器用にその握り飯を受け取った。
 ながめは毛にうずめるようにしてそのおにぎりを貪る。
「な?」
 何がな? なのか知らないが、そのときの俺はすっかり興奮してしまった。
「すっげー! すっげー!」
 俺が大騒ぎしていたからだろう、ながめが俺に興味を向けた。
 おにぎりを顔の前に抱えながら、ゆっくりと顔を左に捻る。
「おと……もだ…ち?」
 それはかすれてはいるものの、まるで若い女性のような高く穏やかな声だった。
「しゃ、しゃべった!」
「知らないのかよ。ながめはしゃべるんだぞ」
 友人は得意げに胸を張る。
 ながめはその友人の影から、おどおどを伺うように俺を見てくる。
「そうだ、こいつは友達だ。怖がらなくて良いぞ」
「お、おれは一泉(いずみ)」
「い、ずみ……。よろ……しくね」
 ながめは――化け物はそういって、大きな瞳でまっすに俺を見た。
 美しい、宝石のような瞳で。

529 名前:『ながめ』2 ◆wzYAo8XQT.[] 投稿日:2014/07/23(水) 01:38:40 ID:ljDx2/zA [3/4]
 それから俺は友人の家を訪れるたび、ながめと会話を交わすようになった。
 学校のことや日々のたわいの無いことを、ながめは飽きることなく聞いてくれ、そしてふふ、と大人しく笑うのだ。
 そんな変わった生き物に俺はすっかり夢中になっていた。
 そんな俺とながめの縁はある日突然切れる。

 件の友人が数日学校を休んだ。
 友人の兄が失踪したからだ。
 数日振りにあった友人は、すっかり狂相となりはて、子供とは思えない、憎しみに塗れた瞳をしていた。
「ながめのせいで……」
 彼はそう呟き、そして俺はついぞ忘れていたながめの伝承の結末について思い出した。
 宝石のような目をした、大人しい穏やかな化け物など、この世のどこにもいなかった。
 ながめは、やはり恐ろしい化け物だった。
 伝承の通り、ながめは家人とともに――友人の兄とともに消えて失せた。
 おぞましい化け物と平然と会話をして、あまつさえ餌さえ与えてしまっていた。
 当時俺はそのことを恐ろしく思うと共に、心底自分の行動を後悔した。
 そのせいもあって、その友人とはそこで疎遠になってしまって、それっきりだ。
 
 あの化け物はいったいなんだったのか。
 今でも時々考える。
 成長した今なら分かる。あの化け物と会話したことは、現実の出来事ではないのだろう。
 なにせ獣が人の言葉を話すわけがない。
 友人の家の軒下に、何かがいたのは間違いない。でも、それは多分、人語を解す童話の化け物なんかじゃなくて、病気の獣か何かだったのだろう。
 それはそれで相当危険だが、ながめが実際にいたということよりはよほど辻褄があう。
 多分俺はそれらしい病気の獣との交流と、友人の兄の失踪がたまたま重なったことで、童話の化け物を思い出し記憶を捏造してしまったに違いない。
 小さい子供は現実ではおおよそありえないものを時たま見る。
 それは子供に特別な才能があるとか、そういうことではなくて、まだ現実を捉える能力が未成熟だから、現実を取り違える、あるいは記憶が簡単に摩り替わってしまうからだ。
 俺が見たながめも、ながめの記憶も、多分そういうことなのだろう。あるいは、イマジナリーフレンズのように、俺からその獣への一方的な会話はあったのかもしれない。
 しかしアレが子供の妄想で、真実でないと分かっていても、それ以来俺にはながめに対する強烈な印象が植えつけられてしまった。
 そしてその印象は今でも消えていない。
 成長して、いくら過去の不可思議な出来事にこのように合理的な説明が出来るようになったところで、それでもその当時の感情は消えはしないからだ。
 俺は今も、妹にながめの影を見る。
 そして思うのだ。ふと気がつけば、軒下から妹が俺を見てくる。あの日見たような、宝石のような大きな瞳で。
 俺は今でも、あの日見た化け物の幻覚に縛られていた。