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602 名前:双子の日常[sage] 投稿日:2014/09/01(月) 05:14:19 ID:XZY79FVo [3/7]




 四月八日に始業式があって、僕は高校二年生になった。進級するにあたってクラス替えがあり、その結果、クラスの半数以上が見知らぬ他人となった。
 この二年四組に朝香という男子生徒がいた。彼は僕と一年生の時も同じクラスだった。
 朝香は始業式の日以来二週間ほど休み、次に来たのは四月二十二日のことだった。

601 名前:双子の日常 上[sage] 投稿日:2014/09/01(月) 05:10:09 ID:XZY79FVo [2/7]


 朝、教室に入ると窓際の一番前の席に誰かが座っていた。
「おはよう朝香」
「ん、おはよう上村」
 朝香は微笑みながら言った。彼には挨拶は微笑みながらするという奇妙な癖があった。
 僕は朝香の一つ後ろの席に座った。まだ、前の女子は来ていないようだ。
 時計を見ると、ホームルームまで時間が少しあったので、朝香に飲み物を買いに行こうと誘った。朝香は二つ返事で(しかも微笑みを添えて)了承した。
 教室のドアに女子生徒が四名固まっていた。クラスメイトだったはずだけど、名前は分からない。
「ちょっと、いいかな」
 朝香がそう女子生徒に言うと、彼女らは満面の笑みを浮かべて道を譲った。朝香の顔が整っているからだ。その証拠に、僕の方へは誰も顔を向けていない。
「ありがとう」
 朝香が、また微笑みつつ言った。彼女たちはその笑顔に黄色い声をあげた。受精が上手くいくと、異性から黄色い声を引き出すことが出来る。朝香にはその特殊能力があって、僕には無かった。僕は両親のセックスの賜物だけど、その時点で見た目による社会的及び本能的な優劣が決まってしまうのだ。父母よ、もう少し上手にセックスしてくれたら、僕はもっと幸せでした。
「なあ朝香」
「ん?」
「何でお前、女子に話し掛けるときいっつも笑いかけてんだ?」
「え? 笑ってないよ」
 朝香は不思議そうな声音で、そう言った。
「いや、今だって笑ってたぞ」
「うそだ。無表情だったよ」
「お前自覚してないのか?」
 朝香は首を傾げた。ああ、こいつは美人の姉とそっくりだから女に見えてしまう。男なのに。逸物が付いているのに。
「じゃあ癖か何かなのかな」
「上村、ぼくにそんな癖はないよ」
「……自然に笑みが零れてくるのか」
 僕はため息を吐いてから、前を向いた。遺伝子の違いというのは残酷だ。
 階段を降りて一階の廊下を歩くと、朝香とそっくりな顔をした女子生徒と出くわした。
「あ、伊織」
「志織」
 朝香は笑顔で、自分の双子の姉の手を取った。朝香さんもニコニコしている。こういう風景は一年生の時、何度も見た。顔が整った双子の姉弟が手を取り合って、ニコニコと会話をしている。それは構図として完成していて、僕は踏みいってはいけないように感じた。廊下を通る生徒達も二人を奇異の目で見ていた。
「朝香」
 僕が呼び掛けると、朝香は満面の笑みを浮かべて振り返った。
「早く買いに行こう」
「ああ、そうか。そうだね。じゃあまた、志織。帰りも一緒に帰る?」
「うん」
 朝香さんは終始笑顔のまま、自分の教室へと戻って行った。僕はあの過不足のない構図を壊したことに、少しだけ罪悪感を覚えた。とても、下らないことだけど。
 ファンタオレンジを買って、教室に戻ると、丁度チャイムが鳴った。僕と朝香は各々の席に戻って、担任を待った。窓からは白い陽光が射し、教室を包んでいた。一つ前の席の朝香は、眩しいのか、手で顔を隠していた。
 チャイムが鳴ってから一分ほど経って、担任の女性教師が教室のドアを開けた。年齢は三十歳。いつもスーツに膝たけのスカートを着用している。独身だと言っていたけど、その工夫の無さがモテない原因だろうと思う。顔が特別悪いわけではないのだから。
 担任は朝香の存在を認めると少し怒ったような表情をした。しかし数秒後には、いつもの愛想の無い表情に戻った。多分、朝香が微笑んだかなにかに違いない。また、あの癖が発揮されたのだろう。悪い面が無い癖だ。羨ましい。
 ホームルームはそのまま、朝香には触れずに終わった。教室は再び喧騒に包まれ、日常が進行する。しかし、その日常に朝香は含まれていない。始業式から二週間も休めば、当然の結果だと言える。クラスの大部分が朝香をチラチラと見ていた。男子は刺々しく。女子は羨望と欲情を伴って。

603 名前:双子の日常[sage] 投稿日:2014/09/01(月) 05:16:54 ID:XZY79FVo [4/7]


 放課後。
 ぼくは上村に別れを告げて、二年一組の教室へ向かった。
 一組はまだホームルームが終わっていなかった。教室を覗くと窓際の一番前の席に志織がいた。志織はぼくに気付くと、笑顔を浮かべて小さく手を振った。僕も笑いながら、手を振り返す。
 数分経つと、教室のドアが開いて、生徒たちが吐き出された。その中に志織もいた。
「帰ろうか」
「うん」
 ぼくは志織の手を握った。そのまま、階段を降りて昇降口へと向かう。
「久し振りの学校だけど、楽しかった?」
「うん、結構良かったよ。伊織は?」
「ぼくもまあ、楽しかったよ。上村以外とはあんまり喋れなかったけど」
「どうして?」
「さあ……? なんか、男子たちが刺々しいんだよね」
「ふうん」
 志織の言葉と丁度に下駄箱についた。上履きとローファーを交換して、外に出る。外には天井が遮っていた青空が広がっていた。天井というのは、空を遮ることで、自分の存在を主張している。その傲慢さがぼくは好きではなかったので、校舎から出られて、少し安心した。何かに包まれているのは、産まれる前だけで充分だ。
 高校は丘の上に建てられていて、校門は坂を下った場所にある。ぼくと志織は手を繋ぎながら、ゆっくりと坂を下った。頭上にはもう散ってしまった桜が、アーチのように存在していた。また、空を遮っている。心なしか、空気が閉塞しているように感じた。気のせいなのだろうか。
「ねえ」
 志織が校門を前にして立ち止まった。桜の天井はもう途切れていて、空には青空が露出していた。
「なに、志織?」
「私のこと、好き?」
「好きだよ」
「本当に?」
 志織は首を傾げて言った。僕と同じ顔が、その薄い唇を開いて、声を出す。奇妙な光景だと、自分でも思う。
「本当に。どうして、そんなことを聞くのかな?」
「そんなことって? 伊織にとっては、そんなことなの?」「そうでしょう」
 ぼくは笑って、かぶりを振った。
「ぼくが志織のこと好きって、それは生物は絶対に朽ちるってことと同じことだよ。つまり、絶対で覆せない事実ってこと。そんなこと、聞くまでもない事実なんだ」
「あー、そっかそっか」
 志織は笑って言った。ぼくも同じ表情をしているのだろう。鏡いらずだ。
「私も伊織のこと好きだよ。聞くまでもないかな?」
「そうだねえ。でも聞いたら、とっても嬉しく感じるよ」
「私も」
 そう呟くと、志織はぼくに抱きついてきた。ぼくも志織に倣って、背中に腕を回す。短いキスを交わして、唾液を交換する。こうすると、ぼくと志織の違いが分かってしまう。第二次性徴期前にはなかった、彼女の胸の膨らみや脂肪。自分の、男としての筋肉や骨の発達。その違いが、ぼくはとても悲しい。大好きな志織と一緒だったのに。それが徐々に変化していく。成長は恐ろしく、しかしぼくらを飲み込んでいく。ぼくたちを、大人へと変貌させるのだ。
 ぼくは顔を離して、志織を間近に見る。
 兎のような、滑らかで、赤みがかった頬。二重の喜びに満ちた瞳。通った鼻筋に薄くて赤い唇。綺麗なカーブを描いた顎。ぼくと同じ顔。でも、ぼくではない。大切で愛しい。それが志織なのだ。
 抱擁を解いて、手をつなぎ直す。ぼくの手にぴったりだ、と思う。それは形がということではない。
 ぼくと志織は言葉もなく、互いに軽く頷いて、また歩き始めた。あと20分も歩けば家に着く。
 下校中の他生徒達の視線や意識がぼくと志織にぶつかっていた。
 でも、隣に志織がいる。それは至上のことで、他は雑事なのだ。完全に、疑いようもなく。

604 名前:双子の日常[sage] 投稿日:2014/09/01(月) 05:19:14 ID:XZY79FVo [5/7]



 ぼくたちの家は昔ながらの日本家屋で、そこそこの広さがある。昔は庭師が手入れしていたという庭は、今では木が生い茂り、家の周りの屏も合わさって、外から覗き込むことを防いでいる。ぼくと志織の部屋は隣り合っていて、障子を開けば直ぐに移動することが出来る。窓を開ければ縁側があり、それは木が鬱蒼とした庭に面している。
 四月二十二日の今日も、ぼくは窓と障子を全開にしていた。窓は庭に、障子は志織の部屋へと通じている。もっとも、障子が塞がれたことなど一度もないのだけど。
 この畳張りの部屋には本棚が一つと、箪笥が二つ、押し入れが各部屋に一つずつあるだけで、かなりすっきりしていた。二組の布団が並んで敷きっぱなしのことを除けば、整理整頓もされている。
「ねえ、伊織」
「なあに志織」
「今日さ女の子と喋っていたでしょ。何を喋っていたの?」
 ぼくは文庫本から、志織へと視線を移した。志織は布団に横たわって、ぼくには背中を向けていた。制服のままだったから、皺がついてしまうのではとぼくは思った。
「それって何時ぐらいのこと?」
「昼休み」
 志織は短く呟いた。少し怒っているのだろう。ぼくは文庫本に栞を挟んで、布団に潜り込んだ。
「女子たちにね、ご飯を一緒に食べようって誘われたんだ」 ぼくは志織の耳元に囁きかける。
「でも、断った。ぼくには志織しかいないから」
「でもニコニコしてた」
「え、してないよ」
「嘘! してたよ!」
 志織は突然ぼくに覆い被さって、首を絞めてきた。しなやかな指で頚を掴み、親指の腹で圧迫する。
「く、……苦しいよ」
「なんで、嘘をつくの? 私は嘘をついたこと無いのに、なんで伊織は嘘をつくの? 嘘って、いけないことなんだよ。なんで、そんないけないことをするの? 伊織は私のこと、嫌いなの?」
 ねえ、教えて?
 志織がぼくにのし掛かりながら言う。いや、待て。ぼくは女子に笑いかけてなんか……。
 そこで、ぼくは上村との会話を思い出した。

605 名前:双子の日常[sage] 投稿日:2014/09/01(月) 05:20:34 ID:XZY79FVo [6/7]

「お前自覚してないのか?」
「じゃあ癖か何かなのかな」

 ぼくは志織の手を振り払って、志織の体を押し倒す。成長期のぼくの体にとって女の子の力なんて、全然問題じゃなかった。
「ねえ聞いて」
「嘘つきの言うことなんて聞きたくないよ!」
 ぼくは志織の腕を抑えつけて、跨がるように膝をついた。
「聞いて志織」
 志織は観念したかのように目を瞑って、ぼくと目を合わせようとしない。それに構わず口を開く。
「ぼくはいつも志織のことを考えてる。志織はぼくにとって一番の存在なんだ。そうすると他の人たちはぼくの意識から外れやすくなる。志織以外は母さんだってどうでもいい。でも、ぼくは社会の内でしか生きられない。社会で生きれば、必然的に他人とのコミュニケーションが生まれてしまう。それを疎かにすると集団から外されてしまうんだ」
「別にいいじゃない、そんなこと」
「うん、別に集団から爪弾きにされようが志織がいればどうだっていいよ。でも爪弾きにされると、生きる上での障害が多くなるんだ。小学校の時、そうだったでしょう?」
 ぼくがそう言うと、志織の睫毛がびくりと震えた。
 忌々しい過去。無邪気な悪意で、ぼくたちに攻撃を加える同級生たち。理解出来ないから攻撃する。何ともシンプルな行動原理。その時のぼくは志織にしか意識が向かなかった。志織もぼくにしか意識を向けていなかった。それはいじめの理由に十分だった。同じ顔の双子はそれだけでも珍しいのだ。それが集団に溶け込まなければ、ああなってしまう。なってしまった。
「だから、無意識にぼくは他人に笑顔を浮かべてしまうんだと思う。ぼくと志織に要らないことをされないように」
 ぼくは川に浮かんだ同級生の姿を思い出しながら言った。それは公には事故として処理されたのだった。他の同級生たちはそうは思わなかったようだが。
「でも、志織と居るときは、嬉しくて楽しくて幸せで暖かくて満ち足りてて心地好くて大好きだから笑ってるんだ。他人に向ける顔とは全く違う。だから、怒らないで」
「無理だよ、そんなの……」
「じゃあ、どうすればいい?」
「……愛して」
「え?」
 志織は躊躇うかのように瞼を震わせた。薄い唇が動いて、白い歯が覗く。その奥から、か細い声が響いた。
「ずっと、私を愛して……。安心させて」
「うん。ずっと、大好きだよ」
 ぼくは頷いて、もたれかかるように躰を寄せた。愛しい唇に触れる。冷たくて、濡れていた。心が満たされる。ぼくには志織以外必要ない。それは絶対の事実で、真理なのだ。
 口付けをして、Yシャツのボタンを外す。白い裸体が露になる。胸の先端には薄紅色の突起が存在を主張していた。
「志織……」
「伊織……」
 志織は目を瞑った。すると、睫毛の陰がうっすらと目の下に落ちた。部屋には夕日が射し込み、志織を照らしていた。兎の背中のような頬が輝き、光を纏ったように見える。
 ぼくたちは縺れ合った。互いが互いを支えるかのように。

 終わり