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739 名前: ◆wzYAo8XQT.[sage] 投稿日:2015/01/12(月) 00:00:40 ID:nLADQarA [1/6]
「おはよう」
 教室に入るなり、今帰さんから挨拶された。
「お、おゃぉぅ……」
 しまった、今帰さんとのコミュニケーションは今後曖昧に誤魔化すことに決めたのに、条件反射で返事してしまった。
 条件反射にも関わらず噛んでしまうのは、近年、人から挨拶をされるという経験が圧倒的に欠如しているからだ
 反射すらまともにできないのか僕は。病気か。
 反射といえば、脚気の原因がビタミン欠乏だと突き止めた人はノーベル賞をもらったらしいが、誰かコミュ障の原因も突き止めてはくれないだろうか。ノーベル阿賀賞をあげるから。
 横目でちらと彼女を見たところ、彼女もしまったという顔をしていた。
 彼女はみなに挨拶していただけなんだろう。
 ついその流れで、みなに含まれない僕にも挨拶してしまった。
 彼女の友人と思しき、リア充グループの一員も怪訝な眼でこちらを見ている。
 やめろこっちを見ても面白いことなんて何にもないぞ。
 憐れな珍獣が一匹いるだけだ。

――――――――――――――――――――――――

「じゃあ阿賀君、この資料生徒会に提出してきて」
 目を覚ますと、図書委員長が俺を見下ろしていた。
「へ?」
「だから資料、生徒会まで持ってってね」
 ここは……図書室だ。そうだ、僕は図書委員会の定例会に参加していた。そして寝ていた。
 周りを見回すと、図書委員会はもう終わっていて、他の人間はぱらぱらと席を立ち始めるところだった。
 馬鹿な! この僕が人から話かけられるなんて! この僕が!!
 委員会活動ではありとあらゆる面倒に巻き込まれないよう、完全に気配を消しているのに。別名ガヤ要員。
 寝るときも、あたかも「瞑目しているだけですよ?」という雰囲気を全力で漂わせているのに。うっかり熟睡していたとでもいうのか。突然に隣の席の奴から襲われたらどう対処する気だったんだ僕は。修行が足りないな。こんなんじゃ、ぼっちとして生きていけないぜ。
 僕は凡百のぼっちに違わず、普段から警戒心が無駄にマックスで、学校ではよく寝ている(寝たふり含む)ものの、周囲の人の気配に気づかないほど寝入ることは滅多にない。
 これというのも全部今帰さんが悪い。彼女のせいで、昨日なかなか寝付けなかったり、余計な心労で精神を消耗したりしたからだ。どうして彼女はこうも僕の心をかき乱す。
 
 にしても、資料を生徒会に届けるのは、一般的には副委員長の仕事のはずだ。
「へ、あ、あの、その」
「ほら、どの資料のことかも分からない。話聞いてなかったでしょ。その罰」
 委員長は僕をねめつけるように見てくる。
 う、失敗した。

 あー、生徒会かー。行きたくないなー。
 なぜなら生徒会には今帰さんがいる。
 僕みたいなコミュ障が出来る、気まずい感じの相手に対する対応はただ一つ。
 避ける。ひたすらに。それだけ。

740 名前:今帰さんと生徒会 ◆wzYAo8XQT.[sage] 投稿日:2015/01/12(月) 00:01:10 ID:nLADQarA [2/6]
 僕には問題解決能力なんてさっぱりないんだ。だから時間という世界最強の問題解決者が解決してくれるのをただ待つ。
 幸いにもぼっちだから、すべての問題を時間が押し流すまで人を避け続けることはまったく難しくないんだけど、まさかこんな障害で阻まれるとは。
 ぼっちといえど学生である以上、社会と完全に隔絶して生きていくことは不可能だ。
 ああ、山にこもりたい。自活力まったく無いけど。仙人になりたい。修行とか絶対無理だけど。
 結局、僕は面倒な人付き合いが嫌なだけなのだ。インターネットが無ければ一週間で寂しくて死ぬくせに。

 そうして、資料を放置する屑さもなく、さらに他の誰かに頼む勇気も容量のよさも無い僕は、無事生徒会室前に辿りついてしまった。
 そうこういっても、別にそこまで今帰さんに会うのが億劫なわけでも気まずいわけでもない。
 なんてことない。だって僕たちは別になんでもないのだから。
 そう自分に言い聞かせる。
 意識するから失敗するのだ。意識しなければ、どうということはない。
 そう思っている時点ですでにめちゃくちゃ意識しているのだが、それを言ってはおしまいだ。


 生徒会室の前で、大きく深呼吸をする。
 吸って、吐いて。
 うん、空気がまずい! 青春の匂いがする!
 ダイレクトなストレスが僕の意識を鮮明にする。
 さて、少し精神も落ち着いた。大丈夫だ。
 ノックして、『図書委員です。資料を提出に来ました』と言い、後は適当な人物に渡すだけ。
 難しいことは何も無い。想定外の事態が起こるような複雑な事象でもない。猿にも出来る。僕にも出来る。
 大丈夫、大丈夫だ。
 スライド式のドアの取っ手に手をかける。
 そしてドアがすごい勢いで開いた。
「けぱぁ!?」
「きゃあ!?」
 僕は驚き、わけの分からない声を上げ、そして資料を盛大にぶちまけた。
 目の前には、驚いた顔の今帰さんがいた。
 向こうもちょうどドアを開けようとしたところだったらしい。
 お互いドアを同時に開けようとした結果、こうなってしまったというわけか。
 余談だがこの現象を僕は『他動ドア』と名づけている。
「ご、ごめんなさい」
 彼女のほうが混乱から立ち直るのが早く、慌てて床に散らばった資料を拾い集めだした。
「あ、いいよ、僕がやるから」
 僕も資料を集めだしたが、もうほとんどのプリントは今帰さんによって集められていた。
 プリント集めるのまで早いなんて流石は今帰さんだ。優等生は何でも出来る。
 そしてなんだか、サボっていると思われたくなくて申し訳程度に作業に参加して「俺もちゃんと作業しましたよ」面しているようで大変居心地が悪い。
「はい。ごめんね」
 彼女は自然に謝って、僕に書類の束を渡す。
「いえこちらこそごめんなさい。ありがとうございます」
「ふふ、そんなに畏まらなくてもいいのに」
 申し訳なさから自然と敬語が口をついて出る。
 それに対し今帰さんは相変わらず天使だ。天使かな?
「それにしても、『けぱぁ』ってなんだよ」
 今帰さんの後ろで、生徒会メンバーと思しき面々が大笑いしている。
 僕が聞きたい。

741 名前:今帰さんと生徒会 ◆wzYAo8XQT.[sage] 投稿日:2015/01/12(月) 00:01:46 ID:nLADQarA [3/6]
 じゃあお前らはマリオがジャンプしたときに、「ティウン!」って言う理由を知ってるのか?
 無論、僕はしらない。
「そんな風にからかっちゃダメですよ」
「いやーごめん。それで、けぱぁ君は何の用だい?」
 けぱぁ君って僕のことかよ。
「あ、図書委員です。資料を届けにきました」
 そう言いながら、先ほど今帰さんから受け取ったばかりの資料を渡す。
 これ、今帰さんから直接渡してもらえばよかったんじゃない?
 僕に資料返してもらうっていうワンステップ丸々無駄だったんじゃない?
「今帰さんがこんなことになるのって珍しいね」
 生徒会のメンバーの一人と思しき少女がそんなことを言う。
 そりゃ誰だって珍しいと思いますよ。こんなことがしょっちゅうあったら大変でしょうがない。
 僕が怪訝な顔をしていることに気づいたんだろう。もう一人の少女が言葉を補足する。
「あー、今帰さんって、廊下でおしゃべりしてても、人が近くに来ると必ず避けるもんねー。私なんて気づかずに迷惑がられちゃうことよくあるのに」
「それはセガがぼけっとしてるんだよ」
「あー酷いー!」
 今帰さんは僕みたいに視野の狭い人間から見たら関心するぐらい色んなことに気がつくんだけど、それはそんな場面でも発揮されているんだな。
「あはは、本当、珍しいですよね」
 今帰さんも苦笑する。
「あ、僕、気配が薄いから」
「気配が薄いってなんだよ」
「けぱぁ君って面白いなー」
 何が面白いのか、僕にはさっぱり分からないよ。
「そういえば、今帰さん、何か用事あったんじゃないの?」
 ふと気になって今帰さんに聞いてみる。
 今帰さんは怪訝な顔をする。
「え、どうして?」
「だって戸をあけようとしたんでしょ?」
「人影が見えたのに中々入ってこないから気になっただけだよ。そしたらちょうど開けるんだもん、びっくりしちゃった」
「あ、ご、ごめんなさい」
「こっちこそごめんね」
「ええいめんどくさい! お前ら夫婦か!!」
「え、ちょ、ま」
 僕は本気で困惑する。ただお互い謝りあっただけで夫婦扱いされるとは。
 夫婦だって? 冗談じゃない。ぼっちは一人なんだ。どうやって一人で夫婦になるんだ。僕はカタツムリか何かか。
 まったく、高校生という奴は、ただの彼氏彼女でも夫だ嫁だとはやし立てる。婚姻というものを軽視しすぎる。冗談ではない。僕が誰かと結婚できるだなんて本気で思っているのか。いや本気じゃないことは最初から分かっている。だから正しくは、僕が誰かと結婚できるだなんて冗談でも思っているのか、だ。
 現実逃避のために、一通り妄言を脳内で吐いた後で、「今帰さんが可愛そうですよ」という軽い自虐で場を凍らせようとする。
 そこで、生徒会の面々の視線が僕のほうに、正確には僕の隣にいる今帰さんに集中していることに気がつく。
 どうしたんだ。まさか泣き出したというのか。おいおい、それが許されるのは小学生のうちまでだぞ。というかやめろよ。僕は何も悪くないのにどうして泣かれなければならないんだ。理不尽にもほどがある。
 僕は横目でちらと今帰さんの顔を伺い見る。
 今帰さんの顔は耳まで朱に染まっていた。
 今帰さんは両手で頬を押さえ、必死に赤面を収めようとしている。
「ち、ちがっ、そんなんじゃ……」
 今帰さんは顔を真っ赤にしたまま、覚束無い調子でもごもごと言う。
 て、照れてる?

742 名前:今帰さんと生徒会 ◆wzYAo8XQT.[sage] 投稿日:2015/01/12(月) 00:02:10 ID:nLADQarA [4/6]
 これは怒りで顔が真っ赤になってるのとは違うよな?
「や、やだもう! 今帰さんうぶ過ぎー」
 誰かが何とか場を収めようとする。
 声が上ずっていることからも、動揺は明らかだ。
 そりゃあ動揺するだろう。僕もめちゃくちゃ動揺している。
 夫婦、と言われるだけで赤面して弁明もままならなくなるとか、どれだけ今帰さんは初心なんだ。天使か。
 まったくもって現代の高校生とは思えない。明治大正の女学生だってもう少し摺れているだろう。
「ひ、ひゅー! けぱぁ君もてもてー!」
 おいやめろばか。僕を巻き込むな。僕が滑ったみたいになるだろ。
「あ、じゃあ僕かえりますね」
 ぼっちアビリティの一つ、空気ぶった切りを発動し、僕はこの状況からとっとと退散させてもらうことにした。
 困ったときは逃げの一手。というか混乱で思考が回らない。
 思考が回らないときに行き着くところは習慣だ。普段から惨めに逃げ回っていてよかった!
 だが、思いも寄らないことが起こった。
「阿賀君、教室に行くの? 私も教室に施錠に行くから一緒に行こ」
 今帰さんがそんなことを言い出したのだ。
 今帰さんの顔はまだ赤い。
 おい何考えてんだ。せっかく僕が消えることでこのおかしな空気を仕切りなおしてやろうとしているのに。
 これで僕と今帰さんが二人で出て行ったらますますおかしな空気になるだろ。残された彼らのことも考えろ。
「いや、まっすぐ帰るよ」
「鞄は?」
「教室」
「じゃあ教室行こう」
「はい」
 はいじゃないが。
 い、いや落ち着け僕。自意識過剰もいいとこだ。今帰さんも一緒に退出するのは、中心人物が二人とも消えることで一気に事態の沈静化を図ったとかそういうことに違いない。僕にはよく分からないが、リア充の行動に間違いは無い。はずだ。たぶん。


――――――――――――――――――――――――――


「ごめんね。悪い人たちじゃないんだけど」
 無言で、気まずい思いをしながら廊下を歩いていると、今帰さんがそう言ってきた。
「何の話?」
 僕はすっとぼける。もちろん、生徒会メンバーのことを指しているのは分かっている。だけどここですぐに応じたら、それは僕が彼らを不快に思ったことを表明することと同じだ。
 今帰さんは聡いから、そういうことにすぐに気づくだろう。もちろん、こうやってしらばっくれても気づくと思うけど。
「会長たち。人との距離が近い人でね、初対面でもあんな感じなの。阿賀君だけにああなわけじゃないから、気を悪くしないでね」
 なんと。僕のことをけぱぁ君と呼んだあの騒がしい男は生徒会長らしい。どう考えても適職だとは思えない。リコールだ! クーデターだ! 貴公の首は柱に吊るされるのがお似合いだ!
 とはいえ、代わりの人間もいないのだろうけど。生徒会に入りたがるのなんて、馬鹿か内申点稼ぎの狡い奴か、そうでなければ底抜けの奉仕者(別名を天使という)かでしかありえない。会長はおそらく最初。今帰さんは最後だと思う。最後であってくれ。

743 名前:雌豚のにおい@774人目[] 投稿日:2015/01/12(月) 00:02:31 ID:nLADQarA [5/6]
 ああそうだ、今帰さんが生徒会長になればいいじゃないか。人の上に立つのに、彼女以上の適材なんて存在しない。
 僕が思うまでもなく、今帰さんが立候補すれば今年の生徒会選挙で支持率百パーで生徒会長就任することは確実だろう。
「ああそうなんだ。全然、気にしてないよ。賑やかな人たちだなとは思ったけどさ」
 ちなみに、僕の中では賑やかな人はつまり嫌いな人を意味する。
「阿賀君、ああいう風に扱われるの、嫌いだと思って」
 ばっちり見抜かれている。
「い、今帰さんこそ、何かあったんじゃないの?」
 気まずいことには答えない。僕は強引に話を変えた。
「どうして?」
「朝からなんとなく固い顔してたからさ、何かあったのかと思っちゃったよ」
「そんな顔してた?」
 彼女は、やや僕の顔を覗き込むように聞いてくる。
 しまった、踏み込みすぎたか。気持ち悪いと思われる。
「あ、いや、別に僕がそう思ったってだけだから、気にしないで。ほら、ぼく人の顔よく分からないし」
 これは事実だ。今日会った生徒会の面々だって、集会や何かで一度や二度は必ず見ているはずなのに、彼らが誰だか僕にはさっぱり分からなかった。
「何それ」
 彼女はくすくすと笑う。
 よかった、重い空気にならずに済んだ。

 教室に着くと、僕はすぐに鞄を持ってそのまま教室から出ようとする。
 一度教室に入った今帰さんも、僕の後について教室から出てきた。教室には誰もいなかったのに、教室を施錠する様子はない。
「そういえば、教室、施錠しなくていいの?」
「うん。まだ時間早いし」
 僕の疑問に、彼女は平然とそう答える。
 あれぇ? 今帰さんは教室を施錠するといって僕と一緒に来たはずなのに。
 やはり教室の施錠はただの口実で、本当の目的は生徒会メンバーと僕のフォローか。それで生徒会室を抜け出したわけだ。
 さすがリア充。僕には誰かのフォローなんて、発想からして存在しない。それをこうも自然とこなせるなんて。そりゃあ人から好かれるわけだ。だれだって、気の利かない奴より気の利く奴のことを好きだ。
 ただし、本当に気を利かすなら、ぼっちにはフォローは不要ということをここで覚えていただきたい。ぼっちは褒められてもけなされても嫌な気分になる。
「今帰さんは優しいね」
 皮肉か、それとも正直な気持ちかは自分でも分からないが、うっかりそんな言葉を口にしてしまった。
 しまった。そう思ったときにはもう遅い。
「どうして?」
 今帰さんはいつもの微笑を顔に貼り付けたまま、穏やかな声で聞いてくる。
 どうにも、僕にはそれが作り物にしか思えなくて、少し恐ろしく思った。
 思考が瞬間的に恐ろしい速度で回るが、結局僕は適切な言葉を考え付くことが出来ず、黙る。
「またね」
 黙ってる僕を見てどう思ったのか、今帰さんはそう言って踵を返した。
 あああああ。
 彼女はきっと愚図な僕のことを軽蔑したことだろう。
 人から明確に失望を表されるのは本当に傷つく。
 いくら人から馬鹿にされ続けても、この苦痛には一向になれることが無い。だからぼっちなんてやってるのに。
 僕は走って逃げ帰りたい気分だった。
 背後に今帰さんの気配が無ければ、そうしていただろう。
 僕は憂鬱な気分のまま、早歩きで自宅へと逃げ帰った。