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749 名前:今帰さんと変質者 ◆wzYAo8XQT.[sage] 投稿日:2015/01/18(日) 02:00:29 ID:LQ5J5NT2 [2/7]
 帰宅して。
 ポケットから携帯を取り出したとき、何かが落ちた。
 一端が猫みたいな形に曲げられたヘアピンだ。
 なんでこんなものが僕のポケットに?
 いや、どこかで見覚えがある。どこかで最近みたような、見てないような。
 ……いや、見た見た! 見てないようなじゃない! 見てる! 僕見てる! これ、今帰さんの頭についてた奴だ!
 今帰さんはいつも前髪を数本のヘアピンで止めている。これはそのうちの一本だ。
 いつの間に僕のポケットに混入したんだ!?
 普通だったら気づくだろうが、さっきはそれどころじゃなくて気づかなかった。
 どうしよう。探してるだろうな。
 返すべきだろう。
 しかしどうやって弁明すればいいんだ。
 僕がこれから返しに行っても、僕が今帰さんのヘアピンを盗んだようにしか見えないだろう。
 だっていかにも美少女の私物を盗りそうなキャラだし、僕。
 まったく、酷い偏見だ。そういうのは行動力がある奴がやるものだ。僕くらい行動力が無いと無害なもんだ。
 だが、事実は問題ではない。大事なのは印象だ。
 さて、どうする。
 そうだ、今帰さんの机の中にでもいれればいいんだ。
 これなら返すのに顔を合わせる必要は無い。つまり誤解されることも気持ち悪がられることもない。
 少し腑に落ちない面もあるだろうが、それでも置き忘れたのだとすぐに納得してくれるはずだ。
 僕がチキンなせいで彼女はあるはずも無いところを不毛に探す時間が延びてしまうかもしれないと思ってしまって少し気に病やまなくもないけれど、物事をいちいち深刻に考えすぎてしまうのはぼっちの悪い癖だ。
 関わる相手がいないからいちいち小さな事象を深刻視してしまうんだ。何のことは無い。気にすることは無い。本当に無駄な時間を使わせてしまったらごめんなさい。
 
 そうと決まれば行動は早いほうがいい。
 時間が立てばたつほど事態は深刻化し、収集がつかなくなるものだ。
 僕は早速学校に向かった。

 時間はまだ十七時半。教室はまだ施錠されていなかった。
 確か今帰さんの席は教室入り口から右に一つ、後ろに四つ。
 念のため、引き出しの中を見る。
 引き出しの中は空だった。几帳面な彼女は、置き勉したりはしていないらしい。毎日すべての教科書やノートを持ってくるなんて大変だろうに。
 あまりに使用感が無くて、この机は誰にも使われていない机なのではないかと思いそうになる。
 椅子にクッションが置かれていなければ、そう思っていたことだろう。
 さて、もちろん僕は今帰さんの使っているクッションの図柄を知っているわけがない。それどころかクッションを使っていることさえ知らなかった。
 うーん、いまいち今帰さんの机だという確信が持てない。それに、こうまで机が空っぽだと、ヘアピンを置いても不自然なように見えてくる。
 どうしたものか。
 僕は何気なく体を捻り、後ろを見た。
「阿賀……くん……」

 そこには、教室の入り口から呆然と僕を見る今帰さんがいた。

750 名前:今帰さんと変質者 ◆wzYAo8XQT.[sage] 投稿日:2015/01/18(日) 02:00:53 ID:LQ5J5NT2 [3/7]

 ……。
 あばばばばばばば。
 あばばばば、今帰さんなんでここに!?
 それに、確かに教室の戸は閉めたはずなのに。なんで開いてるんだ!?
 あばばいやそれより弁明だ!
 弁明しないと、スクールカースト頂点の彼女が告発すれば僕は虫を踏み潰すように悲惨に蹂躙され、そしてあっさりとこの学校から去る破目になってしまう!!
「ち、違うんだ! これにはわけがあって!」
 って何だこの言い訳は!
 これじゃいかにも疚しいことがあって言い訳しているみたいじゃないか!
 実際に少々疚しいところがあるのがなおさらたちが悪い。
 くそ、僕が悪いわけじゃないのに。
「そのヘアピン……」
 彼女は僕の手にある例のヘアピンを見てつぶやく。
 あ、あああああ!!
 違う! 違うんです!!
 何が違うの? と聞かれると困るんだけど、とにかく違うんだ!
 いや、いっそヘアピンがあるからいけないのではないか?
 今これを口の中に放り込んで咀嚼し、飲み込めば証拠は消える。
 死にはしないだろう。よし、やるか!
 僕がヘアピンを飲み込んで隠滅するという最悪の選択を選ぶ直前。
 今帰さんが駆け寄ってきて、僕の手を取った。
 し、しまった!
 終わった。何もかも終わった。
 僕がすべてを諦め、「私が……やりました」とありもしない罪の告白をし、跪いて懺悔をしようとした瞬間、今帰さんから思いも寄らぬ言葉がかけられた。
「阿賀くんが拾ってくれてたんだね」
 彼女はキラキラと輝く目で僕を見る。
 ……え?
「よかった、探してたの。よく私のだって分かったね」
 て、天使だ……! 彼女こそ地上に顕現した女神だ!!
 感動のあまり信仰に目覚めそうだ。これが洗礼って奴か!
 ああ、これが清教徒革命か!
 革命だ! 彼女こそが、この腐った世界を救うことの出来るたった一人の存在なんだ!
 みな、今帰さんを崇めよ! 今帰さんを称えよ! そうすれば世界は平和だ!
 ばんじゃーい! ばんじゃーい!
「あの、阿賀君」
 今帰さんが怪訝な目で僕を見ている。
 い、いかん、衝撃のあまり意識が飛んでいたみたいだ。今だって膝から崩れ落ちてしまいそうである。
「はい、何でしょうか今帰様」
「今帰様!?」
「失礼、イマキエルとお呼びしたほうがよろしかったでしょうか」
「イマキエル!? 何を言っているの阿賀君!?」
 ほんと何を言ってるんだ僕は。
「ごめん。天上界からの電波を受信してさ」
「あ、阿賀君!?」
 今帰さんが困惑している。喜びのあまり調子に乗りすぎた。これ以上気持ち悪いと思われる前にやめておこう。
 ヘアピンは返した。つまりここにきた目的は達成した。
 さて、帰るか。
 そう思ったが、今帰さんが握った手を離してくれない。
 そろそろ手汗が気になってきたから話してください今帰さん。このままでは今帰さんの手が僕の粘液――ではなく手汗でびちゃびちゃになってしまう。
 僕は目に念を篭めて今帰さんを見ていると、今帰さんは唐突にスマホを取り出し、
「あの、阿賀君、ライン、交換しない?」
 と言い出した。

751 名前:今帰さんと変質者 ◆wzYAo8XQT.[sage] 投稿日:2015/01/18(日) 02:01:14 ID:LQ5J5NT2 [4/7]
「ら、らららいんですか?」
 リ、リア充だ! ラインってあの淫行やネットいじめ、そして成りすまし詐欺に定評があるあのリア充御用達ツールのことか! 心臓が跳ねる。
「うん。だめ?」
「だ、だめって言うか、無理」

「……どうして?」
 それはまるで地の底から響くような声だった(当社比)。
 いつも明るくて快活な今帰さんから発せられたとは思えないような、暗く、冷たい声。
 僕は激しく動揺した。
 今帰さんがこんな声を出すなんて、まるで自分がとんでもない失敗を犯したような錯覚をさせられる。
 落ち着け。錯覚だ。僕は何も悪くない。
「どどどどどどどうしてっていうか、ほら、僕ガラケーだから」
 険しかった今帰さんの表情が、ふっと緩んだ。
「なーんだ、よかったー」
 本当によかった。
 心臓が止まるかと思った。ちょっと止まったかもしれない(当社比)。
「ねえ、阿賀君ってスマホにしないの? ライン便利だよ。スマホじゃないのって珍しいね。ほら、阿賀君ってゲーム好きでしょ? スマホじゃないと出来ないゲーム沢山あるんじゃないの?」
 怒涛の質問攻めだ。会話処理機能が貧弱なぼっちの脳がハングアップしてしまう。五分くらいフリーズしててもいい?
「あ、うん。ほ、ほら、僕って友達いないから、いらないんだよ」
 そもそも外でゲームをしたかったら携帯ゲーム機でやる。スマホじゃないと出来ないゲームなんでソシャゲーくらいのものだが、ソシャゲーなんてあんなつまらないものやってられるか。あれはソーシャル、すなわち友達がいるからやるものだ。つまりぼっちの僕には関係ない。
 つーか僕、ゲーム好きだなんて一言でも言ったっけ? 偏見だ!
「よかったー。だから阿賀君のID見つからなかったんだねー。私が嫌われてるわけじゃなかったんだー」
 僕の渾身のぼっちジョークはスルーされた。向かうとこ敵無しのジョークなのに。ぼっちだから言う相手いないし今日始めて言ったけど。
 ああそうか、ラインって勝手に知り合いの電話番号とか全部登録されるとか聞いたことある。
 怖いなー。友達いなくてよかったー。
「頑張って探したのに見つからないから泣きそうだったよー」
 ある日突然今帰さんから登録申請をされたら泣き出す男がたくさんいるだろう。
 僕の場合、さらにそれが罰ゲームやなりすましだったというオチがついて一イベントで二度泣ける。お得!
 一石二鳥を地で行く人生だ。
「もしかして阿賀君ってmixiもfacebookもtwitterもやってないの?」
 うん。確かに何一つとしてやってない。
 だけど何で今それを持ち出すんだ。それら全部で僕を探したとでも言うのか。
 まさか。いやまさかな。ないない。
 しかしすごいな一般人は。
 世の中にはこんなにたくさんソーシャルサイトがあるんだ、そのソーシャルサイトの数だけ今帰さんからの登録申請を受け取れるなんて。
 僕の場合、さらにそれが罰ゲームやなりすましだったというオチがついて四イベントで十度泣ける。一イベントにつき二回。さらにもう二回はおまけだ! お得!
 ……なんて恐ろしい世の中なんだ。殺す気か。ぼっちを殺す気か。
 もちろん、実際にぼっちがそれらのツールを使っていることはないわけで、つまり殺される心配もないわけだが。
 あー、ぼっちでよかったー。

752 名前:今帰さんと変質者 ◆wzYAo8XQT.[sage] 投稿日:2015/01/18(日) 02:01:34 ID:LQ5J5NT2 [5/7]
「そ、そういうわけだから、じゃあ」
「じゃあさ、メールアドレス教えてよ!」
 今帰さんすごい積極的。ぜんぜんひるまない。
 ぼ、僕ぼっちだからメールアドレスとか持ってないって答えたらどうなっちゃうんだろう。
「電話番号も教えてよ!」
 連続攻撃だ! 抵抗は無意味だということか。それともやはり僕ぼっちだからメールアドレスも電話番号も持っていないという切り替えしを試みるべきか。
「あ、け、携帯ー。携帯忘れちゃったなー」
「どこに? 一緒に取りに行こう?」
 いえ結構です。
「い、家に」
「嘘」
「え?」
「嘘、吐かないでよ」
 今帰さんの声色は再び先ほどのような冷たいものになっていた。
 ふ、ふええええええ。怖いよおおおおおおお。
「私見たんだから。授業中、携帯電話いじってるの。阿賀君、ずっとそうだよね。何やってるの?」
 何って、そりゃ、2ch。
 じゃなくて何で見てるんだ。僕のぼっちステルスは完璧だと思っていたのに。幻のシックスメンだと思っていたのに。僕の神の不在証明(パーフェクトプラン)を見抜くなんて、まさか念能力者!?
 そもそも、僕は一回下校したんだから、家においてきたという可能性は想定しないのか。
 僕がその反論をする前に、彼女は僕のズボンの右ポケットを掴んだ。
 ひえっ。
「ほら、あった」
「あ、ああそうだった、勘違いしてたよ。疲れてるのかな? だから帰って寝るね。お休み」
 そういってそそくさと彼女の脇を通り抜けようとした僕の手を彼女は取ると、そのまま壁に押さえつける。
 いわゆる壁ドン(リア充版)という奴だ。
 僕、こういう意味で使われる壁ドンって嫌いだなー。
 壁ドンとは、もっと憎しみとか怒りの詰まった、殺伐としたものであるべきだ。いやいま僕が味わってるこれも結構殺伐としてるけど。
 青い顔をしながら僕はそう思う。
 壁ドンされるとこんなにどきどきするものなんだね。
 まるで僕は乙女のようだ。無論、錯覚である。
「ねぇ、どうして逃げるの?」
「ぼ、ぼぼぼぼく本当に体調が悪いんだ、ほら、顔が真っ青だろ?」
 むしろ真っ白になってるかもしれない。
「大変。看病しなきゃ」
 今帰さんはそういって、顔を僕の顔に寄せてくる。
 ど、どどどどどんな看病!? まさか今帰家にはキスをすると風邪が治る的な治療法が代々伝わっているの!?
 吐息がかかる距離まで近づくと、今帰さんは空いている方の手を僕の額に当てた。
 なんだ、普通じゃないか。
 僕は内心、少しがっかりする。
「よかった、熱はないね」
 むしろ血の気がうせて寒いくらいだ。
「今帰さんの風邪はどこから? 僕は鼻から」
「CM?」
「製薬会社の回し者なんだ、僕」
「ふふ、私に勧めてどうするの?」
「今帰さんが使ってると分かれば売り上げ爆上げ間違いなしだからね。どの会社も今帰さんの動向を注目しているよ」
「うちの風邪薬、お母さんが買ってくるんだけど、じゃあお母さんも製薬会社の回し者?」
「……僕から言えることは一つだけ。『赤と白のつぶつぶには気をつけろ』」

753 名前:今帰さんと変質者 ◆wzYAo8XQT.[sage] 投稿日:2015/01/18(日) 02:02:55 ID:LQ5J5NT2 [6/7]
「ふふっ、古いよ阿賀君っ!」
 今帰さんが盛大に笑い出した。
 今帰さんは優しいな。
「で、携帯は?」
「こちらでございます」
 今帰さんは笑っているときとはうってかわってゴミを見るような目で僕を睨み、僕は即座に携帯を差し出した。
 いや、無理だ。この今帰さん相手に抗うのなんて無理に決まってる。
 怖すぎる。
 すぐに電話番号とアドレスの交換を終える。
 今帰さんはにこにことご機嫌だ。
「これでいつでも連絡できるね」
 すぐに僕の携帯電話が鳴動する。
 メールを受信しており、そこにはよろしくね、と書かれていた。
 お、おう。よろしくねえ。
「そ、それじゃ」
 僕は半ば走るように逃げ出した。
 





 ああ怖かった。
 今帰さんの振る舞い。普段と明らかに違った。
 今帰さん、いったいどうしてしまったんだろう。
 体調が悪いのは僕じゃなくて彼女のほうだ。
 それにあの冷たい目に冷たい声。
 今帰さんがあんな振る舞いを出来るなんて。
 例え今帰さんがどれだけ優等生といえど、やはり人間ということか。
 ああ僕の天使。一体君はどこに行ってしまったんだい。
 携帯電話が鳴動する。
 また僕の天使(過去形)から着信があったのだろう。
 僕はそれを見ることなく、眠りにつくことにした。








 やりすぎだったかな。
 阿賀君、引いちゃったかな。
 大丈夫だよね。
 だって私はヘアピンを盗まれるところだった。
 大事にしていた、猫のヘアピン。
 それも勝手に私の机を漁っていた。
 まるで変質者。
 これは阿賀くんが悪い。私は被害者。
 だから、私は不幸で、罰を受けたんだ。
 もう罰は終わり。これ以上罰を下す必要はない。その上、阿賀君に嫌われるなんて、そんなの不幸すぎる。つりあわないよ。
 だから、この不幸の分を取り返すまでは、大丈夫……だよね?