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892 名前:「ほしいもの 前編」[] 投稿日:2015/03/30(月) 09:28:54 ID:ktn14Xxg [1/6]
「嫌だ…もう嫌だ…!」

俺こと柴山元気(しばやま げんき)は山道を走っている。理由は単純。

自殺するためだ。

「追ってきてないよな…?」

後ろを振り返るが追ってきてる気配はない。今しかチャンスはない。

「早く、早く…死なないと…!」

端から見れば自殺するにしても急ぎすぎに見えるだろう。自分でも分かっている。だが急がないといけない。

あいつ、桑畑海(くわばた うみ)に捕まる前に。

出会いは大学1年のときだ。一人暮らしをしている俺は生活費を稼ぐために喫茶店でバイトをしている。海はそこの客だった。

その店ではその日に入る店員ごとにメニューが変わる。コーヒー、カフェオレなどなど。俺はその中のコーヒー担当だ。

先輩に淹れ方を教わったときにコーヒーの淹れ方が上手かったとのことで、この役割に付いている。

893 名前:「ほしいもの 前編」[sage] 投稿日:2015/03/30(月) 09:32:03 ID:ktn14Xxg [2/6]
ある休日の夕方、閉店まであと少しというときだった。

カランカランと音をたててドアが開く。

「いらっしゃませ。」

本当なら接客担当の人がいたのだが、丁度裏の仕事に回っていたので店内にいた俺がオーダーを聞く。

「ご注文、は…?」

俺は様子の変さにすぐに気づいた。彼女は泣いていた。

「…コーヒーで…。」

今にも消えてしまいそうな声で言ってきた。

「(なるほど、失恋か…)」

根拠こそなかったが、俺は確信した。先輩によれば彼女のように啜り泣きながら携帯を眺めている人を大概失恋した人らしい。事実、そのほとんどがそうだった。だから今回もそうなんだろう。

俺はすぐにコーヒーを淹れる。幸い店内には彼女以外に客はいなかったので手間をかけることができた。

「お待たせいたしました。コーヒーになります。」

彼女の前にコーヒーを置く。

いまだ啜り泣く彼女は震える手でカップを掴み一口。

「甘っ…!」

そのあまりの甘さに驚き俺を見る。

「どうでしょうか?」
「お…美味しいですけど、甘すぎないですか?」

それはそうだ。一手間かけたからな。

「せめてコーヒーだけは甘く味わってほしかったので。」
「え…?」

これは俺の持論だ。辛いことを思い出し、または味わって苦しんでいるのならせめて少しでも紛らせるものを出そうと。

ならば甘いものという答えにいたった。

彼女は再びコーヒーに口をつける。

「甘い…、甘いよぉ…!」

彼女は溢れ出したかのように大粒の涙を流す。

それから数分後、戻ってきた先輩に勘違いされ、その誤解を解く頃には閉店時間を過ぎていた。

それから閉店後の掃除や仕込みなどを終える頃には外は暗くなっていた。

「お疲れー。」
「お疲れ様です。」

先輩と別れの挨拶をし帰路につこうとする。

「あの!」
「はい?」

呼び止められたので振り替えると、そこには彼女がいた。

「あれ、帰ったんじゃなかったんですか?」
「その…、お礼が言いたくて待ってました。」
「今までですか!?」

閉店してからの作業を終わるまで一時間以上かかる。それまでずっと外で待っていたのか?

「すみません。長い時間待たせてしまって。」
「い、いえ!私が勝手に待っていただけなんで!」

そこで俺は改めて彼女を見る。大分落ち着きを取り戻したのか顔には笑顔が戻っている。少し前まで号泣していた人とは思えなかった。

それにしてもどうしてこんな可愛らしい人がフラれるのだろうか?モデルとまではいかないが、顔立ちは整っているし私服のラインからスタイルがいいのも伺える。となると彼氏に見る目がなかったのか、それとも彼女の性格に問題があるのか。

「お礼と言っても、自分はコーヒーを出しただけですよ。」
「それでもですよ。」

そう言って彼女は柔らかく微笑む。…ほんとなんでフラれたんだこの人?

894 名前:「ほしいもの 前編」[] 投稿日:2015/03/30(月) 09:35:03 ID:ktn14Xxg [3/6]
「あ、お名前聞いてもいいですか?」
「柴山元気です。そこの×大学の1年生やってます。」
「私は桑畑海。×大学ってことは柴山君は後輩だね。」
「は?」
「私、そこの3年生なんだ。」

年上だということは雰囲気からも薄々気づいていたが、まさか学生だとは思わなかった。

それに桑畑海という名に覚えがある。確か友達間で可愛いと有名な先輩だの名だ。まさかこんな形で出会うとは…。

「柴山君、改めて今日は本当にありがとう。」

彼女は深々と頭を下げてきた。年上に頭を下げられるなんてことをされたことがなかったので困惑する。

「ちょっ!頭上げてください!周りの目もありますから!」
「本当に、ありがとうございました。」

ついには敬語で言われてしまった。ヤバイぞ。色々と初体験すぎる。

「分かりました!じゃあ今度学食奢ってください!それでお礼はいいですから!」

そう言うと彼女はようやく頭を上げてくれた。人が少なくて助かった…。

「そうだ。柴山君は毎日シフト入ってるの?」
「毎日じゃないですよ。」

俺はこの店の営業形体を説明する。

「じゃあ柴山君はコーヒーの日だけなんだ。」
「まぁ、そうですね。」
「じゃあLINE教えてよ。それが柴山君が入る日が分かったら教えて?」
「構いませんけど…、ここのコーヒー好きになったんですか?」
「まぁ、それもあるかな…。」

頬をかきながらはにかむ。正直可愛い。

「IDでいいですか?」
「いいよ。」

俺は自分のLINEIDを教えた。

「うん、確かに。じゃあまた今度ね!」
「は…はぁ。」

言うが早いか彼女は小走りで去っていった。

「なかなか大胆な人なんだな…。」

俺は苦笑いしながら呟いた。

翌日、平日で講義日。午前の講義を終えた俺は伸びをする。

「元気、飯どうするよ?」
「んー、そうだな…。」

と言って悩んでいると、

「柴山君ー!」

つい昨日聞いたばかりの声が響いた。

「桑畑先輩!?」
「やほー。」

手をヒラヒラと振りながら近づいてくる。

「お礼をしにきたよ。」
「お礼って、学食の話ですか?」
「そう!」
「いや、わざわざ次の日にしなくても…」
「柴山君の友達君?この子借りてってもいいかな?」

無視かよ。

「だ…大丈夫ですよ。」
「こ…こっちはこっちで食べるんで。」

突然話かけられた二人は反射的に頷く。

「じゃあ行こっか。」
「ちょっ、待ってくださいよ。」

俺は二人に片手で謝り彼女を追う。

「柴山君はどうして喫茶店でバイトしてるの?」
「それはーー」

絶賛二人で向かい合いながら昼食中。それも昨日知り合ったばかりの人と。

あの二人とでさえ知り合った次の日に一緒に飯を食べるなんてことしなかったぞ。どんだけ行動的なんだこの人。

「…ふふっ。」
「?なにが可笑しいんですか?」
「あぁ、違う違う。こんな普通に会話したの久々だなぁってね。」
「ただの世間話ですよ?」
「そうなんだけど…。」

すると彼女は暗い表情になり少しうつ向いた。その姿が昨日の喫茶店での姿と重なる。

「私ね、友達いないの。」
「は?どうしーーーあぁ…。」

瞬時に理解した。その意味を。そして表情との関連性を。

「嫉妬よるハブり、ですか。」
「まぁ、そうだね…。」

一瞬驚いた顔をした彼女らだったがすぐに苦笑する。無理矢理なのが分かった。

895 名前:「ほしいもの 前編」[] 投稿日:2015/03/30(月) 09:36:13 ID:ktn14Xxg [4/6]
「はじめの頃は普通にいたよ。でも周りにもて囃されてるのが気に入らなかったらしくてね。それに私頭も良かったから…。」

女性というものは優れている人ほど孤独になる、という言葉を聞いたことがある。嫉妬や劣等感から除け者にし、終いには事実ではないことを言われ糾弾される。

「彼氏には嫌われないようにやってたからこういうことを相談することもできなかったから…。」
「つまり自分の弱い部分を見せられなかったのが原因だと。」
「……え?」

どうやら彼女は事を重く受け止めすぎたようだ。

「それはそうでしょう。最初から仲良くしたくないのに近づく人はいません。皆仲良くなりたいと思ったんでしょう。」

けど、彼女は間違えた。

「我慢しすぎましたね。」
「柴山君、なんか…慣れてるね。」
「そういう客の対応もあるんで。」

特にあなたみたいに閉店間際に来る客は。

「なに考えてるか分からない人間には誰も近寄りたくないですよ。」
「じゃあ、柴山君は?」
「まぁ、彼氏にフラれて泣くほどに心が弱いってことぐらいは認識してますよ。」
「なっ!?」

俺の言葉が予想外だったのか、はたまた痛いところを突かれたのか顔を真っ赤にする。

「からかいすぎでしょ!」
「つまり桑畑先輩はからかえるくらいに普通なんです。」
「………!」

その姿を当時友達だった人たちに見せれば結果は変わったんだろうけど。

「優秀な人はいても完璧な人はいませんよ。先輩は完璧なんですか?」

テーブル内に沈黙が下りる。どちらも喋らないのは久しぶりな気がする。それだけどちらかが話していたようだ。

「あはははは!」

突然先輩が大声を上げて笑い出す。

「ちょ…先輩!周りに迷惑ですから!」
「ご…ごめんね。でも、くっ…ふふっ!」

なにが一体おもしろかったのか。それよりも周りの目が痛い…!

しばらくしてから先輩はようやく落ち着いてくれた。

「落ち着きました?」
「うん、やっとね。」
「ほんとですよ…。」

ただでさえこの席に着いた瞬間から視線を感じていたんだ。さっきの笑い声だけで相当な注目を浴びただろう。

「ふふっ。ねぇ、柴山君。」
「はい?」
「私、もっと早く出会っていたかったな。」
「それは先輩の悩みを多少なりとも解消することができたってことでいいんですか?」
「もちろん。」

ならよかった。あの雰囲気のまま別れるのも後味が悪いだろうからな。

「じゃあ午後の講義もあるんでこれで。」
「あ、うん。」

……?なんか歯切れの悪い反応な気がするが気のせいか?

「それでは。ご馳走さまでした。」

周りからの視線はまだあったが気にしたら負けだろう。

896 名前:「ほしいもの 前編」[sage] 投稿日:2015/03/30(月) 09:37:25 ID:ktn14Xxg [5/6]
皆理解してくれてると思った。私が理解してるんだから、皆も理解してると思った。味方だと思っていた。

でも違った。悪態をつかれ邪魔者扱いされ皆離れていった。私を理解してくれていなかった。

彼氏だった男もそうだった。私を理解してくれていなかった。

最後の砦、もとい味方だと思っていた彼からの拒絶。そしてついに一人に、独りになってしまった悲しみに心が折れてしまった。

そんなとき、彼に出会った。最初の印象はあまりパッとしない感じの店員。

けど、折れた心を繋ぎ止めてくれた。そして、彼は気づいてくれた。私の気持ちを、裏を、闇を。あまつさえ原因まで教えてくれた。

神様とまではいかないが、彼が天使に見えた。独りになってしまった私に手を差し伸べてくれた天使。

もっと早く出会いたかった。これは本音だ。そうすれば私の周りや環境はもう少し変わったかもしれない。

けど、もうそんなのどうだっていい。だって彼に出会えたんだから。彼に救われたんだから。

これが神様のイタズラなら、神様って嫌な性格してるね。

これじゃあずっとすがり付くしかないじゃない。

手放したくなくなっちゃうじゃない。










ーー私のモノにしたくなっちゃうじゃないーー