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 リンドランドは、大陸の中央部に東の海から西の海に至るまでの広大な領土を持つ。
 エーレンとリアが出会った街はリンドランドからは北方に位置しており、二人は南下する形で旅を続けていた。
 目的地はリンドランドの東北東に位置する大都市、ウルフタウンである。討伐軍の集合地点はそこに定められていたのだ。
 旅路は順調と言ってよかった。善と悪が和解している以上、オークやゴブリンといった普段なら危険となりうる者共の襲撃もありえず、晴天続きで天候にも恵まれていたので。
 そうしてリンドランドに入る国境を数日で越え、さらに南下を続けていたのだが、二人の旅が始まってからちょうど一ヶ月目に初めての障害が発生した。

「サルダスへようこそ」
 エーレンの眼前に座る三十代半ばと思しき役人の男は、言葉の内容とは裏腹に表情は淡々としていて、特に歓迎しているようにも見えなかった。
 彼等がいるのは、サルダスと呼ばれる街の中、今回の討伐軍に参加する者達への案内と物資の援助を請け負っている役所の窓口である。
 街に入るとエーレン達は真っ先にここを訪れていた。既にどの程度の軍勢がウルフタウンに結集し、出陣の準備が整っているのか知らねばならないし、それ次第では宿泊せず街を発たねばならないかもしれない。
 そう思ったからだったのだが、エーレンの問いに対し役人は討伐軍の現状は全く不明である、と、簡潔に答えた。
 当然のごとくエーレンは理由を問いただす。
 役人は表情を変えることなく後ろを向くと、自身の背後に掲げられていた一メートル四方の地図を示して説明を始めた。
「今私が指差している、中央にある街がサルダス。そして、この地図の右斜め下にあるのが諸君が目指すウルフタウンだ。そこで、サルダスから最短でウルフタウンを目指すとなると、ここでコク大橋を渡らなければならん」
 役人が辿って見せた指先には、サルダスの南方と東方を囲むようにして続く川、その一点にある大きな橋の絵があった。サルダスからその橋を抜けると、ほぼ直線上にウルフタウンが位置しているのが見て取れる。
「だが、コク大橋は通行できなくなったのだ」
「なぜですか?」
「どこからともなくやって来た怪物が住み着いたのだ」
 聞いてエーレンは眉をひそめた。それを見た役人は、初めて表情を崩して苦笑する。
「まあ、眉唾物の話だと思っても無理はない。だが、本当だ。コク大橋で見たこともない化け物に襲撃された、と言う隊商からの報告が十日程前から連続してここに届いている。他の地域からはそう言った報告は全くないので、その化け物はコク大橋に住み着いていると考えざるを得んという訳だ」
「軍隊を出して退治しないのですか?」
「知っての通り古代妖魔の討伐軍に国全体で割けるだけの兵力を割いてしまっている。この街も例外ではない、今ここにいるのは街の守備に残しているぎりぎりの人数の兵隊しかいないのだ」
 そう言って役人は肩をすくめて見せた。
「とは言え、放っておくこともできないのは我々も分かっている。近隣の街に応援要請をしているので、少ないながらも兵力をかき集めて化け物を退治には行くつもりだ」
「出発はいつになりそうですか?」
「まあ、兵隊が集まるまであと三日といった所かな」
 エーレンは内心で舌打ちをした。ここで三日間とは言え足止めを食らうというのは喜ばしいことではない。
「橋を通らずに済む、迂回路はないんですか?」
「ないこともないが、コク川は大河だ。コク大橋を渡る以外となると、渡し守にでも頼むしかない。彼等がいるところはコク大橋からさらに下流で、そちらに回るとなると渡河するまでに一週間はかかるぞ」
 顎に手を当てて、エーレンは考え込む。が、それほど長い時間ではなかった。
 渡し守に頼むのは時間がかかりすぎる。となれば、この街に兵隊が集まったら、可能かどうかわからないがそこに参加して怪物とやらを退治し、橋を渡る。おそらくそれが現状では考えられる最短の方法のようだ。それでも三日間以上の足止めは痛いが……。
 怪物退治に参加する旨を申し出ようとしたエーレンだったが、口を開く前に背後からの声音にそれを遮られた。
「事情は分かった、役人殿。すまぬが、コク大橋を含む周辺の地域の正確な地図を一枚いただけないだろうか?」
 エーレンの後ろに立つ、フードを目深に被った人物――リアが役所で声を発したのはこの時が初めてであった。
 その黒と銀の衣装に包まれた、禍々しい姿から聞こえてきた美しく澄んだ少女の声に役人は目を見開き、不意を突かれた、という表情をして見せた。

『一角亭』はサルダスに点在している酒場兼宿場の中では老舗の方に入る。
 店の主人は禿げあがった頭とでっぷりと太った腹回りをした初老の男で、客商売の人間らしく普段は愛想良く快活に誰にでも話かけては冗談を言って大笑いをするのが常だった。ただ、今は昼過ぎで特に忙しい時間帯でもなかったので、カウンターで料理の仕込みの為に無言で忙しなく動いている。
 そんな主人の様子をちらりと眺めやった後、僅かな客の一人であるエーレンは視線を正面に座るリアに戻した。二人がいるのは一角亭の店内、カウンターから最も離れた角に位置しているテーブル席である。
 二人の間にあるテーブル上には先刻役人から受け取った地図がある。さらにその上にはリアが所持していたリンゴ大の水晶玉が鎮座していた。
 リアはと言えば、その水晶玉に手袋をした両手をかざし、何事かの術式を施している最中である。
「……何か見えてきた」
 エーレンはそう言うと興味深そうに水晶玉を覗き込む。透明に輝くだけであった球の中に少しずつ別の光源が発生し、やがてそれは陽光を反射する河の映像に変化していった。そのまま河を遡るように映像は進み、石造りの巨大な橋に到達する。その橋上の眺めを見たエーレンは絶句した。
 そこにあるのは、延々と連なる死体の山である。しかもその多くは惨たらしく破壊されており、人としての原形をとどめていない。
 特に腹部が欠けている死体が多い事にエーレンは気づいたが、その理由もすぐに分かった。腐臭が漂ってきそうなその光景の中でただ一つ、活動している影があったのだ。
 その影は一つの死体を捉え、何度も腸の辺りを捕えては激しく動く。死肉を喰らい、咀嚼しているのだ。球の映像はその影に向かって近づいていく。
「なんだ、こいつは……」
 そこに映し出されたのは、エーレンが今までに見たこともなく、知識として教えられたこともない生物である。
 身の丈は周囲の死体と比較して、およそ三メートルぐらいだろうか。人型をしているが濃緑色で棘に覆われた全身をしているため、見た目はサボテンに酷似している。頭部と思われる部分には巨大な一つ目があり、胸に当たる部分に縦一文字に開かれた口があり、その奥には何十本もの鋭い牙がのぞいていた。手は三本指で、右手には死体から奪ったのだろうか、両刃の大剣を握っていた。
「古代妖魔の息子だ」
 リアがそう言葉を発したので、エーレンは顔を上げ、視線を彼女に向けた。
「正確には孫か、更にその孫かもしれないが。古代妖魔は辺土界から復活してから後、爆発的な勢いで子を産み続けている。さらにその子らがあっという間に成長して、そいつらも出産しているので、復活してから一年も経っていないのに今は何代目まで誕生しているか見当もつかん、という事らしいのだ。君と出会ったあの街を滅ぼしたのも、古代妖魔自身というよりは子孫どもの仕業かもな」
 リアの解説を聞き終わるとエーレンは生理的な不快感を感じた。単純に気色悪いとしか言いようがない。ただそれは口にはせず、別の感想を言った。
「博識ですねえ」
 感心したようなエーレンのその言葉に答えるリアの声音に、やや照れ隠しのような響きが混じる。
「出発前にできる限りの情報は集めておいた。それにその後も新たな情報が入れば、同胞から連絡が来ることになっている」
「その水晶玉を通じて、ですか?」
「そうだ」
 そう言うと、リアは水晶玉にかざしていた手を静かにおろした。同時に、映し出されていた映像も闇に飲まれるように消えていく。
「と言っても、この玉自体に力がある訳ではない。触媒として最も適しているというだけだ」
「触媒? ああ、魔法を使うための道具でしたっけ」
「水晶玉自体に魔力が込められている場合もあるがな。もしそれであればこんな地図を使って魔力を使う場所を特定しなくても、橋の光景を見ることができただろうが」
 客のいない酒場に、リアが水晶玉を荷袋にしまう衣擦れの音が響く。
「それで、これからどうする?」
 エーレンはリアのその問いに、視線を天井に向けて考える仕草を見せる。そしてその姿勢のまま答えた。
「万全を期すなら、兵隊が集まるのを待ってそこに参加するべきなんでしょうけど」
「うむ」
「気になるのは、なんでこの辺りまで息子だが孫だかの怪物が現れたかって事なんです」
 リアは肩をすくめて見せた。
「そこまでは私にもわからん。まあ何らかの理由で群れからはぐれたんだろうが」
「となると、僕たちの思っている以上に事態は進展しているのかもしれない」
 エーレンは姿勢を戻すとフードの奥にあるであろうリアの両眼を見つめる。
「今すぐ出発しましょう。どうせ戦場で会いまみえる相手でしょうし、ならば誰にも邪魔されずに戦って、相手の手の内を多少なりとも見ておきたい」

 サルダスの街を夕刻に発ち、一晩野宿した後でコク大橋に到ったのは、太陽が頂からやや西に傾きかけた頃であった。
 幅約十メートル、全長は数百メートルに達するその橋は、平時であれば数十のアーチに支えられた造形美で見る物を嘆息させるのだが、今や至る所に血糊と肉片が散見する地獄絵図と化している。
 そして橋を渡り始めてから一分と経たないうちに、二人は望む相手に正対する。
 その緑色の怪物は、屹立し、大剣を右手に掴み、無感動な一つ目で二人を睥睨していた。
「意外と早いお出ましだな」
「腸が好物なのに、それを食い尽くして飢えているんでしょう」
 鼻腔に入り込んでくる死臭に咳払いを一つすると、エーレンはリアに告げた。
「奴と斬り合うのは僕に任せて、貴女は防御をお願いします」
 リアは数瞬後「分かった」とだけ答えた。
「シャア!」
 叫ぶと同時にエーレンは疾走する。怪物との距離を一気に詰めると長剣で怪物の腰部に斬りかけた。
 怪物はそれを阻止する為に大剣を回して見せる。
 高い音階で剣戟の響きが鳴る。エーレンは両手、怪物は片手で剣を振るったが、それでも勢いで押されたのをエーレンは自覚した。
 だがエーレンはひるむことなく左に周ると三連続して攻撃を繰り出す。その全てを怪物は防いで見せた。が、既にエーレンは勝機を見出していた。
 怪物の膂力はすさまじい、だが剣技は大したことはなさそうである。まあ生まれて間もないのであれば覚える時間もなかっただろうが。
 剣の勝負で勝てれば、この先魔法を使われたとしてもリアが防いでくれるであろう、自分の負けはない。
 とは言え、数日に渡って訪れる者を屠り続けていた怪物である。
 素人相手だったとはいえ隊商なら護衛もいたであろうから、やはり油断は禁物である。
「無駄な時間を与えずに一気に仕留めた方が良いか」
 そう結論付けると、エーレンは連撃を怪物に叩きこんでいった。
「シャア!」
 五合、六合、七合、と怪物は耐えていたが十合を越えて手元がおぼつかなくなり、二十合に至ってついに堪え切れずに大剣を取り落とす。
 その隙にエーレンは跳躍し、長剣を怪物の左肩から腹部の中央に達するまで振り下ろしていた。緑色の体液をその傷口から大量に吹き出すと、両生類が潰れる時に発するような呻き声を出して怪物は膝から崩れ落ちる。
「やった!」
 その歓声はエーレンではなく背後にいたリアからのものである。フードを脱いで、少女らしく飛び跳ねながら全身で喜びを表していた。
 だがそれもつかの間、リアの美しい瞳に驚愕の色が浮かぶ。
 頽れていた怪物が、今はもう立ち上がろうとしていたのだ。それだけではない。腹部にまで達していた刀傷が、逆戻りするかのようにふさがっていく。
「こいつ、不死身か!?」
 愕然とし、為に剣を構えるのが一瞬遅れたエーレンに向かって、怪物は大剣を取り直すと下から斬撃を繰り出した。
「ちっ……!」
 攻撃を受け止めるのは無理だと悟り、エーレンは身を翻すことでそれを避けようとしたが、大剣の切っ先が僅かに届く。
 エーレンの左上腕部から鮮血がほとばしった。肘から肩にまで一直線に走ったその傷を見てエーレンは右手一本で戦わねばならなくなった事を覚悟した。
 体勢を立て直すと怪物の連撃に備えようとする。だがその前にコク橋上に響きわたる少女の怒声を聞いた。
「貴様!」
 その憤激の声の持ち主であるリアは、叫ぶや否や跳躍してエーレンを飛び越していた。
 そして人間の動体視力では捉えきれない速度で長剣を振り下ろし怪物を脳天から文字通り真っ二つに切り落とす。
 唖然としてその光景を眺めていたエーレンの目の前で、リアは尚も刀を振るうのを止めない。
「貴様!」
 真横に剣を薙ぎ払うと、既に二つに分かれていた頭部を頸部から切り離す。
「貴様!」
 次に一撃で両足から胴体を叩き落とす。
「貴様! 貴様! 貴様! 貴様! 貴様! 貴様! 貴様! 貴様!」
 叫ぶたびに怪物は分断され、潰され、エーレンが我に返ってリアを羽交い絞めにして静止した時には、数えきれないほどの緑の肉片と化していた。
 もはや動くこともなく、完全に絶命しているようであった。

 エーレンの腕の中でなおもまだ殺戮の衝動を抑えられないように暴れていたリアだったが、思い返したように向き直ると、エーレンの左腕を抱きしめた。
「大丈夫か? 痛くないか? すぐに治すから」
 そう言うと、傷口の上を愛おしそうに撫でまわしながら呪文を唱え続ける。エーレンは傷の上に暖かい光が当たるのを感じ、その数瞬後、跡形もなく刀傷は消え失せていた。
 ヴァーサの僧でも回復呪文が使えるんだな、とエーレンは呆然とした頭で思ったが、気を取り直すとリアを安心させるように話しかけた。
「ありがとう。でも驚きました、貴女が剣技にあんなに長けてるなんて」
「刀剣の扱いも幼少期から習っていたからな」
 エーレンの左腕を抱えたままの姿勢でリアが答えた。
「でも……」
「あ、剣技についてなら私も聞きたい。君の剣術は傭兵や自由戦士とは違う、正当な教育を受けた者のそれだ。どこで習ったのだ?」
 話をはぐらかされた気がしたが、熱のこもったリアの表情を見て、エーレンは正直に答えた。
「士官学校で習ったんです」
「士官学校?」
「リンドランドのね。僕の一家はリンドランドの元貴族なんです。名ばかりの下級貴族でしたけど」
 リアはエーレンの顔を見つめ、目を丸くした。
「それがどうして今は自由戦士をやっているのだ?」
「うーん」
 エーレンは自身の黒髪をかき回して考えるそぶりを見せていたが、踏ん切りをつけたように言葉を続ける。
「まあ、一家は下級貴族でも、一門の中には、かなりの実力者もいたんです。普段はお目にかかった事もないような人ですけど。ところがある日、その人が皇帝陛下に対して反逆を企てました」
 リアが今度は息を飲んだ。それを見てエーレンは、秀麗な顔に苦い笑みを浮かべる。
「という事になってます、公式記録では」
「どういう事だ?」
「政争に敗れたんです。宮廷では上級貴族達が年中行事のように騙し合い、貶め合い、争ってますが、その戦いの中で僕の一門は謀反人の汚名を着せられました」
「……」
「もっとも、本当に反逆計画を練っていたかもしれませんけどね」
「え?」
「そのぐらい信用ならないんですよ、宮廷って。下っ端で、仰ぎ見ているだけの世界でしたけど」
 エーレンは自身の左腕を掴むリアの力が増したのを感じる。
「真偽はどうあれ、謀反人となった以上、一門には苛烈な刑罰が科せられました。男子は根こそぎ斬首、女子は平民に落とされた上で国外追放です。それは末端に至るまで変わりませんでした」
「なに? でも、それなら……」
「はい、その中で僕の家族だけは助かりました」
「なぜだ?」
「皇族に僕に親しくしてくれている方がいました。その方が必死に助命嘆願してくれたおかげで、僕の家族だけ男子でも国外追放処分になりました。もちろん貴族身分は剥奪されましたけど。それが五年前の事です」
「……」
「それから僕らはリンドランドを出て、流れ流れて平民としての生活を送ることになります。と言っても一連の事柄で父はすっかり老け込んでしまったし、母もそんな父を支えるので精一杯です。当然僕が家族を支えなきゃいけない。幸い剣技には自信があったんで、自由戦士や傭兵をやってなんとか日々の糧ぐらいは得られるようになりました」
 リアは今、瞳に涙を浮かべ泣き顔を見せている。
 エーレンはダークエルフも泣くという事実を初めて知った。
「そんな顔しないで、リア。平民として暮らせたおかげで、貴族がろくでもない物だって気づきましたからね。それまでは下級とはいえ貴族に連なるものとして、虚勢や幻想がありましたから」
 そう言ってエーレンが笑顔を見せると、リアもつられた様に笑って見せた。
「でも、これから討伐軍に参加するという事は、リンドランドに戻るという事だぞ? 大丈夫なのか?」
「さっきも話した、僕を弁護してくださった皇族の方から手紙が来たんです。『安全は私が保証する、帰国して討伐軍に参加せよ。手柄を立てれば爵位の返還も約束する』とね」
 それを聞いたリアはやや意外そうな声を出した。
「貴族に戻りたいのか?」
「いいえ。そんなつもりはありませんでした。でも……」
 エーレンは自身の長剣を目の前にかざすと、そこに刻まれた家紋を眺めながら呟いた。
「父の事があります。父は今でも一門の汚名返上を願い、それだけの為に生きているといっても過言ではありません。手紙が来たことを知ると、僕にこの長剣を託してきました。我が家の唯一の家宝なんです」
「……」
「それともう一つ」
「なんだ?」
「その前に、貴女がどこで剣術を習ったか教えてもらってもいいですか?」
 それを聞いてリアは慌てたように手と口をしどろもどろに動かしていたが、しばらくすると俯き、人差し指を突き合わせてエーレンに告げた。
「すまぬ。その話は後日でいいか? いつか必ず話すから」
「分かりました。じゃあ僕の話もまた後日に」
「ずるい」
「お互い様です」 
 周囲に怪物と人間の肉片が散乱している、という殺伐とした状況でなんだか不器用な話をしてしまった。その滑稽さをエーレンは自覚すると、咳払いして話題を変えた。
「それにしてもそんなに強いのに、初めて会った時、あのエルフ達になんで追い詰められていたんですか?」
「あいつらもどこぞの森から選抜された精鋭だったからな」
「え!?」
「間違いないぞ。訓練された戦士が数十人どころか数百人いても歯が立つかどうか」
 そんな連中に自分は突撃していったのか。今更ながらにエーレンは背筋に冷や汗が流れるのを感じる。
 エーレンの強張った表情を下から見上げ、リアは悪戯をした少女のように小さく笑うとエーレンの左腕を再度抱えた。
「次の戦闘は、私も最初から戦う」
 もう消えてしまった傷跡の辺りを、細い指で何度も撫でまわしながらリアは呟いた。
「君が傷つくのはもう絶対に見たくない」
 男として情けない事を言われているのではなかろうか、と思ってエーレンは頭をかいた。
 だが、このダークエルフの少女から少なからず友好的な感情を寄せられているのは確からしい。
 異種族、それも邪悪と混沌の勢力に朋友ができるなど、前代未聞である。
 それに対して眉をしかめ、嫌悪する人も多いだろうが、エーレンは素直にこの出会いと二人で過ごして来た旅路に感謝していた。