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95 名前:雌豚のにおい@774人目[] 投稿日:2016/04/16(土) 16:40:40 ID:f0Lych7g [2/6]
 ジ・スから放たれた黒い火球による二度の攻撃で、大混乱を起こしていた討伐軍だが、まだ戦意ある者達は平原の南東部に集結しつつあった。戦場をほぼ見渡せる程度の高さの丘があったので、臨時の司令部を設置し体勢を立て直そうと試みていたのである。
 兵舎を築き、黒い火球対策の為集結した僧侶や魔術師達によって結界を張り巡らす。それで被害を軽減できるのかと言われると甚だ疑問ではあったが。

 バーネットの部下の一人から情報を得たエーレンは、南東に向かって全速力で馬を飛ばした。背後のエーデルワイスは、こんな時でも嬉しそうに体をエーレンの背中に預け、しがみついている。
 平原を駆け抜け、そのまま丘も昇り切ったエーレンがエーデルワイスの帰還を大声で伝えると、周囲の兵士達から大歓声が上がった。その後二人は、これも臨時に設置されていた救護所に向かう。
 救護所では既に負傷者が簡易ベッドや地面の上に居並んでいた。上空から落下して両足を骨折したガーゴイルの隣に左腕を欠損したドワーフがいたりで、医者や僧侶が文字通り目の回りそうな忙しさで動き回っている。
 まだ意識のあった者達は、エーデルワイスを見るとやはり歓喜の声を上げた。自分たちの場所や順番を譲って、エーデルワイスとエーレンに治療を受けるように勧めて来る。
 情勢は暗いままなのだが、少なくともこの場だけは善悪関わらずちょっとしたお祭り騒ぎの様相を見せていた。

 エーレンが治療を終え司令部の幕舎に戻ると、少し前に到着していたバーネットもそこにいた。
 ちなみにゴーシュはエーレンと入れ替わるように救護所に搬送され、絶対安静の処置を取られている。
「あの灰煙の為戦況が分からず、救援が遅れました。お許し下さい」
 釈明して跪くバーネットに対し、エーデルワイスは手を振って見せた。
「謝罪など無用だ。よく来てくれた、礼を言わねばならぬなバーネット。それでジ・スは今どこにいる?」
 バーネットの返答は、外から届いた地鳴りのような叫びによって遮られた。全員何事かと幕舎から飛び出す。
 司令部から数百メートル北の場所、そこに急降下しながら魔法の矢を地上に撃ち込んでいるジ・スがいた。
 着陸すると、犠牲になった兵士達をその場で喰らい始める。鎧兜もろとも噛み砕くという凄惨な光景に、周囲にいた兵士達は戦意を喪失しかけたが、勇気ある者は弓矢や魔法で反撃を試みていた。
 だが、それらがジ・スに当たることは無い。ジ・スは着弾直前で再び羽ばたくと、上空高く飛びあがり、他の獲物を探すべく宙を旋回していた。
「化け物め……!」
 悠然と空を泳ぐジ・スを見て奥歯を噛んだエーデルワイスだったが、何かを思いついたように顎に手を当てると、数瞬の後バーネットに呼びかけた。
「バーネット、全軍の死体を一つ所に集めろ。それと、ブルクハルトに連絡を取れ。彼奴の力が必要だ」
「……御意」
 バーネットはエーデルワイスの意図を察し、恭しく礼をしてみせた。

 戦場を遥か下に眺め渡しながらジ・スは宙を周回している。
 食欲はいよいよ収まるところを知らないが、食事をしようにも直ぐに邪魔が入るためゆっくりもしていられぬ。忌々しく思いながらも下界をよく見ると、地に放置されていた死体を兵士達が運んでいるのが目に入った。
 それも一か所ではなく、あちこちで皆が死体を運び、全員が戦場の中央やや南側の平地に向かっている。
 そこには運ばれてきた死体が次から次へと積まれて、小さな山と化していた。
「罠か」
 さすがにジ・スもそう思ったのだが、さてどのような罠であろうか。死体に何か細工をしていたようにも見えぬし、地面に仕掛けがある訳でもない。この時代の特殊な埋葬方法なのか、と馬鹿な考えも浮かんだがそれは直ぐに打ち消した。
 大空を何周もして考えていたジ・スだが、万が一罠にかかったとしても直ぐに離脱してしまえばいいだけの話だ、と思うと決意が固まる。
「それに何より腹が減った。食物を用意してくれたのならあり難く頂くとしよう」
 唇の端を上げて笑みを浮かべると、死体の山に急降下した。近くには多数の兵士がいたのだが、皆蜘蛛の子を散らす様に逃げていく。
 着地したジ・スは、目の前に並ぶ死体に片っ端から食いついていった。辺りに肉が割け、血が零れ落ちる音が続く。
 これまでは食事の邪魔をしてきた兵士達が、周囲を取り巻くだけで手を出してこないので、飢えに飢えていた身に、収められるだけ収めようと、ひたすら食らい続ける。やがて腹部が普段の五倍に膨張してしまったが、それでもなお食うのを止めない。
 司令部のある丘の上で、ジ・スの様子を観察していたエーレンがエーデルワイスに告げる。
「かかりましたね」

96 名前:触媒[] 投稿日:2016/04/16(土) 16:42:19 ID:f0Lych7g [3/6]
「うむ、他愛もない。ブルクハルト、卿の死人使い(ネクロマンサー)隊の出番だぞ、やれ!」
 エーデルワイスの命令に従い、彼女の左前方に佇むローブを着こんだ男が右手を上げた。
 ローブの袖から覗く手は殆ど骨だけで、表面に僅かばかりの腐った肉片を張り付けている。頭部もまた剥き出しの骸骨で形成され、眼窩の中で目玉だけは生々しい光を放っていた。
 その男、死鬼(リッチ)ブルクハルト伯爵は自身の部隊に命令を下す。
 千人からなるブルクハルト隊の兵士は、尽く不死にして死人使いであった。そして彼等の魔術により、ジ・スの周囲にいた死体全てが生ける死体(ゾンビ)と化して起き上がり、一斉にジ・スに取り付いたのである。
 油断していたジ・スだが、それだけであれば飛翔して逃げ出すことも可能だったろう。だが、彼が喰らい腹に詰め込んだ死体までもが、体の内部で暴れ出したのだ。
 さすがにその攻撃には意表を突かれ、為に生ける死体に抑え込まれるのを許してしまった。
「今だ! 全軍、撃て!」
 エーデルワイスの命令が下るや否や、周囲を取り囲み待機していた全軍から、弓矢と魔法の一斉射撃がジ・スに向かって放たれた。何万どころではない、復讐に燃える何十万人からの攻撃が、一点に向かって一斉に繰り出されたのだ。
 ジ・スの断末魔の悲鳴すらかき消す勢いで爆音が鳴り続け、それはしばらく鳴りやむことがなかった。

「最後まで戦ではなく狩りだったな」
 冗談交じりに言うと、エーデルワイスはエーレンに笑いかけた。
 苦笑を返しながらエーレンは思う。
 自身の部下だった者の死体まで黒魔術で生ける死体にしてしまうなど、他の将軍達には思いつきもしないだろうし、思いついたとしても死者への冒涜と思って躊躇うだろう。
 それを平然と実行して見せるエーデルワイスには、エーレンも戦慄を覚えていた。
 もっとも、そんなエーレンの考えを聞けばバーネットならこう答えただろう。
「言っただろう。卿の事以外は殿下にとっては全てどうでもいい事なのさ」

 ――――――

 平原は今や西日に照らされており、地面に積もった灰と砂を風が吹き飛ばしていた。
 ジ・スが斃れた場所、その周辺は激しい攻撃の影響で無数の弓矢が刺さり、さらに周囲から一メートル以上も低い窪地と化してしまっていた。
 その地に、エーデルワイスとエーレン、バーネット、他にブルクハルト含む各種族の指揮官達、その護衛兵も合わせた数百名が近づいている。
 討伐軍残り全軍は後方で息を飲んでその様子を見守っていた。
 エーデルワイス達の眼下で、ジ・スはその身に数限りない魔法傷と矢傷を受け、一ミリたりとも動かない。腕も半分以上がちぎれ、翼にも多数の大きな穴が開き、さらには腰部から上下二つに分かれほぼ原形をとどめていないと言っていい。
「本当に死んだのでしょうか」
「確かめてみねばならんな」
 エーレンの問いに答えたエーデルワイスはブルクハルトを呼び、生死を確認するよう伝えた。
 ブルクハルトは窪みに飛び降りると、骨そのものとしか見えない手で、ジ・スの額を抑えた。数秒後、体の内部で反響を繰り返しているような不気味な声でエーデルワイスに応える。
「生命エネルギーが皆無だ。間違いなく死んでいるか、それに極めて近い状態だろう。だが、遅かれ早かれ復活して来るはずだ」
「その前にまた辺土界に封じ込まねばならぬな。その役目はこちらのラウジーとソネンに任せてもらおう」
 ラウジー、ソネンとは二人ともリンドランドで最高位にある魔術師達である。エーデルワイスはジ・スが復活してから八か月、辺土界への封印方法について二人に研究を続けさせていたのだ。
 エーデルワイスはブルクハルトの労をねぎらうと隣を向き「やっと終わったな」とエーレンに安堵した表情を見せた。
「そう、やっと終わった。でもこれは始まりの終わりにすぎない。僕のやるべきことは、まだこれからのはずだ」
 エーレンは心中で呟くと、エーデルワイスに顔を向ける。だがその眼前でエーデルワイスは一瞬にして和らいだ表情を消し、戦闘時以上の険しい相貌を見せていた。
 何事かと思ったエーレンが、エーデルワイスに問いを発しようとしたその時だった。
「エーレン!」
 自身を呼ぶ、懐かしくも感じる声をエーレンは後方から聞いた。振り向くと、リアが涙を浮かべ、歓喜の表情でエーレンを見つめていた。
「リア」
 エーレンが呼びかけるや否や、リアはエーレンに駆け寄り、抱き付いた。そのまま鎧で覆われた胸に顔をうずめ、全身でエーレンの匂いを、体の暖かさを、息遣いを感じようとする。
「リア、ちょっと……」
「カムチャッカリリー殿、ミュンヒハウゼンから離れてもらおうか」

97 名前:雌豚のにおい@774人目[] 投稿日:2016/04/16(土) 16:42:58 ID:f0Lych7g [4/6]
 エーレンの言葉を遮るように発せられた、エーデルワイスからの恫喝まがいの要請を聞いて、リアはエーレンの背に回していた手をゆっくりと離した。
 だが続いてその手をそのままエーレンの左手に持っていき、自身の両手で握りしめた。そしてエーデルワイスに酷薄な笑みを向ける。
「貴様……!」
 エーデルワイスが剣の柄に手をかける。バーネットが慌ててそれを止めようとした、その時だった。
 エーレンの顔を涙で濡れる目で仰ぎ見て、リアが告げる。
「この時を待っていた」
 透き通るように美しい声色で発せられた言葉。だが、それをその場で聞いた者達の多くが、その刹那心臓を直接突き上げてくるような得も言われぬ不安を感じている。
 なにかとてつもなく恐ろしいことが起きようとしている、と。
 次の瞬間、リアとエーレン、双方の指輪が眩く輝きだした。それは瞬く間に目も開けていられぬほどの光源となり、周囲の者達は一様に目を閉じる。
 すると光は爆発し、エーレンとリア以外の全員を何十メートルも宙に吹き飛ばしていた。
 エーデルワイスは常人ではありえない身のこなしで空中で旋回すると、怪我一つなく着地してみせる。そして最愛の男と、憎悪の対象である女が、直径二十メートル程の薄透明で光り輝く半球の中に取りこまれているのを見た。
 急いで二人に駆け寄るが、半球の壁に遮られ先に進むことができなくなる。
「ミュンヒハウゼン!」
 絶叫して呼びかけるが、その声はエーレンの耳に届かない。半球の壁は外界からの音も通さず、その内は静寂に包まれていたのだ。
「リア、これはいったい?」
 自身を囲む半球を眺め渡したエーレンは、呆気にとられつつもリアに尋ねた。
 リアは指輪のはめられたエーレンの左手を、愛おしそうに撫でながら説明を始める。
「この二つの指輪は、通常であれば魔法攻撃を防ぐ力しかない。だが、そこに私がもう一つ別の魔力を込めておいた。指輪を二つ揃えて力を発動させると、この通り周囲には結界が張られるのだ。この中に入れるのは指輪を持つ者と」
 リアは窪地に倒れているジ・スの死体に視線を向ける。
「あのように、完全に動かなくなった死体のみだ」
「なぜそんな力を?」
「なぜかって?」
 エーレンの問いに対しリアは微笑む。この世の物とも思えぬほど整った美しい顔に、幼児のように純粋な笑みが浮かんだ。エーレンはそのあまりの佳麗さに見惚れ、そして油断してしまう。
 リアの口の動きに気づいた時、既に彼女は呪文を唱え終わっていた。
 エーレンの膝から力が抜け、崩れ落ちる。下半身だけではなく上半身も脱力し、エーレンは横に倒れ伏してしまった。
 地熱と砂利の感覚を半身で感じながら、まだわずかに開く口をエーレンは動かす。
「リア、何を……」
「君に魔法をかけるためだ」
 リアが答えた。
「魔法?」
「幸いにして触媒は全て揃っている。母体となる君と、強大な力を持つ魔物の死体」
 そう言ってリアはジ・スの死体を指差して見せた。
「そして二つを融合させる為の力。ダニアの力、私の心だ」
「ダニア……」
「嫉妬心だよ。エーレン」
 リアは一呼吸すると、黒い肌を限界まで赤くして双眼を閉じた。祈りを捧げる淑女のように両手を胸の前で組み、傾いた日輪の下告白を始める。
「私は君を愛している。もうこの気持ちは抑えることも、諦めることもできない。でも君は、この戦いが終わったらあの女の所へ行くんだろう? そして結ばれて子を作る訳だ」
 そこで一度言葉を切ってリアは瞼を開く。そしてエーレンを見つめると、奈落の底で亡者たちが発する怨嗟の声のような、今までエーレンが聞いたこともない恐ろしい声音を響かせた。
「……そんなことは許さない」
 リアの顔にもう笑顔はない。感情を感じさせない、見る者全ての血を凍らせるような冷酷無比な相貌の中で、緑の双眼の奥だけが紅蓮の炎を渦巻かせていた。
 エーレンは恐怖し、考えた。自分は何をしたのだろうか、いつの間にリアがここまで思いつめてしまったのだろうか、どこで間違ったのだろうか――。
 だが、それでもまだリアとの友諠をエーレンは信じていた。説得すれば、まだ間に合うはずだと。
「リア、でも僕は……それに、この戦いが終わっても、また会う機会は……」
「会ってどうなる? あの女を捨てて、私と共に来てくれるのか? 例えそうなったとしても、君は私より先に死んでしまう。そんな未来に何の意味がある? 君のいない世界など、私にはもはや絶望しかない」
 リアは言い切ると、一息置いて口調を諭すような優しいものに変えた。
「君と私は生涯共に居る、その為の魔法だ。君はこれから不老不死となる。そして地上で最も強く、最も偉大な存在となる」

98 名前:触媒[] 投稿日:2016/04/16(土) 16:43:19 ID:f0Lych7g [5/6]
 リアは屈み込むと、倒れるエーレンの顔を抑え口づけた。舌を押し込み、口腔を舐め回す。
 その動きにエーレンは昂奮を覚えるよりも愕然とした。今のリアは狂っている、エーレンにはそうとしか思えない。
 リアはやがて名残惜しそうに唇を離すと両手でエーレンの頬を撫でまわし、陶然とした表情で告げた。
「君を、君にふさわしい魔王にしてみせる」
「やめてくれ……!」
「そうなれば、全ての邪悪と混沌の勢力を統べる存在にエーレンはなれる。善の勢力など物の数ではない。奴らは虐殺され、嬲られるのみの存在となり果てるだろう」
 エーレンは身体の中の何かが砕け散る音を聞いた。エーレンがリアにだけ話した彼の夢――善と悪が和解しているこの時を、少しでも長く続けること――それを真っ向から否定する発言がまさかリアから出て来るとは。
 エーレンの秀麗な顔に翳が落ちる。全身を無力感にさいなまれ、意思に反して瞳が閉じる。最後の抵抗力が失われた瞬間だった。
 リアは、エーレンの心中を察したのか悲しそうな声で告げる。
「君の夢を遮ることになってすまない。でも大丈夫だ、二人で新しい夢に向かって進んでいこう。血塗れの夢に」
 立ち上ると、リアは結界の外にいるエーデルワイスに冷徹な視線を向けた。
 エーデルワイスは狂ったように結界の壁を叩き続けている。その周りで多数の魔術師達も解除魔法を使っているようだが、全て無駄な足掻きと化していた。
「よく見ておけ、泥棒猫。エーレンが私の物となる、その様をな」
 憎悪一色に染められたリアの声を聞いた時、急速にエーレンは意識が遠くなっていくのを感じた。もはや舌を動かすことも、目を見開くこともできない。
「殿下、すみません」
 その言葉を最後に、エーレンの意識は落ちた。