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250 :同族元素:長夜の闇 ◆6PgigpU576 [sage] :2008/03/16(日) 21:34:25 ID:w4xuIDnz

 先日、俺は、無二の親友と、その双子の妹である友人を、失った――


 高校に入って一ヶ月程経った頃、親友が同級生の女からストーカー紛いの被害を受け、
親友側についた俺も、少なからず被害にあった。
 頭を殴られ階段から突き落とされ、幸い頭の方には異常は無かったものの、脚の骨に
罅(ひび)が入り、入院を余儀なくされた。
 入院して途中リタイアとなった俺には事の顛末を知る術は無く、病院から方々に掛けた
電話も、当事者の誰一人として捕まえる事は出来なかった。

 そして長い入院期間も六週目を迎えた面会時間終了間際、今まで消息が掴めなかった
親友が病室に現れた。
 少し痩せたようだが、五体満足な親友の姿に安堵する。
 しかし親友は、こちらが訊いた事には一切答えずに、唐突な別れを切り出した。
 一方的に告げられた別れの言葉は、到底納得できるものではなかったが、それだけ告げ
ると親友は制止の声を振り切って、病室を出て行ってしまう。
 治りかけとはいえ、脚の骨に罅がはいっていた状態では満足に追いかける事も出来ず、
結局退院するまで何も出来ないでいた。

 悶々と過ごした入院生活も終わり、退院すると直に親友の家に向かった。
 別れを言って去った以上、電話が通じるとは思わなかったし、何より直接会って話さな
いと俺の気が済まない。
 だが家は誰も居らず、近隣の人に尋ねると、あの事件辺りから居ないようだった。
 親友の両親にも連絡を取ったが、親戚の所にいるとの一点張りで要領を得ない。

 八方塞。
 途方に暮れ、親友の家の前で座り込んでいると、一人の女がやってきた。

「また、お会いできると信じておりましたわ」

 美しい女だった。
 漆黒の髪は腰まで真っ直ぐに流れ、やや切れ長の大きな目に長い睫毛、陶磁器のような
白い肌に頬の桜色と唇の薔薇色。胸が大きすぎる気もするが、モデルのような長い手足の
体型は均整がとれ、自然と目が惹き付けられる。

 そう、忘れもしない、親友が別れを言いに来た際、脚の怪我を圧して追いかけた結果、
不様にも転倒した、その時、俺を助け起し親友と車で去っていった女。
「アンタ……」
「わたくしは、湖杜(こと)と申します。陽太(ようた)さんとは親戚になりますわ」
 優雅な立ち振る舞いで、そう名乗った女、湖杜はこちらが名乗るのを待っている。
「俺は、前園東尉(まえぞの とうい)。陽太の親友だ」

 これが、この美しい女、湖杜との再会だった。


 湖杜は親友の清水陽太(しみず ようた)と親戚で、彼らがもうここには居ないと告げた。
 行き先を尋ねても、教えられないとの一点張りで埒が明かない。
「俺は、事の顛末を知りたい。というか、知る権利があると思うんだが」
「そうですわね……お気持ちはよく解ります。けれど、お教えする事は出来ませんわ」
 しかしどうしてもと粘ると、湖杜は近況や様子を教えるくらいならと譲歩してきた。

 それから俺は湖杜と週に一度、こうしてこのカフェで会っている。



251 :同族元素:長夜の闇 ◆6PgigpU576 [sage] :2008/03/16(日) 21:35:43 ID:w4xuIDnz

 半ば指定席となったいつもの席に、いつもの様に向かい合わせで座ると、何も訊かず
さっさと注文を済ませ、黙ったまま注文の品を待つ。
 いつものアイスコーヒーとエスプレッソがきて、一口、口をつけると湖杜が挨拶をし、
陽太とその双子の妹、夏月(なつき)の様子を教えてくれる。

 ここまでが、いつもの定番となった、一連の流れだった。

「東尉様……もう、お身体の方は、よろしいんですの?」
「……ああ、もう大丈夫だ」
 梅雨の長雨は、完治した筈の脚をじくりと痛ませ、蒸し暑さと共に不快指数を跳ね上げ
るが、それを湖杜に言っても仕方が無い。

「温めると良い、と聞きますわ。来週には梅雨明けでしょうから、もう少しですわね」
 美しく微笑むと、優雅に音一つ立てず、湖杜はカップに口をつける。

 こちらが言わなくても湖杜は全てを読み取り、そして決して厭らしい言い方ではなく、
当然の様にさらりとした気遣いを見せる。
 それは、ともすれば厭味や不快に感じる事だが、不思議と湖杜相手だとそんな感情が
湧かず、寧ろ心地良く感じてしまう。

「なぁ……もう少し、会える日を増やせないか?」
 だからだろうか、こんな台詞を口にしてしまったのは。

 高校はテスト休みに入っていて、残すは終業式だけだったが、家に居ても妹が喧しく、
両親とは顔を会わせたくなかった。
 離婚とまではいかないが、どうやら親父の仕事が上手くいってないようで、ここ最近、
親父とお袋は喧嘩が絶えず、見苦しい事この上ない。
 そんな家は寝る時だけ居ればいい。しかし外で時間を潰すと言っても、陽太が去ってか
ら倦怠感が付き纏い、何のやる気も起きない。
 そんな時思い掛けない事から、外で時間を潰すのに格好の場所を紹介されたが、そこは
夕方に差しかかるような時間からしか開いておらず、それまでの時間を持て余していた。

 何となく独りになりたくはなかった、だからといって誰でも良い訳でもない。


「構いませんわ。どの位増やされます?」
 やはり湖杜は理由を訊いてくる事もなく、すんなりとこちらの要求を飲んでくる。
「どの位増やせる?」
「毎日でも構いませんわ」
 参った。本当に考えてる事を読まれているんじゃないかと思う程、言って欲しい返事が
返ってきやがる。
「いいのか? 毎日なんて……」
「ええ。このカフェも夏の間は休み無しだそうですし、問題はないですわね」
 問題はそこではない気もするが、何でも無い事の様に微笑まれてはしょうがない。
 降参して甘える事にしよう。
「ありがとう」
「わたくしの方こそ、毎日東尉様にお会い出来るなんて、嬉しい限りですわ」
「そう言って貰えると助かる。けど……」
 どうして湖杜がここまでしてくれるのか、正直解らない。

 その疑問が顔に出ていたのだろう。湖杜はまるで全てを解っているような、そんな
笑みを浮べると、口を開いた。



252 :同族元素:長夜の闇 ◆6PgigpU576 [sage] :2008/03/16(日) 21:37:16 ID:w4xuIDnz

「簡単な事ですわ。わたくしは、東尉様が、好きなんです」

 その密やかに艶を含んだ涼やかな声が紡いだ告白は、僅かな歓喜と優越感をもたらし、
そしてそれが当然の事の様に、俺の中に納まった。

 けれど、告白を受ける気は無い。
 確かに湖杜の事は、嫌いではない。寧ろ、好意的に思っている。
 しかし陽太の一件や両親の事、それらが二の足を踏ませ、何より俺自身、今に満足している。
 告白を受けて、この関係が状況が変わる事が嫌だった。

「流石に今すぐに、とは考えておりませんわ。わたくし自身も急過ぎると思いますし」
 そう言って、ゆるりと微笑む湖杜は、やはり俺の答えを解っているのだろう。


 断れば、この時間を亡くしてしまう。
 受けても、この時間を亡くしてしまう。

 しかし、どうするべきか、問題はそこだった。
 告白をされた今、現状維持は無理だろう。いくらこちらが望んでも、それは余りに
湖杜を馬鹿にしている事になる。


 言葉に詰まった俺のテーブルの上に投げ出してあった右手を、湖杜は両手で掴むと
身を乗り出し、始めて見る切迫した表情で迫ってきた。

「今は、このままで構いませんわ。
……ですから、わたくしの東尉様へのこの想いを、否定なさらないで。
わたくしを嫌いにならないで。距離を置こうなどと、離れてなど、いかないで下さい」
「……湖杜……」
 その大きな瞳には薄っすらと水の膜が張り、眉を寄せ、俺の右手に縋るように湖杜は
艶やかな唇を戦慄かせ、真摯に言葉を想いを訴えかける。

「東尉様……申し訳ありません……
今、この想いを告げても、東尉様が困る事は解っていましたの」

「……けれど、わたくしは、この想いを、胸に秘めておくことが、難しかったのです」


 美しかった。

 そう言って伏せた瞳が、色彩る長い睫毛が震えるのを、引き結んだ薔薇色の唇を、
湖杜を形作る全てが、美しく、魅了された。



253 :同族元素:長夜の闇 ◆6PgigpU576 [sage] :2008/03/16(日) 21:38:39 ID:w4xuIDnz

 また俺は、湖杜に甘えようとしている。

 いくら湖杜自身が望んでくれているとしても、告白の返事もしないで現状を維持したい
など、卑怯な逃げでしかない。

 だけど、俺には湖杜が必要だった。

 今、湖杜までも失ったら、俺には、ただただ空虚な時間しか残らない。
 それも、いいと思っていた。
 湖杜に再会して同じ時間を共有するまでは。

 しかし、知ってしまった。味わってしまった。湖杜と共に過ごすこの時間の甘美さを。
 この満ち足りた時間を手放す事は出来ない。卑怯だと解っていても。


 掴まれた右手に力を込め、湖杜の細くたおやかな手を握り返すと、湖杜はゆるりと伏せ
た目を上げた。瞬間、耐え切れず遂に零れた一滴を、空いた左手でそっと拭ってやる。
 初めて触れた陶磁器のような頬は、温かく滑らかだった。
 何となく、そのまま柔らかい頬に指を滑らせ感触を楽しむ。
「……東尉様……」
「湖杜……」
 じっと見詰めていた湖杜の吸い込まれそうな漆黒の瞳が、ふっと弛み、固い表情が柔ら
かく解けた事で、こちらの意図を正しく理解されたのだと解り、安堵の息を漏らした。

「東尉様、明日も同じ時間に、こちらでお待ちしてますわ」
「……ありがとう」
 謝罪の言葉が出掛かったが、感謝の言葉だけを何とか口にし、そのまま別れの時間まで
俺の右手を握り締めている湖杜を、ただ黙って見詰めていた。





 街は黄昏に染まり、湖杜と居れる時間が終ってしまった俺は、関係者以外立入禁止の
ひっそりとした通路を、先日知り合いになったタカシに教えてもらった、時間潰しの格好
の場所、植物園の中にある温室に向かうため、音を立てない様静かに歩いていた。

 タカシとの出会いは可笑しなもので、有り余る時間を前に途方に暮れていた俺を、ヤツ
がナンパしたのが切っ掛けだった。
 タカシは鋭い切れ長な目と髪を後ろに流し露になった額、180cmある俺よりも10cm程高い
長身で鍛えていそうな体躯が、知的で硬質な雰囲気を醸し出していて、何となく視線を向
けた俺と目が合うと真っ直ぐに近付いてきて「モデルになって欲しい」と、にこりともせ
ず言い放った。
 何故OKしたのか自分でもよく解らないが、写真のモデルになる代わりに、この温室に
毎日タダで入り浸る事を許された。

 辿り着いた温室の硝子の扉を開け、指定席となったベンチに腰掛ける。

 カシャと、小さなシャッター音がして、首を巡らせるとタカシがカメラを構えていた。
「よう、トーイ。今日は読書はしないのか?」
「ああ。今日は寝る」



254 :同族元素:長夜の闇 ◆6PgigpU576 [sage] :2008/03/16(日) 21:40:04 ID:w4xuIDnz

 タカシと短い挨拶を交わすと、視線を戻してからベンチに深く座り直し目を閉じた。
 断続的なシャッター音が、タカシが写真を撮っている事を告げていたが、別段気にする
事もなく、ゆるりと訪れた睡魔に身を委ねる。
 写真のモデルといっても、特にポーズを取らされる事もなく、自由にしていていいと
その代わりこちらも適当に撮らせてもらう、と最初に言われていたからだ。

 タカシが、どんな漢字なのかも知らない。
 苗字も歳も何をしているヤツなのかも、何も知らない。
 それはタカシも同じ事で、俺の名がトーイという事以外、何も知らない。
 詮索してこないタカシの距離感が心地良かった。



 寝ている間に、すっかり夜になっていた。
「じゃ、またな」
「ああ。また、な」
 日付が変わる前には家に着けるかギリギリだな、と思いながら、少し固まった身体を
ぐっと伸ばすと、そう短い挨拶をタカシと交わし、温室を後にした。

 自宅には日付が変わる前に着いた。
 鍵を開けて家に入ると静まりかえっていて、親父とお袋の醜い言い争いは休戦中らしい
事が解り、少し気が楽になった。が、
「お帰り」
「……ああ」
自室のドアを開けようとした所で、後ろから声が掛かった。
 三つ下の妹、秋佳(しゅうか)だった。

 陽太と夏月の兄妹と違って、俺達兄妹の仲は非常に悪い。
 秋佳は眉間に皺を寄せ、俺を睨みつけている。その生意気な態度にうんざりした。
 どうせいつもの厭味か罵りだろう。
「お兄ちゃん、最近随分と帰りが遅いけど、どこで何してるワケ?」
「お前には関係ない」
「変な人とつるんでるんじゃないでしょうね? やめてよね、お兄ちゃんが警察のお世話
なんかになったら、迷惑なんだけど!?」
「警察の世話になるような事はしてねぇし、するつもりもねぇよ」
「じゃあ、どこで何してるのよ?」
「…………」
 本当にウザイ。
 これ以上聞いていたら、いい加減殴ってしまいそうなので、無視して部屋に入った。
 廊下でまだ何か言っているようだが、知ったことじゃない。
 全てを意識の外に追い遣ると、明日の湖杜との時間を思いながら、一番速く時間が過ぎ
る方法、寝る事に専念した。


「折角、邪魔だった清水陽太と夏月の兄妹がいなくなったのに……どこの誰よ? あたしの
お兄ちゃんを誑かしてるのは!?」

 だから俺は知らない。
 秋佳がそんな事を言いながら、俺の部屋を睨みつけていた事など。


-続-