357 名前:高嶺の花と放課後 第2話[sage] 投稿日:2018/01/15(月) 20:30:37 ID:Rq7hZcyU [1/6]
高校2年 7月初旬
「だぁー、あっちい」
「だらしないぞ太一そんなところで寝っ転がって」
「そういう遍こそこんなところでくふぶってないでさっさと参加してこいよ」
「僕は運動好きじゃないんだよ」
「わけわかんね、お前べつに運動苦手じゃねーじゃん」
「好き嫌いと得手不得手は必ずしも一致しないぞ」
太陽はもうすぐ真上にたどり着きそうな時刻。
僕らのクラスは体育の授業を行なっていた。種目はサッカーだ。
僕と太一はというと体育の苦手意識から校庭の端でサボっていた。
「それに」と僕は付け足す。
「サッカー部の連中や運動部の連中だけでもう楽しくやってるんだからあの中に入れってのは酷だよ」
「んなことぁ、みりゃわかるさ」
期末試験と夏休みが迫りくる日々でここ最近なにやらクラスが騒がしくなっていた。
ーーーまたね!不知火くん!
あの再会の約束の挨拶を交わしたあと、結局のところなんの進展もなかった。
それはそうだ。いままで彼女と接点がなかったわけだし、僕なんて大した男でもないからそこらへんの有象無象と変わらずに写っているのだろう。
ものすごく希望を持ってはいなかったがとはいえ少しばかりの希望は持っていたのでわずかに苦い思いをこの1ヶ月間味わってきた。
どうやら僕は初恋と同時に失恋を味わったようだ。
向こうは高嶺 華。その名前と容姿、様子で『高嶺の花』なんて呼ばれているが高嶺の花というのは手の届かない美しい花のことだ。
僕には憧れるしかできない存在なのだ。
とはいえ実のところ、それほどショックでもなく恋愛経験も皆無だった僕に良い経験を与えてくれたと思って感謝すらしている。
兎にも角にも僕もそろそろ彼女のことが気にならなくなり目の前に迫っている期末試験に本腰を入れられそうであった。
僕は運動も好きじゃなければ勉強も好きじゃないという何とも不良な生徒だ。
あまり成績も芳しくない。こんな成績ではただでさえ四苦八苦している父に説得することが難しくなると考えている僕は今回の期末には珍しく力を入れようと考えていた。
「体育なんてなくなればいいのにな」
「そうだね」
僕ら2人はただただ元気よく動くクラスメイトを1時間眺めていた。
358 名前:高嶺の花と放課後 第2話[sage] 投稿日:2018/01/15(月) 20:32:31 ID:Rq7hZcyU [2/6]
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高嶺の花との進展はなくても小説の方はかなり進展していた。
よし、あと一息だ
いつも通り放課後に執筆を続けきた甲斐があり物語も終わりを迎えようとしている。
主人公とヒロインが山場を乗り越え、ウェディングベルの下で愛を誓い合うシーン
ーーー「誓います」
僕は主人公にこの言葉を言わせ物語を締めくくった。
「終わったぁ」
僕はおもむろに筆を置き伸びをする。
目の前に意識が戻るとそこには長い髪を靡かせるあの日の美しい少女が微笑んでいた。
「おつかれさま。その顔を見るとどうやらやっぱり私に気づいてなかったんだね」
「た、高嶺さん、どうして…」
「先月と同じ理由だよ」
「そっ、か。なんていうか久しぶりだね」
「うん!久しぶり、って同じクラスなんだけどね」
クスクスと上品に、でも子供ぽく笑う
「そうだよね、変だよね」
僕もつられて笑う
「本当は仲良くなりたかったんだけど…ほら、急に不知火くんと仲良くなったら不知火くんの本のことみんなにバレちゃうかもしれないしなんていうか話しかけづらかったんだよね」
「…そっか、僕も同じ理由だよ」
嘘をつけ、臆病者。
「でも1ヶ月で書き上げちゃうんだね。すごいな不知火くんって」
「いやいやノート1冊分くらいの短編小説だしプロの人たちに比べたらまだまだだよ」
「ね!」
「?」
「読んでいい?」
ドキッとする。それは彼女が可愛いからというのもあるが自分から人に見せるというのはまだだったからだ。
先月のは事故。やはり自分からだと勇気がいる。
だが
「駄文だけど読んでくれるかい?」
初恋の少女になら見せても良いかな、と僕は思ってしまった。
「やったぁ」
彼女は丁寧な手つきで僕の世界史のノートを取ると一呼吸いれそれを開いた。
高嶺さんの読書する姿は様になっていて普通なら惹かれても良い姿だったが、僕は自分の思っている以上に緊張してしまいそれどころではなかった。
しばらくの間緊張していた僕だったが、彼女の真剣に読む姿見てか少し平静を保ち始めていた。
特にやることもないので僕も本を読むことにした。
359 名前:高嶺の花と放課後 第2話[sage] 投稿日:2018/01/15(月) 20:36:02 ID:Rq7hZcyU [3/6]
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「ーーーくん、ーー火くん、不知火くん!」
「うわ!」
「ごめんね、何度呼んでも反応しないからさ」
肩を揺さぶられ、僕の意識は現実に引き戻された。
「いやいやこちらこそ気がつかなくてごめん」
無理矢理、読書が妨げられたことによって僕は少々苛立ってしまったが、なるべく態度に出さないようにする。
「それで、読み終わったかい?」
「ううん」
ショックだった。それはつまり読了に至るまでもないという評価の表れだと思っていたからだ。
「だからね、これ持って帰ってもいい?」
「え?」
「だめかな?」
「いやだめじゃないけど…」
どうやら勘違いしていたようだ。
僕はこの子を前にすると度々勘違いしてしまうみたいだ。これが俗に言う女心が分かってないってやつなのか。
「やった。じゃあもう暗くなって来たし帰ろうよ」
「え?」
まさか帰宅に誘われるとは微塵にも思ってなかった僕はその急な誘いに驚いてしまった。
「僕は羽紅駅とは逆の方だけど、高嶺さんは?」
「私も途中まで一緒だから、ね?いこ?」
そのまま彼女に付いてくように日が暮れて暗くなった教室を後にした。
ーーーーまずい、何を話したらいいんだ
あまり人付き合いも得意ではなく、こういう自分とは「違う」人間との会話に出せる話題なんて持ち合わせていなかった。
必然と無言で並んで歩くことになる。
「ねぇ、好きな食べ物ってなに?」
突然、彼女が話してきた。
「え、好きな…食べ物?」
「そう好きな食べ物。私、不知火くんのことなにも知らないの。だからね、まずは好きな食べ物」
一つずつ聞いてみたいの
そう続けた。
「好きな食べ物かぁ、きんぴら?」
「きんぴら!ふふ、渋いね」
「そういう高嶺さんは好きな食べ物なんだい?」
「んーとね、ハンバーグかな」
「意外だ」
「なんで?」
「なんていうか、そういった庶民的な食べ物が好きだなんて。高嶺さん普段からフォアグラとか食べてそう」
「なにそれ、ふふ。私がどこかのお嬢様に見えるっていうの?」
「少なくとも今まではそう思ってた」
「ざぁんねん。私の家はごく普通の家庭だよ?ご期待に添えなくてごめんね?」
「そうだね、もし僕が金目当てで君と仲良くなりたいと思ってる奴だったら今頃失望してるさ」
「あはは、なにそれ。面白い人だなぁ不知火くんは。…じゃあ2つ目の質問。祝日はなにして過ごしてるの?」
「祝日は本を読むか書くか、妹の買い物に付き合うか、かなぁ」
360 名前:高嶺の花と放課後 第2話[sage] 投稿日:2018/01/15(月) 20:37:35 ID:Rq7hZcyU [4/6]
「妹さんいたの?」
「うん、1人ね。高嶺さんは兄弟とかいないの?」
「ううん、私は1人っ子だよ。だから兄弟いる人って結構うらやましいんだよねぇ」
「うらやましいのかい?」
「うん!やっぱり兄弟いた方が絶対楽しいもん」
「結構大変だったりするけどね」
綾音は基本的に言うことを聞いてくれるがたまによくわからないことでわがままになって振り回されてることを思い出し笑う
「妹さんはどんな子なの?」
「優しい子だよ。突然わがまま言う時もあるけどね…あ、ぼくはここで曲がるけど高嶺さんは?」
「私は真っ直ぐだよ。ここでお別れだね」
「そっか。じゃあ高嶺さんまたね」
「まって。最後の質問」
「ん?」
「不知火くんて毎日あそこで書いてるの?」
「え?…うん」
「分かった!じゃあまたね不知火くん」
「うん、またね」
分かれ道にて彼女と別れた。
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また、なんてことを言ったが前回と前々回の邂逅の間隔からして暫くは話すこともないだろうと考えていた。
「ねぇ、次はどんな小説書くの?」
それがまさか、翌日の放課後に彼女が会いに来るなど思いもしなかったが。
期末テストも本格的に近づく中、放課後に笑顔で昨日貸した僕のノートを抱え近づいてきた。
それも「面白かった」と感想を述べながら。
「今度は長いやつを書こうかなって思ってる」
「長い?」
「ファンタジーさ。ノート1冊じゃ足りないやつを書こうと思ってる」
僕はそう宣言すると彼女は不思議そうな表情を浮かべた。
「不知火くん、この間書いたのは恋愛モノだったでしょ?ジャンル全然違くない?」
「んー正直いうと僕自身どのジャンルに向いてるかって分かってないんだ。だから今はいろんなジャンルを書いて自分にあった小説を探してるところさ」
「だったら!」
「?」
「不知火くんは恋愛モノ向いてるよ!私昨日読んでてすっごく面白かったもん。普段本読まない私でも思ったんだから間違いないよ!」
まぁたしかに僕は恋愛小説は好んでいる
361 名前:高嶺の花と放課後 第2話[sage] 投稿日:2018/01/15(月) 20:39:19 ID:Rq7hZcyU [5/6]
「恋愛ものか…。夏休みに気合い入れて書いてみようかな」
「その前に期末テストだね」
彼女はなにやら含み笑いをしている
「いやなこと思い出させるなぁ、高嶺さんは」
「普段から勉強してれば問題ないはずだよ?不知火くんはちゃあんと勉強してる?」
「まさか。普段から駄文を書くことしかしてないさ」
「おほん、そこで提案なんだけど…」
「?」
なんだろうか
「期末テストまでの間、放課後に勉強教えてあげよっか?」
「ありがたい話だけど、またなんで急に?」
「面白い文章を見せてもらったお礼だよ。不知火くん、勉強苦手らしいからそこでお礼になればいいなーと思ったの」
「お礼だなんていらないのに」
「ううん、私がお礼したいの。だめ…かな?」
普通の人なら似合わないような上目遣いで小首を傾げる動作を彼女は可愛らしくやってのけた。
「だ、だめだなんてとんでもない!僕の方からお願いしたいくらいだよ」
「そう?よかったぁ。…じゃあ今日から期末テストまでの間みっちり、教えてあげるね!」
「えぇっ、きょ、今日から?」
「当たり前よ!善は急げって言うしねっ」
「その諺、なんか使い所違くない?」
「文句言わない!さぁ、やるわよ」
高嶺さん、なんでそんな嬉しそうなんだ…
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「はぁ、疲れたな…」
高嶺さんに言葉通りみっちり教わった後帰宅した僕はへとへとに疲れていた。
「おかえり、お兄ちゃん」
「ただいま」
僕の部屋に入ると、いつも通り妹の綾音が僕のベッドでくつろいでいた。
「悪いけど綾音、僕ちょっと疲れているから夕飯までの間仮眠したいんだ。ベッドを空けてくれるかい?」
「へ?いいけどお兄ちゃん大丈夫?仮眠取りたいほど疲れているなんて、そんな…」
「大丈夫、…大丈夫。本当に大丈夫だから。夕飯になったら起こしてくるかい?」
「うん分かった…。おやすみお兄ちゃん」
心配そうな表情でベッドを空けてくれた綾音を尻目にすれ違うように僕はベッドに飛び込んだ。その時
「……くさい」
綾音が何か言ったようだが、豆腐に包丁を入れるように簡単に睡眠に落ちた僕は結局夕飯までどころか、朝まで目覚めることはなかった。
最終更新:2019年01月14日 20:04