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468 名前:彼女にNOを言わせる方法[] 投稿日:2018/03/13(火) 18:44:44 ID:IkdBVfNI [2/9]
 昼食を済ませてからは、ふたりでヘビセンを巡った。
 特に、行き先があったわけじゃない。目に入った店に入って、物色して、気になるものがあったら、それを話の種に談笑をする。なんてことはない。普通のウインドウショッピングだ。ま、談笑といっても僕が一方的に話すだけで、サユリは返事ひとつしなかったけれど。それは傍目から見れば、遊んでいるとは言い難い光景だっただろう。
 けれど、これがなかなか愉快なのだ。
 確かに、サユリは一言だって言葉を発しないし、表情も変わらない。けれど、全くの無反応というわけではなかった。
 たとえば、ペットショップへ行った時のことだ。ヘビセンのペットショップはフロア丸々ひとつを使った大きなもので、扱っている動物の種類もかなりの数にのぼり、ちょっとした動物園のような体をなしていた。
 犬と猫が並ぶケースの前を歩いていると、それまで二メートルの距離を保ってついてきていたサユリが初めて足を止めた。そして、丸くなって眠るネコを無表情のままじっと見つめ、声をかけてもなかなか動こうとしなかった。逆に、爬虫類を取り扱っているゾーンではヘビやイグアナやトカゲを見もしないで通り過ぎて、僕がボールパイソンなるヘビを見ている時も、終始あらぬ方向を見ていた。
 それ以外の場所でも、たとえばゲームセンターへ行った時は、けたたましい電子音とサイケデリックな電光に目をしばたたかせていたし、婦人服を専門としている店では、自分の着ている服とマネキンの着ている服を見比べていたりした。
 ってな調子で、電子顕微鏡を使って覗かなければ判別つかないような微細な変化だったけれど、それでも感情の欠片くらいは感じられた。無論、全部僕の気のせいだという可能性も捨てきれない。僕が見たいように彼女を見ているのかもしれない。
「サユリ、僕といて楽しいか」
 そう訊いてみるが、反応はゼロ。けれども、相手は氷の女王。仮につまらなかったとしたら、わざわざこうやって僕についてくることもないはず。
 それなら、それでいいじゃないか。少なくとも、僕は楽しいと感じている。なら、せめてその一欠片分くらいは、サユリだって楽しいと感じているのだ。そんな勘違いをしたって、罪ではないだろう。
 だから、僕は目一杯楽しむ。そもそも誰かの気を使いながら楽しむなんて芸当、僕にできるはずがないしね。こんな性格だと、将来苦労しそうだけどね……。

 広大なヘビセンを練り歩くには体力がいる。しかも、元旦で混雑極まりないヘビセンとくればなおさらだ。初詣でのダメージもまだ癒えていなかったので、さすがの僕といえども足が疲れてきた。
 男子から言うのは情けないと思ったが、「疲れたからどこかで休もう」とサユリに提案することにした。

469 名前:彼女にNOを言わせる方法[] 投稿日:2018/03/13(火) 18:45:26 ID:IkdBVfNI [3/9]
 だが、突如わき出た泣き声に僕の意識はなべて持っていかれた。
 驚いて声のする方を見ると、おもちゃ売り場の近くでひとりの女の子が泣いていた。年のころは幼稚園児くらいだろうか。幼い子がするような、タガが外れた感じで泣きわめいているため、声量はかなりのものだった。この時ばかりは、この女の子の方が背後にいる銀色の少女よりも目立っていただろう。
 僕に限らず、行き交う人々は一様に驚いた顔をして泣き叫ぶ女の子を見ていた――が、声をかける者は誰一人としていなかった。こんなに多くの人がいるのにだ。
 これぞ現代の生む病、無関心。触らぬ神に祟りなしが公然のルールと化した世界において、火中の栗を拾う真似は誰だってしたくない。
 その光景は、ある人々にとってはけしからんと義憤に駆られるものだったろう。けれど、一方的に彼らを責め立てるのはフェアではない。多少の擁護は必要だ。
 通り過ぎて行く人たちだって、できれば女の子を助けたいに違いなかった。が、現代社会において人助けをするのはリスクが高い。それがためらいにつながっているのだ。
 たとえば、とある成人男性が女の子を心配して声をかけたとしよう。「大丈夫?」なんて優しい声色で、百パーセントの善意によって接したとしよう。
 始めから最後までその様子を見ていた人は、良い人だなと素朴に感心するだろう。けれど、途中から見ていた人にとってはどうか。その場面だけを切り取ってしまえば、まるで成人男性が女の子を泣かせているように見えるのではないだろうか。しかも、その人が母親だったとしたらどうなるか。自分の娘が号泣していれば正常な判断は下しにくくなる。優しき成人男性は一気に犯罪者へと仕立て上げられてしまうかもしれない。
 善意が悪意に転換させられてしまう恐怖は、誰だって理解している。だから、声をかけられない。黙過する彼らが悪いのではなく、人助けにリスクが伴ってしまう現代社会が異常なだけだ。
 しかし、そう嘆いたところで女の子が泣き叫んでいる現状が変わるわけではない。
 やれやれ、と肩をすくめる。
 自他とも認める小悪党の僕であっても、これを見過ごすのはちょっとばかし忍びない。子どもを助けられるのは、また同じ子どもなのである。少なくとも大人が助けるよりは不審の目で見られまい。
 こういうのはガラじゃないけど、誰もいないのなら僕が行くしかないか。たまには周囲に良い人アピールをして好感度を上げておくのは悪手ではないし。
 そう思って、女の子に近づこうと足を踏み出した時――僕よりも早く、駆け出す影がひとつ。銀色の髪を揺らし、青い瞳をきらめかせ、少女は女の子の元へと一直線に駆けていく。
 僕は、その人が誰なのか、一瞬わからなかった。今までの無表情を捨て去り、心配そうに眉根を寄せる少女が、あの氷の女王さまだと信じられなかったのである。
 女の子の背をなでながら、ポケットから取り出したハンカチで涙をぬぐってやっていた。耳元で何かをささやくと、癇癪玉のように泣き叫んでいた女の子も徐々に平静を取り戻していき、ひっくひっくと喉を鳴らしながら、途切れ途切れに言葉を呟き始めた。彼女はうんうんと頷きながら、女の子の話を聞いている。

470 名前:彼女にNOを言わせる方法[] 投稿日:2018/03/13(火) 18:46:42 ID:IkdBVfNI [4/9]
 こんな状況だというのに、僕は初めて見る感情豊かなサユリに心を奪われていた。
 いつもの能面のような無表情も、それはそれで彼女の無機質な魅力を増幅させるものではあった。けれど、これは段違いだ。今の彼女は人形ではなく、ひとりの生きた人間だった。結局のところ、人が愛せるのは人形ではなくて、同じ血の通った人間なのだ。そう考えを改めるくらいには感嘆していた。
 女の子が話しを終えると、切羽詰まったようなサユリの青い瞳が、僕に向けられた。ふたりを取り囲むようにできていた大きな人だかりの中で、たったひとり、僕だけが、女王さまに認識される権利を得ている。
「この子、迷子になったみたいなの」
 迷子の女の子と、それを助ける少女。構図としては、それが正しいのだろう。
 しかし、なぜだろうか。なぜ、泣いている女の子よりもずっとずっと――サユリの方が迷子に見えたのだろうか。
 加わっていた取り巻きから離れて、僕は中心へ歩み寄る。
 言外に助けを求められているのは明らかだった。こうやって同級生の女子に頼られるのは気分がいい。男子ってのは、いつだって女子に頼られたいという願望を持っているからだ。ならば、ここはカッコよくその期待に応えてやるとしよう。
 僕はニヤリと笑い、
「餅のことは餅屋に任せりゃいいのさ」
 と、言ってやった。
 元旦だけにね、と一言付け加えるのを我慢したのは、我ながらえらいんじゃないかしらん?

「迷子のお知らせです。……ちゃんが、現在インフォメーションセンターにて保護者の方をお待ちしております。服装は、上が赤いセーターで……」
 館内に響き渡る放送を聞いて、作戦の成功を確信する。音量も十分だったし、必死になって探している親御さんが、この放送を聞き逃すはずがない。時期に女の子を迎えにやって来ることだろう。
 ……いや、わかってるよ? 助けるとか豪語しときながらあっさり他に頼っちゃうんだ……みたいなツッコミをくらいそうなことくらい。そりゃ必死にヘビセンを探し歩き回って、女の子と親を再会させる方が絵面的にも美しいだろうよ。でもさ、世の中は適材適所で回っているの。僕は泥臭いドラマよりも無味乾燥のリアルを選ぶのさ。はい、自己弁護終わり。
 肝心の当事者は今、係りのお姉さんからもらったアメ玉を舐めながら、大人しくセンター内のイスに座っていた。涙はすでに乾いていて、今ではその跡も残っていない。

471 名前:彼女にNOを言わせる方法[] 投稿日:2018/03/13(火) 18:47:22 ID:IkdBVfNI [5/9]
 僕とサユリはインフォメーションセンターからやや距離を置いたところで並んで立っていた。
 やるべきことはやったのだし、そのまま立ち去ってもよかったのだが、氷の女王さまが動こうとしなかった。なら、従者は従うしかない。ま、事の顛末を見守る義理がないでもないし、最後まで付き合ってやるのはやぶさかでない。
 それにしても――と、先ほどの光景を思い返す。
 僕は今まで、サユリは何もしない人だと思っていた。眼前で何が起きようと、冷え切った目をして黙って通り過ぎるような、良くも悪くも他者に干渉しないタイプ。私は関わらないから、お前も関わるな。それを地で行く人なのだと決めつけていた。
 が、実際は違った。彼女は張り付いた仮面を引きはがし、感情をあらわにして、救いの手を差し伸ばした。
 しかしながら、それは慈愛というよりも痛切な感じがして、ただその映像を見たくない一心で急いでチャンネルを切り替えるような、痛々しい切迫さがあった。助けたいから助けたというよりも、助けざるを得ないから助けたというような。
 一体全体、何があれほどまでにサユリを急き立てたのだろうか。
 僕の興味が彼女の内面へと向かいかけた時、視界の中の女の子がはじかれたようにイスから飛び出し、両手を前に突き出した姿勢のままどこかへと走っていった。
 その先には、同じように女の子へ向かって走り出している女性の姿があった。そのままふたりは抱きしめ合い、眩しい笑顔で互いに何かをささやき合っている。その姿は人ごみに紛れつつも、はっきりと輝いて浮かび上がっていた。
 これにて一件落着。
 フッ……また善行をしちまったぜ。やっぱり僕って良いヤツなんだなと再認識。もう小悪党は卒業しちゃってさ、明日から善良な少年を自称してもいいんじゃないかな。
 そう思わない? と、第三者の意見を仰ごうと、隣の少女に訊ねようとし――止めることにした。下手に声をかけて、この表情を変えてしまうのはあまりに惜しかったからだ。
 果たして、小さく口角を上げただけのこの表情を笑顔と称していいのかはわからないが、今日はこれが拝めただけでも外出の価値があったといえよう。
 親子が手をつないで立ち去っていくのを見届けると、サユリはふらりと歩き出した。どうやら、本日はこれにてお開きらしい。
「サユリ」
 僕は上着のポケットからラッピングされた袋を取り出し、振り向いた彼女に向かって下手で投げる。両手でキャッチしたそれを、サユリは不思議そうに確認している。
「今日、付き合ってくれたお礼だ。また、学校で会おうな」
 そう言って手を振った。
 返事くらいは期待したのだが、彼女は受け取ったものをショルダーバッグにしまうと、ショートボブの銀色を揺らしながら人波に消えていった。愛嬌を遠い彼方へと置いてきたようなしょっぱい対応だった。

472 名前:彼女にNOを言わせる方法[] 投稿日:2018/03/13(火) 18:47:45 ID:IkdBVfNI [6/9]
「愛想のひとつくらい振りまいたって、なんも減りやしないのに……」
 呆れて呟くが、人に懐かない気まぐれな猫を相手にしていると思えばまあ面白い。
「それにしても……」
 プレゼントするモノをミスった気がしてならない。家に帰った後、袋から飛び出てくる邪神を見て、サユリはどんな反応をするのだろうか。
 好感度がだだ下がりになってブレイクアップしないよね? 僕、転校させられたりしないよね? アレって本当にただの噂だよね? 路頭に迷ったりしないよね?
「ま、いいか」
 それに、そろそろ父さんと母さんに合流しなきゃだし。つっても、また歩き回るのは面倒だしなぁ。せっかくだし、ついでに僕も迷子の呼び出しをしてもらおうかな。
 と、何気なくズボンのポケットに手を突っ込んだ時、
「あ」
 指先に、くしゃりとした紙の感触。それは大変触り心地がよくって、長方形の形をしているようだった。そして、奥には丸くて硬い金属の感触が……。
「……ま、いいか」
 うん。いいのだ。きっと、これでいいのだ。
 善良な少年の名は返還しよう。そう心に決めて、僕はインフォケーションセンターへ歩き出した。

 正月三が日が終了した。社会も緩やかに日常を取り戻しつつあり、玄関先をにぎわしていた門松も徐々に姿を消していた。
 今朝は、父さんが半ギレで「世の中おかしい。休みが少なすぎる。世の中おかしい」とブツブツ呟きながら出勤していたっけ。なんと憐憫漂う背中だっただろうか……思い返しただけで涙がちょちょぎれる。
 思えば、父さんからは仕事の愚痴しか聞かされていないな。普通、僕ぐらいの年齢の子に対しては、仕事に対して夢を抱かせるようなことを言うのが親としての務めだろうに。将来の夢に『不労所得で生きたい』と書くようになったのは、間違いなく父さんの影響だろう。ああ、ずっと子どものままでいたいなぁ。扶養されていたいなぁ。
 なんてことを、リビングのコタツで温まりながら考えていた。
 特番ばかり放送していたテレビ番組も元に戻ってしまったので、今は大して興味もない情報番組をダラダラと見ていた。この手の情報番組はバラエティ色が強いので、堅苦しいニュースが苦手な僕でもそれなりに見られる。
「あ」
 芸能人の不倫騒動から切り替わり、画面いっぱいにヘビセンが映し出された。テロップには『全国のショッピングモール特集』の文字が躍っている。

473 名前:彼女にNOを言わせる方法[] 投稿日:2018/03/13(火) 18:48:15 ID:IkdBVfNI [7/9]
 地元施設が全国地上波で放映されるのはなんだかテンションが上がる。「ヘビセンが映っているよ」と、掃除中の母さんに声をかけるが、大して興味がないのか、ちらりとテレビを一瞥しただけで掃除機を動かす手は止まらなかった。
 最近よくテレビに出ているお笑い芸人が、ヘビセンのグルメ事情をリポートしていた。前に僕が行ったフードコートではなくて、ちょっとグレードが上がるレストラン街の方だった。
 ほう、ボリュームたっぷりのアメリカンステーキとはな。焼肉みたいな小分けに切り分けた肉もいいけど、こういうガッツリとした一枚肉もよいものだ。
 なんて思いながら見ていると、さあこれから食べますよというところでCMに入ってしまった。
 一気に興が削がれ、ゴロンと仰向けに寝っ転がる。天井から釣り下がる電灯のヒモを見て手を伸ばしてみるが、届くはずもなく宙を掴む。緩やかな脱力感が、じんわりと身体に浸透していく。
 ふと、閉じた唇から言葉が漏れていた。
「……早く、学校が始まらないかな」
 やかましく駆動していた掃除機が止まった。首を曲げると、母さんがわなわなと震えながら僕を見ている。
「○○!」
 手に持っていた掃除機を投げ出して、僕の元へと駆け寄る。そして額に手を当て「熱はないみたいだけど……」と深刻な顔をしてベタベタ触診を始めた。
「おいおいおい、待ってくれよ母さん。別に体調は悪くないのだけど……」
「嘘おっしゃい。病気かなんかで頭がおかしくなってなきゃ、○○が早く学校が始まって欲しいだなんて宣うはずがないもの」
 そんなことあるわけ……と、否定しかけて、否定できないことに気づく。
 母さんの言うとおりだった。どうしてこの僕が、常日頃から文部科学省に更なるゆとり教育の徹底化を求めているこの僕が、早く学校に行きたいだなんて呟いていたのだ? 気でも触れたか? いや、僕は正常だし、体調もすこぶる万全だ。病院の敷居を跨がせてもらえないような超健康優良児だ。
 なのに、どうして早く学校に行きたいだなんて。しかも、それが口先などではなく――本心から、心の奥底からそう思ってしまっている事実と、果たしてどう向き合えばいいのか。
「あわわわわ」
 マズイ。これはマズイぞ。アイデンティティが崩壊する! 僕という存在が揺らいでしまう! おい、そこ。くだらないとか言うな。僕にとっては死活問題なんだぞ!
「どうしよう、母さん。もしかしたら僕……良い子になっちゃうかもしれない」
「大丈夫、それだけは絶対にありえないから安心しなさい」
 あ、そっすか。そこだけは変わらないんですね。上部は揺れても、土台が揺らがないのなら安心だぁ。即座にアイデンティティを確保できてしまったよ。
 とはいっても、唐突に浮かんだ悪ガキらしからぬ思考に頭が痛くなった。僕はフラフラとした足取りで二階の自室に戻り、ベッドに寝転がって先ほどの発言の真意を考えた。
 しかし、思索のスコップでちっぽけな脳みそを掘り続けても、答えは出てこなかった。

474 名前:彼女にNOを言わせる方法[] 投稿日:2018/03/13(火) 18:48:35 ID:IkdBVfNI [8/9]
 とっぷりと夜は更ける。
 僕は熱々の湯船につかり、「あー」とオッサンじみた息を吐き出した。一気に身体の力が抜け、腕を広げ、足を延ばした。そして顔を上げると、ちょうど天井から水滴が落ちてきて額に当たった。それで何か閃くかと期待したが、空っぽの脳内には何も生まれてきやしなかった。
 未だに、疑問の答えは見つかっていなかった。
 心境の変化が訪れたのはいつ頃なのだろうか。大晦日あたりまでは、学校なんか行きたくない、もっと休みが欲しいと嘆いていた気がする。ということは、心変わりは新年になってからなのか。
 さりとて、ここ最近は特に変わった出来事もなかったはず。昨日は友人たちと川辺で凧揚げをしただけだし、一昨日に関しては一日中テレビを見ている怠惰っぷりだった。特別なことといえば、せいぜいAと元旦に初詣に行ったくらいで……。
 脳裏をちらついた銀色に、鼓動が早まった。
「え」
 って、おい。鼓動が早まるだって? んなアホな。それじゃあ、まるで僕がサユリに……。
 カチリ、と何かがハマった感触がした。錠にカギが差し込まれた時のような、パズルのラストピースを埋めた時のような、不足していたものが充足していく感触。
「いや、そんなバカな……」
 認めたくなくて、そんなはずはないと否定してみるけれど、かえって頭の中は銀色でいっぱいになっていき、僕の体温は急上昇していく。
 これは風呂につかっているせいだと思い、頭から冷や水をぶっかけてみるが体温はちっとも下がらない。
 空になった風呂桶を持ったまま棒立ちになっていると、ゆくりなく初詣に引いたおみくじの結果を思い出した。
『辛く厳しい道のりの中に、小さな希望を見出すべし。流れには逆らうことなく、自らの心の向かう方へと進め。なれば、よい結果が得られるだろう』
 上に大きく印字された末吉の文字と、凡な結果が並ぶ個別分野の運勢。その中で、やたらと良かった恋愛運と『待ち人来たる』の朱い文字。
 おい、これって、まさか、いや、本当に。
 ――僕、サユリに惚れてしまったのか。