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277 :壁に耳あり障子に目あり [sage] :2008/03/19(水) 20:04:54 ID:2KMtAsPl
 「――それで信仰の為にこの聖書を買って勉強会に参加しませんこと?」
「いえ、ですから僕には必要ないんですって」
ファンデーションと香水のダブルパンチは僕にはキツイ。鼻が曲がりそうだ。
「でも神様を信じていらっしゃるんでしょ?」
神様を信じてたらみんなソレを買うのが当然、と言いたいのだろうか?この老婆は。
「あの……自分で言うのも何か嫌なんですけど、――僕目が見えないんです」
「……え、本当に? ……嘘吐いてるわけじゃないですよねぇ?」
声色は疑惑だが察する雰囲気は断定だ。

ここで法的な言い訳でもして帰ってもらおうと口を開いたところを他の声が遮った。
「おいババア、てめぇが調べる権利もこっちが胡散くせぇ本を買う権利もねぇ。それでも何かいいてぇなら今から来る警察に話してくれよ」
ピッ、と軽い電子音が聞こえた。多分うちの子機の電源を切る音だと思う。
「あ、あらそう? ごめんなさいね? 変なこと聞いちゃって。それじゃあごめんあそばせ」
重めの音を立てて床をすべる音が聞こえる。太った? なんて聞いたら関節技をきめられるので止そう。うん。
その乱暴な音の主は、これまた乱暴に戸に鍵をかけ乱暴に振り向いた。
「姉さん、このえ姉さん。目上の人は労わらなきゃ駄目だよ」
「いいんだよ。年寄りってのは自分が年寄りってことに甘えてるんだからよ。ってかお前もお前だ。女の私が男らしくて男のお前が女らしくてどうすんだ。情けない」
「姉さん、それは姉さんも情けないってことだよ」
腰に手を当てて深く溜息を吐く姉が見える。
「真二、お前は私と違って随分と頭が良いんだろう? だったら持ち前の頭脳であんなババアはささっと追いやれよ。」
それをやろうとしたんだけど姉さんが……とは言えない。
「さあ、将棋の続きしよう。茶入れてる間にお前が逃げたかと思ったぜ。勝ったら何でもいう事を利くんだよな?」
「分かってる。逃げないしいうことも利くよ。勝てたら、だけど」
「何でも……何でもかぁ。お風呂、いや恋人デイ……うんこれだな!」
何か一人で唸っている姉さんは放置。しかしなんか鼻息荒いね、姉さん。風邪?


「だあああ、何で勝てねえ! 飛車角銀無しだぞ!? ええ? それで勝てないってのはアレか? 遠まわしに馬鹿だと言われてるのか私は!」
「なんていうか、姉さんは直情型過ぎるんだよ。だって自分の陣地全然守らないし。王手って言われた時だけ守るとかどうかと思うよ」
「それはなぁ、攻撃は最大の防御って奴だよ」
ニヤリと自慢げにいうこのえ姉さん。アホくさ。
「まあ、そんなアレな自論はどうでもいいから、片付けと晩御飯宜しくね」
ちっ、という舌打ちとともにカラカラと駒を片付ける心地よい音が聞こえる。
「なあ、毎回聞くけどよ。お前本当に目見えてないのか?」
またか。これで何度目か分からない言葉を繰り返す。これからはテープに録音して聞かせようか。
「本当に見えないよ。僕はただ『音で分かるだけ』だから」
「そうは言うけどよ。お前普通に戸を空けるし階段上るし……本当にその鈴鳴らすだけで周りが分かるのか?」
そういって姉さんは僕の手首についた鈴を指で弾く。
「そうだ、としか言いようが無いよ。それより姉さん、歩が一個床に落ちてるよ」
むっ、と少し唸って眉を寄せる姉さんの顔が僕の頭の中で浮かび、段々と消えていった。
変な能力だと自身ですら思う。しかし医者に聞いたところ超能力的なものではなく、意外と科学的なことらしい。訓練次第でできる人間もいるとか。僕にはそれが先天的に使えた。それだけだ。
下の方からくぐもった声が聞こえる。いつものように耳を澄ましてみると姉さんが机の下に居るのがおぼろげに見えた。
「しかし私にはやっぱ普通に見えてるようにしか思えねぇな。普通に瞬きするし、こうやってチェスや将棋もするしな。違うのはその手首の鈴だけだ」
「そんなことないよ。僕は色が分からないしテレビや本は見れない。まあ本は姉さんが読んでくれる、色は思い出せばいいけど、やっぱテレビは少し気になるかな。なんか方法考えないとね」
「例えば?」
「……姉さんが実演してくれるとか?」
音はずれてるのに必死になって合わせようとしている姉さんを想像して僕は笑った。でもそれもいいのかもしれない。
「お前は本当に酷い奴だな。いいだろう! やってやるよ。主にホラー映画をな!」


278 :壁に耳あり障子に目あり [sage] :2008/03/19(水) 20:05:47 ID:2KMtAsPl
「ねえ、このえ姉さん」
「なんだ想像して怖くなったのか?」
フフンと勝利を確信したような音が聞こえる。
「僕の股の逆方向に歩が落ちてるんだ。そっちは近づいても何にも無いよ?」
ゴンと低い音がなった。合わせてテーブルのコップが倒れる。何も入ってなくて僥倖。
「ななな何を言うんだこの弟は。分かってるに決まってるだろ? ま、まったくもう」
云々唸っている姉は放置して今日の献立を予想する。コロッケか唐揚げ、どっちだろう?

卵かけご飯だった。手抜きここに極めり。