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591 :ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] :2008/03/31(月) 18:51:23 ID:EsE5f1aD
楢柴文人から改めての謝罪があったのは、昨夜の事だった。
財閥の長のそれとは思えない丁重な謝意と、従妹との婚約の解消を正式に告げられた。
騒動の発端――綾緒は謹慎を申し付けられたらしい。
自分の罪を自覚できるようになったら、本人にも頭を下げさせる。
伯父はそう云って額を地面に擦り付けた。
楢柴文人は有言実行の人だ。
彼がそう云う以上、その言葉を信じない訳には往かない。
綾緒の件は一件落着と考えて良いのだろうか。僕の胸は少しだけ軽くなった。
従妹とはここ最近で色色あったけれど、以前のような関係に戻れたら良いな、とは思う。それが可能か
どうかは置いておいて。
だから。
「日ノ本くん」
今は。
「朝ご飯作りに来たわよ」
この人――“日ノ本創の恋人”、織倉由良こそが最大の問題になったと云える。
チェーン越しに覗く笑顔。
手にはスーパーの袋。
そして、包帯。
「開けて?日ノ本くん」
「・・・・」
綾緒には織倉由良は家に入れるなと云われたが、今はそれ以上の理由で入れるべきではない、と思う。
けれど。
「ね?」
どこか不気味な笑顔を浮かべるこの人を、拒む力が僕にはなかった。
チェーンを外す僕の顔は、一体どの様であったろうか。
すぐ傍の壁を見上げる。
そこには綾緒の設置した能面があり、面はじぃっと、僕を見つめている。
(綾緒に知れたらただじゃ済まないんだろうな・・・)
だけど、拒んでもただでは済まない。
痛痛しく巻かれた包帯が、拒むことを拒ませる。
「ふふ、おはよう、日ノ本くん」
「・・・おはようございます、織倉先輩」
彼女は上機嫌で靴を脱ぐ。心底嬉しいのだろう、雰囲気が明るい。
「ねえ、日ノ本くん」
「はい?」
「防犯のつもりだか何だか知らないけど、チェーン掛けるの止めてね?」
「え?」
「だって、そんなのがあると、私がこの家に入りにくくなるでしょう?窓ガラスを破ったり、鎖を切断
するのも面倒臭いし、すんなり入れるようにしてくれると嬉しいな?」
「・・・・・」
彼女は笑顔。
何て事の無い話しをするように、笑顔でそう云った。

「はい、めしあがれ」
暫く後。
テーブルにつく僕の前には、朝食とは思えぬ力の入った料理が並べられている。
僕はそれを力なく口に運ぶ。
「どう?美味しい?」
なんて先輩は微笑むが、僕には味がわからなかった。
今まで何度も先輩のご飯は御馳走になった。
だから、今咀嚼している『これ』も良い出来なのだろう。見るからに腕によりをかけたとわかる品品な
のだから。
先輩は重ねて「美味しい?」と問う。
味覚を機能させていないまま、僕は頷いた。これも嘘になるのだろうか。
「良かった。まだまだあるから、沢山食べてね?」
織倉由良は上機嫌に微笑んで、頬杖をつきながら僕を見つめている。
「ふふ、嬉しいなぁ。日ノ本くんが私のご飯、食べてくれてる」
「・・・・」
「・・・ねぇ、日ノ本くん」


592 :ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] :2008/03/31(月) 18:53:50 ID:EsE5f1aD
「はい?」
「日ノ本くんには、イトコの女がいたわよね?」
一瞬動きが固まる。ここでその名前が出てくるとは思わなかった。
「綾緒の、ことですか」
「そう、その娘」
先輩は自身の作った料理に目を落とす。
「前にあの娘、自分が日ノ本くんのお世話をする、何て云ってたけど、その後どうなったの?」
「・・・・」
僕は手を止めた。
先輩と綾緒の相性は間違いなく悪い。
ただ、不幸中の幸いと云うべきか、接点があまりない。余計なことにならずにいる。
先輩を刺激するようなことは云わない方が良い。
それが僕の下した決断だった。
「綾緒は、そうそうここには来れませんよ。あいつ、雪見台(ゆきみだい)に住んでるんで。習い事も
多いし、家の付き合いもありますから」
本来の綾緒はそうだ。
ここ最近が特別だっただけで、それは、嘘ではない。
「ふぅん」
先輩は指で皿を弾く。
「まあ、中学の時から日ノ本くんが私のお誘いを断ったのって6回だけだったから、それはその通りな
んだろうね。――それにしても、雪見台かぁ、遠いねぇ。じゃあ、“後回し”かな」
「え?」
「ううん、こっちの話。それよりも日ノ本くん」
織倉由良は笑顔で僕を見る。
「私達、恋人同士よね?」
「――」
「どうしたの?どうして答えてくれないの?」
「いえ・・・」
僕は首を振る。
包帯ばかりが目に入る。
「先輩、手、痛くないんですか?」
「ん?これ?」
織倉由良は自らの腕に目を落とし、それからくすくすと笑った。
「ふふふ。これはね、日ノ本くんに安心して貰うために付けた傷だもの。日ノ本くんが私のことを好き
だって云えるようにした代価なの。だから、平気。ジンジンと疼くけど、日ノ本くんのことを考えると
この痛みも心地良いのよ?私は何度でも命を掛けられる。貴方が望むなら、今この瞬間にだって」
どこか夢見るような表情で彼女は包丁に目をやった。
「や、止めて下さい」
「でも」
「お願いですから、怪我するようなことはしないで下さい」
「・・・・・」
僕がそう云うと、彼女は口を止め、動きを止めた。
織倉由良は頬を染めている。
頬を染めて、僕の掌を両手で包む。
「嬉しいなぁ。やっぱり日ノ本くんは私を愛してるのね?私のことを気遣ってくれているのね?」
掌を引き寄せ、その甲に頬を擦り付ける。
陶酔とはこういう状況をさすのだろうか。いずれにしても、『僕』と『彼女の中の僕』には大きな乖離
があるようだ。
「私、日ノ本くんがいれば、他は何もいらない・・・。日ノ本くんもそうでしょう?だからね、お願い
があるの」
「・・・・」
僕は答えない。
何を云われるか判らないのだから、返事など出来るはずも無い。
けれど彼女は沈黙を肯定と受け取ったらしい。そのまま言葉を紡ぎ、『お願い』を口にした。
「あのね、私以外の女の子とは、口を利かないで欲しいの」
「――え」
「誰とも。何とも。どこでも。女と云う女とは、口を利かないで?そのかわり、私も日ノ本くん以外の
男の子とは、口を利かないから」
「そんなの」


593 :ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] :2008/03/31(月) 18:56:03 ID:EsE5f1aD
無理に決まっている。
第一部活をどうしろと云うのだろうか。茶道部は僕以外、皆女子なのだ。
「部活なら気にしなくて良いのよ?もうあんな所へ往く必要なんて無いの。あそこは元元、日ノ本くん
を保護するために拵えたのだから。これからの放課後は、ここか私の部屋ですごせば良いの。この世界
には2人だけで良い。他はいらないの」
そうでしょう?
先輩は当たり前のことを確認するかのように僕に微笑みかける。
けれど僕は首を振った。
「そんなこと出来る訳無いじゃないですか。先輩だって、そのくらい判るでしょう?」
「・・・・・」
織倉由良は笑顔を消して、悲しそうな顔をする。
「日ノ本くん、どうして判ってくれないの?私達は愛し合ってる。そうでしょう?」
「・・・・・」
「なら、お互いを大切にしたいじゃない。お互いだけにしたいじゃない。だから“他”は不要だし、そ
うなる様に努力すべきでしょう?」
違う。
この人は。
織倉由良の考えはどこかおかしい。
仮に僕が彼女の本当の恋人だったとしても、こんな考え方についていけはしないだろう。
いや、それ以前に。
(織倉先輩は、こんな人間ではなかったはずだ)
ここ最近の――そして、今の彼女の態度。
それは、明らかに常軌を逸している。
『彼女の中の僕』が先輩を愛しているとしても、ここまで歪な愛情になるものだろうか。俄には信じら
れない。
彼女が変わってしまう様な、そんな事があったのだろうか。それとも僕の目が節穴だっただけで、元か
らこういう人だったのだろうか。判断が付きかねる。
「ね?そうしてくれるわよね?」
「・・・・・」
彼女は僕の手をぎゅっと握る。
(何とかしないと)
僕は冷静でいるであろう後輩の姿を思い浮かべた。

「それは申し訳ありませんでした」
一ツ橋朝歌は深深と頭を垂れた。
申し訳ありませんと云っている割には、表情に変化は無い。
ここは学校の屋上。
時間は昼休み。
織倉先輩から逃れ、比較的発見され難いこの場所へ一ツ橋を連れて来た。勿論話を聞いて貰うためだ。
ここ最近の織倉先輩の行動と僕の立場。そして綾緒の境遇も説明した。
一ツ橋はいつも通りの無表情で黙って話を聞いていたが、聞き終えると前述のように頭を下げたのだ。
「何でお前が謝るんだ?」
「責任の一端が私にもあるようですから」
後輩は無表情に面を上げる。隣同士に座っているので、顔が近い。
「責任の一端?」
「部長がお兄ちゃんのことを好いている事は知っていました。お兄ちゃんは、知らなかったでしょうけ
ど」
「寝耳に水だった」
「部長には、想いが届いていないからお兄ちゃんは振り向かないと云いました。それでああしたのだと
思います。加えて云えば、お兄ちゃんの過去を話したのも私です。今思えば余計なことをしましたね」
「そうか。藤夢のこと話したの、お前だったか。確かに、一ツ橋なら、僕の過去を知っているか」
「すみません」
「いや、そのくらいなら別にお前のせいじゃない。謝らなくて良い」
僕が云うと、一ツ橋はもう一度、無言で頭を下げた。
「これをどうぞ」
ひと段落すると、一ツ橋は掌を差し出した。そこには何かが乗っている。
「これは?」
「御守りです。今回のものも効果が無かったようですから、交換します」
使い方は一緒です。


594 :ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] :2008/03/31(月) 18:58:27 ID:EsE5f1aD
そう云って立ち上がる。以前貰った御守りは首からかけているので、架け替えるつもりなのだろう。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「確認ですが、お兄ちゃんは、部長のことを愛してはいないんですよね」
「異性に対する愛情という意味ではね」
「そうですか」
ちいさな妹分は頷いて、じっと僕の顔を見つめる。凄く顔が近い。息が掛かりそうだ。彼女はそのまま
の姿勢で、身じろぎもしない。
「どうかしたか?」
「いえ何でもありません。終わりました」
後輩は以前の御守りを仕舞うと、そのまま僕の膝の上に座った。相変わらず、軽い。
「なあ一ツ橋、僕はどうしたら良いと思う?」
「朝歌です」
「・・・朝歌」
「お兄ちゃんは、どうしたいんですか?」
「僕か?」
目を閉じる。
想起するのは、少しだけ前の日常。
普通に暮らしていた毎日。
そんな光景。
「以前の境遇に戻ることは、不可能だと思います」
胸中を察したのか。一ツ橋は僕が答える前に云う。
「そうだろうな」
納得はしている。
それは理想、否、妄執だ。
どう纏めても、戻ることの無い日日なのだ。
「それでも僕は、先輩には昔の尊敬できる人に戻って欲しい。仲の良い、唯の後輩に戻りたいんだよ」
「具体策はあるんですか?」
「ない。だから相談してる」
「・・・・」
「まあ、当面の問題として、“恋人関係”を解消しないとな」
けれど、峻拒できない。
すれば、あの人は再び自身の身体に刃物を突き立てるかも知れない。
「なあ、朝歌、何か良いアイデアはないか?」
「時間切れです」
「え?」
後輩は僕の膝の上から降りた。
刹那、屋上の扉が開かれる音がする。
「日ノ本くんっ」
「織倉先輩・・・」
音のしたほうに目をやると、そこには息を切らした『恋人』の姿。
随分走り回っていたのだろうか、白い肌に珠の汗が浮かんでいる。
(時間切れ、か)
「探したのよ?どうして私とお昼を一緒してくれなかったの?」
「・・・・・」
怒ったような。
拗ねたような。
それでいて安堵したような。
そんな表情で、僕の傍へと遣って来る。
「朝も云ったでしょう?私達はもっと一緒にいる時間を作らないといけないの。1秒も無駄には出来な
いのに・・・」
云いかけて、先輩は動きを止める。
「・・・・・何、それ」
白く長い指が、華奢な矮躯を指差した。僕の傍に在る後輩の姿に気づいたらしい。
「どうして?どうして私じゃなくて、朝歌ちゃんと一緒にいるの?」
「あ、これは・・・」
「私、朝云ったわよね?私以外の女の子と、口を利かないでって。なのに、なのに、なのに!なのに!
なのに!!何で私以外の女といるのよ!?」
炎のような瞳だった。


595 :ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] :2008/03/31(月) 19:00:40 ID:EsE5f1aD
怒りを燻らせ、揺れる双眸が僕を捉えた。
僕は一瞬、身を竦める。
刺激しない方が良い。
それは判っている。
判っているが、長い付き合いの後輩を無視の対象には出来ない。
「先輩、流石に一ツ橋とまで口を利かないなん、」
「黙って!!」
僕の言葉を遮って、織倉由良は一ツ橋を睨みつける。
「朝歌ちゃん。貴女が私の日ノ本くんをここへ連れて来たの?」
「・・・・・・」
一ツ橋は答えない。
澱みの無い瞳で、じっと年長者を観察している。
「私と日ノ本くんは付き合ってるの。愛し合ってるのよ?貴女が日ノ本くんと古い知り合いなのは知っ
ているけど、そんな理由で私達の間に入り込んじゃいけないの。どうなの?貴女が日ノ本くんをここに
攫ったの?」
「はい。私が先輩に無理を云ってお付き合い頂きました」
「なっ」
違う。
相談を持ちかけたのは僕なのに。
「そう。やっぱりそうなのね。――じゃあ」
ゴツッと。
鈍い音が屋上に響く。
それは織倉由良が一ツ橋朝歌を殴りつけた音だった。
一ツ橋は一瞬身体を揺らしたが、すぐに直立の姿勢に戻った。口を切ったのか、口端から血が滲んでい
る。
「と、朝歌!」
僕は思わず駆け寄ろうとする。
けれど、後輩は目でそれを制した。
「余計なことはしなくて良い」
そういう瞳だった。
「・・・・・・」
ここで本当のことを話せば、織倉先輩は逆上し、更に話が拗れる。それを知っているから、一ツ橋は嘘
云ったのだ。
(でも駄目だ)
それでも一ツ橋を悪者にするわけには往かない。
「織倉先輩、待って下さい!一ツ橋を誘ったのは僕のほうだ。悪いのはこいつじゃない」
「日ノ本、くん・・・・?」
織倉由良は信じられないものを見たかのような顔をする。
「どうして?どうしてこの娘を庇うの?悪いのは朝歌ちゃんなのに。私達の貴重な時間を奪った張本人
なのに・・・」
「そうじゃないんです。本当に僕が一ツ橋を誘ったんだ」
「・・・・」
先輩は呆ける。
次いで俯いて。
そして、怒りに歪んだ顔を上げた。
「このっ、浮気ものッッッ!!!!」
先輩は腕を振り上げる。拳ではなく、平手。
僕は目を閉じた。別に殴られるくらいは構わない。
けれど。
「うぁあっ!痛いッ・・・・!!!」
先程まで微動だにしなかった一ツ橋が、織倉由良の腕を捻り上げていた。余程に力が入っているのか、
指が腕に食い込んでいる。
「ひ、一ツ橋」
「朝歌ちゃん、な、何するのよ・・・!」
「それは私の科白です」
淡淡と。
いつものように抑揚の無い、無機質な喋り方だった。
「私を叩くのは構いません。ですが、兄に手を上げるなら話は別です」
「ぅ、ああああ!痛い、痛い、痛いぃぃ!!!」


596 :ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] :2008/03/31(月) 19:02:54 ID:EsE5f1aD
「そうですか」
ぎりぎりと指が食い込み、白い手首が鬱血して往く。包帯を巻いていないその腕も、このままでは治療
が必要になってしまう。
「朝歌!止めろ!!!」
僕は叫ぶ。
「・・・・」
一ツ橋は僕の顔を見る。
本気でそう云っていると判ったからか、
「わかりました」
アッサリと手を離した。
「~~~~~!」
戒めを解かれた織倉由良は驚愕し、それから怒りが込み上げた様な顔をする。
「何するのよっ」
力任せに頬を張る。
一ツ橋は抵抗もしない。避けもしない。黙って叩かれている。
「織倉先輩、もう止めてください」
僕はたまらず腕を掴んだ。一ツ橋はどれほどの力を込めていたのだろう。彼女の腕は真っ赤になってい
た。
「日ノ本くん!まだこの女の肩を持つの!?」
「そうじゃありません。暴力は止めて下さい。悪いのは僕なんです」
「酷いよ、日ノ本くん、悪いのは朝歌ちゃんなのに・・・っ」
織倉由良は腕を振り解くと、涙を浮かべて走り去る。
「先輩・・・」
「今はそっとしておいたほうが良いです」
追いかけようとした僕を、後輩が制した。
「後で私が謝っておきます。多分、それで解決します」
「けど、それじゃ、お前が」
「構いません」
一ツ橋は織倉由良の消えた方角を見つめている。
「お兄ちゃんは、自分の問題を解決してください。それで良いんです」
「でも、」
「“これ”は見物料みたいなものです。気にしていません」
そう云って頬を撫でる。
痛痛しく腫れ上がっているが、何事も無いかのような表情だった。
「気にしないって、お前・・・」
「気にしてません。」
一ツ橋は涼やかな瞳で僕を見る。
「私、ただの傍観者ですから」



597 :ほトトギす ◆UHh3YBA8aM [sage] :2008/03/31(月) 19:04:59 ID:EsE5f1aD
放課後になった。
先の宣言どおり、一ツ橋は織倉先輩に謝罪に往ったらしい。
元元の原因は僕にあり、更には先輩の狂行があり、その結果の出来事なのだから一ツ橋に非は無いはず
なのだ。
けれど、扱い次第で命に関わる話だからと泥を被った。
「あとで一ツ橋に謝っておかないとな」
勿論、お礼も。
そんなこんなで、帰路に着く。
先輩も後輩もいない。
珍しく、今日は一人の放課後になりそうだ。
酷い話だが、少し心が軽くなった。僕は自分で思っているよりも、性格が悪いのかもしれない。
校門まで来て、異変に気付く。
疎らにだが、人だかりが出来ていた。
「?」
何だろう。
僕もそちらに歩き出す。
「あれは・・・」
そこには、見覚えのある高級車が止まっていた。
僕の血。
それが交換になったときに乗った、あの車だった。
車の傍には使用人と思しき人物が立っている。
彼は僕に気付くと、人だかりを気にせずこちらへ来て、丁寧な礼をした。
「日ノ本様。お待ち申し上げておりました」
確かに見覚えのある人だ。楢柴の屋敷で、何度か合った事がある。
「あの、僕に何か・・・」
『どちら』の用事だろうか。
父か、子か。
それとも、別の誰かか。
彼はもう一度丁寧に礼をした。
「綾緒お嬢様の云い付けで参りました。どうか、御同行下さい」