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612 :ぽけもん 黒  鳥と草むら ◆wzYAo8XQT. [sage] :2008/04/01(火) 13:46:56 ID:ovaSZsBM
 僕達は他愛の無い話をしながら歩き――話の内容は本当にただの世間話だったが、彼女の口調は強いものの、ちゃんと会話が成立した。
つまり話もしたくないほど僕を嫌っているというわけじゃないようだということが確認でき、少し安心した――、町のはずれの草むらの前に着いた。
 人間の子供は皆、危険だから町からは絶対に出ちゃダメ! もし草むらに入ったりしたらこわーいポケモンにさらわれちゃうわよ! と親から耳にたこができるほど言われたものだ。無論、僕も例外ではなかった。
 ポケモンも子供は同様だろう。田舎町だからあまり危険なポケモンはいないとはいえ、もしいきなり複数の大きなポケモンに襲われたら逃げることもままならないだろう。
 少し不安になって、香草さんに話しかける。
「えーっと、これから草むらに入るわけだけど、大丈夫だよね?」
「私を誰だと思ってるの? エリートなのよ? その辺の雑魚なんか相手にもならないんだから」
 彼女は胸を張り、自信満々に答えた。
 エリートとは。確かに彼女は御三家と呼ばれることもあるあのメガニウム系の純系のように見える。もしかしたら、それなりに良家のお嬢様だったりするのだろうか。
「それは頼もしいね」
「当たり前でしょ! 弱い人間なんかと訳が違うんだから!」
 むむ、中々に聞き捨てなら無い発言が。やはり彼女は差別主義者なのだろうか。先ほど覚えた僅かな安心がすぐに不安に覆い隠される。
 彼女はそういうと、僕の不安をよそに足早に草むらに分け入った。僕も慌てて彼女の後を追った。

 しばらくはただの虫かねずみくらいしかいなかった。あれだけ危険と言われていた草むらなのに、町の中の草むらと変わらぬあまりの平穏さに拍子抜けしてしまった。
 しかし、油断したのがまずかった。僕は何かの羽音を聞いたかと思うと、次の瞬間には地面にねじ伏せられていた。
「うわぁ!」
「何!? 鳥ポケモンじゃない!」
「当面の食べ物ゲットですー」
 聞こえてきたのは香草さんの慌てた声と、間延びした可愛らしい女の子の声。
 背中にしっかりと感じる重さと香草さんの言葉の意味。
 つまり僕は、鳥ポケモンに背後から飛び掛られたのだろう。
 いや、そんな冷静に分析してる場合じゃないぞ! あまりに暢気な口調だからついつい油断してしまうが、よく考えれば食べ物ゲットとか不穏な台詞が聞こえたぞ!
 もしかしてこのままさらわれてそのまま……うわあああああ!! まずい、それはまずいぞ!
「た、助けてー!」
 僕は必死に手足をバタバタと動かし暴れる。しかしびくともしない。
「落ち着きなさい! 『蔓の鞭!』」
 香草さんの大声の後、何かが空気を裂く音が聞こえ、僕の背中が軽くなった。
 急いで飛び起きると、香草さん手首の辺りから指くらいの太さの濃緑の蔓が飛び出していた。
後ろを向けば深い茶髪と鋭い黒い目をした、全身が卵色の羽毛に包まれている、腕が翼になっている少女がいた。
 鉤爪になっている赤褐色の右足と左の翼を蔓で絡めとられている。
 そして……なんと言ったらいいのか……服を着ていない。
 これは……ピジョット系の子供かな? 翼の表地が見えればそうだと断定できるんだけども。
「『風起こし』ですー!」
 と、ぼんやりしていたら、彼女は激しく羽ばたき始め、瞬間突風が巻き起こった。
「うわあああ!」
「きゃああああああああ!」
 僕は再び地面に這い蹲り、香草さんは蔓が千切られた上に数メートル飛ばされた。
 子供とはいえ鳥ポケモン。草タイプでは相性が悪い。
 ならばやはり、僕のやるべきことは一つだろう。
 僕は立ち上がると、リュックを下ろし、そして走って彼女に飛び掛った。
「きゃあ! な、なにするですー!」
 彼女は油断していたのか、あっさりと僕に押し倒された。そして当然慌てて僕をどかそうと暴れる。
翼で叩かれる背中が痛い。こんなにあっさりいくんだったらリュック下ろさなかったらよかったな。しかし頭一つ分も小さい彼女では僕をどかすことは出来ない。
「あのさ! 僕とパートナー契約しない!」
 僕はバサバサという騒音に負けないように、声を張り上げて言った。
 それを聞いた彼女の攻撃の手が少し弱まった。


613 :ぽけもん 黒  鳥と草むら ◆wzYAo8XQT. [sage] :2008/04/01(火) 13:47:23 ID:ovaSZsBM
「ぱぁとなぁけいやく? それ食べれるですぅ?」
 彼女はキョトンとして僕を見つめる。正直、かなりこれはやばい。主に僕の理性的な問題で。
「食べれないけど、食べ物は保障するよ!」
「本当です? ならするですー!」
 そう言って、彼女は拍子抜けするくらいあっさりと攻撃の手を止めた。満面の笑みとともに。
「ありがとう! これからよろしくね!」
 僕は彼女の上からどけ――少し彼女の感触が名残惜しかったが――、彼女の翼をとって起こした。
 さて、これからが問題だ。
 後ろを向けば、ちょうど香草さんが上体を起こしたところだった。 ああ、赤い双眸が彼女の憤怒の表情によく栄える。
「は、話聞こえてたよね? そういうことだからさ、お、落ち着いて」
「黙りなさい」
 音量は小さいが、その声はどんな怒声にも劣らぬ迫力を持っている。
 予想よりも遥かにまずい事態だ。
「落ち着こう! とりあえず落ち着い」
「黙れ!」
 それ自体で空気を裂けるような、鋭く尖った大音声が発せられた。
 僕と彼女のビクンッと体を竦ませる。
「たかが……たかが小鳥の……それも低脳な野生のポケモンの分際で……よくもこの私に傷を負わせてくれたわね……! 殺す……殺してやる!」
 彼女は立ち上がると共に、両の手首から十本近い数の蔦を出した。
 あの鳥ポケモンは僕を殺して食べようとしていたみたいだから正当防衛が成立しなくもないだろうけど、今の香草さんに、そこまでの理性的思考が出来ているとは思えない。
「話を聞いてよ!」
 ああダメだ、彼女は完全に聞く耳を持っていない。
 しょうがない、こんなことに使うことになるなんて思ってもなかったが……。
「ええと、僕はゴールド。君、名前は?」
 僕は背後の彼女に呼びかける。
「はい! ポポというです!」
「ポポさん、少しの間だけ、なんとかあいつから逃げてくれ」
 僕はそう彼女――ポポに指示すると、自身はバッグに向けて走りだした。
 僕のバッグに入っている奥の手を使うために。
 ポケモン商品で業界最大手であるシルフスコープ社製の眠り粉。
あたれば九割以上の確率で相手を眠りに落とす。僕が野生のポケモンから逃げるために用意した最後の手段だ。それをまさかこんな形で使うことになろうとは。
 僕が走り出した後、すぐにバサバサという羽音が聞こえた。
 ナイス判断だ、ポポ。
 あの数の蔦では地面を走るという2Dの動きではすぐに捕らえられてしまうだろうが、空を飛ぶという3Dの動きでは捕まえるのは容易ではないはずだ。
 その様子を確認しようと顔を上げる。
 その瞬間、僕の脳に衝撃が走った。
 速い!
 香草さんの蔦はそれぞれが意思を持っているかのようにそれぞれが独立して無軌道に動き回っていて、しかもその速度は風圧だけで草が薙げるほどのものだ。
 一方のポポも、複雑な軌道を描いて飛び回っていて、あたりそうで中々あたらない、という絶妙な距離をとっていた。どうしても避けられないものは翼で起こした風で切り裂いている。
 二人のレベルの高さに驚かされる。
 こういっては何だが、普通に町で暮らしているポケモンとは格が違う。
 と、彼女らのバトルに見とれている場合ではない。
 今僕は観客ではなく選手なのだから。
 僕は大回りに彼女の後ろまで回りこむと、そのままそろそろと彼女に近づいていく。
 幸いにも彼女は自らの蔦を捌くので精一杯で、周囲に対しては気が回っていないようだ。
「えいっ!」
 僕は一気に彼女に接近すると、彼女の頭上で眠り粉をぶちまけた。
 振り向いた彼女と視線が合った、と思った次の瞬間には、僕は地面に横たわっていた。
 同時に、全身を強い痛みが襲う。
 痛みに耐え、なんとか目を開くと、数メートル先に僕を見下ろしている香草さんがいた。
 振り向きざまに何かされたのだろうけど、何をされたかすら分からない。
 彼女は一歩、また一歩と僕の方に歩いてくる。


614 :ぽけもん 黒  鳥と草むら ◆wzYAo8XQT. [sage] :2008/04/01(火) 13:48:16 ID:ovaSZsBM
 背筋に寒いものが走った。全身の痛みは引いてきていたが、腹部の痛みだけは引くどころかいっそう強く主張してくる。そのせいで、体が強張って立つことすらままならない。逃げることなんて出来るはずもない。
 彼女は僕の足元まで来ると歩みを止めて、何かを言おうとしているのか、口を開いた。
 が、口は言葉を紡ぐことなく、そのまま彼女は僕の上にダイブした。
「……………………!」
 僕の腹部に彼女の腕が勢いよくめり込み、僕は言葉にならない悲鳴を上げた。そして、そのまま意識を飛ばされた。

――――――――――――――――――――――

 目を開けると、僅かな光が感じ取れるのみだった。
 日暮れか明け方か。いずれにせよ、太陽の姿は見えなかった。
 暫し待つと、脳と視界にかかってた靄は晴れてきた。
 現状を確認しようと上体を起こそうとして気づいた。
 僕の上には、まだ香草さんが乗ったままだった。
 よく考えてみれば、眠り粉は二十回分以上あったはずだもんなあ。それを一度に、それももろに受けて、なおかつ強い刺激が与えられなければしばらく意識を覚ましていなくても不思議はない。
 それでも、まだ香草さんが寝てるってことはその日の内ってことだろう。
 つまり、今は日暮れの時間であり、僕は数時間ほど気絶していたみたいだ。
「香草さん、起きて」
 香草さんの肩を揺する。
 程なくして彼女は意識を取り戻した。
 無言でコシコシと目をこすると、再び僕の上に倒れこんだ。
「……暗い」
 先ほどまで辺りを僅かに照らしていた残光はもうなく、光源といえば星明りくらいしかなくなっている。つまり、彼女にとってしてみれば、もう休眠の時間なのだろう。
 しかしそれでは僕が困る。
 というわけで、僕は彼女を僕の上から下ろすと、目を凝らしてなんとかリュックを見つけ、そして中から野営用の道具を取り出した。
 固形燃料に火をつけ、辺りにあった枯れ草や枯れ木を集めて火を起こす。野生のポケモンや害虫に対する対策と、料理のためだ。火の上に水筒の水を移したなべをくべた。
「ゴールド、目を覚ましたです?」
 何を食べようかとリュックの中をあさっていると、上からバサバサという羽音と共にポポが降りてきた。
「ポポ! 一体どこ行ってたんだ?」
 僕が目を覚まして以来姿が見えなかったから、あの騒ぎで怯えて逃げてしまったかと思っていた。
「ポポ、空から二人見てたですー。そしたら暗くなって降りられなくなったですー」
 そうか、野生のポケモンに襲われることの無いように見張ってくれてたのか。でも日が暮れてしまうと鳥目だから、何も見えなくなってしまって途方にくれてた、って時に僕が焚き火をして、それを目印に降りてきたって訳か。おかしくて僕はクスクスと笑ってしまった。
「そうなんだ、ありがとう。ところでお腹減ってるよね、何食べる? 人間の肉はさすがに無いけどさ」
「人間? ポポは人間なんか食べたりしないです! パンなら食べるです!」
 ポポは翼をパタパタさせて抗議する。
「でも、僕に飛び掛って『食べ物ゲット』とか言ってなかった?」
 僕はパンの缶詰を開封して、彼女に手渡しながら問う。
「それは、大きなリュック背負ってる人間はみんな食べ物持ってるからですー」
 ああ! そういうことか!
 彼女の狙いば僕じゃなくて僕の持ってるリュックだったのか!
 はあ、そりゃそうだよな。そもそもポポは人を裂けるほど鋭い鉤爪を持っているわけでもないし、人を食いちぎれるほど立派な牙を持っているわけでもない。よく考えれば人間を食うために襲うわけがない。
 急に気が抜けてしまった。いや、ちょっと前までは気どころか意識さえ抜けていた訳だけれども。
「なぁに? 騒がしいわね……」
 香草さんがこの騒ぎで起きたみたいだ。ちょうどいい、説明してしまおう。
「いやあ、実はかくかく」
「しかじかというわけなんですー」
「……なにそれ。どうしてそんなこと」
 今の彼女はそもそもが感情の起伏に乏しく、僕達の話を聞いて何を思ったかがまったく分からない。昼間の元気すぎるのも困り者だが、こういうときはあまりに元気がなさ過ぎるのも困り者だ。


615 :ぽけもん 黒  鳥と草むら ◆wzYAo8XQT. [sage] :2008/04/01(火) 13:49:36 ID:ovaSZsBM
「説明したとおりさ。ポポにはなんの問題もないわけだし。あ、香草さんはパンと御飯どっちがいい?」
「……パン」
 僕がパンの缶詰を手わたすと、彼女は無言で開け、そのまま黙々と食べだした。
 僕もパンの缶詰を開け、食べると、沸いたお湯でインスタントのスープを作り皆に配った。
 それを食べ終えると、ポポはすぐに寝てしまった。鳥ポケモンの大半は基本的に朝型だから無理も無い。
「……歯磨きたいんだけど」
 一方の香草さんは、朝型とはいえ衛生状況を気にかけるくらいの余裕はあるようだ。
「はい」
「……なにこれ?」
「知らない? シルフスコープ社製の『キシリトール配合メタモンガム』。五分くらい噛んでると歯を磨いたのと同じ効果があるとか」
「……知ってるわよ。私は歯を磨きたいって言ったんだけど」
「しょうがないじゃないか、水は貴重なんだから。吉野町に着くまでどれくらいかかるか分からないし」
 彼女はしばらく不服そうにメタモンガムを眺めていたが、諦めたようにため息を一つ吐くと、包装を向いて噛みだした。
 僕もメタモンガムを噛みながら、寝袋を取り出すと、一つを彼女に手渡した。
 二人のガムを噛むクチャクチャという音だけが沈黙を埋めていた。
 しばらくして二人ともガムを口からだし、包装に包んでリュックのゴミスペースに入れた。
 僕はその後寝袋に包まり、ボーっと空を眺めていた。

 野外で寝て空を眺めるなんていつ以来だろうか。
「ねえ……起きてる?」
 僕のそんな懐古は、香草さんの呼びかけによって中断された。
「起きてるよ。どうかした?」
「……どうしてあんな子と契約するの?」
 僕はつい吐きそうになったため息を慌てて飲み込んだ。まだ引きずっていたのか。
「さっきも言っただろ? 彼女には何の問題もないんだから」
 それに香草さんに石英高原で四天王を倒して殿堂入りまで旅をする気があるように思えない、ということは言わなかった。
「私一人だと不安なの?」
 言い切ってからでよかった。言葉の途中に挟まれたなら確実に言葉に詰まってしまっただろうから。
 この言葉はある意味、核心を突いている。
「私、強いのよ? ……誰にだって、絶対に負けないんだから」
「強くたってタイプの相性とかあるだろ? やっぱりそれをカバーする仲間が」
「相性なんて関係ないわ。どんな相手だって、私は負けない」
 凛とした強い言葉だった。僕は言葉を失ってしまった。
 これで分かった。彼女は人間を差別しているわけではない。自分の種族以外の全てを差別しているのだ。自分の種族に対する圧倒的なプライドが拗れた形、か。
 後はそのままずっと無言だった。
 聞こえる音は虫の鳴き声と香草さんの息の音と、時々聞こえてくるポポの寝言だけ。
 あまりの静けさにそのままうとうとしてしまった。
 慌てて、なんとか意識を覚醒させ、そのまま寝袋から抜け出した。
 必ず一人は火の番が必要だ。でも、香草さんはポポには出来そうもない。今日はとりあえず僕がやるとして、明日からどうしようか。
 僕は一つため息を吐くと、近くの木の根元に、木を背もたれにして、火のほうを向いて座り込んだ。この姿勢なら負担も少ないし、うとうとすることはあるだろうが火が消えたり燃え広がったりしていないことの確認くらいは出来るだろう。
 上着をペロンとまくってみる。予想通り、腹部には大きな青あざが出来ていた。
 はあ、ともう一つため息を吐く。前途多難どころじゃないぞ、これは。
 これからどうしようか。
 そんなとりとめも無いことを考えたり、小さくなった焚き火に枝を放り込んだり、うとうとしたりしながら、僕は夜をすごしていった。