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901 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/04/20(日) 06:21:37 ID:WWUQ5a6O
 葉月さんと二人きりで歩く通学路。
 それは、同じ高校に通う男子生徒垂涎のシチュエーションである。
 ここ最近はほぼ毎日葉月さんと登校している俺であるが、飽きたと思ったことは一度もない。
 嬉しいに決まっている。可愛い女の子と一緒に肩を並べて歩くなんて、
少し前の俺だったらうさんくさいまじないに頼ってでも叶えたい願いだったのだ。
 だがしかし、今日はどうもいい気分になれない。
 嬉しくはあるのだが、それ以上に気に掛かることがあってどうしようもないのだ。
 ――弟は今、どこにいるんだ?

「でね、昨日お父さんにチョコレートあげたら、いきなり道場に行っちゃったの」
「へえ……」
「なにするつもりかなと思って見に行ったら、明かりもつけずに一人で正座して黙想してたの。
 すっごい喜んでたみたいだけど、もらえてそんなに嬉しかったのかな、チョコレート」
「……ああ、たぶんね」
 チョコレート。昨日はバレンタインだった。
 なんだろう。最近ではバレンタインにチョコをあげた男子を誘拐するのが流行っているのか?
 弟がモテているということは知っている。
 弟が中学に上がってきたときいきなり大量のラブレターやら熱烈な告白を受けているということも風の噂に聞いた。
 弟を誘拐して飼いたがる女子が居てもまあおかしくはないな、と思っている。
 だが今まではこんなことは無かった。
 せいぜい着衣に乱れのある状態で帰ってくるか、両手に紙袋を持って帰ってくるぐらい。
 十四日が過ぎて、翌朝になっても帰ってこないなんて初めてだ。例外だ。
 無断で外泊しているだけかもしれないが、弟の性格からしてそれは考えにくい。
 そもそも、今生の別れを匂わせるようなメールを送るなんて冗談が過ぎる。
 しかも、俺宛に送ったメールとは対照的に、両親には外泊するから心配要らないという内容のメールを送っていた。
 周到な。おかげで両親は弟が友人の家に泊まっていると信じて疑わなかった。
 弟はこんなことしないはずだ。頭の出来がどうこうじゃなくて、こんな意味不明なことはしない、という意味で。
 待てよ、携帯電話を誰かに奪われているなら――――



902 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/04/20(日) 06:22:37 ID:WWUQ5a6O
「ねえ。……ねえってば!」
 耳のすぐそばから聞こえてきた声に思考を留められた。 
 声のした方向、左を向く。葉月さんが俺の肩を掴んで揺さぶっていた。
「どうかしたの?」
「話、ちゃんと聞いてた?」
「あー……うん。もちろん。お父さんの話でしょ。
 そりゃ、嬉しいに決まってるよ。男はいくつになってもバレンタインチョコをもらえたら嬉しいものだから」
「ふーん、聞いてはいたんだ。それなのにいまいち反応が良くないのは……」
 突然葉月さんが前に回り込んだ。正面から向かい合う形になり、立ち止まる俺。
 葉月さんがいたずらを企んでいそうな笑い顔をしてのぞき込んでくる。
「ふふふ。……もしかして、拗ねてる?」
「なんで?」
 今の会話のどの部分に不平不満を覚えるというのだろう。
 ただ葉月さんが父親にチョコレートを渡した、というだけの話だったはずだ。
 俺がいつまでも黙り込んでいると、葉月さんは不思議そうな目で見つめてきた。
「え……と、あれ? ほ、本当にわからない? 何か不公平さを感じたりしない?」
「いや、特には」
「だって私、昨日あなたにあげてないよ? チョコレート」

 ――ああ、そういうことか。
 父親にあげてどうして自分にはくれないのかと俺が思っている、と。
 ふうむ。言われてみれば少し悔しさが沸いてくる。
 昨日もらえたのは、弟から押しつけられたチョコレートの箱と何故か入れ替えに鞄に入っていたオレンジ色の箱のみ。
 昨晩は弟の帰宅を待っていたせいで開けられなかった。よって、昨日のカカオ摂取量はゼロ。
 もし葉月さんからもらえていたのなら食べていたのだろうが、もらえなかったものは仕方がない。
 それに、チョコをもらなかっただけで心を乱しているように思われたらかっこ悪い。
 ここは平静な振りをするとしよう。

「俺は昨日葉月さんと一緒に帰れたから。それで十分だよ」
「え、ホント!? ――っじゃ、ない。違う違う、そういうことじゃなくって、その……あのね」
「ん?」
「……ううん、なんでもない」
 葉月さんは短いため息を吐き出し、再び隣について歩き出した。



903 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/04/20(日) 06:23:48 ID:WWUQ5a6O
* * *

 昼休み。昼食を食べ終わった後で携帯電話を取り出して開き、何度かボタンを操作する。
 指を止め画面をじっと見ていると、合体させた机を挟んで向かい側に座る高橋に話しかけられた。
「何をやっているんだ君は。今日はずいぶんと熱い眼差しで携帯電話を見つめているじゃないか」
「ん……そうだったか?」
「うむ。数学の時間に暇だったから君の行動をじっと観察していた。
 そうしたら君は授業開始、それから十分後、次に五分後、その後は数分も経たないうちに携帯電話を操作していた。
 君がそこまでするなんて滅多にないからね。で、何をしていたんだ?」
「メールの問い合わせ」
「誰からの連絡を心待ちにしているんだ?」
「それはもちろん、誘拐されたお……」
「……誘拐?」
 あ――しまった。
 変なことを言ってどうする。そもそも誘拐されたかどうかすらはっきりしていないんだぞ。
「すまん口が滑った。今の無し。忘れてくれ」
「誘拐とは穏やかじゃないな」
 高橋が神妙な顔をしながら腕を組んだ。失言を忘れてくれそうな気配、一切無し。
 気にしないでくれ、頼むから。変に話を大きくされたら困るんだ。
「誰がさらわれた? 君の周りにいる誰かか?
 もしや――一年女子の間でダントツの人気を誇る弟君ではあるまいな?」
 思わず息を呑んだ。
 こいつ、どうしてそんなことがわかるんだ?
 もしかして俺の顔に書いてある、とかか?
 まずい。ごまかさないと。
「違う違う! そういう物騒な話じゃないんだって!」
「しかし日常的に誘拐という単語を口にするのはその道のプロかアマチュアか、物書きぐらいだろう。
 君が物作りに並々ならぬ熱意を持っているのは知っているが、犯罪や小説の執筆に関しては門外漢じゃないか。
 正直に白状したまえ。何かあってからでは遅いんだぞ」
「むぐっ……」
 何かあったから正直に白状できないのだが、そういう場合はなんと言ったものだろうか。
 前言撤回、は高橋には通用しない。
 最近サスペンスドラマにはまっている、なんて言ってしまって深く追求されたら答えられない。
こちとらテレビはバラエティしか見ていないのだ。
 こんな時は対象の興味を他に向けるのが一番。
 よし、いちかばちかだが、高橋の後ろを指さして「あ! 篤子先生がスカートをたくし上げて潤んだ眼差しでこっちを見ている!」でいこう。
 こんな手を使うのは初めてだ。高橋の篤子先生への情熱を考えれば、成功率は五分といったところ。
 やってみよう。勇気を振り絞って。恥を我慢して。






905 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/04/20(日) 06:28:24 ID:WWUQ5a6O
 高速で右手の人差し指で高橋の肩の後ろの何もない空間を指して叫ぶ。
「ああ! 篤子先生が――――あ?」
 狙いをつけずに指した方向には見知らぬ女子生徒が居た。場所は教室の黒板側の入り口。
 女子生徒と視線がぶつかる。そりゃ、いきなり指さされたら不審に思うわな。
 なんとなく悪いことをした気分になりながら腕を下ろしていく。
 すると、なんということだろう。さっきまで視線を交わしていた女子生徒がこちらに向かって来るではないか。しかも表情が険しい。
 もしや葉月さんを慕う、石鹸の香り芳しい多年草的な嗜好を持ち合わせている人たちの一人?
 またピンチかよ。しかも高橋に問い詰められるよりやばい。
 女子に問い詰められたら反撃できない。もし泣かれたらうろたえるしかできない。

 そんなことを考えているうちに女子生徒はすぐ目の前にやってきていた。
 机の上に手をつき、拳二つ分ほど空けた距離まで顔を近づけてくる。
 相変わらず表情は険しいままであったが、近くで見たその顔は俺への嫌悪を宿してはいなかった。
 むしろ追い詰められ、俺に救済を求めているようである。
「先輩、正直に答えてください。とっても大事なことなんです」
 後輩らしき女子の問い詰めに対して俺は頷きで返事した。ここで首を振るほど俺は愚かではない。
 顔つきだけでなく声の調子まで緊迫しているのだ。言うとおりに大事な用件なんだろう。
「先輩の弟さん、今どこに居ますか?」
「え……。弟?」
 弟の所在を聞いてくる、ということは。
「君、もしかして弟の?」
「同じクラスです。それと、あと……」
 女子生徒はそこで斜め下に視線を逸らした。
 なるほど。この子、弟のことが好きなのか。例の弟のファンクラブの一人かも。
「悪いけど、弟がどこにいるのかは俺にもわからないんだ。あいつ、昨日からどこかに出かけているみたいで」
「嘘……じゃあ、本当に居なく……? 手がかりとか、行きそうな場所とか」
 首を横に振る。もしわかっているならここでじっとして考え込んでいない。
 突然肩を掴まれた。強く掴まれたが痛みは覚えない。
 女の子の腕が震えているのは弟が居なくなった恐怖からきたものか?
 本当に、たったそれだけでここまで青ざめた顔をするだろうか?
「お願いします、もう少しだけ、深く思い出してください。じゃないと私、私たち……」
「ねえ、どうしたの? 弟が学校を休んでいるだけでそこまで心配しなくても」
「違うんです! 先輩が思い出してくれないと、私まで危ないんです! 消されちゃいます!」
「け、消されるう?」
 それは眉毛に引いた線を消されるとかいう意味じゃなくて、存在自体ってこと?
 弟が消えたから、今度は自分の番だと? まさか、神隠しでもあるまいし。

 女子生徒を安心させるための言葉を選んでいると、複数の視線を感じた。
 昼休みの教室内だから人の目はもちろんある。だが、特に強いものが一つある。
 左に目を向けると高橋の顔がある。眼鏡の向こうの瞳にあるのは静観の意志。気になるほどのものではない。
 とすると一体誰が?

 次は右側へ顔を向ける。
 すると、いきなり鋭い眼光を放っている人物と視線がぶつかった。



906 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/04/20(日) 06:29:51 ID:WWUQ5a6O
 葉月さんだ。女友達との話を止めて俺を見つめている。
 女友達の輪の中でも際だつ美しさを彼女は持っている。が、今は瞳の中で炎をごうごうと燃やしていそうなご様子。
 あれは怒っているのか? 俺に対して? 女の子に対して? 両方?
 いずれにせよあの状態はまずい。既視感、既知感、嫌な予感。
 まるで弟の勉強を見ている最中に睨み付けてくる妹のよう。
 葉月さんから目を逸らす。じっと見ていても事態は解決しない。
 まずは肩を掴んで俯く後輩をなんとか帰さなければ。

「とにかく落ち着いて。弟ならきっと明日には何事もなかった顔で登校してくるはずだから」
「駄目です。それじゃ遅いんです!」
「どうして?」
「だって明日まで、ううん、きっと今日中に私たち……皆居なくなっちゃいます」
「だから、なんで居なくなるの?」
「あの女は待ちません! きっと腹いせに私たちに言えないような……ことを、してきます。絶対そうです!
 そうじゃなきゃ、あんな。あんな、血がいっぱい出るようなこと……」
 カチカチと音が鳴る。歯と歯が当たる音を立てているのは後輩の女の子。
 相当な恐ろしい目に遭ったことに違いない。そしてそれをやったのは同性である女の子。

 誰だ?
 弟が居なくなったことに動揺し、暴力を振るう人間。そして、そいつは弟の行方を気にしている。
 あれ――どうしてそいつは直接俺のところに来ない? 
 行けない理由がある? 俺と顔を合わせたくない? 俺とは会いたくもない?
 もしそうだったとしたら、そいつは俺を嫌っている。
 女の子で、弟のことが好きで、俺のことが嫌いで、他人に暴力を振るえるやつ。
 一人だけ心当たりがある。あいつだ。

 後輩の女子に声をかけようとしたら、突然彼女が顔を上げた。
 いや、無理矢理上げられたと言った方が正しい。彼女は前髪を引っ張られていたのだ。
「いっ……たい。やめて、もう許し、て……」
「遅い。もう待てない。お前のせいで顔を出すことになっただろう。……どけ」
 頭を引っ張られて女の子が倒れる。高橋の方に倒れたおかげで床にはぶつからなかった。
 闖入者と対峙する。さっきの予測通りだった。
 髪は金色で長く、白い絆創膏で頬を隠していて、瞳に俺への憎悪を漲らせていた。
 喉が締め付けられる。俺はそいつが怖かった。
 目とか行動とか口調とか、どれかが怖いんじゃなくて、いずれも怖ろしかった。
 だけど逃げることもできない。ただ俺は黙るしかできなかった。

 ふと、頭の中に疑問が浮かんだ。そしてすぐにそれは解決した。
 どうしてこいつが、二度と顔を見せるなと言ったこいつが俺の前に顔を出したのか?
 決まってる。そんなの、たった一つの答えを求めているから。
「アニキ。あんたの弟――あいつは今、どこにいる?」
 葵紋花火が一番に気にかけるのは、弟のことだから。