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40 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/04/26(土) 08:09:12 ID:eYlfZSYl

* *


 ああ、愉快愉快。
 あの金髪女ったらあんなに取り乱しちゃって。ざまーないわね。
 そんなに彼の姿が見えないのが不安でならないのかしら。
 全く情けない。アタシなんか彼の姿が見えなくったって幸せな気分でいられるっていうのに。
 ま、無理もないかも。あの女、葵紋花火の友達は彼だけ。
 知人と呼べそうなのは体目当てに誘ってくる性欲猿みたいな男子生徒たちだけ。あ、彼のお兄さんも知り合いかな? 
 ともかく、彼が居ない時の葵紋花火はデパートのおもちゃ売り場で迷子になった子供みたいな感じ。
 他に頼れる人がいないんだもん。その唯一の人がいなくなったんだから、取り乱しても当然か。
 沸騰した頭で考えてでたらめに行動したって、なんの結果も生み出せないのに。
 彼が今どこにいるのか、突き止められはしないのに。

 あまりのおかしさに喉だけでくつくつと笑ってしまった。肩もちょっと揺れてる。
 もう、お昼なんか要らないかも。あの女の焦る顔を見ているだけで腹一杯。
「どうしたの澄子ちゃん? いきなり笑ったりして」
「ん? んーん、なんでもないない」
 話しかけてきたのは机をくっつけて一緒にお昼を食べている桃ちゃん。
 桃ちゃんの箸はあまり進んでいない。小さなお弁当箱の中身は半分も減ってない。
 この子の神経の細さじゃ、さっきの光景を見たショックに耐えきれないから当然か。
「……ねえ、大丈夫かな。私たち」
「何が?」
「だってほら、さっきの……さっきみたいに、葵紋さんが……」
「大人しくしてればなんともないよ。だってアタシたち、誰にも言ってないから気付かれてないでしょ? 
 あの子たちみたいに群れたりするからいざとなった時狙われるんだよ。平気平気」
「そう、だよね……うん。ありがと」
 そう言って桃ちゃんはようやく箸を動かした。
 でも口が開いてない。小振りなコロッケを半分に割って食べているようじゃそのうちに昼休みは終わってしまう。

 アタシと桃ちゃんは彼に憧れる同士。
 と言っても桃ちゃんは内気な性格だから彼にアピールしない。アタシもさりげなく止めてるし。
 だって積極的になり出したら敵として認識しなければいけなくなる。できるなら、それは避けたい。
 あまり頼りにならない勘だけど、昔のアタシと桃ちゃんは似てる気がする。
 内気なところとか、声が聞き取りにくいところとか、諦めから物事に取り組むところなんかが。
 アタシは彼と気持ちよく話すために普段から明るく振る舞っているけど、内面ががらっと変わったわけじゃない。
 一人で部屋に居るときや、彼が葵紋花火に話しかけるところを見ていると一気に気分が落ち込んでしまう。
 それでも彼が優しくしてくれると、彼を掴まえて独占したくなる。
 なにかのきっかけがあれば桃ちゃんも今のアタシみたくなる可能性もある。ないとは言えない。
 だからアタシは彼と桃ちゃんをなるべく接触させない。
 罪悪感もある。だけど、彼はアタシだけの恋人なんだから仕方がない。
 それにもし桃ちゃんまで本気になったら、排除しなくちゃいけなくなる。
 アタシは一応桃ちゃんのこと友達だと思ってるから、できればそれは避けたい。



41 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/04/26(土) 08:10:17 ID:eYlfZSYl
「さっきの……葵紋さんが殴った子。どんな様子なのかな」
「さあ。さすがにそこまでは。大事にはなってなければいいんだけど」
 桃ちゃんは小さく頷いた。あんな子を心配するなんて優しいね。
 アタシがさっき口にした言葉は嘘。本当はとっくに大事になっている。
 葵紋花火は昼休みになると同時、彼を狙う有象無象の輪の中に突っ込んでいって、いきなりグーで殴った。
 自分が心配している時に、あーだこーだと彼の行方を推測する人間達に腹を立てたと思われる。
 腹を立てていたのはアタシも同じだけど、さすがに殴らなくても。
 殴られた子は吹き飛ばされて、机を三つほど巻き添えにして床に叩きつけられた。
 とっさに隠したみたいだけど、口から溢れる血と一緒に、折れた歯が床に落ちるのをアタシははっきり見た。
 手加減ってものを知らないのかしら。それともただ後先を考える余裕がないだけ?
 そのままずっと心を乱したままでいればいい。
 校内で暴れ続けていればさすがに教師の目に留まる。
 停学、もしくは退学処分になればあの女の目障りな金髪を目にすることがなくなる。

 桃ちゃんが箸を置いた。まだ中身の残ったままの弁当箱に蓋をして、嘆息する。
「葵紋さんが暴れたのって、やっぱり彼が今日休んでるのが原因かな」
「たぶん、そうだと思う」
「でもたまには休むことだってあるだろうし。どうしてあんなに荒れてるんだろ。
 彼が休むたびにあんなんじゃ、私落ち着いて学校に行けないよ」
「たまたま、二日目とぶつかったんじゃない? 
 大丈夫だって。アタシたちは絶対に狙われることなんかないから」
「うん……うん、そうだね。ありがと、澄子ちゃん」
 弁当箱を布でくるむと、桃ちゃんは自分の席へと戻っていった。
 アタシは唇だけを動かして呟く。
「なんにも心配要らないよ。もうすぐ恋に悩む必要すら無くなる。
 ……彼はアタシが手に入れたんだから」

 彼の居場所を知っているのはアタシだけ。
 彼が昨晩何を食べたか、何をしていたのか知っているのはアタシだけ。
 彼の全て、心も体も考え方もコントロールできるのはアタシだけ。
 今はまだだけど、これからそうなっていく。アタシがそうする。

 そして、最後。
 これこそが葵紋花火にとっては最大の屈辱。
 ――――彼の初めての味を知っているのはアタシだけ。



42 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/04/26(土) 08:11:37 ID:eYlfZSYl

* *


「知ってるんだろ、アニキならもちろんさ。なんたってお兄さんなんだからな」
 短いなかに俺への悪意が強く感じられる、花火の言葉。
 これでもこいつにしては抑えている方だろう。本来なら胸ぐらを掴み上げられてもおかしくない。
 そうしないということは、ここへは話を聞きに来たのだろう。
「どうなんだ、アニキ」
「わからん」
「…………は、なんだって?」
「わからないんだ、本当に。弟は昨日学校から帰ってこなかった。で――」
「その後で変なメールが送られてきた。そうだろ?」
 花火がスカートのポケットから携帯電話を取り出し、開く。
 画面に映っているのはメールの文章だった。
 でも、これは……。
「あいつが私にこんなメールを送ってくるはずない。絶対にありえない。
 昨日あげたチョコ、あいつは貰ってくれた。大切に味わって食べるって言ってくれた。
 だから、急にこんなメールを送ったりするほど気変わりするわけがない」
 花火の言うとおり、メールの文章は弟ではなく、弟になりすました誰かが送ったとしか思えないものだった。

 いきなりだけど、大事なお願いがある。
 二度と僕に近づかないで欲しい。
 僕の前に姿を現さないで。
 僕は花火のことが好きじゃないんだ。 
 花火が僕のことを好きじゃないのと同じで。
 さよなら、花火。

「こんなの、こんなのあいつじゃない! 誰かがあいつの携帯を奪ったんだ! 
 あいつと仲のいい私を嫌ってる誰か、男か、女か、年上年下同い年……どいつでもいい! 
 昨日この学校であいつを奪った奴がいるんだよ! 許せるかっ、そんなのっ!」
 花火の掌が机を激しく打った。瞬間的に椅子ごと揺らされたような錯覚を覚えた。
「答えろ、考えろ、思い出せ! 何か一つぐらい心当たりがあるんだろ、アニキ!」
 教室中を静寂に陥れる叫び声。しかし、隠し切れていない怯えが裏にある。
 花火の手が小刻みに揺れる。
 弱い。今の花火には弱さだけがある。俺に怒りをぶつけてきた時の勢いは欠片もない。
 でも、俺には励ましの言葉を言う権利や、状況を利用して軽口を叩く勇気もなくて。
 可哀想だけど、もっとも誠実に、期待を裏切るような言葉を言うしかできない。

「悪いけど、本当に知らないんだよ。俺のところにもそれと似たようなメールが来た。妹にもだ。
 昨日はずっと寝ずに待っていたけど、帰ってこなかった。連絡をとろうとしたけど返事もない。
 とりあえず今日まで様子を見てみて、明日になっても同じようだったら警察に連絡するよ」
「遅いんだよ、そんなんじゃ。
 明日まで待つだって? 明日まであいつが無事で居られる保証は? 警察が発見する確率は?
 一日もあれば、人間一人ぐらいどこにだってバレずに移動させられるんだぞ。
 アニキはあいつのこと心配じゃないのかよ」
「……まったく心配していないわけじゃない」
「なら、こんなところで座ってないであいつを捜しに行きなよ。
 捜してるのは私だけだ。本気で心配してるのも私だけ。どいつもこいつも憶測するか、待つしかしない。
 もうこの際、なりふり構ってられない。アニキにも手伝ってもらう」
 右手首を掴まれた。力の全く籠もっていない手が強引に体を引っ張り上げようとする。
 振り解こうとすればできたけど、今の花火を拒絶することはできなかった。
 過去に花火を傷つけた罪悪感が、従う以外の選択肢を許さない。
 もしかしたらまだ完全には嫌われていないのかもしれない、なんて甘い考えが脳裡を掠める。
 そんなことはありえない、と自分に言い聞かせると少しだけ寂しくなった。



43 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/04/26(土) 08:12:37 ID:eYlfZSYl
 花火の手に引かれるまま椅子から腰を浮かせ、後をついていく。
 教室の入り口前に辿り着いたところで、突然花火が止まった。背中にぶつかりそうになるのをなんとか堪える。 
 見物人でも溜まっていたのだろうか。花火の肩越しに進行方法を見遣る。
 見えたのは、腕を組んで入り口のど真ん中に佇んでいる葉月さんの姿だった。
「どけ」
 花火の声を聞いても葉月さんは動かない。眉さえぴくりとも動かさない。
 ただまっすぐに目前の相手を見据えているだけ。
「詳しく話を聞かせて欲しいの。さっき、そこの彼の弟のことを話していたでしょう」
 葉月さんの目が俺を捉えた。その目が少しだけ細くなったのは何故だ。
 もしや、怒っている? 
 ――あ、そういや葉月さんには弟のことは一言も話していなかった。
 相談されなかったからのけものにされたとでも思ったのかもしれない。
 こっちにそのつもりはなかったけど、ごめんなさい。

 葉月さんの視線が花火の方を向く。真摯な目をして、ふざけた調子のない声で喋り出す。
「私も彼の弟が心配なの。あなたの言うとおり何かがあったとしたら助けないといけない。
 動くなら早いほうがいいもの。そうでしょう?」
「……その通りだ」
「それじゃあ、私も一緒に捜すから」
「いや、その必要はない。協力しないで欲しい。私とアニキの二人だけで探す」
 葉月さんの表情が怪訝なものに変わった。おそらく今の俺も似たような顔をしていることだろう。
 花火はなぜ葉月さんの協力を拒む? 人を捜すなら人海戦術をとった方が有利だということはわかるだろうに。
「どうして協力したらいけないのかしら? 理由は?」
「……話す必要がない。これは私とあいつと、アニキの問題だからだ」
「そんな理由じゃ納得できないわ。弟君のことを心配しているのは私だって同じよ。
 もし何かあったりしたら私だって困るもの」
「……なに?」
「だってそれは、将来……他人じゃなくなるんだから。無事でいてもらわなきゃ、私の計画が崩れちゃうわ」
 うつむきながら葉月さんが呟く。昨日もだったが、言葉だけでは葉月さんの考えを読めない。
 計画ねえ。将来の計画、進むべき未来の予想図、これからやりたいこと。
 俺には模型作りの趣味以外にやりたいことがすぐに浮かばない。
 同い年でありながら先のことを考えている葉月さんは立派だと思う。
 まあ、そんなことはどうでもいい。今考えるべきなのは花火が葉月さんの協力を拒む理由だ。



44 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/04/26(土) 08:14:11 ID:eYlfZSYl
「そんなわけだから、私も弟君を捜すの手伝うから」
「お前の名前は?」
「私? 葉月よ」
「葉月……葉月。そうか、お前が、か」
 花火の声が幾分低くなった。
「二年D組の、葉月。お前もか。お前もそうなのか」
 花火が一歩踏み出す。表情は俺の位置からは見えない。しかし声を聞く限り、穏やかであるとは思えない。
 正面から向かい合っている葉月さんの様子も少し違う。表情が固くなったというか、あまり動かなくなった。
 ふと気づいた。昼休みだというのに、葉月さんと花火の近くにいる人間は俺一人だ。
 そのせいで緊迫した空気に俺まで飲み込まれた気分になる。
 関係者ではあるのだが、にらみ合いに混ざっているわけでも、こうなった原因を作ったわけでもないので立ち位置の判断に困る。
 もしかして、二人を止める役どころをクラスメイトに期待されていたりしないだろうな。
 実家が道場を開いていて自身も武道を習っている葉月さん。ぱっと見てもじっと見ていてもアウトローに見える花火。
 葉月さんには過去四回ほど投げられたことがある。花火には一度殴られたことがある――こっちは自業自得だが。
 ともあれ、口論で事態が収まらないのだとしたら、体を張らなければならない。
 二人の衝突を見過すことなどできないのだから。

 葉月さんが口を開く。それだけのことで驚いて心臓の鼓動が速くなる気がした。
「私も、って? 私が今あなたに何かしたかしら」
「私にじゃない。あいつに、だ」
「あいつ……弟君のこと?」
「葉月、お前のことはあいつから何度か聞いた。
 私と一緒にいるとき、あいつが女のことを話すのは少ない。せいぜい自分の妹のことぐらい。
 だが、最近になってお前のことも話題に上るようになった。
 そのことを、気にしすぎだと思っていなくて良かった。警戒していて、良かった。
 私の予想通りに、葉月――お前は、あいつを奪おうとしていた!」
 目の前にいる花火の肩が少し揺れた。そして、たったそれだけで事態は急変した。



45 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/04/26(土) 08:16:00 ID:eYlfZSYl
 拍手の快音に似た音がひとつ生まれた。しかし誰かが拍手したわけではない。
 言うなれば、葉月さんと花火が協力してできた音だった。
 花火の右拳が葉月さんの顔面を真正面から狙った。それを葉月さんが両手を使って止めたのだ。
 葉月さんが口を開く。いつもより声が一段階低い。
「……そっか。あなたもやっぱり弟君のこと」
「ああ。お前と同じでな!」
 花火の体が小さく傾ぐ。左足のシューズが床から離れている。
 この動きが蹴りだと気づいた瞬間、左足が跳ね上がり、葉月さんへ向かっていった。
 蹴りを受け葉月さんの体勢が低くなる。
 途端に背筋が寒くなった。葉月さんが倒れる――と思ったが、そうはならなかった。

 予想だにしなかったことだが、今度は俺の体に衝撃が走る番だった。
 蹴りを出したはずの花火の体がいきなり俺の体にぶつかったのだ。
 そう、花火は後ろに下がった。蹴りを放った体勢のまま。
「は…………はああ?」
 何が起きた? 蹴りを受けた葉月さんじゃなく、どうして攻撃した花火が下がる?
「く、お前……!」
「やめて。あなたは誤解してる。私はあなたが心配するようなこと、考えてない」
「そんな台詞は聞き飽きた!」
 右腕を花火に掴まれた。腕を引かれ、体を振り回される。
 強制的に葉月さんのもとへと押しやられる。
 このまま抱きついてしまおうか、なんて考えたがすぐに思考を止め、次にもつれる足を止める。
 花火に一言文句を言うために振り向く。
 目に映り込んだのは、右足を振り上げた花火の姿。足の軌道は床と水平。高さはみぞおちまで。
 衝撃に備えるのが間に合わない。反射的に目を閉じる。 

 右方向への強制的な浮遊感、いやむしろ、転倒する感覚。
 脇腹に痛みは覚えない。だというのに明らかに体は傾いていた。事実、立っている位置が変わっていた。
 花火と向かい合っていたはずの場所から、葉月さんを背にして右にいた。
 目の前に黒板の右の壁に貼られている時間割がある。今日の五時間目は国語。
「ち、奇妙なことを!」
 声がした方向を向く。花火が目を剥いていた。視線の先にいるのは俺ではなく、葉月さん。
 葉月さんの立ち位置は一切変わらない。花火の蹴りを食らったような様子もない。
「もう一度言うわ。やめて頂戴。
 こんな言い方嫌いなんだけど、私は護身術みたいなものを習っているから、さっきみたいなことをされると体が反応するの。
 最初の蹴りは足が伸びきったところを掴んで押した。さっきのは彼を右に動かして、あなたの蹴りを腕で逸らした。
 反撃しようとすればできた。けどやらなかったのは、反撃したくなかったから。
 頭に血の上ったあなたじゃ無理。私の膝を床に付けさせることはできない」
「そんなの、絶対だなんて言えるか!」
「ああ、もう――――少しは話を聞けないの!?」



46 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/04/26(土) 08:17:17 ID:eYlfZSYl
 耳をふさいでしゃがみたくなるほどの大音声。間近で聞いたから鼓膜が本当に痛い。
 葉月さんが花火を指さしながら言う。
「私は弟君のことなんか――じゃない。弟君を狙ってたりしないわよ!
 だってわたしが、……き……なのは、別の人なんだから!
 勘違いされちゃ困るわ! 本当に困る! もし誤解されたらどうするのよ!」
 ……うむ。なんていうか、照れる。
 葉月さんが好きなのって、俺――なんだよな、たぶん。昨日バレンタインチョコもらってないから自信ないけど。
 でも、ここまで必死になって弟との関係を否定されるとちょっとだけ嬉しい。ライバルが一人減った気になる。
 必死の叫びを聞いた花火はまだ納得できていない顔をしていたが、握り拳を解いていた。
「今の言葉、本当だな?」
「ええ。彼だけじゃなく、クラスにいる全員に誓ってもいい」
「そうか。なら――謝る。すまなかった」
 花火が会釈ぐらいの角度で頭を下げた。意外にも、花火は自分が悪かったときは非を認めるらしい。

「わかってくれたならいいの。それじゃ、早速弟君を捜しに行きましょ」
「……それは駄目だ。やっぱり断る」
「ええ? どうしてよ。やっぱり誤解してるんじゃ」
「違う。ただ単に一人で捜しに行こうと思い直しただけだ」
 花火が入り口方向、葉月さんのところへ歩き出した。
 葉月さんが花火の前に立ちふさがった。しばし二人が見つめ合う。
 ほどなくして、葉月さんがため息をついて道を譲った。顔には諦めが浮かんでいる。
 ふと、思い出した。花火が教室に来たのは俺を弟捜索の応援に駆り出すためだったはず。
 なのにいきなり一人で捜しに行くなんて、どういう心境の変化があったんだ。
「花火、俺を連れて行くんじゃなかったのか?」
「……もういいよどうでも。ていうか、着いてこないでくれ、アニキ」
 扉に左手を懸け、肩越しに花火が俺を見た。 
「アニキ。やっぱり、あんたは最低な人間だ」
 ――え?
「ちょ、ちょっとあなた、なんてこと言うのよ。彼はそんな悪い人間じゃないわよ」
「葉月、あんただってそう思うはずだ。今はまだでも、アニキとの関係を続けていればいつか必ず」
「……どういうことよ、それ。返答次第じゃただでは済ませないわよ」
 葉月さんが花火へと詰め寄る。花火は首を廊下へと向け、教室から出て行った。
「待ちなさいよ! どういうことなのか説明しなさい!」
 昼休み終了のチャイムが間もなく鳴る時間帯、教室に戻る生徒が行き交う廊下に葉月さんの声が響く。

 花火の足が止まる。窓から指す陽光を反射する、流れるように滑らかな金髪も一拍遅れて動きを止める。
「はっきり言ってやろうか、葉月」
「ええ、言ってみなさいよ。彼のどこが悪いって言うの?」
「私からすれば存在自体なんだけど、あんたに言っても無駄だろう。
 ひとつだけ言わせてもらうよ。アニキの絶対的な欠点。
 人の気持ちに不誠実なところ。平気で裏切るとか、いつまでも相手の気持ちに答えないとか。
 忠告しておいてやる。アニキに関わったら、いつかあんたまで不幸になるよ」
「そんなのっ……」
「言いたいのはそれだけ。じゃあ」
 言い終わると花火は歩き出した。
 葉月さんはその場に立ちつくし、階段のところで花火の姿が見えなくなる頃になってようやく口を開いた。
「仕方が……ないじゃない。駄目だって、まだ無理だって。
 私には……待つことしかできないんだもん。あなたなんかに何がわかるのよ」
 泣いてはいなかったが、声は悲しみに沈んでいた。
 拳は固く握りしめられ、小さく震えていた。

 昼休み終了を告げる鐘の音が鳴る。
 葉月さんにかける言葉を見つけられなかった俺は、鐘の音を聞いて心が安らぐのを自覚した。