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150 :はやくおおきくなあれ ◆msUmpMmFSs [sage] :2008/05/03(土) 21:26:22 ID:bV45Habb
 ぴちゃりと――
 小さな水音がするのは、彼女の行儀が悪いからだ。誰も食べ方など教えなかったし、教えたところで
彼女は覚えようとしないだろうし――覚えなかったとしても、誰もこまりはしなかったから。地下室に
いるのは彼女と私だけで、それ以外に人の目はなく、誰にはばかることもなかった。
 思う存分に、
 思うがままに、
 彼女は食事を楽しんでいる。

「――――――」

 私はそれを見ている。美味しいかい、とも、慌てなくてもいいよ、とすらいわない。
 ただ、見ている。
 見ているだけだ。決して手は出さない。地下室に存在するモノは椅子が一つきりで、その椅子を私は専有して
いる。自然、彼女は剥き出しになったコンクリートの上に座ることになるが、それを苦と思う様子はない。
 そもそも――
 彼女が何かを思うのか、私はよくわからなかった。ものを食べているとき、嬉しそうにしているから、感情は
あるのだろうが――それが本当に『嬉しい』という感情なのかも、私にはわからない。
 誰も彼女に教えなかったから。
 生まれたばかりの赤子、どころではない。生まれるまえの胎児にすら等しいのだ。

「――――――」

 私は無言のままに部屋の中を一瞥する。部屋、というのもおこがましい。箱、と呼称するのが
正しいであろう空間。地下の深く深く深く深くに封じられた地下室。壁を突き破ったところで、
その先にはどこまでも続く土の重圧があるだけだ。外へと繋がる戸と、換気のための目に見えな
穴。外部と繋がるのはそれくらいのものだ。
 外部。
 その言葉にどれほどの意味があるのだろう? 彼女は、外を認識していない。彼女にとって、外
など存在しないのではないか。私はただ、『どこからともなく現れて食べ物をくれる人』としか思
われていないのではないか。
 そう、思った。

「――――――」

 視線を部屋から中央に座る少女へと移す。水溜まりのなかに膝を曲げて座りこみ、口も身体
も汚しながら一心不乱に食事を続ける少女。小さな少女だ。抱きあげれば壊れてしまいそうな、
生きるために必要最低限な筋肉すらない壊れかけの少女。かつては白かったウェディングドレ
スは、今では真っ黒に染まっている。
 ただの黒ではない。汚れて、澱んだ、黒ずんだ色。かつては紅かったものが、時間とともに
黒くなって――ウェディングドレスは、黒と白に染まっている。
 水溜り。
 色は紅で、存在は血だ。食べ物から滴り落ちる血を浴びて、食べながら、少女は笑っている。
 微笑んでいる。
 嬉しそうに。
 幸せそうに。
 自身と同じ体構造のモノを食べながら――微笑んでいる。


151 :はやくおおきくなあれ ◆msUmpMmFSs [sage] :2008/05/03(土) 21:34:40 ID:bV45Habb

 ぴちゃり、
 ぴちゃりと――だらしなく食べるたびに、口から毀れた血と肉が血だまりの中で跳びはね、彼女の
ウェディングドレスを染めていく。自身が食べた記録を積み重ねるように。
 私は、
 私はそれを見ている。何も知らない少女の、何も知らずに食人行為を重ねる少女を、ただ見ている。
 見つめて、
 観察し、
 待ち、
 焦がれている。

「――――――――」

 そんな私の視線に気づく様子はない。彼女は微笑んでいるが、その頬笑みは私へと向けられた
ものではない。誰にも向けられることのない、ただの純粋な感情の発露。だからこそ――それを
私は尊いと思うし、見つめているのだ。
 微笑んでいる。
 自分の肩から生えた腕と、食べているものが同じカタチであることにも疑問を思わず。皮をち
ぎり指を食み腕を噛む。切りとられたそれを、嬉しそうに食べている。
 彼女は、
 純粋だった。
 何も余計なものを与えられていない、余分なものを与えられていない、人間として究極すぎるほど
に先鋭化された存在。道具を遣うこともできず、言葉を話すこともできず、そんな存在さえ知らない。
与えられたものを甘受し、ただただ満たされて育ってゆく。
 そこに不幸はない――幸福はないから。
 そこに絶望はない――希望はないから。
 地下の深くの、閉ざされた世界。
 まるで楽園だ。神の作りあげた世界のようだ。けれどここには禁断の木の実もなければ
蛇もいない。楽園はいつまでも閉ざされていて、外に出ることはない。少女は知恵をつけ
ることもなく、永遠は永遠として続いている。
 それを、
 私は、

「――――――――」

 少女が腕を食べ終わる。切断面から洩れた血が地面に水たまりを作り、その上にはこぼした
肉片がいくつも浮かんでいる。もったいないと、純粋にそう考えたのだろう。少女は尻を突き
あげるようにして四つん這いになり、ぴちゃぴちゃと、血だまりを舐めはじめる。
 手でかきよせるようにして肉をあつめ、舌ですくうように食べる。真っ赤な唇。真っ赤な舌。
紅く紅く、血よりも紅い彼女の臓器は、何よりもの生きている証左だ。
 ぴちゃぴちゃと、
 ぴちゃぴちゃと――血を舐める音だけが、静かな箱に響き渡る。




152 :はやくおおきくなあれ ◆msUmpMmFSs [sage] :2008/05/03(土) 21:42:57 ID:bV45Habb

 美味しいとも、
 不味いとも、
 彼女は言わない。言うことができない。その口はただ、肉を食むためだけにある。その体
は育つためにある。
 足りない。
 まだ、足りない。
 何が?
 時間が。
 あるいは、全てが。
 足りていない。

「――――――」

 だから私は見る。ただ、見つめている。閉ざされた世界での少女の成長を。姿を。
四つん這いになり血を舐めるその姿を。猫のようだ。失われた動物のように、彼女は
音を立てて血を舐める。跳ねた血が、文様のように彼女の肌に痕をつける。生まれて
から一度として陽の光を浴びたことのない肌は白く、一度として切ったことのない髪
もまた白い。すべては白かった。それが少しずつ、血と時間で紅く黒く染まっている。
 育っていく。
 汚れて、穢れて。
 彼女は、育ってゆく。

「――――――――」

 私は何も言わなかった。彼女が満足がいくまで舐め終わるのを待ち、更には満足げに眠る
まで動きすらしなかった。椅子に座り、彼女の生態を観察する。彼女にとっては――私は此処
にある椅子と同じようなモノに過ぎない。視線をやることもなく、丸くなって眠りについた。
 いつものように。
 そして私はいつものように椅子を立ち、眠る彼女の元に歩み寄る。濡れたタオルで彼女の汚
れた肌と、血の跡がつく髪を丁寧にぬぐい取る。時間をかけて、優しく。起こさないように、
傷をつけることのないように。最後に彼女の下着を脱がせ、確認し、新しいのを履かせて傍を
離れる。
 寝た子を起こす趣味はなく、
 私は何の声をかけることもなく、閉ざされた箱を後にした。

 ……ぱたん。



153 :はやくおおきくなあれ ◆msUmpMmFSs [sage] :2008/05/03(土) 21:48:30 ID:bV45Habb

 ――箱。

 それは彼女の部屋だけではなく、この場所全てがそうだと言えるのだろう。
 箱。
 閉ざされて、開かれることのない箱。
 そもそもが蓋の存在しない箱。蓋の開け方は失われてしまった。強引に外に出たところ
でそこは土の壁があるだけであり――数百メートルと続く壁を越えて『上』へと出たとこ
ろで、そこはもはや人の住む世界ではないのだろう。
 かつてから変わっていなければ、だが。
 だがもはや確かめる方法はない。『上』で変化が起き、誰かが来てくれるのならばわか
るかもしれないが――それはただの夢物語である。
 世界は閉ざされている。
 箱は閉じ切っている。
 ずっと昔から、そうであったように。
 ――だからここは楽園だ。楽園の内側だけで循環する、外側を必要としない閉じた
世界。
 彼女と、
 私と、
 二人しかいない――楽園。さながらアダムとイブのように。

「……いや、」

 久しぶりに声を出して否定する。彼女のいる部屋にいる間は、声を出すことができない
から。自分の声を聞くのは自分だけだ。
 いや、と否定する。
 さながら、ではない。
 ある意味では――本質的には。
 そのものだ、と自嘲するように呟いた。

「……構わない」

 そう、
 構わないとも。
 世界にいるのは私と彼女だけであり、それだけで世界は成り立っている。楽園は閉ざされている。
彼女は禁断の果実を食べることなく、幸せを甘受して生きている。だからこれは私だけの苦しみだ。
一足先に禁断の木の実を食べてしまった、彼女よりに先に食べてしまったという、それだけのことなのだ。
 構わない。
 今更――悔やむはずもない。
 世界には私と彼女しかおらず、
 私は彼女を――愛しているのだから。
 そうだ。
 そのはずだ。

 世界はそうやって成り立っている。




154 :はやくおおきくなあれ ◆msUmpMmFSs [sage] :2008/05/03(土) 21:54:36 ID:bV45Habb

 かぶりをふり、私は余計な思考を振り払う。悪い癖だ。どうしても考えてしまう。彼女が
成長すれば成長するほどに、考えてしまうのだ。
 思考は余計だ。
 思索は無意味だ。
 後悔も躊躇も必要がない。
 世界はこうなっているのだと、受け入れるしかない。
 狂ってはいない。
 初めからこうだっただけだ。
 私たちはこうあることしかできず、
 それならばきっと――外のほうが狂っているに違いない。禁断の木の実を食べ、楽園を捨て、
自ら滅びるほどに発展し繁栄した外のほうが。
 それでも――

「神様を――恨まずにはいられない」

 アダムのように、私は呟く。
 イヴのように、私は呟く。
 私たちがアダムとイヴならば、それを作った神がいる。
 比ゆではなく。
 確かに――いるのだ。ただ神と名づけることしかできないだけで、それは私たちと同じような
モノなのだろうけれど。この地下室を造ったものは、確かに存在する。
 彼は、
 彼女は、
 何を考えて――こんなものを作ったのか。
 希望をこめてか。あるいは絶望とともにか。不幸のどん底からのがれるようにか、希望を求めるためにか。
 それとも。
 私は思う。それを作ったのも、あるいは私なのではないかと――思わずにはいられない。
 だとすれば、自業自得としかいいようがなく、

「――――――ははは」

 いつものように私は笑った。
 何度目か数えきれない思考は途絶えることなく、私は笑う。
 閉ざされた箱の中で、笑い声は反響し、消えることはない。


156 :はやくおおきくなあれ ◆msUmpMmFSs [sage] :2008/05/03(土) 22:05:57 ID:bV45Habb
 いつも通りはいつまでも続く。次の日も私はいつものように食べ物を持って彼女の部屋を訪れ、
いつものように彼女はそれを食べた。その日は左足で、彼女はそれを抱きかかえるようにして食べていた。
 血だまりの中で。
 食べにくいのか、貪るたびに彼女の体が揺れ、必至で挑むように食べている。
 ゆらゆらと、
 白い髪が、
 白い身体が、
 黒い婚姻服が揺れる。
 ゆらゆらと、揺れている。
 振り子のように揺れる姿を、私は椅子に座ったまま見つめている。手をのばしても届かない距離だ。
彼女から手を伸ばしたことは一度としてなく、私から手を伸ばしたこともまた、ない。
 まるで箱だ。
 お互いが箱に詰められていて、外側を知り得ることはないのだ。彼女にとって、私など、食べているソレ
と大差はない。
 私にとって――
 私にとって、
 彼女はどうなのだろうと、考えた。

「――――――」

 考えるだけだ。決して答えは出さない。出す必要もない。
 初めから出ているのだから。
 言葉にする必要など――どこにもなかった。
 いつものように彼女は食事を終え、いつものように寝転がる。今日は珍しく食べる量が少なく、
床に散乱する肉と血だまりはそのままだった。身体が倒れたときに、ばしゃりと大きな音と
ともに血だまりが跳ね、波のように広がった。
 仕方なく、私は血だまりを踏むように歩き、彼女のもとへと歩み寄る。身体を拭くためには
場所を変えなければならない。だが、そうすれば彼女は起きてしまうだろう。思案し、先に確
かめることにする。黒いウェディングドレスのスカートをまくり、下着を下ろし、

「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――」

 手が止まる。
 視線が固まる。
 意識は硬直し、心音だけが、高く深く跳ねた。
 ずりおろした白の下着は、汚れていた。
 外側からではなく。
 汚物でもなく。
 初めて。
 初めて――内側から、紅く汚れていた。

 ――初潮の、紅。

「――――――――は」

 何よりも先に笑いが漏れた。
 手よりも視線よりも先に、それらを全て忘れたように、口からは笑いが出た。

「は――――はははははは」

 視線は穢れた下着にとまったままに、口だけが我を忘れたように笑い始める。はは、ははは、と。
彼女が起きるかもしれない、など思いもしなかった。何を考えることも放棄して、笑っていることを
意識できないほどに――私は笑う。
 笑う、
 笑わずにはいられない。
 待っていたものが――ようやく訪れたのだから。
 そうして、私は。


157 :はやくおおきくなあれ ◆msUmpMmFSs [sage] :2008/05/03(土) 22:15:15 ID:bV45Habb

「×××××」

 初めて、彼女の名前を呼んで、
 その体を、押さえつけた。
 小さく、細く、壊れそうな体を――壊すかのように押さえつける。白い髪が散らばり、
押さえられた頬が血に埋まる。眠りについたばかりの彼女は、浅い眠りから叩き起こされた。
 目を覚ます。
 目を開けて――私を見た。
 初めて。
 おそらくは初めて、彼女は私を認識した。背景の一部でしかなかったモノが、突如として自身の
身体を押さえつけていることに驚くように目を開いて。そのことに私の方が驚いてしまう。彼女が
驚くとは思わなかった。何をされているかわからず、世界の一部として受け入れるかと思ったのだ。
 構わない。
 驚くが、驚くまいが――このあとの展開が変わるはずもない。

「――――――――」

 彼女の視線を見返しながら私は動いた。ずりさげた下着はそのままに、めくりあげたスカート
もそのままに。血を受けて黒く染まるウェディング・ドレス。逃れられないように、細い両手首
を片腕で抑え込み、
 残る片腕で、自らの服を脱ぎ、性器を露出させる。

「――――――」

 彼女は無言だった。無言のまま、私を見上げていた。何も言わない。何をされるかも、
わかってはいないのだろう。私が動いていることに驚いているだけで、行為そのものに
頓着はしていない。
 構わない。
 反応を――求めているわけではない。
 委細気にすることなく、私はすでに張りつめていた性器を、何ひとつ愛撫していない
彼女の秘所に突き刺した。愛液ではなく――血に濡れる秘所へと。
 短剣のように。

「――――――――!!」

 流石に劇的な反応があった。行為の意味は知らずとも、痛みだけは明確な事実として存在する。
突然内臓を抉られたようなものだ。無理やりに押し開かれた秘所の痛みに、彼女は暴れようとする。
 無理だ。
 細い腕は暴れれば自ら折れそうなほどに弱いのに――逃れられるはずもない。ばしゃばしゃと、血の
水たまりをかき混ぜるように動くことしかできない。逃れることができない。一部で繋がり、一つとな
った体は、前へ進むことすらできない。
 悲鳴をあげる。
 声ではなく、
 音を張りだすように、彼女は痛みからのがれる悲鳴を叫んだ。
 ――ああ。
 良い音だ、と思う。それは初めて聞く彼女の音だった。微笑みではない、彼女の内側
から発せられる意図だった。他人から与えられるとはこんなにも良いものなのか。突き
さした性器は痛いだけで快楽などなく、その音によって恍惚を得る。
 縛っていた手を放し、彼女を後ろ向きに組み伏せるようにする。自由になった手をばた
ばたと動かすが、やはり血をかき混ぜるだけだ。必死に前へ――私から離れようとするが、
しゃくとりむしのように前後するだけで、一歩として前へは移動しない。
 ばしゃり、
 ばしゃりと、血が跳ねる。
 血の海で、溺れている。


158 :はやくおおきくなあれ ◆msUmpMmFSs [sage] :2008/05/03(土) 22:23:09 ID:bV45Habb
 初めての性行為を心地よいとは思わない。知識でしか知らなかったことを体験したところで、
快感があるはずもない。痛い。ただ痛い。彼女が突き刺される痛みに悲鳴をあげるように、私は
締めつけられる痛みに臓器を持っていかれそうになる。当たり前だ、たった今、今日、初めて変
わったばかりの体なのだ。性交渉に向いているとは思えない。
 けれど、
 向き不向きに関わらず、
 彼女はもはや、未熟ではない。
 未成熟ではない。
 熟している。
 果実は、熟れた。
 受け入れることができる。

 子供を造ることができる。

 それだけが全てだった。
 無作為な前後運動を繰り返す。自身は動かない。後ろから抱き締めるように彼女の
身体を固定するだけでいい。彼女は這って逃げようとし、逃げられずに戻ってくる。
鈍感な往復運動。内臓で内臓が擦られる。
 熱い。
 痛くて、熱い。はちきれそうなほどに。
 堪える理由など、どこにもありはしなかった。
 迷いなく、
 繋がったままに、
 解き放つ。

「……………………!!」

 一瞬――視界が白く、真っ白に染まる。自身の腰が意志と関係なくはねる、抱きしめた
彼女の身体が同じように跳ねるのがわかる。同じように、彼女の意識もまた白ずんでいる
のかもしれない。意志を、力を、生命を、絞り込むように彼女の中へと放出する感触。
 注ぎこまれる感触が、彼女をむしばんでいる。
 腰がはねる。止まらない。二度、三度と放出し、そのたびに彼女の身体が痙攣する。逃
げようとしていた身体が止まる。力の抜けた身体が血の海に突っ伏し、だらしなく開いた
口から唾液とともに舌が零れ、無意識で血を舐めていた。
 そっと――
 つきさし、今は萎えたそれを抜き取る。白と紅に汚れてたそれを抜き、しまうことなく、
私は彼女を見下ろす。
 動かない。
 死んではいない。初めての外的接触に意識だけが飛んでいる。私もそうしたかったが――
最後の力を振り絞るように立ち、彼女の箱を後にした。

 ……ぱたん。



159 :はやくおおきくなあれ ◆msUmpMmFSs [sage] :2008/05/03(土) 22:38:20 ID:bV45Habb
 戸を開け、しめる。それだけで世界は隔離された。

「……………………」

 小さな部屋だ。箱状で、彼女が生きる部屋と大差はない。地下深くに沈められた世界は、
二つの箱が繋がりあうような構造になっている。本来ならば向こうが居住区であり、こちら
が生命維持のための部屋だったに違いない。地上から離れても、長く長く生きていられるように。
再び『上』が命溢れる世界になるまで逃れるために。
 生命維持。
 それは――間違っていない。確かに向こうの部屋が停滞ならば、こちらの部屋は生命だ。

 ――禁断の果実がここにある。

 彼女が食べることのなかった果実が、私の前に広がっている。
 ずるずると戸に背を預けて座り込み、私の箱を見遣る。箱は狭い。純粋な大きさは彼女の箱と
変わりないのだろうが、モノがあるかないか、という一点で印象の差がわかれている。
 彼女の箱には、椅子しかない。
 この箱には椅子はない。椅子を埋める間もないくらいに――みっちりと、機械類が詰められている。
 命を維持するための機械と、
 命を造るための機械が。

「………………ようやく、」

 私はひとりごとを呟く。ここにいるのは独りではないが、独り言でしかない。
 彼女たちは、聞きはしない。
 眠りにつく彼女は、ただのモノでしかない。
 それは命だ。
 食糧にして――命だ。

「…………前へと、進めそうです」

 私は呟く。笑いたかった。けれど、きっと笑いは浮かんでいなかっただろう。
 むしろ――笑ってほしかった。
 彼女に。
 彼女たちに。
 私は見上げる。隣の部屋で成長する××××と同じ姿を。巨大な試験管に詰まった彼女の姿を。
箱の中にみっちりと詰められた試験管の群れを、その中で眠り続ける彼女たちを。無限に造られ
ながらも生殖機能を持ち得ない彼女たちを。
 ――楽園は完全だ。閉ざされている。死すらなく、子供を作る必要などない。
 酷い冗談だ。この中にいる限り死ぬことはなく、それが故に子供を作る機能がないだなんて。
それを得たければ、外で育てるしかないだなんて――コレを食べながら。
 禁断の木の実。
 すべてが、それだ。彼女そのものが。それを食べてしまった以上、二度と楽園へは戻れない。

 私は、独りでは生きられない。

 だから幾度となく続けるのだろう。彼女が子を成すまで。私以外のモノが生まれるまで。自分以外の
他者が生まれるまで。たとえ同一のモノから生まれたとしても、それは別のモノだろうから。
 愛すべきダレカが生まれるのを願って――私はぼんやりと、立ち並ぶ試験管を、
 私と同じ姿をした彼女たちを、ずっと見つめていた。

 世界は狂っている。狂ったダレカが作ったから。初めから狂った私たちは、独りでなくなることを祈り、願う。
 はやくおおきくなあれ、と。

(了)