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173 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/05/05(月) 08:24:19 ID:VyAnuljW
「掃除用具入れ、異常なし、と」
 しけった匂いを放つロッカーの扉を閉める。使い倒された扉の金具が大袈裟な音を立てた。
 窓の外に目を向ける。夕方の太陽が放つオレンジ色が雲に映り、鮮やかな光景を作り出していた。
 俺が何をしていたのかというと、校内の各教室巡りである。授業が終了してからこの時間までずっと続けていた。
 そして、最後の教室である多目的室に到着し、何の収穫も得られなかったことに落胆した。

 弟が隠されている場所を探し、一度も入ったことのない多目的室までやってきたが発見できず。
 すでに頻繁に利用される教室は全て見回った。男子トイレと、女子トイレまで人がいないタイミングを見計らって調べた。
 職員室に備え付けられている更衣室まで掃除という名目で入り込んだ。しかしどこにも弟はいない。
 校舎の中で探していない場所というと校長室ぐらい。
 しかし、いくらなんでも頭髪に相当の白が混じっている年齢の人間が弟をさらったりはすまい。
 残るは部活に所属する人間が動き回るグラウンドと体育館のみだ。

 俺がこうしているのは、つい一時間ほど前、帰りのホームルーム終了後に葉月さんから話を持ちかけられたのが始まりだった。
「今日は暇がある? もしあるんなら、今日は弟君を探しに行かない?
 やっぱり心配だもの。本当に事件に巻き込まれたのかもしれないし。あなただって、そうでしょう?」
 もちろん頷いた。昼休みに花火と一悶着あったせいで、朝よりもずっと弟のことが気にかかっていたから、
葉月さんに声をかけられなくても探しに行くつもりだった。
 葉月さんは今、俺の近くにはいない。
 俺が学校内を捜索、葉月さんが弟の友人知人に直接話を聞きに行く、という役割分担で動いているからだ。
 まあ、妥当な配役である。葉月さんが校内でうろちょろしていたらいろんな人に声をかけられて動きにくいだろうし、
俺は弟の友人知人なんてろくに知らない。
 人付き合いのスキルにおいて俺よりも葉月さんの方が上回っているのはほぼ確実だ。
 さりげなく話を聞き出すなら、話慣れしている人間の方が上手くやれる。
 印象の薄い人間の方が、あちこち探っていても人目につきにくい。
 そういうわけで、俺は一人で放課後の校舎を隅から隅まで見て回っているわけである。

 多目的室から移動し、振り出しの地点である弟の教室へと向かうことにした。
 校舎の一階にある弟の所属するクラスへ向かう。
 廊下から窓ガラスの向こうの教室を見ると、誰も残っている人間はいなかった。
 遠慮なしに入り口のドアを開ける。
 そうしたら俺の目の前に弟が立って――いれば楽なんだけどなあなんて思ったが、もちろんそんなことは起こっていなかった。

 この教室には、去年文化祭の準備で一週間ほどお世話になったことがある。
 当時の弟の席は窓側の列の中ほど、夏場に窓から差し込む日差しを避けられる壁のある箇所だったはず。
 かつての弟の席の机の中や、鞄掛けフックには何も残されていない。机の上の落書きまでない。
 果たしてここが現在も弟の席であるのかどうかはわからない。それでも意味もなく座ってみた。
 窓の外を見る。空はいつのまにか黒の成分を増量させ始めていた。
 もうじき夜が来る。夜になると人に限らず捜しものをするには困難な状況になる。
 それに部活をしているわけでもないのにいつまでも校内に残っていたら、教師に目をつけられてしまう。

 というわけで休憩終わり。同時に再スタート。
 まだ捜索していないグラウンドと体育館へ向かうため腰を浮かす。



174 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/05/05(月) 08:25:26 ID:VyAnuljW
 廊下を歩いていると、突然制服の上着の内ポケットが振動した。素早く小刻みに動く携帯電話を取り出す。
 電話をかけてきているのは葉月さんだった。通話ボタンを押して応答する。
「もしもし、葉月さん?」
「……あれ? 声……」
「もしもーし。聞こえてる、葉月さん。俺だよ」
「あ、うん。聞こえてるよ。ごめんね、一瞬誰か別の人にかけちゃったかと思っちゃった。
 電話を通して聞く声って普段と結構違うんだね」
「そう?」
「うん。顔が見えてないからかな。よくわかんないや」
 俺は葉月さんに限らず、声の調子で相手の表情をなんとなく読めるのだが、葉月さんはそうではないのだろうか。
 普段の連絡の手段に電話ではなくメールを活用するのは、電話するのが苦手だからか。
 ――ん? 待てよ。
「葉月さんって、電話苦手じゃなかった? なんで今は?」
「……うん、ちょっとだけ苦手。でも今は、今だけは別だよ。
 あなたの声が聞きたかったの。なんだか不安だったから。
 弟君が居なくなったから、もしかしたら次はあなたの番なんじゃないかって思っちゃって」
「……ありがとう、心配してくれて。でも俺は大丈夫だから」
「うん。声聞けたから、安心した」
 それは何より。
 俺がさらわれることなんてことはありえないから無駄な心配ではあるが。
 弟みたいな人気者ならともかく、俺をさらって得をする人間などいないはずだ。
 まあ、俺が葉月さんと仲良くしている様子を妬んだ男や女にとっては腹いせになるだろうけど。

「それじゃ私、今から学校に行くね。一緒に帰ろう」
「え、ちょっと待って。学校にくるって、葉月さん今どこに居るの?」
「学校から歩いて二十分かからないくらいの場所。走れば十分もしないうちに着くから、待っててね」
「いやいや、葉月さんこそ待って! そのまま帰った方が安全だって。わざわざ学校に戻らなくても」
「いいの! 一緒に帰りたいんだから、そうするの!」
「それは嬉しいんだけどだからってここまで…………って、もう切ってるし」
 携帯電話からはツーツーという無機質な音が聞こえてくる。
 こちらからかけ直そうかと思ったが、葉月さんを説得しているうちに葉月さん自身が学校に到着するかもしれないので、諦めた。
 呆れてやれやれと呟くべきか、嬉しくてにこにこと笑うべきか。
 二つの選択の中間、ため息を吐き出す行為をとった後、携帯電話をしまった。

 葉月さんがここまでするのは心配しているからだろうが、なぜ心配しているのかというと、
まだ俺のことを好きでいるからなんだろう。
 俺は以前葉月さんに告白された。
 だから気持ちに応えるため、なんらかの返事をしなくてはならない。
 昼休みに花火が俺を非難したのは、俺が葉月さんと中途半端な関係を続けているから。
 花火は昼休みのやりとりで、葉月さんの抱く思いと、それに対する俺の反応を読んだ。
 告白されたのに、俺が白黒つける回答をしていない、と。



175 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/05/05(月) 08:26:17 ID:VyAnuljW
 葉月さんのことを好きか、嫌いか。
 嫌いという回答はまずありえない。そんなことは欠片も思っていない。
 それではどう思っているのか。胸に手を当てて自問する。
 答えはすでに準備してあった。
「俺は葉月さんのこと――大事にしたい。仲良くしたい」
 声にすると、心の中のもやは晴れる。
 でもこの答えは葉月さんの期待しているものではないはず。
 要は、あなたはいいお友達です、ということ。
 少し言葉の捉え方を変えれば、いいお友達でしかありませんよ。
 もし言ってしまったら、葉月さんは離れていってしまうのではないか――いいや、離れていく。
 だったらこのまま答えを保留し続けてもいいはず。

 嫌なことから逃げて何が悪い?
 一体俺を、誰が責められる?



176 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/05/05(月) 08:27:15 ID:VyAnuljW
 不意に、開け放たれた窓から風が吹いてきた。
 冷たい風。冷たくて、思考までがぬるま湯状態から、この季節に蛇口から流れる水ぐらいまで冷えた。
「……そんなんじゃ駄目だろ、俺」
 誰が責めるか? 二人いる。まず俺、もう一人は花火。
 昼休みに葉月さんが呟いた言葉で、葉月さんは俺との今の関係を快く思っていないということが知れた。
 でも、答えを出すまで待ち続けるとしたら、葉月さんはいつまでも悲しい顔を隠し続ける。俺に気付かれぬように。

 最低じゃねえか。
 真剣な気持ちで告白してくれたのに、友達の関係のままでいたいからって応えない。
 大事にしたい? 仲良くしたい? 
 相手を思うなら真剣な気持ちで応えるべきだろ。
 これから仲良くしていくうちに好きになっていくかも? ――本当にそうか? それは具体的にいつになる?
 というか、これから先がどうこうという時点で話が違っているだろう。
 今の俺が、葉月さんをどう思っているのか。それを葉月さんは知りたがっているんだ。
 あえて問い質さずともわかっている。すでに答えは出ている。
 全ての始まり、葉月さんに告白されたその日、その時に、確たる答えを導き出していた。
 言おう。葉月さんが校門に現れたとき、面と向かって口にしよう。
 ごまかし続けるより、嘘を吐くより怖いけれど、言わなくてはならない。

 決断すると、不思議なことに足取りがふっと軽くなった。
 すっきり起きられた朝に、緩やかな陽光の注ぐ庭で、晴天を見上げながら鳥のさえずりを耳にしているよう。
 静かで、気持ちがどこまでも落ち着いている。
 頭の中のざらざらした感覚が一切合切払われていた。
 俺は今まで告白への返答のことで悩んでいたのだ、と悟ると同時に、罪悪感を覚えた。葉月さんに対して。
 だって、あなたの告白の返事を考えていたら頭の中が重くなっていました、なんて言ったら可哀想だ。
 むしろこっちの方で葉月さんが傷つくかもしれない。
 ……このことは言わなくてもいいよな。言うべきことではないし。言うべきは俺の気持ちだし。
 結局、一つ答えを出した代わりに、一つ内緒にすることが増えた。

 ま、いいか。
 頭の中が完全に自由になるよりも少し悩みを抱えている方が俺らしい。
 それに、葉月さんのことで悩まなくなったらそこで関係が終わってしまいそうだ。
 葉月さんが俺の家に来て妹を一回、俺を数回ぶん投げたあの日、俺が言った言葉は嘘じゃないんだから。



177 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/05/05(月) 08:29:54 ID:VyAnuljW
 一階廊下側の窓はたった一つだけ開いていた。俺の位置から五歩前方。
 非模範的生徒になろうとしてもなれない俺の足は勝手にオープン状態の窓へ寄っていく。
 無視するのも忍びないので、窓を閉じたうえで鍵をかける。
 窓の向こうに見える中庭はすでに明度を低くしたテレビ画面のようになっていた。
 こんな暗い中、葉月さんを家まで送っていくのか。
 嫌だなんて一切思わない。問題は送っていく途中ではなく葉月さん宅に着いてから。
 葉月さんの家の玄関、のさらに向こう側、家の中からじっと見つめられている気がするのだ。
 家に住んでいるのは葉月さんと葉月さんの両親だけらしいから、視線の主は父親か母親のどちらかだろう。
 俺が葉月さんを暗くなるまで連れ回していると思われている、なんて誤解されているかもしれない。
 そうなった誤解を解かなければならないわけだが、解くことができるかがわからない。
 もしあまり印象を持たれていなかった場合、言葉選びを間違ったり視線を一瞬逸らしただけでミッションオーバーになりうる。
 クラス一実年齢と後ろ姿から推測される年齢がかけ離れている、と高橋に評されている俺である。
 説得失敗する可能性が濃厚だ。

 上手くやる方法はないかなんて考えていたら、ふとあることが浮かんだ。
 気だるさが体外に自然放出される。前のめりになるところを、窓枠を掴みガラスに額を押しつけることで耐える。
「あーあ……そうだったよ」
 今日一緒に葉月さんと帰れるかわからないじゃないか。
 告白の返事をして、その後でどんな反応が返ってくるかいまいち予想できない。
 いや、予想したくない。考えると返事する気が削がれそうだ。
 だって、だってだぞ。もし泣かれたら――――――
「あああああ、やめやめやめやめ、止め!」
 額をぐりぐり窓に押しつける。次に打ち付けようとしたところで、ガラスが割れる光景が浮かんだので停止する。
 ネガティブな想像をしたらネガティブな気分になるだろうが。ただでさえ背景は薄暗いってのに。
 ともあれ、まずすべきは校門に現れるはずの葉月さんを迎えることからだ。それ以外は考えるな。
 たとえ、中庭を一人で横切ろうとする女子専用制服を着た人影が通り過ぎたとしても。

 校舎の出入り口へ向けて歩を進め――急停止した後にバックステップ、という行動を体がとった。
 今し方目にした光景をスルーするなと脳が拒んだだけである。断じて舞台に備えて演技の練習をしているわけではない。
 中庭を観察する。校舎内に目もくれず歩いていくのは確かに同じ高校の女子生徒だった。
 葉月さんではない。暗い中でもはっきりわかるぐらい身長に差がある。
 髪型も違う。葉月さんは黒のロングだが、視線の先にいる彼女はショートヘアー。
 スカートは短い。といってもそれは女子用制服のデフォルトである。
 だが彼女のようなか細くないのにしまっている足は、全女子に共通しているわけではない。
 みんなああだったらいいのになあという感想はさておいて、観察を続けるべく腰をかがめて移動開始。
 校舎内から女子生徒を追い抜き、気付かれぬよう窓の下に隠れ、女子生徒の顔を観察する。
 ふうむ、んー……暗くてわからん。

 というか、何をやっているんだ俺は。
 なんで人気の無くなった校舎内で一人かくれんぼをしている。まるで女子生徒のストーカーじゃないか。
 改めて自問しても答えは出ない。なんとなく、中庭を歩いている彼女のことが気になっただけ。
 とはいえ、誰かに見つかったら答弁しようがないな。
 もうしばらく、女子生徒が誰かわかるまで先生が来ないよう祈るのみだ。



179 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/05/05(月) 08:34:47 ID:VyAnuljW
 中庭にいる彼女と校舎内の俺が距離を空けて肩を並べた時、突然窓ガラスが揺れた。
 人為的なものではない。おそらく強風が吹き付けてきたのだろう。
「わひゃあっ!」
 小さな悲鳴が聞こえた。女子生徒の方を見ると、彼女はスカートの前を両手で押さえていた。
 さらに窓が揺れる。女子生徒のスカートの後ろ側が風によってめくれる。
「もう、何するんですかいきなり!」
 女子生徒は俺に背を向けるように反転して尻を押さえ、風に向かって抗議の声をあげる。
 俺はというと、心の中で風にエールを送っていた。いいぞ、もっとやれ!

 だが、応援の甲斐無く風は活動を止めてしまった。
 彼女のスカートの中身は、俺と女子生徒の位置関係、および膝上十センチ以上は死守すべきと
たたき込まれてきたかのような彼女の鉄壁の守りによって、一切見えなかった。
「まったくもう。人が居なくてよかったですよ。きっと見えちゃってたもん」
 いいえ、見えませんでした。ですが見たかったわけではありません。
 俺はただ必死にスカートを押さえる女の子の姿を見たかっただけ。
 ふわりと浮く柔らかなスカートの裾や、さりげなく露出度の上がった白いフトモモ、必死に二本の手で抵抗する女の子の仕草がいい。
 同じクラスの女子からは引かれ、男子からは同意を得られない嗜好かもしれない。
 だが、悪いことだろうか? 
 女子のスカートというものは隠れた向こう側が見えないからこそ魅力があるのだ。
 向こう側を知っている、もしくは常時見えている状態であれば興味をそそられない。
 そんなものは、引いたら必ず目当てのものが出てくるガチャガチャのようなものである。
 ロールプレイングゲームの二周目のボスを倒しても、一周目の時のような感慨も湧かないのと同じだ。
 俺は今後「風が吹いてもスカートは役目を全うすべきの会」の代表者として活動し高橋をはじめとする友人から仲間に
引き込んでゆきゆくゆくは春一番と緑風と秋風と寒風の吹き始める季節のそれぞれに会合を開いてゆく所存だ。

「……なんてな」
 もちろん本気ではない。自分でもわけ分からなくなってきた。
 きっと気分が軽くなっているせいだ。そうに違いない。



180 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/05/05(月) 08:35:30 ID:VyAnuljW
 さて、俺は女子生徒が風によって翻弄される光景を目の当たりにしたが、下半身だけに集中していたわけではない。本当だ。
 まず、声を聞いた時点で相手の見当をつけられた。丁寧語が印象に残ったからだろう。
 続けて、中庭にいる女の子の容姿と予想した相手の容姿を比べた。結果はほぼ一致。
 最後に、彼女が俺に背中を向けている間に目を凝らし、女子生徒の顔を確認した。
 相手は予想の通り、木之内澄子ちゃんであった。
 その澄子ちゃんは、制服の乱れがないかを確認した後で再度目的地へと進路をとった。
 今は建物の死角に入ったから姿は見えない。
「怪しい……」
 傍から見れば一番怪しいのは俺であるが、それは除外して澄子ちゃんに焦点を絞り込む。
 現在の俺の目的は弟の捜索。
 弟が自分の意志で俺や花火に黙って失踪したのでなく、何者かの手によって姿を現せない状態にあるとしよう。
 そう仮定した場合、第一容疑者は澄子ちゃんということになる。

 理由は二つ。
 その一。彼女には弟をさらう動機がある。
 澄子ちゃんは弟に恋している。
 もっとも、身を焦がすような恋をしていても容疑者候補に挙げるには足りない。
 それだけで容疑者にしたてられるなら、花火や弟のファンクラブの子たちも疑わしくなる。
 しかし彼女には他の女子と違う点がある。
 それこそが理由その二。彼女には前科がある。
 去年の文化祭の一日目、弟は行方不明になった。犯人は忍者のコスプレをした澄子ちゃん。
 事実を知っているのは俺だけだ。もう二度と同じことはしないと信じていたので、かばうつもりで葉月さんと妹には伏せていた。
 けれど、同じ事態になった以上はもうかばいようがない。
 涙を流しながら縋り付かれても、俺は澄子ちゃんを第一容疑者として認識する。
 その第一容疑者が夕方の学校の中を一人歩いている。怪しむのが当然だ。



181 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/05/05(月) 08:37:20 ID:VyAnuljW
 急いで靴を履き替えて外に飛び出す。早足よりちょっと早いぐらいの速度で中庭へ向かう。
 地面の砂利を踏む音を立てないよう歩くという小細工を使っているつもりだが、音は少なからず発生する。
 砂利の音と緊張感が俺の精神をやすりで削るように縁からじわじわと削りカスに変えていく。
 削り取られて少し五感が鋭くなった気がした。錯覚を事実として強引に認識。
 腕利き諜報員のつもりで建物の陰から中庭を観察する。
 澄子ちゃんはすでに中庭にはいなかった。しかし、概ね行き先は絞り込める。
 もし澄子ちゃんが弟をさらったなら、今から隠し場所へ向かう可能性が高い。
 校舎内は俺がすでに見て回った。弟が校舎にいないことは九割方確信できる。
 校舎内に弟がいるなら、澄子ちゃんは中庭から一直線に校舎へ向かい、俺と遭遇するはず。
 しかしそうはならなかった。つまり、まだ俺が捜索の手を伸ばしていない体育館かグラウンドに向かった、ということ。

 ヤマをはろう。倉庫と床下のスペースがある体育館か、部室棟と屋内練習場の建ち並ぶグラウンド、どちらか。
 部活見学さえやらなかった俺は、運動部の部室の内部がどうなっているのかは知らない。
 体育の授業で剣道場や弓道場に入ったことはあるが、隅から隅まで見たことはない。
 体育館はまだ馴染みがあるが、詳しく知っているかというと否。
「――ふうむ」
 顎に右手の指を添えて唸ってみる。
 葉月さんはいつやってくるかわからない――いや、そろそろ正門をくぐった頃かも。
 なんにせよ、二月の寒空の下歩き回っては体調を崩しかねない。
 待たせないためにも、ここは戸の総数の少ない体育館へ向かおう。
 部室棟はちょっと数が多い。野球部、サッカー部、ラグビー部、陸上部、テニス部、……エトセトラ。
 その点、体育館は正面、裏口、舞台の袖、左右に一つずつだから比較的少ない。
 澄子ちゃんがすでに中に入っていたら中から鍵をかけるかもしれないが、澄子ちゃんは間の抜けた部分があるのでかけ忘れる可能性がある。
 初対面した日にクロロホルムの効果のほどを知らずにそれに頼ろうとしていたこと、
文化祭の日に弟を自分の体で引きずって移動させていたこと、
クリスマスイブに弟を見失った後でいい年したサラリーマンにつきまとわれていたこと。
 あのドジが再発したならば、運良く弟の隠し場所にビンゴするかもしれない。
 もし期待以上の成果があったとしても俺は行動しない。すぐに教師を呼び、事態を収拾してもらう。
 俺が一人で突っ込んでいっても返り討ち、もしくは二人目の犠牲者になるだけ。
 情けないが、自分の実力も図れずに動くよりはずっとマシというものだ。



182 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/05/05(月) 08:39:46 ID:VyAnuljW
 足下の怪しい夕刻の渡り廊下を通過し、体育館前へ到着した。
 正面入り口の両脇には電灯が設えられていた。
 おかげで入り口に至るまでの階段で足をおそるおそる差し出さずに済んだ。
 スライド式のドアを開こうとしてみるが、開かない。
 諦めて別の入り口へ向かってみる。
 時計回りにぐるりと体育館を回ってみたが、どのドアも開いていない。
 てことはハズレか。悔しさの中に一滴の安堵がこぼれ落ちて波紋が生まれる。

 仕方なく正面入り口前に戻り、葉月さんに連絡をとるため携帯電話を取り出す。
 通話ボタンを押す直前、ディスプレイ以上に頼りになる光源の電灯に何気なく視線を向ける。
「む、ん? ……あれ?」
 正面入り口のドアが開いている。
 わずかではあるが、右と左のドアの間に隙間ができている。ここに来た時には開いていなかったのに。
 入り口に近寄り、隙間に両手の指を入れて開くと、重い手応えと一緒にドアは動いた。
 何故だ? 誰か忘れ物を取りに戻ってきた生徒がいる?
 違うか。生徒に体育館の鍵を管理させるほどこの学校の教師はユルユルではない。
 すると見回りにやってきた教師が開けた可能性が濃厚。
 その次に、澄子ちゃんが開けた可能性が浮上する。
 俺が他の入り口を探している最中に入れ違いで体育館の正面入り口から入り、鍵を閉め忘れるというドジっぷりを発揮した、とか。
 中にいるのが教師か、澄子ちゃんか。
 どちらにせよ、中に入ってみなければ。もちろん誰にも見つからないように。

 体育館のフロアを覗きこんでも人影は無い。見回りをしている教師なら懐中電灯を使うはず。
 おかしい。静かすぎる。人が居るなら足音や、戸を開ける音が聞こえるのが普通。
 それがない。すなわち誰も居ない、もしくは隠れている。
 もしも後者であるなら、隠れる理由はなんだ? 
 見つかりたくないから、見つかる訳にはいかないから。
 たとえば、他人に知られたくない何かが――――

 静寂を打ち砕くような轟音。体育館内の壁とガラス、おまけに自分まで揺れる気がした。
 突然の音は正面入り口からやってきていた。外灯の明かりがドアの窓枠の向こうに見える。
 入る時は左右どちらかのドアを全開にしたままだったはず。それが今では閉めきられている。
 ということは。
「誰かが、閉めた」
 としか考えられない。
 見回りの教師が今頃来て、体育館の入り口を閉めていったならまだいい。
 それ以外なら。俺が中にいることを知りながらドアを閉め切ったのなら、その目的は?
「まさか、俺を、閉じこめ」
「――るのが目的ですよ、先輩」



183 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/05/05(月) 08:42:16 ID:VyAnuljW
 不意に聞こえてきた女の声に体が反応する。勝手に足が後退したせいで背中と壁がぶつかり、また驚いた。
「そのっ、声は」
「はあい。木之内澄子ちゃんですよ。いつか先輩の義妹になる、恋する女の子です」
 左から右、右から左へと目を泳がしても暗いだけで、澄子ちゃんらしき人影はない。
 どこだ、一体どこから喋っている。
「先輩、今アタシを探してますね。よーく見えますよ、ここからなら」
「ここってどこだよ! 姿を見せろ!」
「あれあれ? 焦ってますねえ先輩。怖がらなくてもいいですよ。ここにはアタシと、彼だっているんですから」
 彼? 三人称で言われてもわからんぞ。
「でも、先輩が一番早くここに辿り着くなんて思わなかった。
 てっきり葵紋花火がくるものだと思って色々用意していたのに。
 まあ、いいです。アタシの邪魔をする人、彼を奪っていく人。そんな人たちには相応のやり方で応えます」
 花火? 邪魔? 奪って? 応えます?
 何を言っているんだ。わからない。耳と脳を繋ぐ回路が混線してるせいだ。

 腹部に違和感。同時に耳障りなモーターの音。
 攻撃を加えられたわけではない。制服のポケットに入れていた携帯電話が動いただけ。
 慌てて止めようとするが、手をコントロールできない。内ポケットは右と左どっちにある?
 駄目だ、わからない。制服を脱いで床に敷き、携帯電話を探る。
 ……よし、見つけた。
 本体を開いて、電源ボタンを押そうとして――首に冷たい異物が触れていることに気付いた。
 首をぐるりと巻いているこれは、鉄線?
「見ーつけた、せんぱい」
 声がとても近くから聞こえた。
 強制的に冷められた頭を働かせて、澄子ちゃんの位置を探る。
 前、居ない。左、右、居ない。肩越しに背後を見る。誰もいない。
 前後左右以外の方向でこんなに接近できる居場所は。もしや。
 ゆっくりゆっくり、緩慢に首が上がる。
 直上を見上げたとき、そこには。

「ようやく、アタシを見つけられましたね。
 まったくもう…………先輩ったら、ほんとうに、キヅくのが、オソインデスネ?」

 俺の頭上に居ながら、目と鼻の先で不気味に微笑む澄子ちゃんを見て、その場に尻餅をついた。
 澄子ちゃんの口から漏れる音は聞こえない。何か言っているようだったけど、耳が働かない。
 次第に霞んでいく意識の中、鉄線が首に食い込む痛みと、携帯電話の放つ緑の光だけを認められた。
 振動音と、床を跳ねる音が重なっていく。

 ぶぃぃぃん、がたがた。
 ぶぃぃぃぃん、がたがたがた。
 ぶぃぃぃぃぃん、がたがたがたがた。

 いつまでも、音は鳴り止まない。